Last Updated 2018/4/21
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
こうの史代の漫画を片渕須直が監督した長編アニメーション映画『この世界の片隅に』が2016年11月12日に全国公開。観れば覚える圧倒的な感動を味わいに行けよ劇場へ。この辺りに個人的な感想が。
【4月21日】 ひゃっはあ。サッカーの女子日本代表が挑んでいたアジア杯の決勝が行われてオーストラリアを相手に1対0で勝利して見事優勝、それも連覇を果たした。リオデジャネイロ五輪への出場を逃してアジアにおける日本の女子サッカーの地位も低下の傾向にあると思われていたし、この何年かの戦いぶりもどこかアグレッシブさにかけるところがあった感じで、それはこのアジア杯に入っても続いていて明快な勝利といったものがなく、引き分けなんかの中からどうにか来年のワールドカップへの出場権を確保し、決勝トーナメントへとコマを進めたもののそこでやっぱり苦戦するんじゃないと思われていた。

 実際に戦いはギリギリでもあったりしたけれど、それでもちゃんと勝利を飾れたのは良い傾向。というか振り返ってみれば日本はずっとギリギリの戦いを続けていて、かろうじてワールドカップでも五輪でも出られるくらいのレベルだった。それがちょっと勘違いしていたところもあったのだろう、1回の五輪出場を逃してしまったことが落胆から崩壊につながる心配もあったけれど、それは前にシドニー五輪を逃した後に経験していること、今回は地域でのなでしこリーグでしっかり印象を植え付けつつ、皇后杯で盛り上げながら女子サッカーの底上げに努めてきた。海外で活躍する選手も出て来た中で早くから注目されながら、今ひとつも伸び悩んでいた岩渕真奈選手や横山久美選手が得点源としてブレイク。荒川理恵子選手なり大野忍選手永里優希選手に並ぶ存在感をこれで持ってくれたら鬼に金棒。期待してこれからの試合を眺めていこう。ところでワールドカップってどこでやるんだっけ。

 わたしがあなたに抱く「好き」という思いと、あなたがわたしに抱いているかもしれない「好き」という思いがまったく同じなんてことはない。わたしとあなたという違う人間が抱く感情は「好き」に限らずどんなものでも強さが違うし熱さも違うし、向いている方向、気持ちが及ぶ範囲だってまったく違う。そんな違う感情の中から重なる部分を見つけ出し、感じ合うことであなたとわたしは同じような立場の上に自分たちを置いて、同じような日々を送ることができる。

 それは人間という思いを抱き巡らせることができる生き物にとって当たり前の話なのに、なぜか物語の中に出てくる登場人物たちの思いを、読者なり視聴者なり鑑賞者はまるで同じもののように感じ取っては、重なり合って強くなったその思いが何かを成し遂げようとする様に強く感情を添えてしまう。友情・努力・勝利といった方程式の上で繰り広げられる物語が人気なのも、それぞれが違っている人たちが気持ちを寄せ合いひとつにまとめて同じ方向へと進む強さに惹かれるから。あるいは現実にはそうではないからこそ、現実ではない物語にこそひとつの重なり合ってズレのない感情を求めたがるのかもしれない。

 けれどもやっぱりひとりひとりの思いは違う。「好き」という感情もあなとわたしでは違うのだという”現実”を改めて示して突きつけようとする。山田尚子監督が「響け!ユーフォニアム」という武田綾乃の小説シリーズをひとつの原作に、同名のテレビアニメーションや総集編的な映画とはまた違った視点から描き出した長編アニメーション映画「リズと青い鳥」はそんな作品なのだと言える。

 メインとなるのは鎧塚みぞれというオーボエを吹く少女と、傘木希美というこちらはフルートを吹く少女。「響け!ユーフォニアム」のシリーズで舞台となっている北宇治高校吹奏楽部に所属して、3年生になっていてそれぞれが全日本吹奏楽コンクールをひとつの頂点にしたコンクールに向けて練習を始めている。映画では説明がないけれど、みぞれと希美は同じ中学校の吹奏楽部を経て北宇治高校へと入り、同じ吹奏楽部に入ったものの1年生の時にやる気がない先輩たちに嫌気を覚えた1年生が大量にやめる事態が起こり、希美はその1人として吹奏楽部を離れた。

 ずっと希美といっしょだった、そして「リズと青い鳥」にも描かれるように希美に誘われるような形で吹奏楽を始めたみぞれにとってそれは青天の霹靂で、なおかつ一言も相談がなかったことを悲しみ怒りすら覚えたのか、長く引きずって希美のことに触れるのを極端にいやがっていた。そんなエピソードはテレビシリーズで、2年生になっていた希美が復帰を願いながらも副部長の田中あすかがみぞれの調子が崩れることを恐れ、拒絶し近づけようとしなかった展開に描かれている。

 それでもやはり腕は良かったからか、希美は復帰を果たしてふたたびみぞれと一緒にフルートを吹き、みぞれも希美といっしょにオーボエを吹くことが嬉しかった。そして迎えた3年のコンクールで自由曲として与えられたのが「リズと青い鳥」という楽曲。とある童話を元にした音楽で、一人暮らしをする人間の少女リズが、ある日家の前に倒れているのを拾った青い服を着た少女とともに暮らし始めるものの、その”正体”に気づいてある決断をするといったストーリーに準じている。  そのリズと青い服の少女の関係に、みぞれと希美は自分達を重ね合わせる。自由に羽ばたける翼を持ちながらもリズのところに居続けたいと願う少女。その少女が気になりながらも自由を奪っている自分を責めているリズ。ともに抱いているお互いがお互いを「好き」だという感情の、純粋な美しさを感じさせつつだからこそ奪ってはいけないものがあるのだとも思い起こさせる。

 もっとも、リズと少女の関係とみぞれと希美の関係はまったく同じではない。当たり前だ。人間の感情は同じ「好き」でもまったく違うことがある。リズは少女が「好き」だから追い出す。少女はリズが「好き」だから飛び立つ。その「好き」に果たして違いはあるのだろうか。同じだけれどでも、結果として正反対の方向を向いて放たれただけではないか。

 みぞれと希美の「好き」はそれほど単純ではない。吹奏楽部に誘ってくれて、いっしょに演奏してくれて、自分を気にしてくれる希美をみぞれは「好き」だった。その全部が「好き」だったけれど、希美はどれくらいみぞれが「好き」だったのだろう。そこの判断がとても迷う部分だ。映画の中で希美はみぞれの音楽が「好き」だったことを打ち明ける。それはみぞれが希美に抱く「好き」な気持ちと比べて少し冷めてて小さく薄いようにも感じられる。

 同じ「好き」という言葉の上で共に努力し友情を育みながら勝利を目指す物語にはない、人間の世界ならではの感情のズレが、とてもよく表された場面だ。方や親愛でありこなた恋情とも取れそうな感情、方や救済でありこなた依存とも言えそうな関係が浮かび上がって、そこら生まれるもどかしい思いに観客は心をさいなまれ、2人の間を飛び交う針のようなものに突き刺されている痛みを覚える。そうしたすれ違いを含みながら、それでも重なる部分を探り合って近づきまったく同じではなくても、同じような方向を向いて歩み出す。そんな展開に良かったのだろうか、良かったのだろうといった葛藤の果ての諒解を得て、ホッと安心して劇場を後にできるだろう。

 国内国外含めても、孔子学院が具体的にスパイ行為を行ったとか破壊工作を行っていたといった話はまるで出ておらず、ただ右派の議員から聞かれFBI長官が調べるといった話しとかを材料に孔子学院はヤバいかもといった雰囲気を作りつつ日本にもこんなに孔子学院があるんだよといった印象操作を行った記事を掲載して、それを読んだ読者がそうか孔子学院ってヤバいんだと思ったという当初を乗せて孔子学院から中国への反感をあおるやり口がまた炸裂していてどうしたものか。どうしようもないのであるか。

 そりゃあ孔子学院だって別に新設で世界に設置している訳じゃなくソフトから中国への親近感なり理解なりを醸し出そうとしている機関なんだろうけれどそれを行ったら日本がリオにつくってロンドンとロサンゼルスにも開いたジャパンハウスがいったい何をどれだけやろうとしているかというと、予算が付かず中身も伴わないまま宙ぶらりんになっているという話。自分達のやる気のなさを棚に上げつつ他国の戦略を非難するというみっともなさに気づかないのに保守を名乗っている媒体っていったい何って話なのでありました。やれやれだ。


【4月20日】 テレビ朝日の記者が財務省の事務次官によってセクハラを浴びせられていたという例の問題で、テレビ朝日は報道局長が出て来て記者の上司が二次被害を懸念して報道させなかったといった話をしていて、その上司が結果として握りつぶしたような印象を世間は受けていたけれど、あの有名な東京新聞の記者がその上司は自分が尊敬する女性であるといった話をツイートで暴露していて、そうした女性は会社なり政権なりに潰されることを懸念して止めたといった話を書いていた。

 ここから浮かぶのは、会見したテレビ朝日は潰すだろうと思われた上であって、そこへの配慮から捧持させなかった上司に責任を押しつけているといった構図。それはそれでヤバい話だけれど、上は潰すと忖度なり類推してセクハラを捧持させず結果として女性記者を週刊新潮へと走らせた女性上司とやらも、問題においては潰すかもと思われた上なり政権なりへの配慮をしてしまったということ。たとえ意識は抵抗であっても、それを行動に移せないくらいに身をいわゆる政権の、そして会社のパワハラ体質に浸らせてしまっているとも言える訳で、問題の根深さといったものがここに垣間見える。

 それとも自分はセクハラを受けた部下の側にあって、上が突破できそうもないならと自分のところで止め起きつつ週刊新潮へと走らせ報じさせたのか。つまりはグル0プとしては女性上司側にあるといった解釈も可能だけれど、だったら今、矢面に立たされている女性記者と共同で声明を出すなりして自分は共に戦うことを誓いますと言わないと、すでに名前が取りざたされている女性記者はますます不利な場所へと追いやられてしまう。それともすでに会社は上から下まで反セクハラで固まって財務省とは戦うし政権とだって戦う覚悟を固めているのか。そうでなければ謝ったふり、そして責任を上司におしつけたふりをして女性記者だけが切られて終わりか、それも含めて曖昧な中に有耶無耶にされそう。どうなることやら。

 NTという言葉が「機動戦士ガンダム」に続けて出て来た時に、真っ先に浮かぶのは当然ながら「ニュータイプ」だろうけれども「機動戦士ガンダムUC」の「UC」がやっぱりガンダムでも重要な「宇宙世紀」の意味では使われていなかったように、その続編となる「機動戦士ガンダムNT」の「NT」は「ナラティブ」という意味を持った言葉だった。物語るとかいった意味合いの言葉だそうで、それを付けた「機動戦士ガンダムNT」ではニュータイプという概念についてより答えに近づくようなストーリーが語られることになるらしい。

 RX−72−2ガンダムに続いてユニコーンガンダムが建てられたお台場のダイバーシティ東京にあるガンダムベース東京で開かれたガンダムシリーズの新作発表会。いつも原稿を寄せている媒体から行ってと頼まれて、この日は日本SF大賞の贈賞式があってこれまではプレスとしてもぐりこんでいたけれど、日本SF作家クラブの会員になれたことで招待状が頂けて、はれて表玄関から堂々と入れることになっていたのを諦めざるを得なかった。まあガンダムだからしゃあなしといえばしゃあなしで、実際に発表になった「機動戦士ガンダムNT」も「UC」の続きだったからシャアなしの話で、うまく落ちたとはいえやっぱりちょっともったいなかったかもしれない、東京アニメセンター in DNPプラザで始まるプリパラ展覧の内覧会に行けなかったのは、ってそっちかい。

 さて「機動戦士ガンダムNT」は「UC」でバナージ・リンクスがフル・フロンタルを退けた「ラプラス事変」から1年後くらいが舞台。何でも地球連邦宇宙軍に渡したはずのユニコーンガンダム3号機が行方知らずになっていたのが「ラプラス事変」終結のあたりから出没しはじめ、1年経ってもまだ現れ続けていたので放っておくと宇宙が滅びかねないと、捕縛に向かう部隊を編成したというのが事の次第。25歳とガンダムシリーズにはっては「逆襲のシャア」のシャア・アズナブルよりは若いとはいえいい年の青年が主役級のメカにのり、年はいっしょだけれど分け合って子供の姿をしている少女がユニコーンガンダム3号機に乗り退治する中に、オッドアイのジオンの残党が絡んでくるといった展開。

 宇宙スケールの話になるのかどうなのか、仮面の悪役はやっぱり出てくるのか出てこないのかといったあたりは分からないけれど、脚本を手がける福井晴敏さんによれば「UC」でもずっと考えていながら描けなかったニュータイプに関する考え方を改めて示すことによって、過去の宇宙世紀ものでニュータイプがある種の神話になっていたものに句読点を打ち、そして超能力だとか異能だとか言われていた不思議な力に意味を持たせるというから何か面白い展開が見られそう。それが果たして富野由悠季監督が「機動戦士ガンダム」で打ち出したニュータイプの概念にそぐうかどうかは分からないけれど、サンライズが仕切って福井さんに宇宙世紀のこれからを委ねた以上は、その見解がある種のオフィシャルとなって残っていくんだろー。

 そんなサンライズは宇宙世紀のこれからの100年を描いていくUC NexT 0100ってプロジェクトを立ち上げるらしく、「NT」はその先駆けとなるらしい。以後はアニメに限らず漫画にゲームに小説にといろいろな形でもって「機動戦士ガンダム」から始まった宇宙世紀の歴史を刻んでいくことになるという。それが順繰りに行くものなのか、「ファイブスターストーリー」で永野護さんがいきなり歴史をドカンと打ち出しそれにそぐう形で漫画を描いて行ってるようにするのか、分からないけれどもオフィシャルとして“その後”を刻んでいく覚悟はできたみたい。ファンの想像が入る余地がなくなるのは寂しいけれど、それもまたIPを活用したビジネスってことなんだろー。

 先にバンダイナムコグループでは、新規IPを育てて大きくしていくプロジェクトを推進するって発表してて、そのユニットのリーダーにサンライズの宮河恭夫社長を当てていた。ガンダムだから別に新規IPではないけれど、ひとつハンドリングしやすい自社のIPをマルチプラットフォーム展開する事例を見せることで、他のIPでも同じようなことができないかってことを感じさせるのかもしれない。でも本当に見たいのはやっぱりガンダム以外、なんだよなあ。東京造形大のイベントで第1期生のOBでモビルスーツの生みの親ともいえる大河原邦男さんが、いつまでガンダムなんだってことを話してた。続けば自分にだって仕事が入るし原案者としての利益にもつながるんだけれど、クリエイターとしてはやっぱり古いものに死が見続ける姿勢は寂しく映るらしい。自信、いったいどれだけの新しいIPで新しいメカを創出してきたか。そういうクリエイターの存在がやっぱり必要なのかもしれないなあ。

 2020年の大河ドラマが明智光秀を主人公にしたものに決まったそうで、長谷川博己さんがその明智光秀を演じることは面白いんだけれど、「真田丸」「おんな城主 直虎」と戦国時代が続いてそして「西郷どん」と幕末に来て、1回は戦後の日本を挟むけれどもまた戦国時代のそれも織田信長を傍らにおかざるを得ないメジャー過ぎる時代を舞台にしていったい、どれかえの新味が得られるのかがやっぱり気になる。本能寺の変では終わらないとして、13日後の山崎の合戦で終わりだものなあ、経歴はなかなか不詳でいい年になってから世に出て来たこともあって、幼少期のドラマなんてのもあまりなさそう。

 それで1年どう保たせる? いっそだったら信長を女性にして光秀の間に恋愛を、なんて考えたらそれはすでに佐藤賢一さんが「女信長」でやってたし、上杉謙信も女性にしてしまうと東村アキコさんが「雪花の虎」で描いている最中だった。ならば戦国武将を全部女子に、ってそれはライトノベルやゲームにわんさかありすぎる。やっぱり新味に乏しいけれど、大河ドラマとして新味が出るならそれはそれでやってみる意義はあるんじゃないかと思うのだった。見たいなあ、信長も柴田勝家も武田信玄も上杉謙信も羽柴秀吉も誰も彼もが女性という世界でひとり、男性の武将として振り回される長谷川博己さんの明智光秀を。


【4月19日】 女性記者に対するセクハラが問題になった財務省の事務次官が、責任をまるで認めないまま業務に支障が出ているからという理由で、18日の夕方に辞任を発表からしばらく経った午前0時にテレビ朝日が記者会見を開いて、セクハラを受けていたのは自分のところの女性社員だったことを明らかにして世間は騒然。黙っていたら事務次官も財務相も知らん顔して有耶無耶の中に逃げ切っていたかもしれないことを考えるなら、自分だと名乗り出て証拠を示して、それをテレビ朝日がやっぱり存在したのかと認めて財務省にぶつけ直したことは評価に値するけれど、そこに至る過程がとてつもなく問題で、そこを乗り越えないとこの問題はセクハラだけでなくメディア企業におけるパワハラ体質の問題として引きずられ、そして後者ばかりが喧伝されては本質が有耶無耶にされてしまいそう。

 女性記者は財務次官からひどいセクハラを受けていたことを自分の上司に相談し、報道すべきと訴えていたらしいけれどもそれを上司が二次被害がどうとかで報道できないと言ったらしい。なんだよ二次被害って。本人が公表する覚悟を持って訴え出ているにもかかわらず、上司とやらが臆したのは自分たちに火の粉が降りかかるからって考えたと思われてわれても仕方がない。たぶんそうだったんだろう状況を、さも親切そうに女性社員に被害が及ぶからといった言い回しで自分たちの姿勢を正当化しようとしている部分は、これからいろいろと突っ込まれるネタになるだろう。

 それでも公表へと持って行ったことを評価して、ネグろうとした上司をきっちりとっちめれば済む話でもある。そこをだから今後の報道の中できっちり示していく覚悟あるのかどうか。それがないとメディア企業としてまずいことになると思うのだった。ここでもうひとつ、問題になるのが社内で報じられないならばとネタを週刊新潮に持ちこんだ件で、メディアの場合は取材した情報は自分たちの報道、つまりは「知る権利」の代行という公益にのっとって行うべきであって、私用や流用は厳禁といった基本的なルールがある。今回の場合もそれを逸脱したと責められているけれど、財務次官のセクハラという社会性のある問題を問うにあたって、会社が報じないならそれを他でも報じることは公益にかなうといった見方もできる。

 毎日新聞の記者が起こした沖縄密約事件、俗に言う西山事件では記者が沖縄返還に関する重大な密約があったことを自分の会社でスクープしないで、社会党の国会議員に渡して質問をさせて問題視された。どうして自分で報じなかったのかという批判は、情報の入手方法にいささか現代の規範でいうならパワハラめいたものがあったこととも重なって、毎日新聞への批判へと向かい部数を大きく減らして倒産へと追い込まれる一因となった。もっとも、毎日新聞の記者は1度は解説という形で報じていて、頑張ったものの続報が打てなかったか打たなかったかして、大きなうねりにはならなかった。ならばと公益を重視して、国会経由で話を大きくして問題を顕在化させるという報道手段も、あっていけないかというとこれが判断に迷う。

 守られるべモラル、従うべきルールがあるとしても国民の利益、社会の正義の前でもそれらは金科玉条のものとして守られるべき、従うべきなのかといった部分もやっぱり議論されるべきだろう。そうした部分をすっ飛ばし、メディアを批判したい勢力がルールとモラルに逸脱したひどい記者だと責め立てる可能性があるし、実際にネットなんかではそうした言説が蠢動を始めている。これに沖縄密約事件における情報の取得の仕方を重ね、性的な関係でもって強引に情報を引っ張ったと俗に言われていることをそのまま当てはめ、テレビ朝日の記者のスタンスを批判してテレビ朝日全体を貶めつつ、肝心のセクハラ部分から目を遠ざけようとしている。これは拙い。大いに拙い。

 澤地久枝さんが「密約−外務省機密漏洩事件」で書いたように、一般に言われている“ひそかに情を通じて”情報をとったことにも色々な見方がある状況下、ネットの百科事典に書かれているような概略をのみ参照にしながら沖縄密約事件をメディア批判の材料としてのみとらえ、それに準えて今回の一件をテレビ朝日批判なりメディア批判に収斂させる動きがすでに始まっている中で、どう対抗していくかがテレビ朝日の態度にかかっているし、周囲のメディアの態度にもかかってくる。ここが同業批判のしどころだと、ライティなメディアがレフティと目されるテレビ朝日叩きに回りそうだけれど、何かに忖度して財務次官のセクハラをネグる会社がライティなものかってのがひとつある。

 そしてライティが担いだTBSの元ワシントン支局長がベトナムの韓国軍による慰安所を告発した記事を、TBSではなく週刊文春に流したことを讃えるならば同じように“公益”の前に突破されるルールやモラルはあるってことも認めなくてはならない。でもそうはならないこの国の言論状況と、それを支える政治状況がネットの言説とも相まって、この一件の本質から目をそらさせようとするだろう。注意しよう。警戒しよう。そして本質を見つめようとする態度を取り、支えていこうと思うのだった。僕なんかが思ったところでどうにもならないんだけれど。

 半地下になった倉庫の前に続く廊下からふと窓を見上げるとそこを行くのは女子高生たち。外からは地面とギリギリに切られた細長い窓を中から見ると、ちょうどスカートから伸びた足を見上げるような形になってスカートの奥が見えそうだたり見えなさそうだったりする。そんな場所を偶然にも発見したのが入った女子高で友達となじめず、昼時はひとり弁当を食べる場所を探すような瀬宮憂海。その日も学校内をさまよってひとりになれる場所だと入ったそこが、可愛い女の子が実は大好きな憂海にとっては天国のような場所だった。ウインナーを口から吹き出すほどに驚いて、そして喜んで幸せに浸っていた憂海だったけれど、そこに意外な闖入者、そして実は先達が現れた。

 そんなイントロダクションを持った、かめのまぶたさんいよる「エートスの窓から見上げる空 老人と女子高生」(ファミ通で現れる先達とはサブタイトルにあるように老人で、学校に勤務する物理教師の豊橋巌蔵。ひょうひょうとした授業ぶりで女子たちには評判も悪くはなかった巌蔵だったけれども実はちょっぴり助平で、半地下の廊下から女子高生の足を見上げる楽しみを続けていた。居場所を奪われるか奪うかなんて戦いも繰り広げられそうになったけれど、憂海と厳蔵は手を結んでお昼のひとときを共にそこで女子高生の足を見上げて過ごすことに、そしてそんな交流の中で学校に起こる不思議な出来事を憂海が厳蔵に相談するようになった。

 学校でも屈指の美少女として知られる1年先輩の倉戸園実が学校を出てたらレンタルビデオの店に入って何も借りずにぐるりと回ってすぐ出たり、カフェに入ってやっぱりすぐに出たりと不思議な行動を繰り返す。美少女が大好きな憂海がつけてはその不思議な行動を巌蔵に尋ねるもののエドガー・アラン・ポー「群衆の人」を持ち出して謎めいたことを言うくらいで正解は示唆しない。でもダイエットのためとか想像する憂海の言葉には異論と唱える。いったい倉戸先輩は何をしているのかってところで気づいた憂海。そして巌蔵に確認をして、自分は嫌いだった種類の存在だったその“正体”がどういったものをかを知るために憂海は倉戸先輩に会いに行く。

 そして晴れてお近づきになった倉戸先輩がなぜか興味を持ったパリピ部なる不思議な名前の実際はパーティーピーポーになった気分で楽しむ部活動で起こった、部長が消えてしまったという謎に挑むことになる憂海。残された大きめのペットボトルと、そして自分自身が過去に経験したいじめとも少し関わる経験から、たどり着いた消失の真相のその先で、憂海はその時の気持ちに任せて離別して後で後悔することを訴える。今ならまだ間に合う。だからわだかまりを捨てて突き進め。そんな勢いを持った少女だからこそ倉戸先輩も気に行ったのかなあ、圧倒的な美少女なのに憂海を連れ回して池袋に行き、串揚屋に入り乙女ロードで同人誌を買いあさる、って腐女子なのか倉戸先輩、美少女なのに、ってそれは関係ないか。

 巌蔵が学校に来なくなって、どうやら入院していると分かって憂海がその病院を探し当てるというエピソードも、日々の会話の中からつかんだ巌蔵の暮らしている場所と、そこにあるだろう病院から、もっとも最適なところを選んでたどり着く展開に推理がある。たどり着いた病院で陽気な看護師さんから出された問題をあっさり解いてのけるのは凄いけど、それってほとんど物理の問題じゃないか、よく解けるなあ、もしかしたら成績良いのか憂海って。学校という場所で女子高生をやりつつもちょっと浮いてしまった少女が、老人のサジェスチョンと美しい先輩の導きもあって毎日をどうにか楽しく生きていく。喜びって見つけることができるし、止まっているより進んだほうがそれは見つけやすいってことも教えてくれる青春ミステリー。見上げると太ももが見える場所、あったら僕も生きたいなあ。奥が見えても見えなくても。

 「プリパラ」も終わってしまったけどi☆Risとしての活動はまだまだ続く、ってことでコスチュームをまとってのミュージカルではない生のi☆Risがどんな感じかを確かめにかつしかシンフォニーヒルズへ。普段はクラシックなんかが演奏される四角いホールは音の響きも良い上にステージもそんなに遠くなくて、それぞれの表情なんかも確認できる距離から眺めることができた。「プリパラ」で見知った曲とかが演奏されるとやっぱりファンも盛り上がるけれど、個々にうたってきたソロ曲なんかもファンがしっかり支えていた感じ。もちろんi☆Risとして出してきた曲も。そうした中では「プリパラ」だとレオナ・ウェストとして男の娘というロールに収まっている若井友希さんがi☆Risのステージだと小さいなりに全身でダンスをして歌を歌ってといった感じで、エネルギーが伝わってきて目が釘付けになった。

 澁谷梓希さんはハスキーでロックな曲がとても良かった。ドレッシングパフェでは聞けず見られない本当のi☆Risメンバーとしての活動。なかなか良かった。もちろん山北早紀さんも。リーダーとして仕切って歌も歌ってとなかなかの活躍ぶり。「プリパラ」ではメインになりがちな茜屋日海香さんは楚々とした楽曲が良く1番人気っぽい芹澤優さんは可愛らしさ全開で田村ゆかりさんの路線に迫っている感じ。久保田未夢さっはそふぃ様とはまるで違ったキャラクターなんだなあ。そういう感じで役とは切り離し、アイドルユニットとしてのi☆Risに慣れるともう1度見て見たくなったんで、帰りがけに中野サンプラザの昼公演のチケットを確保する。行けるか分からないけどまた見たい、一生懸命に全身を使って踊る若井友希さんが。今度はメンバーを呼ぶコールを覚えていこう。


【4月18日】 誰か分からない録音を元にして一国の財務事務次官が辞任に追い込まれるとはどういう訳だとか、録音された音声は分析したら何カ所かをつなぎ合わせたものでねつ造の可能性が高いとか、エクストリームな擁護がわんさか出ていていったいどうしてそこまでして、あれだけの無様な言動を繰り広げている人間をかばえるものかといった疑問も浮かぶ今日のこの頃。かばったところでそれが安倍政権の擁護につながるどころかむしろ安倍政権の足を引っ張り憎き財務相の首魁だからと叩きに回るかとうとそうでもなく、安倍政権を支える麻生太郎財務相が守ろうとしている財務事務次官ならやっぱり守るべきだといった短絡でもあったりするんだろうかどうなんだろうか。さっぱり訳が分からない。

 でもってその福田淳一財務事務次官が夜になって辞任を発表。ってつい1昨日は自分はまるで覚えのないことだと主張し、デマカセを書いた週刊新潮を訴える気満々で、そして財務相までもがそうした財務事務次官の言動を支えてセクハラされた記者がいるなら名乗り出ろといった財務相の言動を、そのままなぞったようなペーパーを出して与野党どころか世界中からひんしゅくを買っていた。それなのに1日置いての辞任発表はやっぱり下手を打ったといった認識が高まったのか。でもそうなることくらいあの状況で分からない財務相の官僚たちでもないだろう。だとしたらどうしてあそこまで下手な手を打ったのか。財務事務次官が権力者でその地位を守ろうと働きかけたのについて行った? そんなことはないだろう。ならばやっぱり財務相? そう思わざるを得ないよなあ。

 でも耐えきれなかった。週刊新潮は次の矢を放つ準備を進めて19日発売の号に何か書いて来そう。というよりすでに早刷りが出回ってはやっぱりちょっと妙すぎる財務事務次官の言動が暴露されている感じ。それでもしがみついて自分は潔白と言い切る自信もさすがになくなったか。でも辞任を発表した会見では週刊新潮を今も訴える気満々で居るし、テープの声は自分のかと聞かれてテープとかで再生される自分の声はなかなか自分の声をは分からないというポン酢な弁明をして苦笑爆笑失笑をかっていた。そうじゃないだろ、それを言ったかどうかだろう。そう聞かれると覚えてないって言ったりする。それほど記憶録に乏しい人間が財務事務次官になれるはずもないならやっぱり何かを黙っている。そうとしか思えない。でも訴えるという。支離滅裂も極まっている。

 まあともあれ財務事務次官は辞任をしてそこは今後の調査なり裁判にかかって来る。ただ追い詰める前にするりと抜けた状況で、本当に本当のセクハラ言動が女性記者に対して行われたどうかが曖昧な状態が続いてしまいそうでちょっと気になる。ああいったセクハラ的な言動がまかりとおってしまう空気、なおかつそれを言い出しづらいメディア企業のパワハラ的な雰囲気をここで払拭しないまま、裁判へと言って告発者が表に出づらい状況の中で無罪とかなった時に日本のセクハラなりパワハラと闘う勢いは大きくそがれてしまう。そして告発しようといった動きも萎えてしまう。悪いことは悪いなら悪いと決定づける。そうしたからこそワインスタインはハリウッドから消えた。でも日本ではセクハラおやじもパワハラ企業も消えずに残る。やれやれだ。

 そんな感じに国内がわちゃわちゃしている傍らでは、安倍総理がアメリカのトランプ大統領と会談をしていろいろ話し合ったとか。北朝鮮の拉致問題とか。でもなあ、アメリカにしてみれば自前で北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長とのトップ会談は予定するわ、CIA長官だなんて超が付くくらいの高官が北朝鮮を訪問するわと、自分達で主体的にアクティブに動いては、核問題なんかを打開しようとしている。そこに日本から総理大臣が、アメリカなんかよりよほど近い場所にある北朝鮮とは話をしないで、はるばるアメリカまで来て大統領になんとかしてよと頼み込んでいる構図がどうにも歯がゆいというか、みっとおないというか。想像するなら拉致問題というものを錦の御旗として掲げ、北朝鮮をひたすら敵視しつつ、自国民を鼓舞して結束を固める手法で支持を集めてきた経緯から、拉致被害者の全員帰還というこれはどう判断したら良いか迷う難題に縛られ、それをチャラにして先には進めない自縛状態にあるんだろう。政権を賭け政治生命を賭して存命の幾人かでも取り戻す、なんてこをは出来ないかなあ、総理には。本当にやれやれだ。

 大阪大学の石黒浩教授といったら人間そっくりの表情を持ったマツコロイドとかアンドロイドなんかを手がけて知られているけれど、一方でロボットとの自然な会話が成り立つかどうかって方面の研究もしっかり続けている感じ。サイバーエージェントと東急不動産ホールディングスが石黒教授と組んでやろうとしているのも、そうしたロボットが持つ対人間のようにはあまり強烈ではない、ソフトなコミュニケーションを通してホテルの接客ができないか、って検証。コミューとソータという喋るロボットをエレベーターホールなんかに置いて、しゃべくり倒す中で近くにいる人に有用な情報を伝えるとか、廊下を歩いている人に挨拶をするとかいったことをを高輪にあるホテルを使って行っているという。

 聞くとそうやってロボットから声をかけられると気分が良いという人が結構いて、そしてあまりウザいとも思わないとか。これが人間からだとやっぱり押しつけがましいと感じてしまうらしい。人間味が足りないといわれるロボットだけれど、逆に人間くささが減殺される分だけシャイな人でも接しやすいってことなんだろー。サーバントよろしく部屋に付き従って何でもお世話をしてくれる人間がそこにいたら、嬉しい反面ぎょっとするしプライバシーは守られるのかといった不安もある。生まれたときから執事やメイドや召使いがいる人でもなければ、誰かに自分をゆだねるのには相当な不安がある。これがロボットなら部屋にいて喋ってくれれば便利だし寂しさだって紛らせられるといった感じ。

 そうしたロボットが持つ人間の半歩手前でドライだけれどソフトなコミュニケーションの機能が、もしかしたらコミュ障な人が増えている感じのこれからの社会では有用になっていくのかもしれない。そうしたロボットが人間そっくりである必要はないし、むしろ人間そっくりでは臆する人もいたりする。コミューだとかソータのように人形めいた姿形で、それでいて認識だとか会話だとかはしっかりこなすロボットの需要が、これからの世の中で増していくのかもしれないなあ。もちろん美少女の形をして完璧な振る舞いをしてくれるメイドロボットがいてくれれば気恥ずかしさを越えて嬉しさも得られるんだけれど。そんなロボットが出来るまでに越えなくてはいけないシンギュラリティはどれくらい? って考えるとソータで十分なのかなあ。


【4月17日】 漫画ではピンと来なかったけれどもアニメは会話のテンポとかある種のフォーマットとかがなじんできたこともあって毎回が楽しみになっている「鬼灯の冷徹」。今やっているのはどうやら第弐期の2クール目らしいんだけれど1クール目とのつながりがあるかというと主題歌も違うし登場人物がシリーズ的につながっている感じもしないんで、普通に第参期とやれば良かったんじゃないかとも覆った。最新の話数では座敷童の2人が洋装をしたいと言ったら子供向けのペアルックを用意されて目が死んでいて可愛そうになった。でも代わりに揃えられたのがゴスロリで、市松人形が西洋人形になっただけだったというからやっぱり人形の域からは抜けられないんだろう。それが座敷童の運命ってことで。

 奈良県といえば奈良市と天理市と橿原市があるかなあとは知っているけど、後はどんな市がどんな風に連なっているか、奈良県民じゃないんでまるで知らずにいたらどうやら南北格差というものがあるらしく、京都にだって近い奈良市を中心にした北に人口の大半が集まっていて南の方のいったい何市がるかまるで知らない山間部は奈良県でも1割に満たなかったりするらしい。もとより都会ではない場所だから南北格差といったところで必然で、それを例えば橿原市に奈良県庁を移したところで変わるはずもない。愛知県庁を岡崎市に移したって足助や稲武や新城や蓬莱といった設楽だったり奥三河だったりが都会になるでもない。そこはそことして行政面の目配りをするってのが手なんじゃないのかなあ。十津川村とか天川村とか上北山村とか都会になりよう、ないものなあ。

 セクハラなりパワハラなりの告発で配慮すべきは、そうした仕打ちを受ける立場に置かれた弱者をどれだけしっかり守れるかであって、権力だとか地位だとかにおいて劣勢にあるからこそのセクハラでありパワハラの被害者である訳で、そうした人たちに名前を出して告発しろと求めるのは、権力だとか地位だとかいったものに逆らえと言うようなもので後々のリスクを考えればちょっと求めることは難しい。なるほど名前を隠してセクハラだパワハラだと言ったところで虚偽かもしれず、それで告発された方はたまらないから名前くらい名乗れと訴えたくなる気分は想像できる。虚偽の告発でハメられてる可能性だってあるんだからしっかり名乗れ、そでなければ話は進まないぞと言うことも予想の範囲にあったりする。

 でも、そうした虚構の冤罪である可能性は晴らされた場合に後にダメージをそれほど残さない。もとより権力の側にあり立場も上だからこそのセクハラでありパワハラの当事者として目されたからで、晴れて冤罪が払拭されればその権力なり地位を活かして元の鞘に収まれる。でも、冤罪などではなく本当にセクハラでありパワハラを繰り出していたとしたら、それによって被害を受けていた人が名乗り出て被るリスクは権力の側にあって冤罪を取りざたされた人の非ではない。再起不可能なダメージだって受ける可能性があって、だからこそそちらを重んじて守るのが第1義だろー。

 にも関わらず、麻生太郎財務相は権力の側にある者が冤罪によって人権をないがしろにされていると訴え、だから対等に名乗り出ようぜ、話はそれからだといった態度で臨んでいる。もうまったくもって筋近いの権力擁護。それを知って多くの心ある人たちが、ちょっとまずいんじゃないかと言っているのに聞く耳を持たず、名乗り出るのが筋であり、弁護士も自分達財務省が顧問契約している事務所を使って何が悪いといった態度を崩さない。どうしてそこまで強気になれるのか、もとよりそうした居丈高な態度でいたから崩れるも何もないのか、分からないけれども今回ばかりは閣下の叡智とは行かない様子。今はまだ国内のみだけれども海外に伝わりその蛮族にも似た態度が知れ渡った先、どういったプレッシャーがかけられるかに興味がある。知らん顔してその地位にしがみつくのかなあ。ダンディな閣下らしくないけど、それがやっぱり麻生太郎という人間の範囲なんだろうなあ。やれやれ。

 「手がかりはゼロじゃない!」なんてそんな言葉を噛みしめながら、名探偵コナンといっしょに殺人事件の真犯人を推理する参加型の企画展「名探偵コナン 科学捜査展 〜真実への推理(アブダクション)〜」ってイベントがなぜか日本科学未来館で418日からスタートするんでその内覧会を見物に行く。漫才コンビの銀シャリがゲストで来ていたけれど、青いジャケットに赤いネクタイという格好が江戸川コナンに似ているってことで呼ばれたみたい。でもって普通のネクタイを蝶ネクタイに替えてその雰囲気を名探偵コナンに寄せていた。鰻さんの方だっけ、普段はかけない眼鏡を引っ張り出してかけてはコナンに近づけようとしてて、プロの芸人の根性という奴を垣間見た気がした。

 展示の方はといえば開場に入ってまずは殺人現場というのを観察し、毛利小五郎が容疑者とされている状況を打開するために聞き込みを行い、科学鑑定なんかも経て真犯人を見つけるといったストーリーになっている。コナンと安室透、そしてコナンと蘭がペアとなって「探偵手帳」を参考にして進んでいくようになっていて、結果は同じなんだけれど途中の証拠集めとか推理の中身なんかが違ってくるみたい。試したい人は両方プレイしてみるのが良いかもしれない。

 割としっかり再現された殺人現場でおいてある果物ナイフだとか食べかけのバウムクーヘンだとかから何が起こったかを推理し、続いて毛利小五郎譚手事務所とか喫茶カポネといった場所が再現されているのを眺めつつ、そこにいる「名探偵コナン」登場キャラクターのセリフなんかを確認し、推理して真犯人へと迫っていく。キャラクターのPOPがいっぱいあるんで自分の好きなキャラを目の当たりにしつつ証言もちゃんと集めたいところ。灰原哀が見当たらないのが寂しいけれども彼女は後半、科学捜査が始まってからはPOPもいっぱい立てられているんでそこで灰原哀成分を吸収するのが良いかもしれない。

 科学操作のところでは、指紋を浮かび上がらせたり筆致を拡大してどう書かれたかを想像したりして、真相へと迫っていく展開を楽しめる。赤いシミの成分は何か、指紋はいったい誰のものかが分かってくればあとは正解を確かめるだけ。合っていれば嬉しいけれど、そうでなくてもセットから声優から展開から「名探偵コナン」の世界がしっかり再現されているんで、自分も毛利小五郎か安室透になった気分を味わえる。グッズ売り場もあって結構豊富なアイテムを購入できる。漫画には出てこないけどアニメでは人気の鑑識課のトメさんもパネルが立てられグッズがポストカードとか缶バッジで登場していて、ファンの人には嬉しい展覧会になっているって言えるかも。

 そもそも何で日本科学未来館での開催なのか、ってことについては科学捜査についてやり方だとか機材だとかを置いて楽しんでもらい、科学への興味を高めてもらうために企画されたものだから。とてつもなく進化して魔法と区別が付かない科学が繰り出されるってことはないけれど、指紋はどう見るべきか、筆跡に覚える違和感が意味するものは、といった楽しさの中で探偵になるための秘訣を学んでいける。クリアできれば明日からあなたも名探偵?


【4月16日】 やっぱり面白い「キラッとプリ☆チャン」はプリチャンデビューした桃山みらいと萌黄えもが「やってみた」シリーズの番組を作ろうとして花屋におしかけたものの顔が見えない唐傘お化けのような店長に怯えて番組にならず。そこに通りかかった青葉りんかが番組作りはお店の許可をちゃんととってやりなさいという、至極当たり前のことを言って諭してそしてシナリオも作って撮影に臨むんだということを教えて2人はそれなりの番組を作って世間からも、実は美人だった花屋の店長さんからも喜ばれる。見終わってユーチューバーになったとしても無許可で撮影とかしちゃだめだし、無計画に録ろうとしたって良い番組にはならないってことが分かるという、教養的でなおかつストーリーも面白いアニメーション。ここからネット配信デビューする子供とかも出て来そう。

 とはいえやっぱり顔出しはキツいならってことで、ドワンゴが送り出した「バーチャルキャスト」なんかがVRヘッドセットとトラッキングのシステムさえあれば使えそう。自分のアバターをリアルタイムで操作して、バーチャルな空間に入って誰かとコミュニケーションをとりつつその様子をニコニコ生放送で配信するといった仕組み。いずれもっと簡便にバーチャルキャラクターを作って操作できるようになれば、多くのバーチャルキャスターが登場してはプリチャンアイドルみたいな可愛い配信アイドルをいっぱい生み出しそう。そしていずれテレビ番組に呼ばれて……ってそれはやっぱり無理かなあ、テレビ画面的には重ねられてもそこにいるようには見せられないからなあ。

 いやいや、ドワンゴが池袋のニコニコ本社にあるニコぶくろスタジオに導入したシステムを使えば、バーチャルキャラクターをスタジオに連れてきてはパーソナリティの横に“座らせて”会話とかできるから驚きというか素晴らしいというか。透明の有機ELディスプレイがあってそこにCGキャラクターを送出して映し出す。一方で奥のブースにはキャラクターを操作する人が入って両手を頭にトラッカーをつけて動いて顔とか手を動かし、表情もスイッチングによって操作する。ディスプレイの裏にはカメラがあってそこからパーソナリティの顔を見てそっちを向き、しゃべりに相づちとかを打つ。一方のパーソナリティも自分を向くキャラクターに視線を合わせて会話できる。そんな状況を半歩下がってみると、本当にスタジオにバーチャルキャラクターが来て座ってくれているみたい。これがテレビ番組なんかにも導入されたら、ミュージックステーションでタモリさんが目の前のキズナアイと喋るとかって状況も可能になるのかなあ。面白いなあ。

 安倍ちゃん親派の新聞が財務事務次官の更迭を1面トップで書いては大はずししている状況が単なる取材不足なのか、安倍ちゃん率いる官邸ですら制禦できない事態になっているかは分からないけれども、そんな財務事務次官が女性記者へのセクハラ疑惑を完全否定した上に、掲載した週刊新潮を提訴すると息巻き、さらには所属する財務省がもしもセクハラを受けた女性記者がいるなら、財務省で弁護士を用意するから申し出て欲しいと言い出した。そこれはマズい。本当にマズい。財務省がマズいってだけじゃなく日本全体がマズい状況におかれなけない。

 まず第1点。財務事務次官は記者を相手にああいった発言はしていないと主張しているけれど、風俗店に行ってああいった会話をしたことがあるとは認めた。このポイントだけでも前の文部事務次官が出会い系バーに行ってヤバくない会話をしたことをもって非難するメディアは、その矛先を不純で不埒な財務次官に向けなくてはならないはずだろー。弁明として生活実態を調査したかったからと訴えた前の文部次官に勝る正当性を持った言い訳なんて出来ない単なるエロトークを、財務次官ともあろう立場にある人が、職務に関するコメントも交えて風俗店でした段階でスリーアウト。即刻身を引くべき状況であるにも関わらず、それを不問とした時点で財務次官も財務省も、そんな会見を許した財務相も詰んでいるんじゃなかろーか。

 果たして週刊新潮ともあろう媒体が、そうした風俗でのエロトークを記者との会話だと偽って記事化して財務次官をハメるかと考えた時に、さすがにそもまで阿呆でも愚劣でもないとするならば、やはり当該の女性記者は存在すると見るべきだろう、そんな状況下で自分はやってないと開き直ってしまったところに、もしも当該の女性記者が出て来たら今度は財務省どころか国が吹っ飛ぶ。そういった財務次官を内閣人事局すなわち日本政府が認め任じているならその責任をとるべきだという声が吹き荒れるだろう。

 なおかつそうした事態になった時、セクハラという状況下で弱者として、また身を恥じる立場の人間として世に正体を明かしたくないし、明かす必要だってない人間を引っ張りだそうとした行為もまた、世界の目からフェアではないと非難を浴びそう。記者ならなぜ所属する媒体で書かないのかと言う問いもあるけれど、その媒体で書けば自分の居場所が失われるリスクがあるという悲痛な事情、又は媒体に迷惑がかかるといった優しい気持ちがあるかもしれず、だから言えないのを無理に言わせて媒体が記者に圧力をかけたとしたら、火は日本のメディアのあり方にまで広がって燃え上がる。それが分かっていないところも問題だ。

 そんな、世界に日本の後進性をさらして大恥をかくような事態を避ける意味でも、身分とか明かさせず、けれども真相は解明されるようなやり方を国も財務省もとるべきだったし、メディアもそう主張するべきだろーけれど、はたしてそうなるか。やっぱり身分は明かして言ってこそ、それは真実に足ると認められるといった主張を貫くのか。そんな送れたやり方を採って、日本とは何と野蛮な国だと外国から言われる覚悟を承知でそうした方針を打ち出したのか。トランプ大統領がこれでセクハラを許容する総理などとは会いたくないから来るなと言ったら内閣が吹き飛ぶどころか日本が吹き飛ぶのに。そういう覚悟を持って否定しているのだろうか。違うだろうなあ。その場しのぎの立場維持に過ぎない気がする。

 もう初手から詰んでいる状態であるにも関わらず、長考から逃げようとしたところで千日手にだってならないこの将棋をいったい誰が考えた。財務事務次官か財務省か財務省なり内閣官房か。そもそもが財務事務次官ひとりの名誉を差し出せば済む個人的な話であるにも関わらず、省を挙げてかばっているところが妙と言えば妙。どうして財務事務次官個人のセクハラ話に財務省が弁護士を出すのか。だとしたら財務省なり地域財務局の下っ端事務官が電車で痴漢冤罪に遭った時も、財務省は仲間の大事と弁護士を送り出して免罪を得ようとするのか。しないだろう。なのに事務次官ではやるこの矛盾に、気づいていないところでやっぱり詰んでいると思うのだ。やれやれだ。本当にやれやれだ。

 とある映画の内覧試写を観てとてもとても凄かったけれど、内覧試写なんで凄かったといったことくらいしか言えないのでここはひゃっはあああああああああああああああああと叫びながら凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かった凄かったと唱えてその凄さを世の中に喧伝したい。でも何か言えないので何がどう凄いのかが伝わらない。ちょっと悲しい。まあ観れば分かるし分かればやっぱりひゃっはあああああああああああああああああと言いたくなるだろう。それくらい凄い映画。あと数カ月で白日の下にさらされる。観て凄さに驚き、叫べひゃっはあああああああああああああああああと。なんのこっちゃ。


【4月15日】 もちろん「けものフレンズ」に決まっているのだけれども第49回星雲賞のメディア部門候補作、対抗で来ている「KUBO/クボ 二本の弦の秘密」を推したい気もするし、テレビアニメーションの「ID−0」もそのSF的発想のつまり具合からもっと世界に知ってもらいたい気もしているんで「正解するカド」とか「ブレードランナー2049」とか「RE:CREATORS」とか「メッセージ」なんかも含めてどれが受賞しても喝采を贈りたい。でもやっぱり「けものフレンズ」一推しで。だって「けものフレンズ」なのだから。そういうものだ。

 読んでる範囲で見渡すならあと日本SF長編部門は宮内祐介さんの「あとは野となれ大和撫子」とか小川育さん「ゲームの王国」柞刈湯葉さん「横浜駅SF 全国版」あたりが読者層の広がりも含めて話題になりそう。あとやっぱり支持者が多い田中芳樹さん「アルスラーン戦記」か。そんな中に混じった藻野多摩夫さんの「オリンポスの郵便ポスト」がちょっと凄いかもしれない。世間的には同じ電撃小説大賞で大賞になった「86 −エイティシックス−」の方が話題になっているからそっちに傾くかと思ったら、意外と日本SF大会を運営する濃いSFの人には「オリンポスの郵便ポスト」の方が知られていたか。個人的にも推してた作品だけにリストに名が連ねられ、存在を知られるだけで嬉しい。結果は発表されてのお楽しみっておとで。「ゲームの王国」が来るかなあ。

 30巻以上もでている漫画の紹介原稿を3週間ばかり引っ張ってきてこの3日くらいで5000字ほどの形にして出したのでとりあえず寝る。読むのに時間がかかってそこから浮かぶ文章の塊を書いては積み上げていきつつ8000字くらいのメモを作りつつ、国立新美術館の図書室で現代アートに関する本も読みつつ要点を箇条書きにしていったけれどけど結局使わず、ライトノベルで美術を扱った作品も読んで混ぜられるならと思ったけど結局混ぜない無駄足も踏んだものの、そうやって周辺を整え選んだり落としたりすることで方向性が見えることもあるので無駄ではないのだった。効率は悪いけどそこはそれ、良い物にするための投資ってことで。まあ本業があってできる非効率なんで、専業ならもっと効率を上げないといけないのかもしれない。結局はこの3日くらいでプロットを作りメモの塊から必要な部分を引っ張り並べつつ書き加えイントロとエンディングを加えてとりあえずフィニッシュ。あとは野となれ山となれ。

 茅場町のヴェローチェに行って仕掛かっていた13枚ほどの原稿をとりあえず書き上げ送ったので、とことこと歩いてTOHOシネマズ日本橋へと行って映画「ジュマンジ:ウェルカム・トゥ・ジャングル」を観る。とりあえず字幕版。なぜかというとジャック・ブラックが太って眼鏡の中年おっさんでありながらも中身は女子高生という役を演じるにあたって、どういった演技をするのかに興味があったから。

 日本語吹き替えだと高木渉さんが演じていてそれは何となくオネエな口調が繰り出されるんだなあと想像もできてしまうことに加え、テレビなんかでいわゆるオネエと呼ばれる人たちの外向的にパターン化されたかのような口調が繰り広げられることに、それが本当に内面から女性的であることの表層化なのか外部的にそうあるべきだといったフォーマットに乗せられてしまったものか判断がつきづらかったから。

 素に女子高生がおっさんの中に入った時に口調は、そして態度はどうなるか。テレビ的フォーマットの中のオネエ口調にはならない可能性を想像もして、映画でもそうした吹き替えになっているかもしれないと思いつつ、でも違うかもしれないと思うとちょっと観るのが億劫だったという次第。もちろんジャック・ブラックだってアメリカンなオネエのパターンをなぞっているだけなのかもしれないけれど、英語に通じていない僕にはそこのところは分からない。だからとりあえず字幕版で観たジャック・ブラックはシェルドン”シェリー”オベロン博士というデブのおっさんだった。

 声音は押さえ時々叫んでそして動きはよほど強調するところでもないとしなを作ったりクネクネしたりとかはない。まあ人間だって動物だから危なくなればなりふりかまっちゃいられず本能で突っ走るということか。でも中身がなかなか面倒くさい思春期少女のマーサ・カプリーという今はダンス武術が得意なルビー・ランドハウスにギャルっぽさを指南するあたりのジャック・ブラックが、ここぞといった具合にギャルっぽい歩き方とかしなの作り方とか表情の見せ方をするところは、中にベサニー・ウォーカーが見えたような気がした。

 凄いのはそうやって指南されたギャルっぽさをうまく自分のものにできないまま、ルビー・ランドハウスがぎくしゃくと歩き可愛く見せようとして不気味にしかめっ面な表情をしてしまうのを、見事に演じきったカレン・ギランかもしれない。圧倒的にナイスなバディと美貌でもって、中身はイケてない女子高生が急造のギャルとして見せるぎこちない表情、ぎくしゃくとした動きを完璧なまでに見せていた。練習したのか冴えてなかった時代があってそれを思い出したのか。ともあれ楽しいシーンだった。っていうか最初からひとりでダンス武術で圧倒すれば良かったのに。それだと近づくまでに撃たれるか。どうなのか。

 映画は海辺で拾ったボードゲームがなぜかゲーム機のROMカセットになりそれを差したら大変な事態が起こって20年後、高校生の4人が宿題のリポートを肩代わりしたりさせたりしたことが露見して職員室に呼ばれ、そしてギャル全開で試験中にスマホを使い続けたり体育の授業をやる意味あるんですかと口答えしたりした女子たちも呼ばれて倉庫の片付けをやらされる羽目になって、そこで見つけたゲーム機を遊ぼうとしたら吸い込まれてウェルカム・トゥ・ジュマンジ! っかどうしてそこにゲーム機が。子を失った親が学校に持ち込んだのかなあ、それともゲーム機がそれにふさわしい遊び手が居るところに出没したとか。

 ともあれそうして始まるゲーム世界の冒険は、3回死んだら終わりかもしれない限界の中、ロック様ことドゥエイン・ジョンソンが中身チェリーでナードな少年スペンサーというブレイブストーン博士となり、ケヴィン・ハートが中身フットボーラーの長身フリッジという小柄で荷物持ちで動物に詳しいフィンバーとなって、中身ギャルのシェリーに中身奥手の女子のルビーとなってそれぞれの性格を残しつつ、ゲーム世界でジャガーの形をした岩のてっぺんから盗まれた宝石を取り戻し、元に戻すというミッションを仰せつかる。そこでは、あのロック様が圧倒的な肉体の中にナードな少年性を感じさせる演技をしつつ強さも見せつつやっぱりなかなか抜けきらない演技をずっとしていて、プロレスラーから俳優にシフトをして長い時間の中で本当に良い俳優になって来たなあと思わせてくれた。

 そして4人が本来の性格を御しつつ対立とかしつつお互いを認め合いつつ与えられたスキルを駆使しつつ2回までなら死ねるゲームならではの利点も活かしつつ進んでいく冒険の旅。20年前の事件もしっかりとりこみ回収していった先、果たして無事に戻れるかというと戻れるからこその映画なんだというオチにどうつなげていくか、その段取りの見事さをしかり見せていた。なおかつそこでの経験が、元の世界での関係につながる素晴らしさ。ゲームだって人生経験をつめるのだ。ただし生きるか死ぬかの経験をそこで本気でできればだけど。「ソードアート・オンライン」のキリトだって生きるか死ぬかのギリギリのゲームの中でアスナって彼女を得たものなあ。ああ面白かった。次は吹き替え版で観ようかな。

 うん、違法サイトを潰すには資金源を断てばいいから広告出稿企業を突っつけば良いのだというその“正義”も、いつかどこかでふいっと道を外れるか、世間の空気が変わるかして“反日”サイトを潰すために資金源を断とうとなって、広告出稿企業に電凸が行われてそれが”正義”とされるビジョンを、いくらかでも想像しておかないとやれやれな事態になるとちょっと思った。そもそも違法なサイトを利用しないこと、そして違法なサイトを違法として取り締まることが重要なんだけれどそれがアクセスブロックへと傾き、一方で違法サイトに出稿している企業もまた違法なのだという空気を作ったそれがいつか権力に逆らうものには何をしても良いのだという気分にすり替わらない理性を求めたいのだけれど……。悩ましい。


【4月14日】 いろいろと始まった新番組を見もしないで「刀使ノ巫女」の2クール目を見続けていたりするエイプリル。とりあえず折神紫を支配していた荒魂のたぎつひめをかくりよと追いやったものの、そことのつながりを求める勢力は止まず伍箇伝の中にもいろいろと裏切る校長がいたりする感じ。もとより紫さまべったりだった鎌府女学院の高津雪那は当然として、衛藤可奈美が任務の途中で助けた少女が通う綾小路武芸学者の相良結月校長あたりもいろいろ画策している様子。そして元親衛隊の獅童真希が各所からノロを集めて持ち帰った先、御簾の向こうに座ったのはいったい何者? まだまだ終わらないバトルの行方がとっても楽しみ。

 とある原稿を書いているけどそれなりに完成してから削ったり足したりしてちょぴり煮詰まって来たんで、打開のためだと言い訳をして「パシフィック・リム:アップライジング」をTOHOシネマズ上野で。見終わった印象としてはジン・ティエンが演じるリーウェン・シャオが割と良いところを持って行ったなあという感じ。予告編にも出てくる真っ白なパンツスタイルの衣装でゆったりと歩くお嬢様然とした役であり、どこかクロマク的な雰囲気すら漂わせていたのが最後には。そんなある意味でのリーウェン・シャオという役柄の可愛らしさを堪能する映画だとも言えるだろう。

 可愛らしさではジャンクパーツを拾い集めて自前で小さいイェーガーを組み立ててしまうくらいにメカオタクな少女、アマーラ・マナーニもなかなかにキュート。バイクとかなら作れても全高12メートルはあるイェーガーは普通作れないよなあ。それもほとんど独力で、カイジュウたちによって破壊された後のスラムのような場所で暮らしながら生き延びて作り上げてしまう。ジョン・ボイエガが演じるかつての英雄の息子、ジェイク・ペントコストだって苦労しながら食料を集めていた。そんな場所で1人でどうやって。もしかしたら相当に強いのかもと思わせる。

 というか実際に格闘技のセンスもあったアマーラ・ナマーニは、イェーガーを勝手に作ってあまつさえ逃げた罪でとっ捕まっても収容所送りにはならず、なぜかイェーガー乗りに抜擢されてジェイクともども訓練所へと送り込まれ、そこで出会ったショートカットのロシア系美人、ヴィクトリア・マニコヴァと喧嘩してねじ伏せている。そうした描写がただのメカオタクがイェーガーに乗ったところでいったい戦えるのかといった疑問への答えになっているところに、アメリカ映画のシナリオワークの巧みさというか伏線の張り方の巧さめいたものを感じるのだった。

 さて「パシフィック・リム:アップライジング」のストーリーといえば、前作の「パシフィック・リム」で世界を救った英雄、スタッカー・ペントコスの息子として期待され自信も期待しながら挫折をしたかイェーガー乗りの道を降り、ひとりスラムみたいなところで楽しくやっていたジェイクだったけれど、アマーラ・ナマーニが作ったミニミニイェーガーのスクラッパーにひっかかって乗り込んでも操縦させてもらえず、取り締まりに来たホンモノのイェーガーに捕まって、収容所送りにはならずアマーラ・ナマーニと同じ訓練所でこちらは昔取った杵柄だからと教官として新兵の訓練にあたることになる。

 10年前にカイジュウは退治され穴もふさがれたんだから、いったい何を恐れる必要がある、って思わないでもないけれど1度あることは2度あるし3度だってあるかもしれないなら備えるというのが大事なこと。実際にそんな備えが吉ともなったし凶ともなった。その凶の方がカイジュウによる見えない侵略。無人のイェーガーを世に送り出してパイロットたちの負担を減らそうとする企業の社会貢献か、あるいは一手に利権を握って大もうけしようとする利己的な態度かは判然としない中、リーウェン・シャオという美人の社長が率いる会社が跋扈しはじめた所に事件が起こり、事態は悪化してそしてイェーガーがふたたびカイジュウを相手に戦うストーリーへと転がっていく。

 なるほど海の底の穴はふさがっても人の心に空いた穴までは防げなかったということか。欲望であり羨望であり願望でありといった心の穴に突っ込んで広げそこから地球へと出てこようとするあるタクラミ。その結果としてのイェーガーと巨大カイジュウとの決戦はそれが東京なのかと思いたい都市を舞台にした迫力のロボットvsカイジュウバトルが楽しめる。岡部伸也監督の「ブレイブストーム」でも白昼のCGロボットによる怪獣バトルがあったけれど、資金力も技術力もきっち違うアメリカ映画のこれが実力って奴を見せてくれた。暗くて煙りが漂うような場所でなくてもCGによるロボットバトル、怪獣バトルは可能になった。だとするなら次のハリウッド版ゴジラがどうなるか。今はそこがとても気になる。

 東京から富士山ってそんなに近いのかというツッコミはさておき、「マジンガーZ/INFINITY」でも舞台になり遠い昔に「プランゼット」でも巨大な円盤が出て来たんだっけかな富士山が、世界の危機の要となってカイジュウに狙われ、それを防ごうと決死の覚悟で乗り込んだジェイクらによる戦いの行方はともかく戦いぶりはいかに。それは映画館で見てのお楽しみということで、とりあえずやっぱりリーウェン・シャオがよく頑張った。いい汗かいていた。近寄ってクンカンしたいなあ。というかイェーガーたちがロケットでもって運ばれていったあの場所に、スクラッパーはどうやって飛んできたんだろう。それはそれで謎肉。

 謎肉といえばニコニコ超会議2018の会場に、謎肉だけが詰められたカップを販売するブースが出るって話でいったいどこに出るのかが気になって仕方がないお年頃。3カ所で売られるのは700カップと少なくて、普通に入っていたら買えないことは確実だし、プレスで入って買うのも失礼なんで夕方まで余っていたら買うことにしよう。まず無理だけど。どうやって食べるかはそのままかじってビーフジャーキーならぬおつまみとするか、お湯をかけてふやかしてかき込むのかは好き好きで。いったん水で戻してから叩いて固めてハンバーグにして焼いて食べてみたい気もしないでもない。ただとっても塩辛そう。塩抜きをした方が良いのかなあ。やっぱり気になるお年頃。

 言いたいことのためにはファクトとか知らず要素だけ並べて雰囲気を醸し出そうとするのが習い性になっている新聞が、今度は「孔子学院が危ない!」シリーズめいたものを始めていて読んだけれどもやっぱり羊頭狗肉というか、牽強付会というか火のないとこを無理矢理燃やそうとしている感じがありありで、治ってないなあと嘆息する。4回にわたってキャンペーンを張っただけれど、日本、欧州、オーストラリアにアメリカといった国々に孔子学院があるんだぜとしか言ってないような感じで、スパイだとか何とかして気はするんだけれど具体的な事例は一切なく、保守系の反中的な立場の人があげつらっているコメントとかを並べ、ほらヤバいでしょといった印象だけを醸し出す。

 こんな書き方がまかり通るなら、外資系の語学スクールだってシンパを増やすための拠点だってことになってしまう。だいたいが中国のシンパ作りがウザいなら、日本政府ももっと金出して世界にジャパンセンターを作れと言えばいいのに。オリンピックがらみで作ったリオとかロスとかのセンターはどうなってるんだ。予算つかず大変だって話も流れてたし。しかし懲りてないちうか、沖縄で起こった米兵の事故に関連してなかった行為をあったと断じて地元紙を罵倒して謝ったにも関わらず、エビデンスの一切を示さずに北海道が危ない対馬が危ない沖縄が危ないといった系列に孔子学院を並べてる。これが日本の企業なら訴訟ものの印象操作だけれど、影響力が乏しいと今は思われているのかリアクションはないみたい。それで調子に乗ってやり過ぎたら、バサッと斬られるかもしれないから用心をといったところで、聞く耳があったら最初からノーエビデンスな企画なんてやらないよなあ。やれやれ。


【4月13日】 将棋の名人戦が始まって佐藤“貴族”天彦名人に羽生善治竜王・棋聖が挑んだ第1局は100手に満たない段階で佐藤名人が投了して羽生竜王が勝利。あと3つで史上初となるタイトル100期という偉業を達成するんだけれどこれって「りゅうおうのおしごと!」の名人はもう達成していたんだろうか。九頭竜八一の竜王位を逃した後で名人が棋戦に出たってエピソードはまだ書かれていないから、来月にも決まればフィクションを現実が超えることになる。高校生くらいの竜王ではまだ現実を上回っていられるけれど、それも脅かされつつある中でいったいどんな手を繰り出してくるか白鳥士郎さん。現役大リーガーで投手で打者が将棋界に来てプロ棋士になるくらいのことは……大谷翔平選手ならやりかねないなあ。

 今日も今日とて大リーグの試合に出場しては満塁で走者一掃の3塁打を放ってた。申告敬遠も受けるくらいに打者として要注意の選手に黙されているだけある。問題は投手として規定の投球回数に達するか、そして打者として規定の打席数に達するかが曖昧な中でどちらの記録も記録としてオミットされかねない可能性があることで、記憶だけで果たして大リーグは認めて殿堂入りとかに推挙してくれるのか、やっぱりどちらかで記録を残してこその年俸であり殿堂入りなのか、そんな選択をも迫ることになりそう。次もまた打者での出場なのか休んで投手として投げるのか。そこで勝って3連勝だと記録に残らなくても十分な気もするけれど。ボブ・ホーナー選手が来日2試合目で3連発して日本人の記憶に刻まれたような。

 10周年を記念した映画の上映が終わって、そして来るものが来たという感じ。Kalafinaで結成時からメンバーのひとりとしてもっぱら低温のパートを務めて来たKeikoのスペースクラフトプロデュースからの退社が発表に。すでにいろいろと言われていたことだけに驚きはないものの、3月末かと思われていた退社の発表がなくもしかしたら気を持ち直してしばらくはKalafinaで行くのかもしれないなあと薄い期待を抱いていただけに、既定路線どおりの脱退はやっぱりちょっとばかり残念でならない。それでも映画が続いている間は発表を控え、すでにもういない3人が頑張っている姿を亡霊のように眺める空虚さを感じさせないでくれたことは素直に嬉しい。そうした配慮をだから今は噛みしめつつ、道を違えながらもWakanaとHikaruとKeikoがKalafinaであったり、違う何かであったりする道を歩んでいってくれることを願いたい。今までありがとうございました。

 といった固い所感の一方で、抜けたKeikoさんの代わりに誰かを入れて3人でKalafinaを続けていくとしたらいったい誰が入るのが良いんだろうかと考えて、同じスペースクラフト関係だったらやっぱり髪型が近い栗山千明さんが良いなあ、Chiakiで参加しないかなあと一瞬思ったけれど、Keikoさんのような歌い方が出来たかというとそこはなかなかに謎。「機動戦士ガンダムUC」の時に「流星のナミダ」とかいった楽曲を歌っていたから歌えることは分かっているけど、低音で支える役となるとやっぱり訓練が必要になるかなあ。

 だったらここは歌えるはずの元宝塚男役トップ、龍真咲さんなら完璧じゃないかと考えたけれど、今度はパンチがあり過ぎて舞台がミュージカルになってしまいそう。背後の階段も高く広くなってそこをRyuさんが降りてくる、なんて光景は絵にはなってもKalafinaかというと……。あとはFictionJunctionにも参加していたYuukaこと南里侑香さんかKaoriこと織田かおりさんかあ。いっそBON−BON−BLANCOでボーカル張ってたサントス・アンナさんなかどうだ。姉御肌だし引っ張っていってくれそうな。ただし野球選手の奥さんなんで忙しそうではあるけれど。

 いよいよもって末期の様相を呈してきた感じというか、財務事務次官が女性記者に向かってセクハラ発言をしていたという話が週刊誌に載っていたのを見たか聴いたかした麻生太郎財務相は、それが本当だとしたら言語道断だとか言った一方で、本当か分からない段階では処分とか口にできないとも言ったそうで、それはそれで妥当性があるんだけれどそうしたことが仮にあったとしても、「『本人の長い間の実績等々を踏まえれば、能力に欠けるとは判断していない』と語った」といった話も流れていて、セクハラ発言をいくら重ねていても仕事ができる人間だったら免罪されるともとられかねないというか、ほぼほぼそう言っているこの言説はさすがに女性を見くだしすぎているといった声も起こってた。

 そんな状況を追撃するかのように週刊誌は、セクハラ発言の録音までをも公開してそれが事実であったことを満天下にさらしてしまった。聞いて麻生財務相はいったいどうする気なんだろう。どうせ週刊誌のでっち上げか何かだと思いつつ、本当だったら相当に厳しい処分も必要な事態をなぜか軽く見て、条件反射的に喋って作った自分達の防衛ラインが証拠によってあっさり突破されてしまい、右往左往するところは安倍総理とまるで一緒。大言壮語して絶対だからとか総理だからと言ってラインを作り、追求を退けようとしてもしょせんは無根拠だから突き崩される。

 その可能性を知ってか知らずか大言壮語してしまい、その尻ぬぐいに官僚たちが走った結果が今回の森友・加計学園問題に関する安倍総理の頑ななスタンスだとしたら、やっぱり同じような病が内閣と霞が関を覆ってる感じ。速くなんとかしないと言っては嘘ですラインを下げますといった繰り返しになって、誰も日本の政治かや官僚の言うことを信じなくなってしまうんじゃなかろーか。それとも嘘はついたらつきとおせって訓令でも受けているのか。どっちにしてもマズい話。明日には何か動きはあるかな。動かなければそれはそれで大問題だよな。

 見ていなかったけれども女子サッカーのアジア杯は日本がオーストラリアと引き分けて、これで来年にフランスで開かれるFIFA女子ワールドカップ2019への出場権も確保できた様子。まずはめでたい。日本は1991年の第1回大会からずっと出続けているんで、シドニー五輪を逃しブラジルでのリオデジャネイロ五輪も逃したオリンピックの女子サッカーに比べると相性も良いんだけれど、メキシコのアステカスタジアムで10万人ものアウェーを戦って出場権を獲得した2003年のアメリカ大会とかを見てたりもするんで、決して圧倒的ではなく何かあればオリンピック同様に出場を逃し、それが現任で沈滞してしまう可能性もなくはなかった。だからこそとりあえず出場を祝いたい。その上で本番で2011年の優勝、2015年の準優勝のような活躍は可能かを考えたいけれど、やっぱり凄い核を書いてる気がするんだよなあ。澤穂希選手の代役はいなくても、同じ立場に立てる選手が育って欲しい。それがなでしこジャパンを真の意味で強くするのだから。


【4月12日】 ファミリーマートで「けものフレンズ」とのコラボレーションが始まって、PPPのCDが出ることもあってかPPPメンバーの描き下ろしスタンドポップがもらえるんだけれどその絵の等身がこれまでのイラストよりもちょっと上がっている感じ。すこそ前になか卯とのコラボレーションも行われてそこで使われたイラストもやっぱりちょっぴり等身が上がっていた記憶。もしかしたら原案のイラストレーターがそうした思いを抱えて描いていたりするのかもしれないけれど、アニメーション版とは切り離されていた等身の可愛いフレンズたちをも亡き者にしようとしているのだとしたらちょっと寂しいし、上がってきた等身がベストかというとそれもまた難しいところ。このまま上がってキャプテン翼みたいになったらなんて不安も抱きつつ、どうなるかと模様眺めに走るのだった。動物園とのコラボもまだまだ続くだろうなかでイラストがどうなっていくかに注目したい。

 マンハッタンが全長20キロもの巨大なオブジェクトとなって起動した上に、我らがクウェンサー・バーボタージュが冒頭でとんでもない目に遭遇し、ストーリーから消えてしまって残されたヘイヴィアやミョンリだけではどうにもならない上にクウェンサーが気になって仕方がないおほほとそして殺し屋めいた少女まで絡んできて大騒ぎ。フローレイティア=カピストラーノは遠距離攻撃によって傷つきいつものように超然として胸を突き出し闊歩することもできないまま、ひたすら圧倒的な敵に微細な戦力で立ち向かう展開が続いていったいどうなるのって不安も浮かぶけれど、そこはやっぱり1巻でもってどうにか話をまとめるシリーズだけあって、鎌池和馬さん「ヘヴィーオブジェクト 最も賢明な思考放棄 #予測不能の結末」(電撃文庫)はどうにかこうにかひとつところに収束した模様。お話もまだまだ続きそうだけれどあれだけの大仕掛けのあとで何を持ち出してくることやら。おほほvsお姫さまの決着とかに持って行くのかなあ。僕はおほほが良いと思うけど。虚像も実体も。

 そうか防音ブースが足りなかったのか日本のeスポーツ大会には。ドスパラとか経営していてGALLERIAってゲーミングPCも製造しているサードウェーブが、東京池袋の北口ちょっといったところに15日にオープンするLFS 池袋 esprots Arenaって死せるはGALLERIAが100台くらい並べてあってBenQのモニターにDXRACERというゲーミングにベストなイスまで使われていて、座れば自分もいっぱしのプロゲーマーになった気分を味わえるという国内最大級のeスポーツ施設。なおかつそうしたPCとかデバイスが100台くらいまで置ける広さがあってちょっとした大会ならそこで出来てしまう。ステージもあるしプロジェクターの用意もあるし実況席も中継機材も備えられているけれど、そんなeスポーツの大会でこれまで日本では、選手を防音ブースに入れるなんてことはしていなかった。

 オフラインの大会なんかで使われるのはホールと会議室といったパブリックな場所で、そこにステージを組んで観客席を並べステージにPCを置いてプレーさせるその脇とかで、実況者が会場に聞こえるようにアナウンスをしていたりする。当然にプレイヤーの耳にもそれは入ってしまう訳で、敵のプレイヤーがなにをしようとしているかが分かってしまうとか面倒な状況が起こってしまうし、ヘッドセットで仲間とやりとりする時も、そうした実況が騒音となって耳に入って聞こえなかったり、ゲーム中のささいな音を聞き逃してプレイに影響が出てしまったりする。これはあんまり良いことではなく、だから海外では選手たちを防音ブースに入れて外音から遮断した上で自分達のプレイに集中してもらっている。これなら実況者もプレイヤーを気にせず喋りまくれる。

 そうした防音ブースがこのLFS 池袋 esports Arenaにはステージの両脇に最初から設置してあって、ちょっぴりプロ仕様のシートなんかも置かれていてeスポーツの選手たちにとってはプレイがとてもしやすそう。片方に10人ずつくらい入れるから、5人制とかの大会には十分の設備。これを備えたってところにサードウェーブと子会社のE5 esports Worksが世界水準のeスポーツ大会を日本でも開けるようにしようって意識がみてとれるし、世界水準で戦えるプレイヤーをここから送りだそうという意識に満ちていることもうかがえる。

 いっぱい大会を開いてもらって裾野をひろげ底上げをしていくことによって世界的な選手も生まれてくるのはeがつかないスポーツでも道理。そのために池袋が頑張りつつほかの施設にも頑張ってもらい、ともに手を携えて日本のeスポーツを盛り上げていこうっていう意識を、だったら業界団体とか行政とかはキャッチアップしてもめ事なしにeスポーツが盛り上がり賞金も稼げる分野へと育てていってくれれば良いんだけれど。そこがやっぱりどうしても引っかかるのだった。どうなるのかなあ。JOCの加盟とか。賞金制大会の開催とか。

 ネットで人気の小説も出すのか電撃文庫、ってそれは「魔法科高校の劣等生」でもやられていたことではあるけれど、設定厨なところがある作品とは違って割と転生&俺TUEEEEのフォーマットに沿った作品を、PVがあるからといって出すのはなんかやっぱり電撃文庫らしくない気がしないでもない。とはいえ面白ければそれでも良いのか。ってことで秋さんという人による「魔王学院の不適合者」は長い戦乱の中でそろそろ終えたいと考えた魔王アノスが勇者や大精霊や神様と語らい自分は魔力を集結のために供出した上で転生するからといって消え、そして2000年後に男の子として生まれたと同時に魔王としての意識を抱き、すぐさま6歳くらいまで成長したら両親に驚かれた。

 でも不気味がられはしないでどうにか家にいたものの、魔王学院なるものがあってそこが学生を募集していると聞いて今度は14歳とかそんなあたりまで急成長。1カ月でそんなに成長すればやっぱり気味が悪いけど、子供の決めたことだからと両親も伴い転居して魔王学院に通い始める。そこで入学試験を受けようとして絡んできた威張っていた奴らをたいした力も使わず殺して復活させる繰り返しをみせ、強いどころではない圧倒的なすごさをみせ、試験の課題もあっさりクリアしてのけるものの魔力を測ろうとしたら装置が壊れて計測不能のまま不適合者とされてしまい、末席のクラスに通い始める。そこで知り合った少女とチームを組み、他のチームを作った彼女の姉とも対戦するような展開の中で見せるアノスの力はやっぱり圧倒的。そして授業の時にアノスの配下だったと覆われるアンデッドの先生もあっさり超してみせる。

 なんだ知り合いならアンデッドの先生は、アノスのことくらい分かっているんだろうと思いきや、いろいろ作為があってアノスのことが記憶からさっぱり抜け落ちているようで、それどころか後世に伝わっている魔王の名前もアノスが名乗っているうものとはまるで違ったものになっていた。何かが2000年の間に起こっていて、それは復活したアノスも狙っている感じ。いったい誰が。何の目的で。そんな謎に次巻があれば挑んでいくんだろうけれど、でも読んでいて面白いのは相手が強大でもあっさり退ける圧倒ぶりだったりする。「俺の家が魔力スポットだった件について」も圧倒的な魔力が万事解決してのける展開が楽しいし、「努力しすぎた世界最強の武闘家は、魔法世界を余裕で生き抜く。」の場合は魔力ではなく体力が圧倒的で魔力すら上回る展開がストレスなく楽しませてくれる、そんな系譜に連なる1作。何が出て来ても切り抜けていく確信が生むそのカタルシスを味わわせてくれると信じて待とう。


【4月11日】 ワールドカップイヤーにはサッカーに関する玩具もいっぱい出てくる感じで、きっとエポック社なんかもサッカーゲームのサムライブルー仕様を強化してくるんじゃないかと思うけれど、タカラトミーも「サッカーボーグ」っていうサッカーをプレイさせるロボット玩具を出してきて、その発表会が豊洲にあるフットサルコート脇のクラブハウスで行われたんで見物に行く。ロボット自体は無線操作で前進後退に左右の旋回ができる感じであとは右足と左足をそれぞれに出すトリガーがあって、走って回ってボールを運んでシュートを打ってといった具合のプレイを楽しめそう。

 最初は動かすのにも苦労しそうだけれど慣れれば指先がサッカーボーグと結ばれ自在に操れそう。そして繰り出すシュートも左なら浮き球で右ならグラウンダーといった具合に使い分けが出来そう。シューズにあたる部分が左右で違ってて、キューブ状の右足ではボールは転がり爪みたいなのが出た左足だとひかっかってボールが上に浮く。相手が立ちふさがった時とかだと、頭を越してループシュートやループパスなんかを出せるからこれは面白い。パスっていうのは「サッカーボーグ」は1対1だけでなく2対2でもそれこそ11対11でも混戦せずに動かせることを利用し、複数対複数で試合するときに味方にボールを送ること。これがうまく通るようになれば本当のサッカーを行っているなり観ている気になれるだろー。大会に出るのは大変だけれどこれを遊ぶスペースとかがあればちょっと行って参加してみたいかも。

 そんな「サッカーボーグ」の発表会には元日本代表の武田修宏さんが来場していて、サッカーといえば最も話題になっている日本代表のハリルホジッチ監督解任について囲みで話してた。もう3年前の就任時から、日本のサッカーとはタイプが違うから反対だと評召していた武田さんだけに、今回の解任も当然といった受け止め方をしているみたい。もちろん短期決戦で勝てるかどうかといった部分で、あるいはハリルホジッチ監督の方に強みがあったかもしれないけれど、ロシア大会のみならず次のカタール大会なりその次なりも見据えて日本代表を構築していくべきだと考えるなら、今替えてそして10年とかのスパンを観ながら育成し強化し熟成していくことに重きをおくべきって武田さんは話してた。そういう味方も当然あるだろうし、やっぱりワールドカップで勝ことこそが至上命題なら、ハリルホジッチ監督の解任を愚とみる意見にも賛成したくなる。結果が伴い底上げも出来れば最高なんだけれどなあ。それが出来るのはオシム監督くらいかなあ。

 ワーナーでの試写に続いて放送前夜祭の取材でテレビアニメーション「ひそねとまそたん」の1話と2話を観てやっぱりゲラゲラ。劇場なんで声にこそ出さないけれども「君の声をとどけたい」の青木俊直さんによるキャラクター原案ならではのほげーとした雰囲気の中で、ぬぽぽんと繰り出される意外な展開にうほーとなって見入ってしまった。何を言っているか分からないけど分かる人には分かるのだ。ドラゴンに乗るってドラゴンに乗るってドラゴンに乗るってドラゴンに乗るって。うほー。とか。

 そんな放送前夜祭では、樋口真嗣総監督と声を担当した久野美咲さん黒沢ともよさんとオープニングを歌った福本莉子さんが登場していろいろと喋ってた。中でも司会の松沢千晶さんが甘粕ひそねというヒロインについて変わったキャラクター、ちょっとおかしいキャラクターといった表現を使ったことになぜか樋口総監督がひっかかって突っ込んでいた。いや変わっているしちょっとおかしいんだけれど、樋口監督に言わせれば凄く魅力的でこういう子が良いらしい。

 というのも樋口総監督、過去の仕事で初めて携わったアニメーションが「王立宇宙軍 オネアミスの翼」でヒロインは言わずと知れたリイクニ・ノンデライコ。名前はともかくプロフィルはやっぱりちょっと不思議で性格も純粋なんだけれどまっすぐすぎるというか文字通りに宗教がかっててちょっとヤバい。そして次くらいに関わったのが「ふしぎの海のナディア」でそのナディアの性格はやっぱりストレートで明るくぶっ飛んでいたし、「」新世紀エヴァンゲリオン」で主に関わったアスカ・惣流・ラングレーもまっすぐなんだけれど勝ち気でややサイケにサイコなところもあった。

 ということもあって「自分の中でアニメーションに出てくるのはこういうものだと思っていた。性格の振り幅があってコントラストが強くないといけないと思った。そうでもないんですか」と樋口総監督。いやあ偏ってますよと言える人もいるだろうし、どストライクだと納得する人もいそう。そして、リイクニやナディアやアスカの例にならうと甘粕ひそねは茫洋としているようでそれには理由もあって、本気出すと結構周囲をどん引きさせるくらいのパラノにストレートなところがあるから戦列に加えて遜色はない。そうした、ある意味で自分の趣味が出ているキャラクターをおかしい、変だと言われたからやっぱりピクッとなったんだろうか、樋口さん。松沢さんとの仕込みってことはないよねえ。

 早速、久野さんに「つまりはひそねは樋口さんのタイプなんですか」と突っ込まれていたけれど、うにゃうにゃしつつ「タイプかもしれないですねえ、理想とうか」と答えていたからきっと狷介で厄介な女性が好みなんだろう。そして振り回されたいんだろう。僕もそういう傾向はあるけど知り合う機会がないから振り回されることはないのだった。そこは残念。とても残念。ここでリイクニとナディアとアスカとひそねが目の前に現れ自分を選べと言って誰を選ぶかというとアスカになるのは勝ち気でまっすぐでツンデレなのが良いってことになるのかな。樋口総監督なら誰を1番にするのかな。甘粕さんではちょっとないかなあ、リイクニも下寄りになるかなあ。つまりはアスカってことで。そういうものだ。

 なるほど海外で孔子学院についてもうちょっと調べた方が良くないかといったことになっているのは間違いないけれど、それが即座に反社会的反政府的組織のダミーであって早急に解体すべきだといった流れにはなっていない。ある意味でどこかイデオロギー的な反発を反対表明といった行為に込めているだけであって、その中身について精査があったとは限らなかったりする。ただでさえそんな状況であるにも関わらず、歴史戦とか銘打って微妙に作為的な空気を作り出しては、その中だけで通じる論法を繰り出し自分達が歴史を正しているんだと行った気になる連載で、孔子学院を取り上げ、どこか非難したような雰囲気を作り出している。もっとも、今の日本の孔子学院がカルチャースクールにちょい上乗せがあるような組織だったりする状況で、何か具体的な謀略なり諜報なりプロパガンダなりを孔子学院が行い、日本政府なり官憲を脅かしていたかというと……。そういったファクトもエビデンスもない出来事を取り上げ、アブナイ組織として印象づけようとしているところに、今のその新聞の限界めいたものが感じられて仕方がない。やばいよなあ。でもやめられないんだ、息を吸うために。やれやれだ。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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