14−B

 モーニングセットを食べたけど、熱田さんに行って名古屋城を見たら少し腹減ってきたなぁ。そろそろお昼食べた方がええかも。
 栄駅で一旦地下鉄を降りて、地下街を歩きながらまつながーにどんなモノを食べたいか聞いてみた。ここやったらたいていのモンは食べられるもんな。
「名古屋名物っていうとやっぱり海老フライか?」
 ……どっからそんな知識仕入れてくるん? 俺はともかく名古屋の人が聞いたら多分怒るで。そら、おにぎりの中に海老天が入っとる天むすや、海老フライが入った巻き寿司も有るけど、海老フライが名古屋名物なんて聞いたコト無い。
「んーと。それって、まつながーの勘違いやから別のにしよ」
「そうなのか?」
 まつながーは本気で意外そうに言う。こら多分関東のテレビ局で嘘情報流しとるな。金シャチ見た後だけに海老フライを連想するのも解るけど、やっぱここはちゃんと名古屋名物食べて欲しいよな。
「だったら名古屋でしか絶対食えない物を食べに連れて行って欲しい。あ、但し滅茶苦茶高いのは勘弁だぞ。伊勢で新鮮で美味いモン食うならそっちに回したい」
 お手軽にしかも名古屋でしか絶対食えそうも無いモンかぁ。かなり難しい注文やな。最近は味噌カツやひつまぶしも東京で食えるらしいんよな。きしめんは平 べったいうどんやし、夕方ならともかく真夏の昼間に味噌煮込みうどんを食べるんは暑い。名古屋コーチンは高いもんな。手羽先もどっちかというと酒のツマミ みや。
 辛いモン好きのまつながーなら、名古屋発祥の台湾ラーメンがええかな。お昼からやっとるラーメン屋さんていうと……あそこかな。

 あ、よりにもよってぽこっととんでもないトコが頭に浮かんでもうた。
 俺は名古屋のグルメ情報もあまり詳しくないから、事前にネットで調べてみたんよな。んで、出てきたのがあの店やった。
 あそこにまつながーを連れて行ったら、間違いなく拳で2、3発殴られるくらいじゃすまんよな。でも日本中捜してもあんなメニュー置いてるトコって他に無いと俺は思う。
 うーっ。どないしょ。
 絶対名古屋でしか食べられんモンが有る店に行くか、多少無難でもちゃんと美味しいモノを食べに行くか。悩むなぁ。
「ヒロ、さっきから1人で何を百面相してるんだ?」
 俺がずっと黙ってたからか、まつながーが俺の顔を覗き込んで不思議そうに聞いてきた。
「あ、堪忍な。ドコに行こうて悩み始めたらぼーっとしてもうた」
「ヒロに任せるって言ったろ」
「うん。ほなんやけど。……なぁ。まつながー、メチャ不味いかもしれんけど、絶対に日本でソコでしか食えんモンを食うのと、他のトコで似てるモンを食べられるかもしれんけど、それなりに美味しく食えるモン。どっちか1つを選んでって言ったらどないする?」
「何だそりゃ」
 まつながーが訳が判らないという顔をするんで、俺はもう少し詳しく説明してみた。そしたら、まつながーは「へぇー」と言ってポケットから地下鉄1日乗車券を出した。
「そこってこれで行ける所か?」
「うん。チョット遠いけど地下鉄沿線やで」
 「よし」と言って、まつながーはいきなり逆方向に歩き出した。
「ちょっと、まつながー。ドコに行くん?」
 いくら栄の地下街が十字路であんまり迷わない様にできてるからって、初めてのトコで地図も案内無しやとキツイやろ。俺が軽く腕を掴むとまつながーは振り返ってにやりと笑った。
「そのトンデモない所、案内してくれよ。本当に美味い名物ならいつでも食べられるだろ。日本でここにしか無いっていうのが気に入った」
 ……そう来たか。ホンマに後悔しても知らんからな。
「まつながーがそこまで言うならホンマに行くけど、店で暴れたり怒りだしたりせんといてなぁ。俺かて実際に食べたコト無くて怖いんやから」
 俺の顔がよっぽど不安そうだったからか、まつながーは笑って背中を叩いてきた。
「一緒に行くなら一蓮托生って事で良いだろ」
「ホンマやな。約束やで」
 まつながーに何度も念を押して俺らは再び地下鉄に乗った。

 いりなか駅で降りて俺らは山に向かって歩く。けっこうキツイ坂にまつながーが冗談を飛ばす。つーか、冗談でも言っとらんと暑さで死にそう。熱田さんは涼しかったけど、ここは木が多いのに地面がアスファルトだからか熱が籠もっとる。
「なあ、ヒロ。登頂ってこういう意味か?」
「ネットやとそういう意味とちゃうみたい。その店のメニューを完食するのが登頂なんやて」
「は?」
「何か知らんけどそう言われとるみたいなん」
 思わずまつながーから視線逸らしてもうた。メニュー見たらまつながーかて自分の考えが甘かったって気付くやろ。もっと前に言えんかった俺の小心さを怒らんといてな。
 5、6分歩くとネットで見た大きな看板が目に入る。道を間違えんで良かった。駐車場は一杯で色々な地方ナンバーの車が停まっとる。中には山口とか福井なんて書いてあるんやけど、いくら何でもわざわざここまで食べにきたんとちゃうよなぁ。
 店の中のベンチに6人くらい。外に4、5人立っとった。結構人気有るんやな。店員さんに聞いてみたら並んだ順らしい。
 ちらりとまつながーの顔を見たけどちょこっと機嫌が悪くなっとる。俺かて腹が減ってきてるんやもん。待つの嫌よな。割りとすぐに団体さんが外に出てきたんで中のベンチに座れた。店員さんが待ち時間つぶしにってメニューを渡してくれる。

 うおっ! 聞きしにまさるメニュー構成やな。特にこの甘口スパってヤツ。写真で見たけど味を想像すんの無理やったんよな。鍋スパって……えーと、鍋うどんみたいなの?
 店員さんが俺らの隣を通って凄く大きなホワイトソースが掛かった塊の乗った皿を運んで行った。 あれ何? どう少なく見てもどんぶり飯3杯分くらい有ったで。
 まつながーは眉間に皺を寄せて真剣にメニューと睨めっこしとる。多分字面からはどんなモンなのか想像も付かんのやろな。俺かて先にネットの写真を見て無かったら信じられんもん。
 あ、まだまともっぽいメニューみっけ。
「まつながー、納豆……サボテンーっ? スパっていうのが有るやん。それにしたらどうやろか」
「サボテンはともかく納豆スパやピラフは食った事が有るだろ。誤魔化さずに正直に教えろっての。どれが日本でここでしか食べられないメニューなんだ?」
 うわーっ。まつながー、絶対意地になっとる。空腹で怒ってるっぽいのにやる気満々て顔やもん。
「悪いコト言わんから普通に食べられそうなのにしよ。せめて(あまり想像したく無いけど)みそ納豆ピラフとか。他にも……」
「ヒロ」
 うっ。まつながーがメニューをぐいぐい俺に押し付けてくる。こらホンマのコト教えんと許してくれそうもない。教えたら教えたで殴られるコトが確実だけにメチャ嫌やなぁ。
 諦めて俺が「ココ」ってメニューを指さすと、まつながーは絶句した。ほれみたコトか。酒呑みで辛党のまつながーの対極をいくメニューやで。
「……どれが1番有り得ないメニューだ?」
 と、まつながーが聞いてきた。え? まさかホンマにコレを食う気なん?
「たしか甘口メロンスパか甘口抹茶小倉スパやと思った」
 アカン。画像思い出しただけで胸焼け起こしそうになってきた。それでのうても店の中は甘ったるい臭いがずっとしとるんやもん。

 丁度その時「お待ちのお客様どうぞ」と店員さんに案内されて俺らは席についた。
 まつながーは座ると同時に「甘口抹茶小倉スパ」て言った。げっ。本気やったんか。俺の方が泣きそうや。少しは付き合わんと後で殺される。
「シーフードメキシカンピラフと……和風パフェ」
 メインは難易度2やけどええやろ。難易度4を頼んだまつながーと一緒に遭難は避けたい。店員さんはオーダーを確認するとキッチンにメニューの申し送りをした。
 昼時やからか店の中は一杯で、客層も俺らとほとんど年齢が変わらん。男女比率は半々ってトコ。この近くに大学でも有るんかな。どうしても周囲のお客さんの顔色を見ちゃうんはバイトの癖やろか。
 俺らの隣に座ったお兄さんが納豆サボテンスパを注文して、「今は納豆が切れているから」と店員さんに断られとった。ありゃ。どっちにしろ納豆は食えんかったんやな。
 ちらっと俺がまつながーの顔を見てみたら、煙草を口にくわえたままぼーっとしとる。窓際の席で窓を少しだけ開けると煙が全部外に出るから、俺に遠慮せず に煙草吸えるんやな。そういやまつながーは朝アパートを出てから全然煙草吸ってへんかったなぁ。最近公共のトコはどこも禁煙やからまつながーにはキツイや ろな。
 酒好き、煙草好きのまつながーに「未成年なんやから」というツッコミは今更する気も起こらん。
 どんどんメニューが運ばれるのに全然俺らが頼んだのが来そうもない。こら長期戦になりそうやなぁ。
「ぎゃー。まんましるこだ。助けてくれー!」
 後ろの席のお兄さんが大声を上げた。この暑いのにおしるこスパを頼んだんやな。まつながーもやけど、このお兄さんもチャレンジャーやなぁ。
 しばらくするとあちこちの席から「すみません。水ください!」という声が上がる。「熱くても良いから甘くない飲み物ください」とかいう声も聞こえてくる。この店の客ってチャレンジャーだらけや。
 店員さんが俺らのテーブルに小皿に乗せたパフェ用の長いスプーン2本と、紙ナプキンにくるんだフォークとスプーンを2本ずつ運んできた。……これって1人で1つのメニューを食いきるコトは絶対不可能ってコトなん? メチャ嫌な予感がしてきたなぁ。

 1番始めに俺が注文した和風パフェが運ばれてきた。シーフードメキシカンピラフが辛口メニューに入っとったから、同時にって頼んでおいたんよな。
 えーっと。目の前に有るのってミニサイズやけど、どう見ても鯛焼きよな。パフェの上の方の生クリームと小倉アンに鯛焼きがズレもせんとしっかり張り付いとる。
 スプーンでどうやって食べたらええんか想像つかなかったんで、手で直接取って口に放り込んだ。あ、温かくて普通の鯛焼きや。普通やない鯛焼きってのも想像つかんけど。
 「少し貰っていいか?」とまつながーが聞いてきたんで「ええよ」と言ってスプーンを渡した。甘いモンに手を出すなんて、まつながーもそうとう腹が減ってたみたいや。あ、たしかまつながーって甘口抹茶小倉スパ頼んだよな。和風パフェも抹茶小倉味なのにええんかな?
 小倉の檄甘さに閉口しつつ、もそもそと(女の子とも1度もこんなコトしたコト無いのに)虚しく男2人でパフェを突ついとったら、甘口抹茶小倉スパが運ばれてきた。
 うわっ。写真より強烈で鮮やかな色しとる。食いモンにこんなコト言っちゃアカンけど、緑色のミミズ形宇宙生命体かと思った。まつながーはパフェ用のスプーンを持ったまま硬直しとる。ホンマにまつながーにコレ食えるんやろか? マジで心配になってきた。
 それほど待たずに俺が頼んだシーフードメキシカンピラフが来た。どんぶり2杯は軽く有るけど他の人らの注文品見てたから、予想の範疇なんで気にせんと く。長スプーンから普通のスプーンに持ち替えて2、3口食べてみた。良かった。舌がマヒして味が全然わからんけど普通の食い物やった。
「なあ、ヒロ」
「何?」
「こっちのスパ、少し食べてみないか」
 げっ。冗談でも嫌やて。俺がそう思っとったらまつながーが「良いから食え」とナプキンにくるんであるフォークを渡してきた。
 まつながーの笑顔がメチャ怖い。頼むから緑色の唇と歯で笑わんといて。夜中に夢に見そうやんか。
 こら逆らわんトコ。皿の端の方から1本だけ引っ張って口に入れてみる。
 ……何も言いたくない。いやマジで。
「遠慮せずにもっと食えよ」
 まつながー、自分が食いたくないからって俺に回そうとするなや。仕方なくもう2、3本食ってみたけどこれが限界や。まつながーは何でか俺の和風パフェをがつがつと食い始めた。
 ええけど舌完全マヒしてへん? ヤケになっとるんともちゃうよなぁ。こら早々に助け船出した方がええかな。
「なあ、まつながー。俺のピラフ食べてみん? 量メチャ多いしとても1人で食えそうも無いん。手伝って貰えると助かるんやけど」
 「ああ、サンキュ」と言ってまつながーは自分のスプーンを手にとった。ピラフを1口食べると俺の顔をギロリと睨み付けてくる。
「お前、この店にわざわざ来ておきながら、何でこんなまともなモン食ってるんだよ」
 怒らんといてって先に何度も言っておいたのに、やっぱり怒られてもーた。
「まつながーがまともメニュー頼んだら、俺が話のネタにイロモノ系を頼もうって思っとったん。それなのによりによってまつながーが難易度4を頼むんやもん。2人して食べられんモン注文したらアウトやろ」
「難易度4?」
 まつながーが何の事だって顔をする。うっ。やっぱ説明せなアカンのか。
「ネットの情報やと、ここのメニューって食べやすさでランクが有るらしいんなぁ。まつながーが頼んだ甘口抹茶小倉スパはレベル4て書いて有ったん」
「そっちのシーフードメキシカンピラフは?」
「レベル……2」
「おい、ヒロ。それって滅茶苦茶卑怯だろ」
「ほやから始めに別のメニューを勧めてたんやん」
 まつながーはむーっとした顔をして、凄い勢いでスパを食べ始めた。うわぁ。辛党のくせに止めとけや。『途中で止める勇気も必要』ってどこかのサイトに書いて有ったで。

 半分も食べない内にまつながーの手が止まった。当然やろな。つーか、マジで大丈夫なん? まつながーは水を1口含むとボソリと言った。
「この甘さには店長の悪意を感じる」
 へ? どういう意味や。
 まつながーはスパの皿をよけて俺のピラフを4分の1くらい一気食いすると、今度はパフェを食い始めた。この間、俺はぼけーっとまつながーを見とって完全に手を動かすのを忘れとった。
「ヒロ。このパフェ、アーモンドケーキが入ってるぞ」
「へ?」
 このガラスに張り付いてる薄茶色いのってケーキやったんか。小倉に抹茶にバニラに生クリームにアーモンドケーキ? なんで1つに入れるんやろ。せめて半々にしてあったら絶対美味しいのに。
 まつながーは紙ナプキンで口を拭くと水を飲んだ。あ、もう食う気が無いんやな。メニューがアレだけに当然やなぁ。途中下山してくれてホンマに良かった。俺もさっさと食べてしまお。
 俺がパフェの甘さにうんざりしつつ、ピラフを食っとったらまつながーが「無理に全部食うな」と言ってきた。もしかして俺、悲惨な顔しとるんやろか? ピラフはあと5分の1は残っとる。
「ヒロはゴチャゴチャした味が苦手だからな」
 そう言うとまつながーは俺が食い残したパフェを完食して(マジでその根性は尊敬モンやで)「もう良いか?」と聞いてきた。
 「うん」て答えたらまつながーが席を立ったんで、俺もウエストバッグを持って席を立つ。2人で2千円台か。1食があの分量でこの店ってよく採算合うなぁ。ファミレスのコト考えたら俺には到底想像がつかん。
 もしかしたら俺らみたいな貧乏学生の為に、メッチャ量の多い料理出してくれてるんかも。まともメニューやったら普通に食えたかもしれんもんなぁ。

 店を出て角を曲がったトコで、まつながーがいきなり俺のウエストバッグのファスナーを開けて中に手を入れてきた。
「な、何?」
 まつながーは飲みかけのウーロン茶のペットボトルを出すと歩きながら一気飲みした。ああ、ビックリした。お茶が飲みたかったんか。
 バッグに入れてたから生温かいのに。それでもとても我慢ができんかったんやろうな。まつながーはホンマに甘いのは苦手やもん。けど、何で俺のバッグにそれが入ってるって知ってるん?
 俺が不思議そうに顔を見上げとったら、まつながーが2口分くらい残してペットボトルを俺に渡した。俺も口の中の味を変えたいからありがたくそれを飲む。
「新幹線でゴミの中にペットボトルが無かった。ヒロの事だからきっと持ち歩いてるだろうと思ってた」
 なんかまつながーに完全行動パターン読まれてるなぁ。貧乏根性丸出しやから尚更かも。通り道沿いに有った自販機のゴミ箱にペットボトルを捨てる。
 あ、そやった。ウエストバッグから粒ガムを出すとまつながーに差し出してみた。
「ミント味やけど口直しに噛む?」
 「助かる」と言ってまつながーは箱からガムを1個取った。俺も1個口に入れる。……未だに舌がマヒして味が全然判らん。
 そういえばさっきまつながーが店の中で変なコト言ってたなぁ。何のコトやろうと思って聞いたらすごい答えが帰ってきた。
「あのスパに掛けてあるのは絶対にかき氷の抹茶味だぞ。冷たい麺ならまだしも温かい麺に檄甘シロップ掛けなんか、よっぽどの甘いモン好きでもなきゃ食えるか。ヒロはパフェの小倉で甘い甘いって愚痴を言ってたけど、俺にしてみればあっちの方がよっぽどまともな食い物だった」
 うげーっ。味を想像したくもない。パフェでマヒした舌でも拒否反応起こしたのに、まつながーは意地だけで3分1もアレを食ったんか。
「ホンマに堪忍な。やっぱ普通のモン食えるトコにすれば良かったなぁ」
 そう言って頭を下げると、まつながーからデコピンを喰らった。
「俺が自分の意志で決めて食ったんだろうが。ヒロが謝るなっての」
 それでもやっぱあんなイロモノ系のトコ連れて行った俺が悪いと思うんやけどなぁ。これ以上謝るとまつながーのコトやから怒りだしそうやから止めとこ。

 地下鉄に乗って名古屋駅に戻る途中で、まつながーの顔色がみるみる悪くなってきた。だからあれだけ止めとけって何度も言ったのに。
「まつながー。ここで降りるで」
 俺はまつながーの袖を強引に引っ張ってホームに降りた。名古屋駅に乗り継ぐ駅まであと1駅やけど、とてもこんな顔色のまつながーを電車に乗せておけん。
 よろけるまつながーの腕の下に自分の肩を入れる。よし、充分行けそうや。こういう時だけは背が低いと便利やな。
 地下鉄のホームは空気があまり良くないから外に出てみよ。俺が「大丈夫?」て聞いたら、まつながーは真っ青な顔で「平気だ」て言ってきた。ホンマ意地っ張りやなぁ。気分が悪い時くらい素直になれや。
 エスカレーターで昇って改札を出てもう1回エスカレーターに乗る。まつながーはわずかな振動でもキツそうな顔しとる。お願いやからもうちょっとだけ我慢してな。
 外に出ると凄い車の走る音がした。名古屋ってホンマに道路がメチャ広いんよなぁ。音だけでまつながーの気分が悪くなるかもしれん。えーっとたしかここって……。
 ちょっと先にある赤い門をくぐって木陰のベンチにまつながーを座らせた。
「ちょっとそこでじっとしててな」
 すぐ側のコンビニで冷たいお茶を買うとまつながーに差し出した。まつながーはしばらくの間缶をおでこ当てて頭を冷やすと、小さな溜息をついてお茶を1口飲む。
「……悪い」
「謝らんでもええって。それより気分どうなん? 吐き気まだする?」
 「いや、大丈夫だ……」と言ってまつながーは周囲を見渡した。白くて広い石段が有って、目の前は鳩が数羽のんびり歩いとる。頭を動かせるトコ見るとエチケット袋までは要らんみたいやな。俺もまつながーの隣に座る。
「ここ、どこだ?」
「大須観音。名古屋駅の割と近くやで。たまたま降りたらここやったん。屋外の休めるトコで運が良かったなぁ」
「へぇ」
 まつながーは懐かしそうにしっかり周囲に視線を向けた。そいや熱田さん行った時も嬉しそうやったな。何かこの手のトコにええ思い出でも有るんやろか。
 石段の上には観音様が祀ってある赤い大きなお堂が見える。白くて長い旗が何本もなびいてて、それぞれ観音様や仏様の名前が書いてある。
 夏休みに入っとるからか数人の親子連れや、小学生くらいの孫を連れたお婆さんが一緒に鳩に豆をあげていた。
 門の向側は車が一杯走っとるし、反対側は門前町らしく屋根付きのアーケード街に繋がっとる。俺がココに来たんは高校卒業前に親父にくっついてパソコンを 見に来た時以来やな。時代の流れで商店街の店は大分変わってるけど、観音様だけはガキの頃と変わらずでんとこの街中に立っとる。伊勢と違って名古屋ってホ ンマ不思議なトコやなぁ。
 真夏の昼なのに風が流れてて気持ちええ。夏は無風の酷暑、冬は伊吹下ろしで有名な名古屋じゃ滅多にできん経験やろな。これならまつながーの気分も早く良うなるかも。

 携帯を胸ポケットから出して見ると結構時間が経っとった。そういや喫茶店でかなり時間潰したもんな。顔を上げたらまつながーが複雑な顔して俺を見とった。
「どないしたん?」
「悪い。お茶を全部飲んじまった。ウーロン茶も俺がほどんど飲んだし、ヒロも喉が渇いてただろ」
 ぶっ。そないな細かいコト心配しとったんか。やっぱまつながーって律儀なヤツやなぁ。俺は笑って「欲しかったらまた買うから気にせんといてー」と言ってまつながーの背中を軽く叩く。この分やと気分はもう大丈夫やろ。
 お世話になったんで2人で観音様にも手を合わせて拝んで石段を下りる。
「そろそろ伊勢に行こか?」
「そうだな。見たい物は一応見たし、一生掛かってもそうそう出くわさない経験もしたしな」
 あ、あのスパのコト言ってるんやな。俺かてあんな経験初めてやて。
 あれ? 何やったっけ。名古屋に寄ったら絶対まつながーを連れて行きたいて思ってたトコが有った気が……あ。あそこや。
 うがーっ! 俺の馬鹿。名古屋に来ておいてあそこに行かんでどうないするん。
 もう1度携帯を出して時間を見る。うん。まだ大丈夫なハズや。
「まつながー、気分が良くなったんなら歩ける? チョットだけ早歩きになるけど平気?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
 缶をゴミ箱に捨てたまつながーの手を引いて、俺は北に向かって急いで歩き出した。


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