ベートーヴェン : ヴァイオリン協奏曲ニ長調 CDレビュー 目次




               T.  1940-1969年録音 (7種)
                  ♪シゲティ♪メニューイン♪ミルシテイン♪ハイフェッツ♪オイストラフ♪
                  ♪シュナイダーハーン♪シェリング♪

               U.  1970-1989年録音 (15種)
                  ♪シェリング♪バレンボイム♪グリュミオー♪スターン♪クレーメル♪
                  ♪ズーカーマン♪キョン・ファ・チョン♪ムター♪パールマン♪コーガン♪
                  ♪クレーメル♪パールマン♪ミンツ♪ツィンマーマン♪キョン・ファ・チョン♪

               V.  1990-2000年録音 (12種)
                  ♪シトコヴェツキー♪ズーカーマン♪アッカルド♪ケネディ♪
                  ♪クレーメル♪ムストネン♪リッチ♪ハーン♪ローザンド♪ムター♪
                  ♪ムローヴァ♪ヴェンゲーロフ♪

イェフディ・メニューイン(Vn) フルトヴェングラー指揮
                         My best choice 〜 メニューイン


I.ベートーヴェン作曲ヴァイオリン協奏曲 CD聴き較べ
 この曲は数多あるヴァイオリン協奏曲中最高の傑作であり、最も演奏の困難な作品であると筆者は確信しています。ソロの譜面を見る限り、音を取ることにおいては技術的に決して困難な曲ではないのですが、ベートーヴェンが記したシンプルな音符から人の心を揺さぶる音楽を紡ぎ出すことがいかに至難極まることであるか、CDを聴くことで古今の名手たちが悪戦苦闘しているさまに接するとそれはとてもよくわかります。筆者はたまたまアマチュア・オーケストラの中でこの曲を演奏する機会に恵まれ、5ケ月間の練習を経てステージでソリストの伴奏をつとめたのですが、この曲の大変さを身をもって体験しかつ不甲斐ない自らの演奏に恥じ入た次第です。

 CDを通じてヴァイオリンの名手や優れたオーケストラの演奏に接すると、成る程こうすればより輝きのある創造力に満ちた演奏ができるのか、と膝を叩きたくなることしきりですが、わかってできることとわかってもできないことはあるとはいえ、こうした体験を積み重ねることで僅かながらでも前進ができると信じたいものです。


U.総括
 最高の演奏はメニューインとフルトヴェングラー! 昔LPで一番よく聴いた演奏に戻ってしまいました。LPからCDに変わる頃から古い録音の演奏を敬遠するようになり、いい演奏であるこはわかっていても長い間手にしなかったものです。次点はパールマン、ズーカーマン、クレーメル。ほとんどのヴァイオリン曲をこの3人の奏者で聴いてきたということが、筆者の理想像をある方向に形成してしまったのかもしれません。結局、筆者の個人的な嗜好ということで片付けられてしまいそうですが、上記の4人共全く異なるスタイルの持ち主であることは重要なポイントで、このベートーヴェンの協奏曲が様々な解釈を受け容れ、どの方向からアプローチをかけても登頂の暁には必ず見事な絶景を楽しませてくれるということが言えるのだと思います。

 さらには、キョン・ファ・チョン、初めてステージで聴いた印象に抵抗があったためにその後変貌した彼女に目を向けなかったのですが、今回半信半疑手に取ったCD。ローザンドのCDは偶然入手した掘り出し物。昨今のクラシック界の低迷ぶりは優れた奏者のマイナーレーベル志向を助長していますが、リスナーのガイド役としての音楽評論家の役目は一層重要になることでしょう。メジャーレーベルのアーティストの演奏であれば張られたレッテル通りに定まった評価に沿った評論を書けばよかったのですから・・。
 

V.未聴のCD
 ジョシュア・ベル。2005年に来日し、オルフェウス室内管弦楽団とこの曲を演奏したコンサートをBS放送で観ました。指揮者なしでの演奏には多少のぎこちなさがあり、また演奏スタイルにも若干の迷いが感じられたため、その前にノリントンの指揮による、ヴァイオリン演奏に集中したCDを聴いてみたいところです。

 ギル・シャハム、恋愛物の映画に出てくるモテナイけれどお人よしの主人公を連想させるマスクのシャハム。ヴァイオリニストらしい楽天的なスタイルをデビュー以来堅持(本当は悩んでいるかも?)している数少ない名手。シャハムも最近はマイナー・レーベルで新録音を出しています。

 ヨゼフ・シゲティ。1932年にワルターの指揮で録音したNAXOS盤。1947年SONY盤の白熱した演奏を久しぶりに聴いて感動を新たにした後だけに、是非ともさらに15年若いシゲティを聴いてみたい・・・。私事で恐縮ですが、筆者がヴァイオリンのレッスンに通っていたある年、念願のベートーヴェンの協奏曲が課題曲になり、International社の譜面(フランチェスカッティ校訂)を買ってくるように先生に言われながら、店の棚にそれがあったにもかかわらずシゲティ校訂の譜面を買ってレッスンに臨んだことがあります。怒られるかとおそるおそる差し出した譜面を手にした先生は、シゲティの記したボーイングやフィンガリングをしばらく見つめ「これは面白い、これでいこう!」と破顔一笑されたことを昨日のことのように鮮明に記憶しています。


W.古楽器について
 TVで人気を誇る大河ドラマやチャンバラなどの時代劇、これらドラマの思想・精神はあくまで現代の基準から作成されています。人間愛、恋人たちの愛、夫婦の愛などが常に主人公たちを動機づけているからお茶の間の人々は画面に涙するのです。国民的長寿番組であった「水戸黄門」や「大岡越前守」、「銭形平次」などは歴史学上立証されているその時代の思想・精神を動機にしてはいません。時代劇や歴史ドラマは歴史学ではありません。それらは現代の人々の心を掴むために必要なテーマを現代の人々の間から持ってきて、そこに歴史的事実を随所にちりばめることで立派な番組として完成されるのです。

 古楽器による演奏もこの時代劇と相い通じるものを感じます。歴史学の研究と同様、音楽において時代考証による演奏様式の探求とその実践は大いに結構なことだと思います。対象となる作品が優れていればなおさらです。しかし、音楽を聴くのは現代に生きる我々であり、かつらをかぶり、馬車で移動し、教会や貴族の館で音楽を聴く18〜19世紀の上流階級ではないことも忘れてはなりません。いかに我々が感動するかが大事であり、「歴史的に正しくはこうあるべき」として理論武装することは、ひとつの演奏スタイルとして存在していいことはあっても、従来の演奏様式を否定したり対立することは決していいことではないと思います。理論武装すればするほど矛盾が次から次へと顕われるものですし・・・。
                                2006年2月現在

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