14.
「バイトが終わったらまつながーと話したいコトが有るん。酒抜きにしたいから呑まんと待っとってー」
そう言ってヒロは着替えると急いでバイトに出て行った。
口調は軽いのに顔はしっかり天子様モード。怒りを押し殺して淡々と俺に説教してきた伊勢の時とは違う。完全に開き直って腹を括った感じだ。
ちくしょう。我ながら情けねーな。時間が経つほど凄く緊張してくる。どうしてこんな時に限って俺はバイトが休みなんだよ。レポートを纏める気は起こらないし、とてもじゃないけどじっとしてられない。
こういう時は身体を動かすにかぎる。俺は掃除道具を持って隣に入った。
今のヒロの部屋は荷物置き場になってて、時々物を取りに来たり、換気をしながら簡単に掃除をするぐらいしか入らないんでどうしても部屋が荒れる。ヒロと
同居を始めてまだ2ヶ月にもなっていないんだよな。窓を全開にしてもむし暑いのに、部屋は寒々とした雰囲気だ。人が住んでいない部屋ってこうなっちまうん
だ。家の俺の部屋は……止めた。今は何も考えずにいよう。
まず埃から完全に落としてしまおう。俺は100円ショップで買ったはたきを手に持って、壁を軽く叩き始めた。
埃を落として掃除機をかけた上に、タンスや戸棚の中まで部屋中の雑巾がけもした。使ってない風呂や便所まで掃除をした。ヒロの部屋が綺麗になると、俺の部屋も掃除をする。布団を干して部屋中をピカピカに磨き上げた。
さすがに腕と腰が痛くなったけど、良い時間潰しになったから気にしない。長時間バイトから帰って来たヒロが、綺麗になった部屋といつもより豪勢な夕飯を見て「ほえー」と力の抜ける声を上げた。
「まつながぁ、堪忍なぁ。ご飯、後でもええ?」
バイトが忙しくて汗をかなりかいたからとヒロが言うので、「俺も風呂は済ましたし、温め直しても不味くならないから安心しろ」と答えたら、「おおきにー」と嬉しそうに風呂に入っていった。
全身筋肉痛になるくらい掃除をして、埃と汗まみれになったからというのはヒロには内緒だ。……と、思っていたら、風呂から出て髪を拭きながらヒロがにぱっと笑う。
「もしまつながーが女やったら良い嫁さんになれたでぇ。俺も「お願いやから付き合ってー」って言うてたかも。メチャ惜しかったなぁ」
おいおいおい。俺のどこを見て「女だったら」なんて発想ができるんだよ。観光地マジックで度々女に間違われていたヒロを相手に、俺が1度も思いもしなかった事を平然とした顔で言うな。腕が筋肉痛じゃ無かったら、マジ泣きするくらいのヘッドロックを掛けていたぞ。
「けど、家事上手のまつながーが男やから、俺と友達になれたんよなぁ。人間関係てどこでどうなるか全然判らんから面白いよなぁ」
嫌な意味でも面白いのはヒロの思考回路だ。
「どこからそういう考えが出てきたんだよ」
俺が少しだけむすっとした声で聞くと、ヒロがバスタオルを洗濯カゴに放り込んで意味深に笑う。何だよ。気持ち悪いぞ。
「もし、俺とまつながーの外見が逆やったら、高校時代に裕貴さんとどうなっとったんかなーって想像したらメッチャ笑えて仕方無かったん。接客中に吹き出すのを我慢するのに苦労したでぇ」
……。
俺がヒロみたいな外見で裕貴と同室だったらぁ? うわあっ! マジで止めてくれ。鳥肌が立つ。
「滅茶苦茶気持ちの悪いモンを想像するな。俺にもさせるなーっ!」
俺が拳で頭を殴ったら「痛い」と言いつつヒロは更に笑う。
「俺には他人事やもーん。それに「もしも」やからネタにしかならんやろ。まつながー、あのホモ同人誌を地でいけるでぇ。あっははは」
この大ボケ天子め。俺がどんな気持ちで部屋中の掃除をしたと思ってるんだ。俺がテーブルに温めた料理を並べると、Tシャツを着たヒロが真面目な顔になって正面に座る。
「……てな感じで、メッチャアホなコトでも考えとらな、帰ってきてからがキツイかなーって思ったん。まつながー、ホンマに堪忍してなぁ」
真顔になったヒロが深く頭を下げてくる。
ああ、そうか。俺がヒロが帰ってくるまで、何も考えたくないと掃除をしていたように、ヒロもいつも笑えるようにと(俺にとっては全然洒落にならねーし、別のネタにしろと突っ込みたいが)寒い馬鹿ネタで気分を紛らわしていたのか。
ファミレスで暗い顔して接客し続けたら、厳重注意かクビだからな。
夕食後に茶碗を洗ったヒロは、アイスコーヒー入りのマグカップを2つ持って俺の正面に座った。黙ってカップを渡してくるから俺もそれを無言で受け取る。
ヒロの顔は天子様モードでも緊張もしていない。普段どおりに「ニュースでも見よか」みたいな感じで、あっさりした調子で言った。
「判らんコトがまだ有るけど、やっぱりまつながーに正直に話すコトにした。俺は裕貴さん経由で美由紀さんからまつながーに伝言を頼まれたんやと思う。簡単に纏めると、「もし、まだまつながーが左耳にピアスをしているのなら会いたい」……やて」
何だって?
と、言おうとした。だけど、渇いた俺の口から切れ切れの声で出たのは、
「やっぱりか」
だった。
ヒロは俺の顔を見てゆっくり目を閉じると静かに溜息をつく。
「きっとまつながーはそう言うやろうて思っとった」
きっと? ヒロ、お前は俺達の事をどこまで知っているんだよ。
「ヒロ。……何でだ?」
「それを俺に聞くん? 答えは全部まつながーの中に有るやん」
ヒロは何かを必死で堪えてるという顔で笑った。
15.
まつながーが1番人に触れて欲しくないて思っとるコトをハッキリさせる。そんで、まつながー自身にどうするか決めさせる。……これって、メッチャ嫌な役目やなぁ。
半日考えてみて、裕貴さんが俺にさせたいのはコレやと思った。そうとでも思わんと美由紀さんの伝言と裕貴さんの話が繋がらん。
あれだけこまめに連絡し続けとったんやもん。ホンマは裕貴さんは自分でまつながーを説得しようて思ってたんや。けど、まつながーはすぐに怒鳴るし、いつまでも意地を張り続けるから、さすがに親友の裕貴さんも、核心に触れるコトができんかったんやと思う。
もし、裕貴さんが東京に出てきても、まつながーが前に言ったとおり、話すより前に殴り合いになってまうやろう。ほやから、まつながーと期間限定で同居しとる俺に「頼む」て言うてきたんや。
美由紀さんが自分からまつながーに連絡を入れんかったのも今なら解る。電話なんかで済ませれる話とちゃう。直接会って話さなアカンコトやと思ったから、裕貴さんにならと思って頼んだんや。
「やっぱりか」と多分無意識で言ったまつながーは、メチャ狼狽えとった。薄々解っとっても極力考えとうないて思ってるコトを、口に出してしもうたら確定やもん。
予想どおりまつながーはホンマの自分の気持ちを解っとった。まつながーも今のままじゃアカンて、早う何とかせなって心のどこかでずっと思っとったんやろう。
メチャ切ないなぁ。誰も何も悪うないのに気を使いすぎてすれ違ごうたり、傷ついたりしとる。
こうしてまつながーと話しとるけど、俺は所詮部外者にすぎんのよな。
まつながーは両腕を組んで俯いとる。俺は黙ってまつながーを見続けとる。裕貴さんに頼まれたからとちゃう。俺が自分が決めて言ったコト、やったコトに責任をとりたいからや。
まつながーは自分がどれだけアホなコトしても俺は逃げないから、それが救いになっとると言うてくれた。俺かて怒る時は怒るし、逆ギレだってするんやで。
そんなん妄想やと言いたいけど、今だけは逃げずにそれを実践したいて思う。まつながーが辛い思いするて判ってるコトを言い逃げするなんて、メッチャ卑怯や
もん。
「ヒロ」
「何?」
まつながーは髪をかき上げて、普段はあまり見えん左耳をしっかり俺に見せた。蛍光灯の光を浴びて、銀色のピアスが鈍く光っとる。
「けじめを付けたい。このピアスを外すのを手伝って欲しいと言ったら、情け無い事を言うなと、俺が甘えすぎだと怒るか?」
なんちゅー顔をしとるんや。今にも泣きそうやん。俺がまつながーと友達止めるて言い出すと思っとったんか。こないなコトくらいで止めるなら、俺かて気軽に一緒に住もなんて言わんわい。
「まつながーが俺にそうして欲しいて思ってくれとるなら協力する。ちゅーても、水戸に一緒に行くくらいしか俺には思いつかん。他は全然判らんのや。堪忍なぁ」
俺が正直に思っとるコトを言うたら、まつながーの顔が急に明るくなった。あ、メッチャ嫌な予感。
「とりあえず俺の天子様を「今すぐだっこ」したい」
「ちょい待てぇ。何でそうなるんやー!?」
にやりと笑って立ち上がろうとしたまつながーに、思いっきり両手でテーブルを押し付けた。腹を強く押されてまつながーが一瞬怯む。
「甘い。こんなモンが盾になるかっての」
乗っとるカップごとテーブルを持ち上げて器用に台所に避けると、まつながーが俺に手を伸ばしてくる。
うぎゃーっ。アホスイッチMAX状態や。マジで堪忍してぇ。馬鹿力まつながーの手加減無し鯖折りは2度と嫌やーっ。
俺が部屋から逃げ出す前に、まつながーにドアを塞がれる。こんな時まで俺のやろうとしとるコトを先読みすなやぁ。風呂の前にテーブル、トイレと玄関の前
にはまつながー。窓は締まっとるし飛びだそうにもここは2階やし俺も裸足や。まつながーの反応速度やリーチの長さを考えたら俺の逃げ場は無いやん。
うーっ。しゃーないなぁ。
俺は諦めてまつながーに背を向けて畳の上に座った。気色悪いのは同じやけど正面よりまだマシや。
「ヒロ、サンキュ」と言ってまつながーが背中に張り付いてくる。うがーっ。メチャ重いー。体重差を考えて少しは遠慮しろやぁ。
およ? まつながーが俺の両脇に手を入れてきた。
「ぎゃーっ! まつながー、こんな体勢で俺をリフトすなー」
なんちゅー馬鹿力や。座ったまま腕の力だけで俺を持ち上げおった。ちゅーか、今の俺ってまるで飼い主に抱えられた猫か子犬状態やん。
「暴れるなよ。いくらヒロが軽くても落っことす」
そう言ってまつながーは胡座を組んだ自分の足の上に俺を乗せた。こら待てや。ええ加減にせい。いくら俺でも切れるで。
「まつながぁ」
俺が怒った声を出しとるのに、まつながーは俺の肩に頭を乗せて顔をこすりつけてくる。いくら甘えたいからって止めれやぁー。男にこないなコトされても全然嬉しゅうないっちゅーねん。全身に鳥肌が立つー。腕はしっかり羽交い締め状態やからとても外せん。
「こうでもしねーとヒロにひっつけないんだから仕方ねーだろ。前から抱きしめたら、いくらヒロでも俺を殴るだろ」
「殴るに決まっとるわい」
この状態も充分殴ってやりたい気満々やけどな。アカン、血圧が急上昇しそうや。話題変えよ。
「今すぐ離して欲しいけど、どうせまつながーは聞いてくれんやろ。他に何か希望有る? 聞くだけならええで」
俺が拗ねて言うとまつながーは「悪い」とだけ言った。一応、メッチャ気色の悪いコトやっとる自覚は有るんやな。
「水戸に帰る時に一緒に行って欲しい。それと、このまま俺の愚痴に付き合ってくれよ」
「へ? あ、うん」
あれ? もしかして、まつながーは今は俺に顔を見られとう無いだけなん? ほやから、無理な体勢をしてでも俺が振り返られんようにしとるんかも。伊勢でも似たようなコトが有ったよな。けど、この恰好はマジで堪忍やて。他の方法を選んで欲しかったなぁ。
こない変態みたいなコトせんでも、目をつぶるか後ろ向いとれて言われたら、まつながーの顔を無理に見ようとはせんけどなぁ。けど、まつながーがここまで強引なコトするからには、よっぽど顔見られるのが嫌なんやろな。
まつながーは深くゆっくり深呼吸をすると小さな声で話し始めた。
「美由紀は高校時代のバレー部の後輩だった。身長はそれほど高くないけど一生懸命頑張るヤツでセッターをやってた。男女の練習は別々だったけど、俺はアタッカーだったから気が合ったんだ」
「うん」
ああ、やっぱりまつながーは顔を隠したまま、過去を精算しようて思っとる。
しゃーない。俺は聞くコトしかできんのやから、気色悪さを今だけは我慢してこのままでおろう。
「うちは進学校だったから、部活を続けるならそれなりの成績を取らないと強制退部させられる。成績ギリギリで入学した美由紀はかなり勉強で苦労してて、そ
れでもバレーは辞めたくないとかなり無茶をやっていた。俺も何となく放っておけなくて、いつの間にか勉強の面倒を見るようになってたんだ。2年の文化祭の
時に美由紀に告られて付き合いだした」
「へー」
口下手やけど面倒見のええまつながーらしいエピソードやなぁ。告白したのが美由紀さんからってのがちょっと笑えるけど。まつながーのコトやから、言われるまで美由紀さんの気持ちに全然気付かんかったんかも。
「美由紀は本当にギリギリの状態で頑張ってたから、誰かにすがりたがっていた。俺も家を出てなかなか入院中のじいさんや、実家の親に会えなくて、気の合う同室の裕貴や友達が居てもやっぱり寂しかった。俺達は自分だけを見てくれる存在が欲しかったんだ」
へ?
「所詮はガキの恋愛ごっこかもしれない。でも、俺達は本気だった。だから……」
嫌や。それ以上は聞きとうない。こないな苦しい告白させたいんとちゃう。俺はそんなつもりで美由紀さんからの伝言を言ったんやない。
「まつながー、無理に言いたく無いコトまで話さんでええて」
「違う! 俺がヒロに聞いて欲しいんだ」
痛っ。俺が動こうとしたら、まつながーの力がメチャ強うなった。本気で言うとるんや。そうなら俺も腹を括らんとアカン。どんな話をされても黙って聞いとろう。
「分かった」
「サンキュ」
まつながーは俺の肩に顎を乗せたまま、ポツリポツリと美由紀さんの思い出を話し出した。
部活以外では参考書片手に公園や図書館でのデートが1番多かったコト、たまに一緒に映画を観て気晴らしをしたコト、ペアピアスのコト、そしてお互いに求め合って何度もえっちしたコトも。
たまに意味が判らん言葉や知らん地名が出てくるけど、聞き返す気にはならんかった。これはまつながーにとって自分の気持ちを確かめる為の、独り言に近い告白やもん。
まつながー、今までホンマに辛かったんやな。もし、俺が裕貴さんみたいにしっかりしとったら、まつながーかてもっと早う楽になれたハズや。俺がガキすぎて全然頼りにならんから、まつながーは今まで我慢して、全部自分の心の中に収めなアカンかった。ホンマに堪忍してなぁ。
へ? まつながー、何で俺の口塞ぐん?
うぎゃーーーーっ!? このどアホ! 耳に息吹き掛けんな。気色悪いから変態行為は止めれて前に言うたやろ。
さすがに我慢できんくなって俺が暴れ出すと、まつながーは両手で俺の両肩をしっかり押さえて俺を拘束した。
「このお子ちゃま馬鹿天子め。本気で頼りにしてるから全部正直に話したんだ。ヒロ、俺は何度も言ってるぞ。もっと自分の凄さを自覚しろって。裕貴にも言えない泣き言が、ヒロには素直に言えるんだ。ヒロじゃなきゃこんな情けねえ姿を晒せるか」
口では俺をべた褒めしとるけど、やっとるコトは完全にいじめやんか。まつながー、せめてどっちかにしてやぁ。こんなん俺の脳みそ許容量完全にオーバーや。何とかまつながーの手を緩ませて息を付く。
「まつながぁ?」
まつながーは俺の後頭部に自分のおでこを軽くぶつけてくる。
「俺にとっちゃヒロは大事な家族みたいなモンなんだ。出来の良い弟なんだか、頼りになる兄貴なんだか1人っ子の俺には判らない。けどな。ヒロと一緒に暮らしてると、親父やお袋に感じるのと似た気持ちになるんだ。親友レベルなんかとっくに越えてるっての」
ああ、何やぁ。そういうコトかぁ。俺は親友の裕貴さんや元カノの美由紀さんの代わりやのうて、まつながーがずっと1番会いたいのに、意地張ってしもた為に会えん親御さんの代わりかぁ。
痛っ。まつながー、後ろからヘッドバッドは止めれぇ。しかも連続攻撃やし。この石頭ー。
「よっぽど殴られたいらしいな」
「何でー?」
「ヒロは親父やお袋の代わりでも無いっての。天子のくせに自分の事になると、何でこんなに鈍いんだよ。この馬鹿」
「馬鹿馬鹿言うなやぁ。ほやったら俺はまつながーにとって何なん?」
「「俺の天子」。これも何度も言ってるぞ。他に例えようが無いからそう呼んでるって言っただろ」
「俺なんかを神さんと一緒にしたらアカンて、俺も何度も言うてるやん」
「ヒロを神社の神様と一緒にした事は1度もねえっての。古来からの神様を「俺の」なんて言えないだろ。ヒロは俺が見付けた天子だから「俺の」なんだ」
「うがーっ。もう堪忍してやぁ。どういう屁理屈やねん?」
俺がせめてもの抵抗とまつながーの膝を叩くと、まつながーもヘッドバッド攻撃をし続けてくる。うーっ。この体勢やと圧倒的に俺が不利や。
「思った事を無理矢理言葉にしようとするとこうなっちまうんだ。いいか。無自覚天子、鳥羽で会ったお前の高校時代の友達も、ヒロには今のままでいて欲しいと言ってたぞ」
「へ? 毛やんがぁ?」
ううっ、振り返りたいけど全然動けんのが辛い。
「裕貴も俺に直接当たるより早いからとヒロを選んだだろ。俺とほぼ毎日大学で顔を合わせてる真田も、何度か話しただけのヒロをいつも凄いって誉めてるぞ」
「へ?」
「ああ、もう面倒くせえ。他の連中がヒロをどう見てるのかはこの際関係ねぇや。俺はヒロを天子と呼ぶのを止める気は無いからな。どうしても止めてほしけ
りゃ、せめてエロビデオを30分間寝ずに観ていられるようになってから言えよ。ヒロの嫌みの無いお子ちゃまっぷりも天子の要素なんだからな」
「まつながー、言うてるコトがムチャクチャやぁ。誉めながら全然別のネタでけなされたら、俺、ホンマにどうしてええんか判らんてぇ」
だんだん話が変な風にズレてくー。まつながー、お願いやからこれ以上地雷踏む前に誇大妄想発言は止めれー。
まつながーは俺を膝の上から降ろすと、俺を振り向かせてメッチャ痛いデコピンをしてきた。
「ヒロは一般常識的にずれまくったお子ちゃまでも、根はしっかり男らしいし、我慢強い上に包容力も有る将来有望株の野郎だって誉めてるんだ。ヒロ、いい加
減にあの口の減らない馬鹿姉の呪縛から抜けろよ。同じ歳の男からこれだけ頼りにされるヤツなんてそうそう居ないんだぞ。ヒロは俺の目標なんだからな。もっ
と自分に自信を持て」
アカン。話があっちこっちに飛びまくって、マジでまつながーの言う意味が把握しきれん。
俺が返事に困っとったら、まつながーはさっさと自分だけベッドに入ってしもうた。
「話はこれで全部だ。今日はもう寝る。ヒロ、明日にでも裕貴から電話が入ったら伝えてくれ。次にヒロと休みが合う日に水戸に帰るって。それと……」
まつながーはベッドから起きあがって、頭が付いていけずにぼけーっと立っとる俺を見上げてきた。
「何?」
「無駄に考え込む前に布団敷いとけ。寝冷えするぞ。酒を呑んでもねーのに雑魚寝してるヒロに布団掛けてやらねえからな」
そう言ってまつながーはすぐに横になった。
「……オカンみたいなんはまつながーの方やん。説教たれー」
俺がぶすったれて布団を敷きながら文句を言うとまつながーがボソリと返してきた。
「母親臭くて悪かったな。ヒロと居ると自然にこうなるんだから仕方ねーだろ。おやすみ」
どういう意味やねん。
「おやすみ」
言うこともやる事もムチャクチャやけど、まつながーはこれでスッキリしたっぽい。
えーっと、忘れん内に整理してみるか。何が「無駄」やねん。メッチャ大事なコトやんか。
最後にまつながーから裕貴さんへの言付け頼まれてぇ。まつながーは俺に自信持てって言って。美由紀さんの思い出話してくれて。あ、肝心のピアス。まつながーはけじめやと言っとったよなぁ。
うがーっ。会話の時系列がムチャクチャで頭が纏まらんー。ちゅーか、今すぐは絶対無理。
はぁぁ。メッチャ疲れた。諦めて俺も今夜は寝よっと。ほんで絶対に明日はまつながーより先に起きたる。さっきのまつながーの雰囲気なら大丈夫っぽいけど、朝起きた時に何されとるか判らんもん。
16.
「まつながーのアホ。ど変態。いっぺんしめたろか」
ボソリと物騒な事を言ってヒロは電気を消すとタオルケットを頭から被った。どれだけ怒ってても(思っても言うなよ。正直すぎるのも考えモンだぞ)実行し
ないのがヒロの凄いところだ。警備会社勤めの親父さんから護身術を仕込まれてる本気のヒロが、どんな喧嘩をするのか想像するのも怖い。身長、体重差なんか
ものともせずに、1発でヒロに伸される気がする。
それにしてもアホはともかく、変態だけは止めろっての。本物の変態裕貴に会ったら2度とそんな口きけねーからな。
真面目で純粋培養のヒロを、変態な上にすれまくってる裕貴にだけは会わせたくなかった。けど、今の俺じゃ1人で水戸に帰るなんてとてもできそうもない。どれだけヘタレと言われようが、精神安定剤のヒロ無しで裕貴と美由紀の両方の相手をする自信が無いんだ。
「ムチャクチャで訳判らんー!」とヒロは文句を言ったけど、話した俺にもよく判んねえんだよ。
美由紀の事、親父とお袋の事、死んだじいさんの事、そして事情を全部知ってて、俺を動かそうとする裕貴。
ヒロの言葉じゃねえけど1個ずつ順番にしてくれと頼みたい。だけど、よくよく考えなくても糸は1本なんだよな。あちこちで絡まっちまってるけど、1つがほぐれたら全部が解決する方向に進んでいく気がするんだ。
なあ、ヒロ。
お前は俺達の事情に巻き込まれただけなのに、どうして自分が全部の責任をとろうとするんだ? 本当ならヒロは「俺には関係無い」で済むんだぞ。
全く俺の天子はどこまで優しく強くなっていくんだろう。まざまざと差を見せつけられるから悔しいな。
少しでもヒロのレベルに近付きたい。そう思ったから俺は逃げるのを止めて美由紀と会って、けじめを付ける決心をした。それで俺の何が変わるかなんて全然判らない。けど、もしこのピアスが外せたら、少なくとも今の惨めな気持ちで居続けなくても済むかもしれない。
なあ、ヒロ。
かもしれないばかりで俺も判らねーんだよ。マジで悪いと思うけど、もう少しの間ヒロにすがらせてくれよ。俺も頑張って自分の足で立ってみせるから。
短時間爆睡型のヒロはすでに寝息を立てている。俺も狸寝入りを止めて本当に寝ちまおう。明日になれば何かが変わる。そんな予感がするんだ。
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