俺は人が思う程器用な人間やない。
 器は小さいしリーダー的な性格ともちゃう。
 いつも目の前に有る問題に精一杯で、1つの事に集中せななんもやりきれん。
 ほやから全く気付けんかった。
 俺なんかがやった事で、他の人にどんな影響が出るかとか、周囲で何が起こるかなんて。

「酒井くんと松永くん」 =第2期= 『友情の境界線』(5)


10.

 あの雰囲気で食堂やカフェ周辺に居るんは危険て思った俺と最上は、サボリにはええけど、移動に不便で、学部棟内でもあまり人が来ん自販機前のベンチに陣取った。
 最上は石川に現在地点を知らせるメールを打っとる。ホンマは石川となんも約束をしとらんかったからなぁ。迷わず此処を見つけてくれるとええな。ほやけど、最上が自信をもってここを指定したから大丈夫っぽい。
 急いでご飯をかきこんだせいか、喉が渇いてしゃーない。俺は立ち上がって、自販機前で小銭を出した。
「最上も喉渇いとるやろ。なんがええ? 刺激の強い炭酸やコーヒーより果物系か栄養ドリンク系がお勧めやけど」
「サンキュ。んじゃポカリ頼むわ」
「分かった」
 最上にポカリを、俺はビタミンCが入った水を選ぶ。俺がベンチの隣に座ると、メールを打ち終わった最上は携帯をポケットにしまった。最上が律儀にお金を出そうとしたんで、「これは俺が奢る」て言うて強引に手を引っ込めさせた。
 俺も最上に聞きたい事が沢山有る。情報料やないけどジュースくらい奢らんと俺の気持ちが済まん。
 最上はペットボトルを受け取りながら「前々から気になってたんだけど、酒井ってほんとは女が……」と言い掛けて、はっとなんかに気付いた様な顔になる。そんで、「あ、やっぱこの話は後で良いや」と作り笑いをした。
 なんや逆に気になる言い方やなぁ。俺がじっと顔を見ると、最上は苦笑した。
「ごめん。順番間違えた。最優先したい話が有るから、後で仕切り直しさせて」
 本人がええて言うんやから今はそうしとこ。俺かて聞きたい事が有るのを我慢しとるんやもん。
 理由は全然判らんけど、俺が原因で最上はクラス内でなんや言われとるらしい。ここまでは食堂でのやりとりで俺でも分かった。
 最上は病み上がりなのに、俺になんかを言いとうて、わざわざ昼ご飯を誘ってくれたんや。そやったら俺はちゃんと最上に向き合わなアカン。
「なあ最上、お願いやから全部教えてや。ホンマは俺に何の用やったん? 南部さんらが絡んで来たのも無関係とちゃうんやろ」
 最上は一瞬俺の顔を見て、すぐに視線を逸らした。大きな溜息を吐いて、もう1度俺の顔を真っ直ぐに見返してくる。
「お前って、ほんとーに俺の事、何も覚えてねえんだな。今俺が謝っても酒井は訳分かんねぇだろ。それじゃすげぇ虚しいって。わりいけど先に俺から逆質問を何個かして良い?」
「最上がそうしたいならええで」
 身に覚えが無い事で謝られたらメッチャ嫌な気分になるもんな。俺は人間関係で物覚えは悪い方やないて思う。最上がこない真剣にならなアカン様な事は全然思い当たらん。
「酒井って俺の事どんだけ知ってる? ていうか、酒井にとって俺って何?」
「なんって……、同じ学部同学年のクラスメイトやろ。埼玉出身で俺と同じ様にアパート暮らししとる。なんかは知らんけどバイトもしとるんやったな。サークルには入っとらんて聞いた。同じクラスの石川と仲が良うて、取っとる授業は俺とほぼ同じ。ほんで、なしてかいつも俺の右斜め後ろの席に座って、時々講義中にいびきかいとる」
 うんうんと頷きながら最上はポカリを飲んどって、最後で豪快に噴きだした。きったなー。
 最上は口元を手で拭うと(汚染が広がるからハンカチかティシュを使えや)、息を整えて俺に向き直った。
「最後のはいらねえだろ。そりゃたしかに俺はよく講義中に寝ちゃうけどさ」
「もしかして最上のバイトって深夜コンビニ辺りなん? お金は大切やけど学業優先やろ。時間を変えて貰うか時間をほどほどにせんと、いくらレポートやテストの成績が良うても、あないに度々寝とったら、講師に目付けられて単位落とすで」
 俺が黙ってバッグから出したポケットティシュを差し出すと、最上も黙って受け取って口元と手を拭き直してくれた。
 話を途切れさせたく無いんやろう。本題以外の会話が無いトコがいかにも最上っぽい。
「で?」
「で、て?」
 俺が聞き返すと最上はむっとした顔になった。
「酒井が知ってる俺ってそんだけ?」
「えーと、たしか受験浪人も留年もしとらんから俺と同い年。ほんで性別は男」
「アホッ! 俺のどこ見て女なんて思えんだよ」
「見えんから見たまんま言うたんやろが。俺が知っとる最上はこれで全部やで。ちゅーかこんで精一杯。最上かてさっき俺に、自分のどんだけ知っとるかて言うたやろ。これまでほとんどしゃべった事無いのに、無茶を言わんといて」
 俺が真っ直ぐ見返すと、最上はぐっと押し黙った。下を向いて頭をガシガシと掻いて「そっからかあ」と今までで1番大きな溜息を吐いた。

「酒井、もう1個質問。俺と石川がお前の後ろに座りだした時期覚えてる?」
 顔を上げて俺の方を向いた最上に俺は即答した。
「堪忍。覚えとらん。ほやけど、夏前やった気がする」
「5月の半ばくらいからだ。そんで、文芸部のアホ共がまだサークルを決めていない新入部員欲しさに、下らねえコピー本小説出した直後だ」
「へ?」
 ゴールデン・ウィーク明けで文芸部が出したコピー本ていうたらもしかせんでもアレのコト? 最上もあの本を知っとるんか。うわぁ。メッチャ嫌。
「もしかして、最上はアレ読んだん?」
 おそるおそる聞いてみたら、最上は今更何をて顔で腕を組んだ。
「読んだ。ていうか、アレは男女問わず俺らのクラスはほぼ全員が持ってっぞ。ついでに俺はオフ本も持ってる」
「げーっ! 最上ってそういう趣味なんか」
 俺かてオフ本は気色悪うて途中で本閉じてしもたちゅーのに、最上はアレを全部読めたんか。チャレンジャー以前によう読む気になったなぁ。
 最上は右眉をピクリと動かして、俺の肩を掴んできた。
「今、「げーっ!」ってハッキリ言ったよな。て事は、酒井はホントはアレが嫌なんだろ。何で簡単に許可なんか出したわけ? 同じ被害者の松永は見た瞬間に激怒したらしいけど、お前がそうやってヘラヘラ笑ってっから、調子に乗った文芸部の連中が好き勝手しちまったんだろうが」
「あんなん俺には全然関係無いて思うたし、それ以上考えんかったんやもん。……あれ?」
 俺が途中で黙ると最上が聞き直してきた。
「あれって何?」
 なんか、この会話て前にも似たようなの無かった? 真田さんがオフ本を持ってきた時に、まつながーとした会話やのうて、もっとずっと前に。
 俺が頭の引き出しをひっくり返しとると、しびれを切らしたのか最上が先にネタバレをしてきた。
「俺、あん時酒井に言ったろ。「自分がモデルでこんな本出されて平気なのか」って。そんなのにお前は「どうでも良いから知らん」って言って」
「あー……」
 俺が間抜けな声を出すと、最上が俺の肩を掴んでる手の力を緩めてくれた。
「思い出した?」
「はっきりやないけど……。もしかして、ずっと前に訳判らん事言うて、俺に喧嘩を売ってきたのは最上なん?」
「訳判らんて何だよ。お前自身の事だろ。それに俺は喧嘩売ったんじゃねえよ! あんまり酒井がのほほんとしてっからだろ。けど、段々腹が立って大声出しちゃったから、酒井はそう受け取ったんかもしんねえけど」
 まさか、毎度おなじみなアホな事言うてきて、完全脳内スルー対象にした奴って最上やったんか?
「なあ、最上。もしかせんでもそん時に俺のコト「チビ」て言うた?」
「うっ」
 余程後ろめたいんか、最上が俺から手を離して少しだけ後ずさった。こらビンゴっぽいな。
「ほんで、「中学生にしか見えん童顔」とか、「女みたいな顔」て言うた?」
 最上は一気に顔を赤くして大声で叫んだ。
「それは仕方ねえだろ。だってお前、ほんとにそこらの女子より小柄だし、声高いし。顔もすげー可愛いんだから」
「ふざけんなや。男の俺になんを気色の悪いコト言うとるん。そない下らん喧嘩売りたいなら買うたるから表出ろや! ……あっ!?」
 これってもしかせんでも。
 身の危険を感じたんか、ベンチから立ち上がって更に数歩後ずさりした最上は、諦めと安心が混じった様な小さな溜息を吐いた。
「見事にあん時の再現になったな。「可愛い女顔」て酒井の逆鱗か」
「その言葉、メッチャむかつくから何度もリピートすなや!」
 うっ。条件反射で俺も立ち上がって大声を出してしもた。やっぱり何度言われたかて慣れんし我慢も出来ん。
「ほい決定っと。そんであの後に、俺らが校舎裏に出た後の事も思い出した?」
 ……。アカン。この手の嫌な事は即ゴミ箱行きしとるから何も思い出せん。それに、ここまでしゃべっといて、全部無かった事にしてとは最上に申し訳なさすぎてよう言わん。
「えーとな。多分……うーん。絶対に最上に怪我だけはさせんかったて思うんやけど、俺は最上になんをやってしもたん?」
 最上はぽかんと口を開けて、すぐに俺の両肩を凄い力で掴むと、ブンブン振り回した来た。
「マジ? マジか酒井!? ここまで話したのにほんとーに何も覚えてない? 俺、もう泣くぞ」
 ホンマに最上は涙目になっとるし。どないしよう。
「信じてや。俺は嘘なんて言うとらん。ホンマに覚えとらんのや。堪忍してえ」


11.

 もの凄く気まずい。
 俺が視線を泳がせていると相馬が「まあ、結果オーライじゃね」と笑って言った。
「そうだな。松永の馬鹿が自分で目立ってくれたから、俺達がつまらんイジメやってるなんてもう思われないだろ」
 ポケットから安いスーパーブランドの缶コーヒーを出した岩城もゆっくり頷く。見るからに温くて不味そうなんだが、岩城には丁度良いらしい。
「これで酒井ちゃんがこっちに遊びに来てくれたら完璧なんだけどな」
 「ついでに1回あの頭をなで回したい」とか、ふざけるなと怒鳴りたくなる事を安東も言う。
「お前らな」
 そろそろ理性の限界だと俺が握り拳を作ると、3人共トレイを持って立ち上がった。
「あー、やっぱり松永からかうと退屈しないね」と、安東が笑い声を立てる。
「ホントだねー」と、相馬も笑う。
「他の奴らが今日の事を忘れない内に、酒井様が本当に来てくれねえかな」
 岩城がボソリと言う。おい待て。俺は今イジメに遭っている気分だぞ。
「おい!」
 立ち上がった俺が声を荒げると3人が同時に振り返った。
「冗談だっての。ばーか。松永ももう食い終わってるだろ。そろそろ行こうぜ」
 長い言葉なのに見事なユニゾンだった。
 やっぱり俺に自覚が無いだけで、本当は虐められてるんじゃないのか?


12.

「最上、酒井、おまた……って。最上、何で酒井に迫ってんの。喧嘩ならまだしもそれじゃ何も知らない人に変に誤解されるよ」
 バタバタ走る足音が近づいてきたて思ったら石川やった。ナイスタイミングの助け船やで。神さんに感謝や。
「アホ! 迫ってんじゃねえって!」
 さすがにばつが悪いのか真っ赤になった最上は俺から手を離した。振り回された頭がくらくらする。
 俺と最上の顔を見比べた石川は、ベンチに座るとバッグからお茶のペットボトルを出した。
「それで、もう最上は酒井に謝ったの?」
「それ以前の問題だって!」
 半べそ状態の最上が喚く。泣きたいのは俺も同じなんやけどなぁ。
「なあ、石川。お願いやから教えてくれん。なして最上は俺に謝らなアカンの?」
 俺が真面目に聞くと石川は飲みかけた茶を噴き出した。それみた事かと最上が石川に詰め寄る。
「な! 酒井ってずっとこんな調子。俺、マジで信じられねぇ。ていうか、全然話になんねえよ」
 「俺間違ってないよな」と最上が愚痴をこぼすと、石川は「どうだかね」と肩を竦めた。
「最上の説明が悪いんじゃないの。お前はいつも言葉半分くらいは足りないから」
「んな事ねえよ。俺ちゃんと酒井に解る様にしゃべってんもん」
 ここで俺が「最上がなんを言いたいんか全然解らんのやけど」て、ツッコミ入れちゃアカンのやろな。立ったままやと足がだるくなってくるんで、俺も石川の隣に座る。
「嘘付け。どう見たって酒井が本気で困ってるじゃないか。昨日俺は最上に言ったよ。酒井は何も覚えていなさそうだったから、事の始めから出来るだけ丁寧に話した方が良いって」
 おおっ。石川の鋭いツッコミ来たー。
 ぐっと唇を噛んで最上は俺らと向かい合わせのベンチに座った。ちょっとだけ俺を恨めしそうな目で見てくる。ほやから、何度も覚えてのうて堪忍て言うとるやろが。
「それで、最上はどこまで話したの?」
 眼鏡を中指で押し上げて、石川が最上を見据える。普段が聞き役癒し系なだけに迫力有るなあ。最上も直視に耐えられんらしくて視線を逸らす。
「酒井と言い合いになって校舎裏に行ったとこまで」
「ああ、まだそこなんだ。まあ、最上に期待する方が無駄だよね」
 うわっ。きっつー。ちょっとしか話しとらんから気付かんかった。石川って、こういう言い方もする奴なんや。
「最上、ちょっとだけ黙ってて。ここからは俺が説明を引き継ぐよ。第3者視点の方が最上にも酒井にも公平だろ」
 そう言って石川は俺を見ると、優しい顔で笑ってくれたんでほっとする。安心してって気持が言葉にせんでも伝わってくる。やっぱこっちが石川の本性なんかな。
「多分、最上の事だから話はあちこちすっ飛ばしのブツ切れだと思うんだ。5月に文芸部が人寄せに出した酒井と松永をモデルにしたコピー本が、うちのクラスほぼ全員に出回った。ここまでは良いだろ」
 俺がむっとしながら黙って頷くと、石川は少しだけ苦笑して俺の頭をぽんぽんて叩いた。
 うー。石川もか。身長差が恨めしい。
「あれを読んだ最上は凄く怒ったんだよ。酒井はあんなキモイキャラじゃないし、松永も全然違うだろって。それを外見だけ適当に真似て、ねつ造しまくりのホモ小説化だもんね。おまけに「モデルにさせて貰いました」なんて書いてあるもんだから、一部の女子が凄く喜んじゃってさ」
「うげぇーっ」
 て事は南部さんらてそうなん? マジで鳥肌が立ってきた。
 俺が露骨に嫌そうな声を上げたからか、石川は苦笑した。
「松永は凄く怒ったらしいけど、酒井は何を言われても笑ってたよね。あれで最上は切れてさ。酒井に向かってチビ、ガキ、女みたいな顔だけでも相当の暴言なのに、その上、「お前、実はその気あんじゃねぇの」なんて事まで言っちゃってさ」
「うわっ!」
「えーっ!? それは聞いとらんでぇ!」
 焦った最上は大声で石川の話を中断させて、寝耳に水の俺も大声を出した。
 最上と俺の反応を見た石川は、「やっぱり俺が始めから話しとけば良かった」と、やれやれとばかりに肩を竦めた。
「話が進まないから最上は黙れって言ったよ。酒井、続きだよ。当然、そこで酒井も切れちゃって「喧嘩売る気なら表に出ろ」になった訳」
「ああ、その辺りはなんとのう思い出した」
 「そっか」と石川はまた俺の頭を撫でてきた。お願いやからやめてぇ。背が縮む。
 俺が少しだけ嫌そうな顔をすると、石川は「あ、ごめん」と言って俺の背中をポンポンと叩いてきた。頭は嫌やて気付いてくれたんや。そんでこの手は多分「怒らないで」て、石川流の合図なんやろう。
「それで人目につかない校舎裏に出たんだ。俺も責任が有るから付いてった」
「責任?」
 俺が聞き返すと「話がややこしくなるから、それはまた後でね」と笑顔の石川に流された。
 この話になると最上も途中で止めてしもた。ほやけど飛ばすって事は、最上が話したい本題や無いんやろな。
「ここから先が凄くってさ。酒井は最上にこう言ったんだ。「俺は手も足も出さん。最上の好きなだけ殴れや。ほやけど俺は避けはするからな。1発でも俺に当ててみせたらこの場で土下座したる」って」
 うっひゃあ。完全にアウトて気分や。ずっと自重しとるつもりやったのに、俺はまたやってたんか。そのやらしい喧嘩の仕方って何年ぶりやろう。
 俺の内心を知ってか知らずか、石川はにこにこ笑って話を続けた。
「最上は完全に馬鹿にされたと思って逆上しちゃってね。いきなり酒井に殴り掛かったんだ。それからはもう壮観でね。蝶のように舞い、蜂の様に刺しはしなかったけど、酒井は攻撃を受け止めもせずに、凄いフットワークで体勢を変えて、最上のパンチや蹴りを華麗に全部避け続けたんだ。5分くらいで最上の方がその場にへたりこんじゃって」
 アカン。俺は聞いてられんくなって下を向いた。自分がなんをやったか完全に思い出した。素人さん相手になんをやらかしとるんや。メッチャ恥ずかしい。
「ぜいぜい息をしてる最上を見下ろした酒井はこう言ったんだよ。「もうええやろ。気が済んだら2度と俺にかまわんといて」って。全く勝負になってなかった。酒井は約束どおり手も足も出さなかったけど、それだけに最上が受けた精神的ダメージは強烈だった。見ていた俺も当分の間は開いた口が塞がらなかったよ」
 ちらりと最上を見たら完全に拗ねた顔でそっぽを向いとる。そら、殴られるよりダメージでかいよなぁ。湧いたアホ駆除やと思って、狙ってやっただけに俺もメチャ気まずい。
「けどさ。それで俺達は解ったんだ。酒井は人前では出来るだけ波風立てない様にしていただけで、内心では文芸部のやってる事をかなり不愉快に思ってたんだって。そりゃ誰だって嫌だよね。それからだよ。俺と最上が酒井の後ろに座る様になったのは。かまうなって言われたけど、勝手に誤解した上に絡んだ事を酒井に謝るきっかけが欲しかったんだ。だって、酒井はあんな事が有った後でも、毎日ちゃんと俺達に挨拶とかしてくれてただろ」
 即日脳内シュレッダーに掛けてリセットしたから、アホイコール最上て事自体忘れとったとはよう言えん。
「そんな状態がずっと続いてたんだけど、昨日酒井が最上に差し入れをくれたから、ああこれはもう酒井は怒って無いっていうか、全然あの時の事を覚えてないんだなって、俺は気付いたんだよ」
 石川は俺から最上に視線を移すと、「ほら、ここまでやってやったんだからお前の番」て言うた。石川って何気に凄い。
 最上は俺の方を見ると、立ち上がって頭を深く下げてきた。
「酒井、酷い事言ってごめん! それと謝るの凄く遅くなってほんとにごめん!」
 俺も釣られて立ち上がる。
「俺の方こそ堪忍な。むしゃくしゃしとったからて最上に酷い恥をかかせてしもうた。それに完全に喧嘩のコト忘れとって堪忍してな。俺はチビでこういう顔やから、昔から外見でからかわれるコトが多いんな。一々全部覚えとると疲れるだけやから、いつもすぐに忘れるコトにしとるん」
 俺が頭を下げると、最上はもっと済まなそうな顔をした。石川も少しだけ気まずい顔をしとる。こうなるて解っとるから、俺は自分の外見の話するんは嫌なんや。
 暗くなった雰囲気を払拭したいのか、石川が明るい声で言った。
「でも良かったな。全部誤解だって解って。酒井が松永と飯を食う様になったのも、俺達を近づけたくなかったからだってずっと思ってたから。でも、勇気を出して誘ってみたら、普通に酒井は俺とも最上とも一緒に飯食ってくれたからね」
「へ? 俺とまつながーが一緒に昼ご飯食べとるのも、そない風に思われてたん? あれはまつながーが自分の学部やと毎日好きに納豆が食えんからで、深い意味なんてなんも無いんやけど」
 俺が障りの無い部分だけ説明すると最上が「はあっ!?」て大声を上げた。石川も呆気にとられたて顔しとる。
「んじゃ何? 俺らがずっと、何ヶ月も酒井に声掛けられずに、すぐ後ろの席で酒井から声掛けられるのを待ってたのって、全部松永の納豆好きのせい? 松永を待ってる酒井見るのが嫌で、食堂ダッシュしてたのって全然意味無し? マジでたったそんな理由?」
「それだけやないけど、1番の原因はそうやで。どうかしたん?」
「松永ーーーーっ!!」
 俺が最上の勢いに圧されて答えると、最上は自販機を殴った上に吼えた。公共物破壊より手が痛そうや。
 もしかせんでもまつながーの事、2人に誤解させてしもた? このままやとアカンよな。
「最上、石川、良かったら明日にでも俺とまつながーと4人で一緒に昼ご飯食べてみん? 誤解の原因も2人共まつながーの事よう知らんからやと思うん。だんまりの時はチョット怖い顔になるけど、しゃべるとまつながーはメッチャ面白くてええ奴やで」
「うん。松永とも1回じっくり話してみたいから、それも良いかもね」
 石川が頷いてくれた。最上はまだ怒りモードっぽい。ほやけど最上はすぐ怒るけどそれが持続せんタイプっぽい。頭冷えたらちゃんと解ってくれるて思うんよな。あ、そやった。
「石川のサークルってなんなん? さっき最上に聞いたけど、本人に聞けて言われたん」
 俺が聞くと石川は途端に固まって、徐々に顔を引きつらせた。
「石川?」
 もしかして俺なんやまた自覚無しにメチャ悪い事聞いてしもた?
 俺の顔を見た石川は「酒井のせいじゃないから」と言って、小さく溜め息を吐いた後に最上の方を向いた。
「もーがーみぃ! 何で説明してくれて無いんだよ。始めの所だろ」
 質問した俺は完全放置にされてしもた。怒った石川に詰め寄られて最上が数歩後ずさる。
「えー、俺ヤダよ。これ以上酒井の逆鱗に触れんの。それに俺の説明下手は石川が1番知ってんじゃん。自分のケツは自分で拭けよ」
「お前って、友達甲斐の無いやつだな。大体何で俺達がずっと……」
 石川がそこまで言い掛けた時に予鈴が鳴った。うわ、10分前や。ここからやと次の教室までギリギリの時間しか無い。俺と最上と石川はお互いに顔を見合わせた後、全速で廊下を走りだした。
「もっと酒井に聞きたい事が有ったのに!」
 最上が走りながら愚痴をこぼす。まだ有るんか……って、そういやなんや言い掛けて止めたんやったな。石川の事も聞きそびれたし全部が中途半端や。
「今度で良いだろ。それより今は足を動かせ。次の授業は遅刻をしたら教室に入れて貰えないだろ」
 石川、冷静なツッコミおおきに。マジで急がなアカン。


13.

「ただいまー」
 俺が晩飯の支度をしていると、バイトを終えたヒロが元気な声で帰ってきた。
「おかえり。飯は後5分で出来るぞ」
「分かった。おおきにー」
 流しで手を洗ってうがいをしたヒロがニパッと笑い掛けてくる。お、今夜はかなり機嫌が良いぞ。俺は昼に安東達のノリに疲れたが、ヒロは何か良い事が有ったのか。
「なあ、まつながー。今夜のメニューてなん?」
 今夜は食欲の方がかなり勝っているらしい。背中越しにヒロが俺の手元を覗き込んでくる。腹を減らした時のヒロは子ネコか子犬みたいで、背中に張り付いている手がくすぐったい。
「解凍しておいたサンマの一夜干しにオクラとおろし大根の付け合わせ。豆腐とナメコの味噌汁。デザートはブルーベリーのヨーグルトあえだ」
「なんやぬるぬる系多いなぁ。身体に優しいからええけど。納豆は?」
「そりゃご飯がメニューに入らないのと同じだろ」
「あ、やっぱ納豆はデフォなんか」
 俺が当然だろと答えると、ヒロは笑いながら俺から離れて、食卓の準備を始めた。
 良かった。完全とは言えないけど、ヒロの目付きは大分マシになっている。
 どうしたら良いのか俺があれこれ考えるより、ヒロの傷は時間が癒してしてくれるのかもしれない。とはいえ、ヒロが抱えている大きなトラウマの解決には、時間も役にも立たないんだろうけど。
 
 大根おろしに醤油を垂らしながらヒロがぶっと噴きだした。そのままむせて麦茶を飲んで息を整えている。
 俺が何だと思っていると、ヒロは涙目になりながら「堪忍」と言って醤油刺しをテーブルに置いた。
「なあ、まつながー」
「ん?」
 サンマをほぐしながらヒロが上目遣いで俺を見つめてくる。いつものパターンならこれは何か有るぞ。
「今度から……あ、ううん。時々でええから、ウチの学部近くの食堂でお昼ご飯食べる時にメンバーが増えてもええ?」
 うおっ。ヒロがこういう提案をしてきたのって初めてじゃないか。俺がヒロと一緒に飯を食う様になってからずっと2人きりだった。安東達の嫌み付き突っ込みが頭に浮かぶ。
「そりゃいつでもかまわないが、ヒロの学部の友達か?」
「うん。同じクラスの男2人。今度ちゃんと紹介するから安心して。どっちもええ奴やで。ほんで……多分1人はまつながーとメチャ気が合うんやないかなて思うん」
「(真田の例が有るから)ヒロの基準で俺と気が合いそうってのがちょっと怖いけど、ヒロの推薦なら人間性は信じる。それと、ヒロも俺に変な遠慮をしなくても良いんだぞ。好きな奴と飯を食って良いんだから」
 せめてこれくらいは言わないと駄目だろう。たしかに俺はヒロ天子を独占し続けてきた。ヒロは自分が俺の学部に来ると言っても、俺に自分の学部に戻れとは言わなかった。
 ヒロに友達が増えたのなら俺はそれを喜ぶべきだし、ありがたい事にヒロから大学でまで一緒じゃなくて良いだろうとも思わていない。
 俺が知らない奴のメンバー増えは、ヒロが色々考えた上で出した何らかの妥協点なんだろう。そうなら俺はそれを受け入れるのが当然なんだ。
「楽しみにしてる」
 俺が笑って言うとヒロも笑い返して「おおきにー」と言ってくれた。2日ぶりに見るヒロの本物の笑顔で、俺は危うくお椀を落とすところだった。

 しばらくの間で良いから、このまま平穏無事に過ごせます様に。


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