Last Updated 2021/9/18
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【9月18日】 台風が近づきつつあるようで雨が降りしきる中をTOHOシネマズ日比谷へと向かって「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の4KリマスターIMAX版上映を見る。目当ては上映後の押井守監督と音響の若林和弘さんのトークだったので、上映機材の問題から4Kで上映できず2Kでの上映になったことも気にならないというか、気圧の影響もあってまぶたが所々閉じて途中を随分ととばしてしまった。やっぱり真ん中あたりでテーマソングが鳴り響くあたりが鬼門だなあ。

 そして押井監督と若林さんのトーク。といっても4K化に関する話とか映像に関する話はまるでなくって、もっぱら音響作業をしている時の話が中心になた。それもスタジオで酒ばかり飲んでいたという話。ダビングの時は朝から午後の4時ぐらいまで仕事をして、それから酒を飲んで午前2時くらいまでスタジオにいて泊まって朝からまた仕事をしていたとか。そこに編集の掛須修一さんがいて高校サッカーのゴールキーパーをやっていた人で酒を持ち込んで、他が仕事をしている最中にビールを飲んでいたり冷却が必要な機器のロッカーに日本酒を置いて冷酒を造ろうとしたりして、オムニバスジャパンの社長になっていた音響の大先輩、斯波重治さんから大人たちが雁首揃えて怒られたという話に終始した。

 アフレコについても振り返っていて、普通だったら極力反響を抑えつつ数本のマイクが横に並んだアフレコスタジオで撮るところを周囲に何本もマイクスタンドを建てられ、あとは天上からもマイクをつるせる音楽のスタジオのようなところで立体的に録音できるスタジオで録ったってことを話してた。それによって反響が生まれてバトーの声が響くような感じになったとか。あと電脳空間で会話している際に、くぐもった音を作とうとしていろいろ試して男性は壺の中で録音を再生して突っ込んだマイクで録れば雰囲気が出せたけど、素子お演じた田中敦子さんは女性で高くて響かなかったので、ポリバケツを持って来ててそこに頭を入れて喋らそうとしたらしい。

 でもものの1分でこれはダメと分かったので、録音した声を壺の中で再生する方法に切り替えたとか。結果、電脳で喋っている素子の顔にポリバケツを被った田中さんが重ならなくて済んだ。そんな声優の演技について若林さんが「昔の人はそれぞれが別の時代の人物に化けようとしてくれる。役が広がって幅ができるが今は売れたキャラクターとか流行ったキャラクターといった感じで、どうしてもそちらの要求に応えようとしてしまう」といった話をして、大塚明夫さんや山寺宏一さんのような濃さを出せる人がいないか、出せる場所がないことを嘆いていた。音楽についても刑事ドラマらしくない構成で並べられたけど今はそういう風にはさせてもらえないとのこと。売れ線狙いは瞬間を稼げても永遠は作れないということを、26年経ってもなお劇場で大勢を集めて上映される「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」が証明していると知られて欲しいものである。

 そのままIMAXで「レミニセンス」を見ようかとも思ったけれどオンラインでの会合があることを思い出して帰宅。途中で竹町さんのシリーズ最新刊「スパイ教室6《百鬼》のジビア」を買って読んだらやっぱりラストで厳しい状況をつきつけてきて続きが読むのが怖くも楽しみになって来た。前の巻のラストで地獄のようなエピローグを添えて鬼っぷりを見せてくれたけれど、その地獄が「この茶番にいつまで付き合えば」といった感じの大逆転にはならず胸苦しさを増した上でのさらなる地獄送りとなって、いよいよ深刻で残酷な事態が訪れるのかと不安になってしまう。そこはサブキャラクターの「鳳」とメインキャラクターの「灯」との違いからいろいろと企みがあると思いたいけれど、そのさらに奥にとてつもない仕掛けが待っていそうでやっぱり読むのが恐ろしい。50万部に達したそうでこれと「探偵はもう、死んでいる。」のヒットがスパイアクションやサスペンスへの関心を呼んでライトノベルの傾向を替えてくれれば面白いんだけれど。


【9月17日】 自民党の総裁選がはじまって立候補者も出そろってそれぞれに推薦人がついたけれどもライティな言説が話題となることが多い三原じゅん子さんが意外や野田聖子さんの方に名前を連ねていて高市早苗さんではなかったのは自民党の中で女性議員がポジションを得るための活動を長く続けてきた実績を買っているからなんだろうか。高市さんもポジションはそれなりに得てはきたけれどもどこか調整の結果とされるところも多いだけに、取り込まれているといった判断があるのかもしれない。

 そんな高市さんの方の推薦人にはやっぱりな人がズラリといたけれども最右翼とも言え推すな杉田水脈議員の名前がなかったのは頼まなくても20人分が集まったからという判断なのか、あまりにライティが過ぎるので高市さんといえども頼むのを躊躇ったのか。ちょっと気になった。岸田文雄さん河野太郎さんの方もそれぞれがそれなりに。河野さんと小泉進次郎さんと石破茂さんの三角関係(ってちょっと違うか)を称して「小石川連合」と言うんだとか。河が最初で小と石があとからつくなら河小石連合となって河原の小石並みに存在感がないと思われるから、ちょっぴり高級感の漂う小石河(小石川)にしたのかな。それもまあお公家さんっぽくて勝ち抜けなさそうだけど。

 いやあ凄かった。どういう訳か京都アニメーション作品ではなくサイエンスSARUが手がけた「平家物語」で山田尚子さんのが監督を務めていて、フジテレビオンデマンドで第1話だけ無料で見られるんで見たら淡々として足下とかよく映す演出でもって琵琶法師の娘が父親を平家に殺害されて彷徨っていたところを平重盛に見初められ、共に見えないものを見ることができる異能を持っていたこともあって歳の差を気にせず関係を深めていくんだけれど、そんな重盛の息子達にもだんだんと平家の奢りが見え始めて来て、下馬をめぐった諍いに平清盛がなにかを突っ込んでいきそうなところでとりあえず話が終わった。

 それがさらなる平家のおごりを招いて反発を食らうことになるんだけれど、清盛は何よりも「面白いこと」かどうかを規準に動いているところがあって、周囲の奢るだけとは何か違ったものを見ている感じがする。そんな剛胆な清盛なり、無常を知って奢りを諫めたい重盛なりが存命だったら平家の歴史も変わったかもしれないけれど、史実は残酷にも頭領の2人から先に命を奪って残るは烏合ばかりにしてしまう。結果はすでに分かっているストーリーをいったいどう描いていくのか。そこは古川日出男の原作もすでにあるけれど、キャラクターの絵をえてセリフものったアニメーションとして描くのは山田監督の方。饒舌さとは違った端正な絵と動きとセリフで奢る平家の久しからざる様を描いていってくれるだろう。FODにも入ってしまおうかなあ。

 何でも4Kと銘打ちながら2Kの劇場もあるとかで、4Kリマスターをうたった舞台挨拶が行われる会場ですら2Kでの上映になると分かったので新宿まで出たついでに「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の4Kリマスター版を見てくる。映像がくっきりする訳じゃないけれど、ザラつきはなくなってちゃんとしっかりとした色味が出ている上にセリフが聞き取りやすくなっていて、音楽もただ鳴るだけでなく背景までちゃんと奥行きが感じられるようになっていたので世界にふくらみが出た印象。あとやっぱり大きなスクリーンで見ても荒れず歪まない作画は当時の最高水準だったのだなあ。それについて押井監督が何を言うか。台風が来ているけれど聞きに行こう。

 本命となる「リョーマ! The Prince of Tennis新生劇場版テニスの王子様」の無発生応援上映に参加しに新宿バルト9へ。TOHOシネマズ新宿も取ろうと思えばとれたけれど、応援上映といえばやっぱりバルト9に来る人たちの方が経験知も高く統率もとれていだろうと考えそっちを選んだ。結果として自分以外が全員女性という凄まじい環境で見ることになったけど。それを予想して最後列の最端を予約していたので視線の邪魔にはならなかった。

 そして始まった無発生応援上映では青学ということでリョーマを含めて手塚国光ら青学のメンバーが出てくるとだいたい青いペンライトが光り、そして歌の場面で他の学校が出てくるとそれぞれのイメージに合った色が出て来てテニミュからの統率感がちゃんと出ていた。気になった柳生比呂志による独唱部分は誰もがその瞬間に推し色の黄色なりに合わせてオペラのように朗々と歌う柳生に合わせてペンライトを振っていた。会場の一体感がグッと増した瞬間だった。エメラルドはラケットの色がパープルなのでそっちを選ぶ人と、名前や目の色から緑を選ぶ人が混ざっていた感じ。次のglory編では統一してくるかな。

 いずれにしても声こそ出さないものの誰もが応援したいという思い出参加し、その気持ちをペンライトに乗せて見せてくれたイベントは空間が幸福に満ちていてとても心地よかった。エンターテインメントの将来が危ぶまれているけれど、こうやって少しずつでも取り戻して行ければ未来は決して暗くはないと思いたい。映画では冒頭、チラリとうつる車いすのテニスプレイヤーがいるけれど、どうやらエメラルドらしいと改めて認識。そして過去にいろいろあったことでモデルに転身していたということなのか。ってことは戻って来た世界で越前南次郎は全米オープンで優勝したことになっているのか。歴史変わってる。でもそこは修復が働いているのかも。というより細かいことはどうでも良くて楽しいことがやっぱり大事。それを感じさせてくれる映画でありイベントだった。glory編もやっぱり行こうかな。


【9月16日】 自由民主党の安倍晋三前総理が高市早苗前総務大臣を次の自民党総裁に推していることもあって、日本に女性の総理大臣が誕生したら世界が驚くといった話をしたそうで、そりゃあ驚くけれどもそれは革新への称賛などでは決してなくて、英国のサッチャー政権の誕生から40年も遅れてドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相ら現役組にも遅れをとっていることを何ら恥じないで喧伝する安倍前総理の今さら感への呆然を含めた驚きであることに間違いない。

 なおかつそうやって推している人が夫婦の選択的別姓に強く反対したり家父長制を尊んでいたりとターリバーンほどではないにしても反動的な思想を割と強調しがちな点でも、世界からいったい何周遅れているんだ、それどころかどこまで遡っているんだといった驚愕を引き起こしそう。問題はそうした世界の反応にいっさいの思いを示すことがなく自慢げに話してしまう安倍前総理のあまりにも旧態依然とした心理であり、そんな安倍前総理を強く推している保守とは言うもののいわゆるライティな人たちの心理。今の時代にまるでそぐわないにも関わらず、それがすべてと信じては周囲で現状にマッチした考えを示す人たちをあざけり罵倒する態度を示して辟易とさせている。夜郎自大も過ぎるけれど今回ばかりはダメージが強い中で最後まで走り抜けられるか。もしも走り抜けてしまったらその時に日本はどうなるか。総裁選いよいよ告示。

 最初に勤めていた日韓自動車新聞の中部支社から徒歩圏内にあった割には気付かずいかなかったデカ盛り喫茶のダッカが閉店とかで、連日大勢の客が訪れているという。名古屋でデカ盛りというとせいぜいがCoCo壱番屋の1300グラムあたりで、あとはヨコイのスパゲッティの2倍を食べてお腹いっぱいといった感じだったので、ダッカが山ほどのハンバーグが添えられたカレーだとか、こちらも山盛りのスパゲッティを提供していたというのはちょっと驚き。どうして気付かなかったんだろう。それを言うならヨコイのあんかけスパだって大学を卒業して就職して、栄辺りを出歩くようになって始めて行ったくらいだから名古屋の人は案外に名物というものに意識が向かないのかも。味噌煮込みうどんだって家で食べるものだしなあ。

 ああいや、寿がきやだけは別だけれどあれはスーパーだとかデパートの中に普通に入っている一種のファストフードだから、ハンバーガーのスワロウだとかロッテリアだとかと並んで普通に利用していただけ。名物といった意識はなかった。手羽先も別に名古屋だからというよりは普通にあちこちにあるから入っていたくらい。コメダ珈琲店も今ほど普及していなかったから、よほどじゃないと入らなかったらやっぱり店舗数によるんだろう。今はそれこそ台湾ラーメンにまぜそば等々、いろいろな名物も出て来てそれを店頭で名古屋メシだと競っている。なおかつそれらを情報として発信するメディアも発達しているから、知られてバズりやすいのかも。情報化とはいろいろな名物を生みだして、そして流行とともに廃れさせるのだ。

 「また久保か」という言葉とともに夕刊フジの久保武史によるサッカーに関する記事が手に取られては、また無茶苦茶なことを言っていると揶揄されていたのと平行して、あるいはそれ以前から「なんだ江尻か」といった感じでポン酢な野球記事を夕刊フジ紙上で連発しては、読者を呆れさせていた江尻良文記者が死去。70歳を過ぎてなおかつ記事への反応は毀誉褒貶の最初と最後の文字に傾いていた記者をずっと在籍させていたところに、名物となってしまったらどうにもできないこの新聞グループの一種のスタンスを感じ取る。本紙の方も名誉毀損で敗訴したりまともじゃないと批判されたりする人たちが論説の看板を背負って厄介な言説を10年以上も発信し続けているからなあ。結果はご覧じろということで、この先どうなってしまうのか。とりあえず夕刊フジの野球記事の今後に注目。

 残り80まで追い込んだと思ったらやっぱりというか予想通りに締めきりギリギリのかけこみ分がどかっとのっかって残り100へと引き離され、そしてどんどんと増えて残り200まで大きく離されてしまった。だからといって足を速める訳にもいかないので1歩ずつしっかりと踏みしめていくしかなさそう。それでも幸いに半分以上はこなしていたので、同じだけの時間をかければどうにか最後まで到達できそう。その日の心境とかによって感触が代わってしまうところもあるから、通して歩いたあとにまた歩き直して歩幅を調整する必要もあるので、とりあえず来月初頭を目処に1度は歩ききろう。その過程で見つかったいろいろはそのうちどこかでまとめておきたいなあ。世界は凄いなあ。何のこっちゃ。


【9月15日】 健康診断があるので久々に西へ。巣ごもっている間に歩かず食べてばかりだった関係で体重が増えているだろうと想像していたらやっぱりとてつもなく増えていた上に、腹囲が大変なことになっていてこれはちょっとヤバいかもしれないので少し食べるのを控えるか出歩く回数を増やして半年前くらいのレベルまでには戻したい。それでも5年前に比べてやっぱり大変なことになっているので本格的に何かを始める必要がありそう。錆びさせているマウンテンバイクを片付けロードバイクを買って走り回るかな、マウンテンバイクだとやっぱり乗り回すには重すぎたんだよ。

 せっかく街に出たので新宿に立ち寄ってテアトル新宿で亀山睦実監督によるSF映画「12月のカイ」を観る。SFで人間とヒューマノイドの関係を描いている内容とはっては見に行かなければいけないのだ。何でもフェニックス映画祭のSFコンペ部門で高賞を受賞したとかで日本のインディーズに近い製作体制から出てきた作品でもそうした場所で上映されて見てもらえて賞までとってしまうことにまず驚きつつ、それだけの内容を持ったものなんだろうという想像を巡らせてみた映画はなるほどいろいろと突きつけてくるもののある作品だった。

 すでにパーソナル・ケア・ヒューマノイドなる人間そっくりの姿をして受け答えもしてくれる”人造人間”が実用化されている日本で付き合っていた彼氏と別れたキョウカという女性がそれなりに稼いでいたこともあって男性型のパーソナル・ケア・ヒューマノイドを購入し、いっしょに暮らし始める。カイと名付けたそのヒューマノイドは最初こそぎこちなかったものの、すぐにキョウカの生活に寄り添うようになって優しくうけとめてくれて体も重ねてくれる。

 それで満たされているようだったけれど、それだけで満たされていたというと曖昧で、数ヶ月は別の人間の男性とも付き合おうとはしていたみたい。けれどもパーソナル・ケア・ヒューマノイドのことを認めようとはせず人間でなければならないといった主張に反発したキョウカはますますカイへとのめりこんでいく。友人の1人はそんなキョウカに理解を示すものの他の2人の友人は半信半疑。なおかつキョウカの身に重大なできごとがおこって人間とヒューマノイドという、似ていても決定的に違う存在を認めるかどうかといった難問にぶちあたる。

 すでにしてパーソナル・ケア・ヒューマノイドが人間にそっくりな姿で普及しているのなら、それとの関係性もある程度は社会に容認されていて一緒にくらすのみならず、結婚したい籍だっていれたい子どもだって作りたいといった要望も出ていただろうと思うけれど、そこまで社会を成熟させられないのが現実の人間でありまたフィクションとしてのストーリーテリングもあるのだろう。キョウカの母親はキツくあたり、キョウカを戸惑わせつつも反発させて時代の認識を進めさせる歯車にさせる。

 その結果を果たして幸福とみるべきかそれとも悲劇と感じるべきなのか。どちらともとれそうなエンディングに半歩だけ進んだかもしれない新しい時代における新しい認識の可能性を考える。亀山監督にそのあたり、聴いてみたい気がするけれど、4ヶ月くらい撮影期間にかけつつキョウカとカイを演じた俳優達にも意見をもとめて最初はまるできまっていなかったエンディングを書き足していったというから、そこは演じた2人が演じた姿も含めて何を考えていたのか、そして今何を考えているのかを想像する必要がありそう。もう1度見る必要があるなあ。上映あるんだろうか。

 科学的にとてつもないことが起こっているのだとしたら、それを個人のレ好悪のレベルに納めておいて良いはずがないし納まるはずもない。そこのリアクションの淡泊さが気になった。パーソナル・ケア・ヒューマノイドを作っているソムニウムという会社の思惑については別に「ソムニウム」という連作シリーズがあるそうなので、そちらも見た上で改めて「12月のカイ」を見るとより裏も読んでの感想を抱けるかも。いずれにしてもフェニックス映画祭のSFコンペ部門受賞作というタイトルは得て他の映画祭でもノミネートされているそうなのでSF方面にとっても気にしておいた方が良い映画ではありそう。

 「機動戦士ガンダム」絡みで新しくアニメーションの話が2本ほど。1本は「水星の魔女」という話だそうでいたったいどういう話かまるで分からないけれども金星よりも内側にあって灼熱の水星で戦うとは思えないので、象徴として用いつつそんな感じの美少女が活躍する話になるのかな。もう1本は「ククルス・ドアンの島」で「機動戦士ガンダム」のテレビアニメーションでは1エピソードとして反戦サボタージュしている兵士の姿が描かれているけれど、それを元に「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の安彦良和監督が原作の漫画も出ているから、そっちみたくリブート気味にオリジン再度の思想をベースにしたエピソードが綴られることになると思いたい。でもやっぱりここは「トニーたけざきのガンダム漫画」をアニメ化して欲しかった。安彦良和さんの作画監督で。絶対に面白いものになるのになあ。


【9月14日】 もう死んでいる探偵が人気になったと思ったら、今度はまた殺されてしまう探偵が登場。てにをはによる「また殺されてしまったのですね、探偵様」で主人公の追月朔夜は殺されても生き返ってしまう“体質”らしく幾つもの事件の中で殺されては、復活を果たしてその度に助手のリリテアから「また殺されてしまったのですね」と言われながら膝枕の上で目を覚ます。よほど間抜けな探偵かと思いきや父親は世界で暴れていた《最後の七人》(セブンオールドメン)と呼ばれる罪人たちを捉えて刑務所に放り込んだ名探偵。やはり死なない体質らしく息子もそれを受け継ぎつつ、探偵としても徐々に活躍の場を広げようとしていた。

 そして舞い込んだのが映画プロデューサーの浮気を調査して欲しいという妻からの依頼で、父親とは随分と違った仕事だけれどそれでも引き受けプロデューサーが仕立てて女優や取引先らを乗せた豪華客船に乗り込んでいってそこでやっぱり死んでしまう。女優の卵の灰ヶ峰ゆりうがプロデューサーの猫を探して走り回っているのに行き当たり、手伝うことになってあちこち歩いていたところで見つけたのが首吊りしたい。自殺? かと思いきやどうやら他殺らしいと気付いたところで後から喉をかききられた。そうしたところに防御の意識が働かないのはどうせ死んでも生き返ると分かっているから。だったら犯人の顔もしっかり観たかというと後からいきなりだったから観てない。

 何と役に経たない行き返り能力。でも隠滅された現場の証拠は覚えていて、あとは状況から犯人を焦らせ再度の行動にとらせるところがある意味で名探偵の証なのかも。そうやって解決したかと思ったところに空から父親がハイジャック犯を追って乗り込んでいた旅客機が落ちてきて客船と激突して父親は死亡。とてつもない展開になるかと思いきや映画館でゆりうの新作映画が完成したというので披露の上映会があったところで毒殺されたり、その映画を撮影している途中で20年前に起こった事件にも似た連続殺人に巻き込まれて首を切断されたりといった事態に遭遇する。それで生きてられるのだから旅客機で墜落して黒焦げになったと観られた父親だってきっと生きているだろう。

 そんな想像の中、暗躍し始めた《最後の七人》が手を替え品をかえて朔夜に絡んで来そうな予感。さっそく1人が。それより先に実は……ってなところで「探偵はもう、死んでいる。」から始まった探偵もののようでラブコメでサスペンスでアクションでスペクタクルでSF味もある何でもありのライトノベルがまた誕生。これが当たってそれから電撃文庫で久我悠真さんが始めた奴隷の身分にありながらも国王の娘という少女が、隣国から潜入したスパイと組んで王位を目指す勝負を勝ち上がって行くというストーリーの「プリンセス・ギャンビット 〜スパイと奴隷王女の王国転覆遊戯〜」も人気となれば、ラブコメ全盛になってきている文庫ラノベの世界を少しは変えられるかもしれないなあ。「スパイ教室」の新刊も出る9月がひとつの転換期になったと後に言えるかどうか。記憶しておきたい。  銭湯から「かげきしょうじょ」の暖簾を盗んで走り去った人物はしっかりと防犯カメラにとらえられていたから、近隣の防犯カメラも含めて捜査すればそれほど苦も無く犯人とか割り出せそう。じわじわと追い詰められる感覚にこれはと観念して戻せばそれで良いけれど、隠滅を図って燃やすとか捨てると課するのが最悪で、それをやったら罪一等は減じられるどころか重くなる上にのれんも汚されてしまって取り返しがつかなくなってしまう。ファンならそういうことにはならないと信じたいけれど、今時は転売目的にかっぱらって売り払おうとする輩もいたりするから無事かどうかは返ってくるまで分からない。闇市場じゃないんだからネットで転売すればすぐ足はつくのに。だからやっぱりファンが持っていようと思ったのかな。だったら返そうよさっさと今すぐ。

 読売新聞がいわゆるワクチンの陰謀論にひっかかってしまった家族を持った人たちの苦闘を記事にしていて、昨日あたりから話題になっているとある人物の反ワクチンへの傾倒なんかとも含めてどうしてそうなってしまうのか、分からないけれども信じたい何かがあるんだろうかと類推する。その人は身内も自身も病気を患って医療への不信感があったのかもしれず、そこに親族の訃報などもあっていろいろと身心に影響が出ていたのだろう。そこにもたらされた医療への不信を声高に叫ぶ反ワクチンの声に惹かれてしまったと。それなら落ち着けば戻って来るかというとやっぱり世界が新型コロナウイルス感染症から元に戻るのは数年先になりそう。それまでの間に起こるだろう紆余曲折の中でより深い方へと足を踏み入れないとも限らない。だからあっぱり早い段階で誰かが戻して欲しいけれど、そういう役割を果たせる重鎮がもういないんだよなあ、案外に。悔しいなあ。


【9月13日】 DAZNでものすごく久しぶりにF1グランプリを観て最近のF1カーはどれここれも似ているなって思ったらどうやらレギュレーションがガチガチで似たような形のしか作れなくなっている感じ。それこそティレルの6輪車とか初期のジョーダンのどこか有機的なフォルムとかいろいろな工夫があって面白かったF1だけれど、トップチームの開発力がシャシーもエンジンも行き過ぎて、形をいじったくらいでは競争にならないとなるとあとは統一化によって戦力差を縮めないと面白みが薄れて観客が離れてしまうって感じたんだろう。

 ネットなんか漁るとすでに2022年のコンセプトマシンなんかも上がっていてフロントウィングのシャギーな感じとかYの字方に延びたコックピットガードとか2021年のマシンを延長したような感じで、これを標準にしてフェラーリもマクラーレンもレッドブルも似たようなマシンを作り出してくるんだろう。そうした中でホンダがオフィシャルとしてのエンジンサプライヤーから降りる2022年度はメルセデスとフェラーリの出来上がり次第で2極化するグランプリになりそうな予感。そんな中でルイス・ハミルトンとかマックス・フェルスタッペンとかバルテリ・ボッタとかが競い合うんだろう。DAZNに入っていたら観られるかな。

 そんなF1イタリアグランプリはレッドブルホンダがいなくなって突っ走るマクラーレン2台の後を最後尾から出発したメルセデスのボッタが追いかける展開に。間にペレスも入っていたけどペナルティで5秒が加算で最終的には表彰台には上がらずマクラーレンの2人が登壇してはシャンパンファイトを繰り広げていた。そこでこのご時世だからやならいんじゃないかとも言われたダニエル・リカルドによるシューズでのシャンパン一気のみが登場。いちおうは履き替えているんだけれど2時間近く車を運転し続けた足はきっと蒸れ蒸れで、それが少しの時間でもはいった靴でシャンパンを飲むのは当人はともかく回されたペレスはいろいろ思うところもあったんじゃないかなあ、同僚とはいえ。さすがにボッタには回らなかったけど。でも楽しげな表彰式。こういう笑顔が日本では観られないのが辛い。早く良くなれコロナパンデミック。

 SFなら科学に依拠して正確なことを語るかというとそこは科学に依拠しつつより面白い方、恐ろしい方へと想像力をめぐらせるのがSF的な思考方法でもあったりするから名のあるSF作家の人が新型コロナウイルス感染症に関連してワクチンに関するデマゴーグを信じて拡散することもあって不思議ではないのかも。もしかしたらあるかもしれない、あるいはあったほうが興味深いかもしれない状況に思考が傾く傾向、あるいは権威なり権力に対して懐疑的になりつつ物事を相対化して眺める意識が今はそっちへと向かっているだけだと思いたい。でもやっぱりワクチンに関するデマを周回遅れで信じている気はするなあ。不安に忍び寄る安心と騒乱の心理を解消するには信頼している誰かの助言が必要。誰ができるだろう、今。

 将棋の叡王戦第5局が開催されて豊島将之叡王に挑戦した藤井聡太棋聖・王位が勝利して三冠を史上最年少で奪取。あの羽生善治九段が達成した記録を3歳以上も上回る19歳1カ月はきっとおそらくあと半世紀は破られないんじゃなかろうか。これで竜王戦への挑戦権も獲得して同じ豊島竜王に挑戦が決まっている。それで勝てば四冠となり王座に王将も獲得すれば年度内に六冠だって夢じゃない。名人位だけはA級に上がってそこで挑戦者にならなければ挑戦できないからまだ数年は先だけれど、それでも羽生九段が達成した七冠を、今の八冠に増えた時代に超えることだって不可能じゃない。どうなることか。

 そんな藤井三冠の誕生で、こちらではすでに二冠ですら追いつかれていた「りゅうおうのおしごと」の九頭竜八一の立つ瀬がますますなくなった。まあフィクションなんでここから巻き返して多数のタイトルをとらせることだって不可能じゃないけれど、そこに至るまでの道筋を作ってそれが納得のいくものでなければもはや世間は納得しないから、きっと無理に超えさせることはしないだろう。むしろ今は女流棋士たちの苦闘を描く方が中心で、最新刊「りゅうおうのおしごと!15」で八一の下を出た雛鶴あいをタイプがまるで違う、そしてあいを敵視していそうな鹿路庭珠代の下で修行をさせてお互いに一皮むけさせつつ、周囲にもおおいに影響を与えて珠代が師事する山刀伐尽八段を名人挑戦にまで至らせた。

 そしてあい自身も釈迦堂里奈女流名跡に挑戦させるというところまでたどり着いた。誰もが萎えていた中に登場した本気のあいが女流棋士たちの棋士としての魂に火を着けた格好。そして供御飯万智の八一への恋心にも。けれども受けず姉弟子のことを思い続ける八一に答えて療養に出ていた銀子の復活は果たしてあるのか、といったあたりが第16巻の読み所になるのかな。八一自身も次のタイトル戦とかあるか分からないけれど、そろそろその魔神ぶりを見せては名人相手に凄みを改めてみせて欲しいもの。気になるのは祭神 雷が埒外におかれているところか。八一ですら苦手とするそのキャラクターにあいが向き合って潰されないかどうなのか。刊行を待とう。半年後くらいかなあ。


【9月12日】 朝からタリーズへと入って10本ばかり下読みをする仕事をしてから本屋に行って月刊ニュータイプの2021年10月号を購入。表紙と巻頭の特集が「探偵はもう、死んでいる。」なのにKADOKAWAグループのMF文庫Jから出ている小説が原作とはいえ、そうしたことに忖度しないアニメ誌で表紙を飾るまでの作品になったのかと感慨にひたる。2019年の年末に第1巻が刊行されて1年ちょいでアニメ化となってそして2年弱でニュータイプのの巻頭とうのはライトノベル的にもなかなか異例の出世ぶりだからなあ。

 いわゆるなろう発でもない作品がこれだけ盛り上がるっていうのも珍しいけど、ここに至るまでにメディアファクトリーの編集O氏が頑張って仕掛けたところがあるからそこを褒めたい。異世界転生でもないしラブコメでもないSFとミステリもごっちゃになった異色の作品をそもそもライトノベルとして売り出すにあたって普通にやっては気にとめられないと大勢に声をかけてコメントを寄せてもらって印象付けたその後も、立て続けに刊行して意識を途切れさせずに1年間を突っ走った。これとファンタジア文庫「スパイ教室」の人気が今はラブコメ全盛に傾いているライトノベルを何でもありいに引き戻してくれれば面白いんだけれどなあ。

 昼過ぎには帰宅してDAZNでWEリーグの開幕戦となる日テレベレーザ東京ヴェルディと三菱重工業浦和レッドダイヤモンズレディースの試合を見る。栄えあるプロリーグの開幕戦なんだからそれこそ新国立競技場で大勢の観客を集めて開きたかったことだろうけれど、このご時世でどうなるか分からない中で国立を抑えるのもリスキーだっただろうから、こぢんまりと始めていざという時の中止リスクも勘定に入れていたのかもしれない。なので西が丘のチケットはとれず自宅での観戦になったけれど、一応の推しチームとなっているジェフユナイテッド市原・千葉レディースは理念追求日だとか何といかいう余りチームとなって来週が開幕だから、そちらを見に行くことで自分的なけじめは果たせるのだ。

 試合はベレーザが専制したもののレッズレディースが菅澤優衣香選手のニアサイドからのコースをかえるようなゴールで追いつきそして逆転のまま一応のアウェイでの勝利を確保。リーグでも強かったから別に番狂わせでもなかったけれど、それでも業界的に目立つベレーザが勝利をつかんだ方がいろいろと押し出しが聞いたのか、男子のトップチームが持つ分厚いファン層をそのまま受け継ぐレッズレディースが突っ走った方が裾野が広がる感じなのか、そんなあたりも観つつプロとして運営されていくWEリーグがしっかりと観客もスポンサーも確保して、黒字体質の運営を可能にしていくかを見極める必要がありそう。理念が先走っても潰れたプロリーグって過去にもいっぱいあるからね。

 金曜日に発表されたNetflixアニメ・クリエイターズ・ベースに関して日経がアニメ人材の抱え込みだって書いていたけどそれはちょっと違うんじゃなかろうか。クリエイターズ・ベースはプリプロダクションよりさらに前段階の企画立ち上げに役立つイメージボードの制作をとりあえず手がける部署で、いずれは企画書の作成代行なんてのもやるかもしれないけれどアニメーション制作会社の弱い部分を受け持ちつつ自分たちが通したい企画を練り上げアニメーション制作会社へと提案する機能であって実際に作ってくれるスタジオがなければ動かない。

 あるいはアニメーションスタジオが作りたい企画を持ちこんで、それをNetflixが作ると決めたものについて事前の開発を受け持つとか。いずれにしてもそうやって自分たちのアニメのために動いていくれるスタジオを動かすために資金を集めて提供する機能を、イメージボードから脚本からいろいろな権能を有していくことで強化していくんだろうけれど、それによってNetflixがアニメの中心になるってことはないような気がする。サンライズだとかトムス・エンタテインメントといったトップチームもNetflixと作ってないし。

 そもそもがNetflixが、作りたいアニメとアニメーション制作会社が作りたいアニメが合致するかというとそうでもない。だからあくまでもひとつのファイナンス元であり企画発注元といった、昔のパッケージメーカーが担っていた機能がプリプロダクション部門の内製化とともにNetflixの内に装備されるといったところだろう。それよりもNetflixオリジナルのアニメーションも何でも凄いといった印象がちょいズレてきているのが気になるところ。「B the Beginning」の第2期がどうだったってアレだったし、「Yasuke」なんてもう誰も気にしてないし。作りっぱなし流しっぱなしで終わりって感じ。そこから儲けを最大化させるようなプロモーションとかヘビーローテーションなんかをしてくこと、それより以前にやっぱり企画の段階で大勢がこれと思う作品を企画することが重要なんじゃないかなあ。「スター・ウォーズ」で攻めてくるディズニー+に叶わないよ、このままじゃ。

 DAZNが動き始めたのでWEリーグの他の試合とかセリエAのサンプドリア対インテルの試合なんかをザッピング。リーグを制したインテルが開幕から連勝してあたったサンプドリアは目下未勝利だったけれど、吉田麻也選手のゴールなどもあって2点を奪い2点をとられたものの同点で終えて勝ち点1を手にした。セリエAの守備の要として機能している吉田選手はやっぱり凄い。おまけに得点まで決めてしまうんだからやっぱり世界でもトップクラスのプレイヤーってことになるんだろう。そうした1人がいても他に並べる人材が育ってないのが代表の目下のパフォーマンスに現れているのかなあ。監督の観る目ってのもあるのかなあ。次のサウジアラビア戦が決め手になるな。


【9月11日】 ライティ方面に受けたいと勇ましいことを言うのもあって不思議はないけれど、それが日本にとって逆に安全を脅かすような言動だとやっぱり問題も大きいだけに用心したい自民党総裁選での高市早苗候補の動勢。「高市氏は『必要なところにしっかりお金をかけないと日本を守れない』と強調した。安倍前政権が着手した敵基地攻撃能力の保有を巡る議論も結論を急ぐと明言。『敵基地をいかに早く無力化するかに重点を置きたい』とも指摘した」って言動には、専守防衛の方針をはみ出して敵基地の無力化を狙って先制攻撃も辞さないといったニュアンスが感じられて不安になる。

 だってそんなことを言えばだったら先に無力化だって話になって日本に直接攻撃が及ぶ可能性が膨らんでしまう。抑止力だという言い方も出来るけれどそんなハリネズミ合戦が行き過ぎれば軍事費の増大に繋がっていろいろと経済が回らなくなる。あとやっぱり問題なのが「電磁波や衛星を利用した敵基地の無力化を可能とする法整備の重要性を説いた」ってあたりで、何か指先をパチンとやれば無力化できる装置があるような言い方だけれど、現在の武装でそれが可能なのは高高度核爆発電磁パルス攻撃くらい。つまりは核保有であり核攻撃の容認であって、被爆国の日本にとうてい認められる話ではない。世界からだって袋だたきに遭うだろう。そうした可能性を示唆したというあたりでいっせいにメディアが突っ込んでくれれば良いんだけれど、甘いからなあ、オールドメディアはどこもかしこも。

 連日のタリーズで短いアニメーションを観る仕事。大勢が取りかかって作り上げたフル3DCGアニメーションの見かけの高くて整ったクオリティと個人が表現を突き詰めて手描きした2Dアニメーションの見かけの個性的なクオリティのどちらを上で下かといった判断がつけづらくって迷う。動画からセル画をつくって撮影をしていく商業アニメーションの手法とは区別がついた個人制作のアニメーションだったけど3DCGは個人とか数人のチームであっても商業と代わらないクオリティが出せてそれでいて個人制作に近いニュアンスも持っているとアートっぽくないと断じる訳にはいかなくなる。そんな葛藤を世界中のファンが持って眺めている今の過渡期からその先に、どんな短編アニメーションの世界が来るんだろう。ちょっと気になる。

 近所のイオンシネマ市川妙典に「サマーフィルムにのって」が来たので55歳割りを使って見に行く。他が60歳からの割引がイオンシネマだと55歳からになっていて想起退職組に優しい映画館。これで新浪剛史サントリー社長が言うように45歳定年なんてものが標準化したら45歳からでも安く映画が観られるようになるんだろうか、ってことはたぶんないんだろうなあ。新浪社長の言い方は今の一括採用からの年功序列気味に勤めて定年まで持っていく雇用体系の中でいきなりやれば、再雇用の可能性がないままで貯金もさほどもたない子育て世帯がいきなり無職になりかねない無茶を含む。これが若いうちから仕事量にマッチした給与を得て貯金も出来て結婚も出来て45歳くらいで子育ても終わりが見えて来るならそこでリタイアするってこともありかもしれない。

 あるいは30代で経営に回って定年とか無関係に働き続ける環境が整っていれば大丈夫なのかもしれないし、逆に単純労働の市場に労働力がまわって1年更新の派遣雇用が永遠に続く地獄になるのかもしれない。いずれにしても現状が代わらないと無理な話を持ち出して語ったところに突っ込まれる余地も多分にあった。どういう言い訳をしてくるかが気になるところ。って話はさておいて「サマーフィルムにのって」はこれで4度目で、ハダシを映画に出演させた場面で花鈴が立ち上がろうとする際にしっかりスパッツがはいていたのが今回も確認できた。だから嬉しいかというと悩ましいところだけれどスパッツだって観られると嬉しいというのが人間性って奴だからこれはこれで有り難い。

 そんなシーンとあとはハダシが倫太郎と激突するシーンの感触を想像する楽しさを味わったあと、体育館での上映からのハダシ監督による撮影続行へと至るシーンでの湧き上がる昂揚を今回もたっぷりと味わう。何をすんだと咎めたように見えた花鈴が「さあ大活劇シーンだよ」と映画部員を鼓舞して、部員たちがいっせいに箒とか持って刀に見立てて構えてハダシを迎え撃つ殺陣を演じる統率感。そういう展開へと持っていって見た目のカタルシスを与えつつ花鈴もやっぱり映画の虫なんだということを分からせ親しみを抱かせ、そして抜群のラストシーンへと持っていく展開は今年の映画でもトップクラスの感慨を与えてくれる。「竜とそばかすの姫」におけるすずになったベルの歌唱シーン、そして「いとみち」におけるいとの三味線の演奏シーンと並べて3つのベストって言えるかな。ああ「サイダーのように言葉がわきあがる」のチェリーの俳句による叫びからの告白もあった。名シーンのある映画は名作だ。そんなことを感じさせてくれる年だなあ。


【9月10日】 午前10時からNetflixによるオンラインでの発表会見を聞く。スタジオコロリドで「ペンギン・ハイウェイ」の作画監督をした後に東京藝大院のアニメーション専攻に入って修了作品「わたしのトーチカ」を監督した石舘波子さんが、Netflixアニメ・クリエイターズ・ベースに入ってコンセプトアート描きをやり始めたことにちょっと驚いた。なるほどスタジオに戻ってもアニメーターだろうし監督をしようにもすぐには無理ならこうした場所でコンセプトアートを描きつつ作品世界を見せつつやがて自分の作品を作るようになっていくってのもひとつの道なのかもしれないなあ。

 櫻井大樹さんの意図するプリプロダクションのさらに前、企画のコンセプトを揉む段階を日本のアニメーション作りの現場はどうも置き去りにしていて、脚本やキャラクターが決まったらもうそれで動き始めて後は絵作りに人材を割くという状況の中、もっと開発の部分を頑張ろうよという話はとても分かる。コンセプトアートを山ほど描いてキャラクターのイメージもどんどんと膨らませてそれが脚本にも反映して全体のイメージが固まってから制作に移ればスタッフ間でイメージの齟齬も生じないで済むだろうから。

 あとは企画開発の段階でイメージがあれば原作者とか権利元もこれならばと納得して預けてくれるといった算段。そうした場を提供しつつここに現場からコンセプトアートに取り組める、あるいは脚本の開発に挑めるといった声をかけることで将来の優れたクリエイターを囲うことができる。ここが発信元となって企画を作りプロダクションに持ち込み絵を作ってもらうことも可能になる。もちろんプロダクションが原作を獲った企画について、コンセプトアートの段階から外注的に依頼を受けて作りいっしょに仕事をするようになることも増えるだろう。

 中枢とは言わないまでも土台の部分を握っていこうとするその戦略。悪くない。あとはコンセプトアートを山ほどかこうとさいようされないまま腐っていくお抱えクリエイターが出ないことを祈りたいかな。石舘さんの新作も見たいので内部でこれだと思ったら支援して欲しいと櫻井大樹さんにお願い。石舘さんも自分のコンセプトアートで自分の作品をディレクションしたいって話していたし。そんな櫻井さん、Zoomのミーティングでどこかふっくらしていた。僕といっしょだ。僕らといっしょだ。

 ただのライターなんで六本木の拠点を見せてもらうようなことにはなってなかったんで、そのまま家で原稿を書いてから、MOVIXさいたまへと出向いて「竜とそばかすの姫」のドルビーシネマ版を観る。黒が強いぞはいポーズ。ってな感じにアニメーションの場合って黒が閉まると背景とか輪郭とかのくっきりかんが上がって目にとても嬉しい。いつも読み取るまでに時間がかかる伊野駅にはってあるワイファイのステッカーの「JR SHIKOKU」がちゃんと読めたりヒロちゃんのデスクの上に積んである本の背表紙のタイトルが読めたりするなどいろいろとコントラストが高まっていた気がする。

 全体にピーカン感が出てヌケが良くなったせいか伊野駅の外に立つしのぶくんのキャラと、それから背後にそびえる山の木々の質感のちょっとした差異めいたものが感じ取れたりした。気のせいかもしれないけれど。厖大なアバターこと「As」が群れ集う「U」の空間内もくっきり度合いが増すとやっぱり広さもより感じられるというか世界への没入感も高まるというかどんなアバターがいるか分かるというか。止め絵でじっくりと見たらほらそこにそんなアバターがって気づくかもしれないけれど、そういう仕込みをする監督でもないからなあ、いかにも宮さんそっくりなおっさんがいたりするような。

 音響はもとよりドルビーアトモスめいた立体音響でぐるぐる回すような凝った作りをされている感じがしないので、歌とセリフの聞き取りやすさが上がっているといった感じ? 個人的にはステレオで前からでいいから歌の圧力ってやつを感じたいタイプなのでむしろ爆音上映をやって欲しい。シアタス調布とかイオンシネマ幕張新都心のULTIRAとかで爆音再上映とかやってくれないかなあ。これで何回くらい観たんだろう。もう良しとするかあと1回くらい観ておくか。MOVIXさいたまの下あたりにあるフードコートの唐揚げやのチキンカツが揚げたてで美味しかったのでまた行くか。

 松戸市の警察署が組んだVTuberの件はううん、志摩リンの例にもあるように一般の人たちが美少女系のキャラクターと接するのとは違って公共のセクターで美少女キャラクターを押し出す際に、いろいろと気を遣う必要があるってことがやっぱりまだまだ理解されてないってことなんじゃないかなあ。胸を揺らすとか臍を出すとかいった突っ込まれる要素をここではひっこめスカートもやや長めにモデリングしておけば、突っ込まれた時にこれだけ配慮してありますよと言い訳でも出来た。それをやらずしてそのまま通してしまったからこその“事故”だろう。とはいえそうした検討もした上で選んだのならあとは警察が違うと突っ張れば良かった話でもある。どういう経緯を見せるのか。見守りたい。


【9月9日】 たぶんきっと10年後くらいに21世紀の文化大革命だったと呼ばれることになるのだろうなあ、昨今の習近平総書記を頂点にした中国共産党によるさまざまな文化や行政や綱紀へのプレッシャーによるさまざまな施策の変更は。湖北省荊州市にある三国志の英雄・関羽の57メートルもある巨大な像について共産党から「公費の無駄遣い」といった声が出たそうで、それを受けて市では撤去を始めたとか。無駄って言っても出来ちゃったものならそれを有効活用してこそ無駄も無駄じゃなくなるのに、上が「無駄」だと決めたものを飾っておくことが反党行為に等しいといった認識から、撤去だけが唯一の選択肢となってしまったのだろう。

 次善の策とか話し合いによる止揚といった思考の進化はまるで望めない状況において、現場は党のご機嫌を伺うだけになってしまいそうな予感。いっそだったら「一騎当千」の関羽雲頂でも立てたらそれこそ見上げるほどに素晴らしいものが拝めると世界中から観光客も集まりそうだけれど、そうしたなよなよとした文化に対して共産党が抑圧を強めているようで、マッチョな完成からの「男らしさ」に外れるような文化を取り締まるようお触れが出回ってBLなファンが阿鼻叫喚の渦中にあるとかどうとか。日本と同様に中国でもBLが女性の間に広まって、イケメンな男性同士の関係を想像して楽しむ人たちが増えているところに食らった弾圧。苦衷の中に中華腐女子たちも激しく懊悩していることだろう。

 男性オタクのキャラクターを愛でる文化がどうなっているかはちょっと分からないけれど、遠からずそうした方面にも規制が入りそうな予感がしないでもない。ひとつ転がり始めたらどこまでも転がっていくのが文化大革命的なムーブメント。上の歓心を買うべくあれもこれもとやっているうちに、気がついたらポップカルチャーのすべてが抑圧の対象となり排除されて何も残らない状況に至っていないとは限らない。中国発の「原神」をはじめとした人気ゲームも外貨を稼いでいる優等生だといった経済的な評価すら精神を売り渡す軟弱な商売だといった批判を前に三角帽子を被ってジェット機のような格好で総括を強いられることになるのかも。

 これを日本が伸びるチャンスと見られるかというと、中国という巨大なマーケットにポップカルチャーの売り先を見つけなければ大変な状況にある日本の企業にとって、決して手放しでは喜べない事態と言えそう。どうなってしまうかなあ。習近平総書記の胸算用ひとつといったところだけに、誰か近しい人からポップカルチャーへのポジティブな意識を植え付けられて心境ががらりと変わってしまうと良いのだけれど。何を見せたら良いんだろう。やっぱり「マクロス」シリーズかなあ、見て文化の力に驚くアニメの根源だけに。それともやっぱり「らんま1/2」か。中国4000年の不思議がいっぱい詰まったアニメだから。

 新潟で既に見てはいるけれど、東京でも始まるってことで「ふしぎの海のナディア展」を見に東京ソラマチへ。見知った人たちも大勢集まる中で中に入って見るとだいたい新潟と同じ物品で構成。ただし会場がやや手狭な上に東京ということもあって密が発生しそうな感じで、入場者を制限して日時指定を採用しているもよう。行く人はローソンでチケットを手に入れて時間どおりに生きましょう。そんな展覧会で新潟と違っていたのは、オープニングの映像を流し素材を並べたコーナーで背景美術の1枚に後から光画あてられ、千枚通しで細かく明けられた穴から“透過光”がのぞいていたこと。

 これがあることでオープニングの映像が流れる時にどこに透過光が使われていて、それがどんな印象を与えるかが素材も含めて吟味できる。仮に背景に細かく白い点が描かれていただけだったら、画面でキラキラとした光の反射が感じられただろうか。そこを透過光にすることによって得られた輝きが、オープニングの昂揚と相まって見る人を引き込んだのだとしたら考えた人は巧いし、そうした効果があることを意識させる展示を考えた企画者は偉い。会場が明るかったから気付けなかった新潟よりも、その意味で進歩している東京展。大阪も含めて見て回った人でも行く価値はありそう。物販でもフィギュアとか増えていたのでお買い物も楽しめそう。残念ながら目玉のガーゴイル饅頭は内覧ということで搬入されておらず。喰うためにも行くしかないか、一般として。

 高市早苗さんが自由民主党の総裁選に立候補を表明した会見で叫んだジャーナリストがいたそうで、聞くと小池百合子東京都知事の会見でいつも最後になって不規則に叫んで自己主張を繰り返すだけで何かやってる感を出しているようにしか見えない人だとか。それをジャーナリストと呼ぶか単なる目立ちたがりと見るかは難しいところだけれど、そうした評判を得てなおジャーナリストとして活動をして会見にも入れるのならそれもひとつの方法論だと聞く側は受け止めつつ、聞かれれば答えることで相手が単なる自己主張をしたい人か、聞きたい人かを周囲に判断してもらうしかないのかも。そうやって明らかにジャーナリストとしての本道を外れていると見えてくれば、出入りも控えるようになるだろうから。聞かれる側がやることはオープンにして聞かれたことには答えること。その積み重ねをせずして最初からふさぐから裏を勘ぐられ隠蔽を疑われるのだと知ろう。


【9月8日】 テレビ放送があっても見ていなかったサッカー日本代表のワールドカップ2022年カタール大会最終予選だけれどホームでオマーンに敗れて尻に火が着きかけているとなって興味が出て来たんで、DAZNに入ってアウェイというものの本土ではなくドーハで開かれた中国戦を見てしまう。テレビ朝日がお金を積んでも落とせなかった放映権をDAZNが買ったことでアウェイの放送はなくなっているだけに、それしか方法がないなら観ようと思ってしまうところが狭いところを生きたがるオタクの性。あとはやっぱり手元のPCだとかiPadで手軽に観られるところも大きい。テレビでその前に座ってないと観られない不便さがあるなあ、って気分がどんどん強まってきているのだった。

 そんな代表戦は中国が前半に前に出ないで5バックを敷きつつセンターラインまでほとんど出なかったこともあって日本代表が攻め立てたものの、それでも1点しか奪えなかったのはやっぱり固められたらそこで放り込むなりミドルを打つといった選択ができず、サイドから崩そうとしたり中央でこねたりしてゴールを割れない状況が続いたことがあるからだろう。そして後半になって中国が一気に攻めに出たことで日本代表の攻め手がそろわず追加点が奪えないまま試合終了。それこそカウンターに気持ちを向けスピードを活かすくらいすればいいのに、考えて切り替えることのできない日本の硬直性が出てしまった。

 これで得失点差はゼロとなってグループでは4位に。オーストラリアとサウジアラビアが連勝をして固めた上位に割って入るにはそれぞれに国に勝たなくちゃいけないのにどうにも勝てる気がしないところに次のワールドカップへの道が相当に厳しい感じをあおり立てる。次に1敗したらいよいよもって森保一監督の去就が取り沙汰されて来そうだけれど、この後に及んで戦術を整えるなんてことは無理だし、スピードとかパワーを切り替えるだけの選手が隠し球として残っている感じもない。強いて言えばオイナウ阿道選手くらいか。呼んでも使わなかった森保監督には使いこなせないならそこはやっぱり監督交代もカンフル剤にはなるかなあ。ともあれ次だ。何時だ?

 せっかくDAZNに入ったのなら他の最終予選も観たいとポルトガルとアゼルバイジャン戦を見たらポルトガルのトップがえぐかった。ライプツィヒのアンドレ・シウヴァ演習にマンチェスター・ユナイテッドのブルーノ・フェルナンデス選手にリアプールのディオゴ・ジョタ選手がトップに居並ぶポルトガルにはあのクリスティアーノ・ロナウド選手が入っていない。代表を引退したって話もないから今回は出ていないだけだとするなら、復帰して入ったその強烈な攻撃陣を仮に本選へと出場した日本代表が相手できるのか。無理だろうけどそこはグダグダな展開に引きずり込む日本代表の魔術が炸裂し、泥試合にしてしまうだろうから安心か。まずは出場することだなあ。

 気がついたらキネマ旬報シアターで「サイダーのように言葉が湧き上がる」が上映されていたけれども行くだけの気力が今日はまだ貯まってないので遠慮して、朝からタリーズにこもって20本ばかり下読みの仕事を進めていく。これで半分に達したかなあと思ったら締めきり前後で駆け込み応募があったようで全体の本数が増えていた。この後もエントリーが続いていたとするならさらに増えて半分まで来たはずのものが3分の1くらいまで割合が下がってしまいそう。それでも3分の1までたどり着いていれば夏休みの宿題めいて8月31日に徹夜をして宿題をこなすことにはなrなないと思いたい。それよりも面白い作品にたっぷり出会える方が嬉しいかな。本当に凄いよなあ、クリエイターたちは日本も世界も。

 太平洋横断航海から戻ってもまだお休み中の辛坊治郎さんに代わってよっぴー吉田尚記さんがパーソナリティを務めている「辛坊治郎ズーム」に政治評論家の田崎史郎さんが出演。どうして安倍晋三さんが高市早苗さんを応援するかを解説していて、保守層を活性化してまずは自民党総裁選へと意識を向けさせ、そして来る総選挙にもちゃんと投票に行ってもらうために意識づける上で高市さんを候補として立てる必要があったこと、そんな高市さんを論客として河野太郎さんにぶつけて抑える役回りを期待していることを話していた。なるほどなあ。結果として総裁には岸田文雄前総務会長が当選するんだろうけれど、保守の期待は高市さんが背負ってそれなりのポジションを得た上で次を狙う。そこまで深慮遠謀が安倍さんにあるのかそうしろと田崎さんが振り付けたのか。なるほどテレビで幇間の如くに喋っている時とは違う政治ジャーナリストの本気を見た。そんな人を素材としておもしろおかしく浮かび上がらせてしまうとは、つくづくワイドショーは罪だ。


【9月7日】 連絡がとれなくなったら普通は倒れているか死んでいるかと思うものなのに、この新型コロナウイルス感染症のパンデミック下では妙なバイアスがかかって連絡がとれなくても連絡がとれないことはよくあるといった認識のま放って置いて、気がつくと亡くなっていたというケースが全国のそこかしこで発生している。連絡が取れないならヤバいと尋ねてそれでも返事がなければ警察とか関係者に連絡をとってこじ開けるくらいのことをするのが日常だけれど、そこまでする余裕がなくなっているんだろう。それくらい酷い状況なのにただの風邪だと言い張る有名人。末世だなあ。

 半分くらいまで観たかと思ったら締めきり前後ということでどさっと届いたみたいで半分以下へと下がってしまったものの、そこは才能の固まりたちが全世界から寄せてくれたものだけに技術もあれば見せ方もうまく、そしてテーマもしっかりあって見ていてどれもとても楽しい。こんな中から手も10本くらいしか選べないなんて残酷過ぎるけれど、そうやって選ばれたものだからこそより輝くところがあるんだろうなあ。その判断はもっと上野人に任せてとりあえず、俎上にのるのにふさわしものを落とさずに残していけるよう頑張ろう。せめて週内に3分の2までは済ませたいけれど、きっとまた増えるんだろうなあ。

 ジャンポール・ベルモンドといえば平井和正さんのウルフガイシリーズでアダルト犬神明だったり神明といったキャラクターを例える時に例に挙げられたフランスの俳優で、ニヒルな表情に飄々とした口調で困難をひょいひょいと抜けていく好漢といった印象を抱いていた。そんなベルモンドが実際にどんな俳優なのかを出演している映画を観て確認することなく来てしまったら訃報が伝わってきてAmazonPrimeVideoあたりで出演作品を探して観ようと思ったりする初秋。観れば観たで既視感があってそれはきっと「ルパン三世」のルパンだったりするんだろう。あるいはコブラとか。日本のエンターテインメントはキャラクターの造形で相当にお世話になっていたんだなあ。ありがとうベルモンド。

 そんな「ルパン三世」で動きが。1971年の第1作放送というかそれ以前のパイロットフィルムの時代から長く次元大介を演じてきた声優の小林清志さんが次元大介の役を降りると発表。本当は続けたかったんだろうけれど、やっぱり体力がなく長い収録には耐えられないということで退任となったらしい。声については従前よりいろいろ言われていて、そのことについては当人だって強く感じていたみたいだけれど、それでも他に代えがたい声であろうと努力したことが50年という年月をただひとり、ずっと次元大介であり続けさせた。

 途中で「風魔一族の陰謀」という声優さん総取っ替えのエピソードがあったけれどそれは1作のみで全員が変わっていたからちょっと例外。1作目から2作目に行く途中で石川五ェ門が大塚周夫さんから井上真樹夫さんとなり、峰不二子が二階堂有紀子さんから増山江威子さんへと変わっても山田康雄さんのルパン三世ともども小林さんの次元大介、そして銭形警部の納谷吾郎さんは変わらずに来た。山田さんが亡くなり栗田貫一さんになって井上さんと納谷さんと増山さんが変わっても守り続けたその役にかける思いもさぞや深いものだったんだろう。

 近作の「峰不二子の嘘」あたりでは割としっかりした声を聞かせてくれたから、エンジンさえかかれば甦るものだと思っていたけどさすがにテレビシリーズは重かったか。そんな次元をだったら誰が継ぐのかで、小山力也さんとか大川透さんとかいろいろ浮かんだけれどもそこは五ェ門を演じた大塚周夫さんのご子息の大塚明夫さんが登場。さっそくPVなんかで大塚さんらしい次元を聞かせてくれている。それはもう普段の大塚さんなんだけれど、ちゃんと次元になっているのは小林さんを真似るのではなく、次元という役を演じることに心を配っているからだろう。

 前任者が当たり役だったキャラクターの次を担う大変さは、「天才バカボン」で雨森雅司さんから役を受け継いだ富田耕生さんが話してくれたことがあって、プレッシャーだったけれどそこは気にせず雨森さんに寄せることはせずに自分の声で演じることにしたとか。結果として赤塚不二夫さんも認めるバカボンのパパになった。世代によっては富田さんがバカボンのパパだと思って入る人も少なくないだろう。それは二代目イヤミを演じた肝付兼太さんにも言えること。そうやって役を受け継いできた声優さんたちの、真似るのではなく役を演じるハートを大塚さんも持っていた、ってことなんだろう。

 これなら安心の小林さん。コメントを出して「以前、明夫ちゃんに聞かれたことがある。『なぜ親父は五ェ門を辞めたんでしょう?』と。親父とは大塚周夫先輩である。答えに窮したことがある。さぞ先輩も無念だったにちがいない」と自信の無念さを吐露しつつ、大塚明夫さんに「明夫ちゃん、これは難しいぞ」と叱咤の声を贈る。答えて次「元大介から清志さんじゃない声が聞こえてきたらイヤです。もしかしたら誰よりも。だからこそ、そんな自分さえも納得させ得る次元大介になろうと勝手乍ら心に決めました」と覚悟を口にしている。そうやって作られて行く新しい次元大介が、どんな活躍を見せてくれるかが楽しみになって来た第6期。観ていこう。


【9月6日】 パラリンピックが終わったようでまるで観なかったけれど閉会式ではシシド・カフカさんが登場してドラム隊をハンドサインで指揮するプレイを見せたとかで話題になっていた。シシド・カフカさんといえば「TO YOUNG TO DIE 若くして死ぬ」で見せた修羅のメイクが凄まじかったんで、その風貌で出たのならさぞかし評判になっただろうけどそうでなくても175センチの長身な上に美貌を誇っている人だから、立って動いているだけで注目を集めたって感じ。開会式では190センチの布袋寅泰さんが話題になったパラリンピックはやっぱり大きいと目立つってことか。吉川晃司さんが出て史上最大のロックユニットと評判のCOMPLEXを再結成してくれたらもっと湧いたかなあ。

 「サマーフィルムにのって」を観たからにはやっぱり観ておきたいと「午前十時の映画祭」のプログラムとして上映されている「座頭市物語」を京成ローザ11まで見に行く。午前10時なのに9時半から始まるのは劇場の都合だから仕方が無い。4K修復版ということで始まった映像はとてつもなく美麗になっていてモノクロでも勝新太郎のまだ31歳の顔がツルツルでツヤツヤとして見えた。でもってその無精ヒゲまでがくっきりとスクリーンに映し出されるあたりに4K修復の実力を強く感じた。おたねという役で出ていて座頭市に惚れる万里昌代さんも美しいこと。そんな映画をリアルタイムで見せられればそりゃあ感覚も湧いて劇場もいっぱいになるよなあ。

 冒頭から座頭市が賭場に乗り込んではいちゃもんをつけて喧嘩腰にさせて相手を誘っているように見えるところに、どこか虎視眈々として何かを狙っている風情ってのが感じられる。そこは親分が出て来て昔ちょっと交流があった座頭市を歓待したことで収まったけれど、後に敵対する任侠の用心棒が伏せっている寺へ使いを出しては敵に見つかりフルボッコにされて殺害され、それをきっかけに抗争が始まる端緒を開いたあたりにやっぱりただの平和主義者ではないところが見受けられる。それとも普通に親切から天知茂さんが演じる平手御酒が伏せっている寺に酒を贈ったのか。頼んだ相手がちょっと因縁のある奴だからそいつが殺害されるのを期待していたのかも。そいういうあたりも決行強か。

 池のほとりに釣りにいった時に座頭市が平手御酒と出会って並んで糸を垂れるあたりは「サマーフィルムにのって」でオマージュとして撮られた「武士の青春」に登場する2人が見せる演技と重なるところが大。そういう意味で改めて振り返って観て分かるところが結構あった。「サマーフィルムにのって」でハダシがみせる座頭市のモノマネもどれくらいそっくりかが分かったような気がしたけれど、ハダシはハダシでハダシの座頭市になっているから簡単には比べられない。あと座頭市が白目を剥くような描写があったけれど「座頭市物語」だとそこまで追求してなくて、ラストシーンに近いところで座頭市が強く怒鳴って仲間が死んだのに祝宴を挙げる任侠の親分を叱りつけるシーンで見開いた目にはちゃんと目玉が見えた。

 ただしコンタクトか何かで濁らせてはあったけど。その方がなるほど生まれながらに見えない人っぽい。小栗旬の白目はちょっとアレだったからなあ。座頭市自身が派手な大立ち回りをするところはなくて、草鞋を脱いだ一家に侮辱された時に居合いでロウソクを真っ二つにするところか、平手御酒のところで飲んで帰る途中で敵対する一家の2人が襲ってきたところで抜きざまに切り伏せるところくらい。あとは平手御酒との決戦で、そこではさすがに一刀両断とはいかずなんどか太刀筋を交えた先、居合いをやめて鞘をおいて構えてから斬り結ぶ感じになったところに平手御酒が他とは違って強いことがちゃんと伺えた。それでいて倒していくところに主人公らしさも強く浮かんだ。

 崩れていく平手御酒も儚げで格好良かったなあ。歴史上の人物らしいけれども「座頭市物語」の中では食い詰めて流れた浪人がそれでも剣術に最後まで魂を乗せていたいと願った生き様が強く浮かんだ。それを受け止めつつ切り伏せ労う座頭市もまた、相手を認めていたんだろう。良い話。こういう終わり方にしないとやっぱり時代劇じゃない、だからハダシ監督も最後を書き換えたんだって改めて知って観ると「サマーフィルムにのって」もまた違って感じられるかな。近いうちにまた観てこよう。

 知らない人だけれどRHYEMSTER宇多丸さんが弟子として認めた女性2人のラップグループ「hy4_4yh」をプロデュースしている江崎マサルさんが亡くなったという報を受け、「アフター6ジャンクション」に出演した宇多丸さんが普通なようで心痛を感じさせる声でいろいろ語っていた。グループの2人がコロナに感染したということd絵出演できず、代わりに江崎さんが出演したのが8月24日で、その直後に自信も感染が判明して自宅療養に入ってから1週間後になくなってしまうなんて本人も宇多丸さんもそして「hy4_4hy4」の2人も予想だにしていなかっただろう。

 入院できるたかどうかって話になってはいないから、よほどの急変だったのかも。ワクチンは接種していなかったそうでそれが多忙だったから信条からだったかは分からないけど、もしも打てていたら急逝はなかったかもしれないと思うともったいない。追悼で宇多丸さんがかけた「hy4_4yh」の楽曲はどれもメッセージ性が強くあってなおかつリズミカルでメロディアス。パワフルで荒々しいラップを吠える人も少なくないなかでこうした聞かせるラップを作っていた人たちがいなくなるのはやはり宇多丸さんとしても寂しいところがあるのだろう。せめて残されたグループには活動を続けて欲しいと願いつつ、見知らぬ人ではあるけれどもその功績を称えて悼もう。それにしてもやっぱりコロナは恐ろしい。


【9月5日】 短い作品でも30本くらい観ると情報でいっぱいになった上にテニプリ映画も観てしまって脳が疲れ果てたか寝てしまい、12時間くらい経ってしまう。見た夢が5部構成くらいで意味不明につながっていったけれども最後くらいのはリストラ組みたいなのに入って勤務場所を動くように支持され、、社屋を出てなぜかペンギンを抱えてぐんぐん歩いて何段にも連なるエスカレーターて降りたところにある公園めいたところにちょっと遅れてたどり着いて、リストラ組と合流したけどメンバーに見覚えがあるかというとどうやら大学時の知り合いのイメージが混ざっている感じ。

 周囲は遊んでいる人たちがいっぱいのところで何をするか分からないので、逃げだそうと今度は階段を延々と上がって上までたどり着いて社屋のあるところまで向かうバスに乗ろうか歩こうかといったあたりで眼が覚めた。ヒュー・ジャックマンが出演している「レミニセンス」に出てくる記憶を立体映像で見せる装置があったら見返していろいろと確認したいものである。「ユア・フォルマ」だと特殊な能力を持った人間しか相手の記憶に潜れないけど、「レミニセンス」だと記憶を引っ張り出してモニターとかに映し出せるのだから便利だ。サイコダイバーより簡単。とはいえ誘導を間違うとループを起こして脳が焼き切れるらしいからヒュー・ジャックマンみたいな誘導を行う人が必要みたい。サイコダイバーへの道は簡単ではないってことで。

 キネマ旬報の「キネ旬報Review」に「岬のマヨイガ」。何とどう間違えたかまるで分からない理由で「鳩の撃退法」のレビューをすっ飛ばした千浦僚さんが☆3つをつけつつも「常日頃無神論唯物論、一乗寺の決斗に臨む武蔵のように、神仏に恃まず、と生きているので、狛犬、地蔵に手を合わせていいことあるよ、が嫌だ」と個人的感想をぶちまけていて「知らんがな」と思いつつレビューなんてまあ主観だからと思った一方。☆2つ厳しい宇野惟正さんが「野暮を承知で言うなら、この『家族』を黙認する行政サイドの大らかさも気になって仕方がなかった」って書いててアレレと思う。

 だってあれはマヨイガほかのふしぎっとたちが裏で動いて、ユイやヒヨリを孫だと言い張るキワさんの言動に合わせて書類だとか登録だとかの書き換えとかやって、行政側でいろいろと心配をしている桑島法子声の職員を納得させたんじゃなかったっけ。別に大らかなんかじゃなくいろいろと心配はしているけれど、それで落ち着き先が決まって書類も整っているならそれ以上の突っ込みは野暮とばかりに退いただけ。それを妖怪側のご都合主義でハッピー過ぎてキツい現実から逃げているだけと観るのはありだろうけれど、そういうのばかりだと心も痛むから違うのをって意味合いで作られたものに、もっと厳しくというのも違うよなあ。かようにことさらレビューは難しい。こちらも心してかからねば。

 インスタグラムからの応募が当たったので「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」のレミ・シャイエ監督による新作アニメーション「カラミティ」の日本語吹替版を観に東京都写真美術館へ。後のカラミティ・ジェーンとなるマーサ・ジェーン役の福山みさきさんと、マーサをいじめる幌馬車隊隊長の息子のイーサンを演じる畠山航輔さんが登壇をしていろいろと作品について語ってくれたけれど、そこで役について福山さんが「マーサの役作りについて気をつけたのは、素直で真っ直ぐな女の子ということで、難しいことを考えずに感じたままにセリフを言いました」というのが印象的だった。

 実際にマーサは女の子でありながらも母親を失い父親も倒れてしまった中で、幌馬車をオレゴンまで導こうと男装して馬に乗り、手綱も引こうとするものの当時の価値観として女性はそうしたことをしないといった考えから男性からも女性からも忌避される。でも負けずに突っ込むマーサのことを「これを言ったらどうなるといったことを考えずに言う子です。だから演じていて気持ち良かったです。本当に純粋で真っ直ぐで男勝りの魅力的なキャラクター。どうしてこのセリフをこう言うんだろうって思うところがなくて、全部分かりました。だから演じていて楽しかったです」というあたり、現代では当たり前のストレートな発言が、当時は異例だったんだなあということが感じ取れる。

 イーサン役の畠山さんは細くて話もソフトな感じだったけど、喋ると力強くてやんちゃなところ、ふてぶてしいところがあって意外だった。そんなイーサンについて「マーサに意地悪をする男の子ですが、どちらかというと嫌な奴でいじめをする奴というよりは、須直になれない子だと思うんです。幌馬車隊の隊長が父親なので、その息子ということでそれなりのプレッシャーもあったんじゃないでしょうか。思春期独特のいじらしさも出せたらと思い、思春期の等身大の少年ということを心がけて演じました」と話してくれた。

 結果として2人とも声はバッチリにハマってまるで違和感を覚えなかった。先に英語版の試写も観ていたけれど日本語版があれば完璧なまでに「カラミティ」の世界を理解できる。幌馬車隊を率いるガブリエルを演じたのは杉田智和さんで、やさぐれたり嘯いたりせず真面目で力強くあろうとする開拓時代の男を演じ切っていた。厳しくもあるけれど大勢の命を預かるなら当然の強引さ。それをしっかり演じていた。こんな杉田智和さんもあるんだなあ。ともあえ決められた道なんてないとばかりに乗馬に挑み冒険に出るマーサ・ジェーンの生き方を、レミ・シャイエ監督ならではの色使いで見せてくれる映画。良いぞ。


【9月4日】 100巻になったというので久々に「ONE PIECE」を買って読む。「ワの国」へと入ってしばらくしてからちょっと着いていくのが面倒になり、コンビニで追いかけるのも出来なくなってから読まずにいた間にいろいろと起こっていたようで、カイドウとビッグ・マムが共闘して暴れ回るのにルフィや麦わらの一味が立ち向かっているところから始まって、ルフィがカイドウに挑んでも跳ね返されてはまだ挑む。

 そんな間で、ビッグ・マムが記憶を失っていた間の恩義に報いつつ麦わらの一味だけは倒すと息巻いていたりとはっきりとした切り分けを見せていたところにキャラクターの錬り込み具合が感じられた。それはサンジにも言えることで女性のアラクネみたいな相手に手を出せないと苦戦していたところでロビンに助けを平気で求めて呆れられたけれどもそこに駆けつけるロビンはサンジがそういう人間だと知っていた上に、自分もサンジに劣らず戦えるという確信を見せてくれて、麦わら一味の特徴だとか関係性を改めて感じ取れた。そういう意味ではいろいろ再確認できた第100巻。

 ビッグ・マムの登場にナミは天候を操作する杖をつかっていろいろ活躍していたみたいだけれども相手はビッグ・マムだけになかなか及ばない感じ。ルフィは海に落とされたけれど死んでないと誰もが信じていてそのとおりに復活して来そう。あのふくれあがってあまり格好良くないギア4も使ってなかったからかなわないと分かったのだろう。そして発動されるギア5はきっとシャンクスみたいに普段と変わらない格好で威力億倍の力を出すものになるんじゃなかろうか。ここからラストスパートなら読んで行くしかないよなあ。

 政権を投げ出すなという声にいやいや自民党総裁の任期が満了するだけだって反論する味方が出始めている菅義偉内閣総理大臣だけれど、そこで人気が来るのは自民党という政党の総裁というポジションであって総理は国会という場で首班指名によって選ばれるもので続けたければ成果をアピールして国会議員たちの支持を得れば済む話。とはいえ日本は政権与党のトップと総理のポジションが長く重なっていた状況もあって自民党が政権を持っている時に総裁を降りれば、それは総理の地位からも降りることと同義になってしまっている。

 だったらどうして総裁の地位を退かざるを得ないかというと任期満了ではあるけれど、続けたくても総理としての人気が乏しいため、続けさせてもらえないからであってそれを単に任期が終わるだけだと言いつくろうことはちょっと難しい気がする。結局のところは総理としての仕事が達成されていなかった訳でその責任をとって自ら退いたという感じ。それを逃げたというのもあながち間違っていないんじゃなかろうか。とはいえ本人は逃げる気はなかったものの周囲が人気浮揚のための内閣改造も党三役の人事刷新も認めず追い込まれてしまったこともあるだけに、これはこれで追い出されたというべきなのかもしれない。

 西日本新聞によれば麻生太郎副総理は菅総理が河野太郎規制改革担当大臣を党三役に引き入れようとしたら一緒に沈めるつもりかと言い放ったとか。それはつまり菅総理は沈んでしまって構わないと考えている現れであって、支える気はまったくなさそう。それで副総理とそして財務大臣という同じ内閣にいて総理を支えて来たのだから当人に責任感なんてまるでなさそう。むしろ一緒に沈んで欲しいところだけれどこういう以上は沈む気なんてまるでないんだろう、前の総理大臣といっしょで。

 その安倍晋三前総理は自民党の総裁選で高市早苗元総務大臣を推すとの方。政策面ではともかく心情の面で国家観とかいろいろとヤバさを打ち出している人だけに、そのまま通ったら世界からヤバい目にあうのでここは早く炎上させて退かせた上で穏当な人に落ち着かせて欲しいもの。石破茂元防衛大臣は今はちょっと。ワクチン絡みでヤバいから。ああどうしてこんなに人がいないんだ。三角大福中とか七奉行とか言われて多士済々が群れていた時代が懐かしい。

 余韻を引きずっているうちにまた観ておきたいと今度はglory編を観た映画「りょーマ! The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様」。冒頭のミュージカルシーンから過去へとタイムスリップを経て全米オープンの場で繰り広げられる饗宴へといたる流れのそこかしこで感動しつつ、柳生比呂士によって浪々と歌われる「さあ行け、お前がテニスの王子様」という歌声に感動のピークに達する。あれをどうして柳生が歌うのかと配信時では話題になっていたけど、映像で観ればそれも当然、中の人の歌唱力で越前リョーマを鼓舞するビブラートを聞かせてくれたこそ、感動もより高まった。考えた人凄い。この快感を味わうために何度でも通ってしまいそう。


【9月3日】 解散はしないで自由民主党の総裁選での再選をまずは目指して新任を得ることにしたかと思われた菅義偉総理大臣が、総裁選への出馬を断念するとの報が入って吃驚仰天。これまでに解散をするとか二階俊博幹事長を外して内閣改造をするとかいろいろな施策が伝わって二転三転していたけれど、今回ばかりはひっくり返る気配はなさそうで1年くらいで菅政権は終わりを告げることが決まった感じ。つまりは総裁選で再任されたら確実にやってくる任期満了からの総選挙で自民党が惨敗することは確実で、そのためには内閣改造のような弥縫策ではもはや無理だというコンセンサスが自民党内部にできて菅下ろしが行われたということだろう。

 このまま総裁選に臨んだところで支持は得られず現職総理でありながら負けるわけにはいかないといった心理も働き、あるいは働きかけもあって降りることを決めたのだとして、さて次はいったい誰かということで岸田文雄前政調会長が党内での支持を集めて総裁となって総理に任命されることになりそうだけれど、ここで宏知会のような公家集団に任せられないと安倍晋三前総理の清和会あたりが票をまとめつつ麻生派あたりとも結託をして誰か押し出してきたらちょっと拙いことになりそう。それってもしかしたら高市早苗議員かもしれないからなあ、総務大臣としては普通にこなしていたけれど、心情では割とライティなだけにいろろと物議を醸しそうだから。

 だったら石破茂議員はというと財政だとかには真っ当ながらも最近は、小林某と結託をして新型コロナウイルス感染症に関するワクチンに反対する言動を見せていてちょっとスピリチュアルな印象。他とは違った言説で目立ちたかったのかもしれないけれども筋がどうにも違ってた。ここで出したら後々尾を引きそうなだけにもうちょっと我慢してもらいたいところ。かといって下村博文政調会長では親学が過ぎるからなお問題。もう普通に岸田前政調会長で良さそうだけれどこちらはこちらで押しが弱そうで決断が必要な非常時の宰相に向いているかが問われそう。まあいずれにしても政権交代とまではいかず過半数ぎりぎりのところで踏みとどまって落ち着かない政権になるんだろう。改憲なんてとんでもない。あの安倍ちゃんが8年座っていてできなかったことを誰が出来るはずもないんだから。そんな総理に諾々と従い期待を寄せていたライティな人たちは今ごろ何を思っているんだろう。

 いやあ驚いた。湯浅政明が拠点にして古川日出夫さんが書いた「犬王」のアニメーション化を進めているサイエンスSARUが、同じ古川さんによる「平家物語」のテレビアニメ化を発表。そのキャラクター原案が高野文子さんであることも驚いたけれど、監督が京都アニメーションで数々の作品を手がけて来た山田尚子さんというのにさらに驚いた。例の事件以来、表だった言動がなかっただけに去就が気になっていたけれどもこの状況だといったん離れる形で他の作品を手がけることになったというのが実態かなあ。京アニだと「映画 聲の形」や「リズと青い鳥」で組んだ西屋太志さんが亡くなられ演出で携わった「響け!ユーフォニアム」でも大勢の方が亡くなられていて今、仕事を続ける気持ちになれなかったのかもしれない。そこはいずれ誰かが語ってくれるだろう。ともあれ題材として期待の作品。どんな展開になるんだろう。原作を読むしかないかなあ。

 いつものように図書館でパソコンを打とうと思ったら9月1日から新型コロナウイルス感染症の拡大を懸念して図書館での作業ができなくなっていてがっかり。以前も同じ様なことがあったから仕方が無いんだけれど、静かに作業ができる場所だっただけに1カ月間使えないのはちょっと痛い。とはいえ仕方が無いのでタリーズへと言って3時間くらい作業をして、そこからTOHOシネマズららぽーと船橋へと回って映画「リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様」を観たらテニミュだった。ちなみにテニミュは見たことがない。それでもテニミュだと感じられたのは、テニミュから派生していった2.5次元ミュージカルを幾つも見ていて、漫画から生まれたアニメーションの世界が、舞台になってその上でキャラクターたちによる歌とダンスが繰り広げられる様を見てきたからだったりする。

 それが「テニスの王子様」であり「新テニスの王子様」といった漫画を題材にしたアニメーションへと還流するかのように取り入れられた。いや、少し違うかもしれない。2次元のアニメーションとして描かれた世界が2.5次元の舞台となったその先で、3次元のコンピューターグラフィックスによる映像の世界へと進化した。そう見るのがこの「リョーマ!The Prince of Tennis 新生劇場版テニスの王子様」については正しいかもしれない。「新生劇場版」とついているもそんなことを如実に現している。ストーリーはテニヌといった感じで突拍子もなかったけれど、そんな設定から繰り出される少年の冒険とそして突破してく物語を、圧巻の歌と踊りで見せてくれて楽しい時間を過ごせた。クライマックスなんてもう感涙。「竜とそばかすの姫」とはまた違った歌を感じる喜びを得られる映画ってことで、また見に行こう、2種類あるからこどは違うバージョンを。


【9月2日】 布団なんか暑くて被れなかった夏があっという間に過ぎ去った感じで、9月に入っていきなり気温が下がって20度前後と肌寒く、外に出るのに長袖のシャツを探してしまった。夕方に日比谷で用事があるので午前中から神保町まで出向いて東京堂の2階のカフェでペタペタと原稿打ち。途中で「マージナル・オペレーション改10」なんかを読みながら、イトウさんの暗躍ぶりがますます高まっているのにこれはいったい何者なんだという思いをいっそう強くする。日本政府の要望を間接的にアラタに伝えてその心情を汲みつつ自分たちに有利な方向へと持っていく手腕があればきっと「機龍警察」の特捜部だって手玉にとられてしまうんじゃなかろうか。怖い怖い。

 昼も過ぎたので退散してキッチン南海の移った方の店舗で何か食べようと思ってみたら行列ができていたので断念。先だって池袋で牛焼きジョニーの定食を食べたこともあって、オリジナルのカロリー焼きが食べたいとレストランカロリーに入ってそれ単品ではないハンバーグとかクリームコロッケが乗ったのを食べたけれど、午後2時くらいでもう空いているというのはやっぱり近所の学生が閉まっているか、会社なんかもリモートで人が減っているからなのかと想像してしまう。学生がさっと引いた御茶ノ水の学生街に並ぶ楽器店は大丈夫なんだろうか。家で音楽を楽しむ人が増えたから通販で買っていたり休日に買い出しに来ていたりするのかな。学生バンドは発表する場所がないから需要が減っているのかな。サークル活動とも関わるそのあたりの市場動向がちょっと気になる。

 女子高生を連れ去ってそのまま殺害した夫婦に関する記事がアエラドットに出ていたけれどもこれが世間を激怒させた模様。何しろ見出しに「バ美肉」アニメが趣味だといったような文言をつけて、そういった趣味の人ならやりかねない事件だって印象を満天下に溢れさせていたからたまらない。本文を読めばそうしたものとは無関係じゃないのといった説明はあるけれど、そもそもどうして趣味嗜好をそこに並べる必要があるのか。それが直接の動機に関係ないなら書く必要なんてないじゃないか。さすがに全世界から突っ込まれたのか見出しからそうした文言は外したけれど、人となりを知るためにという言い訳で本文にはやっぱり「バ美肉」だとかアニメだとかサバゲーといった趣味について書いている。そうやって添えるだけで表面上は無関係でも何かあるかもと勘ぐられる恐れがあるとは思わないらしい。

 でも本当にそうなのか。そうした趣味嗜好が関係あるならたとえば好きなテレビ番組だとか好みの食べ物だとか嫌いな色だとか靴下は右からはくのか左からはくのかとか散髪には何週間ごとに通っているのかとか肺活量はどれくらいだとかいったことも全部人となりに関わってくる。それらを紹介することはせず敢えて選んで「バ美肉」アニメサバゲーの類を並べることが意図的であって無関係の関係性を印象づけ、より強い世間の興味を誘う手口なんだと気付いていないのだとしたらアエラドット、何が問題にされたのかといった本質を分かってないとしか言い様がない。それとも分かってて分かってないふりをしているのか。こうした誘導的な記事をなくすことえしか偏見は是正されないんだけれど。やれやれ。

 神保町から内幸町へと出てワーナーで「レミニッセンス」の試写を観る。ヒュー・ジャックマンがサイコダイバーになる映画、って簡単に言えばそんな感じだけれど別に自分が潜る訳じゃなく、記憶を引っ張り出してはモニターに映し出すことが可能になった状況で、とある女性の記憶を探ってなくした鍵を探してあげた一件から、女性は何者なのかといった謎に挑んでいった先に悲しくも美しい心情が浮かび上がるとったストーリー。夢を3Dで投影するディスプレイがあれは上下に張り巡らせたファイバーか何かに画素を持たせて立体的に表現したものだろうか、そんな未来ガジェットと気候変動で水に浸ったマイアミの街の様子や暮らしぶりといったビジョンに引かれるものがあった。あとガンアクションとか。結構好きな映画だけれどボックスオフィスだとあまり好成績ではないらしい。ヒュー・ジャックマン演じる男が妙に一途すぎるからかなあ。その思いが裏切られそうなのにしつこいところが嫌われているのかなあ。そんなことはないよととりあえず、言っておこう。公開されたらまた行こう。


【9月1日】 綾瀬はるかさんだろうと箕輪はるかさんだろうと新型コロナウイルス感染症で肺炎にまでなって中等症2と診断されたのなら入院できて不思議はないし、入院できて良かったねと思うところがこの国ではそこにすら不公平感が漂って批判の声が起こってしまう。入院できずに亡くなる方も結構出始めているだけにそうした声にも理はあるものの保健所の連絡が途絶えて悪化していることを把握していなかったり、タイミングがあわず病床が満杯だったり他の疾病があって合わせ技で見られる施設がなかったりといった“事情”もあったりしただけに、そうした支障があまりなく数日の自宅療養で入院できたことを、意外に捉え批判することはあまりしたくない。とはいえ自分やその周囲で似たことが起こったら何を思うか。そればっかりは実感したくないなあ。

 パワハラを噂されていた東京ヴェルディの永井秀樹監督が辞任したとかで、対応の早さはそれだけコンプライアンスの面でガバナンスが利いているとみるべきか、さっさと切って平静に戻りたいという判断があったのかは分からないけれど、そうした事態が起こってしまう体質がどにもサッカー界には多いようで以前は湘南ベルマーレが似たような事態で監督の去就が取り沙汰されたし、今もサガン鳥栖で似たようなことが取り沙汰されている。ヴェルディの事態を踏まえてそっちにも動きがあるだろうか。いずれにしても告発が機能して選手が守られているところは悪くないかも。これが監督の力が絶大な競技だと選手の方が不利益を被ることが多いから。昔のバレーボールとか。選手の入れ替えが多かったなでしこジャパンはどうだったんだろう。監督は替わるみたいだけれど良い方向に行ってくれれば嬉しいかな。

 パワハラといえば規制改革担当の河野太郎大臣がオンライン会議で無茶を言ったということで週刊文春に取りあげられていた。官僚が周囲に配慮して文言を選んだのがどうにもひかっかったのが違うだろうと突っ込み、いやそうじゃないんだと説明しようとしても違うそうじゃないと怒り心頭で怒鳴り声を荒げて人格否定の言葉を吐いたというんだからこれはパワハラ認定されて仕方が無いだろうなあ。仕事ができない相手に怒るのは当然といった声もあがっているけれど、それなら言い方というものがあって相手の人格に踏み入って罵倒するのは世界の仕事の現場ではたぶん通用しないんじゃなかろうか。そんな人が総理大臣になって交渉の現場に出たらと思うと怖いけど、総理大臣が出ることにはだいたい決まっているのが普通だから大丈夫かというと、そこでひっくり返しかねないからなあ。なのでもうちょっと落ち着きが出るまでお待ち願いたい。

 「マッド・バレット・アンダーグラウンド」の野宮有さんにおyる「嘘と詐欺(ペテン)と異能学園」(電撃文庫)をやっと読む。家が異能のエリート家系でエリートが集まる<白の騎士団>に入ることが義務づけられている家に育った少女ニーナが、幼い頃から激しいサイコキネシスをふるって周囲を圧倒し、その威力から無試験で異能力者の養成学校に進学したものの実は無能力者で幼い頃からの演技力でもって周囲をごまかし、あるいはそう誤解させていただけだった。入学して喧嘩をふっかけてくる相手もそうした演技力で退けて来たけれど、ひとり絶対引かない男子がいた。おまけにこれは困ったと変装して接触して辞退するように働きかけたら変装だとバレてしまった。もはや責立ち絶命かと思いきやジンという名の男子はニーナを共闘に誘う。

 実はジンも無能力者でこちらは幼い頃から培った詐欺の腕前で試験をごまかし入ってきた。そして始まる2人の生き残りストーリーは入試こそ無試験だったりごまかせたりしても定期的な能力調査はごまかせないというところで、脅しと騙しのテクニックを発揮して教師を抱き込みそして次の能力バトルもどうにかお互いにカバーしようとしたところで邪魔が入る。こちらは本当の能力者だけれどどうやらいろいろ画策している様子。名家のニーナに近づいて抱きこもうとした。そんな相手との共闘を選んでジンを見切ろうとするニーナにジンはどう挑む、ってあたりから二転三転大逆転。だましのテクニックと仕掛けが明らかにされるたび、詐欺師って奴らは本当に労を惜しまないと分かるだろう。相手は国家権力。これから2人はどう戦う? 続いて欲しいなあ。

 「ルパン三世」の新作に辻真先さんとか芦辺択さん湊かなえさんらが脚本を書くということでちょっとした話題になっていた中に、押井守さんの名前もあってこれはルパンはいなかった話をやってくれるといった期待も膨らんだことが影響したのか、2時間ほど寝ていた間に押井守監督にインタビューに行った夢を見た。よく覚えてないけど前後編の作品について話を聞きにいって途中でどうやら居眠りしてしまったけどメモは残っていてICレコーダーも動かしてあってそれを聴きながら補正していったはずだけど途中で誰のどんなインタビューをしていたのか分からなくなったあたりで夢が途切れる。夢の中で何を聴いたか割と覚えていてメモを起こしていたのにそれを起きるまで覚えていられないあたりが夢っぽい。そもそも本当に押井監督だったのか。それすらもボケているところが何か押井っぽいかなあ。ともあれ期待のルパン三世。不二子を婆さんにはしないでね。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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