再びオーケストラ放浪の旅〜9番再演

 
 同じ年の2007年、大学の同学年の仲間がOBオケに入団したという知らせがあって聴きに行ったラフマニノフの交響曲第2番の演奏会のパンフレットに挟まれたチラシに目が釘付けなったのを昨日のように覚えています。そのチラシはロシア音楽を専門に演奏するオーケストラを立ち上げるというもので、メインはチャイコフスキーの交響曲第4番で(これはどうでもいいのでしたが)、中プロがグリエール作曲の『コロラトゥーラ・ソプラノと管弦楽のための協奏曲』という私の大好きな曲だったのです。現在は押しも押されもせぬ大歌手になったアンナ・ネトレプコが若き頃、ワレリー・ゲルギエフの指揮の下で歌っているのを聴いて以来愛聴している曲なのでした。これが演奏できるならと何も考えずに応募したのですが、このことはその後の私の活動にとって大きな転機となりました。このグリエールの解説文にご興味のある方はこちらをどうぞ。

 現在もこのオケに在籍していてはや14年目を迎えていますが、ここで弾くメンバーはいずれもあちこちのトップクラスのオーケストラで活躍している猛者ばかりで私に様々な情報をもたらしてくれました。

 話は飛びますが、私は高校生の時からストラヴィンスキーのバレエ音楽『春の祭典』が大好きで望みは全くないながら密かに演奏することを夢見ていました。大学の時に早稲田大学のオケが山岡重信の指揮でこの曲を演奏すると知って驚愕したことを覚えています(確かヨーロッパ演奏旅行でも演奏した)。自分が所属する大学オケの代表として一升瓶を2本陣中見舞いとして東京文化会館に届けに行ったのですが、その演奏を聴いたときの感動は今でもまざまざと憶えています。大学オケでこの曲を演奏するなんてそんなこと可能なのか、この変拍子の連続にどうしたらついていけるのか、こんな数の打楽器をどうやって集めるのか、「あー、この曲を弾けたら!」なんて考えつつ、指揮者の真下に座ってその靴の底に指揮台と同じ色の赤い生地が貼ってあるのを見ながら聴いていました。

 その『春の祭典』を某大学のOBオケが演奏するという話をロシア・オーケストラのメンバーから聞きつけ、なんとか頼み込んでそのOBオケに卒業生でもないのに団員にさせてもらいました。初めての変拍子に面食らいながらもこの曲の初演時の大スキャンダルを想像しつつ楽しく演奏することができました(2008年)。その10年後、ロシア・オーケストラでも『春の祭典』の演奏ができたのは私にとって無上の喜びとなりました。

 このオーケストラとマーラーとの関係に戻りましょう。なんとこの大学の現役のオーケストラは驚いたことに毎年年末か年始にマーラーの9番を演奏しているのでした。当世の若者はなんと凄いのか・・・。このOBオケからも参加できると知って矢も楯もたまらず弾かせてもらいました(2008年と2009年)。ほぼ30年ぶりの9番!30年前はセカンド・ヴァイオリンで、この時は2回ともファースト・ヴァイオリンでした。


 30年前に弾いたときスコアを買うお金がなく、オケの2人のメンバーからフィルハーモニア社のスコアを1冊ずつ借りて4ページをB4サイズ1枚の紙にコピーして半分に切って製本したのでしたが、それがまた役に立ち感無量でした。

 この演奏会の本番は大学の構内にあるロマネスク様式の講堂で行なわれました。国の登録有形文化財としても知られている由緒ある建物です。古い建築物ということでなんと、演奏が始まると空調が止められてしまうのです(凄い音がするから当然なのですが)。演奏会は暮れも押し迫った真冬だったため、お客さんは皆コートを着たまま座って聴いています。演奏する側は普通のスーツを着ているものの、マーラーの難しいパッセージと格闘しているせいか寒さは感じませんでした。しかし終楽章も終わりに近づいていくと音楽は静かになり、体は次第に寒さを感じるようになります。確か背中のすぐ後ろは狭い廊下でホール内との仕切りは膝位までのカーテンしかなく、その廊下と外を隔てる壁に嵌っている窓のガラスは薄っぺらだったな、と思うと急に背中がぞくぞくしてきました。なお悪いことに、あと数小節で終わるという時に寒さでG線がビヨンと緩んでしまい、ピアニッシモで静かに音楽が進行している時にペグを回すこともできず最後までエアで弾いたフリをしていました。こんなこともまたいい思い出とでも言いましょうか、記憶に残る演奏会となりました。それにしても現役生達の上手なこと、感心することしきりでした。またこの30年間で、マーラーの交響曲の中でとりわけこの9番が日本のアマチュア・オーケストラのレパートリーの中に浸透し、定着してきたのだと肌で感じることができた演奏会でした。


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