14−A

 モーニングセットを食べたけど、熱田さんに行って名古屋城を見たら少し腹減ってきたなぁ。そろそろお昼食べた方がええかも。
 栄駅で一旦地下鉄を降りて、地下街を歩きながらまつながーにどんなモノを食べたいか聞いてみた。ここやったらたいていのモンは食べられるもんな。
「名古屋名物っていうとやっぱり海老フライか?」
 ……どっからそんな知識仕入れてくるん? 俺はともかく名古屋の人が聞いたら多分怒るで。そら、おにぎりの中に海老天が入っとる天むすや、海老フライが入った巻き寿司も有るけど、海老フライが名古屋名物なんて聞いたコト無い。
「んーと。それって、まつながーの勘違いやから別のにしよ」
「そうなのか?」
 まつながーは本気で意外そうに言う。こら多分関東のテレビ局で嘘情報流しとるな。金シャチ見た後だけに海老フライを連想するのも解るけど、やっぱここはちゃんと名古屋名物食べて欲しいよな。
「だったら名古屋でしか絶対食えない物を食べに連れて行って欲しい。あ、但し滅茶苦茶高いのは勘弁だぞ。伊勢で新鮮で美味いモン食うならそっちに回したい」
 お手軽でしかも名古屋でしか絶対食えそうも無いモンかぁ。かなり難しい注文やな。最近は味噌カツやひつまぶしも東京で食えるらしいんよな。きしめんは平べったいうどんみたいなモンやし、夕方ならともかく真夏の昼間に味噌煮込みうどんを食べるんは暑い。名古屋コーチンは高いもんな。手羽先もどっちかというと酒のツマミや。
 辛いモン好きのまつながーなら、名古屋発祥の台湾ラーメンがええかなぁ。

 あ、よりにもよってとんでもないトコを思い出してもうた。
 俺が高校時代にクラスの男子10人くらいで、名古屋のあの店に挑戦ツアーをやったんよな。俺が注文したのはバナナ味やったけど、檄甘さに半分も食えずにあっさり途中下山した。
 「絶対登頂する」て意地張って完食した連中は、帰りの電車でほぼ全員遭難したんよな。今思い出しても気分が悪くなってきそうや。
 あそこにまつながーを連れて行ったら、間違いなく拳で2、3発殴られるくらいじゃすまんよな。絶対パスしとこっと。そうなるとやっぱお手軽にラーメンかスパやな。
「ヒロ、さっきから1人で何を百面相してるんだ?」
 俺がずっと黙ってたからか、まつながーが俺の顔を覗き込んで不思議そうに聞いてきた。
「あ、堪忍な。ドコに行こうて悩み始めたらぼーっとしてもうた」
「ヒロに任せるって言ったろ」
「うん。ほなんやけど。……なぁ。まつながー、今ってラーメンとスパとどっちの気分?」
「どっちも麺系だな。ヒロのお勧めか?」
「うん。多分どっちも口に合うんやないかなーって思うん。ほやからまつながーが食べたい方にしよかなて」
 まつながーは顎に手を当てて少し考え込むと、「腹持ちが良いスパにする」って言ってきた。ああ、やっぱしまつながーも俺と同じで腹減ってきてたんやな。
 スパやとあそこがええかなぁ。地下鉄で行ってもええけど、割と近いし歩いてみるかな。あの辺りやったら何度か行ってるから迷うコト無いやろし。
「まつながー、チョコっと歩くけどええ?」
 俺が聞いくとまつながーは(珍しく)にっこり笑って「かまわない」と言ってくれた。良かった。まだ空腹には時間有るな。

 栄地下街の中心部から地上に出る。まつながーが並ぶ大きなデパートを見て「納得」って言った。朝の地下鉄のコト言ってるんやな。恥ずかしいからもう思い出さんといてって。
 あ、コレの説明しとかんと。
「まつながー、今歩いてる道な。こっちの歩道の端から反対側まで100メートルも有るんやで」
「は?」
 まつながーが訳解らんて顔しとる。そら真ん中にあんなトコ有ったら判りにくいよなぁ。
「この横の道路って、ぱっと見片側通行しか無いやろ。真ん中に有るのは公園兼中央分離帯なん。その向こう側が反対車線になっとるんな」
「あー。中継地点ってこういう意味だったのか」
 まつながーが俺が熱田さんで言ったコトを思い出してくれたっぽい。この道路を信号1個で渡りきるんはよほど運がええか、走るか、そうとう早歩きするかやから、かなり足に自信が無いとできん。
 この道を考えた人がどういうつもりでこんなに広い道作ったんか判らんけど、噴水が有ったり緑の多い公園になっとったりで、憩いの場になっとるんよな。あ、そやった。
「まつながー、後ろを振り返ってみて」
「何だ? あっ。東京タワーもどきだ」
 振り返ったまつながーがテレビ塔を指さした。……まぁ、そう取れられても仕方ないよな。
「あれな。名古屋のテレビ塔なん。東京タワーに比べたらかなり小さいやろ」
「そうだな。それに全体が見事に銀ピカだ」
 まつながーが苦笑しながら言う。そうなんよな。名古屋の公共施設ってほとんどが銀色なん。ガキの頃は単純に金シャチに対抗したんかと思ったけど、今は違うと思っとる。俺かて維持費や効率考えたら鉄モンは銀色にするもん。
 他の色やと塗装のメンテが大変やけど、銀ならサビに強いステンレスに表面加工すればええし、光を反射するから熱膨張の変形や、冷房代も少なくて済む。周囲は反射が眩しいって欠点が有るけどな。名古屋のドーム形モノがほとんど銀一色なんは美観も有るけど、合理性からやと俺は思っとる。まつながーも工学科やから説明せんでも理解してくれるやろ。
「名古屋ドームとかの屋根や、水族館の水槽も外から見たら見事な銀色やで」
「うん。解る」
 まつながーが納得したと頷いた。やっぱ、呑み込み早いなぁ。俺らは顔を戻すとまた歩き出した。

 真っ昼間に真南に歩くから日陰が無いのが辛いなぁ。かといって、チョコチョコ曲がって熱風の吹くビルの間を抜けるのも逆に暑そうやし。あっち側に渡れるまでは我慢するかな。
 俺が手で顔をあおいどったら、まつながーがちらりと俺の顔を横目で見てきた。その顔は何やねん。
「ヒロ、腰のモン今すぐ出せよ。この際温くても良いから」
「へ?」
 腰のモンって何? そう思っとったら、まつながーがいきなり俺のウエストバッグのファスナーを開けて手を入れてきた。わわっ。いきなり何すんねん。
 まつながーはにやりと笑って、飲みかけのウーロン茶のペットボトルを出すと一気に飲み出した。あっ。すっかり忘れとった。けど、何でまつながーは俺のバッグにそれが入ってるって知ってるん?
 俺が不思議そうに見上げとったら、まつながーが半分くらい残してペットボトルを俺に渡した。俺も喉が渇いてきとったからありがたくそれを飲む。
「新幹線でゴミの中にペットボトルが無かった。ヒロの事だからきっと持ち歩いてるだろうと思ってた」
 そういうコトか。なんかまつながーに完全に行動パターン読まれてるなぁ。根っからの貧乏人なんやから仕方ないやろ。通り道沿いに有った自販機のゴミ箱に空になったペットボトルを捨てた。
 ふぅ。お茶は温かったけど少し楽になったかな。

 道を真っ直ぐ歩いて今度は東西に延びる100メートル道路に出る。中央分離帯の上は名古屋高速が通っとって、1本西に行ったトコにある広場ではアマチュアバンドが演奏しとる。この暑いのにメチャ元気ええなぁ。
 俺とまつながーは無理して道路を渡らんと信号を1回待った。後ろからギターソロが聞こえてくる。かなり演奏上手いなぁ。アンプの調子がイマイチなんが残念や。
 まつながーが「何だこりゃ」と言った大きな看板が有って、行列ができるんで有名なみそかつ屋さんは素通りする。最近東京に進出しとるって話やからええやろ。

 パソコンショップの通りを前に、少しでも日差しを避けようとアーケード街に入って俺はすぐに後悔した。さっきまで「暑い」と愚痴を言っとったまつながーが、あるモンを見付けて目をキラキラさせたからや。
 今時珍しいど派手な電球とライト、時々開くドア越しから聞こえる独特の音。そういやここのコトうっかり忘れとった。
「ヒロ。たしか名古屋ってパチンコ発祥の地だったよな」
 ……やっぱりそう来たか。嫌な予感モロに的中やで。俺は足取りも軽くパチンコ屋に入ろうとしたまつながーのTシャツの裾をしっかり掴んだ。
「ヒロ?」
 まつながーが嫌そうに振り返るけど、こっちも引けんちゅーねん。
「俺ら昼飯食いに来たんやろ。何で空きっ腹抱えてパチンコせなアカンの」
「だってせっかくの機会だぞ。少しくらいやっても……」
「アカンちゅーたらアカン」
 俺にしては珍しく強引にまつながーの言葉を途中で遮った。まつながーもむっとして頬を膨らます。
「たしかに名古屋へパチンコツアーする人は居るみたいやけど、最低でも十万単位の軍資金持ってやるらしいんやで。俺ら遊びに使える金ってそんなにないやん」
「だけどヒロ。名古屋まで来ながら、パチンコ屋を素通りするのは俺は嫌だぞ」
 熱田さんの宝物殿や名古屋城の天守閣はきっちり素通りしたくせに、こういうのだけは見逃さん気やな。くそっ。しゃーない。メチャ恥ずかしいんやけど学部の女子に教えて貰ろたこの手を使うか。

 俺はまつながーのTシャツから手を離した。口元に両手を当てると少しだけ首を傾げて上目遣いでまつながーを見上げる。
「まつながーがパチンコ好きなんは俺もよう知ってるからホンマやったら止めたくないんやで。でも、まつながーは得意やからええけど、俺はどないしたらええの? パチンコは下手やから絶対負けるやろうし、煙草の臭いも苦手やん。どっかで終わるまで待ってろって言うん?」
 まつながーが「うっ」て顔して怯んどる。よっしゃっ。何でか知らんけどまつながーって俺がこうすんのメチャ苦手っぽいんよな。
「それに一緒に中に入って、俺だけ警備員さんに呼び止められるのは嫌なん。まつながーは年相応に見られるけど、俺は童顔やから必ず身分証明出せって言われるんやで。東京のアパート近くのトコやったら店員さんが俺の顔を覚えてくれたけど、名古屋でまで掴まって恥かくのは嫌やぁ」
 あれ? まつながーがいきなり挙動不審人物化してもーた。汗をだらだら流しながら何か意味不明のコト呟いとる。効き目有りすぎかなぁ。
 つーか、なんでまつながーは耳まで真っ赤になっとるんやろ。まつながーって子供風のおねだりに弱いんかな? 結婚して子供ができたら奥さんに内緒でへそくりからオモチャ買ってあげるタイプかも。
 俺がじっと顔を見とったら、まつながーが小さな声でボソリと言った。
「ヒロ、分かった。頼むから「それ」だけは今すぐ止めてくれ。……死にしそうだ」
「へ? 何死にしそうって?」
「だーっ。そこを聞き返すな。馬鹿ったれ!」
 まつながーが切れて俺の頭を思いっきり叩いてきた。うーっ。痛いなぁ。女子の言っとった「諸刃の剣」ってこういう意味やったんか。
 あ、通りすがりの人らが俺らを見て笑っとる。こらアホな漫才やっとると思われたな。まつながーはパチンコ諦めてくれてみたいやし、これ以上注目集める前にささっとご飯食べにいこっと。

 アーケードを出て細い路地に入る。たしかこの辺りに……あ、有った。
「まつながー、ここやで」
 まつながーが店の看板を見上げて「パスタ専門店か」って言った。台湾ラーメンもやけど、名古屋でしか食えないモンって言ったらコレやと思ったんよな。つーてもこの店に入るのは俺も初めてや。
 店の中はこじんまりとした家庭的な雰囲気やった。夏休みやから混んでるかと思ったら、運良くすぐに座れたんで安心した。メニューを見ながら小声でまつながーに説明する。
「あんかけスパっていうのを注文してなぁ。トッピングは好きなの選んでええから」
「あんかけスパ?」
 聞き慣れない言葉にまつながーが聞き返してくる。うーん。あの味をどう説明したらええんやろ。
「アンコとはちゃうでー」
 俺が冗談っぽく言うと「そんなモン俺に食わしたら、ヒロの首を絞めてやる」と返ってきた。やっぱしあの喫茶店にだけは行かんで良かった。危ない。危ない。
 俺はハンバーグを選んで、まつながーは海老フライを頼んだ。うーん。まだ金シャチが頭から離れてへんな。海老フライもあんと合うからええけど。

 運ばれてきた丸い皿の上にトッピングとパスタが乗っていて、その周囲を赤茶色のとろりとした液体が覆っとる。
 「トマトソースか?」とまつながーが聞いてきたけど俺には上手く答えられん。言葉だけじゃこの味は説明できんのやもん。俺が困ったって顔をすると、まつながーはフォークにあんを付けて口に含んでにやりと笑った。
「トマトをベースにブイヨンと黒コショウメインに数種類のスパイスが入ってるな。とろみもほどほどで麺に絡めやすい」
 うおっ! さすが料理名人まつながー。たった1口でそんな細かいトコまで判るんかい。俺が感心してまつながーのコトを見とったら、器用にフォークで海老フライを切りながら、まつながーが俺にフォークを渡してきた。
 あ、まつながーを見とってうっかり自分が食うのを忘とった。まつながーの真似をしてフォークで少しだけあんを取って舐めてみる。うーん。俺にはトマトっぽい味で舌がピリっとするってコト以外はよく判らんな。味は凄く美味いんやけど。
 俺がハンバーグにもあんをからめながらパスタを食べとったら、まつながーが自分の分の海老フライを1切れフォークに刺して俺に回してきた。遠慮無く「おおきにー」と言ってそのまま食いつくと、まつながーから「お前は3つのガキか」と呆れた様に言われてフォークを引っ張っられた。自然と俺の身体もテーブル前に出る。
「……釣られるなよ。滅茶苦茶恥ずかしい奴だな」
 まつながーが少しだけ顔を赤くしてフォークごと強く手を引き戻した。んなコト言われてもしゃーないやろ。さっきはまだ全部口の中に入りきってなかったんやから。
 俺が口をもぐもぐ動かしながら視線だけで抗議すると、まつながーは眉間に皺を寄せてぽりぽりと頭を掻いて、ポケットから携帯を取りだすとボタンを素早く押した。
 俺の携帯がメール受信を知らせる。名前を見たらまつながーからやった。目の前に居るのに何やっとるん。
「うげっ」
 思わず変な声出してもうた。まつながーからのメールはこうやった。
『馬鹿か。お前は! そんなにカップルに間違われたいならせめてもう少し女っぽく見せる努力しろ。先に言っておくが俺はホモに間違われるのだけは嫌だからな』
 ……。
 つまりさっきの俺らは側から見たら、
「こっちも食べるか?」
「うん」
「ほら、食べろよ」
「ありがとー。美味しい。健君、好きー」
 てな感じで典型的バカップルやってたってコトなん? メチャさっむーぅっ。冷房が効いてるとはいえマジで鳥肌立ってきたで。

 俺が露骨に嫌な顔しとったら、まつながーは遠慮無く俺の皿からハンバーグを1切れ取って自分の口に入れた。一部交換ってコトなんかな? 俺の視線に気付いたまつながーが小声で説明してくれた。
「美味いモンは目と舌と鼻で味を覚えるんだよ。慣れたら自分でも作れるようになるから、料理のレパートリーが増えるだろ。ヒロは舌が敏感だからすぐにできると思う」
「あ、そっかー。おおきにー」
 そんでまつながーは色々な料理が作れるんやな。基本がちゃんとできとるから、外食した時に初めて食べた料理の味を覚えれるんか。俺も今度から気をつけてみよっと。
 あ、メールの返信っと。
『堪忍な。でも、俺かて女の子に間違われるのは2度とゴメンやし、ホモ扱いも絶対嫌やで。まつながーがフォーク出さずに、皿の上に海老フライ乗せてくれたらいらん恥かかんで済んだんやろ』
 むっとした顔で速攻でまつながーがメールを打ち返しててくる。食いながらなのにメチャ早いなぁ。
『置こうとしたらその前にヒロがかぶりついてきたんだっての。簡単に動くエサに釣られやがって。お前は猫か?』
 うーん。こう言われると返す言葉が無い。目の前に食べモンが出てきたからつい口が出てしもたんよな。返信しようとしたらすぐに次のメールが来た。
『今度やったら、その次からは檄辛モンにしてやるからな。このお子ちゃまめ!』
 うーっ。言われっぱなしで悔しいけどしゃーないか。俺は携帯をポケットにしまうと黙々とパスタは食べ始めた。

 店から出て「栄から大須にかけて何軒かあんかけスパ屋さん有るけど、どこも味が違うんよなぁ」って言ったら「よく知ってるな」とまつながーから言われた。
 やばっ。高校時代にたまにこっち方面に来とったコトがバレバレやん。友達に付き合って栄のとらの○なやまん○らけ、大須のギャルゲー専門店にまで足延ばしとったなんてまつながーにはとても言えん。つーか、何言われるか想像すると怖い。
 腹ごなしにアーケード街を歩きながら、まつながーはきょろきょろと周囲の店を見渡しとる。パチンコ屋はさっきのトコだけやから大丈夫よな。
「なあ、ヒロ」
「何?」
「ここって秋葉なんだかアメ横なんだか浅草なんだか訳わかんねー所だな」
 まつながーって鋭いなぁ。しっかり通りの雰囲気まで見とる。パソコンショップ、ゲームソフト屋、雑貨に古着屋に、ちょっと変わった電器屋の間に寺が点在しとんのやもんな。まつながーが名古屋城で言っとった、仏壇街もここやと教えたらどんな顔するんやろか。
「はは。そやなぁ。一応門前町なんやけど、秋葉とアメ横と浅草を足して5か6で割ったくらいやと思う」
「何だそりゃ。足して3割りじゃなくて5か6かよ」
 まつながーが速攻でツッコミを入れてくる。
「だって狭い町に凝縮しとるんやもん」
 俺がもっと子供の頃に親父に連れて来られた時は、着物屋さんと食べ物屋さん、それと家電に電器系パーツ、パソコンショップ街という両極端なトコで、歩いてるんはいかにもお参りに来たお年寄りと、メカオタな兄ちゃんらで少し寂れた感じやった。
 それがいつの間にか全体が綺麗になって、あちこちに有った小さなパソコンパーツショップや古い店が無くなって、若者向けの洋服屋や雑貨屋が増えた。外国人向けの店も目立ってきて色々な意味で活気が出てきとる。
 そういや友達が大須には変なパンツが売っているとか言っとったよな。1度だけテレビで観たコトあるけどアレって男が履いたらメチャ見たくない怖い構図やし、女の人が履いても意味無いと思うんよな。つーか、全然パンツになってへんのやもん。何に使うんやろ? 気になるなぁ。

「まつながー」
「何だ?」
 振り返るとまつながーはちゃっかりせんべいの試食品を全種類つまんどった。ついさっきパスタの大盛り食べたばかりやのにどこに入るねん。
 軽くまつながーの手を引っ張ってアーケードの端に寄る。ココやったら他の人には聞こえんやろ。
「あのな。ちょっと想像してみてくれん?」
「は? ああ」
 まつながーは手に付いた味噌を舐めながら頷いた。手ぐらいハンカチで拭けや。この無精モン。俺はかまわず話を続けた。
「7ミリくらいの太さのパンツのゴム想像してみて。それが30センチくらいの円になっとるん」
「うん」
「それにな、やっぱ同じくらいの太さのゴムが7本くらい1センチ間隔くらいでおすもうさんのまわしみたいな形でくっついてるん」
 説明これで合っとるかなぁ。チラっと番組で流れただけやから全然自信無いんよな。まつながーが必死に想像しようとしてくれとる。
「……う……ん?」
「これってなんやと思う?」
「バスケかバレーボールを入れるゴム製ネットか?」
 ぶっ。元バレー部らしい答えやなぁ。つーコトはまつながーもアレ知らんのやな。
「名前はきし○んパンツって言うんやけど、全然パンツに見えんから何に使うんやろなーってずっと気になって……」
 最後まで言い終わる前にまつながーが顔を真っ赤にして、また俺の頭を思いっきり叩いてきた。えーっ。何でー?
 そのまままつながーは猫みたいに俺の襟首を掴んで持ち上げると細い路地に入って行った。アパートならともかく、こんなトコでそれはやめれやーっ。
 周囲に人影が無いコトを確認すると、まつながーは俺の両肩にしっかり手を置いてメチャ怖い笑顔で俺を見た。
「いいか。ヒロ、街中の往来で2度とそれを口にするなよ。相手が俺以外ならどこでも駄目だ。分かったな」
 あ。まつながー、俺の下手な説明でも何だか判ったんやな。説明聞くだけ聞いてずっこいやんか。
「何で?」
 俺がぶくっと顔を膨らませると、まつながーはメチャ大きな溜息をついて頭を抱えるとしゃがみこんだ。あれ? 何か様子が変やで。俺もまつながーの前にしゃがんでみた。
「まつながー、もしかして食べ過ぎか人混みで気持ち悪くなったん?」
「…………」
 全然聞こえん。気分悪いならどっかで休んだ方がええな。俺が立ち上がろうとすると、まつながーが俯いたまま俺の手をしっかり掴んでまた座らせた。よっぽど気分が悪いんやろか。
「あのな、ヒロ。それは多分一生ヒロには縁が無いモンだから忘れろ。というか頼むから忘れてくれ」
「へ?」
 まつながーには判るけど、俺には一生縁が無いモンって何? えーっと、まつながーのこの反応って前にも見たコトあるような……あっ。
「もしかして凄いえっちな関係なん?」
 小声で聞いてみると俺から視線を逸らしたまま、まつながーは何度も無言で頷いた。……うーん。どすけべのまつながーがここまで嫌がるってコトはそうとうなモンなんやな。知らんモンは一応知っておきたいけど、マニアックなえっち関係なら興味無いからええか。
「まつながー、堪忍な。2度と言わんからそないに怒らんといて」
「本当だな?」
「うん。変なえっち関係やったら判らんままでええ。多分教えて貰ろうても覚えとれんやろし」
 俺がそう答えると、まつながーはもう1回大きな溜息をついて、俺の手を引いて立ち上がると額を押さえてボソリと言った。
「ならいい。あー。脳みそクラッシュ喰らって、ヒットポイントが残り1しかねぇ」
 ……どういう意味やねん。ともかく俺がアホなコト言ったせいでまつながーが凄く疲れたってコトはホンマらしい。開けたトコにでも行って気分転換した方がええかな。

「まつながー、せっかく大須に来たんやから観音様にお参りしてこ」
「観音様?」
 歩きながらまつながーが俺に聞き返してくる。
「さっきここは門前町やって言ったやろ。アーケードの先に観音様が有るん」
「何の観音様なんだ?」
「知らん」
「お前なぁ……」
「ええやん。あれだけ沢山居る神様や仏様の名前全部覚えとらんでも困らんやろ」
「そりゃそうだな」
 俺があっさり答えるとまつながーも納得したと頷いた。
 アーケードを抜けると開けた場所に出て、観音様や仏様の名前が書いてある白くて長い旗が何本もなびいてるのが見えた。
「へぇー」
 まつながーは込み入ったトコからいきなり開放的なトコに出て、少しだけ感心したみたいな声を上げた。
 石段の上には観音様が祀ってある赤い大きなお堂が見える。広場みたいなトコでは夏休みに入っとるからか数人の親子連れや、小学生くらいの孫を連れたお婆さんが一緒に鳩に豆をあげていた。
 時代の流れで商店街の店は大分変わってるけど、観音様だけは俺がガキの頃と変わらずでんとこの街中に立っとる。伊勢と違って名古屋ってホンマ不思議なトコやなぁと俺は思う。
 2人で観音様に手を合わせて拝む。金色の飾りの向こう側に立観音像が見える。まつながーは熱田さんでもこういうのを想像しとったんやろな。
 お堂の前には大きな香炉に線香が立ててあって、参拝した人が煙を身体に掛けていた。俺も身長伸びる祈願でもしとこかなぁ。
「あの煙を悪いトコにあびせると治るんやて」
「へー、へー、へー」
 俺が説明するとまつながーが変な声を出した。あっ。嫌な予感。

「ぎゃーっ! 何すんねん」
 まつながーは両手で俺の頭を抱え込むと強引に煙の中に突っ込んだ。やめれーっ。メチャ煙くて息ができんやろが。俺を薫製にする気か。両手で必死に香炉の端に掴まって堪えとるけど、やっぱし力じゃまつながーには勝てん。
「ヒロは馬鹿が治る様にその脳天気頭を観音様に何とかして貰え。しっかり煙あびとけよ」
 これって絶対さっきの仕返しやな。俺がむせ始めるとまつながーが手を緩めて、俺の襟首を掴んで石段の端まで引きずっていった。はぁー、マジで窒息するかと思った。
 他の人らがビックリして俺らのコト見とる。ううっ。メチャ恥ずかしい。切れたまつながーって時場所おかまい無しになるから怖いよなぁ。
 あれ? と思って振り返ったら、まつながーは香炉に戻って真面目な顔で煙をあおいで自分の頭に掛けていた。さっきの悪趣味な冗談はともかく、まつながーも何か願掛けしてるんかもしれんな。

 俺の咳が治まったんで一緒に石段を下りる。携帯で時間を確認したら結構時間が経っとった。
「そろそろ伊勢に行こか」
「そうだな。名古屋で見たい物は一応見たし、ここから伊勢までかなり掛かるんだろ」
「うん。俺の家までやと1時間半ちょっとくらいかなぁ」
 あれ? 何やったっけ。名古屋に寄ったら絶対まつながーを連れて行きたいて思ってたトコが有った気が……あ。あそこや。
 うがーっ! 俺の馬鹿。名古屋に来ておいてあそこに行かんでどうないするん。あれを見たくて友達に付き合って名古屋に来てたちゅーのに。
 もう1度携帯を出して時間を見る。うん。多分まだ大丈夫なハズや。
「まつながー、どうしても行きたいトコ有るんやけどええ? 今日ははかなり歩き回っとるけど疲れてへん?」
「ああ、大丈夫だ」
 頷いてくれたまつながーの手を引いて、俺は北に向かって急いで歩き出した。


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