グリエールは、ドイツ人の父とポーランド人を母の次男としてウクライナのキエフに生まれます。生後まもなくプロテスタントの教会で洗礼を受け Reinhold
Ernst Glier とされますが、25歳頃にスペルと発音を変え Gliere とします(このアクセン・テギュ:4番目のeの上に ` )の存在などが、後の解説書などに「ベルギー系ユダヤ人」という誤った記述を生み出すことになります。)。
父エルンスト・モーリッツは楽器職人(主に管楽器)で、自分の師匠の娘ジョゼフィーネ・コルシャークを妻とします。そのためいつも家庭には音楽が溢れていて、ここで育ったグリエールは幼くしてホルン、トランペット、フルート、クラリネットなどを操り、ヴァイオリンのレッスンも受けます。両親は息子に医者やエンジニアになることを望みましたが、階級や民族的制約によりそれはかないませんでした。ヴァイオリンの演奏で神童と目されるほどの腕前を上げたグリエールはハイスクールと音楽学校の両方に通い、音楽理論や作曲をR=コルサコフの弟子E.
A. Rybに師事し、15歳にして最初の作曲を行ないます。19歳でモスクワ音楽院に入学、ヴァイオリンをフリマリー、和声をアレンスキー、対位法をタネーエフに、作曲をイッポリトフ=イワノフに師事します(今でもヴァイオリン弾きにとってフリマリーの音階教則本は避けて通れない教材です。また、グリエールが入学した12年前にはこのフリマリーのヴァイオリン、タネーエフのピアノ、フィッツハーゲンのチェロによって、チャイコフスキーのピアノ・トリオ『偉大なる芸術家の思い出』が初演されています。)。1900年には、作曲で金賞を受賞し卒業します。この頃までには、すでにオペラ、弦楽四重奏曲、八重奏曲、交響曲第1番などを作曲しています。
参考文献:
“Soviet Composers and the Development of Soviet Music” by Stanley D. Krebs, published by George Allen and Unwin LTD, London, in 1970.
“Composers Gallery - Biographical sketches of contemporary composers” by Donald Brook, published by Rockliff, Salisbury Square, London, in 1946.
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