俺が傲慢てどういう意味?
 俺が人を見下しとるて事?
 それとも思い上がっとるて事?
 俺なんか只のヘタレやで。

「酒井くんと松永くん」 =第2期= 『友情の境界線』(13)

44.

「酒井には俺が言った意味が解らない? そうだろうね」
 俺が黙ったままでおると、石川は鼻で笑うた。頭が悪いからて馬鹿にされとるやろうか。
 いや、そうやない。目が……。俺を見る石川の目は、悲しそうにしか見えん。石川は言いとうて「傲慢」なんて言葉を使うとらん。
 石川は何度も俺は自分の事を解って無いと言うた。それが「傲慢」に繋がるんなら、俺はそれを見つけなアカン。それは判っとるけど、自覚が無い事をどないしたら自力で探せるんやろう。
 俺がなんて返事しよかて思うてたら、石川は真っ直ぐ俺の顔を見て言うた。
「最後のヒントだ。酒井は自分の外見にコンプレックスを持っているけどね。酒井はそれでどんな損をしてるの?」
「細かい事ならちょくちょく有るけど、チビやから服を買う時が1番困る」
 最近は安くて若者向けのSサイズを扱ってる店も増えたけど、種類が少ないんでいつも同じ様な服になってしまう。かといって、子供用やましてや女物なんて絶対着とうない。
「そう。酒井が日常生活で困るのは身長くらいだろ。顔が可愛いと言われる度に酒井は凄く嫌がるね。でもね。それは全部好意で言われてると気付かない?」
「へ?」
 どういう意味や。チビやから小動物的な意味?
「「可愛い」という形容詞は親愛の情も含む言葉だ。普通は見た目だけじゃ使わないよ。俺なんか、このもやしみたいな外見で、文芸サークルに在籍しているだけで、「気持ち悪い」とか「オタク」と何度も言われている」
「なしてそうなるんや」
 石川は細身やけど、性格をよう現した知的な顔立ちをしとる。身長も平均でどこも変やない。
「結構クラスでも言われてるのに知らなかったんだ。本当に酒井は下らない噂話を耳に入れないタイプだね。最上はあの口の割りに小心者だから、チキン野郎と陰口を言われてる。いつも酒井の後ろに居たから、ストーカーとも言われてた。喧嘩も強く無いし、何を言っても仕返しされないと思われてるんだろう。まあ、実際沸点が低くて口が悪いだけで、最上は乱暴者じゃ無いからね。松永も真面目さで損をするタイプだよ。酒井と居ない時は、目付きが悪くて滅多に笑わないらしい。その上、たまにしか冗談を言わないから、周囲から結構怖がられてるんだよ。見た目で釣られる女も居るけど、松永に慣れている学部面子以外は、一睨みでびびって逃げるらしいよ。松永は酒井と一緒に居る所を、遠目で見てるのが1番良いんだってさ」
「はあ?」
 そないな事を言われとったんか。まつながーは一言も俺にそんな事を言うてくれんかったで。あ、もしかしたらまつながーは、俺に心配を掛けとう無かったんかもしれん。
「無理や。やっぱり理解出来ん。俺からしたら、石川も最上もまつながーもメッチャええ男やで。なしてそない嘘ばかりで酷い事を言われるん」
「出たよ。檄ニブ発言。酒井みたいなのは少数派だよ。普通は顔を知っている程度の相手の内面まで、理解しようと努力しない。噂や外見、雰囲気だけで、知らない人は簡単に判断するんだよ。ねえ、酒井は自分の外見だけで、知らない誰かに嫌われた事は有る? からかわれるとかじゃ無いよ」
「ホンマに嫌いて意味なら。……多分やけど、無いて思う。女みたいな顔やて、嫌みを言われた事なら度々有るけど」
 俺が首を傾げながら答えると、石川は何度も頷いた。
「そうだろうね。だから、酒井は特別なんだよ。俺も最上も松永も、外見やイメージだけで嫌われたり避けられるなんて事は、いくらでも経験が有る。酒井は小柄だから、イジメのターゲットにされかけた事は有るかもしれない。でも、酒井なら上手く切り抜けられるだろ」
 たしかにそうや。始めは仲が悪うても、いつの間にかええ友達になっとるなんてなんぼでも有る。体格差にものを言わせて、喧嘩を売ってくるアホ相手には俺も容赦はせん。
「酒井はその毒が無い可愛い外見で、大勢の人に好意を持たれている。それを頭から否定されたら、俺なんかは酒井を恨みたくなるよ」
「恨む? 羨むやのうて?」
 俺が聞き返すと石川は「恨むだよ」と念押しした。
 そうか。段々解ってきたで。
 例えばまつながーから「俺には家事以外取り柄が無い」なんて言われたら、俺はその場でまつながーに蹴りを入れとる。自分がどれだけ凄いか全く自覚が無いないと怒るやろうし、俺がいつも羨ましいて思う、まつながー自身の良い所に気付いて欲しいて思う。
 どれだけ言うても頑なに否定され続けたら、羨み通り越して恨んでしまうかもしれん。きっと、石川もそう思うとるんやろう。
「うん。悪いのは全部俺や。恨んでくれてもええ。ほやから石川、お願いや。自分の事を「なんか」なんて悲しい言い方は2度とせんといて」
「そういう酒井こそ度々「俺なんか」って言ってる。聞いてて腹が立つし、凄く傲慢な言い方だと思わない?」
 俺は自分に自信が無いからつい「なんか」て言うてしまう。それに、石川の指摘通り女みたいな外見でからかわれたり絡まれる事は有っても、嫌われたり避けられたりした事は無い。石川から見たらメッチャ傲慢な奴かもしれん。
 待てや。まだこれはヒントやて石川は言うた。石川がホンマに俺に言いたいて思うとる事は、もっと違う方向やて気がする。
「堪忍。少しは解るんやけど、ヒントを貰うても俺には石川が言う意味が全部は理解しきれん。石川、無礼失礼承知でお願いや。もっとちゃんと教えてくれん? 俺は石川から見て、ホンマはどういう風に傲慢なん?」
 ベンチに座ったままやけど精一杯頭を下げてみた。石川が小さく息を呑む音が聞こえる。驚いとるんやろうか。それとも、もっと呆れたんやろうか。
「分かった。良いよ。今までのはこの為の布石だったんだからね。酒井、頭を上げなよ。俺は相手の顔も見えない状況で、真面目な話をしたくない」
「おおきに。堪忍な」
 俺が顔を上げると石川に軽く頭を小突かれた。
「またそうやってすぐに謝る。酒井の悪い癖だよ。酒井が俺に謝らなきゃいけない様な事をした? してないよね。何でいつも何もかも自分が悪いと思うのかな」
 石川の目は穏やかで優しい。信用出来る。話してみてもええよな。
「無意識でも自分がやってしもた事で、人を不快にさせたんなら、ちゃんと謝るのが筋やと思うからや」
 石川は指先で数回自分の額を叩いて、少しだけ目を細めた。
「酒井は子供の頃に誰かにそう言われたんだね。多分、親御さんかな」
 ビンゴや。やっぱり石川はよう物が見えとるなぁ。
「でもね、それは少し間違っていると俺は思うよ。人に頭を下げる時は、自分が理解して納得した上でなくちゃ、心がこもってないのと同じだ。謝った自分も相手も納得出来ない」
「うん」
 正論やからなんも言い返せんし、しとうも無い。
「その場しのぎの方便なら、ただの八方美人の嫌な奴で終わっちゃうんだけどね。酒井の場合は自分の言動で誰かが怒ったり、傷付いたりすると、本当に全部自分が悪いと思う癖が有るね。でもね、そんな一方的な状況はどれだけ有るんだろう」
 えーと……。俺が解らないと少しだけ首を振ると、石川は納得してくれて、ゆっくり言葉を続けた。
「例えば3ヶ月前の最上との喧嘩。あれは酒井に対して失礼な事ばかりを言った、最上の口の悪さが原因だとは思わない?」
「たしかに最上は口調はキツイし言葉も悪かったけど、あれは俺を心配してくれたからで、悪気が有って言うたんとちゃうやろ」
 俺が反論すると、石川もすぐに切り返してきた。
「それは後で知った事だろ。何の説明も無しにあそこまで言われて怒らなきゃ、俺でも酒井はどこか感覚がおかしいか、本当に隠れホモかと疑ったよ。だけど、酒井は本気で怒っただろ。あの怒りは本物だった。喧嘩両成敗と言うけれど、原因が無ければどこにも火は付かない。この場合の原因は最上の口の悪さと説明不足で、火は酒井の怒りの事だ。酒井の怒りは最もだったから、俺も最上も酒井のやった事に納得出来たし、3ヶ月間も酒井の怒りが収まるのを待てたんだ」
 俺に気を遣ってくれとるんは嬉しいけど、最上も石川も3ヶ月も背後霊せずにすぐに誤解やて言うてくれたら……。アカン。人のせいにしとる。「2度と声を掛けるな」て、最上に言うたのは俺や。
 俺が黙っとるからか、石川は俺の頬に指先を押しつけてきた。
「まーた、自分のせいだとか思ってるだろ。本当に懲りないな。いい加減にしなよ。あの事で酒井が自分を責めたら、元凶の最上はどうしたら良いんだよ」
「へ?」
 どうって、もう最上も俺も誤解は解けて仲直りも出来たよなぁ。他になんか有るん?
「最上は自分をあっさり許した酒井を懐の深い凄い奴だと誉めている。一方酒井は?」
「最上は裏表の無い正直で、ホンマにええ奴やて思う」
「たしかにね。で、その正直な最上が翌日松永に喧嘩を売りに行ったと知って、酒井はどう思った?」
「まつながーに悪い事してしもたと、俺がちゃんと説明せんかったから、最上に誤解させてしもて悪かったて思うた」
 俺があの時に思うた事をまんま話すと、石川の眉間に縦皺が寄った。
「いつもこれだからね。全く嫌になる。何様のつもりだよ?」
「へ?」
 石川は手に持っていたペットボトルのお茶を数口飲むと俺の方を向き直った。
「誤解が解けて、酒井は俺達にこれから仲良くしようと言ってくれた。松永とも話して欲しいと、だから、一緒に昼飯を食おうと俺達を誘ってくれた。酒井も自分が説明するより、直に最上と松永を話し合わせた方が良いと判断したからだろ。俺も凄く良い事だと思った。でも、最上はせっかく酒井がお膳立てしたのを台無しにして、何も事情を知らない松永に喧嘩を売りに行った。これは全部最上が悪い。それなのに、酒井は全部自分のせいで、松永と最上に嫌な思いをさせたと考えている。違う?」
「違わん」
「酒井は無自覚でやっているけどね。そういうのを見下しと言うんだよ。自分がどれだけ偉いと思えば、そこまで人を馬鹿に出来るんだ? 被害者の松永のフォローは良いよ。だけど、酒井はあそこで最上に「俺の親友に何をするんだ」と怒るべきだった。酒井が本当に松永が大事で、本当に最上を友達と思ってるのならね」
 あ。
「友達ならやっちゃ駄目な事をしたら普通は注意するだろ。それとも酒井は自分が最上と松永の保護者だとでも思ってる? 最上も松永も俺達と同い年だろ。自分で自分の言動の責任を取るのが当然だろ。何で何もしていない酒井が自分を責めて、全てのフォローに回るんだよ。酒井がやってる事は、一見好意に見えて、実際は松永と最上の成長の妨げにしかならない。ここまで言っても、まだ意味が解らない?」

 あ、ああああー。

 全部石川の言うとおりや。俺は俺と関わって誰かが嫌な思いをしたら、まず自分に非が無いか考える。責任転嫁はしとうない。考えて、俺に悪い所が有ったらすぐに謝る。
 それが人として当然やと思うからや。ごめんなさいとありがとうが言えんのは、人として恥ずかしい事やから。
 最上もホンマに自分が悪いて思うてたからこそ、3ヶ月も長い間、俺の後ろで俺と仲直り出来るチャンスを待ってくれた。
 ほんのちょっと頭を使うて逆の立場で考えたらええ。俺が最上の立場やったら? 勇気を出して謝ったのに逆に謝り返されたら?
 メッチャ立場が無いよな。余計に落ち込む。最上は元々ポジティブな奴から、逆に俺に謝られても、「凄い」て好意的に思うてくれたんや。
 まつながーに対しても同じや。俺はずっと恩人で大好きなまつながーに、俺に出来る事は無いかて思うとる。ほやけど、俺が親友にそないな事を思われ続けとったら嫌や。家事の分担なんて問題とちゃう。もっと大事な気持の問題や。こんなん対等の関係とはとても言えん。
 俺は性根がヘタレやから、人のええとこを見つけると尊敬して憧れる。いつかなりたい目標の1人にする。
 俺はまつながーを、最上を、こうして好意で俺を叱ってくれる石川に憧れる。俺には到底出来ん事をやれる人を心から尊敬する。
 ほやけど、俺は人が俺に対してそない思う事は、本気で止めて欲しいて思うとる。俺はいつかなりたい理想の俺を演じとるだけやから。外側だけ無理に飾っても俺の中身はスカスカや。
 石川は辛抱強く俺が自分で気付ける様にて、何度もヒントをくれたのに、俺はよく考えもせんと答えを聞いてしもた。俺は自分が心底恥ずかしい。

 下を向いとる俺と石川の間にポタリと透明な液体が落ちた。
「うわっ! 酒井」
 石川が凄く慌てた声を出して、俺のほっぺたを掴むと強引に俺の顔を上げさせた。その状態でポケットからハンカチを出す。
「ほえ?」
「ごめん。酒井を追い詰めるつもりは無かった。ましてや泣かせてしまうなんて。たしかにキツイ事ばかり言ったけど、俺はただ酒井に解って欲しかっただけなんだ」
「俺が泣いとる? ふ、ひえええっ」
 さっきの水は俺の涙なんか。また人前で涙腺が壊れてしもたんか。さっきとは全然違う意味でメッチャ恥ずかしい。
 何とか石川の手を払って顔を隠したいけど、細身の石川の力は予想よりずっと強うて、顔が全然動かせん。
 目を閉じると頬に柔らかい布の感触がした。石川が自分のハンカチで俺の涙を拭いてくれとるんや。小さい子か女の子扱いされとるみたいで変な気分。ほやけど、時々触れる石川の手はとても温かくて優しいから安心する。
 あ、ちゃんと石川に言わな。俺は目を開けるとそっと石川の手を離させた。
「石川、誤解や。誤解させてしもて堪忍して。今の俺は……うん、きっとこれは嬉し泣きや」
 目が合った石川の動きが止まる。
「嬉し泣き?」
「うん。自覚無しでアホをやり続けて、俺は自分が恥ずかしいて思うとるのはホンマや。ほやけど、石川はメッチャ優しいから。叱ってくれるくらい俺に優しくしてくれるから、嬉しゅうて涙が勝手に出てきてしもた。ホンマにおおきに。感謝する」
 正直に言うてみたら、石川は一気に赤面した。ハンカチを整えもせんでポケットに押し込むと、すぐに俺から視線を外した。
「ああもう、だから必ず誰かが居る前を狙って、遠回しに言い続けてたのに。本当に素の酒井は凶悪だよ。2人きりになるんじゃなかった」
 自分の言動に鈍うて、傲慢でその上凶悪かぁ。石川はホンマに俺の事を呆れてしもたんやろな。
「許して欲しいとはとても言えん。ほやけど謝らせて。ホンマに堪忍や」
「ちがーう!」
 頭を下げた俺を、真っ赤な顔をした石川は抱えるみたいに引き上げた。
「違うんだよ。俺は酒井の事を怒っても呆れてもいない。そうじゃなくてね。俺は全部じゃないけど酒井の事を好きって言ったよね。もっと本音の酒井を見たいとも。でもね、松永や最上の見ている方が恥ずかしくなる、あからさまな「酒井大好き」を、俺までやるのは嫌なだけなんだよ!」
「へ?」
 どういう意味やろう。俺が首を傾げると石川はまくし立てるみたいに早口で言い切った。
「俺もちょっと鈍いけど天然で、優しくて側に居ると安心する酒井が大好きなんだ。だから酒井ともっと仲良くなりたかったし、本音の酒井と付き合いたかったんだ」
「石川って俺の事を嫌いやなかったけ?」
 俺が聞き返すと石川は拗ねた様な顔を逸らした。
「だって、酒井は本当の笑顔を松永にしか見せないだろ。同じクラスでほとんど同じ講義を取ってるのに、1度もあの笑顔で笑って貰えないなんて凄く悔しいだろ。好意に鈍い酒井の事を、嫌いになれるものならなりたいよ。でも、とっくに好きで無理なんだから仕方が無いだろ」
「えー?」
 もしかして、石川って最上以上のツンデレなん? 石川は興奮で赤くなった顔をもっと赤く染めると何度も自分のほっぺたを叩きだした。
「ああ、嫌だ。嫌だ。俺はさっきから何を言ってるんだ。これじゃまるで酒井に告白してるみたいじゃないか」
「……」
 顔が妙に赤いて思うとったら、石川の心配はそっちなんか。あまり深くつっこまんとこ。
 勘のええ石川には俺の心の声が聞こえたっぽい。すぐに顔を上げて何度も首を横に振った。
「違うからね! 絶対に変な誤解はしないでくれよ」
「せんわい」
 全力否定に俺も白け気分で即答した。石川が俺に告白するなんて、キモうて想像もしとうないっちゅーねん。
 これも石川にはすぐに通じた。石川は俺と目が合うと笑いかけて、急に顔を強ばらせた。強い視線で一点を睨み付ける。
「そこに隠れて居る奴ら、今すぐ出て来い!」
 ほえ?
 俺が振り返ると、しばらくして自動販売機と植え込みの裏側から、まつながーと最上が、ばつが悪そうな顔で姿を見せた。
 まさか、嘘やろ。
 まつながー、なしてぇ!?


45.

 何度も石川に付いてくるなと言われた。こんな卑怯な事をしたら、絶対にヒロは本気で怒る。それは分かってるんだ。
 だけど、俺が知らないヒロの秘密を石川は知っている。俺達は親友なのに。一生付き合いたい1番の友達だと俺は思っているのに、いきなり現れた石川の方がヒロを理解しているなんて絶対に嫌だ。
 俺の理性は後で直接ヒロに聞けと何度も警告している。それでも、俺の身体は「悔しいからやっぱ追い掛ける」と走り出した最上の背中を、同じ様に追っていた。
 最上がついたて代わりの自動販売機裏で足を止めたので、俺もそこで止まった。最上曰くいつもの場所でヒロと石川は話し続けている。
 俺の位置からはヒロの背中の一部しか見えないが、石川の声は静かだけどよく通るし、ヒロ独特の少し鼻に掛かった高い声も綺麗に響く。それ程近付かなくても、2人の会話は全部聞く事が出来た。
 ヒロは俺には絶対話してくれない弱音を、石川には正直に洩らしている。真田が言っていたとおり、やっぱりヒロは自分に全く自信が持てずにいたんだ。
 いつも人の気持を察して優しくしてくれるくせに。必要なら叱咤激励もしてくれるくせに。落ち込んでいると黙って側に居てくれるくせに。
 俺はずっとヒロに感謝しているし、それを言葉や態度にも出してるのに、なんで解らないんだよ馬鹿天子。
 ヒロの泣き声に近い声が聞こえて来た時、最上が立ち上がろうとしなかったら、俺が2人の間に飛び出していた。瞬間沸騰した最上を、物音を立てずに止めるので精一杯で、自分の事が頭から飛んでいた。
 なんだか話が変な方向に行き始めたと思っていたら、石川が急に顔を上げて俺達の方を鋭い目付きで睨んできた。
「そこに隠れて居る奴ら、今すぐ出て来い!」
 どうして気付いたのか、石川に見つかってしまった。背中を向けていたヒロも驚いて振り返る。
 あれだけ勘の良い石川を誤魔化せるとは思えない。俺と最上はお互いに顔を見合わせると、ヒロ達の前に出て行った。

 石川は無言で怒っている。突き刺す様な視線が痛い。
 ヒロは信じられない物を見たという顔で、俺をじっと見続けている。こんな顔をさせたく無かったのに。どうなるか解っていたはずなのに、俺はどれだけ根性無しなんだ。
 立ち上がって俺達の前まで歩いきた石川は、いきなり最上の顔面を殴った。あの細い身体のどこにあれだけの力が有るのか、最上は豪快に3メートルばかり吹っ飛んで、その場に転がった。
 石川は俺を無視して通り過ぎると、最上の襟首を掴んで強引に起き上がらせる。
 まだ殴る気か? さすがに止めようと駆け寄ろうとしたら、石川は静かな声で俺の後ろに声を掛けた。
「酒井、そっちは任せた。「これ」は俺が引き取るから」
 石川はフラフラになった最上を引きずって歩いていく。止めようとしたが、背後に気配を感じて俺は振り返った。すぐ後ろにはヒロが今まで見たことも無い、能面みたいな表情で立っていた。
「ヒ……」
「時計見てみ。講義に遅刻するで。自分の学部に帰れや」
 それだけ言うと、ヒロは俺の顔を一切見ずに廊下を歩いて行く。
 待ってくれ。本気で怒ってるんだろ。俺を殴れよ。せめて一言くらいは話をさせてくれ。
「ヒロ!」
「やかましい! 話ならアパートに帰ってからなんぼでもしたるから、今すぐ俺の前から消えれ!」
 伸ばし掛けた俺の手を振り払って、ヒロは真っ直ぐに教室に歩いていく。走って離れるなんて事もしない。今の俺にそんな事をする価値も無いとヒロは思ってるんだ。
 完全にヒロを怒らせてしまった。いや、嫌われてしまったのかもしれない。
 石川と歩きながら何度も振り返って懇願してきたヒロの顔を思い出す。
 くっそう。今更後悔しても遅すぎる。何で俺はヒロを信じられなかったんだ。


46.

「まつながーのアホったれーっ!!」

 そう言えたら少しはスッキリ出来たんかもしれん。
 ほやけど、今はとてもそんな気分にはなれん。
 あれから石川に何発殴られたんか、最上の顔はメッチャ腫れ上がっとる。下手に素人治療はせん方がええレベル。出血は無いから氷で冷やすくらいしか出来ん。かと言って病院にも連れて行けんから、自然治療しか無い。
 それでもいつも通りに俺の後ろに2人並んで座る。最上も石川に殴られた事をちゃんと納得してるっぽい。
 やっぱ、お互いの信頼度が俺とまつながーとは違うんやろうな。
 最上の顔にビックリしたんか、険悪な雰囲気を察したんか、俺ら3人の周りは空席が目立つ。
 講師の声が耳に入らずに、頭の上を虚しく通過していく。
 石川の視線を追ってまつながーの顔を見た時、頭が真っ白になった。
 石川に殴られた最上が吹っ飛んだのを見て、やっと現状認識が出来た。
 あれだけ来んでて頼んだのに、聞いてくれんかった2人に腹は立っとる。それはたしかや。ほやけど……。
 俺は今、まつながーに対してどないしたいんやろう。
 講義が終わって席を立つと、後ろから最上が痛そうな顔をして声を掛けてきた。
「酒井、一応言っとく。先に俺がお前らを追い掛けたから、松永も仕方なく付いてきたんだかんな」
 「待て」と速攻で石川がツッコミを入れる。
「一緒に隠れて立ち聞きしてたんだから、松永も同罪だろ」
 冷たい視線と口調にばっさり切られて、最上は黙りこんでしもた。同罪なぁ。そうか。最上とまつながーにはちゃんと「罪」が有るんやな。
 まつながーはいつもの心配性が出ただけやと思うんよな。なんや「罪」て言葉に実感が湧かんなぁ。俺の感覚が変なんやろうか。
 なんも考える気力は起こらんし、話も耳に入ってこん。時間だけが虚しく過ぎていく。


47.

 午後の講義中ずっと上の空だったからか、安東達から「何か有ったのか?」と、何度も声を掛けられた。あの真田にまで「大丈夫?」と聞かれたくらいだから、俺は相当呆けた顔をしていたんだろう。
 だけど、俺は呆けていたんじゃない。どうしたらヒロに正面から向き合えって貰えるだろうか。そればかりを考えていた。
 講義が終わってバイトに行こうと立ち上がった時に、ヒロからメールが来た。

 『今日の晩ご飯は豚バラと野菜のカレーでええ? ゆで卵と納豆を付けるから。たしか、冷蔵庫にそろそろ料理せなヤバイカボチャとほうれん草が有ったよな』

 あれだけ怒っていても、いつもと変わらないヒロの口調だ。飯抜きを覚悟していたのに、今夜もちゃんと俺にも飯を作ってくれるんだ。こんなに普通の事が凄く嬉しくて胸が熱くなる。自然と顔がにやけてくる。
 俺の急激な変化に気付いた安東が、俺の手元を覗き込んで、軽く首を横に振ると岩城達に何かを話している。
「何だ。旦那と夫婦喧嘩してたのか。見た目は可愛いけど怒った博俊ちゃんは、松永に容赦は無さそうだもんね。心配して損した」
 誰が旦那で誰が嫁だ。相馬め。今度絞めてやる。とはいえ今は嬉しさ一杯で怒る気にもならない。
 今日の俺のバイトは8時までで、ヒロは休みだから飯の後にゆっくり話が出来る。始めにヒロに謝ろう。そして、自分の口で直接ヒロに聞こう。
 携帯を閉じてポケットに入れると、背後からボソリと真田が呟いた。
「石川君からさっきメールが来てね。明日、あんたの顔の形が豪快に変わっていても、階段で転んだ事にしといて欲しいと頼まれたよ。松永が何をやったのかは聞くなと頼まれたから聞かない。でもね。もし、酒井君に酷い事をしたのなら、あたしがあんたを許さないからね」
 途端に背筋が寒くなる。あの洞察力の鋭い石川が、わざわさ真田に忠告してきた。ヒロからのメールの文面は普通だったけど、講義中の態度は普通じゃ無かったのか。
 ヒロに当分足腰が立たなくなるくらい蹴られるだけの事はした。とっくに覚悟は出来ている。俺はゆっくり息を吐いて真田を振り返った。
「その時は上手く噂を流しておいてくれ。頼む」
 何がその時なのか、勘の良い真田はすぐに気付いて顔つきが変わった。
「分かった。でも、酒井君の為だよ」
「うん。真田が居てくれて助かる」
 俺が軽く頭を下げると真田は少しだけ驚いた顔になって、また素早く元の顔に戻った。本当にこういう時の真田は頼りになる。表情を周囲に読まれると不味いと判断したんだろう。明日俺が怪我で休んだとしても、真田なら石川と相談して、上手くクラスの連中に話をしてくれる。
 俺はバッグを肩に掛けて真田の方を向き直った。
「じゃあな」
「間違っても死なないでよ」
「縁起でもない事を言うなっての」
 真田の場合、冗談なのか本気なのか解らないから尚更怖い。


 アパートに戻るとヒロは今日も笑顔で迎えてくれて、すぐに冷たい麦茶と料理を出してくれた。
 ヒロが作った夏野菜カレーはスープ系で、さっぱりしていて美味しい。どこでこういう料理を覚えてくるんだろう。オクラはともかくピーマンとコーン入りのカレーは初めてだ。クタクタじゃないのにしっかりカレーの味は浸みている。今度コツを聞いてみよう。
 ごちそう様の後に何杯か麦茶を飲んで、ヒロはゆっくり顔を上げると、俺の目を真っ直ぐに見た。
「まつながー、大きな音でご近所さんに迷惑掛けとうないから外へ行こうや」
「分かった」
 遂に来たか。ヒロの大技が出たら、騒音どころか壁に穴があいて、アパートから大学に苦情が行きかねない。とっくに覚悟が出来ている俺が即答すると、ヒロは「あ、忘れとったー」と間抜けな声を上げて、雑紙で汚れを拭き取った皿を急いで洗い始めた。
 何でヒロはこうも毎回俺の予想の範疇外の事をやりだすんだ。乾いたカレーはなかなか落ちないから、すぐ洗いたいのは解るけど、そりゃねえだろって気分になる。意気込んで構えていたのに足の力が一気に抜ける。
 ヒロが洗った皿を俺が受け取り、布巾で水気を拭き取って戸棚に入れる。これからヒロに殴られると解ってるのに、何で俺達はこんなに普通にほのぼのして居られるんだろう。
 それより、どうしてヒロはあれだけ怒っていたはずなのに、ずっと笑顔で居られるんだろう。やっぱり俺にはヒロが解らない。

「これで一安心やなぁ」
 戸締まりをしてヒロは俺の一歩前を歩き始めた。まだ夜の9時過ぎだからか、駅に通じる道は人が多い。ヒロは駅とは反対側の住宅街へ足を向けた。俺がよく酒を買いに行くコンビニに行く道で、小学校と中学校が隣接している。それのすぐ側に木の多い公園が有る。
 小さな子供の遊び場だから、明るい割りに夜間はほとんど人は居ない。ヒロは迷わず公園に入ると、自販機前で俺を振り返る。
「まつながー、何か飲むー? 俺はコーラにする」
「アイスコーヒー。なるべくでかいやつ」
「分かったー」
 ポケットから小銭を出そうとしたら、ヒロに「ここは奢る」と言われてしまった。俺がどうしようかと迷っていると、ヒロは「ほなベンチに座ろ」と言ってくれた。
 とりあえずいきなり殴られたり蹴られたりするんじゃ無いんだな。
 ペットボトルのコーラを4分の1くらい一気飲みして、ヒロは隣に座っている俺を見上げてきた。ああ、こんなグダグダでどうするんだ。ちゃんとヒロに謝らないと。
「ヒロ、ごめん。いや、済みませんでした」
 ヒロは大きな目をもっと大きく見開いて、数回瞬きをすると視線を逸らして軽く首を傾げた。
「俺にはイマイチ解らんけど、まつながーも自分が悪い事したて思うとるんやな」
「石川とヒロにあれだけ念を押されたのにこっそり付いていった。おまけに隠れて2人の話を盗み聞きしたんだ。弁解の余地は無いだろ」
「そうか」
 ヒロはゆっくり瞬きをすると、また俺を見上げてきた。
「ほな、始めから悪いて分かってる事をなしてしたん?」
 こんな所で天子様モード発動かよ。透明で全てを見透かす目だ。今のヒロには嘘もごまかしも通用しない。ヒロに嘘なんて付きたく無いからそれは構わない。
 だけど、こうしてヒロの綺麗な顔で見据えられると、いたたまれない気持になって、土下座してでも視線を逸らして「ごめんなさい」と言いたくなる。そんな事をヒロが望んで無いと解っているのに。
 俺はどう頑張ってもヒロ天子に頭が上がらない。コーヒーで湿らしたはずの喉が一気に渇く。震え出す足を両手で押さえつけて俺もヒロを見つめ返した。
「卑怯だと解っていても、本当の事を知りたかった」
「ホンマの事?」
 少しだけヒロは眉をひそめる。駄目だ。こんな言い方じゃヒロを嘘吐き呼ばわりしてるみたいじゃないか。
「ヒロは我慢強いから、俺には滅多に弱音を言ってくれない。だけど、石川にはヒロも本音を話すんじゃないか。そう思った。俺はそれを知りたくて、直接頭を下げてヒロに聞けば良い事なのに、1番卑劣な手段を選んだ」
「好奇心なんか?」
「違う! ……いや。違うとは言い切れないな。俺は俺の知らないヒロをもっと知りたい。俺はヒロが俺に色々秘密を持っているのが嫌だ。それを石川は知っているのが、目の前でヒロと石川だけが通じる話をしているのが悔しくて。だから、悪いと思っていても自分を止められなかった」
 ヒロは小さな溜息を吐くと、ゆっくり頭を振った。
「まつながーの知らん俺なぁ。特別見せるモンとちゃうて思うで。俺が石川と話したんは、石川なら俺自身も、まつながーらも気付かずにおる俺の欠点を、ちゃんと言うてくれるて思ったからや」
「欠点って何だよ? ヒロ天子」
「天子て呼ぶな。石川との会話を全部聞いてたんなら、もう、まつながーにも解ったやろ。俺の中身はスカスカで底も浅い。とても天子様なんて言われる身分とちゃう」
「たしかにヒロは石川には俺に絶対見せてくれない弱い面を見せた。言ってくれない愚痴も話していた。石川に負けてるのは悔しいし、ヒロに全然頼って貰えないのは凄く寂しい。だけど、ああいう形でも我慢強いヒロが、本音を出せたのは良い事だと思ってるし、ヒロが俺の天子なのは今も変わらない」
「なしてや? こない情けない俺を知っても、まだ言えるんか」
「言える! 俺にとってヒロは絶対の存在だ。俺はヒロになら涙を見せられる。我が儘も言ってしまうし、素直に甘えられる。ヒロは怒ってもどんな俺でも受け止めてくれるだろ。それがどれだけ俺にとって大きな事かヒロ自身だけが解ってない。ヒロと一緒に居る時が俺は1番安心出来るんだ」
 俺がはっきり言い切ると、ヒロは笑いたいんだか泣きたいんだかよく解らない顔になって、小さく首を振った。
「そうなんか。まつながーはホンマに素直で、お目出度い頭をしとって良かったなぁ。俺はまつながーと一緒に居るとメッチャ腹が立つで」
「何でだよ? 俺達親友だろ」
「石川は俺が自分の外見にコンプレックス持つのは図々しいて言うた。けどな、俺はまつながーと居ると自分のチビさ加減に嫌になるし、まつながーの男前な顔にもムカツクし、露骨に見せつけられる体格差にも腹が立つし、まつながーが家事全般出来るんにも嫉妬するし、金銭感覚がしっかりしとんのにもメッチャ苛つくで。アホスイッチ以外の欠点が無いのに、頭までええから尚更や。まつながーは何も悪くないのは分かっとる。俺がぼけっと19年間生きてきた間、まつながーは色々苦労してそれを努力で克服してきた。メッチャ尊敬しとる。ほやけどな」
 ヒロは一旦息継ぎをすると、すぐに顔を上げて話し続けた。
「まつながーと居ると俺は自分のお粗末さに嫌になるんや。まつながー。こない愚痴を言われたかて、まつながーは困るだけやろ。俺がまつながーに愚痴を言うたら、俺の女顔は直るんか。声も低くなって、背も高うなって、男らしい体つきになれるんか。ならんやろ。ほやからせめて内面だけでもええ男になろうて頑張っても、すぐ目の前に人間の出来たまつながーが立っとる。俺には出来ん事をあっさりやる。俺はずっとまつながーを僻んで妬んで、いつか見返してやるて思うとる」
 ヒロが俺を妬んで僻む? 石川にもそんな事を言ってたけどどうしてなんだ。俺はいつもヒロの懐の深さに感謝しているのに。乾いた喉がヒュウヒュウと嫌な音を立てる。唾を飲み込むと勇気を出してヒロに聞いてみた。
「ヒロは本当は俺を嫌いなのか。俺が甘えるから、ヒロは見捨てずに居てくれただけなのか」
 ヒロに嫌われている? 考えただけで心臓が痛くなる。俺にとってヒロは1番なんだ。
「アホか。嫌いやったら憧れん。羨まん。無い物ねだりで嫉妬したりせん。まつながーの事を好きやから、いつかまつながーみたいになりたいて目標にしとる。こないな事は口に出して言う事とちゃうやろ。言うたら自分が情けないだけやろ。黙って努力する事やろ。なしてこんなんばかり聞きたがるん? 知りたがるん? そないに俺を惨めにして笑いたいんか」
 何でそうなるんだよ。石川の言い分じゃないけどヒロは自分を解ってなさ過ぎるぞ。
「そんな事は無い。俺こそヒロに憧れ続けてるんだ。俺はヒロの優しさにどれだけ助けられたか解らない」
「あんなん全部芝居でやっとる事やてもう知っとるやろが」
 ヒロが普段からは考えられないくらい声を荒げる。だけど俺も本音でしか返せない。
「嘘だ。芝居であんな事まで出来ないだろ。ヒロの本質は優しくて凄い努力家だ。ヒロが自分を否定しても俺は否定なんかしない。好きだからヒロの側に居たい。好きだからもっと知りたい。そう思うのが悪い事なのか」
「例え親友にやろうと、スカスカのヘタレな正体を知られたい奴が居るかあ!」
「天子がスカスカでヘタレなはずは無いだろ」
「天子て呼ぶなて言うとるやろが! まつながーが俺を天子て呼ぶ度に、俺は俺の醜さを思い知らされる。笑顔で誤魔化しとるだけのくそったれの性根や。天子なんて俺には似合わん」
「違う。ヒロは俺の天子だ!」
「呼ぶなて何度も同じ事を言わすなや!」
「嘘は言ってないぞ。俺の本音だ」
「ほやったら、まつながーは俺を解っとらん。俺がなしてまつながーに本音を出せんくなったか少しは考えれや。まつながーの天子様像を、俺なんかが汚す訳にはいかんやろ。正反対の勘違いと解ってたかて、それがあの頃のまつながーの心の支えになっとるなら、俺がそれを崩す訳にはいかんかっただけや」
 そこまで言うとヒロは俯いて身体を震わせた。まさか、泣いているのか?
「ほやけどな。もう天子のふりをするのは疲れたんや。堪忍してや。まつながーが俺を理想化する度に、現実とのギャップが大きすぎて、俺はプレッシャーで押しつぶされそうになる。まつながー、こない情け無い俺なんかの事を、今でも少しでも好きやて思うてくれとるのなら。そうなら、お願いやから俺の事は当分放っておいてや。これ以上、その綺麗で素直な心で俺を惨めにせんといて」
 そう言ってヒロは俯いたまま走って公園を出て行った。
 ヒロ、俺の天子。
 俺のお粗末な語録で、最大限のヒロへの感謝の気持ちと賛辞のつもりだった。俺にとってヒロは天子としか言い様が無い。でも、それがずっとヒロを追い詰めていのか。
 ここの所、ずっとヒロが悩んで辛そうにしているのには気付いていたのに、何で俺はそこに気が回らなかったんだ。
 俺はとんだ大馬鹿者だ。


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