Last Updated 2020/1/26
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」
リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!
薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー
日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ
ワーニングワーニング
(ホントはただの日記です)
◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した
『積ん読パラダイス』
だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で
『積ん読パラダイスinBlog』
なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
◎
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション
『ノアのハコ庭』
に全人類よ、涙せよ。
【1月2日】
放送された「PUI PUI モルカー」の第4話をテレビではなくネットで視聴。モルカーの中でいろいろと食べてはゴミを散らしている男性は、監督の見里朝希さんではなかった。第1話でモルカー渋滞の原因となった、社内で音楽を聞いて信号が変わったのに気付かず発信させなかった男性は、見里さんが演じていたけど帽子を被って顔を伏せていたので表情は分からず。第4話はモロ顔出しをしていて、背格好が何となく似ていたのでもしかしたらと一瞬思ってしまった。
ちなみに第1話で渋滞につかまって困る女性運転手をしていたのは、確かお姉さんだったっけ。身内と知り合いで固める家内制アニメーションかなって感じさせたけれど、そこまでインディペンデントではないよなあ、バンダイナムコアーツが深く関わっているみたいだし。そんな「PUI PUI モルカー」第4話は、外に放り出されたゴミをモルカーが食べて回収していくのを見て、乗っていた男性がゴミをどんどんと放り出しては食べさせのを繰り返す。
捨てたのに拾われたのが気に入らなかったのか、それとも拾わせるのが楽しかったのか。そこがちょっと判然としないけど、いずれにしてもモルカーにとっては良い迷惑。食べるついでの道ばたのゴミまで食べてしまったのが良くなかったのか、お腹の具合が悪くなって道ばたのトイレにかけこんだ。そうか食べたらやっぱりお腹に来るのか。そのお腹ってのが運転席なら運転手は食べ物か。いっそそのまま胃液で消化してしまえば……ってことはできないようで、取り込んだゴミともども外へと排泄。ポイ捨て野郎が文字通りのクソ野郎扱いされる展開が、子供たちの教育にとってはとてもよろしいんじゃなかろうか。
コンテは前回に続いて「澱みの騒ぎ」が毎日映画コンクールの大藤信郎賞をとった小野ハナさん。個人で作る作品はもっとアートに寄っているけどそうした作品を手がける合間に、こうした商業作品にも出ていっては、脚本に沿って冴えたコンテで、人間の悪い所業をそれと分からせる絵を作ってくる。とはいえ前回は炎天下の車中に置き去りにされる猫でありモルカーで、今回はゴミを食べさせられるモルカーといった具合に、モルカーが困る描写が続いたのは裏返せば、人間としてモルカーを、困らせる着想に長けているってことになる。そんな残酷な。いやまあ人間とは基本残酷な生き物で、それを省みられるからこそモルカーに託して自分を戒めようとしているのかも。嗜虐的か自嘲的か。聞いてみたい。
そんな「PUI PUI モルカー」をネットで見ているうちに町田に到着。船橋からだと1時間半くらいだから三鷹と比べてもそんなに遠くはないか。商工会議所さんでいろいろと話を伺ってから、随分と前に立ち寄ってマテ茶に関する取材をしたお茶のひじかた園に立ち寄って、マテ茶を飲むのに必要なボンビーリャと呼ばれる金属製で先端に茶こしがついたストローと、そしてマテ茶を選んでもらって購入する。ボンビーリャは前にも買ったけれどしばらく使っていない間に錆が出てしまったのだった。
買い換えようにも近所で売っているところはなし。ネットでも通販はされているけれど、町田に行く用事があるなら日本で一番、マテ茶に詳しいひじかた園なら揃っているだろうと思って入ったら、いろいろと取り出して来てくれた。ネットより値段は張るけど店主さんが厳選したものだから間違いはなし。マテ茶もセレクタ製でパラグアイ産のグリーンマテ茶にインドのモリンガというハーブを混ぜたものを薦めてもらったのでそれを購入。カバンに入れて戻る途中、新宿に寄ってTOHOシネマズ新宿で副音声付きで「劇場版 銀魂 THE FINAL」を見る。
アプリを入れて音声を落としておくと、上映と同時に再生がスタートするという仕組みで、ちゃんと展開に合わせて杉田智和さんと阪口大助さん、釘宮理恵さんが喋って冒頭の「ドラゴンボール」みたいな映像に突っ込んだりしてた。そうかアニメの制作現場を描いた場面で女性アニメーターの叫びを入れていたのは宮脇千鶴監督自身だったのか。とにかく盛りだくさんの内容だったけれど、中ではお妙さんを演じていたゆきのさつきさんが、最初の頃は豹変して叫ぶ収録で飛ばしすぎて喉を潰してしまっていたとか。だんだんとセーブするようになったけど、それであれなら最初は凄かったってことだよなあ。Netflixに入っているので順にお妙さんの出演場面を探して見返していこう。
TOHOシネマズ新宿の9番シアター最前列はリクライニングが聞く上にスクリーンまでの距離もあって見やすいことが判明。今後も利用したいけど1番見たい「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開が延びた今だと、何を見に行ったら良いのやら。今週末だと最前列で浴びるようにして見たい作品ってないし。かといってスタジオジブリがリバイバルの第2弾を用意している感じもないから、もう1度くらい副音声なしの「銀魂」を見ることにしようかな。
帰ってマテ茶を久々に入れる。肝心のマテ壺はヒョウタン製のものは黴びてしまっていたけれど、別に買ったパロサントって木製のものは大丈夫なので、それを使うことにする。マテ茶を取り出し壺に入れ片方に寄せてお湯を注ぎボンビーリャを突っ込んで口を付けたら熱かった。そうか金属製でお湯だとそうなるか。今まではたいてい水を注いでテレレで飲んでいたのでそういう“事故”とは縁遠かったのだった。夏までまだ間があるししばらくはお湯で飲むのが続きそうなんで、水を電気ポットで沸騰させる寸前まで温める技術を会得しよう。味は……お湯だとハーブっぽさがいまいち不明。でも味は懐かしいマテ茶。ビタミン豊富でノンカフェインだから健康には良さそう。これで痩せるとなお嬉しいが……。
【1月25日】
自衛隊に決起を促しながらも立たず逆に罵声を浴びせてきた自衛隊に絶望して、割腹して果てた三島由紀夫が自分で組織した「盾の会」は自衛隊からは独立した私的な部隊であって、自衛隊ではできない訓練をほどこし自律していこうとしていた節がある。そんな「盾の会」と一緒にされては迷惑も甚だしいと三島も思いそうな共同通信による自衛隊OBによる自衛隊員の私的な時間を使っての合同セミナー的訓練。参加したのはあくまでも自衛隊員であって、日々の訓練だとか仕事にプラスアルファで、能力の向上に努めたいって気持ちがそこにはあったんじゃなかろうか。
自衛隊OBは別に三島由紀夫のように自衛隊員を囲い込んでは私兵として育て決起を促そうとしたものではない。まあナショナリズム的で尊皇的なイデオロギーはありそうで、その線にそって自衛隊員をオルグしたいって思いはあったかもしれないけれど、当の自衛隊員達が誘われて参加してちょっぴり強くなって賢くなったと思うような自己啓発セミナーに近いものを、ことさらに問題視してヤバいと訴えるのも大人げない気がしないでもない。とはいえ自前で鍛錬だって出来るだろう自衛隊員が、余所のセミナーに参加するのも考え物。そうはならないコースを作ってあげるべきなんじゃないかなあ。教えるんだシステマとか忍術とかカポエイラとかを。
あるいはウエイヴか。何それって人に説明するなら坂口択さんっていうアクションが得意な俳優さんがたどり着いた近接格闘の流儀みたいなもので、それこそゼロレンジから手数を出しては相手を圧倒するようなバトルって奴を繰り出せるようになるらしい。「Re:BORN リボーン」という映画でその技を見せてくれたそうだけれど、その一端に「暴力無双―サブリミナル・ウォー―」でも触れられそう。映画ではなく配信向けのVシネマ的な作品で、監督は榊秀雄さんという人で、坂口択さんが出演してほかに「仮面ライダー斬鬼」に出ていた松田賢二さんや女性で格闘もする浅井光星さんや、バイプレイヤーとして活躍する松本実さんも出演している。
ってそれ「VERSUS」じゃん。そう2000年に世に送り出された北村龍平監督の「VERSUS」に出演していた面々が、20年という時を経て集った作品が「「暴力無双―サブリミナル・ウォー―」。もちろん三坂知恵子さんも出演しているけれど、20年前はさらわれては襲われ守られるヒロインだったのが、今回は悪の親玉といった感じになって暗躍しては、最後にロケットランチャーか何かで吹き飛ばされて炎上して果てる。そこへと至る過程では、必殺処刑コップが出て来ては片腕を切り飛ばされたり、坂口さんが喋りまくる相手に「お前の話は長いんだよ」と告げたりと「VVERSUS」を見ていた人なら思い浮かぶセリフやシーンが満載。松本実さんも慌てふためいて逃げ回っているけれど、その演技も20年が経って円熟味が増していた。
榊英雄さんは髭がなくてちょっと老獪さが増していたといったところかな。坂口さんのようなアクションでのしてきた人ではないけれど、それでも近接格闘の妙を見せてはくれていた。瞠目は女性の浅井光星さんかなあ。あれから20年が経ってもしっかりとしたスタイルを保ちつつショートパンツ状のジーンズからにょっきりと足を覗かせて蹴りを放ち腰を落とし拳を繰り出すといった目にも楽しい格闘シーンを見せてくれた。どうやら洗脳されていたらしい状態では圧倒的な強さを見せるのに、洗脳がとけたとたん可愛らしくなるのは「VERSUS」でも見られなかった姿で面白かった。三坂さんに変わるヒロインは「手裏剣戦隊ニンニンジャー」で百地霞を演じた山谷花純さん。かよわい風ではあったけれど、癖のありまくる面々の中でも物怖じしない演技を見せていたからきっと、これからの邦画で活躍していってくれるだろう。注意していこう。20年後にロケットランチャーで爆破される可能性も見据えて。
賀来ゆうじさんの「地獄楽」が少年ジャンプ+の連載で完結に。すでに前週でだいたいのストーリーは終わっていて、後日譚的な展開が描かれた感じで画眉丸は幻かもと一時は言われた女房がしっかりと実在していて、幕府による追求をくぐりぬける形で野に降りてはしっかりと仲睦まじい暮らしを送っていた。ペアを組んだ佐切の立場がないっちゃあないけれど、もとよりヒロインというよりはパートナーとしての登場であって、画眉丸があらゆる誘惑や迷いや攻撃をしのぎ退け生き延びられたのは、すべてが妻の結への思いがあったゆえ。そんな一途さを支えるバディだったと思えば今も幸せを願う立場で間違いはない。女性としてはどうだったのか。そこは杠(ゆるじは)が埋めてあげているのかな。
ひとり正当な立場を得た剣豪の民谷厳鉄斎は道場破りも少なくなくて大変そう。ヌルガイと士遠で子連れ座頭市ってちょっと笑った。ヌルガイってそんな歳でもないのになあ。あとも気になる面々がいるけれど、それよりエンディングで現代が出て来てそこに描かれた面々は天仙の生き残りか何かだったっけ、そのあたりもうちょっと読み込んで考えよう。そんな「地獄楽」が連載終了と同時にアニメ化決定。「チェーンソーマン」も週刊少年ジャンプでの連載第1部が完結したのと同時にアニメ化が発表されてたし、人気の途中でアニメ化されて原作を飛び越し盛り上がっては終了となった一方で、漫画の存在感が薄れる事態を避けて漫画の盛り上がりを引き継いで、アニメでまた盛り上げようという手法を取り入れ始めているのかもしれない。声が誰かが気になるなあ。あと制作会社。見守りたい。
【1月24日】
アメリカのコーネル大学が、先のアメリカ大統領選で、バイデン大統領や民主党に関するデマをまき散らしたツイッターのアカウントを洗い出しては並べてみせて、その中に日本のアカウントというカテゴリーがあって沖縄から出向いて行ったジャーナリストの人や、日本にずっと居ながら不正があったと叫び続けた自称ジャーナリストの人なんかのアカウントが上位に並んでた。さすがは全米屈指の名門大学、見ているところはしっかり見てる。歴史の本を書いた作家の人とか、その本を編集して対談までした人とかが入ってないのは謎だけれど、影響力はあっても回数的に頻繁ではなかったという判断か。あとは通信社の元政治部長も。取るに足らないと思われた?
ユニークなのは、そうやって指摘されてもなお、とっくの昔にフェイク認定された自称を持ち出しては、不正があったことは事実だと嘯いてこうした指摘は認めないと言ってることだけれど、現地の当局者たちも不正の存在を見いだせず、裁判に訴え出ても却下されまくっている事柄を遠く日本にいてどうして事実だなんて言い切れるのかが分からない。よほど凄まじい情報源があるのか、それとも知らない間にアメリカにいって調査をしていたのか。分からないけれどもこうやって名前が挙げられリストアップされたからには、内容を精査されてはアメリカの敵認定され、渡米なんかにも影響が出るかもしれない。どういうビザでアメリカに長期滞在しては報道に関わっている沖縄のジャーナリストにもそろろそ影響があるかなあ。報道ビザなり特派員ビザってなかなかとれないものなんだよなあ。
そんなライト方面でも極端にライト側でなおかつアンダーグラウンドな印象すら放ち始めている面々から、同じライト方面に属しながらも敵認定されてしまった人たちが集まってYouTubeを使ってアメリカ大統領選について番組を作って発信していた。語られる内容は極めて真っ当にトランプ大統領が煽った感じすらあった1月6日の連邦議会突入はテロでありそれ以上にクーデターでもあって、関わった者たちは全員が国家に対する叛逆の罪でもってマークされることになると指摘。そうした行為が起こりえることを予見できなかったとしても、結果としてきっかけを与えたトランプ前大統領にはやは罪があって罰を受けるべきだろうと話してた。
どんな状況であっても、民主主義の名の下に占拠が行われてそして法律的に問題がないと分かったのなら政権を譲るのがアメリカ合衆国という国の美徳であり、世界で最初の民主主義国家たるプライドでもあるといった意見も極めて納得できるもの。そうした意見をどうして普段から言わずに同じ狢として一緒くたにされていたのかといえば、やっぱり中国憎しの感情があってそれをバックアップしてくれるアメリカの当時の政体に、異論なんて言えなかったってこともあるんだろうなあ。
でもさすがにアメリカ合衆国という国そのものの根幹であり、成り立ちを揺るがすような事態が、あったと糾弾する声には与せなくなる人も出て来たというか。だからこそなおもしがみついて不正を糾弾する人達の狙いが分からない。いや分かるんだけれどどうしてそこまでイデオロギーを過ぎたカルトの領域に足を突っ込むかが分からない。衣食足りて礼節を知るというか、武士は食わねど高楊枝の反対というか。それで果たしていつまでも食べていけるのかが見物だけれど、この段階になって堂々と連邦議会に突入したのは極左だといった論調で書かれた記事を掲載して、表紙にまで見出しを載せる雑誌もあったりするから、まだまだしばらくは日本においては続くんじゃなかろうか。止める手立てもないし。
目覚めると雪こそ降っていなかったけれども雨で遠くに出かける気力もないので、買い置きの野菜ジュースを飲んでしばらくうだうだとしてから、むっくりと起きて近所のチョコクロまで出かけてサンドイッチをコーヒーで流し込みつつ、先だってオンラインで行われた会議の議事録なんかをまとめる作業を数時間。どうにか一段落付けてから、スーパーで昼食用のチキンカツと納豆巻きとサラダを買って、それから夕食用にカップ麺と豆類とゆで卵とミニカツ丼を買って買える途中に本屋に寄って、新刊を仕入れてそれから帰宅。途中でi☆Risの開かれなかったコンサートのチケットを引き出したら前から3列目とか6列目の両席で泣いた。もう渋谷梓希さんは見られないのかと思うと寂しくなった。最後のライブは行けそうもないからネットで見よう。
これは凄いSFなので宇佐楢春さんによるGA文庫大賞の金賞受賞作となる「忘れえぬ魔女の物語」を読むように。相沢綾花という高校生になったばかりの少女がいて、稲葉未散という同級生の少女と仲良くなって始まった高校生活は、翌日も同じように綾花と未散が始めて出会って知り合うことになる、そして翌日もやっぱり綾花と未散が出会って友だちになる。
どういうことか。実は全部同じ4月6日のこと。それが3回繰り返されて、その中の1日が選ばれて翌日の4月7日に繋がっていった。鍵になっているのが綾花という少女の不思議な能力。彼女は生まれてからずっと、同じ1日を数度、たいていは5度くらいて多いともっと多くの日数を過ごしてから、そのうちの1日が継続する形で翌日へと進んでまた何回か同じ日を繰り返したあと、翌日へと進んでいたのだった。15歳の綾花はだから、その5倍くらいの時間を自身の体感として過ごしていたことになるからだいたい75年。幼くして老成してしまった感すらあって、そうした態度を恐れて両親は綾花を離れにひとり、放り出して住まわせていた。
そんな綾花が未散と知り合って歩み始めた高校生活も、やっぱり何度か繰り返しては進んでいく日々だったけれど、そうした中で育まれた未散への感情から、起こったことが続いて欲しいと願うなり、起こったことがなくなって欲しいと願うようになっていた。危険に遭うならそうはならず、良いことがあったらその記憶が続くようにといった具合。上手くいく時もあればそうでない時もあってそれが苦しくもあり嬉しくもあった綾花の日々に、大変なことが起こる。
時間の牢獄。超えられない壁。それにぶつかった時に、諦めないでいられるか。自分を保っていられるか。問われるところがある。そしてもうひとつ、観測することによって進む時間の流れは自分以外にもあり得るのかといった疑問。もしかしたら世界は認識する誰かの数だけ、存在はして分岐しながら進んでいるのかもしれない。百合的な関係性を描きつつ、ハードな時間への認識を問いつつ、突破する道を思考させる思弁性を持ったSFストーリーだ。
【1月23日】
4000人を超えて例年のインフルエンザによる死者数を超えてきた新型コロナウイルス感染症の影響だったけれど、それから10日を経ずして亡くなった方が1000人増えて5000人を突破。なるほどこれが指数関数的な増え方かって感じさせられるくらいに、拡大の一途をたどっている。なるほど陽性者がいくら増えようとも重症にならず亡くなりもしないならただの風邪かそれ以下って言う人の意見も分かるけど、こうも亡くなる方が多くいて、そして入院時の長さと後遺症の重さを考えるならやっぱり邪険にあつかって良い病気じゃない。
それだけに対策もしっかりして欲しいところだけど、ワクチンは手に入らず打てる人も限られそう。それで大勢を招いてのオリンピックなんて開けるのか、ってあたりにも帰結しそうな問題を、軽く考えている漫画家さんとその周辺は今後の状況が悪化した場合、どういった良い訳をしてくることになるんだろう。若い人が亡くなっていないからたいしたことがないってあたりに落ち着けるんだろうなあ。だったら年寄りは亡くなっても構わないのか、ってところは開き直るんだ。今は若い世代の支持さえ得られれば食っていけると割り切って。やれやれだ。
第75回毎日映画コンクールの受賞作品が決まって、アニメーション映画賞は佐藤順一監督と鎌谷悠監督による「魔女見習いを探して」、そして大藤信郎賞には岩井澤健治監督の「音楽」がそれぞれ輝いた。一般性を持った映画がアニメーション映画賞に来て、大藤賞は芸術性が尊ばれる場合が多いことを考えるとこれは妥当な配分。佐藤順一監督だと「泣きた私は猫をかぶる」もあったけれども、Netflixでの配信がメインだったからなのかノミネートはされておらず、当然に受賞は無し。あと日本映画史上最高の興行収入をあげた「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」はノミネートされていたものの、テレビシリーズの続きといったこともあってが単品で判断されるコンクールで受賞はやっぱり難しかったのかもしれない。
20億円を超える興行収入に達した『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』もテレビシリーズの続きだからやっぱり除外されたのかも。それは「おジャ魔女どれみ」と関連して、シリーズを見てないと分からない部分もあったりする「魔女見習いを探して」も一緒だけれど、そうしたテレビ番組があったんだということを索引を通して知り、そこで何が繰り広げられていたのかをうすうすながらも感じ取れる展開を通して、かつての少女たちがそれぞれに成長してしまった今、社会の中で直面しているさまざまな問題に触れ悩みながらも、過去に培った思いと新しく得た仲間たちをより所にして、立ち直り歩き出していくストーリーが人生において普遍のものと受け止められ、受賞に至ったのだとも考えられる。
個人的には「ジョゼと虎と魚たち」にも頑張って欲しかったけれど、公開時期が年末のギリギリでは届く層に届かなかったのと、あとはやっぱり実写版と比べられてしまったのかもしれない。「サイダーのように言葉が湧き上がる」がノミネートされたのはちょっと勿体なかったかなあ、映画祭だけの上映で本番はまだ先な訳だし。大藤信郎賞の「音楽」は1人が頑張って絵を描いて作り上げた上に、それがとても巧みで展開にマッチしてグングンと気分を盛り上げられ、そしてラストで始める展開に大いにやられたから受賞は当然。それこそアニメーション映画賞でも良かったけれど、個人の思いがたっぷりということで大藤賞にに回ったのかも。ストップモーションアニメーションの秀作「劇場版 ごん −GON, THE LITTLE FOX−」は惜しかった。
一般の映画に目を転じると、最高賞の日本映画賞は大森立嗣監督の「MOTHER マザー」で少年の祖父母殺人事件をテーマに描いたものらしく、そういえば予告編は見たけれども本編は見ていなかった。こういう家庭がどっぷり描かれたものを今はまだ見る気力がないのだった。日本映画優秀賞は武正晴監督の「アンダードッグ」でボクシングがテーマの作品だけれど確か無茶苦茶長いんじゃなかったっけ。東京国際映画祭で見るチャンスはあったけれど時間がさすがに気を引かせた。上映続いているなら見て期待かも。大林宣彦監督の遺作となった「海辺の映画館 キネマの玉手箱」も長かったけれど、これはめくるめく変幻する展開に翻弄される形で見てしまったっけ。そこはやっぱりマジック。でも遺作だからといって受賞できるとは限らないか。他の映画祭ではどうなるか。見て行きたい。
第33回ファンタジア大賞で金賞の水原みずきさん「魔女と始める神への逆襲 道化の魔女と裏切られた少年」(ファンタジア文庫)は修行というか試練を重ねた分だけ魔技が身につくとう設定がちょっとユニーク。とはいえ重ねる努力には常軌を逸したものもあって、氷を扱う魔術だったら365時間詰めたい場所に浸っていないと行けないとか、クリアする前に死んでしまいそうなものもあるし、とてつもない犠牲の上に成り立っていたりするものもある。
そんなひとつで、神匣の心臓といって、神がかりの領域に達している絶対に死なない体になれる魔技を身に着けてしまった少年が、ぬいぐるみによって追い立てられている場面から開幕。そこに現れたのはしばらくぶりに人前に姿を現した3人いる魔女のひとり、道化の大魔女オヨチで追われていたティスクという名の少年を助けて自分の住処へと連れて帰っては、その神匣を消し去る魔技があると誘って少年にそれを授けようとする。
目的は神に逆らいたいかららしいけれど、そのために必要な材料を集める家庭でオヨチの裏切りというか、元からティクスを騙していたっぽい状況が判明。けれどもどこか違っているぞといったところで、魔女ではあってもなかなかに感情がありそうなところが浮かび上がって来る。でも本当にそうなのか、魔女ってもっと恐ろしいものなんじゃないのかってのは、オヨチの親にあたる大魔女の非道ぶりからも感じられたりする。甘酸っぱいボーイ・ミーツ・ガールなのか奥深い策謀の上でのやりとりなのか。そんなプロセスを経てたどり着いた結末から先、新たに始まりそうな冒険の先に現れるのは何者か、ってところにも興味。大魔女なんてラスボスの先だからとんでもないものが出て来そうだけれど、勝てるかな、オヨチとティクスは。
【1月22日】
クラーケンが炸裂するとか告発されるとかいったトランプ前大統領の支持者たちによるバイデン大統領へのまったく根拠のない権勢を、いかにも真実かのように取りあげては拡散していた日本の自称ジャーナリストとか通信社の元政治部長とかがいたけれど、結果として何の事態も起こらずバイデン大統領が普通に就任しては早速WHOへの復帰を決めたりパリ協定への復帰を決めたりして、トランプ大統領が人気取りのためにしでかした無茶の修正に乗り出した。こうした状況にデマを拡散し続けた自称ジャーナリストとか元政治部長は普通だったら恥ずかしさで頭を丸めて旅に出たくなるはずなのに、そんな気配は見せずに相変わらずせっせとデマを集めては広めてる。
だいたいが不正の上に成り立ったバイデン大統領だなんて言いぐさ事態が根拠の何も示されないデマだったりする訳で、証拠を見せてよと言っても不正をやってない証拠を見せろと悪魔の証明を求めてきたりする感じで処置なしといったところ。最近もトランプの解任につながる修正第25条の発動が取り沙汰されたことに、多くのメディアが飛びついて結果として発動されなかた状況にデマを拡散したなんて嘯いていたけれど、それを言うならクラーケンだのドミニオンのドイツでの欧州だの米軍と現地警察の戦闘だのといったありもしない事態を喧伝していたのは誰なんだって話になる。
そうした我が身を省みない態度に若いユーチューバーも呆れ帰って離れていったみたいだけれど、相変わらずの支持者の少なくないから当面は、そっちに向けた言説でもって商売を続けていくんだろうなあ。何しろ準全国紙の結構なポジションにあるコラムの執筆者にまでなってしまったんだから。やれやれだ。それはそれとして立派に就任をしたバイデン大統領とカマラ・ハリス副大統領のペアが果たしてどんな政策を見せるのか。中国の台頭は貿易と経済の発展の上で欠かせない一方で、国内での統治の方法に乱暴なところを見せているだけに締め付けも欠かせない。そうした舵取りを間違うと将来に禍根を残しかねないだけに、どこから取りかかっていくかをまずは見極めたい。ウイグル問題とか最後っ屁的に大批判を残していったからなあ、トランプ政権。これはこれで厳しい問題だけにどうするかに注目。
アメリカも大変だけれど日本もいろいろと大変そう。東京オリンピックの開催について海外ではもはや中止の方向で調整が始まっているって感じの報道がされているけれど、日本の側でそうですとは言えないだけにいつ、どのタイミングで言い出すかってところでいろいろと綱引きがありそう。トップに君臨する森喜朗元総理とかが西日本新聞のインタビューに答えて「延期はない」って喋っていたけれど、だったら中止もないのかというとそこは3月の聖火リレーの再出発が果たされるか否かを見れば分かると曖昧な表現をしていた。完全否定できない事情があるってことだとするならば、そのあたりで中止を言い出すってことになるんだろう。
オリンピックを見に行くなんて一生に1度、出来るかどうかの事態だっただけに残念だけれど、目の前で延期になって中止になるなんて経験も一生に1度あるかどうか。チケットを発券できれば記念になるんだけれどなあ。それとも実施ということになれば、観戦者は選手とか海外から来た人たちにうつしたりうつされたりするのを防ぐ必要があるってことで、優先的にワクチンの接種が受けられるなんてことがあったら、チケットを持っていることが重要になってくるけれど、昨今の報道だとワクチンの納入期限が6月から年末へとズレ込んだみたいで、日本国民に万遍なく行き渡るのは数年後って可能性も出て来た。こうなると流石に開催も無理って言うかと思ったら、ワクチンの接種は無関係に開催するかを検討するだけって菅総理。言質を取られたくないんだろうけれど、ビジョンを示せないリーダーに任せていたら気持ちが沈む。やっぱり早くどうにかしないと、でも誰に? 目立ちたがり屋のワクチン担当相だけは勘弁な。
500年の眠りから覚めた魔王が見たのは魔法が使えるファンタジー的な世界と科学文明が発達したいわゆる現代の地球のような世界が融合してしまった状況。そこでは魔法の力で科学を駆動させることも可能になっていて、そうした仕組みを搭載したウエアラブル端末がすべての人たちの生活を支援していたり、パワードスーツのようなものが作られたりしていた。だったら魔王はといえば端末がある事情から使えず、配下にあった少女の世話になりながら日々をどうやって暮らしていくかを考えなくてはならなかった。そんな設定なのがファンタジア大賞で大賞となった柴大悟さん「魔王2099 1.電子荒廃都市・新宿」だ。
復活して落ちぶれた魔王という設定が愉快だし、そして始めたのがゲーム実況のユーチューバーというのも面白い。下手だけれど顔と声の良さでファンを増やし、諦めないでクリアに挑むプレイぶりも評判になるのもギャップがあってなかなか楽しい。そうやって信者を集めることによって、少しずつでも魔王としての力を取り戻してくという展開があって、その先でかつての配下で今は魔王を虐げ世界を手にしようとしている吸血鬼を相手に挑んで倒した後、続く物語はいったいどんな敵を魔王の前に立ちふさがらせるのか。配下の誰かが裏切ったりしているのかな。追っていこう。
【1月21日】
いろいろと応援している「探偵はもう、死んでいる。」のテレビアニメ化が決定。去年に作者の二語十さんとイラストのうみぼうずさんにインタビューさせてもらって、刊行から1周年を祝ったばかりだけれど、さすがにアニメ化は2年3年かかるだろうなと思っていたら意外すぎるペースで話が進んでいた。制作会社だって決まっていて声優さんもキャスティング済み。さすがに作品が重なりすぎている感じもあるのか、シエスタの声は悠木碧さんにはならかったけれど、若手で「装甲娘戦機」なんかに出ている宮下早希さんが務め、そして出演が多くなって実質的なヒロイン役を担う夏凪渚は竹達彩奈さんが演じてくれるから、これは安心と言えるだろう。
もうひとりの主人公、君塚君彦は長井新さんとうこちらも割と新しめの声優さんで、斎川唯の高尾奏音さんは「放課後ていぼう部」の鶴木陽渚で注目の元気者、シャーロット・有坂・アンダーソンはこれまた新鋭の白砂沙帆さんといったフレッシュな人たちを並べてくれているから、見て果たしてどんな感じの声を聞かせてくれるかが今から楽しみ。一方でコウモリは松岡禎丞さん、カメレオンは子安武人さんとベテランの主役旧が並んでいるから、こちらは安心して聴けそう。気になるのは加瀬風靡さん、そして《SPAS》のボスのシードを誰が演じるかってところか。それぞれに鍵となるキャラだけあって大者が来ると期待。水樹奈々さんとか宮野真守さんとか。それは贅沢かな。
そりゃあワクチンで感染呼予防なんてなかなかできるものではなく、感染した場合の重症化を防ぐ方に重点が置かれていたりする。にも関わらず、そうしたことを踏まえてされただろう発言を受けて「ワクチンは感染を9割防げない」という言葉だけを引っ張り出して、新型コロナウイルス感染症のワクチンがいかにも効かないようなトーンで報じたら、誤解も甚だしい上に、ワクチンによって亡くならくても良い人が亡くなる事態を減らしたいと願う医療関係者に対して、失礼も甚だしい。場合によって人類に対する罪にだってなりかねない。それをデイリー新潮がやってしまったから、新潮社で本を出している現役医師の知念実希人さんが反応した。
それは、記事が取り下げられなければ新潮社から出している本の出版権を引き上げるという厳しいもの。片方で誤りが垂れ流されているのなら、もう片方で正しいことを発信していくようなバランスの取り方もあるいは可能かもしれないけれど、ニュースとして世に伝わり浸透する範囲と影響力は、物語を通してひっくり返すにはあまりにも広くて強いし、自身の創作をそうした誤りの是正に傾ける必要は作家にはない。そして、誤りが是正されない場所で創作を発表していることで自身が被る心理的、そして表面的なダメージも少なくないと考えるなら、そこで創作活動は出来ないという判断になっても仕方がないと言える。
これで、報じた内容が妥当だったらベストセラー作家による気に入らない意見への牽制だとも取られかねない。自分に対する批判は許さないといった態度で、自身の作家的な権勢を違う方面で振るって記事を出させないような人も一方にいたりする中で、このケースは知念さんの医師としての良識が働いたものとして、世間も認めてくれるんじゃなかろうか。実際に誤った記事なら引っ込めて当然で、出版社もそこで突っ張る必要はない訳で、結果として新潮社は記事を取り下げた模様。配信された先からもだんだんと記事が削除されている。まずは善哉。
とはいえ、油断しているとどんどんと出てくるワクチンへの懐疑。どこかの音楽ランキングが得意だった媒体も、新型コロナウイルスのワクチンを女子高生の多くが打ちたくないと答えたアンケートを配信し、新聞社なんかが転載して大騒動になり、すぐさま取り下げたっけ。どうしてこういう情動で煽るアンケートが行われるのか、そして配信されては大新聞が掲載するのかというと、ワクチンに懐疑的な雰囲気がどこかにあって、そこにビビッドに刺さって評判を呼ぶことが分かっているからだろう。アクセスが稼げればそれで収益に繋がるネット媒体の仕組みを、自らハッキングしては信頼性という部分を売り渡している感じ。その果てに何が残るかというと、先の見えない準全国紙の今の状態が証明しているんじゃないかなあ。
最初の頃は熱心に読んでいたけれど、最近の動向はあまり追いかけていなかった和月伸宏さんの漫画「るろうに剣心」の連載開始から25周年を記念する「25周年記念 るろに剣心展」が東京ドームシティで始まるというので内覧会を取材に行く。驚いたのは漫画の展覧会で多いコピーではなく生の原画が飾られていたことで、フキダシなんかに写植が貼られてかき込みもされた原稿を、目の当たりに出来る上に撮影まで可能というのだからこれは大盤振る舞い。同じ会場で直前まで開かれていた「画業40周年記念 ゆうきまさみ展」も同じように原画が並び撮影可能だったことを考えると、漫画の展覧会はそういう方向になっているのかもしれない。個人が権利者というのも了解を得やすいのだろう。
どこまで読んだか忘れていたりもするけれど、童顔の剣心が連載スタートの明治10年の頃で29歳くらいというのが分かってそうかやっぱりそれなりな歳だったんだと改めて感じた次第。そりゃあ幕末に新撰組なんかと戦ってた志士が10代の訳はないよなあ。それで終わったかとうと北海道編へと連載が続いているようで、どういう感じの戦いが繰り広げられているのかがちょっと知りたい。この頃になると原稿もデジタルからの打ち出して写植はフィルムが重ねてあった。実際にはデジタル上で版下まで作られるから、セリフも写植ではないんだろうけれど、掲載時を感じられるように配慮がしてあったとこも漫画の原画の展示方法として興味深かった。これを機会に読み返してみるかなあ。アニメも見返したいかなあ。
【1月20日】
これはさすがにヤバ過ぎるだろう時事通信社の元政治部長。アメリカのバラク・オバマ元大統領が実はケニア生まれだという大統領に就任した2008年くらいから言われては、完全に否定されたデマを改めて引っ張り出しては大統領に就任する資格がなかったことは確実だなんてSNSで公言している。個人に対する侮辱でもあるしアメリカ合衆国に対する侮辱でもある言説を、当人に伝わらないと思って繰り出すというかどうも心底から信じ切っているところがあって、ヤバさが億倍増しくらいになっている。
すでにして元時事通信社の政治評論家が安倍前総理の腰巾着ぶりを発揮しているけれど、それはどこまでもポジショントークだからまだ人間の範疇にあるけれど、オバマ元大統領に関するデマはマッドなレベルにまで達してしまってカルトな空気すら漂っている。そんな人間が元政治部長でありましたなんてキャリアに書いて満天下に公言すること自体が時事通信社にとって大きなデメリットになるだろう。もちろん今さらキャリアはどうすることもできないなら、せめて報道でもってその無茶ぶりを告発してケリを付けてやって頂きたい。やれるかな。
そして見ててきた「10 BABYMETAL BUDOKAN」は初心者なので楽曲は有名な「ヘドバンギャー!!」「イジメ、ダメ、ゼッタイ」 「ギミチョコ!!」は演ったってことくらいは分かったけれども全部のセットリストとか並びとかはまるで覚えてない。ただ知らなくっても分厚いメタルサウンドに合わせて歌うSU−METALに踊るMOAMETALとあとアベンジャーズの誰かを聞いて眺めているだけで楽しくて時間はすっと過ぎていく。衣装はフレア気味な黒のスカートから黒いタイツの足がにょっきり伸びたものと、あと肩が三角に張って丈も長めの新しいもので印象にあったBABYMETALらしさって奴が感じられた。つまりはだから集大成ってことになるのかな。
会場の日本武道館はステージを片方に寄せずアリーナのセンターに配置して観客をぐるりと全方向のスタンド席に入れる感じ。ステージは平べったい時もあればケーキみたいに段々でせり上がる時もあっていろいろな表情を見せてくる。そんなステージで3人は時に西を向き時に東を向き南を向いて北も向くといった具合に全方向からの観客が楽しめるように位置を変えていた。最後の挨拶も4方向にしっかりと行っていたからどこにいても満遍なく楽しめたんじゃなかろうか。これから行く人も方角とかどこでも気にしないで大丈夫。
そんなスタンド席は1人おきに座って列も互い違いに配置。もとより段差があるスタンドだから立っても前がじゃまになることはなくステージをしっかり見下ろせる。コールはできないけれど手振りはオッケーでだいたいキツネの形に指を作って掲げたりしていた感じ。あとはタイミングに合わせて腕を振り上げるとか。それで楽しめるかというと歓声は録音されたもんが流されそれに煽られるような気になるから一体感はちゃんと醸し出されてた。
声を出すことが可能だと声を出すことが義務みたいになってそこから外れた寄声も生まれて厄介な状況が生まれがち。新型コロナウイルス感染症の影響はそうした状況をいったんリセットした上で、録音の歓声に包まれつつ身振りと手振りで一体感を覚えつつしっかりとステージを見つめて楽曲を楽しむというスタイルを思い出させてくれたというか、新たに思い起こさせてくれたって言えるかも。それでもふとした弾みに声援が出そうになるのはまあ、勘弁して欲しいかな。第7回から第10回のチケット発売も決まったみたいで、当たればあと1回くらは言っても良いかも。その時にどういう状況になっているか分からないけれど。
AmazonPrimeVideoに来ていたのでボンズによる新作アニメーション「SK∞」を2話まで見る。沖縄あたりが舞台みたいで時代的には現代ぽいけど鉱山から続く坂道でもってスケートボードのスピードレースが開かれているって設定。そこで君臨するシャドウというメタルなボーダーを相手にレキって昔からスケボーをやっている少年が挑んだものの負けて骨折。再起を挑もうにも無理っぽいところに転校して来たランガという少年が、巻き込まれるようにレースの現場に入り込んではシャドウとのレースに出て、そこでずっとやっていたスノーボードの経験を活かしてスピードとトリックの技を見せてシャドウに勝って一躍注目を集めるまでが第1話。
とはいえ一気呵成のレースだったから勝てたようなもので、基本的に乗りものとして違うスケートボードとスノーボード、乗り方も技のかけ方も違う中で迷いつつ上達していったランガにライバルたちが挑んでいくって感じになっていくのかな。つぉれだとレキの立場もないから方や熱血でこなたクール……かというとむしろボンクラな感じのランガがペアを組んで勝負をしつつ成長していく話になりそう。レースに絡むのがほかに少年のMIYAだとかマッチョなジョーだとか嘆美なチェリーブラッサムだとかラスボス的な愛抱夢といったあたり。個性的ではあっても地方のレースで勝った負けたをやているだけでは話は広がらないだけに、何か大きく動いていく設定が今後見えて来るのかも。気にして見て行こう。
【1月19日】
40歳が49歳だろうと大学入試共通テストを受けてはいけないという決まりはないから、試験の時にマスクから花を出していたことを見とがめられ、何度も注意を受けながらも改めなかったことで失格扱いにされた受験生が、40歳代であったからといって「だからやっぱり」とは思わないけれど、そこに受験生がマスクを着けられない理由を自分の都合としか主張せず、大声で騒いで他の受験生を不愉快にさせたことに、40歳代という状況を加味して考えるなら何か別の意図があったんじゃないのかといった想像もしたくなる。
おまけにすぐに退場しないでトイレに閉じこもっては出て来ず、不退去の疑いで逮捕までされたとなるともう一種の“運動”だったとしか思えなくなる。それを受験に人生をかけている受験生がするはずもないと思うなら、40歳代で受験に望んで鼻をマスクから出して咎められても改めず、退去もしなかった人間としてトータルで判断して真っ当じゃないと捉えるしかなさそう。当然に再受験の資格なんて与える必要もない訳だけれど、そんな逮捕の情報を知ってか知らずか、過去に飛行機に乗ってマスクをしていないことを咎められ、降ろされた人が再受験させろと書いていて顔に苦みが走った。
事情が分かれば引っ込めるかと思ったら、そうでもなさそうだった上に当人が、過去の飛行機で騒いだ件で威力業務妨害の疑いをかけられ、逮捕までされてしまってはもう何か地獄のような空気が漂う。重ねていうけどマスクは自分の為ならず、誰かに感染させてしまってそれが更なる感染を読んでその過程で、失わなくても良い命を失うような人が出てしまう可能性を排除するためにするもの。そういう意識を持たず、自分はかかっても風邪以下だし若いので死なないから構わないといった態度でノーマスク、あるいは鼻をマスクから出すような態度でいたとしたら、やっぱり世間の片隅に追いやられるべきって思う。そう言ってもきっとゴー宣な漫画家はマスクなんて無用だ、コロナなんて風邪だって主張を土台に徹底擁護で行くんだろうなあ。やれやれだ。
「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の再度の延期を追いかけるように、第59回日本SF大会「F−CON」も昨夏の開催が今年3月の開催に延期になったのに続いて、5月15日から16日の日程に変更になっていた。新型コロナウイルス感染症の拡大が著しく緊急事態宣言も出てそれが全国に広がりを見せている中で、福島県とはいえ都市型のセミナー形式ではなく合宿式で大勢が飲食を共にするようなイベントは、やっぱり開きづらいってことになるんだろう。東日本大震災から10年、福島県で開催することにとても意義があったけれど、そんな災禍とはまた違った厄災に全世界が見舞われては仕方が無い。あとは5月の開催を望む限りだけれど、東京オリンピックすら開催が見えない状況なだけにどうなるか。見守りたい。
果たしてサイコーユ鬼は登場するのかが、おそらくは大勢の関心の的になっている気がする
「後藤隆幸アニメーター業40th Art Gallery」WEB展
だけれど、他にも「満ちてくる時の向こうに」や「ぼくの地球を守って」といった美麗さで支持されるアニメーションの端正なキャラクターデザインでも根強いファンを持つアニメーターの後藤隆幸だけに、600点とかいう膨大な画業が順々に開かされていくに従って、ああこれもそうなのか、これもそうだったのかといった感嘆を呼びつつ評判の輪を広げていくことになるんだろう。
何より「赤い光弾ジリオン」のキャラクターデザインは、今も根強いファンを持つだけでなく、作品自体がプロダクションI.Gという後藤さんのイニシアルを関した会社の基礎として語り継がれていたりする。そんな画業を振り返ることは、日本のアニメーション史を振り返る上でも大きな意義を持つだろう。もちろん最近の仕事から「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLED」の作画監督だとか、「銀河英雄伝説 Die Neue These」の総作画監督なんかの仕事で男性女性と問わずファンを持つ後藤さん。更新されていく絵をだから待ち望んでいる人はとてつもなく多いんじゃなかろうか。あれはいつ出てくるか。そしてあれは。そんな話題で盛り上がったら楽しいな。もちろんとどめはサイコーユ鬼だけど。
2021年の大河ドラマがまだ始まっていないのに2022年はもとより2023年の大河ドラマも決定したもよう。「どうする家康」って徳川家康が登場する内容は、戦国幕末しか人気が出ない大河ドラマの固定観念をまたしても増幅させそうで個人的にはあまり興味はないけれど、主演が松本潤さんというところにちょっとした新しさは出そう。嵐事態がその頃に果たして活動を再開してるのか、それとも分裂していたりするのか分からないものの、こうしてスケジュールが決まっていくことで存在感だけはしっかり維持されるから、ファンにとっては嬉しいところなんじゃなかろうか。とはいえ徳川家康って関ヶ原の時に57歳で大坂冬の陣夏の陣のあたりでは70歳と結構老人。小牧長久手の戦いあたりで40歳ぐらいだから若々しさはないんだよなあ。そんなキャラをどう描く? 気にしていこう。
【1月18日】
映画の週末興行で前週は2位に落ちた「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」がふたたび1位に返り咲き、前週に1位をとった「銀魂THE FINAL」は2位にダウン。やっぱり引き続いて竈門炭治郎と同期の鬼殺隊メンバーとそれから禰豆子を描いて配るべきだったか。3位は「映画 えんとつ町のプペル」で事前のチケットを信者に大量に買わせたとかいった話題があるけれど、それで行く人たちだけではとてもじゃないけど届かない成績を収めているってことは、やっぱり作品自体に力があるってことなんだろう。「ジョゼと寅と魚たち」入ってこないのは残念だけれど、口コミで広がっているのでそれなりの数字は稼いでくれると期待したい。
大学入試共通テストの会場で、何度注意されてもマスクを鼻にかけようとせず、受けた試験を無効にされたといった案件で、ゴー宣な漫画家さんがくだらないルールは守らなくて良いと言って擁護の姿勢を見せていたけれど、どうやら他に事情があったというよりは、当人が「関係者によりますと、この受験生は40代で、監督者の指示に従わなかった際の対応に加えて、最終的には不正を告げられると会場内のトイレに閉じこもり出て来なかったことから、かけつけた警察官によって退去させられたということです」という感じに、微妙さを持った人だったようで、何かマスクをつけられない事情があった訳でもなく、くだらない大人にはなりたくない的反抗でもなかったみたい。
もちろん、ルールがくだらなければそれを自分の責任において破ることは自由ではあるけれど、大学入試共通テストのマスク着用というルールは感染拡大を防止しようとするものであって、若い人は感染して発病しても重症にはならず死亡もしないからどんどん感染して良いんだよという意見は一方にありつつも、そうやって感染して発病したら家に引きこもって誰にもうつさないと言う訳でもないのなら、誰かにうつしてそれが重症化から死亡を招きかねない可能性を考えて、公共の場では感染予防にいそしもうというのが普通の考えだったりするだろう。
その意味でゴー宣な漫画家の人はちょっとハズしている上に、擁護しようとした受験生が40代という決して若くはなくて発病したら重症化から死亡だってありえる年代だったとすると、流れに巻かれない勇気ある若者だって褒める言葉も宙に浮く。そもそも6度注意して聞こうとしない相手に事情とかを忖度するより以前に、何か違う状況があるんだろうなと想像するのがまっとうな思考で、そこにたどり着けないところに自説を頑なに信じ込んでそれに合わせてすべてを考えるゴー宣な漫画家や、周囲にいる人たちの厄介さがあったりしそう。やれやれだねえ。
笑えるというか何というか、バイデン大統領の誕生に合わせて中国が支配を強める行動に出るとかで、それに備えて人民解放軍が25万人とかアメリカとの国境辺りに集結しているんだとか。まずはいったいどうやってそれだけの人数を移動させたのかってところで、新型コロナウイルス感染症の影響で出国も入国もままらない状況でそれを可能にするならきっと「ファイブスター物語」に出て来たモーターヘッドでも軍隊でも、一瞬で移動させてしまうテレポーテーションの技術を開発したに違いない。あるいは数千人が乗り込めるような巨大潜水艦とか。
そんなものが作られるなら、遠いアメリカよりも近い台湾が真っ先に占領されそうな気がするけれど、トランプの勝利を確信している人たちはそんな狭い視野で世の中を見ていないのだった。もっと広いというか見えない何かを見ているのだった。それこそトランプが「幻魔大戦」の東丈に見えてしまうような感じで支持する光の戦士たちは、世界を闇へと誘う江田四朗=バイデンによる専横に対して、覚醒して立ち向かおうとしているのだ。なんか26年くらい前に瓦解したとある組織のことが既視感にように思い出されてきた。どうなることやら。
映画「夏への扉―キミのいる未来へ―」を試写で観て、とりあえず「夏への扉」になっているなあと思ったけれど、ハインラインによる小説「夏への扉」を読んだことがもう40年近く前くらいのことなので、だいたいの展開した覚えておらずこんなキャラ出てたっけといった曖昧な記憶しか持っておらず、どこがどう変えられていて、だからこそどう面白くなっていたかまでは分からなかったので、公開に向けて原作を読み返して違いを確認しておこう。とりあえず文化女中器ではなかったなあ。役者では山崎賢人さんが東方仗助でも斉木楠雄でもなく「劇場」の永田のようなクズでもなくって普通にイケメンの山崎賢人さんだったのでファンは改めて惚れるだろう。あるいは違う見方をしたくなるかも。それが何かは公開されてからのお楽しみ。
【1月17日】
日本SF作家クラブの新会員が8人ほどあったそうで、架空戦記の横山信義さんやロボットデザイナーのソノヤマタカスケさん、漫画家でイラストレーターの岡崎武士さんらに混じって小川一水さん、そして大森望さんの名前が並んでちょっとした騒動に。それというのも小川一水さんは前に入っていたのもののいったん退会していたのが復帰となったもので、その退会の一因が大森望さんの入会が以前に叶わなかったことがあったので、そうした事情がここにきて解消されたのかっていろいろと憶測が飛んだ。
簡単に言えば以前は任意団体で会員全員の賛成が必要だった入会資格が、今は団体が一般社団法人となって入会も会員3人の推薦があれば可能だし、会長の特別推薦でも可能になったことで、以前とは事情が大きく違っている。小川さん大森さんの入会もそうした条件の変更が背景にあってのことなので、壁が壊れたというならとっくに壊れてその結果、僕のような人間でも名前を連ねられたりできるようになっていた。立川わんださんのようなSF落語の人も。
だったら声優の池澤春菜会長はってことになるけど、池澤さんの場合は以前の任意団体の時代に会員の承認を経て入っているケース。SF書評の本もあったし活動実績もあったから異論はないんだけれど、そういう人ですら会長に就任することにいろいろと異論も出るのがSF界を見る目立ったりする。その中で起こった入会できないという事態はやっぱり、事情はあって感情もあってもやっぱりSFというものの広がりに影を投げかけていたのだとしたら、それが晴れたことでいっそうの飛躍も期待できそう。池澤会長は他にもいろいろと施策を練っているようなので、それが繰り出されるこれからの1年半、辣腕が振るわれるのを見守ろう。じゃなく支えていこう。
豊島将之竜王にずっと負けっ放しだった藤井聡太二冠が朝日杯将棋オープントーナメントの二回戦で対戦をして初勝利。満遍なく強いからこその最年少タイトルホルダーになれたはずなのに、ここまで0勝6敗だったのが意外といえば意外だったけれど、当人に苦手意識はなくても相手にここは負けられないという意気込みもあて少し差があったのかもしれない。二冠となって立場的に並ぶとお互いにどっしり構えて向かい合うようになり、結果としてその時の力が勝った方が勝つようになった、ってことなのかな。あとは戦績をタイくらいまで持って行ければもっとタイトルもとれるかも。近いのは叡王だろうか何だろうか。
女性棋士を目指す西山朋佳三段は三段リーグで3敗で踏みとどまって昇格の可能性はまだまだ残っている感じ。順位が下だから頭ハネの可能性もあるけれど、次点になれば2回目でフリークラスへの昇段も可能なだけに、残る対局は全勝でいって欲しいなあ。同じ三段リーグに入った女性の中七海三段は二勝8敗でちょっと分が悪い。降段の可能性もあったりするのかな、そうなるともったいないので残る対局を勝ちきって来季に再起をかけて欲しいもの。やっぱり女性が棋士にならないと本当の意味で将棋界が開けたとは言えないんだよなあ。フィクションの中の出来事を早く現実化するような動きを期待したい。
書けるかなあと悩んで書き始められなかった原稿だけれど、書かなきゃいけない時期になったので家を出て、茅場町のベローチェにこもってえいやっと書き上げる。4800字くらい。原稿用紙だと12枚くらい? それを3時間くらいかけてどうにか仕上げて形を作って、それからTOHOシネマズ日比谷に回って「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」のIMAXバージョンを改めて見る。前は池袋のグランドシネマサンシャインにあるIMAXのGTレーザーで見たけれど、スクリーンが巨大過ぎてかえって隅々まではっきり見渡せなかった。今回もIMAXだけれどスクリーンまで距離があったのでほぼ全景を把握できた。
やっぱり色が綺麗かな、アスカやマリのプラグスーツの発色が艶やかになっているような気がするし、表情なんかもくっきりとしているような印象。音にかんしてはどこまでいじっているか分からないけれど、そこはIMAXだけあって迫力のあるサウンドに仕上がっているんじゃなかろうか。本当だたらこの続きを週末に見られたんだけれど、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に配慮して密になりそうな映画館への集中を避けるべく公開が延期に。エンディングに流れる「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の予告は1月23日公開になっててそこは差し替えがきかなかったようだけれど、そうやって日付が刻まれることによって記録が残り、けれども公開されなかったんだという経緯が記憶されていくのだろう。そういえば福袋が入っていた袋にも公開日が書かれてあったっけ。記念かなあ。
【1月16日】
つまりは1時間のスペシャル版を劇場にかけたような「夏目友人帳 石起こしと妖しき来訪者」は、まず「石起こし」というエピソードが来て、小さくて弱そうな妖怪がそれでも健気に親分の妖怪のために頑張る様を夏目が助けていっしょに走り回るといったストーリー。ニャンコ先生はなかなかの隠し味を感じさせてくれる。美味しかったのかな。でもって「妖しき来訪者」は低音ボイスとイケボイスがぶつかり合うといった所。低音の方の声を聞いてあれれと思ったらやっぱりだった。それでも違いはつけているなあ。流石。
前の「劇場版 夏目友人帳 うつせみに結ぶ」が長編のしっかりした映画だったのと比べると今回のを映画と呼ぶのははばかられるし、映画とも言ってないから問題はないのだけれど、こういう掌編を今のテレビで流したところでパッケージが売れるものではなく、制作費をかけて作ってスポンサーとなって放送枠を買い切り放送する意味がどれだけあるのかって考えた時に、劇場でかけて幾ばくかなりの興行収入を得ること、そこに付随するイベント性でグッズやらなにやらを売ることで回収に近づくと考えたのかもしれない。
見る側としては下手にOADなんかにされるよりは1300円で確実に見られるのだからむしろ接触機会が拡大されるのかも。その後に配信となってそこから収益が細く長く入るようになれば良いといった判断が、昨今の短い作品の劇場公開を後押ししているのかもしれない。戻ってお話について言うならどこまでも夏目友人帳なのでシリーズをずっと見てきた人はご安心。怖かったり痛かったりする方向ではなく優しくていとおしい感じにまとまるので、そっち系が好きな人は見に行こう。笹田純を出さなかったことだけは許しがたいけれど。あと多軌透も。一方で夏目×田沼な人には嬉しいエピソードだったかな。受けがどちらかは僕にはちょっと分からない。
浅葉なつさんの「神様の御用人」(メディアワークス文庫)をそろそろ読まなくちゃと手に取って、ざっと読んで覚えた既視感はつまり「夏目友人帳」だったってことで、祖父が務めていた神様の御用聞きを偶然に出会った神様らしい老人から引き継ぐ形で始めた良彦という青年。高校時代に甲子園に出て大学に行っても野球を続けて社会人チームに加わったものの怪我で野球が出来なくなた上に野球部も廃止されて居づらくなり、辞めて家でニートをしえいたもののそれは拙いとビル清掃のアルバイトをしていた。そこに入った神様の御用聞き。狐の姿をした黄金という神様をお目付役に得ながら、京都に限らず奈良や大阪や滋賀まで出向いて神様たちの問題を解決して回る。
俵藤太こと藤原秀郷がかつて助けをもらった瀬田の橋姫が今に抱き続ける思いを解消したり、大国主命の浮気性に起こって家を飛び出した須勢理姫が酔いつぶれていたのを拾って話を聞きつつ追いかけて来ては浮気しようとする大国主命ととの仲を取り持ったり。それを脇で見る黄金は本当は力の強い神様のはずなのに、すっかり狐の姿が板に付き、また人の食べるスイーツが好物となって良彦に喰わせろと要求する。まるで饅頭を好み酒をねだる「夏目友人帳」のニャンコ先生のよう。友人帳に名前が書かれたあやかしたちの頼み事を聞いて回る夏目も良彦と重なる。
違うのは「夏目友人帳」が実在の妖怪変化というよりは作者の緑川ゆきさんが日本の伝統だとか信仰なんかを元に考えたようなオリジナルのあやかしだとか神々が描かれて居るのに対して、「神様の御用人」は日本の歴史に書かれ伝承に標され崇められ讃えられてきた神々がずらりと並ぶこと。それこそ大国主命もいれば須勢理姫の父親にあたる素戔嗚尊もいるし一言主も出て来ては少年姿のニートとなって社の中でネットゲームばかりしている。そういうところは現代風に変えられていて、ともすれば神様の擬人化とも思えるけれども元々神様は擬人化された存在だから、よぞ俗っぽくされているとでも謂うべきか。
読みながら日本の全国に祭られている神様たちについて学べる上に、そうした神様が信仰の衰退によって力を失いかけている描写を通して信仰のあり方の変化についても感じ取れる。そうした中にあって良彦が東京に行って出会った平将門は首塚が決して潰されずいつまでも存続しているところから、強い力をいつまでも持っていそうだなあ。だからといって再び関東に皇国を立てようとはしていないみたいだけれど。そうした展開もいよいよラストスパートみたいで、日本を東と西に分けて収めていた神様の力関係が崩れる中で、東の神が長い眠りから目覚めて現状を憂いとんでもないことをしでかそうとしている。止められるのか良彦は。そんな物語の裏で騙られる坂上田村麻呂の蝦夷討伐物語。苦い史実を超えてどう落ち着く? 3月刊行の第9巻が待ち遠しい。
人が銃を殺す……じゃなかった銃が人を殺すのだと訴えた全米ライフル協会が、ニューヨークの本文に働く人たちの乱費によって財務体質が弱まって破産を申請したとか。ロビー団体としても全米屈指の存在感を持っていて、銃規制をしようとする度に登場しては反対の立場から押さえつけていた力もこれ後退する可能性があるけれど、潰れる訳ではなくってテキサスに本部を移してそこから再起を図るみたい。南部を拠点に銃に依って立つ人たちが、トランプ大統領支持派と結びついて南部の独立なんて画策するといったストーリーも妄想できそうだけれど、逆に相手は共和党を支えトランプを支持してきた全米ライフル協会にディープステートが牙を剥いたのだって思うんだろうなあ。何でもネタになる社会。それで本質がズラされ議論されないまま怨恨だけが残り膨らんでいく。やれやれ。
【1月15日】
葛飾区は柴又にある料亭で川魚料理なんかを食べさせてくれるという川甚が、1月末を持って併合を決めたとかでニュースに。「フーテンの寅さん」シリーズのロケ地にも使われた店だけれど歴史はもっと古く実に231年。日本だったら寛成の年代で杉田玄白やら伊能忠敬が生きていて、あの蔦屋重三郎が本格的に出版に乗り出した頃と、フランスだったらフランス革命よりも前、ルイ16世が収めていた頃でアメリカは独立戦争のまっただ中にあった時代から、営々と料理を提供してきた店だからその後のご一新からの戊辰戦争も関東大震災も東京大空襲すらも生き延びて来たってことになる。
そんな店も新型コロナウイルス感染症による飲食店の利用客の減少が大きなダメージとなった模様。宴会だとかがあってこその料亭だけれどそんな宴会が御法度な雰囲気となってしまっている中では、いくらGoToイートで外食を振興しようとしても焼け石に水だっただろう。海の幸を食べさせてくれる店なら割とあるけど、川魚は臭みもあれば寄生虫の問題なんかもあって料理に技術が要求される。それらをクリアして200年以上も続いてこられた伝統が、ここで途絶えてしまうのはやっぱり惜しいし食文化にとっても大きなダメージ。そういう意味で文化を絶滅へと追い込む新型コロナウイルスは、ただの風邪なんかじゃなく社会を激変させた歴史的な災厄と言えるだろう。
なるほど一昨年は1000万人が罹ったといわれるインフルエンザと比べると、去年お新型コロナウイルス感染症の感染者は30万人ほどで数では遠く及んでいないように思える。それをことさらにあげつらって新型コロナウイルス感染症恐るるに足らずと叫んでいる人もいるけれど、だったら去年のインフルエンザの感染者はどれだけいたかってところで、相当に少ない数字がでてそれこそ絶命したんじゃないかと言われるくらいの少なさになっているにも関わらず、新型コロナウイルス感染症には30万人も罹ってそして、2018年のインフルエンザの死者数を超える4000人以上が新型コロナウイルス感染症で亡くなっている。
なるほど年齢の分布で年配者から高齢者が多く若くても既往症を持った人が中心だから青年や子供には無関係の病気なんだと言えば言えるけれど、高齢者だから寿命なんだと言えるものではないし誰だって知人が亡くなるのは悲しい。そうした悲劇を引き起こす上に川甚に限らず船橋市にあって太宰治も逗留したと言われている割烹旅館、玉川旅館も去年の夏に閉業へと追い込まれた。他にも少なくない伝統ある店が占めざるを得なくなっている状況を、不安に思いこそすれたいしたことないと安易に語るにはまだちょっと時期が早い気がする。1日の感染者も全国で5000人を超えて来た。これが倍々ゲームですぐに1万人超えとなった時に亡くなられる人の数はどうなるか。若い世代への影響は。それを思うなら今は我慢の時だろうなあ、やっぱり。
だから1月23日に公開予定だった「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開が延期となったことも仕方が無いとここは納得。とはいえ映画館が閉業する訳にもいかないんで、ぽっかりと空いたスクリーンを果たして埋めるべきか、密を避けたい配給側の意図を汲んで空けたままにしておくべきかを考えた時に、空けておく選択はやっぱりなさそう。となると何かで埋めなくちゃいけなくなる訳で、前はそこにジブリの4本がハマったけれど、今回は新しい4本を準備している時間がないとなると、同じ4本を繰りだしてくるかそれとも「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」を序破Qと回していくのもありなのか。なんてことを考える。
というか、延期を発表した翌日に日本テレビ系で「序」の放送が予定されていたのが今となってはどうにも間が悪いというか。もちろん公開を見込んでの仕込みだった訳で、これも含めていろいろと動き始めていたコラボも初夏に続いて宙に浮いてしまうのは当事者にとってなかなか厳しい話になる。何しろ2度目だし。これで半年延期になったら、もう乗ってくれる企業もさすがにないだろうとも思うものの、それでも乗っかりたくなるのがエヴァンゲリオンという商材だからなあ。どうなるか。ともあれ今は、そうした企業への配慮も棚上げしてでも延期を選んだ背景に、新型コロナウイルスの撲滅という強い決意があったと思われる。これは支持するより他にない。
傑作なのは「ホーム・アローン」で続編の「ホーム・アローン2」は興行収入的にも落ちていたりするからそもそもドナルド・トランプが出ていようが評判が下がるなんてことはないように思うし、元よりドタバタ劇な訳でそこにトランプが出てたとしても品位が落ちるといったこともない。トランプの煽りで議事堂に暴徒が侵入して人が亡くなる痛ましい事件が起こったのだから、張本人が出ている映画は価値が認められなくなるなんていうと、後に犯罪者となった人が出ている映画もテレビドラマもゴマンとある。そんな中でトランプのカメオ出演を消そうだんあて話を本気でしているとも思えないんだけれど、そうした意見いマコーレー・カルキンが「座布団1枚」的な反応を見せたからといって、トランプ追放的な見出しで記事を作るところが煽り上等なアクセス至上主義の今のメディアの頓智感さが垣間見える。やれやれだ。
【1月14日】
ああやっぱり。たとえ映画興行がしっかりとした換気によって感染拡大の可能性を低減していたとしても、大勢が一気に集まりどこもかしこも満員になりそうな作品となると、数珠つなぎのように映画館に人が押しかけロビーなんかが超絶密になることは避けられそうもない。夜遅くまでの上映も電車の終電が繰り上げられる状況の中で難しいとなったら、やはり動員にも影響が出るだろう。そんな環境下で無理をして公開をしてクラスターが発生してしまったら、作品に傷が付くし何より観客に申し訳ない。それは制作者の側も望むことではないだろう。
という訳で、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開が1月23日から再延期に。「新型コロナウイルス感染症拡大の状況、並びに日本政府による緊急事態宣言の発出という事態を重く受け止め、慎重に検討を重ねて参りました。その結果、感染拡大の収束が最優先であると判断し」て再延期となったみたいで、その理由に異論はない。そりゃあ目前に迫った完結を早く見たい気は強くあるけれど、状況が状況だから仕方が無いし、今度ばかりは再延期にかこつけて手直しをぎっしりするということもないだろうから、非常事態宣言が明けた2月か3月あたりに公開となってくれれば嬉しい。この情勢でこっちもいつどうなるか分からないだけに、出来れば早くとは思うけれども逆にそれを励みにして、この難局を頑張って生き抜こう。
そう思うと流行の間の絶妙なタイミングで「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は公開されたんだなあと改めて。まさかこうなるだろうという予測がなかった訳ではなかったけれど、どうにか下火になっているように見えた時期で劇場も人をいっぱい入れたい時期に公開となったことで、大量のスクリーンがこの作品をかけてとてつもない興行収入を叩き出した。そのお陰もあってバンダイスピリッツから煉獄杏寿郎が手にして戦った日輪刀が模型として発売に。刀身はABSの樹脂製だけれどしっかり塗られて刀感がちゃんとあるし、鍔とかもしっかり再現。その上に音声が仕込まれていて名セリフが幾つも出て来たりする。
「よもやよもやだ」とか「うまい、うまい」なんて刀を持っている時にどう再生すれば格好いいのか分からないけれど、でも聞いて見たいセリフだから刀を飾って再生させて楽しむってこともありなのかも。とはいえ剥き身なのは危険な感じもするし、金の気を放ったまんまにしていては気分的にも落ち着かないので、可能ならば別売りでも良いから同じ素材で鞘を作って欲しいかなあ。第一陣の人には予約で買えるようにするかもあり。でなければどこかで似たような鞘を買ってきて、色を塗り替えて朱鞘っぽい感じにして収めるようにするんだけれど。どうだろう。
斜線堂有紀さんの新刊となる「ゴールデンタイムの消費期限」(祥伝社)は終わってしまった元天才たちの物語。中学生で100万部のベストセラーを出した作家にコンクールを総なめにしたヴァイオリニスト、画壇の寵児、若き料理人、将棋の天才棋士、そして有名映画監督の娘が、滞っている才能が再び活性化して世界から喝采を浴びるようにしたいと考えた国により島に集められ、新開発されたAIによるカウンセリングを受けることになる。それが「レミントン・プロジェクト」。そしてAIは、元天才たちに実に魅力的な提案を行う。
個々に抱える天才が、元になった理由はさまざまで、たとえば小説家の場合はモデルがあって、その言動やしぐさを完璧なまでに覚え言葉にしていったことで、大評判になったけれども当のモデルに起こった悲劇が筆を滞らせた。そんな作家に最先端のAIは、行数までをも指定した綿密なプロットを渡して、このように書きなさいと誘導する。天才だけに読めばそれが面白くなることは分かった。でも言うことは聞くべきなのか。それは自分の小説なのか。才能に誇りを持った天才なら悩んで当然だ。
コンクールで落選が続くようになった若き料理人には、そのように作ればより素晴らしいものが出来上がる料理のレシピを渡し、映画監督の娘で幾つもの自主映画を作り評判だけはとっていた少女には、小説言えと同じようにそのように撮れば完璧な映画になるコンテを渡す。絵の天才にはモチーフを与えヴァイオリニストには楽譜を渡す。棋士には何を渡したのだろう。より緻密な棋譜だろうか。ともあれ人の持つ才能を補い増幅させようとするAIの振る舞いだが、それらが真に人による芸術と言えるのかで誰もが迷う。
ネットによって記憶も経験も外部化された上に、AIが最善最高を作ってくれるならそれを学び高めるのが天才という考えもできるけど、自分の意思こそ至高と思えば余計にも思える。才能とは。知識とは。経験とは。AIとは。レミントン・プロジェクトを経て後、元天才たちが歩んだ道からいろいろと考える。人がAIというタイプライターを叩いたのか、それともAIが人というタイプライターを動かしたのかを。どちらでもなくなって、補い合いながら融合していくのかもしれない。そんな時代に適応した新たなる天才が何を生みだしてくるか。ちょっと楽しみになって来た。
【1月13日】
BABYMETALの日本武道館での公演チケットが当たったのは良いけれど、電子チケットでしか入場ができずその電子チケットは電話番号と紐付けされたスマートフォンでしか表示できないとあって、iPadしか持たない身では入れないことが判明。これはいよいよスマートフォンを持つしかないと、Y!mobileで前に購入したスマホケータイをスマートフォンに切り替えることにして、ネットから注文してマツコと数日。いよいよ届いたOPPO reno3のセットアップに半日ぐらいを費やしいろいろとアプリを入れて使って試して具合を見る。
何より電話のかけ方がよく分からないのが難だったけれど、番号を押して繋がったのを切る方法をどうにか覚えた。あとはかかってきた電話にどうやって出るかか。ログインしなくても出られるものなのか。そこが今ひとつ分からないのだった。何より電源をいったん落としてしまうと、立ち上げるのに相当な時間がかかることが判明。よく舞台挨拶なんかで、ここから撮影可能ですと言われてカバンから取り出したスマートフォンを、撮影可能な状態まで持っていくのに皆が難渋していた意味がようやく分かった。自分はといえばスイッチを押せば立ち上がる小さいカメラを持っていたから、そういうのは気にしたことがなかったのだった。あるいはスリープ状態でも電話が鳴ることがないiPadとか。
撮った写真をtwitterとかFacebookに添付して投稿する方法までは覚えてないし、そもそもtwitterのアプリをまだ入れてないのでいずれそのあたりを統制しないといけない。難しいかったのはLINEで、同じ番号で登録はできないらしくいろいろと難渋した挙げ句、パソコンとiPadとスマートフォンで運用する環境をどうにかこうにか構築する。果たしてそれで合っているのかは分からないけれど、keep覧に自分あてのメモを入力すると、3つの端末に全部表示されるからシンクロはとれているんだろうと思いたい。Netflixは見られるようにしたけれど、AmazonPrimeVideoはどうなんだろう。最近iPadで見られなくなったんだよなあ。謎めく。
サイズは大きいものの厚さがほとんどないので、これならスーツの内ポケットに入れても外にはあまり目立たなさそう。就職した訳じゃないけれど、取材関係でスーツを着る機会も出て来そうなだけに、棒状で厚みがあるスマホケータイはポケットにも入らずズボンにも収まらずちょっと扱いに困っていたのだった。その前のハニービーは棒状でも平たかったからポケットに入ったんだよなあ。それを横に2台並べたようなサイズのスマートフォンは、でかいっちゃあでかいんだけれど便利なんでしゃあなしだ。とりあえずちゃんと電子チケットが発券できるかが肝心か。それができなくちゃ変えた意味もないんで。
そんなスマホの導入を前に歯医者に行って定例の歯周病治療。去年の2月から通い始めて相当に痛んでいた歯茎も綺麗になって来て、歯石も取れてきたみたいだけれどもそのうちに虫歯も見つかるようになって、前に1本を治療したけどまたぞろ出て来たみたいで、2週間後に削って埋めることになった。まあすぐに終わるんでそれはそれで。もしも1年前に治療に入らなかったら、今ごろは痛みでのたうちまわっていたかもしれない。リステリンだけ含んでいれば歯石も歯垢も取れるとか思い込んでいた頭を巻き戻したい気もするけれど、過去に時間は戻らないなら残った歯を守ることに今は頑張ろう。歯さえあれば安いものを食べてもそれなりに美味しさを感じられるから。総入れ歯では高いものでも美味しくないっていうし。
64の選管のうち46の選管分まで調査が進んだらしい愛知県での大村秀章愛知県知事をリコールする投票を求める署名の確認作業で、やっぱり8割くらいの不正があったとのこと。一部の選管に提出された狭い範囲での署名で頑張っちゃった人がいたなら分からない話でもないけれど、こうまで広範囲で大半が不正だったってことになると、やっぱり運動そのものに大きな問題があったってことになる。それを主導した美容整形外科医と名古屋市長の責任たるはどれほどのものか。まあ美容整形外科医は責任は自分にあるとは言っているけれど、不正じゃなくて無効なだけだと言いつのって悪意の所在を否定する。
いやいや無効となった署名は書き間違いとか書き損じではなく、誰かを騙った不正なものだったから無効になった訳で、その意味では不正な署名だっとしか言い様がない。どう言いつくろっても動かせない事実を、逸らそうとするなり認めようとしないのはなぜなのか。その態度を褒めそやす勢力がまたいたりするのはなぜなのか。当初から不正が言われていたにも関わらず、フクシマが50なジャーナリストは43万というさらの数字を挙げてそれだけの民意があったと喧伝してたっけ。不正が明らかになっても訂正はせずかといって反論もしないまま知らん顔。薄情だなあ。アメリカの大統領選挙で不正があったとは未だに言いつのっているけれど、これも訂正とかせずに知らん顔して次の話題に行くんだろう。そんなに気楽な稼業なのかジャーナリストって。あやかりたい。
【1月12日】
ジャーナリストを名乗るのならば少なくとも伝える事象は検証の上で正解に近いところを求めるべきだし、間違ったのならすぐさま訂正をして正しい情報へと人を導くべきなのに、FUKUSHIMAが50な自称ジャーナリストの人はアメリカの議事堂に侵入した女性がガードしていた警察に銃で撃たれた一件について、現地からこれまだ一方的な情報しか流してこない人による、アンティファと呼ばれる反差別の過激派が、女性が撃たれた現場で窓を割り映像を撮っていたという報告を一切の検証も異論もなしに伝えては、「トランプ・警察双方に打撃を与えるやり方。戦慄を覚える」と書いていて、ひたすら呆れるしかない。
そして驚くことに、こんなデマゴーグをコラムに使う自称全国紙があるというのだからこれまた吃驚仰天してしまう。正しく伝えるより面白く、そして一部でも喝采を浴びるように伝えることに集中していった挙げ句のポン酢な状況に、いったいいつまで未来があるのかと指折り数える昨今。意外と保っているけれど、削りに削った残りの爪楊枝より細い骨が、折れて崩れ落ちるのも近いかなあ。一方でこちらは時事通信社という日本の荷台通信社で政治部長まで務めた人が、シュワルツェネッガーによる憂いを何か嫉妬によるものだとゲスな勘ぐりを壁で書いて一般から罵声を浴びながら、改めようとしないのはそれでも食える場所があるからなんだろう。やれやれだ。
キャラクターデザインが只野和子さんなら監督は佐藤順一さんで時々コミカルになる表現が混じって水滴型の汗が浮かんだりするのが「美少女戦士セーラームーン」のアニメーションだという頭から見ると、キャラクターデザインが「美少女戦士セーラームーンCrystal」の1期と2期の佐光幸恵さんでもなければ「美少女戦士セーラームーンcrystal Season3」の高橋晃さんでもない劇場版「美少女戦士セーラームーンEternal」前編は、只野和子さんのキャラクターに加えて、今千秋さんならではの少女たちによるわちゃわちゃとした描写もあって、「美少女戦士セーラームーン」や「美少女戦士セーラームーンR」を彷彿とはさせるものの、思い切ってのデフォルメからのコミカルな描写がないところに、片肺とまではいかないけれどもどこか欠けて足りていない部分もあったような気がした。
これが武内直子さんによる原作コミックの雰囲気をそのまま反映させた佐光さんのキャラクターデザインだったら、あるいはせめて今千秋さんが監督として参加し、少しだけ「美少女戦士セーラームーン」に寄せつつもシリーズの雰囲気は守ろうとした高橋晃さんのキャラクターだったら、セーラー戦士たちがそれぞれに自分の夢を考え、今のままで良いんだろうかと悩みながらも自分ができることを思い出し、やらなくてはいけないことに気づいて戻って来て戦う青春のナイーブさにあふれたストーリー、そして身を痛める地場衛に対してうさぎが果たしてすがっていいのか迷う心情を、シリアス寄りのキャラクターを通して感じ取れたような気がしないでもない。
30分をスピード感のある展開やコミカルな表情の変化で連ねて、今日も楽しかったなあと思わせるテレビシリーズとは違って映画は、1時間を超える時間の中に人を引きずり込んではキャラクターたちの身に寄せさせていっしょに迷い、悩み、考えてそして決断する喜びを与えて、そして雑踏へと返すようなところがあったりする。そこはだから原作的な「Crystal」のキャラクターが合っていたような気がするんだけれど、一方で「美少女戦士セーラームーン」といえばやっぱり只野和子さんによる造形という頭もあって、それをずっと見られた、それも大きなスクリーンで見上げるような感じで堪能できた嬉しさはあった。迷うところだ。
ストーリーは「デッド・ムーン編」で前のシリーズで言うなら「美少女戦士セーラームーンSuperS」にたぶん当たると思うんだけれど、その頃は見ていたけれどもストーリーまではっきりとは覚えてないので、出て来たタイガーズ・アイ、ホークス・アイ 、フィッシュ・アイが次々に退けられてしまう雑魚に近いキャラだったはもったいない感じ。男性だけれど口調は女性といった造形だったのは当時は差異化で通ったけれど今だと何か理由付けがいるかもしれないなあ、日常に溶け込んでいると言えば言えるけれど、3人が3人ともそうだと逆にどうしてって気にもなるから。
しかし只野和子さんによるキャラクターはすらりと伸びつつしっかりとした所もある太ももとか、なかなかに目に麗しい。そして丸い顔立ちはどこまでも可愛らしい。それがデフォルメされないでずっと出ずっぱりなんだから嬉しいといえばとても嬉しい。大きくなるちびうさとか逆にちいさくなるうさぎとか、心をくすぐりヤバくさせるけれど、それが過去を知る身だから浮かぶ感情なのか、「Crystal」から今に至る若い世代にもやっぱり只野和子さんにセーラームーンらしさを感じるのか、ちょっと気になった。ストーリーは途中で終わって以下は後編。今千秋さんどう締めてくる? 見守りたい。
犯罪行為だとか人死にが出そうな事態の扇動だとかを目的とした文言だったら規制されるのもやむを得ないけれど、そういう言葉を吐きそうだからといってたとえ大統領であっても事前に発言できないように門戸を閉じることが、果たして私企業だから許されるのかといった問題は、その私企業が編集権を持ちつつ出す言葉のすべてに責任を負うことが条件として課されそうな気もする訳で、そうではないのなら公共財ともなったプラットフォームは遍く開放した上で、個々に対応すべきであってそれができずに予防的に排除するなら、同様に扇動の著しい言葉を重ねる人も排除して、統制の責任を果たすべきなんだけれど目立つところだけ抑えて悦にいるのは、それもまた独裁のような気がするなあ。難しい。
【1月11日】
まだまだミュンヘン一揆の段階で、いったんは犯罪者として収監され表舞台から消えてしまったその後で、何か良くない方向へと進んで復活して来て権力を奪取し、長いナイフの夜でゴリゴリの右派となってからそしてクリスタル・ナハト(水晶の夜)で反ユダヤへと一気に鍛冶を切って、狭い範囲での団結を目指しつつ世界から敵視されるようになるかと思っていたアメリカの状況だけれど、どうやら認識ではすでにクリスタル・ナハトにまで至っていたみたい。カリフォルニア州知事も務めて政治の世界も知るアーノルド・シュワルツェネッガーがネットでアメリカの現状を憂い、先のトランプ大統領支持派による議事堂襲撃をクリスタル・ナハトに例えていた。
「暴徒によって議事堂の窓が壊された。それだけではない。彼らは、私たちが当たり前と思っていた理念を壊した。アメリカの民主主義を体現する建物のドアを壊しただけではない。建国の原則をも踏みにじったのだ」。それはもはやミュンヘン一揆のように勢力をアピールする段階を過ぎている。なぜなら大統領がその権力を護持しようとして唱えた言葉を受けて行われたものだからだ。長いナイフの夜でもない。レームらを廃したヒトラーとは違って、すでにトランプは権力を手にしていたのだから。議事堂襲撃から始まるのは全体主義へと向かい独裁への基盤を固めたナチスドイツへの道、すなわち弱者を廃して世界に打って出ては破綻へと突き進む暗黒の道。だからシュワルツェネッガーもオーストラリアに生まれ、見聞きした父親たちの過ちを身に感じて、嫌悪感を示したのだろう。
そんな言葉ですら、インチキだと嘯くトランプ支持派が日本にも少なからずいることが信じられない。とはいえ少なくともアメリカは正常に動いているようで、共和党の大物たちが続々と声を上げている。トランプ大統領にも司直の手が及ぶのか。それくらいに議事堂襲撃はアメリカにとってとんでもない出来事だった。ジュリアーニだとかリン・ウッドだとかのデマゴーグではなく、こちらは本当に何かが起こってくれると思いたい。それはそれとしてシュワルツェネッガー、「これは『コナン・ザ・グレート』で使った剣です。剣に焼き入れをするほど、剣は強くなります。ハンマーで叩かれ、炎で焼かれて冷水で冷やされ、工程を繰り返すことで剣はどんどん強くなります」とという部分で、名を世に出した「コナン・ザ・グレート」のプロップを自分で保管していることが分かってちょっとホッコリした。偉いなあ。
朝からいろいろと騒がしかった「EX−ARM エクスアーム」がAmazonPrimeVideoに来ていたので見た。なんだしっかり面白いじゃないか。絵はなるほど酷いものだけれどもモデリングの拙さ、表情の変わらなさ、絵のまずさをアクションとカメラワークでうまく処理して見ていてしっかり目が引き付けられる。ネットで取りざたされていた、アンドロイドのアルマがよたよたと歩く場面は中に夏目アキラの意識が入って初めて操作する人型のアンドロイドの操作に戸惑っただけ。長く寝たきりだった人がいきなり健康な体を与えられても動けないのと同じ。それをちゃんと表現していた訳で、動き方を覚えてからのアクションにはなかなか見どころがあった。アクション監督ちゃんと仕事してる。
そうした見せ場の出し入れも調整されているようで、この分ならコンテもちゃんと切られているんじゃないかな。ところどころつなぎがおかしく場面が飛んだようなところはあるものの、カットの並びも悪くない気がした。あとストーリーも割としっかり。これが「RWBY」だったらウエブ配信によるアニメだからと評判になったけど、テレビでコマーシャルなアニメとして放送されちゃったから他と比べて云々ってなったのかも。すなわち監督演出脚本コンテはしっかりしていてもアニメ制作の現場がダメダメだった可能性。それも時間が経てばこなれてくるならいいけれど、限界だったとするならそれは拙いかも。
いつも開きっぱなしの目とか怖いけどアルマってアンドロイドの造形はナイスバディ的で悪くない。やっぱり目が開きっぱなしの美波も含めてその肢体を見せてくれるならずっと見て行こうという気にはなった。チャーハンを中華鍋で炒めるシーンとかもうちょっと縁から飛ばせよと思ったりもしたし、敵の歩き方も体重のわりには足取りが軽い感じで、そうしたモーションとかモデリングとかの部分が追いついていないのを動きとカメラワークとそして豪華な声優、的確なSE、BGMでカバーして見られるように慕ってだけでも一つの奇跡だと思う。どこまで走るか。少なくとも今を維持して続いてくれるか。見守りたい。
お兄さまこと司波達也が卒業をしてしまった「魔法科高校の劣等生」に続きは達也が新しく立ち上げた団体をメインにしたものに移りつつ、高校の方は十文字克人に異母妹が出来てその彼女が一緒に暮らしていた家の娘といっしょに国立魔法大学付属第一高校に進む「新・魔法科高校の劣等生 キグナスの乙女たち」(電撃文庫)へとストーリーを移してスタート。十支族の中でも屈指の防御力を振るう十文字克人にも似て強い魔法力を持ちながらも、その使い方をまだ覚えていない十文字アリサと、アリサを引き取っていた遠上茉莉花がいちゃいちゃしながらそれぞれに、自分を探して部活動に邁進するというストーリーになりそうだけれど、ただの学園ものでは終わらなさそうな不穏さが早くも漂う。
(ACCESS COUNTER '96.07.20)
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