5.

「ふぁああ。眠てぇ」
 晴天の朝日が目にしみる。バイトのシフト時間をうっかり夜間にしたままにしといたのは失敗だった。せめて昨夜だけでも昼から夕方にしとけばゆっくり寝られたのに。
「まつながーが混雑避けに始発の新幹線に乗るって言うから、こないに早うアパート出るコトになったんやん。とにかく早く駅行こ。電車は無理やけど新幹線に乗って運が良ければ1時間くらいは寝られるハズやから」
 ヒロは朝っぱらから元気一杯だ。こいつも昨夜は遅くまでバイトだったのに、結構体力有るんだな。エアコン様様短時間爆睡型の勝利だな。
「2人共寝て名古屋駅を乗り過ごしたらどうする気だよ」
「そこは先に寝たもん勝ちでええんやない。寝られんかった方が、責任持って相手を起こすってコトで」
「ひでールールだな」
 俺が呆れた様に言うと、ヒロが当然という顔をして見返してきた。
「そういうモンとちゃうの。アラームセットしといたらうっかり両方寝てしもうても起きれるし。それに……」
「それに何だ?」
「まつながー、忘れてへん? 自由席やから座れる保証なんてどこにも無いんやで。運が良かったらって言うてるやん」
「あっ」
 完全に忘れていた。盆休みほどじゃなくても、夏休みに入ったら予約を取りそびれ組が集中するに決まっている。
「もし1時間半立つコトになっても、名古屋駅に着いたらどこかで休めばええし。まぁ、何とかなるやろ」
「ヒロは楽天的だな」
「計画どおりにコトが進むほど、夏休みの席取合戦が甘くないって知っとるだけやて」
 ごもっともだな。時計を見ると5時ちょっと過ぎていた。新幹線が6時始発だから早く並ばないと到底席は取れねーな。ちっ。時間がねぇか。
「んじゃ走るぞ」
「わっ。待ってって。こっちは荷物多いんやから少しは加減してー」
 俺が先に走り出すとヒロがでかいショルダーバッグを抱えて慌てて走り始めた。たった3日分、何を入れたらそんな大荷物になるんだ。
「そんなに荷物抱えて来る方が悪い。着替えなら宅配便で先に家に送っておけよ」
「こっちにも都合ってモンが有るんやって」
 最近、ヒロが言い返してくる事が多くなった気がする。元々受け身がちだから良い傾向だ。何か学部で有ったのかもしれないが、噂は聞かないしヒロも何も言わないんだよな。

 駅まで走って1本早い電車に乗れたから、何とか始発新幹線の2人分座席を確保できた。盆の家族連れが居ない分マシだったみたいだな。窓際の席でヒロが携帯の電源を入れてアラームをセットしている。7時半過ぎには名古屋に着くと車内アナウンスで言っていた。
「続き席を取れて良かったなぁ。かなり早く着くコトやし、まつながーさえ良かったら、名古屋も少し見物していく?」
 ヒロが俺の顔を覗き込んで聞いてくる。名古屋、名古屋。えーっと、中日ドラゴンズとグランパス8と金シャチが乗っている名古屋城くらいしかぱっと頭に浮かばない。
 あ、歴史の大舞台じゃないか。織田信長に豊臣秀吉、徳川家康……も名古屋だったか? 京都と同じくらいNHKの大河ドラマで出てくるが、俺は歴史は苦手なんだよな。
「金シャチとかいうのを見てみたい。後はヒロに任せる」
「名古屋城やな。分かったー。お伊勢さん行くんやから、熱田さんにも行ってみよか」
「熱田さん?」
「うん。三種の神器の剣が納めてあるトコ」
「あ、草薙の剣の事か。スサノオが八岐大蛇から取りだし、ヤマトタケルが妖怪退治に使った剣を祭っている神社が名古屋に有るのか。神話の世界だな」
「元は神話かもしれんけど、ちゃんとそこに有るんやで」
 俺の呟きにヒロが真面目な顔で返してきた。ああ、そうか。ヒロは伊勢出身だからごく自然に神様が居た世界を認められるんだな。コンピュータのプログラムを専攻しながら、神話の世界も信じられるのか。つくづく不思議な奴だ。
 ヒロはショルダーバッグを開けて、お茶のペットボトルと干し納豆の大袋を取りだして俺に放った。
 おい。まさかと思うが、俺の為にこれを入れてたから荷物が大きくなったのか? 俺の考えを先読みするようにヒロが釘を刺してくる。
「先に言っとくけどまつながーの為に持ってきたんやないで。俺が納豆切れしたまつながーの相手するんが嫌やっただけなんやから。ほな、先に寝るから後は頼むでー」
 べっと舌を出してヒロは俺に背を向けた。あっ、ずるいっての。先に寝た者勝ちの約束だったろ。そう思っていたらヒロは俺に自分の携帯も放ってきた。そういえばさっきアラームセットをしていたな。食ったら安心して寝ろって事か。
 干し納豆を1口摘んだらヒロの背中が小刻みに揺れていた。狸寝入りかよ。全くこいつには敵わないな。


6.

 聞き慣れた大きなアラーム音にびっくりして目を覚したら、耳に俺の携帯が強引に引っ掛けてあった。まつながーもムチャするなぁ。まぁ、先に携帯を押し付けた俺が悪いんやけど。
 アラームを切って携帯をポケットに入れると、まだ寝ているまつながーの膝の上にある干し納豆の残りをショルダーバッグに回収して、飲みかけのペットボトルはウエストバッグに入れた。
 それにしてもよう寝とるなぁ。朝も大あくびしとったし、昨夜のバイトがきつかったんかも。
 予定どおりなら名古屋まで後8分弱。可哀相やけどそろそろまつながーを起こさないとアカン。
「まつながー、起きて」
 軽く肩をゆするとゆっくりまつながーは目を開けた。
「もう着いたのか?」
「後5、6分やないかな。そろそろ起こした方がええと思ったん」
 「そうか」と言いながらまつながーは両手を思いっきり上げて伸びをした。俺はゆったりと寝られたけど、まつながーは肩幅が広いし背も高いからかちょっと狭かったっぽい。足の長さの差やとは思いたくないなぁ。
「おい。ゴミはどうした?」
 あ、納豆の小袋が無くなっとるコトに気付いたんやな。
「要らないスーパーの小袋に入れてあるから心配せんでええて。降りる時に出口で捨てとくなぁ」
 俺が白いビニール袋を見せたら、速攻でまつながーに取り上げられた。そんな「自分のコトは自分でやるから手を出すな」って顔せんでもええやん。いつも気が付いた方がやるやろ。
 あれ? 今のまつながーは微妙に機嫌が悪いっぽい。もしかして余計なコトやったん? 俺の疑問に気付いたんかまつながーが苦笑してぽんぽんて頭を撫でてきた。なんかまた子供扱いされとるみたいやなぁ。
「ヒロ、朝から俺に気を使いすぎだ。俺を客扱いしないっていったのはヒロだったろ。お互い気疲れするから止めてくれよ。普段どおりでいこうぜ」
 あ、そういう意味か。自分ではいつもどおりのつもりやったけど、無意識の内にまつながーのコト家に来てくれるお客さんて思ってたのかもしれん。そうなら俺が逆の立場でも嫌やもんな。
 もうすぐ名古屋駅に着くって車内アナウンスが流れた。俺は小さいウエストバッグを腰に付けると、ショルダーバッグを肩に掛ける。まつながーはスポーツリュックを持って先に席を立つと、ドア横のゴミ箱に袋を放り込んだ。

 ホームに降りると一気に大きな喧噪が耳に入る。西を見るとよくわからんゴチャゴチャしたビルが有って、東側を見るとセントラルタワーの背面が、いくつも並んどるホームの向こう側に見える。あー、この感じ名古屋やなぁ。
 俺が周囲を見とったらまつながーから頭を突つかれた。
「何?」
「ヒロが先に行って案内してくれないと、俺はどうして良いか全然判らないんだぞ。高校の修学旅行でも名古屋は新幹線で素通りだったんだから」
 まつながーの顔からすると「本気で困った」半分、「責任取れ。この野郎」半分って感じっぽい。俺がのんびりしとるのを怒ってるんやなくて良かった。
「堪忍なぁ。ほな改札出て近くの喫茶店に入ろか。眠気覚ましにコーヒー飲みたいし、朝ご飯がメチャ早かったから、動く前にチョット腹ごしらえもしたいんやけどええ?」
 俺がそう言ったらまつながーが不思議そうに聞き返してきた。
「それはかまわないが、朝から喫茶店で腹ごしらえ?」
「うん。行こ」
 まつながー、きっと驚くやろうな。今から顔を見るのが楽しみや。俺が階段を下り始めるとまつながーも隣に並んできた。

 自動改札を通ってとりあえず先に邪魔な荷物をコインロッカーに入れる。私鉄に乗り換えやから後で戻るコトになるけどええやろ。まつながーはリュックごとロッカーに放りこんだ。
 まつながーらしいなぁ。財布とハンカチ、携帯以外は持ち歩かん気やな。
 身軽になって地下鉄駅方面に向かう。まだ8時前やからか会社員の人らが大勢足早に歩いていく。俺らは特別急いでへんから中央を避けるコトにした。通勤の邪魔したらアカンもんな。
 JRの出口から階段を下りて地下街に入った。すぐ目の前に地下鉄の入り口が有るからか、まつながーが視線だけで「直行か?」と聞いてくる。
 あ。まつながー、地元民ぶっとるんやな。何やっとんねん。ツッコミ入れる気にもならんから、軽く頭を横に振って地下街を進む。アホらしー。恰好つけとらんと口で直接聞けばええのに。
 ガラス越しに専業主婦っぽいおばちゃんの集団が多い喫茶店を選んで入る。多分デパート開店待ちなんやろうな。チョットやかましいやろうけど、こういうトコやったらゆっくりできるやろうし期待もできる。
 まつながーの顔を見たら「全部任せる」って感じやったんで(ホンマ意地っ張りやなぁ)、水とおしぼりを持ってきた店員さんに「アイスコーヒー2つ。モーニングで」と注文する。
「バターとジャムのどちらになさいますか?」
 店員さんが聞いてきたから速攻で答える。
「バターで」
「ドレッシングはフレンチと和風のどちらになさいますか?」
「和風で」
 「承知いたしました」とメモを取って店員さんは厨房に入っていった。
 ぶはっ。まつながーが露骨に「何だそりゃ?」って顔しとる。驚くのはこれからやで。わはは。楽しみやなぁ。
 5分も経たん内に俺らのテーブルにトレーが2つ運ばれる。この早さも名古屋流よな。トースト焼く以外は事前に準備してあるからほとんど待たされん。
 「ごゆっくり」と営業スマイルを見せる店員さんに俺も笑顔を返す。まつながーはテーブルを見て完全に固まっとった。やったで。モロに決まったな。思わず心の中でガッツポーズや。
 アイスコーヒーにシロップとミルクを入れてストローでかき混ぜる。ここの店はトーストは4分の1切りを更に縦に切ってバターがしっかり塗られとる。小倉アン付きじゃなくて良かった。朝からアレ見せたら辛党のまつながーに殴られそうやもん。
 皿の上にはミニサイズのクロワッサンとロールパンも有った。小さなバターとナイフが添えてある。うーん、これやったらジャムでも良かったかも。お約束のゆで卵とミニサラダがそれぞれ別の器に入れてある。丁寧なトコやなぁ。
 俺がトーストにかぶりつくと、まつながーもショックから立ち直ってコーヒーを飲み始めた。
「なぁ、ヒロ」
「何?」
「これ幾らだ?」
 俺にしか聞こえんくらいの小声でまつながーが聞いてくる。喫茶店で高いモン食うくらいなら、コンビニかファーストフードの方が良かったって顔や。そろそろネタバレ時やな。俺もまつながーにしか聞こえん程度の小声で説明した。
「350円」
「は?」
「ほやから350円。メニュー表にちゃんと書いてあるやろ」
 まつながーは信じられんて顔でテーブルに置いてあるメニュー表を見た。噂には聞いとったけど、関東の人って名古屋のモーニング見るとホンマにビックリするんやな。反応がメチャおもろいで。
 パン食べ放題とかバイキングになってたり、ケーキまで出るトコも有るんやけどあえてソコは避けておいた。絶対店満席状態やもん。俺かてモーニング食べるのに待つのは嫌や。

「あ、帽子が無い」
 俺の後ろの席に座っとったおばちゃん達の1人が大きな声を上げた。
「おみゃーさん、たーけた事言っとりゃーすな。きっとバッグの中にたたんで入れてるんだがねー」
「あたしもそう思っとったがね。でも今見たら無いんだがー。さっき寄ったトイレの洗面台に忘れてきたかもしれんで取りにいかんとほかられてまうがねー」
「行ってこやー。今ならまだそのまま置いてあるかもしれんがねー」
「1人で戻るのは恥ずかしいで嫌だがね。一緒に行こまいてー」
「モーニング来たばっかりだかね。とーれー事言っとらんで、あたしらがここで待ってるから急いで行ってこやー」
「本当だがね。ここの店の人にも悪いですぐに取りに行ってきやーせ」
「そんならたいぎーけど行ってくるわ。ちょこっと待っとってちょーせ」
 おばちゃんの1人が小走りで店を出て行った。地下街の店はほとんどトイレ無しやもんな。すぐに見つかるとええけど。
 おっ。おばちゃんらナイスタイミングやで。まつながーがトーストくわえたまま目を大きく見開いて微動だにせん。モーニングセットとおばちゃんパワー炸裂名古屋弁のダブルパンチ喰らったんやもんな。
 あの口調を綺麗なお姉さんらの口から聞いてたら、まつながーはもっとショック受けてたで。
 大声で笑いたいトコやけどここは我慢や。でもだんだん指先が震えてくる。止まれ。俺の指。まつながーに笑ってるコト気付かれるやんか。
 3分くらいしたらおばちゃんが「有ったがねー」と言いながら戻ってきた。この間、まつながーは全然動けんかった。おばちゃん達の元気のええ会話が再開されると、さすがにまつながーも耳が慣れたんかロールパンにも手を付けた。顔はずっと強張ったままやけど。

 喫茶店を出てすぐに俺が「腹ごしらえも終わったし、そろそろ熱田さんに行こか」と聞くと、まつながーは苦笑しながら頷いた。
 どうやら方言と食文化の壁に完全玉砕したみたいやな。こんなモンまだ序の口やっていうのに気合い足りんで。そういやまつながーて、基本的に標準語使うんよな。茨城って方言無いんやろか。
 地下鉄の券売機で地下鉄1日乗車券を2枚買う。名古屋駅と熱田さんや名古屋城を往復するんならこの方が割安やろ。他にも行きたいトコできるかもしれんもんな。


7.

 モーニングセットにはマジで驚いた。以前どこかで聞いたはずだったんだが、話を聞くのと現物を目の前にするのとでは大きな差があるんだな。
 大声で話すおばさん達のリアル名古屋弁もかなりインパクトが有った。学部に愛知出身のヤツも居るんだが名古屋弁はほとんど使わない。地域や年齢差で言葉が違うのかもしれない。
 俺の顔を見ながらずっとヒロがにやにや笑ってやがるから、テーブル越しに足を蹴ってやろうかと思ったが、結構美味かったし、350円であれだけ食えたんだから良しとする(でも覚えてろよ)。
 ヒロから渡されたカードを駅の自動改札に通して階段を更に降りる。駅に着いてから全然地上に出ていない。名古屋は地下に色々な物があるみたいだな。
 俺達がホームに立つとすぐに電車が来たからヒロの後に続いて乗る。平日の9時前なのに社会人が多くてかなり混んでいるな。
「まつながー、ここで降りるでー」
「うおっ」
 乗ったと思ったらたった5分でもう降りるのか。先に言えっての。電車を降りてヒロの後を追いながらまた階段を下りると、別のホームが有った。名古屋の地下鉄も結構ややこしい構造だな。
 くそっ。ヒロの頭に目印を付けるか、背中にリール付き紐を付けてやりたい。人混みではぐれちまいそうだ。ヒロのヤツ、自分が小さいって自覚がねーな。
 さっきの仕返しに猫みたいに首根っこでも掴んでやろうか。

 なんて冗談を考えている余裕が無くなったのは、電車がホームに着いてドアが開くと同時に、電車に乗る集団と降りる集団と待ち組が凄い勢いで動き出して、人混みに圧されて流されかけたヒロと完全にはぐれちまいそうになったからだ。綺麗に並んでいるくせになんてパワーだ。
 ヒロも地元民じゃ無いからか「わわわ」とか情け無い声を上げている。このお子ちゃまめ。後で文句言うなよ。手を伸ばしてヒロの肩を掴んで俺の方に引き寄せる。躓いて転び掛けたヒロの両脇に手を入れて持ち上げた。動きようが無いから取り合えず壁際まで行って緊急避難しとこう。
 ヒロを降ろすと両手でガードして流れていく人混みをやり過ごした。えーっと。何か変な恰好になったけど仕方ねーよな。
「び……ビックリしたなぁ。あのまま出口まで一緒に連れて行かれるかと思ったー」
 ほっとしたのかヒロがボソッと溜息と同時にもらす。あ、と気付いたって顔をして俺の顔を見上げてくる。
「まつながー、助けてくれておおきにー。それと堪忍な。この駅は大きな地下街やデパート街に繋がっとるからこの時間でもメチャ混むって忘れとったん」
 それで社会人が多いのか。一般企業なら遅刻する時間だ。電車が発車するとあっという間に乗り待ちの人の列だけになっていった。
 それにしてもヒロは筋肉はそれなりについてるのに細くて軽い。前に俺が片手で持ち上げられたんだから解っちゃいたが、これじゃ人混みで当たり負けしても仕方がない。
 このまま混雑が過ぎるまで壁際に立ってるのも嫌だな。地下じゃ携帯が使える不安だし、はぐれ防止にヒロのシャツのどこかを掴まえておくか。
 俺の視線に気付いたヒロが見当違いな事を言ってくる。
「あ、さっきの電車な。やりすごして正解やったん。乗りたい電車は次のやから今の内に列に並んどこ」
「分かった。……って、ちょっと待て。ヒロ、お前どこ掴んでる?」
「まつながーのベルト」
 当然って顔をして答えるな。道案内のくせに俺の背後に回ったと思ったら何しやがる。恥ずかしいからTシャツの中に手を入れるなって。このまま俺を盾にする気かよ。
 並びながらヒロの手を外して俺の前に立たせる。とにかく俺の視界内に居ろよ。ウエストバッグの調整紐をしっかり掴んで、不満そうな顔をするヒロの頭を前に向けさせた。
「なんか犬みたいで嫌や」
「電車から降りて外に出るまで我慢しろって。このままでいるか、俺と手を繋ぐか、俺に肩を抱かれる。好きなのを選べ。こんな場所ではぐれるのは俺はごめんだぞ」
 ヒロが嫌なモンを想像したらしくてブルッと震えた。「うげっ」と言った後、小さな声で「このままでええ」と妥協してきた。その気持ちは凄く解るぞ。俺だって言ってみただけで、んな事するのは嫌だ。
 電車の扉が開くと同時に凄い勢いで人が出てきたけど、乗る方は全員が降りるのを待ってから整然と乗り込んでいく。マナーが良いな。さっきはたまたまホームに出た時に電車が来たから運が悪かったんだな。
「まつながー、7個目の駅の伝馬町駅で降りるで。1個前に神宮西駅が有るけど間違えて降りんといてな」
 ヒロが俺を振り返って声を掛けてくる。
「心配しなくてもヒロが動かなければ俺も動かないって」
「助けて貰っておいてこんなコト言っちゃアカンけど、……また手荷物扱いで運ばれたら嫌やなぁって思ったん」
「ぶっ。……笑って悪い。分かった」
 どうやらヒロはさっきの駅で小さな子供みたいにリフトされたのが余程恥ずかしかったらしい。俺だってしたくてやったんじゃ無いっての。
 伝馬町っと。車内電光掲示板で路線と現在位置が解るのか。便利だな。さっきの駅から乗ると途中から2方向に分岐している。あちこちの駅で路線がクロスしている。どうりで階段が多いはずだ。乗る前に路線図を見ておけば良かった。
 「次で降りるで」とヒロの声が耳の下から聞こえてくるからまた笑いそうになっちまった。ここで笑ったらいくらヒロでも怒るな。
 駅から地上に出て始めに目に入ったのが、やたらと車線が多くて広い道路だった。こんな所に本当に有名な三種の神器が有る大きい神社が有るのか?


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