茶碗を洗っていたら、ヒロと裕貴からほぼ同時にメールが来た。
 ヒロからは「今週は工学部の方でお昼食べよ。裕貴さんは教育学部棟やと思う。後で確認してや」と。
 助かる。裕貴に気を遣ってくれたんだな。
 その裕貴はというとたった一言、
「恨んでやる」
 何でだよ!?

「酒井くんと松永くん」 =第2期= 『友情の境界線』(22)

「酒井、お前昨日何やってたんだっ!?」
 裕貴さんと別れて教室に入った直後、いきなり数回頭を叩かれた。
「いたたっ」
 顔を上げると真っ赤な顔で怒っている最上と、呆れ顔の石川が居った。気のせいやのうて教室中ざわついとって妖しい雰囲気。なんなん?
 俺の顔を見た石川は小さく溜息を吐くと、右人差し指で俺の額を軽く突いた。
「酒井は自覚が足りないから怖いよね。さて、話がややこしくなるから最上は黙ってろよ。酒井、昨日の帰りに校門前で酒井に痴漢行為をしてた男は誰? 酒井の知り合いっぽかったけど」
「あー、あれのコトかあ。石川見とったんか。メッチャ恥ずかしいなぁ」
 俺が間の抜けた声を出したからか、最上がまた俺の頭をげんこつで叩く。
「あー、じゃねえっての。何のんびりしてんだよ。俺も見てたぞ。何だよあの変態野郎は。気色悪りい」
 最上もか。教室の雰囲気といい、ちょい嫌な予感してきたなあ。
 俺が周囲を見渡しながら「見た?」と聞いてみたら、5、6人の手が上がった。ちゅー事は噂はもっと広がっとるな。丁度下校時間やったし、通りすがりに見掛けただけの人はもっといそう。
「最上は当事者じゃないんだから落ち着け。お前はすぐ頭に血が上るから、酒井から話を聞くまでは黙ってろと言っただろ」
 石川は俺と最上の間に入ると少しだけ最上の胸を押す。たしかに口下手の最上が混ざると余計話がややこしくなるかも。それに俺も噂がこれ以上広まる前に変な誤解は解いておきたい。
「で、酒井。事と次第を解りやすく説明してくれると助かるんだけど」
「うん。あの人は高校時代からのまつながーの親友さんなん。俺も1度夏休みに会うとるんでお互い知っとるんな」
 そこまで言うた所で予鈴が鳴った。しもた。全部説明する時間が無い。お昼の事もまだ言うとらんのに。
 俺が困った顔をしとからか、石川が小声で「続きは手紙で」と言うてくれた。
 そうか、講義を聴きながらノートを書きつつ、昨日の状況を箇条書きするなら1限で出来るかも。気を利かして早く来た最上らが俺の席も取ってくれとったけど、今日は俺を挟むように右に最上が左に石川が座った。

 変態みたいな言動するけど、面白がってふざけとるだけでホンマは変態とちゃうしホモともちゃうで。
 これを俺は何回書いたやろう。
 裕貴さんの言動をまんま書くと、絶対に誤解されるて思うことばっかりなんやもん。1限目の間に、ちょっとでも誤解されとうなくて、ルーズリーフのノート1枚にぎっしりと書いたメモを読んどった石川と最上は、両極端な顔をした。
「うーん。……んんっ? うーん」
 俺が書いた言葉の意味は解るけど、裕貴さんの行動は理解出来んて顔の最上はちょっと言葉が出ないっぽい。対して石川は吹き出すのを必死で堪えとるという顔をしとる。こら、人の不幸を面白がっとるな。
「石川、笑いたかったら我慢せんでもええで」
「……いやはや。お疲れ様というか。頑張ってねと言うべきか……。うん。分かった。これは俺が責任を持ってみんなに回覧しておくよ。要返却、コピー・撮影不可で。俺達が下手に伝言するより、酒井の直筆の方が説得力有るからね。…………ぷっ。あははははっ」
 珍しい石川の馬鹿笑いを聞いて、クラスの人らが何事かと俺らの方を見る。
 最上は悩むみたいに数回首を横に倒して、真っ直ぐ俺の顔を見た。
「複雑なんだか単純なんだか。まぁ、大体の事情は解ったし、お人好しの酒井の性格も解ってるから俺らが口出す事じゃねえかもしんないんだけど」
「ん?」
「南部らがふざけて撮った写メだけは削除させた方が良いんじゃね。酒井はそういうの嫌がるだろ」
「えー、写メ? そんなん残されたらかなわん」
 俺が大きな声を出すと同事にクラスの半数近くが携帯をバッグに隠した。撮った写真をみんなに回したな。悪趣味集団めー。


79.

 3人分の洗濯物を干し終わって、そろそろ出掛ける準備をしようと鞄に手を掛けたらまたメールが来た。って真田じゃねえか。
 昨日の別れ方があれだっただけにボタンを押す手を躊躇する。かと言って無視したら後が怖い。一応目を通すか。

 件名:今日の朝2限前
 用件:出来るだけ早く出てこれない? 斉藤裕貴について聞きたい事が沢山有る。こちらはすでに到着済み。学部棟北側ベンチで待つ。無理なら早めに連絡希望。

 相変わらず女が打ったとは思えない無駄のなさ過ぎるメールだ。しかも今すぐかよ。逃げたい気分だけど、真田とはほぼ同じ講義を受けるから逃げられない。
 昨日、ヒロと真田には迷惑を掛けた。特に真田は裕貴と初対面だっただけに、裕貴の笑えない冗談はどん引きものだったろう。裕貴と2人きりじゃ状況が悪化しただけだったろうから、説明責任は俺に有る。
 着替えや歯磨きを先にやっておいて良かった。俺は大学に向かいながら数回深呼吸をしてメールの返信を打った。
 
 急いで待ち合わせ場所に行くと、真田は文字と図式がびっしり詰まった、文庫サイズの専門書を読んでいた。ファッション誌やライトノベルじゃない辺りが真田だ。電車組だから混雑してない区間でも読むんだろう。
 俺の気配か足音に気付いて真田が顔を上げる。
「松永、おはよう。急に呼び出してごめん」
「おはよう。俺も真田にはしっかり説明しなきゃならないと思ってたからかまわない。隣に座って良いか?」
「良いよ。ここは昼休み以外は滅多に人が来ないけど、大きな声は出したくない」
「助かる」
 真田がバッグを除けてくれたんで、俺もベンチに腰掛ける。
「まず報告するぞ。昨夜、裕貴は俺達のアパートの部屋に泊まった。あまり掃除をしていない上に、エアコンの無い自分の部屋に客を泊めれないとヒロが言い出したから俺の部屋にだ。だけど、あの狭さで俺達3人が寝るには無理が有って、あれこれ悩んだあげく、結局、裕貴は台所で寝た」
 真田は諦めの溜息を吐いて「酒井君らしい選択だね」と呟いた。
 それから俺は迷惑を掛けてしまった真田へ詫びの気持ちを込めて、裕貴の馬鹿発言とヒロの激怒以外、昨日有った事を正直に真田に話した。
 口下手な俺のたどだとしい説明でも、真田は我慢強く黙って最後まで聞いてくれた。
 真田はゆっくり瞬きをすると、俺の顔を真っ直ぐに見る。
「2人にそこまでさせる斉藤裕貴って、あんたや酒井君にとってどんな存在なの? 昨日、酒井君のバイト先で1時間くらい話してみたけど、ふざけてばかりで全く掴み所が無かった」
 そりゃそうだろう。ほんの小一時間で初対面の相手に本性を気取られる程、裕貴は甘い相手じゃない。あっさり裕貴のガードを取り払ったヒロが特別なんだ。
 真田は軽く頭を数回横に振ると、しっかりした視線で俺を見る。
「何て言えば良いのかな。根っから悪い奴じゃないんだろうけど、態度も言葉も嘘くさいというか、どこか演技をしている気がする。しかも、やる事なす事変態としか思えないし。けど、あんたや酒井君は凄く信用してるんでしょ」
「当たり前だ。俺は信頼出来ない奴を親友と呼ばない。ヒロの場合は、あれはどっちかと言えば裕貴に懐かれているんだ」
「うん。酒井君は解りたくなくても解った。斉藤裕貴は大きな身体のくせに猫なで声で酒井君に甘えて、まるであんたを見てるみたいだったから」
 おいおい、冗談じゃないぞ。
「止めてくれ。一緒にされたくない」
「あそこまでべたべたしているとは言わないけど、端から見たら大して変わらないよ」
 アパート以外でヒロに触るのは禁止されているとはとても言えない。また変態扱いされる。
 俺が反論しないから肯定と受け取ったんだろう。真田が馬鹿にしたような目で俺を見る。
「胡散臭い男だけど、人見知りするあんたが親友と言い、酒井君があれを許してるからね。あたしも今の所は否定しないよ」
「今の所?」
 聞き返すと真田はうんざりした顔になって吐き出すように言った。
「あの後、「相互理解を深める為に1度2人きりでデートしてみない?」と言われた。酒井君の職場じゃなかったら殴ってたよ」
「えっ。あの裕貴が真田にそんな事を言ったのか?」
「あのって何?」
 しまった。口が滑った。また真田に食いつかれてしまった。だけど、真田には嘘を言いたくない。
「高校時代の裕貴は結構もてたんだ。だけど、誰に告白されても、女とは1度も付き合わなかったから。えーと、裕貴曰く、恋愛面で女子に誠実でいたいし嘘は絶対に吐きたくない。お互い割り切ったごっこや遊びならともかく、高校時代の真面目な恋愛は最終的に相手を傷つけてしまうだろうからって」
 真田は珍しく驚いた顔で数回瞬きをすると俺から視線を逸らして前を向いた。
「なんとなく解らないでもないけど、そんなに大げさに考える事かな。軽そうに見えて実は堅実派なの? あれは」
 眉間に皺を寄せた真田は俺の方を向いて目を座らせる。
「今、女とはって言ったよね。じゃあ男とは付き合ってたって事?」
「あっ!」
 また口が滑った。どうしよう。俺に真田を言いくるめる高等技術は俺には無い。自然と視線が真田から離れる。
「松永?」
「それについては俺にとっても黒歴史だからあまり話したくないんだ」
「まさか、あんた達付き合ってたの!?」
「何でそうなる!? 裕貴はともかく俺にそんな趣味は無い」
「ふーん、やっぱり斉藤はそういう男なんだ。どうりで酒井君に気持ち悪くベタベタすると思った」
「あー」
 俺は思わず額を右手で叩いた。またやっちまった。どうにも真田は俺には鬼門だ。
「たしかに裕貴は複数の男とお友達以上の関係をやってた。けど、1度に付き合うのは1人だし、友達の延長線というか、ちょっと度を超してただけだと思う」
「それで?」
 段々真田の目が三白眼になってきた。素が良いだけに怖い。
「そんなに睨むなよ。俺にとって黒歴史と言ったのは、裕貴が俺と同部屋に何度も部屋に男を連れ込んだのと、裕貴を本気で好きになった奴から恨まれて絡まれたからだ」
「やっぱり変態じゃない」
 断言しやがった。
「やってた事は事実だから否定しない。裕貴の本音はともかく、贔屓目に見てもホモ以外の何だってんだ状態だったから」
「本音?」
「あ、えっと……」
 困った。裕貴のあれをどう説明したら良いんだ?

「あれ、有希さん、松永君、おはよー。こんな所で何やってんの?」
 俺と真田が同事に顔を上げると、服部が好奇心丸出しの顔で立っていた。
「おはよう、奈留さん。今朝はいつもより早いね」
 素早く頭を切り換えた真田が挨拶をしたんで、俺も「お早う」とだけ返す。
「目覚ましが鳴る前に目が覚めて、普段より2本早いバスに乗れたんだ。講義までまだ時間が有るからここで涼もうと思って」
 そう言って服部は俺と真田の顔を何度か見返すと「ああ、そういう事か」と笑い出した。
「有希さんは相変わらず松永君絡みだと面倒見が良いと言うか、始めたからには自分で結着付けないと気が済まないと言うか。不器用なんだか、器用なんだか判らないね。だけど、絶対に人任せで逃げたりしないからあたしは好き」
 一体何の事だ? 俺が真っ直ぐに顔を見上げていると服部はベンチに置いた俺のバッグを指さした。
「長くなりそうだね。あたしもそこに座っても良い?」
「ああ」
 俺がバッグを持ち上げて真田の横を譲ろうとすると、服部は「まあまあ、今日は両手に花で」と言って、俺を真田の方に寄せながらベンチに座った。
「お前達が花?」
「何それ?」
 両サイドから抗議が来た。女がほとんど居ない工学部で更に数少ないクラスの女2人。花と言うにはお前達は逞しすぎるだろ。
 脳内でそんな突っ込みを入れていたら、服部は胸の前でポンと手を合わせると俺の方を向いた。
「あっ。今の会話で思い出した。あたし、まだ松永君に謝ってない」
「あ、あの件なら実はあたしもうやむやのままで。その、話題を作ろうとして、失敗しちゃったから……」
 服部に釣られた真田がばつが悪そうな顔をする。こんな歯切れの悪い真田は初めてだ。ああ、もう面倒臭い。
「一体何の話だ? 俺にも解るように説明してくれ」
 俺の不機嫌オーラを感じたのか、服部は苦笑しながら頭を掻く。
「ごめん。ほら、ゴールデンウィーク明けにあたしが松永君をお昼ご飯に誘ったでしょ」
「そういえば、そんな事有ったな」
 美由紀に振られた後に、服部が最初に声を掛けてきたんだった。指摘されるまで綺麗に忘れていた。
「あの頃の松永君は元気が無かったから、有希さんと2人で愚痴くらいは聞こうなかなと思って声掛けたんだ。クラスの男共はみんな怖がって逃げちゃったから。そしたら、松永君の性格を知らない他のクラスや学部の女子達が調子に乗っちゃって」
 え? 服部は何を言ってるんだ。
「あれに懲りた松永が酒井君の所に逃げ出したから、気にせずに学部に戻ってこいと言いたくてあたしが声を掛けたんだよね。……その前に酷い失言をして失敗したけど」
 肩を落とした真田が溜め息を吐きながら呟く。
 失言ってのはよく知りもしないヒロを噂だけで決めつけ発言したあれの事だよな。ヒロは誤解だから気にしないと言っていたが、真田は何ヶ月も気にしていたのか。
 多分、それが切っ掛けで真田はいつの間にかヒロを好きになってて……。
 あれ? 何か変だ。鈍い俺でもさすがに解るぞ。
「えーと。つまり、服部と真田が俺を食事に誘ったのは、振られた俺をナンパしたいんでも、質問攻めにしたいんでも無くて、気落ちしてた俺を慰めようとしてくれたのか?」
 おそるおそる聞いてみると、真田と服部はお互いに目を見合わせて「失敗したけどね」と苦笑した。
 やっぱりだ。一緒に飯を食った時に気まずくなっても、すぐに普通の態度に戻ってたのは、俺を心配していてくれたからか。
 俺は言葉を選ぶのは下手だけど、こんな時にヒロなら絶対にこう言うはずだから、俺も真似してみよう。
「その、大して親しくも無かった頃だったのに、2人とも心配してくれてありがとう」
 余程意外だったのか服部と真田が顔を見合わせた後に、宇宙人に出くわしたみたいな顔で俺を見た。元は俺が悪いんだがお前ら失礼だろ。
 しばらくして服部が声を立てて笑う。
「松永君は良い方に変わったね」
 褒めたつもりなんだろうが、なんとなく礼を言いたくない気分になる。
 俺の気持ちを察したのか服部がまた意地が悪そうに笑う。
「結局、松永君には酒井君が側に居てくれたから、あたし達の出る幕無かったと解ったんだ。松永君の落ち込みっぷりに、はらはらして後ろから見てても、結局気後れして何も出来なかった安東君達の酒井様、ちゃん付には正直笑っちゃった」
「酒井君は優しいから、松永の馬鹿発言も安東達のヨイショにも何も言わないけど、あれはクラスメイトとして恥ずかしい。酒井君がどこか特別なのはたしかだけど、酒井君は周囲から特別扱いされるのなんて望んで無いのに」
 本当に真田はヒロをよく見てるんだな。惚れてるんだから当たり前か。
「あはは。有希さんは本当に酒井君が好きだよねー」
 うおっ。女同士じゃそんな話までしてるのか。
「へ……変な言い方しないで。酒井君は口を貝にした松永を懐柔出来た唯一の人だから尊敬してるの」
 あ、一応服部にも内緒なんだな。俺と目が合った真田は、余計な事を言ったらただじゃ済まさないという目で睨み付けてきた。そんなに凄まなくても分かってるって。
「何とでも言えよ。ヒロは俺のて……」
 やばい。うっかり口を滑らせる所だった。こんな所で天子と言ったらヒロから蹴りの2、3発は確実に喰らう。
 焦って口を押さえた俺を、真田と服部が両側から同事に見上げてくる。
「て、何よ?」
 追及してくるな。特に真田。逆上したお前は2度と見たくない。
「親友の言い間違いだ。自分でもどうやったら間違うのか突っ込みたくなるレベルだったから焦った」
 我ながら凄く苦しい言い訳だったが、服部は目を細めながら「ふーん」と言ってベンチから立ち上がった。
「ねえ、そろそろ教室行かないと遅刻するよ」
 本当はまだ言い足りないそうな顔をしていたが、服部は抑えてくれた。ばつが悪そうな顔で真田が立ち上がったので、俺もほっとしてバッグを手に立つ。
 服部は真田の横に並んで「早く教室行こ」と言って歩き出す。時計を見たらたしかにそろそろ教室に入らないと遅刻だな。
「ああ、うっかり聞きそびれた。2人がこんな早くからここで話してたのは昨日の結着?」
 昨日ってもしかしなくても裕貴の事か。答えたくないから俺は黙っていよう。
「うん。そんな感じかな。奈留さん、昨日はサポートありがとう」
「あはは。有希さんに比べたらあたしは大した事してないよー。度胸が有るっていうか、怖い物知らずって言うか。まあ、今回も予想的中で問題無かったから良いんだけどね。有希さんの勘は大したもんだわ。被害者が酒井君だったのはあたしもびっくりしたけど」
「おいおい。何の話だ?」
 聞くと真田は少し顔を赤らめて視線を逸らして、服部は声を立てて笑う。
「あたし達連携取ってたんだ。学内のあんな目立つ場所で堂々とセクハラしてるから、悪質な痴漢じゃないだろうと話して、有希さんがまずあの顔だけ良い男の変態行為を止めに入ったんだ。その隙にあたしは校門の管理事務所の警備員の詰め所に行ってた。有希さんから合図が有ればすぐに警備の人に駆けつけて貰えるようにしてたんだよ」
「俺はその場に居なかったから判らないけどどうやったんだ?」
 真田は諦めた様に溜め息を吐いて俺に視線を向ける。
「ボタン1つで電話が掛けられるように、あたしの携帯を奈留さんの番号にセットして手に持ってた。使わずに済んで良かった」
「真田、服部、相手が裕貴だったから良かったけど、あんまり危ない事をするなよ。それで無くても工学部は女少ないんだから。うちのクラスはお前ら2人だけだろ。逆恨みでもされたらどうする」
「だからあたし達は連携してるんじゃん」
「本当に危険そうな男だったら、絡まれてる子には悪いけど直に2人で警備員にお願いに行ってた。その方が確実に助けられるし、被害も少なく済むでしょ」
「それはそうかもしれないが」
 度胸が有りすぎる女達相手に、どう言えば心配してるって解って貰えるんだろう。どうしてこうも俺と知り合う女は、みんな気が強いんだ。
「有希さんは自力でなんとかしちゃいそうだけどね」
「無理無理。あたしのはあくまで護身術で、武器を持ってる相手や、複数とはやれないって何度も言ってるでしょ。大体相手は男なんだし」
「は?」
「あれ? 松永君には言ってなかったっけ。有希さんはお母さんが警察官だったから」
「あたしも弟も子供の頃に少しだけお母さんから合気道を習っただけ。本当に危ない目に遭った時以外は絶対に使うなってきつく言われてる。
「まるでヒロみたいだな」
「え?」
 服部がきょとんとした顔で俺を見る。
「あ。……いや、何でもない」
「何よ?」
 今度は真田が睨んでくる。
「悪い。言えない。口が滑ったんだ。勘弁してくれ」
 申し訳なさそうに俺が言うと、真田は肩を竦めて、服部は苦笑して俺の背中を軽く叩いて教室に入った。
「松永君は普段無口な分、口を開くと納豆ラブと失言と酒井君に迷惑掛けそうな事ばかり言いそうだね。今度から酒井君の名前が出たら聞かなかった事にしたげるよ」
「……」
 思わす足を止めると、真田も俺の横で立ち止まった。
「知らなかった。服部はほんわかした外見に似合わず、何気に凄いんだな」
「あたしも奈留さんの勘の良さと竹を割ったような性格にはいつも感心させられるよ。だからあたしは彼女も尊敬してるんだ」
 真田をしてこうも言わせるのか。疑いフィルター無しで話してみると服部も印象が随分違う。ケーキ食いとかダイエットする気無し女とか酷い事考えてて悪かったな。
「そういえば、服部は今月に入ってから急激に痩せたな。無茶なダイエットでもしてるのか」
 ボソリと言ったのが聞こえたのか、横に居た真田は小声で「あ、余計な事を」と呟き、なんで聞こえるんだと思う距離に居た服部は渋い顔をして振り返った。
「あたしが少し前まで太ってたのは遺伝で体質。うちの母親も高校卒業まで丸くて20歳前に急に痩せたの。て言うか、松永君、そういう事を女子に言っちゃう?」
「失言でした。ごめんなさい」
 女の外見を本人の前であれこれ言ってはいけない。これは、母さんも、美由紀も、過去に知り合った女子達や、女姉弟が居る男達が口を酸っぱくして言ってる事だ。
 いくら真田や服部がさっぱりしていても、礼儀の問題に性格は関係無い。
 すぐに謝って頭を下げたら服部は笑って許してくれた。やれやれ。
 やっぱり俺は口を滑らして余計な事を言わないように少しは自重しなきゃな。
 
 教室に入って岩城達に今週の昼の予定を報告していると、背後に強い殺気を感じて振り返った。……やっぱり真田か。
「あたしも行く」
「は?」
 こいつは何を言ってるんだ? 俺が首を傾げていると、真田は服部に声を掛けた。
「奈留さん、ごめんね」
「大方の事情は聞いてて解った。有希さんの気が済むようにやりなよ。はっきり結着付かないと気持ち悪いだろうしね。他の子達にはあたしから上手く言っておくから」
 真剣な顔で俺の側に立つ真田と、脳天気な服部の後ろ姿を交互に見ていると、安東が茶化すように言った。
「真田もお前達と一緒に昼飯を食いたいって言ってるみたいだぞ」
「話の流れからそうとしか受け取れないだろ」と岩城。
「そういうのを松永に期待しちゃ駄目だって。毎度毎度松永のフォローしてる博敏ちゃんが可哀想」と相馬。
 周囲から当然のように言われて頭が混乱する。
 つまり、俺とヒロと裕貴の昼食に真田も混ざるって事だよな。
 ヒロは今は顔にも出さないが、きっと真田を傷つけた事を気にしていて、真田はヒロに振られてもまだ諦めてはいない。裕貴はヒロを気に入って何とか今以上ヒロに好きになって貰おうと色々無駄な画策をしている。本来なら裕貴と真田の仲直りの橋渡しをしなきゃいけない俺はというと、ヒロ天子には絶対に頭が上がらない。
 これって凄くまずいんじゃないか?


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