「余計なお世話だと何度も言ってるだろ。しつこいっての!」

 あーあ。また始まってしもうた。
 まつながーも毎日暑いのにハイテンションでよう続くなぁ。俺にはとてもやないけど真似できん。
 プライベートな会話を聞くのも嫌やし、そろそろ逃げる準備しよて腰を浮かそうとしたら、いつの間にか俺の足首はがっちり握りしめられとった。
 まつながー、堪忍してぇ。


『明日もきっと晴れ』

1.

 お盆期間中に帰省しとった人らが徐々に職場に戻ってくると、超ハードなバイトスケジュールも終わって、いつもの日常パターンが戻ってきた。普段より長目 のバイトと、休み前に講義で出された課題レポートを、(やっとる内容は学部がちゃうからバラバラやけど)まつながーと一緒に纏める毎日が続く。
 伊勢の俺の実家から東京に戻ってきた翌日、感情表現がメッチャ下手なまつながーは「楽しかった」なんて「もうちょい長い文章を書けや」ってツッコミを入 れとうなる1行手紙(と言えるんか?)を添えて、伊勢で買うた伊賀組紐のペア携帯ストラップを郵便局からご両親に送った。
 夏休み前や旅行中の苦悩っぷりを側でずっと見とっただけに、これでもまつながーにしてはかなり進歩しとる方なんやろうて思う。まつながーも何だかんだと言うても、投函する時に嬉しそうな顔しとったもんな。
 まつながーのお母さんから、わざわざ俺にも丁寧なお礼の電話が掛かってきてすでに数週間。そろそろ日帰りでええから、実家に顔を見せに帰ってやれやと思いながらじっと観察しとるけど、まつながーの中ではまだ踏ん切りが付かんみたいや。
 ご両親にはメッチャ会いたいけど、知り合いが多い地元には帰りたないなんて、美由紀さんに振られたショックからホンマに立ち直りきっとらんのやなぁ。
 俺は伊勢でうっかり美由紀さんの名前を出して、まつながーを泣かしてもうたから、2度と同じ失敗はせんつもりでおる。ほやけど、ちょっと前の俺と似たようなコトを考えとったのは他にもおった。
 盆明けと同時に毎日まつながーに「1度水戸に帰って来い」て何度も電話が掛かってきて、大量のメールも届いとる。
 その度にまつながーの機嫌が凄い勢いで悪くなっていくんで(しかも毎回俺に愚痴りまくるし)、ためしに「そないに嫌なら着信拒否設定にしたらええやん」と言ってみたら、「そんな事をしたら奴が東京まで乗り込んで来る」と言い切られた。何かメチャ強引な人っぽい。
 斉藤裕貴(ゆうき)さん。
 どっかで聞いた気がするなぁって思っとったら、伊勢で1度だけまつながーの口からポロっと名前が出てきた人やん。まつながーの話やと高校の寮で3年間同室やった人らしい。
 何で「らしい」かっちゅーと、俺がまつながーに裕貴さんのコトを聞くと、途端に嫌そうな顔になって必ず「ヒロは絶対に裕貴に興味を持つな」てきつく言われるからや。
 どういう意味やろう。そないな言われ方したら余計に気になるやん。

 ちゅーか、まつながー。
 電話はもう終わったやろ。そろそろ俺の足首から手を離してや。なして俺が部屋のまん中でずっと四つんばいになっとらなアカンの。だんだん腕がしびれてきた。
 馬鹿力の上に変な角度で持たれとるから、俺が強引に立ち上がったり身体の向きを変えたりすると、逆にまつながーの手首を痛めてまうやん。親父から洒落にならん技は2度と使うなってキツク言われとるから、まつながーに反撃もできん。
 ほやけど、ホンマに反撃したらメッチャスッキリするやろなぁ。ちょこっとだけシミュレーションしてみるか。
 俺は頭の中で油断しとるまつながーの手ごと態勢を半回転させて、反対側の足で仰向けに転がっとるまつながーの腹を踏みつけてみた。
 よし。脳内反撃完了っと。こういうコトを平気で考える俺も相当性格が悪うなったなぁ。これって絶対にまつながーの影響やで。
「まつながー、お願いやから手ぇ離してぇ」
「ヒロが今考えていた事を実行しないと言うなら離してやる。体重差なら俺の勝ち。ヒロが本当は強いと解っているから油断なんかしてねぇっての。スピードだけじゃ構えている俺を転がすのは無理だぞ」
 うーっ。後ろ姿なのに俺の考えとるコト全部バレバレやったんか。ホンマに嫌な特技身に着けおったなぁ。親父仕込みの護身術も教えてやらな良かった。まつながーの隙が少のうなった分、俺が逃げられる確率が下がってしもうたやん。
「マジでお願いやてぇ。この態勢って結構疲れるんやもん」
「簡易腕立て伏せ状態だから腕力付けるには良いかもなー」
 そっぽ向きながら棒読みで答えるなっちゅーねん。あ、でもさすがに悪いと思ったんか手は離してくれた。軽く手足を振って溜息をつくと、座り直して胡座を組む。ちょこっとだけまつながーと距離を置くのは身の安全の為や。ホンマにやれやれやて。


2.

「なあ、まつながー」
「何だ?」
「裕貴さんてどんな人なん?」
 またか。ヒロと知り合ってから数ヶ月、俺の地道な努力はどこへやらだ。ヒロが興味を持たないようにと、極力裕貴の話題を出さずにいたのに、ここ連日の電 話、メール攻撃で、ヒロはすっかり裕貴を覚えてしまった。根は良い奴だから「あの」趣味さえ無ければ、堂々とヒロにも裕貴を紹介できたんだけどな。
 裕貴、口調はともかくお前が言いたい事はよく解るし、気持ちも嬉しい。俺も何とかしたいとは思ってるんだ。だけど、少しは俺の苦労も解ってくれよ。素直なヒロを誤魔化し続けるのは、滅茶苦茶苦しいし虚しいんだぞ。


 有名進学校と銘打ってるだけあって、よほど家が学校に近い奴以外は3年間を寮で過ごす。寮は鉄筋の4階建てで、俺と裕貴の部屋は2階だった。俺が初めて寮に入った時、8畳くらいの部屋に2段ベッドと備え付けの本棚付き縦型机が2つ有った。
 タンス持ち込み禁止、箱形の衣装ケースを持参と書いてあっただけに、オープンのハンガー掛けと、いかにも物置って雰囲気のスペースが有る。これに小さなテーブルかコタツを入れたら部屋が一杯だなと思った。
 俺が先に送った荷物はすでに部屋に届いている。大きな黒いバッグが部屋の真ん中に置かれて有るから、どうやら同室者はもう来ているらしい。
「ヘイ、彼氏ー。でかい図体でドアを塞がないでくれないか。自分の部屋だろ。遠慮せずに入ればいいじゃん」
 彼氏ぃ? 気持ちの悪い呼び方をすると思って振り返ると、バレー部の俺と大して変わらない身長、肩幅の割りに細身……モデル体型って言うんだっけか。無愛想と言われる俺と違って、いかにも人当たりが良さそうな顔をした奴が立っていた。
「あ、悪い」
 俺が中に入って入り口を空けると、裕貴はミカン箱を1つ抱えて部屋に入ってくる。
「いや、参ったよ。同じ名字の奴の所に間違えて配送されてね。慣れない場所だけに先輩達に手伝って貰って捜すのに苦労した。……んー」
 何だこいつ? 初対面の俺の顔をじろじろと見続けて。そういう視線は普通はしないだろ。
「健ちゃんは声は渋いし背も高くて恰好良いけど、俺のタイプじゃないな。安全圏だ。これなら3年間、気楽にやっていけそうだ」
「健ちゃん? ……ちょっと待て。お前、今何か変な事を言わなかったか?」
 裕貴は段ボール箱を置いて振り返ると、少しだけ拗ねた顔をした。
「俺の名前は斉藤裕貴。「お前」は止めて欲しいな。名簿は事前に貰ってるだろ。そっちは松永健ちゃんだな。健ちゃんは俺の好みじゃないから安心しろって言ったのが悪かったか?」
「は?」
 コイツが何を言っているのか全然理解できねえ。と、思っていたら裕貴はぺろっといたずらっ子のみたいに舌を出した。
「俺はバイだからそれなりに悩み多き男なんだよ。1度好きになると友達との境界線が難しくてね」
「はあーーーーーーーーーーっ!?」
 ずささささっと音が出るくらい速攻で引いた俺に、裕貴は笑って手を振った。
「だーかーら。健ちゃんは俺の好みから完全に外れてるから、全くその気にならないって言うか、手を出す気にならないって言ってるんだ。いやぁ、実は健ちゃ んがちょっとでも好みのタイプだったら、3年間どうしようかと思って心配だったけどね。実際に健ちゃんを見たら安心したよ」
 滅茶苦茶さみぃ。いきなりホモ……じゃねえぇ。バイセクシャルカミングアウトかよ。どんなのが好みか知らねーし知りたくもねーけど、俺が眼中に無いと聞 いて、全身に噴き出した汗が急激に冷えていく。これで少しでも好みと言われたらダッシュで寮管に部屋替えを頼みに行った。
「ま、そういう訳なんで。健ちゃん、これから3年間宜しく」
 にっこり笑って差し出された手を軽く叩いて返す。握手しかえす気になれねーし、部活だとこっちの方が慣れてるんだよな。
「その「健ちゃん」てのは止めてくれ」
「健ちゃん、滅茶苦茶冷たぁい。これから寝食を共にする深くて長い付き合いなんだしぃ、好きに呼んだって良いじゃない」
 裕貴が両手を頬に添えてぷるぷると頭を振る。でかい身体で気持ち悪いから止めてくれ。ついでにその微妙な気分になる言い方も止めろ。
「オカマ……なのか?」
「いや。俺は攻めオンリー。フツーに男だよん。ただ好みのタイプだったら相手の性別なんてどっちでも良いってだけ」
「攻めって何だ?」
「いやん。健ちゃんってばカマトトぉ。裕貴君、恥ずかしくってとても言えなーい」
 だから身体をくねらせるなっての。マジで鳥肌が立ちそうだ。
「お前……じゃねぇ。裕貴の動作の方がよほど気持ち悪くて恥ずかしいっての!」
 裕貴は「へえ」と言って腕を組むと俺を興味深げに見た。
「健は完全ノン気のストレートか。オッケー。その方が俺も気が楽だ。女の好みがかち合わなければ良いな。そんな事で喧嘩したくないんだ。ついでに口数は少ないけど、ストレートな物言いが気に入った」
 いきなり口調が変わりやがった。こいつ、見た目は優男風なのにかなりの癖モンだ。
「さっきのは全部芝居かよ」
「いやん。健ちゃんが難しい顔してるから少しでも場を和まそうとしただけなのにー。……とまあ、これ以上続けて健に切れられたら敵わないんで、真面目モー ドで話すぞ。何が有ったか知らないけど、俺達は新入生なんだから、先輩達に睨まれない程度に愛想良くしといた方が良いと思う。第1印象ってかなり大事だ ろ。その体格からすると運動部だろ。体育会系は礼儀は良いけど、愛想じゃ損するからな。同じ寮の連中とは、これから1日中顔を合わすんだから、もっと話せ とは言わないけど、もう少し笑った方が良いぞ」
 なるほど。段々こいつの性格が掴めてきたぞ。趣味についてはノーコメントで通す。
「そうだな。初対面で下手打って信用回復させるのは面倒だ。ありがとう。気をつける」
「きゃあん。嬉しいー。健ちゃんってば素直。見た目はアレだけど可愛いー」
 そう言って裕貴は俺の頭を撫でてきた。
「だーっ! 止めろって!」


 裕貴は初対面からこんな調子だったんだよな。あのどこか行っちゃってる性格を、お子ちゃま天子のヒロにどう説明しろと言うんだ? 裕貴の馬鹿野郎め。泣き言を言いたいのは俺の方だ。


 本人が全然隠そうとしないから、入学して半年経った頃には、裕貴の趣味は学校や寮でも知れ渡っていた。安全圏の俺はともかく、バイと知っても周囲から引かれたり悪く言われないのは、裕貴の軽いノリと明るい性格からだろう。
 部活を終えた俺が下駄箱に靴を入れてスリッパに履き替えていたら、隣の部屋の奴から声を掛けられた。
「あ、帰ってきたのか。松永ー」
「おー?」
「今日、斉藤が帰って来た時に男連れだったぞ」
「げっ!」
 俺が慌てて階段を駆け上がると後ろから「頑張れよー」と、同情なのか? な声を掛けられる。裕貴が俺が部活で遅いのを良い事に、好みのタイプの男を部屋に連れ込むのは度々有ったからだ。
 俺はドアを思いっきり開けながら怒鳴り声を上げる。
「裕貴、てめえ。俺が居ない間にこっそり部屋に男連れ込むなって何度も言ってるだろ!」
「やだなあ。健ちゃん、ここは男子寮だよん。女の子連れ込む方が問題しょ」
 何を今更って顔をして裕貴が笑う。ドアを開けられて驚いたのは裕貴に連れて来られた奴の方で、着崩れた制服を慌てて直している。
 げげっ。マジでやばい所に踏みこんじまった。
「裕貴。お前、何やってたんだー!?」
「とにかく落ち着いてドア閉めろよ。それと大声も出すなって。健ちゃんは本当に野暮だなぁ」
「裕貴、俺帰る」
 真っ赤と真っ青が入り交じった顔で、2年の上杉先輩が鞄を持って部屋を出て行く。2年って言っても中学生にしか見えない容貌で、女顔でも無いのにそこらの女よりも可愛いとか言われている人だ。あの人もこの手の趣味が有ったのか。勘弁してくれよ。
 裕貴が付き合う奴って全員こういうタイプばっかりなんだよな。というか、たまにはまともに女とも付き合えよ。

 1度裕貴に「本当はホモじゃねーのか」と突っ込みを入れてみたら、「女の子と付き合う時は慎重にね」と軽く返される。「男なら遊んで良いのか?」と更に突っ込みを入れたら、「キスくらい減るモンじゃないだろ」と来た。
 「もちろんジャスト好みタイプなら、性別問わずそこから先もオッケー」と笑って言われた日には、マジで裕貴の友達止めたくなったもんだ。
 一々突っ込むのも嫌になって「その時はこの部屋は使うなよ」と言ったら、「寮じゃ不便だしね」とあっさり言われた。「お前、俺が知らない所で何を?」……とはさすがに怖くて3年間聞けなかったんだったな。
 それまで差別意識なんか無かった俺が、高校でホモ嫌いになったのは全部裕貴のせいだ。何が悲しくて自分の部屋で男同士の泥沼の修羅場を見せられなきゃいけないんだよ。
 なまじ裕貴が1度だけ「お付き合い」した相手とも友達は続けてたから、俺まで巻き込まれてとんでもねぇ状況になった事も有った。

 そんな事がずっと続いたモンだから、ヒロから暑さ寒さ対策に期間限定同居を提案された時、よく考えもせずに速攻で断った。今考えると馬鹿な事を言ったな。ヒロが懐の深い奴じゃ無かったら、今のこの状況は無かったんだよな。天子様様だ。
 裕貴が何だかんだと言っても本当に面倒見が良くて、信頼できる奴じゃなかったら、とても3年間友達付き合いが続かなかったと思う。言う事もやる事もぶっ 飛んでてとんでもねーのに、男女を問わず慕われて好かれていたのは、裕貴の性格の成せる技だ。俺にしてみれば羨ましいかぎりだ。
 裕貴がどこにでも「うちの健ちゃん(結局、3年間これが続いた)」と言って俺を連れ回すんで、口下手な俺も気が付いたらすっかり顔が広くなっていた。これだけは今でも裕貴に感謝してるんだ。


 で、目の前に何も知らずに無邪気な顔で居るヒロは、ジャスト裕貴の好みタイプときている。
 童顔のヒロに裕貴を会わせた日には、喜んでせまりまくるのが目に見えている。俺の天子を裕貴の毒牙なんかにかけさせてたまるかっての。
 ごくごくノーマルの奴まで裕貴の軽いノリにつられて……な事はザラに有ったんだからな。免疫の無いヒロじゃとても裕貴に太刀打ちできっこねえ。
 絶対に守る。なんて、何で男のヒロ相手に思わなきゃいけねえんだよ。顔こそ可愛いけど、本気になったら喧嘩は強いし、性格も俺よりずっとしっかりしてて男らしいのに。


3.

 ちょこっとだけならええかなと思って聞いてみたら、まつながーは何も言わんと延々1人で百面相をし続けとる。側から見とるとメッチャ不気味なだけや。またアホなコトを1人で悶々と考えこんどるな。
 まつながーが少しは俺に歩みよってくれて、何をそないに悩んどるのか話してくれんと、俺も対処のしようが無いっちゅーのに。俺はまつながーと違うて顔や仕草だけで、相手の感情を全部読めたりせんのやで。
 神さん。このアホスイッチ付で、ホンマはメッチャ寂しがりの上に、超意地っ張りの1人っ子まつながーを、ヘタレの俺なんかにどないせえっちゅーの。
 俺1人じゃ到底無理。トラウマ抱えとるまつながー自身が、自分から変わろうとせん限り何も進まんやん。
 解決するヒントになりそうな裕貴さんのコトを聞くのは諦めるしか無いかぁ。やっと正気に戻ったらしくて、さっきからチラチラと俺を見るまつながーの顔を見返すと、「頼むからその話題だけは避けて他の事を聞いてくれ」オーラを思いっきり出してきた。
 しゃーないなぁ。

「今日は何て言われたん?」
 電話が終わった後にコレを聞くのが日課になっとる気がする。まつながーは話が逸れてちょこっと安心したって顔から、すぐに嫌なコトを思い出したって感じに変わると、額に青筋を立てながらぶすっとした声になった。こらよっぽどなコトを言われたな。
「このヘタレ○○○野郎。いっその事、んなクソの役にも立たないモンさっさと切っちまえ! ……だとよ」
「へ?」
 今、聞いちゃアカン言葉が一杯聞こえた気がする。聞き違いかなぁ。
「だから、ヘタレち……」
「ちょい待てぇ! そんな台詞わざわざ言い直しすなーっ」
「だったら、聞きかえすなよ!」
 俺が思わず叫ぶとまつながーも顔が真っ赤になって怒鳴り返してきた。そらそうやな。あんな台詞何度も言う方が嫌に決まっとるよなぁ。
「堪忍なぁ。俺の聞き間違いかと思ったん」
「俺もそう思いたかったよ。裕貴の野郎、嫌みったらしく3回もでかい声で連呼しやがった」
 はあぁー。裕貴さんて毎回、凄い言葉使う人やなぁ。どすけべで下ネタスキーのまつながーの更に上を斜めに突き抜けとる気がするで。
 あれ? ○○○とうんことどういう関係が有るんやろ? ゴロが似てるてコト以外思いつかん。
「まつながー」
「何だ?」
 うっ。まだ機嫌が悪いまんまやな。まつながーが切れる方向によっては、俺は部屋から即脱出するで。八つ当たりで何度も殴られるんは嫌やもん。
「何でそこでうんこの話が出てくるん?」
 ゴキッ! って凄い音を立てて俺の目から星が出そうになった。うーっ。視界がくらくらしとる。まつながーの手が動いた瞬間に逃げるつもりやったのに避けそびれてしもうた。いくら腹が立っとるからってゲンコツで脳天を叩くなやー。メッチャ痛いやろー。
「ただの例え話だろうが。それと「俺の天子」はそんな事は知らなくていい」
 何か聞いちゃアカン理由があるらしいというコトだけは判った。そっちはもうええ。
「その呼び方はホンマに嫌やから止めれって何度も言ってるやろぉ。俺なんかを神さん扱いすなやぁ。マジで神さんのばち当たるで。ちゅーか、もうばち当たっとるから毎日親友さんと喧嘩して、嫌な思いをするんとちゃうの」
 俺がズキズキ痛む頭を押さえながら涙目になって見上げると、まつながーが腕を組んだまま眉間に縦皺を寄せて思いっきり息を吸った。あ、メッチャ嫌な予感。
「『俺にとって神様みたいに優しくて、超お人好しで、世俗の汚れとは全く無縁だからとても綺麗なままで、大切な親友のヒロ』を略した結果だろう。「俺の天子」ってのは。文句有るか!?」
 うがーっ! 言い切りおったー。
「全部羅列して言うなーっ。恥ずかしすぎて聞かされる方が拷問やて何度も言ってるやろ。19の男相手に気色の悪いコト言うなっちゅーねん。ちゅーか、マジで堪忍してやー。ホンマにその口にガムテープ貼るでぇ」
 俺が立ち上がって押し入れからゴキブリ他色々捕獲用のガムテープを出すと、まつながーも立ち上がって壁に立て掛けてあったほうきを掴んだ。いざとなった らソレで俺を叩く気やな。俺のは使い捨てやけど、そっちは掃除厳禁、ゴキブリ撃退専用やんか。「天子」なんて持ち上げといて俺をゴキブリと同列扱いする気 やな。ホンマに失礼なやっちゃな。
「妥協して「俺のヒロ」と言ったら、手加減無しで俺の顔面に蹴りを入れただろーが」
「男から鳥肌モンの所有格付けられたら蹴りの2、3発くらい出るわい。これで休み明けに俺らにホモ疑惑が出たら、全部まつながーのせいやからな」
「ホモって言うな。気持ち悪い」
 まつながーは本気で嫌そうにほうきを何度も振り回す。
「自分が言ってるコトの意味、全然解って無いんかー!? 事情を知らん人が聞いたら、絶対誤解されまくりやでぇ。それと、そのほうきの先を俺に向けるなやー!」

 あー、もう。メッチャ不毛な会話やぁ。何でいつもこうなるんやろう。


4.

 お子ちゃま天子ことヒロが、気が立った猫みたいに構えてくるんで、つい俺も低レベルだと思いつつ、本気で応戦してしまうじゃないか。
「「感情表現がメチャ下手やから」と言って俺に真珠の携帯ストラップをくれたのはヒロだろ。だから俺もできるだけ思ってる事を口にして頑張ってるのにその態度は何だ」
 俺が言い返すとヒロは手に持っていたガムテープを落として、大きな目を更に丸くしてぽかんと口を開ける。力が完全に抜けたって感じでその場にしゃがみ込むと、大きな溜息をついて頭を抱えた。
「まつながぁ。降参や。お願いやから今日のトコはコレで堪忍してぇ」
 現在のヒロのヒットポイント残り1って感じだ。俺はそんなにヒロが神経すり減らす程、変な事を言い続けてるのか。

『上手く感情表現ができんから、1人で色々抱えて考え込んでしまうんやろうなぁ。少しずつでも思ってる事を言葉に変換できたらええよなぁ。そしたらまつながーもちょこっとは今より気持ちが楽になれるんとちゃうかな』

 東京に戻るとすぐにヒロは試しにアパート内限定で俺に考えてる事の半分は口にしてみろと言った。「地雷を踏みまくるやろうから、外でやられたら側に居る俺の方が死ぬ」と言ったのはどうやらこういう意味らしい。
 ヒロは伊勢で大喧嘩をして以来、それまで隠していた本性の一部を出して、遠慮無く俺にぶつかってくるようになった。
 ただ、ヒロの根本的な性格はのんびり屋で穏やかだから、アクティブモードが長続きしない。それでも投げ出さずに、毎日俺の馬鹿愚痴会話に付き合ってくれている。
 元々喧嘩嫌いだから凄く疲れるだろうに、約束したからとノリだけでここまでしてくれる奴なんてそうそう居ない。伊勢の天子様はどこまでも優しい。本当にそう思っているから敬意を込めて呼んでいるのに「人間を神さん扱いすな。この罰当たり」と毎回怒られてしまう。
 最近は「恥ずかしい奴」だの「アホスイッチ付」という変なあだ名付きで呼ばれちまうんだよな。恥ずかしいの意味は解るが、アホスイッチってどういう意味だよ。
 俺にはいつももっと本音を言えと言うくせに、俺が聞くと「そない恥ずかしいコトよう言わん」と言ってヒロは逃げていく。それって凄く狡いだろ。

「アホスイッチと拷問継続中や」
「は?」
 俯いていたヒロが顔を真っ赤にして、恨みがましそうに俺を見上げてきた。
「狭い部屋に一緒に居るんやで。お願いやから独り言言うならもっと小さい声で言うてやぁ。聞かされる俺の方が居たたまれんくなって、部屋から逃げだしたくなるやろぉ」
 ……またか。
 これもつい最近まで俺自身が知らなかった悪い癖らしい。普段口下手な分、なぜか寝言や無意識で考えている事が勝手に口から出ていると、ヒロに指摘されて始めて知った。

 『いやーん。健ちゃんってば素直じゃなーい。寂しいなら優しいお兄さんの胸にいつでもかもーん』

 人をオモチャにして遊んでいるとしか思えなかった裕貴の口癖が頭に浮かぶ。ストレートなヒロとは全然表現方法が違うけど、今考えるとどうやら裕貴も俺の 癖を知っていたみたいなんだよな。だから裕貴は今でも俺を放っておけなくて毎日電話してくるんだろうか。内容ともかくむかつく言い方ばかりなんだが。
「なあ、ヒロ」
「何?」
「俺は側で見てると滅茶苦茶危なっかしいか?」
 ヒロは身体を真っ直ぐ俺の方に向けて座り直すと、真顔できっぱりと言い切った。
「今のまつながーは中途半端に事情を知っとる俺でも、ホモもどきの変態で妄想大王で超度級のアホにしか見えんでぇ。このままやと心配でしゃーないから、夏休み終わる前に何とかせなアカンかなぁとは思っとる。その……色々な意味でやけど」
 凄い言われ方だな。でも正直者で(毎回)被害者(本人談)のヒロが言うならそうなのかもしれない。少しだけ口ごもったのは、未だに俺が水戸に帰ってないからだろう。けどな。
「ホモもどきって、裕貴じゃあるまし、それだけは本気で勘弁してくれだ。俺がヒロに甘えすぎてると言われるなら、(本当の事だから)……納得できる」
「へ? なしてここで裕貴さんの名前が出るん?」
 あ、しまった。俺がばらしてどうするよ。ヒロには裕貴の性癖は話していないんだから。というか、絶対ヒロにだけは知られたくないんだよな。知った時のヒロの反応が怖い。
 ……と、思っていたらまた裕貴から電話が掛かってきた。本当にしつこい奴だな。ヒロがこっそり逃げる準備をしている。ストレス急上昇中に精神安定剤をそうそう逃がすか。


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