縮刷版97年2月中旬号


【2月20日】 テレビ朝日の「やじウマワイド」でトウ小平が死去したことを初めて知る。冒頭で「マオが死んだ」と書かかれた小説があったなー、なんだったのかなーと考えるが、今はちょっと思い出せない。でもまー、すくなくとも「トウが死んだ」とゆー書き出しでは、「マオ」よりはカッコ良い小説には絶対にならないね。

 ネットにアクセスしていろいろな電子新聞をのぞいて見ると、画面には今こーして書かれているよーな「トウ小平」とゆー固有名詞が踊っていた。登におおざとの「トウ」の字が、どんなワープロにも存在していないことは承知していたが、パブリックな電子新聞の画面にカタカナと感じが混じった「トウ小平」の固有名詞が踊るのは、ちょっぴりマヌケな気がする。日本の漢字さえどんどんと切り捨てていっている観のあるパソコン文字の世界で、中国の漢字まですべてフォローするのは無理とゆーもの。かといってすべてカタカナにしたり、アルファベットで綴るのはしゃくに触る。有名な漢字とかは利用できるよーにならんものかなー。

 「トウ小平」の語録で1番有名なのが「白い猫でも黒い猫でも鼠を捕る猫が良い猫だ」とゆー、通称「白猫黒猫論」。今回の死去の差異にも、あちこちの新聞、そこいらじゅうのテレビが「白猫、黒猫」を連発していたが、実は「トウ小平」は「黄色い猫でも、黒い猫でも」と言ったのに、人口を膾炙するうちに、よりわかりやすく「白猫、黒猫」になったのだとゆー。(矢吹晋著「トウ小平」講談社新書より)。へへん、みーんな間違ってやがら、などと思って見ていたら、何とテレビ東京だけは、ちゃんと正しく「黄色い猫でも黒い猫でも」と語録を引用していた。「開運なんでも鑑定団」に「エヴァ」に「ナデシコ」と、お気に入りの番組を多数放映しているテレビ東京が、これで一段とすきになった。チュッ。

 本屋では井上夢人さんの新作長編「メドゥサ、鏡をごらん」(双葉社、1800円)を買ったり、西炯子さんの「三番町萩原屋の美人」(新書館、520円)の第8巻を買ったり。井上さんの新作はミステリーとゆーよりはサイコスリラーやホラーに近い印象で、謎解きを期待して読んで肩すかしをくらわされた。しかし面白い。謎を散りばめ読者をおびき寄せ、次々とページをめくらせる腕前は「エヴァ」にも共通するエンターテインメントの要素。ラストで突き放さるところまで共通しているのは参るが、あくまでも上っ面をなでただけだから、嘗めるように深読みしていけば、あるいは真相をつかめるかもしれない。

 西炯子さんの方は若い(若すぎる?)美人のカナメちゃんが出てきて、もーそれだけでグッドグッド。激烈な性格は「ローズメリーホテル空き室あり」の小鳩ちゃんにも似ているが、顔はこっちの方が断然良いね。8巻まで単行本を重ねてくれば、もう少しメジャーになって、ドラマ化なんて話が持ち上がっても悪くはないのに、哀しいかな切ないかな、新書館とゆーマイナー(小学館や集英社や白泉社や講談社に比べて、ってことだからご容赦)な出版社故に、いまだ注目されずにいる。もし仮に万が一、「三番町」がドラマ化されたとしたら、老けないご隠居は誰が良いかなー、カナメちゃんは誰がやってくれるかなー。


【2月19日】 「マックワールド・エキスポ/トーキョー」が幕張メッセで開幕、例年だったらエライ人たちがすまして行うテープカットを見にいくのだが、午前中に会社で仕上げなければいけない仕事がたっぷりあって、初日は見物をあきらめる。後で聞くと8時半くらいからたくさんの人が並んでいて、10時の開場時間には数千人(ホントか?)が列をなしていたとか。大赤字を出しているとはいえ、あれでマッキントッシュは毎年結構な数を売っているから、当然マックユーザーも毎年着実に増えている。そんな人たちが巡礼に向かう場所が、年に1度の聖なるイベント「マックワールド・エキスポ/トーキョー」だから、混雑も当然なのかもしれない。しかしホントかねー?

 会社に行って原稿をしこしこ。昨日取材に行ったエディット90とゆー会社が、以前発表したコミックスのオンライン販売のほかに、アニメや漫画関連グッズの通販を始めるとゆー話をしたり顔してでっち上げる。もしかしたら他の新聞に載ってたかもしれないが、背に腹は代えられず、無い袖は触れないのだ。わはははは。あー、完全に開き直ってるねー。しかしアニメグッズの通販ってのは、きっと誰もが興味あると思うよ。

 名古屋にいたころは、いりなかの三洋堂にあった「アニメック」に通っていたし、東京に来てからは、池袋の「アニメイト」をはじめ、たくさんある専門店でグッズ漁りをしているが、これが地方だったら、どこにも売っていなかったし、だいいち情報が集まらなかった。インターネットだったら、どこでもいつでも情報にアクセスできて、購入も出来る。問題があるとすれば、どれだけ品物を揃えられるかってとこで、その当たり業界に縦横なツテを持つエディット90の社長の人に、是非とも頑張って頂きたい。

 恵比寿のクラブだかライブハイスに行って、ソニー・ミュージックエンタテインメントの発表会をのぞく。今世紀中はきっと発売されないと、多くの人々に確信めいて語られていた幻のソフト「クーロンズ・ゲート」が、いよいよ月末に発売されることになって、その最終ミーティングが開かれた。煙でかすんだ暗い会場内には、お立ち台ならぬ1段下がったフロアの中央に、モニターがギシャギシャと飾られたオブジェが置かれていて、その周囲を、4人ほどのチャイナドレスの美人が取り囲んでいた。

 本当だったら、モニターに展開される「クーロンズ・ゲート」の妖しげな世界に目を向けなくてはいけないのだが、どーしてもスリットが深々とはいって真っ白な足がチラチラとのぞく、チャイナドレス美人の方に目が行ってしまう。赤と緑と黄色と青のチャイナドレスの美人では、個人的には青のチャイナのお姉さんが好み。でも堂々とカメラを向けるにはウブすぎて、2度3度を前を横切って流し目をスリットと胸と顔に向けることしか出来なかった。あー、純情って損だなー。

 肝心の「クーロンズ・ゲート」はなかなかの出来。何度も書いているよーに、ヒロインの小黒(シャオヘイ)ちゃんは藤崎詩織よりも伊達杏子よりもローラよりも好み。ゲームの中でどんな動きを見せてくれるのかは解らないが、開発者曰く「最後の方に行くに従ってどんどんと綺麗になっていく」(つまり最初は技術が追いつかなかったってこと)そーで、そこまで言うなら見てやってもいーかなと思う。肝心のプレイステーションが品切れ状態なのが最大の問題。仕方がないから、土産にもらった紹興老酒でもかっくらうか。


【2月18日】 河井真也さん関連続き。「映画監督はそれこそ素人でもいいけど、プロデューサーは素人じゃあダメ」ってコメントが妙に耳に残った。もちろん、ここでいう素人の監督とは、職業的な映画監督じゃなかったり、まだ実績がない人だったりしても、素晴らしい映像を撮ったり、素晴らしい作品を撮ったりできる可能性を持っている人ということ。もしかしたら凄い映画を作るかもしれないから、プロデューサーはそうした人にチャンスを与えて、うまくすれば「プロ」にすることができる。

 けれどもプロデューサーが素人だったりしたら、映画は資金面、内容面、興行面などもろもろある要素のどこかで、あるいはすべてで破綻する可能性がある。そういった可能性を1つ1つ潰していき、映画を成功へと導くのは、時には果断を下して監督の首を飛ばしたり、尺を大幅にカットするくらいのことすら厭わない、プロのプロデューサーということになる。つまりは監督の言いなりになっていてはダメってことですね。かといってアメリカのよーに、プロデューサーが全権を持って映画のすべてに口を出すのが良いこととは、決して思っていないよーで、その当たり監督の作家性を維持しながら興行的にも成果を出さなくてはならない、日本のプロデューサーは相当にツラいといえる。

 さて「新世紀エヴァンゲリオン」の場合は、監督の作家性とプロデューサー(製作委員会に当たるのかな)の商業性がぶつかりあった果てに、とりあえず妥協点を見い出した。その意味でプロデューサー側は最善を尽くしたと言えるけど、だからといって全面的に肯定するつもりは毛頭ない。日曜日にはイベントがあるみたいだけど、続編製作の報道を受けて、ファンはどんな心境でイベントに集まるのだろーか。まー、イベントに集まるファンてのは、きっと許しちゃうんだろーね。「エヴァ」がたくさん見られるんだったら。

 本郷にあるエディット90とゆー会社に行って、社長の人に話を聞く。「攻殻機動隊」のプロモーションを担当していたことで、名前を知った会社だけど、何でも4月からはインターネット上にコミック本の大データベースを作って、ユーザーに自由に検索してもらえるよーにするらしい。注文も可能で、頼んだ本はトーハンを通して書店経由で自宅に送り届けてもらえる。近くに本屋がたくさんある今のよーな環境では、あまり重宝しない仕組みだけど、田舎にいたころ、漫画を探して自転車で30分離れた本屋に通った経験に照らせば、それなりに使える仕組みだと思う。

 アニメや映画やグッズといったメディアミックスの情報も満載するから、本の書誌を見たり関連情報を見ているだけでも相当楽しいかも。海外からの問い合わせも増えるかもしれないと、会社の社長さんは話していて、そーなると海外からはるばる日本に来て、どっさりとコミックを買い付けて持って帰って売ってる人は、ちょっとばかり商圏を脅かされることになるね。しかしエディット90、「ウルフガイ」のポスターは貼ってあるわ、アニメのビデオはごろごろしてるわで、ファンにとっては何とも羨ましい職場環境。今の会社じゃーポスター貼る場所なんてないし、マスコットなんて置いてた日にゃあ、ヘンタイさん扱いされてしまうからなー。

 本屋をうろうろ。北村薫さんの「秋の花」(創元推理文庫)は、前にハードカバーで読んでいたので、文庫は買ってすぐに読めしまった。あとは草思社から出た「女盗賊プーラン上・下」を購入。インドの女盗賊、プーラン・デヴィの自伝(口伝を作家が起こしたもの)で、コシマキの文字や解説なんかを読む限りでは、相当に面白そうな予感がしてる。終末のお楽しみ、かな。明日から「マックワールド・エキスポ/トーキョー」なのでもー寝よう。


【2月17日】 仕事の続きで岩井俊二監督の今度は「フライド・ドラゴン・フィッシュ」を見る。50分の掌編で、実に2時間半もあった「スワロウテイル」ほどのダイナミックなドラマは演じられていないけれど、吉本美代子の突き抜けた演技と、今は無精ひげのおっさん顔になってしまった浅野忠信が、まだ鬱屈した少年っぽかった時代の抑制された(とゆーかそれ以上を表現しようがなかった)演技の対比が面白く、それに岩井俊二独特の細かなカット割りに、ぐるぐる回るカメラワークが加わって、短いながらに緊張感のある画面に仕上がっていた。

 音楽もまた画面にピッタリ。ラスト付近、どこかで聞いた記憶のあるイントロが流れ始め、エンディングのロールが始まった頃に歌が入って、あーチャラだ、そーだチャラだと思い出した。50分しかない割には、それぞれの役柄とか背景とかがそこはかとなく解って来るのも脚本の妙。リアリティーという点では「スワロウテイル」ともどもアヤシイところがたくさんあるが、それはまー「映画」と納得して見ているから、さして気にはかからない。

 そんなこんなで岩井映画を2本見て、ポニーキャニオンの有名人、というよりはフジサンケイグループきっての映画プロデューサーともいえる河井真也さんに会いに、入船のポニーキャニオンまで出向く。手がけた映画は数知れず、そのうちのほとんどがヒット作と言われる河合さんが、岩井俊二から持ち込まれた最初の企画とゆーのがかの「スワロウテイル」。けれども実現には岩井監督のネームバリューの低さと内容の過激さが災いして、長く留め置かれたままとなっていたらしい。

 「ラブレター」のヒットで岩井監督の知名度が上がり、小林武史とゆー当代随一の音楽家を得て、いよいよ動き出した「スワロウテイル」は、2時間半とゆー映画館泣かせの時間ながらも、若者から眼の肥えたエキスパートまでを巻き込み、スマッシュヒットを記録した。それでも河合さんの眼から見れば、一部のフリークしか動員できない、極めて限定されたマーケットにしか受けない映画なのだという。というより、そうした映画を作ることが今という時代に合っているのだという。

 100万、CDが売れれば音楽業界では大成功の部類に入る。しかしその100万枚売ったアーティストを、今は大人の誰もが知っているという時代ではない。映画もしかり。100万人動員した映画であり、商売として成功した映画であっても、誰もが知ってる「国民的映画」とはなり得ないし、なる必要もない。細分化されたニーズ、細分化された世代のある程度限定された層へと送り込み、1部周縁を取り込みながら利益を得る。岩井映画はそんな状況にうってつけのコンテンツだったとゆーことらしい。

 「南極物語」や「私をスキーに連れてって」などの作品で、膨大なメディアミックスを駆使して、映画を大成功へと導いてきた河合さんも、そうした手法がすべてにおいて通用する時代ではなくなっていることを認識している。そして実績の上に安穏と構えることをしない。長くギョーカイ人をやっていらえるのも、こーした機を見るに敏な勘の良さ、時代を先読みする眼の確かさ、なのではないだろーか。とか。

 別口でフォーカスシステムズとゆー会社に行く。真面目な官公庁向けソフト開発を手がけている会社だけど、何故かCD−ROMづくりに熱心で、今月後半にはなんとアイドル育成プロジェクトと銘打った「デビュタント」を立ちあげる。サン・ミュージックの若手芸人、じゃなかった若手アイドル予備群の情報を、CD−ROMとCD−EXTRAに収録して見てもらい、そこからインターネットにアクセスして好きな娘に投票してもらうって仕組みの企画で、人気の高い娘からデビューすることができる。

 ユーザーは自分のイチ押しを応援する楽しみがあるけれど、CD−ROMやCD−EXTRAに載っているアイドル予備群にとっては、「まな板の上の鯉」状態で、デビューできるか貧乏農場へ行くかを、デイリーにウオッチしていくことになるから、これほどシビアな企画はあるまい。デビューした歌手だったら、自分でCDを買い込んでランキングを稼ぐとゆー手があるが、この企画では、自分でタイトルを買い込んで、インターネットで投票するとゆーは、出費が嵩んで大変だろーね。

 ならばと、ショップでタイトルを買った人の後をつけ、自宅の玄関に上がり込み、ブラの肩紐をずらしながら「私に投票してね」と媚態で迫るアイドル予備群がいたら、きっと投票しちゃうだろーな。で、ここに1枚サンプルがある。投票希望のアイドルは、現在ただ今家庭訪問を受け付けているから、すぐに連絡したまい。肩紐はいーから、靴下脱いでくれるだけで投票しちゃうぞ。


【2月16日】 仕事の用事で岩井俊二監督の「スワロウテイル」を見る。ポニーキャニオンから借りたサンプル版のビデオは画像が粗く、音も時々とぎれるよーな気がするが、それが荒くて退廃的で猥雑な「円都」の風景に妙に合っていて、もしかしたらサンプル版故の画質の粗さなどではなく、はじめからこんな色と画質で撮っていたのかもしれないと思う。映画館で見ていないからなんともいえない。

 なぜ、あれだけのヒット映画を見なかったかと言われれば、グループでこんなことを言うのもなんだけど、フジテレビが絡んでいる映画をあまり信用していないかったからで、「南極物語」のようにファミリー受けするだけだったり、有名芸能人大量出演でミーハー受けするだけだったりと、そんな先入観がフジテレビ製作の映画にあって、どうも見る前から敬遠している節があった。「パラサイトイブ」も確かフジテレビ絡みで、おまけに角川映画とあっては、やっぱり見たくないなって、そんな気になりませんか、古手の映画ファンの方。

 けれども岩井監督だけは、雑誌なんかの記事で評判になっているのはもしかしたら実力じゃないかと、そんな感じを抱いていたのも事実。というのも、「GADGET」で知られるCD−ROM会社、シナジー幾何学の粟田政憲代表取締役が、ちょうど去年の今頃だったか、岩井監督の当時の最新作だった「ラブレター」を「あの映画は凄い」と絶賛していたからで、1年経って「スワロウテイル」が大ヒットして老若男女の映画人からも評価を受けていたのを見るにつて、もしかしたらとゆー気がさらに増大していた。でも映画館には行かなかったんだけどね。

 実際に見た感触はやはりマル。それも花マル、二重マル。日本語と英語と中国語をちゃんぽんで喋る人がたくさん出てくる前半部分は、無国籍感がぶわーっと出ていて、トレンディードラマの対局を行っているようで面白い。後半、日本に流れ込んで来た中国人たちの争いが、ストーリーの前面に出てくるにしたがって、最初の頃の無国籍感がどんどんと薄れていく気がしたけど、全編を日本語英語中国語のちゃんぽんでやられると、多分肩が凝ってしょうがなかっただろーから、あるいは岩井監督、その当たりを考えて後半を普通のドラマにしたのかもしれない。単に息切れしただけかもしれないけど。

 午後から会社に行って仕事。といっても日曜出勤でゲラを見るだけだから特段やることがないので、「フランダースの犬」のCD−ROMタイトルに関する記事を書いて時間をつぶす。動作環境の項目に、OSとかプロセッサとかの種類に加えて「ハンカチ」と書いてあるのがご愛敬。でも映画版とそれからテレビシリーズ版のラストシーンとかを入れてあるとゆーから、鑑賞には本当にハンカチが必要かも。特に涙腺が緩くなって来たと感じている30代のおっさんは。ってオレのこと。だな。

 カバーガールを「ラフィール」に代える。前の「リツコ」さんは11月の下旬に制作したから、かれこれ2カ月半も使っていたことになるかな。代えたのは別に「エヴァ」の劇場版分割公開に抗議したからって訳じゃなく、描きかけだった「ラフィール」がよーやく仕上がったから。下手な絵のくせに「完成」もへったくれもないかとお怒りの方々、マウスとインチキなペイントソフトだけでは、これが精いっぱいなのです。どーかお許しを。


【2月15日】 マイナーで貧乏な新聞社には連絡が来なくて知らなかったが、なんでも「新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生」に関する緊急会見が開かれて、本来は50分の予定だった「リバース」部分、つまりは24話までの総集編ともいえる「デス」の部分じゃない、純粋な続編部分は、春の公開では30分弱しか公開されないことになった。残りは夏までに作り、今回の「リバース」と足して、新たに「リバース2」と銘打って公開することになるという。

 イメージが膨らんで、尺が会わなくなったと言い訳しているようだが、ようするに3月の公開には、制作が間に合わなかったということだ。すべてが解決すると期待して、映画の前売りを買った人は、あえて厳しい言葉を使えば、製作者たちに「詐欺」にあったと言える。おまけに「音だけアニメ」にも「プロデューサーと監督が出てきて土下座」にもせずに、総集編プラス夏の完全版の予告編に過ぎない作品を、いけしゃあしゃあと上映するという。「泥棒に追い銭」状態だ。

 クリエーターが最良の作品を目指して頑張るのは良いことだし、無理して辻褄をあわせた中途半端な作品なんか見たくない。その意味で夏の映画には大いに期待する。だが、お金を払って見せるのが、総集編プラス夏の映画の予告編と決まった以上、それを挙行する東映や角川書店といった製作者側は、何らかのペナルティを負うべきであろう。

 未使用のチケットは、夏の公開時でも使えるようにするというが、たとえ未完成な作品であっても、ファンはきっと3月の公開時に劇場へ足を伸ばすだろう。そして未完成な作品を楽しむだろう。ファンが自分で選ぶことだから、未完成な作品でもきっとりとお金を取るのは当然、見たくない人は夏にスキップしろと、そう製作者側は思っているかもしれない。しかし未完成な作品をかけておいて、きっちりお金をとれる神経が解らない。彼らは恥じていないのか。未完成品を見せておいて金を取ることを、物作りに携わる者として恥ずかしいとは思わないのか。

 新聞は11版から15版(朝刊について)へと版を変えながら、新しいニュースを入れ、間違いを直していく。15版を完成品とすれば、11版は未完成品であり、遠隔地の人は未完成品を読まされていると言える。その意味で新聞も、同じ責めを負うべき存在だろう。だが新聞には速報という義務があり、また締め切りとう制限がある。最初から完成品を作れず、恥ずかしいという思いを抱きつつも、より新しい、より正確なニュースを制限時間の中で作ろうともがいている。読者のために。

 「新世紀エヴァンゲリオン」の未完成品が3月に公開される意味はなんだろうか。少しでも情報を待ちわびるファン(新聞でいう読者)のため? なるほどファンとしては未完成でも新しい情報が欲しい、11版の新聞でも読みたいと思う。だが日刊ではなく、朝までに配達しなければならない義務を負う新聞ほどには、映画は締め切りに厳密ではない。無理に間に合わせるのはファンのためというよりも、劇場のスケジュールに穴を開けられないという、製作者側の都合によるものではないか。それを解ってファンは夏まで待つ。そして春も見るのだ。製作者側は許されたと思うな。夏には期待以上の作品を見せろ。そして同じ手は2度とは使えないことを肝に命じよ。

 なーんちゃって、ちょい真面目なことを考えたせいか、頭のネジがぶち飛んだ。クールダウンのために紺野キタさんとゆー人の「ひみつの階段1」(偕成社ファンタジーコミックス)を買って読む。女子校やその女子寮を舞台に起こる不思議で謎めいたエピソードを綴った連作短編集だけど、読みが同じ「怪談」めいたこわさは微塵もなく、ほの暖かくて楽しげな女学生たちの日常が、巧みに描写されていて、読んでいてとても気持ちが良い。あまりメジャーでは聞かない名前だけに、どんな絵を描くのかビニールカバーを破るまで心配だったけど、思いのほか上手くて女の子も可愛く、世の中にはまだまだいろんな漫画家さんがいることを思い知らされた。「2」が出るのはいつのことになるのやら。でもファンだから待つよ。完成品を。


【2月14日】 とっかかって2週間は経つのに、いっこうにページが進まなかったグレッグ・ベアの「女王天使」(ハヤカワ文庫SF)がようやく手に付き始める。国内の長編は割と一気読みが多いのに、海外の長編は最初の100ページを越えるまでがしんどくて、キャラクターやらシチュエーションやらを頭にたたき込んだり刷り込んだりしよーと頑張っても、なかなかすんなりとは入ってこない。集中力が切れているからなのか、単につまらないからなのか解らないが、それでも100ページを越え200ページを越えると、なんとなくエンジンがかかって来て、あとは一気に最後まで、となるから、単に集中力の問題かもしれない。

 あと、面白そーな本に浮気してしまうってのも、読みかけの本が溜まって行く大きな原因の1つで、今日も2時から小学館で開かれる発表会を前に、神田神保町をうろつくうちに、ついつい何冊も本を買い込んでしまった。1冊は偶然にも同じ「天使」の文字が付いた「逃走天使」(大栄出版)。ブルース・クレバンとゆー人が書いた「ジェネレーションXのロードノベル」とかゆー触れ込みだけど、実のところは何がなんだか解らない。が、とにかく面白そーなので、とりあえずゲットして家で寝かすことにする。翻訳者の浜野アキオさんとゆー人は、経歴が1961年生まれの京大文学部卒となっていたから、大森望さんと世代的に近いかも。

 ほかには田中圭一さんとゆー漫画家の「ドクター秩父山だっ!!」(ぶんか社)を購入。昔むかし、同じタイトルの本を見たことがあって、もしかしたらリバイバルかと思って読んだら、全部新作だった。前はヘンタイたちでいっぱいの病院に、カエルとかムカデとかの患者がうろつくヘンな漫画だったけど、「平成の秩父山」は「イカしてソーロウ」なんてタイトルの雑誌に掲載されているだけあって、実にまーなんとゆーか、エロスに満ちた漫画になってしまっていた。面白いことは面白いんだけど。

 でも純真無垢な自分には解らないギャグも多くって、例えば開けばギョーザ、伸ばせばベーコン、膨らませばパラシュートにもなる部位についての話なんて、ぜんぜんまったくほとんど少しも理解できなかった。なんて。そもそも2月14日に夜の9時まで会社で仕事して、帰ってもインターネットで遊んでる人間が、実物を見て確かめることなんで出来やしないじゃないか。自分のじゃー絶対に確かめられないし。

 とまれ、これ以上やりすぎると下品になるので話題を変えて、2時から小学館へCD−ROM版「大辞泉」の発表を聞きに行く。インターメディア部次長の鈴木雄介さんが登壇して、新しいCD−ROMのデモンストレーションを展開。2面のスクリーンの片方に某社の電子辞書、もう片方に「大辞泉」を映し出して、動きのある表現は「大辞泉」の方が得意だとか、画数の多い字は「大辞泉」の方がくっきり細かく解るとかいった特徴を、比較しながら話してくれた。電子辞書なのにタテ書きってのも嬉しい機能。そんな新しい技術や発想がぎっしりつまった商品だけに、わざわざプレスや販売店を集めて発表会を開くことにしたのだろー。でも今はウィンドウズ版しかないので買わない。

 中座して松竹へ。試写室でアニメ「フランダースの犬」を見て泣く。おーいおいおい。1975年にフジテレビで放映されたアニメをリメイクした作品。キャラクターとかがまったく一緒だったため、一部を作り直したのかと思っていたら、実は全部描き直したとか。「感動のラストシーン100選」とかいった番組で必ず選ばれる、ルーベンスの絵の前で起こる悲しみのシーンも、もちろんちゃんと再現されていて、おじいさんとの別離の場面とかでさんざん緩まされた涙腺が、そこで一気にはじけ飛ぶことになる。

 実際に試写の時でも、必ず幾人かは泣いて出てくるとか。3月15日公開は某話題沸騰アニメといっしょだけど、見る層は確実に違う(どっちも見に行く人っているのかな。いたらちょっと恐いな、ってオレはどーなんだ)から、松竹でもとりあえずは安心してるみたい。シネコンみたいなところで、子供と女房を「フランダースの犬」にたたき込んで、お父さん(30代前半、ガンダム世代のアニメファン)は「エヴァ」を見る。ロビーに出てきたお母さんは目が真っ赤、子供はすやすや、お父さんは・・・・真っ白か?


【2月13日】 「本の雑誌」3月号を買う。特集では「この10年のSFはみんなクズだ!」と題して、高橋良平さんと鏡明さんの対談を載せているが、具体的な作品名をあげて、だからこのSFはクズで、だからこのSFはクズじゃないんだとゆーことをしておらず、見出しの迫力の割には、全体に真面目とゆーか淡々とした対談になってしまっている。今週日曜日の日経が文化面で特集していたから、きっとすっげー論争の火種になっていると期待していたのに、これじゃーかつてのSFマガジン匿名座談会のよーな、SF内外を巻き込んでの大論争なんて期待できないね。

 もっとも大論争をする意味がないほどに、SFとゆージャンルがメディアや文壇や知識人たちから軽く見られてしまっているのかもしれず、あえて問題を提起した「本の雑誌」の英断と、その問題提起を報道してくれた日経には、SFファンとして深く感謝する。こーなれば奇をてらって、SF関係者一同集めて、護国寺桂昌殿とか青山葬儀場とかで「SFのお葬式」でも開いて、夜通しどんちゃん騒ぎでもしたら、おもしろがって取りあげるメディアが出るかもしれないよ。もっとも論争であろーとどんちゃん騒ぎであろーと、しがない工業新聞では取りあげることなんて不可能だから、せめてもの1助になればと、ここに「本の雑誌」で問題提起があったことを記す。

 欲を言えば、かつてSFを支えた星新一、小松左京、筒井康隆の御三家や平井和正、半村良、眉村卓、光瀬龍らが現状についてどう思っていて、これからどうしたいのかを伝えて欲しかった。御三家で今なお活動が活発なのは筒井さんだけ。星さんはショート・ショートの世界に読者を誘う役割を、膨大な著作によって今も果たしてくれているからいーけれど、小松さんの場合は著作もほとんど絶版になってしまっているし、新作もついぞ出ない。ジャストシステムの選集は高いしねー。

 小松さんの沈黙は、かつて小松さんにSFのスケールの大きさと面白さを教えられた身として、残念に思うし哀しくも思う。”梅原克文が「虚無回廊」続編執筆か”なんて話も出るほどに、小松さんの著作再会にかける期待は大きく、SFを再興するにしろ、あるいはSFに引導を渡すにしろ、SFを育て支えた人として、何か発言して欲しい。それにしても小松さん、「SFへの遺言状」とかゆー本が出るって話もあったよーだけど、いったいいつ出るんだろー。

 午後から青山にあるミュージック・シーオー・ジェーピーとゆー会社の発表会に出る。「music.co.jp」とゆードメイン名をそのまま会社名にしただけあって、音楽等のデジタルコンテンツをインターネットを使って配信するのが主な事業内容。会社設立は去年末に発表済みで、今日は四月下旬から本格的な有料サービスを始める旨の報告が中心だった。見るとメニューには、ライブとか教則データの配信とかカラオケとかゲームミュージックの音源配信とかいった具合に、インターネットならではのコンテンツが多く、既成のパッケージメディアにはないサービスを目指したいとゆー、運営者側の意図が伝わって来るサービス内容になっている。

 アーティストへの使用料の分配なんかは、コンピューターがどれだけ見られた、聞かれたかをしっかり把握しているため、公明正大に行えるってのがここの特色。JASRACがマルチメディアについてしっかりとした見解を示していないとゆー状況で、やや見切り発車かとゆー意見もあるよーだけど、JASRACに、とゆーより権利者にお金を支払わないと言っているのではないし、JASRACと調整も続けていくとか。

 それに、インディーズ系のオンライン専用レーベルなんかを発信していく関係上、JASRACに登録していない音楽も結構ある。mcjではそーした音楽の権利者には、直接お金を払うとゆー。問題があるにしろないにしろ、アーティストにとってもリスナーにとってもより良い音楽環境が出てくるってことが1番大事なところで、mcjはそんな環境を作り出すことができるメディアだと、とりあえずは信じている。ここが流すアンビエントとかジャズとかいった音楽には全く興味がないんだけど。


【2月12日】 19日から開幕する「マックワールド・エキスポ/トーキョー」に、デジタローグとボイジャーと新潮社が共同ブースを出展するとゆーリリースが届く。NTTグループのユーカードとゆー、プリペイド方式のオンライン決済システムを提供している会社が共同ブース出展者に名前を連ねているのを見て、ボイジャーがインターネットを使って電子出版物のダウンロード販売を始めるとゆー話を創造する。

 といってもCD−ROMはデータがでかいから、ダウンロードできるのは「エキスパンドブック横丁」なんかに出展される自費出版タイトルが中心。昔はハイパークラフトなんかが熱心に扱っていたこの手のタイトルも、今では扱うところは少なく、流通部分がどーしてもネックになっていた。インターネットでダウンロード購入できるんなら、まー見てやってもいーかって気になるから、あるいはこれが正しい販売方法なのかもしれない。

   東京會舘でナムコと河原敏文率いるポリゴン・ピクチュアズ(スーパーハードでキメる「イワトビペンギン」を作った会社ね)とソニー・コンピュータエンタテインメントの3社共同記者発表会をのぞく。冒頭で一部の新聞に発表内容が先に出ていたことをしきりに謝っていて、ナムコの中村会長も、既報の発表だから五人くらいしか来ないかもしれないと心配していた旨発言したが、あにはからんや会場は満員の大盛況で、あらためてナムコとかSCEとかに対するマスコミ業界の関心の高さを見た。一部の新聞報道に先に出てしまったのは、記者クラブ問題と関わる部分だから口を濁す。ぐにょぐにょもごもご。

 会見はよーするに3社で映像制作スタジオの「ドリーム・ピクチュアズ・スタジオ」を設立するって内容で、99年の秋だか冬だかを目標に、とりあえずフルCGの映画を1本制作するらしー。会見では河原さん、ILMにもピクサーにも負けない作品を撮るんだと意気盛んなところを見せていて、今後作るフルCG映画にも実に6000万ドル、日本円で60億とか70億とかの大金をかけると断言した。

 目的意識を持って、この場合は世界に通用する映画作りってことだけど、大金を投ずるというのなら、それ自体はとても良いことと素直にエールを送る。けれどもまずはじめに「トイ・ストーリー」と同じだけのお金をかけるんだってゆーところに、みんなの目が行っているような気がして、ちょっと心配になる。40億円かけて大作を撮って潰れてしまった映画会社があったことを思い出せば、金をかければ良い映画が出来る訳じゃないってことはすぐ解る。CGもおんなじで、金をかけてすっげーCGを作っても、それだけじゃー映画にはなならい。映画にはシナリオも演出もキャラクターも必要だから。とゆーよりそっちがまずありき、だから。

 シナリオがあってキャラクターが出来て、それをどー演技させるかってところから、だったらこんな映像が欲しい、そのためにはCGが必要不可欠だってところに来るんだと思う。もちろんそのことを1番良く解っているのが、以前、リズム&ヒューズのジョン・ヒューズが来日した時に開いた講演会でコーディネーターを務め、その席上で「日本はテクノロジー・オリエンテッドの傾向がある」と言い切ったた河原さん自身だから、とりあえずは期待しておいていーんじゃないかなって、そー思うことにする。

 ギャガ・コミュニケーションズに行って「ねらわれた学園」を見る。パンフレットを読みながら、薬師丸ひろ子主演で大林宣彦監督で作られたのは、もう15年以上も前のことになるのかと、じじむさい感慨にとらわれるが、正直言ってあんまり好みの映画じゃなかったから、今回もはじめは期待していなかった。ところが上映が始まったとたん、こいつはすげーと引き込まれ、そのまま最後までかぶり付きで作品に見入ってしまった。

 ストーリー自体は、未来からの侵略者と闘ってこれを倒すとゆー「ターミネーター」的な予定調和の世界だから、ほめあげるつもりもないし、逆におとしめるともりもない。けれども清水厚監督の撮り上げた映像がすごい。実相寺昭雄さんに師事したとゆーだけあって、ともすれば冗漫になりがちな続く学園の光景、陳腐になりがちな闘いのシーンも、次にどんなカットが出てくるんだろー、どんなフレームワークを使うんだろーといった具合に、わくわくどきどきしながら、最後まで見通すことができた。

 例えば、校庭で村田和美演じる楠本和美と佐伯日菜子演じる高見沢みちるが対決するシーン。クローズアップで正面から寄ったカメラが顔の横を通り過ぎてしまい、そのままスクリーンの片側に貼り付いてアップになった村田なり高見沢が、カメラじゃなくてスクリーンの外側に目線をやって喋るシーンなんか、いかにも実相寺的とゆーか、とにかく普通じゃなかった。映画館でも見てみたい。作品とは直接関係ないが、女子高生のスカートがみんな長いのはなんでだろーか。やっぱり「風紀を乱してはいけない」からなのか。あと主人公が通っている飛鳥山学園高校には、SFの棚があって50音順に並べられていた。そんなにSF置いてる高校って実在するんだろーか。


【2月11日】 木場からバスに乗って東京都現代美術館へ。前に行ったのが確か「シンディ・シャーマン展」の時だったから、かれこれ3カ月だったか4カ月だったかぶりになる。暖かい日で結構な人手を予想したが、出し物が「ニューヨーク・スクール」と呼ばれる抽象表現主義の絵画とか、「ハイレッド・センター」でお馴染みの中西夏之さんの展覧会「白く、強い、目前、へ」だったから、家族連れも若い女性もほとんどぜんぜん見かけなかった。まあその分ゆっくりと静かに見られたからいいんだけどさ。うん。うーん。

 しかし「東京ミキサー計画」だとかで新橋駅前で騒いだり銀座を掃除したり帝国ホテルでオノ・ヨーコやナムジュン・パイクをフロに入れたりと、さんざん悪さをしてきた「ハイレッド・センター」の1員だったわりには、中西さんってしっかり「画家」だったんですね。いや、赤瀬川原平さんが画家じゃないって訳では決してないが、カンバスに絵の具で絵を描くってゆー、正統かつ真っ当な「画家」としてのプロセスを経た中西さんの作品を、初めてまとめてざっと見て、改めてその凄さに気が付いた。

 最新作として展示された「柔らかに、還元」が特に秀逸で、安かったら1枚買って帰りたい、高くても盗んで逃亡したい衝動にかられたが、それをやったら親が泣くので(親しか泣かない)、カタログを買って帰るだけにする。いつか巨大なホール付きの家を建てたら、絶対にそこに中西さんの絵を飾ってやる。いつかっていつだろーかは知らないけれど。

 バスを電車を乗り継いで神田神保町へ。本屋を漁るが新刊はなく、三省堂書店の1階ロビーで開催中の中古ビデオの即売会でアニメを漁る。「ダーティーペア」だとか「ファイブスター物語」だとか「魔界都市[新宿]」だとか「11人いる」だとかに混じって、「王立宇宙軍 オネアミスの翼」を発見。掘り起こして1480円(税別)を払って購入し、持ち帰って中を見る。だらだらとした登場人物たちのだらだらとした日常が、次第にしゃきしゃきしたものに代わっていく様に釘付けとなる。どこだか解らない国の不思議だけど懐かしい感じがする街並みにも感じ入る。

 ラスト10分の緊張感とラスト2分の安堵感は、毎回がクライマックスのテレビアニメでは、絶対に得ることのできないものだろう。バンダイ山科誠よく金出してこの映画を作った。それだけで後は会社を潰そうと売り払おうとオレが許す。「きけわだつみの声」は忘れてやる。

 それにしてもホント、遠くへ来ちまったもんだなー、GAINAXも。キャラクターグッズもゲームもトレーディングカードも一切無縁な映画だけど、とにかくそれを作りたい一心で立ち上げた会社が、今では作品のCD−ROMにスクリーンセーバーで大当たりを取っている。今度はウィンドウズ版ゲームだって? 確かに正しい姿勢だけど、集まったお金はゲームだけじゃなくって、「オネアミス」級のアニメ映画をせめてもう1本、作るお金につぎ込んで欲しいなー。ついでに山科さんにも、もうひと花あげて欲しいね。

 「機動戦艦ナデシコ」は久しぶり(ホントに久しぶり)に緊張感のある内容。っても「ナデシコ」だから、「こんなこともあろうかと」準備してあった秘密装備が出て来たり、艦長作詞作曲(だろーね)の釣りの歌が出て来たりと、リアルなお笑い路線は踏み外していない。ビデオの発売予告も入り始めて来たけれど、たぶん「エヴァ」ほどには売れないだろーなー。劇場版「エヴァ」のイメージソングもちょっとね。作品とかタイトルバックとかと直結しないうちは、主題歌ってなかなか買う気起きないんだよなー。

 しかしもう1年経ったかホームページ立ちあげてから。この間本はますます増えるし、髪はますます薄くなるし、会社はますます人が少なくなる。少なくなっても仕事は変わらず、むしろ倍くらいに増えている。どーにもならんのが宮仕えの辛さだけど、これから1年の間には何とかしたいねー、ってどーするの? まー髪よりゃ何とかなるか。


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