冷えすぎ防止に除湿モードのエアコンはタイマーセットして寝たから、朝起きた時には扇風機だけが動いとって、メッチャ蒸し暑かった。
 目の前にまつながーの顔が有っても、叫び声を上げずに済んだのは、伊勢の時に比べたらまだマシて状況やったから。ちゅーか、抱き枕みたいに布団ごと俺を抱えて寝とった。どうりで蒸し暑いはずや。
 アホまつながーを叩き起こさなかったんは、まつながーの腕は俺がベッドから落ちん様に支えてくれとるてすぐに判ったのと、まつながーの顔に昨夜俺が殴った小さな痣を見つけたからや。
 まつながーは俺の事をいつもお人好して言うけど、そのまま返したい気分。
 しかもなんがそないに楽しいんか、気持良さそうに安心しきった顔して寝とるし。あんな顔を見たらさすがに殴ったり蹴ったりは出来んよなぁ。はああああぁ。

「酒井くんと松永くん」 =第2期= 『友情の境界線』(9)

27.

 1コマ目中に寝起きのまつながーから『昼はそっちに行くから待ってろ』という簡潔なメールが来た。そういや、昨夜は布団とまつながーのアホ発言に気を取られて、今日の昼にどうするかを決めとらんかったなぁ。
 最上と石川が後ろから(前にやめれて言うたのに)俺の携帯を覗き込んできて、「やったね」と拳をぶつけ合った。これから遠足に行く幼稚園児みたいな顔をしとる。行き違いが有っただけに、まつながーとちゃんと話せるんが嬉しいんやろな。
 根拠は無いけど、まつながーと最上と石川は上手く付き合っていけるて思う。なんのかんの言うても、3人とも俺から見たらええ男やもん。お互いの個性を把握すればええ友達になれるて思う。
 自分が3人みたいにええ個性を持ってとらんからて羨んでもしゃーない。俺は俺のテンポで頑張るしかない。
 そんな事を思うてたら石川が俺の肩に手を置いて小声で囁いてきた。
「酒井はね。自分の事がまだよく解ってないだけだよ。だからそんなに腹黒い顔はしないでよ」
「腹黒ぉ?」
 俺が聞き返すと石川はにっこり笑う。
「今また余計な事を考えて少し落ち込んでただろ。もっとここの力抜きなよ」
 そう言うて石川はもう1回俺の肩を叩いた。バレバレやったんか。石川ってもしかせんでもエスパー?
「うげっ」
 俺と石川が目だけで会話しとると、最上が俺の首に後ろから飛びかかってきた。重さと衝撃で頭がくらくらする。人懐っこい大型犬に乗っかられとるみたいや。
「最上ぃ、重い上に暑いからのけー」
「俺だけ仲間外れにすんな」
 最上の手をふりほどこうと俺がもがいとると、石川は苦笑しながら携帯を構える。
「本当にお前達は犬っころだな。やっぱり写メ撮って松永にも見せちゃおう」
「それもマジでやめれー。色々な意味で後が怖い」
 俺が泣き言に近い声で言うと、石川と最上が同時に笑う。
「どういう意味の色々だよ」
 そんなん絶対に言いとうないわい。……あ。教室で騒いでたからか、背中に複数の視線を感じた。気配を辿って振り返ると南部さんらや。面白くなさそうな顔をして俺らを凝視しとるから、試しに笑い返してみた。そしたら、南部さんらは急に赤面してきゃーきゃー騒ぎ出した。なんやねん。
「やっぱ、酒井の笑顔は攻撃力有るなー」
 最上がにやりと笑うと石川も口の端で笑った。
「そりゃ酒井は情報学部のアイドルだから」
「アイドル? まつながーも時々そういうアホな冗談言うけど、元ネタはなん?」
 俺が真面目に聞くと、最上と石川はお互い顔を見合わせた。
「やっぱ、酒井ってすげー天然だろ」
 最上が苦笑すると、石川も苦笑しながら肩をすくめた。
「そうだね。最上、もう止めないから遠慮せずにどんどん酒井に懐いちゃえ。その方が多分酒井は早く理解出来そうだし見てて面白い」
「おっしゃ」
 最上が嬉しそうに俺を羽交い締めにする。いつの間にかプロレス状態や。およ? 最上の手は力が強いからか、まつながーみたいに変なざわざわ感がせん。毛(もう)やんとじゃれ合っとる時みたいや。
 いつもは気色悪いからすぐはね除けとるけど、俺を片手で軽々持ち上げられるまつながーが、本気で人に向けて握力使うたらどうなるんか想像も付かん。叩く時はいつもゲンコツやからあれでも手加減してくれとるんやろな。
「ああもう、やめれっちゅーに」
 俺は最上の腕を強引にふりほどくと「移動!」て言うて先に教室を出た。中学、高校時代に戻ったみたいで笑えてきた。


28.

「改めて、酒井とお友達若葉マーク中の最上光(みつる)でーす」
「初めまして。同じく酒井とお友達若葉マーク中な石川信高(のぶたか)でーす。枯葉……違った紅葉マークじゃありません」
「最近目覚めた趣味は、2人で酒井をいじって遊ぶ事でーす」
「……松永健(けん)だ。宜しく」
 昼休みに俺がヒロの教室に行くなり、最上と石川がヒロを挟んで一昔前の漫才コンビみたいな挨拶をしてきた。ヒロも完全に予想外だったんだろう。2人の変なノリに頭を抱えている。
「酒井、お前関西系のくせにノリ悪いぞ。ボケてんだから突っ込めよ。滑ったらさみしーだろ」
「あ、でもツッコミって大阪より西じゃないと無理って聞いたよ。酒井は三重県民っしょ」
「世界遺産はお堅いな」
「それは熊野歩道。酒井は伊勢うどん」
「たしか名物は赤○餅だっけ」
「うん。酒井は可愛いピンクのラッピングが似合いそうだよね」
「いい加減にヤメレー」
 放置しておけばどんどん脱線しそうな最上と石川の後頭部をヒロが小突いた。正に漫才だ。
 俺が黙って見ていると、最上は苦笑しながらと頭を掻いた。
「石川とネットで調べて一晩考えたネタだったんだけどな。松永には受けなかったか」
 ああ。普通で良いのに、昨日の事を気にしてわざと場を和らげようと馬鹿をやってたのか。ここは話を合わせてみるか。
「赤○餅なら伊勢でヒロに強制的に食わされたから知っている。見た目よりさっぱりした甘さで俺でも普通に食えた。たしかに箱売りはピンクのラッピングだったな」
「うわあ。まつながーのアホ!」
 ヒロが慌てて俺の口を塞ぐ。しまった。うっかり「伊勢で」と余計な事を言ってしまった。
「はあ、伊勢ぇ?」
 と最上が聞き返す。
「ひょっとしてデート?」
 と、石川が聞いてきた。男同士でデートってどういう思考回路だ。お前は相馬か。
 深く追究されたくないと思ったヒロが俺の腕を引っ張て歩き出す。
「なあ、そろそろご飯食べに行こうや。めぼしいのが全部無うなるで。話はそれからでもええやろ」
「そうだね。今日の日替わり定食は何だっけ?」
 石川が意味ありげに笑いながらバッグを手にする。そういえばこいつとは初対面設定だったな。だけど、初めましてという隙も無かった。
「豚焼き肉定食とアジのフライとカツカレー。昨日がカレーだったから今日は豚かアジだな」
「じゃあ俺はアジのフライ狙いかな。無ければちょっと高いけどカツカレーでも良いよ」
 昨日はカレー5分早食いをやったと言っていたな。最上と石川がメニューを決めていると、ヒロが俺を見上げてきた。
「まつながーはなんにする?」
「今日はバイトが遅くまで有るから、腹持ちの良い飯と納豆がしっかり食えるなら何でも良い」
「出たぞ。納豆星人発言」
 ボソリと最上の毒舌が聞こえてくる。俺が嫌そうに振り返ると、にこやかな笑顔を返してきた。
「松永の納豆好きはホントの事じゃん」
 どうやら「納豆星人」は最上にとって悪口じゃ無いらしい。ヒロは最上を凄く正直な奴と誉めていたが、それ以前の問題と言うか、無神経の部類だと思うぞ。
 時々視線の合う石川は、まだ何も言うなと言いたげに小さく横に首を振る。ヒロに秘密は作りたく無いんだがこれは仕方ないか。

 時間はかなり過ぎていたが、運良く食べたい物をゲットした俺達は適当に席をとって飯を食い始めた。石川とも初対面らしく「初めまして」と挨拶をし直す。
 最上は何度か視線を泳がせて、真っ直ぐに視線を俺に向けると、丁寧に頭を下げて謝ってきた。
「昨日は八つ当たりして悪かった」
「うん」
 これ以上の返事は期待されてない気がして、俺も簡単に返して頷いた。最上は本当に良い意味でも悪い意味でも正直過ぎる奴なんだ。口が災いして敵を作るタイプだな。だけど、裏が無いから安心も出来る。多分ヒロもそう感じているんだろう。
「ヒロに積極的に関わってくる奴は、色々個性的な奴ばかりなんだな」
 俺が正直な感想を言うと、ヒロも最上も石川も完全停止した。箸を置いて水を飲んだ最上が小声で呟く。
「すげえ。その筆頭でしかも変態もどきが言った」
「本人全く自覚無しでやってるんだ。ちょっと羨ましいね。俺にはとても無理」
 正面に座っていた最上と石川がボソボソと話し出す。どれだけ小声でもしっかり聞こえてるっての。隣に座ってるヒロはというと、何も聞こえませんでしたといわんばかりに、無言で飯をかき込み始めた。おい、ヒロ。少しはフォローしてくれよ。
 俺の視線を無視しきれなくなったヒロは、箸を置くと大学構内では滅多に見られない天子様モードの笑顔になった。何を考えてるか全く解らないだけに、凄く嫌な予感がするぞ。
「ホンマモンの天然てまつながーのコトを言うんやろうなぁ」
 顔が強ばっていた最上と石川が耐えきれずに同時に吹き出した。フォローどころかヒロにトドメを刺されてしまった。
 これは昨夜の芋虫捕獲策を根に持ってるな。ベッドの端っこで落ちる寸前でゆらゆらされ続けていたら、気になって普通は支えるだろ。それともそのまま放置しろってか。

 ドリンクコーナーのテーブルに移動して食後のお茶を飲んでいたら、最上がポツリと言った。
「やっぱし、こうして本人を目の前にすると、あのクソ小説とは全くの別人だよな。始めのコピー本は仕方ねえとして、後の2冊はいくら新人でも石川がもっと強く止めてれば良かったのに」
「は?」と俺。
「へ?」とヒロ。
 石川は俺とヒロの顔両方を見て、ゆっくり丁寧に頭を下げた。
「本当にごめん。いや、済みませんでした。酒井、松永。実は俺は2人を元ネタにした、とんでも無い小説本出した文芸サークルに入ってるんだ」
「はあーっ!?」


29.

 石川の爆弾発言に、俺とまつながーは同時に大声を上げてしもた。こんなんマジで初耳やで。
 あ、もしかして俺が前にサークル名聞いた時に、石川が逃げ腰になったんはこれが原因やったんか。
 切れたらやばいて思うて横に座っとるまつながーの腕を押さえたら、まつながーは安心しろと言いたげに笑って、俺の手をぽんぽんと軽く叩き返してきた。良かった。今回は大丈夫っぽい。
「石川、俺達がアレのせいでどれだけ迷惑していたか知ってるな。本当に詫びる気持が有るなら、お前が知っている事と次第を、包み隠さず偽り無しで全部話せ」
 うひゃあ。まつながー、さっきの笑顔はなんやったん。声が低い上に目が座っとるから、見慣れとる俺かて怖いちゅーに。
「松永、気持は解っけど最後まで聞いてやれよ。手も上げんなよ」
 石川を庇って少しだけ前のめりになった最上は、言葉は強気やけど手が震えとる。
「まあ、普通は怒るよね。立場が逆なら俺もきっと松永と同じ反応をするよ」
 石川はまつながーの視線を真っ直ぐに受け止めて、軽く肩をすくめた。
「うちのサークルの副部長は情報学部の4年でね。俺達が入学して間もない頃に、たまたま酒井と松永が一緒に歩いてる所を見たんだって。身長差も体格差もかなり有るからかなり目立ってたと言ってたよ」
 また俺とまつながーの体格差が原因なんか。ホンマに自分のチビさと細さが嫌になってくる。バレーボール部やったまつながーの体格がええんは普通やもんな。
「半分……いや、ほとんど先輩の妄想フィルター付だと思うんだけど、仲良さそうに歩いてる2人を見ているとほのぼのした気分になったらしい。そこで、新入生名簿から酒井と松永の事を調べて、数日間学内尾行してから突発ショート小説を書いた。それがあのコピー本のベースになったんだ」
 調べて尾行ってなんやストーカーっぽくて気色悪いなあ。まつながーも似たような感想を持ったっぽくて嫌そうな顔になっとる。
「それを読んだ先輩達が俄然乗っちゃってね。隠し撮りした松永と酒井の写真を見ながら、部長を筆頭に女子数人が共作で書いたんだ。うちのサークルの新入部員は、俺と国文に居る女子の浅野と2人だけで、浅野は真田と高校時代から友達なんだよ。松永は真田経由でコピー本を渡されただろ」
「ああ、それでだったのか」
 まつながーが間の抜けた声を上げた。まつながーは真田さんにコピー本渡されたんやったな。俺もオフセット本を真田さんから渡された。そういう繋がりでやったんや。
 そういや俺はコピー本を誰に渡されたんやったかなぁ。知らん女子やった気がする。
「入った後に知ったんだけど、うちの大学には文芸部がいくつも有るんだって。5月に入って部長が新入生が2人だけじゃ後2年以内にうちは潰れると言い出したんだ。それで、俺と浅野は大量のコピー本を強制的に持たされて、新人勧誘と読者獲得に構内を回らされたんだ。酒井にコピー本を渡したのは浅野だよ」
「へー」
 あまり覚えとらんけど必死な顔で渡された記憶がある。先輩に言われて強制やったんか。気の毒になあ。
「酒井、「へー」なんてのんきな事言ってる場合じゃねえぞ。お前、解ってねえだろ」
 最上が石川を押しのけて俺の正面に顔を出す。
「ほやかて、石川もその浅野さんて人も嫌々配ったんやろ。先輩に言われて1番下やから逆らえんかったんやろ。そんなんとても責めれん」
 俺が少しだけ困った顔をすると、最上はむーっと腕を組んだ。
「浅野は友達経由であちこちの学部にばらまいたけど、石川はうちの学部だけに配ってノルマ全を部裁いたんだよ。元々酒井は女子から可愛いてっ言われてたのに、あれのせいで余計目立っちゃったんだから、酒井は怒って良いぞ。ていうか怒れ。いや、普通に怒るところだって」
「あまり俺を可愛いて強調して言わんといて」
 俺が不満を言うと、まつながーは全然フォローにならん事を言うた。
「まあうちの学部でも、ヒロは可愛いって男女問わず言われてるからな」
 まつながーは悪意無しやから余計に腹が立つ。場の雰囲気がこれ以上悪うなるのを止めようと石川が俺とまつながーの間に入る。
「ごめん。今更だけど一応言い訳させてよ。あのコピー本は内容が内容だろ。とてもじゃないけど全く知らない奴に渡せないよ。男の俺じゃ変態と間違われる。でも、サークルの大切な本を捨てる訳にもいかないから、学部の連中に事情を話して受け取って貰ったんだ。凄く恥ずかしい上に受け取った奴にも酒井や松永に申し訳無かった。1人当たりの配布ノルマが200冊もなんて拷問をされてる気分だったよ」
 200冊も? たしかにうちの学部なら、1年だけで軽くそれ以上は居る。少しでも知った顔に渡すなら自然とそうなるよな。項垂れとる石川に同情するで。
「で、ここからが酒井と松永の本当の不幸の始まりでね。6月にオフセット本を出して結構な売り上げに味をしめた先輩達は、夏コミ直前に……ちょっと人には話せない本まで出しちゃったんだよ」
「人には話せない本て何だ?」
 まつながーが当然の質問をする。そない言い方されたら俺かて気になるで。
 石川が言葉に詰まると、最上がもの凄く嫌そうな顔と声で言うた。
「R18のエロホモ裏小説。しかも上手い漫画系同人屋に頼んだフルカラー挿絵付豪華本」
 ……へ? なんなんそれ。


30.

 脳みその許容量を完全に超えたんだろう。ヒロは両手でペットボトルを持ったまま固まっている。俺も出来るものなら記憶から完全に消去したい。当事者をぶん殴りたいのは山々だが、書いたのは目の前に居る石川じゃない。
「悪い。最上はちょっと黙っててくれ。石川、出来ればもう聞きたく無いから、俺の質問だけに答えてくれ」
 殴られそうな気配を察した最上は椅子ごとちょっと引いて、石川は黙って頷いた。
 自分でもかなり怒った顔になっていると思う。すぐに手が出なかったのは、あまりにも予想外過ぎて、俺の頭が最上の言葉を理解するのにかなり時間が掛かったからだ。
「まず、何で石川はそんなサークルに入ってるんだ? 他にも有るんだろ。理不尽だと思うなら別のサークルに移れば良いじゃないか」
 俺が割と冷静な質問をしたからか、石川は数回瞬きをすると「そっちの疑問か」と言った。
「それなら始めからだね。入学したての頃に貰って読んだ同人誌が凄く面白くてね。俺と浅野はそれで入るのを決めたんだ。先輩達も普段は普通の現代物や歴史物やライトSFとかを書いてるよ」
「じゃあ、その先輩達は何であんなはた迷惑な上に気持ち悪い話を書くんだ?」
 感じたままに聞いてみたら、石川は「当然の質問だね」と頷いた。ある程度は質問責めをされる覚悟が出来てたみたいだな。
「印刷代を稼ぐ為だよ。普通の話だとオフイベントではあまり売れなくて、毎回かなりの赤字になるんだ。それで、赤字解消に別ペンネームとサークル名で、売れ線のボーイズラブ系のエロ同人誌を出してるんだよ。俺も男女物のエロを書けと言われた。苦労しながら初めて書いたけど、とても人に読ませられるレベルじゃないと没になったよ。先輩達は本当に書きたい物が別に有るから、そっちの本の印刷費をエロ同人誌で稼いでいるんだ。小説や漫画の同人は時間の掛かる趣味だから、学業を放り出してバイトをする余裕は無いしね」
 普通の話で文章が上手くて面白い作品が読みたいなら本屋で売っている。たまに本屋のレジをやってる時に、表紙からして露骨なエロ本を持ってくる強者も居るが、同人イベントの方が買いやすいのはたしかなんだろう。
「それは理解出来る。石川はどういうジャンルを書いてるんだ?」
「俺は現代日常物と、……少し不思議系というか、一応現代SF系になるのかな。浅野はちょっとホラーっぽい現代ファンタジーだよ。2人共まだ上手く纏められなくて短編しか書けないけどね」
「意外と普通だな」
 正直に言うと、石川は当然だと笑った。
「普通だよ。でも、こういうジャンルはプロ並みに上手くなくちゃ売れない。本を出すには凄くお金が掛かるんだ。結構分量も有るけど売値はそうそう上げられないから、1冊刷ると10万近い赤字になるんだ。他のサークルはウェブオンリーでやってる所も有るくらい」
「その辺りはチョットだけ解るなぁ。高校の友達らが特撮系同人やってたから。ちゅーても4コマ漫画とかファンブック系で本が薄かったから、それなりに分量の要る小説より印刷単価は安いんよな。オリジナルかてそうそう冊数は刷れんから資金繰りは大変やろ」
 お、ヒロが復活したぞ。そういえばヒロには同人屋の友達が居たんだったな。
「あ、酒井は解ってくれる?」
 石川も嬉しそうにヒロに笑顔を向ける。
 ヒロは頷きながら俺の方を向くと、ぺたぺたと俺の肩を叩いた。
「まつながー、そういう事情なら石川のコトは怒れんよなぁ」
「ああ、石川は悪く無いしな。出しちゃったモンは仕方ない。もう2度と俺達をネタに気色の悪い本を出さないなら文句は無い」
 俺とヒロが顔を見合わせて頷いていると、石川は「やっと謝れた」とほっと息を吐いて、最上は少しだけ面白く無さそうな顔をした。
「お前ら文芸部の部長達に誓約書でも書いて貰った方がいーぜ。浅野が怒られるのが怖くて真田にも渡せなかったんだ。R18本は読んでて目が腐るかと思うくらいマジでキモかった」
「お前も解ってるならわざわざそんなのを読むなよ!」
 ヒロと俺は同時に最上に突っ込んだ。ヒロが心配だったからとはいえ、男でアレを積極的に読みたがる最上の神経は理解出来ない。
 石川と目が会うと、胸に引っかかっていたものが取れたみたいにスッキリした顔をしている。
 ああ、そうか。石川が俺の前に姿を見せた事を伏せたがったのは、ヒロと俺に同時に謝りたかったからだったんだ。その為には誤解でこじれた最上とヒロの関係を先に修復する必要が有った。
 気を遣い過ぎと言えばそれまでだが、石川は自分の筋を通したかったんだろう。好きな趣味絡みだからこそ尚更拘ったんだ。
 それでも、俺は昨夜のヒロの状態をヒントをくれた石川にも話したくない。石川もヒロと俺のプライベートを深く知りたくはないだろう。
 何より、俺に涙を見せるのも嫌がって忘れろとメモまで残したヒロに、これ以上嫌な思いはさせたくない。どうしてヒロがあそこまで意地を張るのかは解らない。だけど、これから折を見てゆっくり話しをしていきたい。
 石川の言い分じゃないが、時々嘘くさい笑顔を貼り付けているヒロは、俺にも何かを隠している。それがヒロ自身を縛って苦しめているんじゃないかと思う。
 ヒロが俺に許してくれるものなら、出来る限り協力して楽になって欲しい。

 気がついたらかなり時間が経っていた。俺がヒロ達に「また」と声を掛けると、石川は笑顔で「頑張ってね」と言った。
 ヒロと最上は何の事だ? って顔をしている。石川の洞察力はエスパーレベルだな。マジで怖いぞ。


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