Last Updated 2017/3/27
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1700冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
こうの史代の漫画を片渕須直が監督した長編アニメーション映画『この世界の片隅に』が2016年11月12日に全国公開。観れば覚える圧倒的な感動を味わいに行けよ劇場へ。この辺りに個人的な感想が。
【3月27日】 ペギラでも来たかこの週末に寒さが押し寄せたことに加え体調も低下していて熱が出たもののアニメジャパン2017は外せず通ったおかげで悪化したみたいで起きるのも億劫になったんで、自主避難をしてソーホーに仕事というか読書というかハードディスクレコーダーに溜まった未視聴のアニメーションの消化に努める。あるいはBD−REへの移し替えとか。BD−Rを使わないのは何か癖で。そんな中で第1話を見返していた「超・少年探偵団NEO」でエンディング「超探偵キュリオシティー」の途中、花崎マユミが「偉い!」と合いの手を入れるシーンで画面に現れ何か叫ぶ花崎マユミの絵が遅れて出ていることに気がついた。

 最近観た話数だとそこでちゃんと「偉い」という合いの手に飛び出してくる花崎マユミの絵がピッタリ重なって良い感じを出していて、巧いエンディングだなあと思っていただけに気になったというか気がついたというか。見返して第3話までズレていてそして4話からピッタリと合ったみたい。どうしてズレたんだろう。並べて再生すれば途中に挟み込まれる“余計”な絵も判明するだろうけれど、そこまですることでもないんでここはちゃんと間に合わせたと理解しておこう。細谷佳正さんに木村良平さんに江口拓也さんい上坂すみれさん花澤香菜さんと有名どころが出演していてストーリーも楽しいこのアニメ、もっと盛り上がっても良いと思うんだけれどなあ。「おにくだいすき! ゼウシくん」みたいに知る人ぞ知る作品になってしまうのかなあ。ブルーレイは買おう。買ってイベントに行こう。

 「幼女戦記」も最新話を観てアニメ版のオリジナル展開として復活してきた協商連合のアンソン・スーがターニャ・デグレチャフを追い詰めるものの前の週では寝相が悪くてベッドから落っこちていたヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフがとっさの判断でアンソン・スーを打ち抜き弾は掴まれ引き寄せられていたターニャ・デグレチャフにも当たったけれども掴みが解けて離れたところをアンソン・スーが自爆。かろうじて巻き込まれずに済んで共和国との停戦もなろうかという場面で気づいた彼らの本土脱出作戦に、攻撃を具申するものの入れられず強行偵察に出ようとしても阻まれそしてみすみす取り逃がす填めに。ある意味で“未来”を知っているターニャ・デグレチャフだけにそこで戦争を終わらせられないと分かってしまって苦悩も激しかっただろう。そして泥沼へと入り込んだ世界戦争の行方は? 原作がどうまとまるかが今は興味。引き延ばしたら帝国の崩壊しかあり得ないものなあ。

 興行通信社の週末映画動員ランキングで3月25日と26日の分が出て、アニメーション映画の「SING/シング」と「モアナと伝説の海」が前週に引き続いてワンツーを決めたものの、かろうじて前週は9位に入っていた神山健治監督の「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」は圏外へ。実写版「3月のライオン 前篇」も同様に圏外へと落ち、監督の名前とか作品のバリューとかでいったら上位を走り続けても不思議は無い作品であるにも関わらず、苦戦を強いられている。いったい何が悪かったんだろう。「3月のライオン」に関しては主演が「君の名は。」の神木隆之介さんだし映画館でもテレビでも予告編はバンバンと流れていた。苦悩する天才棋士が暖かい“家族”を得て再生へと向かう物語もとても良い。「ちはやふる」くらいの人気になっても良いものを、スッと落ちていったのはやっぱりかるたより将棋の分かりづらさがあったからか。それはないよなあ。ちょっと事情が分からない。観て欲しい層への事前の試写とかが足りていなかったとか? それはあるかも。

 「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」については「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」の神山健治監督といった具合に細田守監督や新海誠監督なみにアニメーション界隈ではバリューもあり、テレビとか映画館での前宣伝もしっかりと行われ、そして高畑充希さんほか有名人が声をあててテレビのワイドショーでの取り上げもいっぱいあってと“条件”はそろっていたはずなのに、スタートダッシュから躓いてしまったのはやっぱり何かが足りなかったからなんだろうか。そこがいろいろ気になってくる。

 試写もちゃんと回っていたし観ればストーリーだってユニーク。ただどこかフェイク気味に予告編を作ってファンタジーの世界に遊ぶストーリーと思わせたことが、ジブリ的な香りを感じさせつつジブリじゃないと敬遠させたか。もっと本来のテクノロジーとファンタジーの戦いめいた軸を出した方が良かったか。「君の名は。」のスタートダッシュとは別の意味で検討が必要かもしれない。せっかく盛り上がってきたアニメーション映画の口コミドライブもこれで途切れたか? そうはさせたくないから何か、盛り上がれる作品が来てくれることを祈りたいけれど。湯浅政明監督に期待するしかないのかな。もっと口コミ働きそうもない作風だもんなあ。

 ごろごろしていると飛びこんでくるのが横綱稀勢の里関による大相撲大阪場所の優勝話。13日目に横綱日馬富士関に寄り倒されて土俵の外に落ち、そこで左肩あたりを負傷したみたいで相当に痛さがあったのか、明けて14日目の取り組みでも敗れて12勝1敗れとなって残る千秋楽、大関照ノ富士関との取り組みに買って同じ星となって優勝決定戦に進めるという状況で、怪我もあって連続の勝利なんてあり得ないと誰もが思っていたら、まずは本割りを勝ち、そして優勝決定戦も土俵際から小手投げで照ノ富士関を転がして連勝して見事、横綱昇進直後の場所での優勝を貴乃花関以来、22年ぶりに成し遂げた。っていうか貴乃花若乃花が活躍していたのって、もうそなに昔のことになるのかとちょっと遠い目。

 そういえば貴乃花関も似たようなシチュエーションで怪我を押して出場して優勝したけど怪我を酷くし、まるまる1年を休場してから復活したけどそれでも万全にはならずに引退してしまった。あそこで完治させていればもっと長く活躍できたかどうか、ってのは判断に迷うところでもあるけれど、今となっては親方としてしっかりと後進の育成に努めているからアスリートとして、あるいは相撲業界の人間としての本意は真っ当しているんだろう。全盛は短くても人生は長いという判断の中でどこに重点を置くかってのも個々人次第。それに稀勢の里関の場合は脚ではないから治して次の場所にもきっと挑んでくれるだろう。そのまえに大相撲超会議場所もあるけれど、出てくれるかな? リアルSUMOで波動拳を見せてくれるかな?

 正常性バイアス、だったのだろうかどうなのだろうか。前日から雪が降ってておまけに気温も真冬ではなくスキー場としての営業も終わって踏み固められていない状態のゲレンデに入ったら何が起こるか、山に詳しい人なら察知できるとは思うんだけれどそこがスキー場で山奥ではなく折角来たのだからといった思いも働いて出たゲレンデで雪崩が発生。春山登山の訓練に来ていた高校生から何人もの犠牲者が出てしまった。っていうか高校生で雪の山を登って春山登山の訓練って、山岳部かワンゲル部か何かの合同合宿みたいなものだったんだろうか。だとしたら修学旅行めいたものではなく、教員顧問に山に詳しい人がいたって不思議は無い。にも関わらず山に入って雪崩に遭う。いったいどういた判断がそこに働いたのかを、調査する必要があるんだろー。今後のレポートに関心を向けよう。


【3月26日】 コメントのうちの何割くらいが「うーがおー」「フレンズー」「じゃぱりぱー」「はいはい」といったオープニングの「ようこそジャパリパークへ」に合いの手なのかは数えれば分かるかもしれないけれど、数えるの面倒だしそういった行動を誘発するのもやっぱり作品の力ということで、アニメーションの「けものフレンズ」がニコニコ生放送で1話からラス前の11話まで配信され、30万人くらいの視聴者で実に270万ものコメントを得たことは素直に喜ぶべきだろー。

 1月にスタートした時点ではそこで切り捨てる人も多かった作品が、3カ月を待たずして一気にトップランナーに躍り出た。ベストセラーコミックだとか人気ライトノベルだとかが原作になっているわけではないし、人気声優の登場といった要素もないけれど、それでもお話本意でファンは引きつけられるという証明を「けものフレンズ」のヒットが果たしてくれた。ハケンアニメという言葉はあんまり好きではないけれど、最初から確定しかのようにヒットが語られる作品もある中で、真っ先に切られそうな作品がその力だけでトップに登る下克上に、これぞ心底からの覇権アニメだと言って讃えてあげたくなる。

 そこにはもちろん「ケロロ軍曹」の吉崎観音さんという有名クリエイターがずっとフレンズたちを作り続けてきたことも大きく貢献しているだろう。そして、そんな思いを受けて動く絵にして物語も添えて送り出したたつき監督の力もとても大きい。決してハイクオリティではないCGのキャラクターでも、可愛く動かして見せる技に長けてたし、不思議で不穏な世界観を物語にまとめ上げる力もあった。それを見ずして動物の擬人化が受けるとか考えたらやけどをしそう。「けものフレンズ」のヒットを受けて今後どういうアニメ作りのフォーマットが生まれて来るか。そこが今はとっても気になる。

 そんな「けものフレンズ」のガイドブック付きブルーレイというかブルーレイ付きガイドブックが届く。アマゾンでまだ品切れとなる前、それこそ流行始めるかどうかという時に予約したからちゃんと発売日に届いたようで、そうでない人はまだ届かないといったkonozamaを食らっているような感じ。本屋で買えるかもって考え頼まないことも考えたけれど、今となっては本屋で見かけることなんて絶無の希少フレンズとなっている。人気になるってことはこういうことなんだなあ。再版の準備も始めているけどパッケージに加え冊子や箱もつくから揃えるのが大変そう。そういう意味でも最初の2刷から先は、まだまだ入手困難が続くかなあ。2巻も品切れになって来ているし、全部アマゾンで頼んでおいて良かったかな、やっぱり。

 しばらく前から噂は飛んでいたけれど、「皇国の守護者」の佐藤大輔さんの訃報が新聞に載って確定に。たった1歳しか違わない人があっさりと身罷ってしまうのはちょっと寂しいし、自身にも跳ね返って来そうでいろいろと心配になるけれど、とりあえずのところ体にガタついたところはないんでもうしばらくは生きていろいろ読んで行けそう。佐藤さんも存命ならばもっといっぱい本を書いてくれたはずだろうから残念でならない。というかほとんどが完結していないだけに、その続刊を望んでいる人も多かっただろう。漫画版「皇国の守護者」も途中で終わってしまったしなあ。それの再開とかって逆にあり得るんだろうか。

 「A君(17)の戦争」とかも続きがあって欲しいところ、ってそれは豪屋大介さんで佐藤大輔さんではないって話も出そうだけれど、コミカライズを担当された漫画家の松本規之さんが、ヤマグチノボルさんと並べて一緒に仕事をしたのに亡くなられる作家さんがいることを悼んでいたから、やっぱり同一人物と見るのが良いんだろー。雑誌に豪屋大介として顔出しした時の影武者も、別のライトノベル作家が自分がやったと告白してたし。そういう意味ではやっぱり残念。「バベル17」ともども完結して欲しかったなあ。何より早川書房から4月刊行の「「帝国宇宙軍 1 領宙侵犯」がどうなるかが最大の関心事。仮に出ても続きが読めないとなるとやっぱり寂しい。でも出して欲しい。悼みつつ先行きを見守ろう。

 今日も今日とてアニメジャパン2017へと行ってあちらこちらを見物。する前に昨日は大行列ができていて近づけなかったフードパークへと行って、開場早々のまだ誰もいない時間帯に「ユーリ!!! on ICE」とコラボレーションしたカツ丼を食べる。まあ普通のカツ丼というか、コンビニで売ってるカツ丼と同じ味だったけれど、それでもキャラクターが描かれたシートがついて、ノリも載っているのはファンにとっては嬉しいし、何よりああいった場でコラボレーションしたフードを味わうというのが参加したい気持ちをくすぐる。高くたって外で買っていかずに野球場でホットドッグを買いビールを飲むのと同じこと。そうした参加への気持ちをうまく誘い、その場で散財させるだけの力をコンテンツに持たせることが、パッケージそのものが売れなくなった時代にキャラクターや作品をドライブさせていく上で大切なんだろうなあ。

 巨大なエレンを見落としていたので「進撃の巨人」ブースへと寄ったらお兄さんからいっしょに写して欲しいとカメラを渡されたけれど中距離で広角ではなく難しい。寄って寝そべって下から煽る感じにしたけれど、うまく撮れていたかなあ。遠くから入れたら人間が小さくなるから巨人の巨大な感じが薄れてしまうし。というかなんで単焦点を付けてたんだろう。普通はズームだよなあ。あとはバンダイナムコのブースで加藤直之さんがずっとやっていたライブペインティングを何度か見物。昨日のうちにアンドロメダとヤマトのディテールはしっかりできていたんだけれど、そこに上からいろいろ描いていくと立体感が出て質感も生まれるからやっぱりすごい。濃くする薄くする線を足す色を差す。ちょっとした筆と絵の具の使い方で絵ってどんどんすごくなる。それを分かっているからプロはすごいんだろうなあ。ずっと見ていれば勉強になったかな。

 「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」のイベントがあったんで見物。福井晴敏さんと羽原信義さんとそれから小野大輔さんが登壇して「2202」における愛について語っていた。スタッフにヤマト愛がありキャストにも老若関係なく愛が芽生えつつあるとか。そしてファンの愛。2週間で8万人が見て1億円の興収があったとか。わずか15館でそれだけってのはやっぱり相当なものなんだろう。ただ見て次も見たいかとなったかは分からないところ。新展開もあるしズォーダーのキャラも今ひとつ見えないしサーベラーさんがどこまでエロいかもまだ判明してない。そのあたりが見えてくるまでは映画館に通い詰めないと。何よりテレサのあのすっぽんぽん。巨大なスクリーンで見たいから。


【3月25日】 朝にネットを見ていたら、4月に五反田のゲンロンカフェで大森望さんが出演して「この世界の片隅に」の片渕須直監督を招いてコニー・ウィリスの航時史学生のシリーズ「ブラックアウト」「オール・クリア」についてガッツリと語るイベントがあるってんで、久々にチケットを確保。一応はゲンロン友の会会員なんでちょっぴり安く参加できるし最前列だって頼めば頼めるのであった。問題は「ドゥームズデイブック」は読んでいても「ブラックアウト」と「オール・クリア」はまだ読んでいないことかなあ。片渕監督にインタビューに行くときにネタとして買って持っていったけどあれ、どこにしまったっけ。分厚くて読むのに時間がかかりそうで正月にでもと思って脇に置いていたらどこかに埋もれてしまった。探すか。それとも買い直すかイベントで。おふたりのサインとか頂ければ幸い。

 早くに起き出して東京ビッグサイトで開催中のアニメジャパン2017へ。ビジネスエリアは既に見たけどやっぱり一般にも公開される日こそ言ってのアニメジャパン。あとはいろいろステージもあるし。少しだけ早めに入ってまだあんまり人の居ないブースを散策。駆けつけたテレビ東京のブースでは「けものフレンズ」のフレンズたちに扮したコスプレ女子たちを見て喜ぶ。サーバルちゃんにフェネックにアライさんにハシビロコウとあと誰だっけ。結構再現度も高かったし実写版「けものフレンズ」だって作れそうな気がしてきた。その時はトキを金田朋子さんに演じてもらおう。あの破壊力あるヴォイスはやっぱり金田朋子さんにしか出せないから。絶対に。藤井ゆきよさんにアルパカ・スリを演じてもらうのもありかなあ。

 「けものフレンズ」絡みでは、グッドスマイルカンパニーのブースにねんどろいどのサーバルがいてなかなかの完成度。普通でも頭が大きくてちょこんとした格好がねんどろいどっぽいけれど、それがよりデフォルメされて可愛らしくなっていた。これは欲しいな。そして他のフレンズも出して欲しいなあ。コスパのブースではスタッフパーカーが出ていてちょっと欲しくなったけれど、普通に入った人たちのために我慢する。そして夕方には売り切れていた。やっぱり人気なんだなあ。探せばほかにもあったかも。イベントもあるみたいなんで日曜日もチェックだ。

 ふらふらと見ていたらワーナー・ブラザーズのブースで「RWBY」のアニメーションがVOLUME3までTOKYO MXで7月から放送されるって告知が出ていて飛び上がる。もちろん日本語版だろう。あの独特の世界観、独特のテンポが果たして日本のアニメーションの枠にはまるのか、ちょっと不明だけれどそれでも声優さんの演技のハマりっぷりとそれから根底に流れる勇気と友情のストーリーは、万国共通に見て楽しめるはずだから放送が始まればファンも一気に増えるんじゃなかろーか。そうばればまた劇場での公開もあるかもしれない。バトルシーンとかやっぱり大きなスクリーンで見ると迫力だから、そうなれば嬉しいなあ。

 問題は、現在における最新作のVOLUME4がVOLUME3のラストに起こったとてつもない事態を受けて、ちょっとダークな展開になっていて、仲間たちが協力して得る勝利といった大きなカタルシスがなく、そこで見たい気持ちが途絶してしまう可能性もあることだけれど、「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」の先、絶望からの彷徨がやがて勝利へと向かうための停滞だから、それも必然と多いのみ込んで先の展開を待ちつつテレビで「RWBY」の明るく楽しい展開を見守ろう。主題歌はやっぱり英語版のままでいくのかな、日本語版の主題歌とか作られるのかな。いろいろと楽しみ。

 GENCOのブースには「この世界の片隅に」のすずさんのフィギュアが登場。段々畑でスケッチブックを取り出して間諜行為を始める直前の、ふんわかとして楽しげな表情がしっかりと再現されていた。こうの史代さんの漫画ってよりはアニメの「この世界の片隅に」版すずさん。いつごろ出てくるんだろう。チェック。GENCOのブースでは「アニメビジエンス」の最新号も販売されていて、表紙が「この世界の片隅に」っぽくって描いたのが「この世界の片隅に」でキャラクターをデザインし作画も手掛けた人で、基本「アニメビジエンス」の表紙は作品に関係ない人が描くってことで、方針を変えたのかと思ってよく見たら「夕凪の街 桜の国」のイラストだった。同じこうの史代さんの漫画を同じ人が描けば似てくるか。なかなかにうまいセレクト。その号には片渕須直監督のインタビューも載っててこれからについて喋ってた。やりたいことはいろいろあると。どれを選ぶんだろう。気になる気になる。

 なぜかリングが出来ていて見ていたら女子プロレスのマーベラスが出展していてレスラーたちがキャラクターに扮してリングに登場。コノハナサクヤとかアメノウズメとか、神話の女神さんたちを演じてたけれど、そこから本当にプロレスラーかと問われて本当だということを見せるため、3人で飛んではねて投げて叩いてといった技の応酬を見せてくれた。迫力だった。クラッシュギャルズの長与千種さんが立ちあげた団体みたい。全力のプロモーションにだんだんと見る人も増えてきていたから決してアウェイではなさそう。リアルビーボイスとコラボしたTシャツとかも格好良さげで、これからの展開をちょっと注目していきたいところ。時間があったら明日もまた見てみよう。長与千種さん見逃したし。

 プロレスといえば「タイガーマスクW」のステージがあって、貧乏な会社の窓外で仕事をしているロートルに珍しく案内が回ってきたんで見物に。決してハイクオリティではない映像だけれど熱いストーリー展開が受けているのかこのご時世に第3クールなんてことになっている。こちらにも本物のプロレスラーが登場しているけれどステージには来ず。それでも八代択さんとか梅原裕一郎さんとかが登場し、三森すずこさん橘田いずみさんとミルキィホームズでお馴染みの2人とそれからミスXを演じる小林ゆうさんが登場。舞台の上で特別編の生ドラマを演じてみせてくれた。やっぱりプロってすごいなあ。あと梅原裕一郎さんが普段はあんまり他の声優さんたちと喋っていないことが判明。役的に孤高を行ってはいたけどそれが演技ではなくパーソナリティだったとは。でも舞台上で橘田さんの無茶ぶりに応えてキャラが崩れていたからこれからアフレコでも仲良くなるかも。それでタイガー・ザ・ダークの性格も変わっちゃう? しばらく見ていなかったけれどまた見てみるか。

 そして第2話あたりから見始めたニコニコ生放送での「けものフレンズ」の1話から11話までの一挙見は、どのエピソードを見てもやっぱりところどこにひっかかるポイントがあって、世界設定への興味を誘い展開への不安を煽って見る目をつぶらせない。おそらくは最初に切った人は決してすごいとはいいづらいCGのキャラクターにこれはどうしたものかと思ったんだろうけれど、そこを「みならいディーヴァ」とかで慣れていた目はそういうもんだとスルーできたことが第1話でもってすでに今期1番と思うに到った大きな理由。いろいろ見ておくことってやっぱり大切なのかも。さすがに最後まではつきあえないけど、とりあえず「ぺぱぷらいぶ」まで見てサーバルちゃんとかばんちゃんの友情に微笑み。だからこそ11話のあの衝撃が強くなる。いったいどうなる12話。たつき監督を信じて待とう。


【3月24日】 ニコニコ生放送になかなか入れずようやく入れたら10分くらいが過ぎていて、サンドスターが吹き出す山に上がったかばんちゃんとサーバルちゃんにフェネックとアライグマがようやく追いついたあたりから観られたからそれはそれで良かったけれど、観られなかった人も結構いたみたいで最後に行われるアンケートで良くなかったといった回答が続出。それも受けてかニコニコ生放送でもう1度、「けものフレンズ」の第11話「せるりあん」が放送されることになってファンとしては嬉しい限り。早い対応をまずは喜びたい。ファンあっての作品だって分かっている製作者だからこそ、ああいった世界が感動する作品が生まれたんだろうなあ。ガイドブックの発売も迫っているし、しばらく「けものフレンズ」で世界は盛り上がりそう。

 朝のワイドショーでは森友学園の籠池さんに対する国会での証人喚問についてあれやこれや議論されていて、安倍晋三首相の夫人の昭恵さんとの絡みについて籠池さんが話したことについて、昭恵さんがfacebookで反論していることを取り上げ話している政治ジャーナリストな人たちがいたんだけれど、その言葉がどうにもこうにもささくれ立つ。証人喚問は偽証罪に問われるから、そこで発言した籠池さんの発言の方がfacebookなんかで反論した昭恵さんの言葉より、信じるに足るといった判断をするのがとりあえずは物事を公平に見られる人の意見だろう。けれども政治ジャーナリストは1人ならず2人とか数人が、籠池さんはうまく偽証に取られないよう言葉を選んで話しているから信頼ならない、だから昭恵さんの言葉の方を信じるといった意見を繰り出していた。

 おいおい、それってつまり国会での証人喚問なんてまるで無意味ってことか。とても当人が書いたままとは思えない、それこそ言質を取られないように詰められているfacebookの生硬な言葉の方が正しいってことか。国会という場がSNSより下だと言われているに等しいこうした態度を、国会議員なら憤って追究すべきところを、当の国会議員が率先して証人喚問で発言されたことより、facebookでのコメントの方を取るとか言っているからどうにもこうにも。自らが依って立つ国会という場、そして国会議員という権威を損なってでも守りたい何かがあるんだろう。そこまでして守って何になる? 議席か? 金か? いずれにしても酷い話。言葉の重みなんてとうになくなっていたけれど、ここまで軽くなっていたとは。もう戻れないんだろうなあ。綸言汗の如くの状況には。

 サッカーのワールドカップ2018ロシア大会に出場するための予選でUAEと対戦した日本は相手に攻められながらもゴールキーパーの川島永嗣選手がよく防ぎ、そして攻撃では久保裕也選手がスパッと決めてそして久々に登場の今野泰幸選手が久保選手からのクロスをぴたりとトラップしてすっと押し込み2点を奪って見事に勝利。勝ち点でグループ2位につけてこのまま次のタイ戦を勝てば出場の目も見えてくるといった雰囲気が出てきた。気になる本田圭佑選手は途中出場ながらもパスにドリブルにキレのある動き。それが長い時間続くかどうかが問題だけれどショートリリーフのクローザー的役割は果たせると分かったんで、あとはリードを奪って逃げ切る大勢にどう持ち込むかが残る戦いの鍵になりそう。出場してからのメンバーはまたそれからの話。期待の新人、久保建英選手のフル代表入りなんてあったらしびれるなあ。

 もうハヤカワJA文庫では書いてくれないのかなあ、なんて思ったりもする瀬尾つかささんのスニーカー文庫での「サイバーアーツ01 真紅の虚獣」(620円)はVR(仮想現実)というかMR(混合現実)のゲームが登場するあたりに最先端のSFの香り。ナノマシンのV2ウエアなるものを導入することによって人は現実世界でAR(拡張現実)の恩恵を受けて仮想現実の世界にもダイブできるようになっているけれど、そんな世界にあってひとり、樫尾ナジムという少年は周囲から存在を認識されないでいる。V2ウエアをインストールしていない古手の先生からはちゃんと見えているらしいから原因はそのあたり。特に不自由も無く暮らしていたけどそのナジムを凄腕ハッカーの高峯レンが認識したことで事件に巻き込まれていく。

 とうよりナジムの兄でV2ウエアの開発に携わったユキヤの存在がそもそもナジムを事件の中心にいさせた模様。仮想空間を冒す敵が現れ守ろうとする勢力を次々と脅かしていく中で、ユキヤから譲り渡されたディスクを使って仮想世界を守り抜く。人の意識に働きかけて、ひとりの少年の存在を意識させないようにしてしまうあたりが、ネットワーク化された人類に起こりえる、データとして見せないものを見えなくしてしまう可能性を感じさせる。ハッキングによってもたらされる恐怖。あるいは歓喜? そういったビジョンをもっと描けば「攻殻機動隊」にも似たサイバーでハードなSFになるかもしれない。こういうのも書けたんだなあ、瀬尾つかささん。でもまた「約束の方舟」のようなスケール感のあるSFも書いて欲しいなあ。あれはもっと評価されて良い作品だよ。

 アニソン絡みの音楽レーベルが結集して、アニソンの配信事業を行う「ANiUTa」てサービスを始めたとかいう会見があったそうだけれど、窓外会社のロートル記者はお呼びでなかったんで前々から呼ばれていた、秋葉原にあってナムコとかが運営してる「アニON STATION」でスタートする「コール&レスポンスSatge ドリフェス! 〜KUROHUNE ROCKな晩餐会〜」のデモンストレーションを見に行く。スクリーンに映し出された3DCGで描画されたキャラクターがライブをしたりトークをする映像を見ながら、観客がペンライトを振ったり色を変えたり声援を送ったりすると、その反応によってストーリーが変化する、といったインタラクティブコンテンツ。

 ユークスえ内田明理Pが手掛けている「AR performers」と似ているけれど、あれはその場でモーションをつける人がいて、そして声を入れる声優さんもいるからその場での受け答えがまるで本当の人間を相手にしているように進んでいく。こちらはそこまでのリアルタイム性はなく、ある程度のシナリオにそって録音された声があって、それを状況を見ながら引っ張り出してつないでいきつつ動きも合わせるといった感じ。これならひとり、現場を観ているオペレーターがいれば公演ができる。まだスタートしたばかりなんでぎこちなさもあったけれど、それなりに空気を読めるオペレーターだと当意即妙な操作で本当にいるように感じさせられるかも。公演期間は短いし追加公演分以外は売り切れているみたいだけれど、後学のために行って見るのも悪くないかも。合い言葉は即位して。そして襲来。それだけは忘れずに。


【3月23日】 70年も前に本物は失われてそしてもう70年もいわゆるレプリカでもって尾張名古屋の象徴をやり続けていた名古屋城を、今さら前の木造に直したところでそれはやっぱりレプリカに過ぎない訳で、そんなものを500億円以上もかけて作る必要があるんだろうかと河村たかし市長の思惑とか市議会の判断なんかを不思議に思ったりする昨今。そりゃあ前の設計図が残っていてそのとおりに作って築城の技術を継承するっていうなら分かるけど、今の技術でもって木造にするだけだったら意味がないし、つくって前の名古屋城みたいに300年を保たせるだけの頑丈さを持ち合わせているかも不明。作っては20年で建て替えってなったらそれこそ税金の無駄遣いが過ぎるだろう。

 すでにあって十分に要件も満たしているなら今のままのレプリカで十分。耐震補強が必要ならそれをしっかりやればいい。木造にしたらかえって耐震性が保てなくなるなら本末転倒も甚だしい。同じように耐震性の問題があって補強が必要なテレビ塔をこそ、先に手直しをして名古屋のもうひとつの象徴として改めて屹立させる方に力を割いて欲しい。あるいはそれこそエッフェル塔の如くに高さも見栄えも格好いい塔を作るとか。すでにして電波塔としての役目は終わっているのだから、形なんてどうにも出来るだろうに。検討を願う。

 評判の良さを聞くとやっぱり見て見たくなって、そしてなぜか当日券もありそうだと聞いて駆けつけたbunkamuraオーチャードホールで「シン・ゴジラ対エヴァンゲリオン交響楽」をS席で、っていうかこれだけのコンサートが千穐楽であるにも関わらず当日券を出していて、そしてS席まで売れ残っているのが不思議だけれど、そこは声優さんが出てきて歌うようなライブではなく、また値段もS席で1万4000円とかって結構な値段で、好きってだけでは行きづらい部分があったのかもしれない。

 ただしその値段が高過ぎるかというとそうではなくって、1階に陣取り目線の高さからステージ上にいるオーケストラやバンドを眺め奏でられる音に耳を傾け、そして掲げられたスクリーンに映し出される「シン・ゴジラ」であり「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の映像に目をやって、映し出されるシーンと音楽とのシンクロを存分に味わえたからどれはもう結構な話。なおかつ途中でマーチング仕様のブラスバンドが出てきて、通路に立ってゴジラだエヴァだといった音楽を奏でるのを、真横で聴ける僥倖はやっぱりS席ならでは。行った人は十分過ぎる内容に元を取った以上の喜びを味わったんじゃなかろうか。

 構成もなかなかにユニークで、「シン・ゴジラ」からの楽曲が流れ続いたあとで「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」の楽曲が流れといった具合に、同じ監督で同じ作曲家という部分以外は別物で表現形式も特撮でありアニメーションといった違いがある作品が取り上げられ、それぞれにあった音楽が奏でられたにもかかわらず、肌に感じる音楽の受け止め方を変える必要なく、すっと耳へと入れられたのはゴジラという特撮怪獣映画とエヴァンゲリオンといういわゆる巨大ロボットアニメの根底に、共通するものはあるってことなのかもしれない。

 それは巨大で異形なものへの畏れであり、見上げるような巨大さへの驚きであり、それが暴れ回ることへの痛快さといった具合。そのニュアンスが共にあるから僕たちはエヴァを最初に見て新しさよりも懐かしさを覚えた。その懐かしさを今再び、最新のテクノロジーによって蘇らせた「シン・ゴジラ」から感じられる畏敬に沿う音楽が、エヴァの音楽と繋がらないはずはないってことになる。それは鷺巣詩郎さん作曲ではない、元祖怪獣音楽の伊福部昭さんによる音楽でも同様。競い合い繋がる部分に違和感はなく受け入れられた。見た目も表現方式も違うけど、共通する憧憬を含んだ作品だったからこその融合。人気キャラクターをただ並べただけではない意味がそこにはあった。

 とにかく豪華な布陣で、東京フィルハーモニー交響楽団を天野道明さんが指揮するだけでも十分なのに、新国立劇場の合唱団が参加して歌い、今剛さんらのギターが響きエリック宮城さんのトランペットが高らかに鳴り渡る。オーチャードホールでという絶好の空間に色々な楽器が、歌声が響いて重なり合い、繋がりあって生まれた奇跡の空間に触れられただけで今は満足。なおかつ東海大学吹奏楽研究会による生のマーチングバンドを間近で見られた。ドラムメジャーがミニスカのメガネの副部長だったらなお良かったけれどそれは贅沢ってもんだ。若い才能が名うての音楽家たちに対峙し精一杯に表現したことを称えたい。

 終わりに庵野秀明さんも登壇して半束を受け取っていたりして、しばらくぶりに見た姿は元気そうだったからきっと、司会を務めた2人のうちの1人が待ち望んでいる最新作を次にはつくってくれるだろう。「ゴジラ」をよろしくってコメントは素直にアニメであり海外版といったものでなおも作られ続けているシリーズの紹介でありエールと思っていたからオッとはならなかった。あのあとに尻尾から何が生まれるか、ってのはうん、続編じゃなくてそれこそ得意なアニメで、さらにはエヴァのシリーズのなかで答えを出すってのもありなんじゃないかなあ。

 ネイチャーが日本の科学研究が酷いことになっているって話を特集していて、独立行政法人化して以降、大学にお金が回らず研究者たちは安定した地位を追われて安心して研究に取り組めず、結果として成果を出せずに海外へと雄飛する道すら経たれてこのままだと沈没するしかないっていった感じ。そんなネイチャーが表紙にしていたのが落合陽一さんだったあたりにひとつ、個人を探せば未来に期待がもてる研究者も研究もあるって言えそうだけれど、裏を読むなら日本はもはや科学を捨てて魔術や魔法や魔導をこそ尊び研究し始めているってことを言いたかったのかも。何しろ現代の魔法使いだし。実際にテレビをつければアニメーションは魔法少女ものばかり。そしてラノベにも魔法だ魔導だってのがわんさか出ている。そうした素養を若いうちから蔓延らせ、密かに魔法の研究を強化しているのかもしれなかったりするのかな。しないよなあ。やっぱり大変かも、日本の科学、ひいては日本そのものが。

 ニコニコ生放送で「けものフレンズ」の第11話「せるりあん」が配信されるってんでプレミア会員の窓口から入ろうとしたらつながらない。始まる前のアクセス集中でスタートすれば入れるかと思ったらまるでつながらず。どれだけのアクセスがあっても耐えたニコニコ生放送をぶっ飛ばすとは「けものフレンズ」、やぱりちょっととんでもないことになっているのかもしれない。それでもアライさんとフェネックさんがカバンちゃんに追いついた辺りから入れて、そして観ていたらやっぱり涙が溢れてきた。まずはうみゃみゃみゃってカバンちゃんが木登りする場面、そして最後の場面。カバンちゃんのあのかっこよさを思うと心が震える。来週はいったいどうなるんだろう。ハッピーエンドだと良いな。でも……。今は心落ち着けて放送を待とう。本当に泣くのはその時だ。


【3月22日】 2020年の東京オリンピックでゴルフ競技の開催地に決まっているらしい霞ヶ関カカンツリー倶楽部が、女性会員を認めていないのが男女平等を重んじるオリンピック憲章に反しているからといって候補地として認められないといった話が浮上して、すったものだのすえにとりあえず女性会員も認めるよってことになって、これで開催地の決定に生涯がなくなったっていっている人たちがメディアも含めていっぱいいて萎える。あそこが問題なのは男女が平等じゃないってことではなく、プライベートコースでオリンピックが終わっても一般の人はプレーできないからなのに。

 いわゆるレガシーって奴を残してオリンピック精神を広く一般に受け継いでもらうのが開催するのがオリンピックを運営する側の意思。ゴルフという競技がオリンピックで開かれたのなら、それを観た人たちがいつか私もあそこでと思い挑むようになるのが理想だけれどプライベートコースではそうしたニーズを満たせない。税金を投入して競技を運営する以上は宣伝なり施設なりでプライベートコースの利になるようなこともあんまりすべきではない。だからこそジャーナリストのタケ小山さんなんかは最初から、霞ヶ関はプライベートコースであり東京からも遠く内陸にあって真夏の五輪の開催には向かない。東京都にはパブリックコースの若洲があるんだからそっちで開催すべきってずっと訴えていた。

 けれどもいつしか問題が男女平等にすり代わり、それがネックとなって開催できないなら断るか、規約を改めるかって判断になって霞ヶ関側は伝統ともいえる規約を曲げた。それが内心から出た男女平等の時代に相応しい改革なら喜べはするけれど、上から言われて仕方なくって感じだったらあんまり意味はない。とりあえず取り繕っただけって印象も浮かぶ。あるいはそこまでしてでもオリンピックを開催する意味があるってことか。そして霞ヶ関の規約改定を受けて世間は良くやった、これで障害は取り除かれたと行って一件落着だと感じている。そうじゃないってことを言っていかないといけないのに。遠く手厚くてオリンピック後に楽しめないコースではダメって言わないといけないのに。そうはならない日本のメディアの腰砕けっぷり。参ったねえ。

 4月1日から松竹の本社がある東銀座の東劇で、片渕須直監督の「マイマイ新子と千年の魔法」がリバイバル上映されることになって、1日には片渕監督も登場する舞台挨拶があるってんでとりあえず最前列のチケットを抑える。たぶん行けると思うけれどもどうだろう。でもやっぱり行って場内を満席にしたいところ。底は何しろ松竹のお膝元で、普段はあんまり賑わっていない、歌舞伎とか演劇の映像版を上映したりしている劇場が映画を観に来る人たちで長蛇の列ってことになったら松竹本社だって片渕監督の凄さを認めない訳にはいかないだろう。次は無理でも次の次とかに作ってもらう、お金もいっぱい出すって気持ちに松竹の人がなれば片渕監督だって嬉しいだろう。そうなるためにもやっぱり劇場をいっぱいの人で埋めたい。長蛇の列で歌舞伎座まで人が繋がる現象を起こしたい。頑張ろう。

 涙しかない朝、おかしいな、早起きしたからかなってつぶやきながら思い気持ちを抱えて会社へ学校へと出かけていった人もきっと多いだろう。それくらいに「けものフレンズ」の第11話「せるりあん」がすごかった。港まで来て船をみつけあカバンちゃんとサーバルちゃんの前に現れたのが巨大なセルリアン、ってことまでは予告にあった。そこに現れたハンターたちによってセルリアンが退治されるはずがなかななの強敵で行き詰まる。だったらと立ちあがったカバンちゃんとサーバルちゃん、そしてボスと我らがジャパリバス。手助けのために動き始めた先々で出てくる展開、繰り出される言葉に涙がにじみ浮かんでこぼれ流れる。それがずっと続いて最後まで。くしゃくしゃになった顔をどうしたら元に戻せるかって考えても思いつかないくらいに心打たれた。

 海の向こうに行きたいと願うカバンちゃんが、そのために必要な船よりもフレンズたちを選ぶという気持ちも尊いし涙がにじむけれど、それ以上にずっといっしょに歩いてきたサーバルちゃんが大変になって、それをどうにかしようと不得意なこと、空も飛べず泳げず走れず気にも上れないフレンズだからとカバに言われながら、それでもいいところがあるとサーバルちゃんに言われ自信をもったカバンちゃんが、できなかったことをどうにか頑張ってこなしていく姿に涙があふれた。成長したんだなあ。そして信頼してたんだ。だから……。あのラストもそんな延長。分かるけれどもそこまでするのとも思い、だからこそづにかなって欲しいと今は願う。果たしてどんな結末が待ち受けているのか。山頂にあったあの飛行機に見えるものの正体は。海の向こうに見えた島には誰が住む? 諸々をこなして進む展開を今は静かに見守ろう。

 やっぱりシルさん怪しいなあ。大森藤ノさんによる「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」の新シリーズとなる「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ファミリアクロニクル episodeリュー−」は【疾風】とあだ名されるくらいの冒険者でそして今は「豊穣の女神亭」で働きながら時々ベルくんに協力もするリュー・クラネルをメーンに据え中編2本の作品集。最初のでは高級カジノ経営者にさらわれた少女を救うべく、リューが乗り込んでいく話だけれどそれを聞いてどこからか、高級カジノがあるエリアに入るための招待状を取り寄せたのが同じ「豊穣の女神亭」で働くシル。貧民街育ちで身内のいない彼女が酒場での仕事だけで人脈を作り神様たちから慕われるうようになった、ってことも考えられるけれど、それにしては不思議なことが多すぎる。

 ベルくんを時々導き危機があったら助けになるようなこともするし、新刊でもベルくんにちょっとした活躍の場を与えてみせる。カジノではポーカー勝負で凄腕のディーラー相手に連戦連勝。それも運? 違うだろうなあ。ってあたりから類推されるその正体。もう1本の中編でリューがシルに拾われ「豊穣の女神亭」の女主人ミアに救われ雇われ働き始めた先を、黒猫に黒拳というとおにレベル4の殺し屋たちが襲ってくるエピソードでも、直接の活躍はしなかったけれどもシルを大事にしている存在が仄めかされるし、ミアが過去に何をやっていかたも明かされる。そこから想像されるのはシルという存在のかけがえのなさ。そういえば以前も「豊穣の女神亭」で働くアーニャの兄で、フレイヤ・ファミアに所属するアレン・フローメルがシルを陰ながら守ってたっけ。それってつまり……。浮かぶ想像の先、進む展開が今から楽しみ。次は本編の続刊だっけ。

 マウントレーニアホールにて観たコトリンゴさんによるライブは、カタスミクインテットの名前通りにコトリンゴのピアノとボーカルをサックスにチェロにベースとドラムが絡むジャジーな構成でのステージ。それでいてしっかりと「この世界の片隅に」という映画で聞こえてきた音楽をしっかりと感じさせてくれる。演奏もすごいしアレンジもうまい、もとよりコトリンゴさんが手がけた楽曲ってことでジャジーなニュアンスが底流にあって、それがクインテットのシンプルな構成の中で強めに響いたってところかな。

 ことにコトリンゴさんの奏でるピアノの響きは映画のまんまで、ああこの音だって耳が立つ。そんな音楽に合わせ動画もふんだんに上映。音楽が使われた場面をぴったり切り取り合わせてくるからますます映画を観ている気になった。それこそ1本丸まる見たって感じ。それも映画に合わせて音楽を聴いたっていうより、音楽映画を観たって気になる。それくらいに映像と音楽がシンクロしてた。映像を提供した製作委員会も偉いし切り取り合わせたVJもいい仕事をした。

 最上の音楽にベストな映像でもって紡がれる「この世界の片隅に」の音楽と、そしてコトリンゴさんのオリジナルの楽曲が混じった構成は映画から入った人にコトリンゴさんのシンガーでありコンポーザーとしての凄さを感じさせただろう。矢野顕子さんにも迫るテクニックに楽曲性、大貫妙子さんをピュアにしたような歌声がさらに広まっていくよ嬉しいかも。また見たいけど4月のはとれず。せっかくだからビルボードでジャジーさ全開で再演してほしいなあ。あとソロで回るハナウタライブってのもあるんでアレンジがどうなるかが気になるところ。鎌ヶ谷でやるみたいなんで行ってこよう。


【3月21日】 「けものフレンズ」とか「ACCA第13区監察課」とか「幼女戦記」とか「リトルウィッチアカデミア」なんかが今期の録画したら即見るテレビアニメーション作品になっているのは半ば当然として、やっぱり毎週の放送が楽しみで録画されていたらすぐに見る作品がほかにも幾つかある。「銀魂」とか「弱虫ペダル」とか「ALL OUT」とか「境界のRINNE」とか「エルドライブ」とか、ってこれで共通するのは少年漫画誌系の作品ってことになるなあ。

 そして思うこと。前週見たら今週を見て次週も見ないと続きが気になって夜寝られなくなる展開の妙なり、1話完結ならそれぞれにどこか安定のキャラクター描写と展開と落ちがあって見ればスッキリできるといった味なりが、こうした少年漫画誌系のテレビアニメーション作品にはあるような気がする。「銀魂」なんて普通にやってたい時はほとんど見ていなかったし、漫画の連載もほとんど読んだことがなくっておおよそのキャラクターの配置くらいしか分からなかったけれど、今の吉田松陰が化け物みたいな存在になって、かつて弟子だった連中が揃って倒しに行くって展開と、それから万事屋で働く神楽の兄と父親との決着めいた展開があってそれが毎週、激しいバトルを伴い繰り広げられていることに引っ張り込まれ、まあ主人公側の方が勝つんだろうなあといった安心感も含みながら見ていける。

 「弱虫ペダル」はこれも連載を読んでないから今後の展開は知らないけれど、敢えて知ろうという気も起きない中で、毎週精一杯に競い合う自転車乗りたちが出てくるのをながめているだけで楽しめる。連載を読んでい続けられる安心感に近いものがあるのかも。まったく知らないという意味では「エルドライブ」なんかは過去にシリーズもなく突然始まった作品だけれど、地球人でありながら宇宙人が体にくっついている少年が宇宙警察みたいな組織にスカウトされ、いろいろありながら成長してく一方で過去と向かい潰されそうになりながらも乗り越えていく展開が、ほぼほぼ毎回の事件が起こって解決されるストーリーの中に描かれている。

 だから1クールが終わろうとしている状況で、ほぼほぼ世界観が理解できてしまっている。美少女が出てきて少年と反目しつつも惹かれ合う中で少年が異能の力で活躍する、って萌えアニメにでもありそうな展開がジャンプ的王道の中に描かれているのもユニーク。あるいはジャンプ系にそうした深夜アニメ的ニュアンスが侵入しては王道のフォーマットに落とし込まれて掲載され、アニメ化される状況になっているのかも。「約束のネバーランド」なんかがジャンプ本誌に載っちゃう時代だからなあ。萌え系深夜アニメも負けてはいられない、ってこれ、全部深夜に放送されているんだけれど。もはやアニメも漫画もサブカルのメーンストリートからズレてきているのかなあ。

 興行通信社が毎週出している週末映画興行ランキングで、観客動員数によるベストテンであの「君の名は。」がついにランキングから消えたものの、10位までのうちの7本がアニメーション映画で何というかやっぱりというか。1位は「SING/シング」でディズニーが誇る「モアナと伝説の海」をたった1週で1位から引きずり下ろしたのにはちょっと驚いたけれど、評判とか聞くとそれも当然かなあと思えるし、興行収入が17億円を突破して20億円の目も見えてきた「劇場版ソードアート・オンライン −オーディナル・スケール−」が10位に止まっているのも、衰えない人気ぶりを見ればだいたい分かる。そのすぐ上に神山健治監督の「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」が入っているのは興行規模から言えばちょっと残念な位置といったところか。

 前週金曜日の夕刊とか朝刊の映画評で神山健治監督のインタビューを載せているところはなかったし、大きめのスペースで扱っているところもなかった。「この世界の片隅に」がすべての新聞で大きい欄を奪い片渕須直監督の言葉を載せているところもあったのと比べると大きな差。決して前々から宣伝が出来ていなかった訳ではないし、声優さんだって結構稼働して露出もあったにも関わらず、スタートダッシュができないのはあるいは見てもらいたい層に刺さるプロモーションが出来ていなかったってことなのかもしれない。先行きが心配された「君の名は。」が観て欲しい層であり口コミが働く層でもあるティーンをターゲットに大試写会を開いて事前に火種を仕込んで置いたような戦略が、とれていなかったかとろうとしなかったってところかも。従来通りの映画宣伝の作法で動いて、そして……。映画宣伝も岐路に来ているのかも知れない。

 アニメーションでは3位に「映画ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」が入り5位に「映画プリキュア ドリームスターズ!」が来て6位に「劇場版 黒子のバスケ LAST GAME」と女子のドライブが働く作品が入ってランキングをアニメーションに染めた。実写の日本映画でトップは7位の「3月のライオン 前編」で主演のバリュー原作の人気前宣伝の多さを考えるとこれもちょっと厳しい船出。アニメーションに推された性なのか届ききっていないのか分からないけれど、作品自体は面白そうなのでぜひに見に行っておきたい。ももちゃんを演じる新津ちせさんも見たいし。前に「ミスサイゴン」でセリフはないけど泣かないで全編を通すしっかりとした演技をしていた子役さんだった。喋っても巧いと分かっているんで映画でどう、演じているかを確かめたい。

 「ソードアート・オンライン」だからけん玉なのか。「ソードアート・オンライン」であってけん玉なのか。そこがなかなかに悩むことろではあるけれど、アスキー・メディアワークスがIoTとかテクノロジー系のベンチャー企業を紹介する事業の一環として行っている展示会の中で、「ソードアート・オンライン」の担当編集だった三木一馬さんが新しい会社の代表として登壇しては、「ソードアート・オンライン」とベンチャーとのコラボプロジェクトを公表。その第1弾が電玉っていう会社が作っている、ネットワークにつながりセンサーも内蔵されたけん玉「DENDAMA」で、ファンからしたら何でと思うだろう。

 けれども、今やけん玉は世界で何千万人という人がプレーしている人気スポーツ。そこに世界で1900万部が売れている「ソードアート・オンライン」が乗ることで、けん玉ファンにSAOのことが知られSAOのファンがけん玉をプレーする、なんてクロスが起こったりするのかも。三木さんが言っていたように、部数的にもうSAOはライトノベル史上の限界に来ていて、これいじょう広がるとなるとやっぱり新しい一般層とかに知られていかなくてはいけない。映画なんかのヒットもその間口を少しは広げただろうけれど、ほとんど関係なかった層にはそうした層が関係するもので伝えるしかない。それがけん玉でありコミュニケーションロボットでありといったことになりそうな「SAO Future Lab」。第2弾はなんだろうなあ。ちょっと楽しみ。


【3月20日】 いやあ、まさかここまで支離滅裂だったとは山口敬之氏。TBSの元記者で安倍晋三総理と仲が良いってことくらいは知っていたけど、その安倍総理が例の森友学園に100万円を寄付したかどうかって話について、振替用紙の名前が消されて上から修正されていたって状況について、羽鳥慎一モーニングショーに出演しては籠池理事長の側が安倍総理も寄付をした学校だからってんでその後の寄付とかいろいろを、有利に運ばせようと画策したんじゃないかなんてことを政府関係者の弁を採る形で話してた。聞いて浮かんだのが映画「この世界の片隅に」で、憲兵が呉の港をスケッチするすずさんを引っ立て、間諜行為だと糾弾し「悪辣かつ狡知に長けた女」と批難しているのを聞いて、吹き出すのをこらえていた義姉の径子と義母のサンの姿。まるで当たらない予測を蕩々と述べる憲兵を相手に、笑うに笑えなかったあの心境がとってもよく分かった。

 ここしばらくの籠池夫妻の言動を見てパーソナリティってものがつかめてきたら、1年半も前の段階で今を考え偽造の振替用紙を作っておこうとか考えるほど、狡知に長けた悪辣な人間だとはとても思えないだろう。名前を残して後の寄付とか証人とかを有利に運ばせたかったというなら、実際の名簿に名前が記載されていなければ意味ないじゃないか。修正した領収書をいちいち引っ張り出しては太陽に透かして見せてほらここに名前がらうでしょう、安倍総理ご夫妻から寄付を頂いたんですよと説明していた訳でもなく、それがあることをあの時点まで誰にも話していなかったことから、普通に頂いたものだと感じ、それをそのまま処理しようとして名義の面でひっかかり、だったらと直して入金したという、ただそれだけのことなんじゃないかって考えるのが流れとしては自然だろう。

 つまりは自分に正直で、それが世間的にちょっとばかり規範から外れてても信じるもことのためには突っ走ってしまう性格の人たち。悪辣に奸計を巡らせるのではなくストレートに間違いをしてしまうだけの人たちが、その時点で信じる人たちに囲まれ嬉しいお祝いをもらったという説明に、矛盾を感じることもなかなかに難しいんだけれど、それでは拙い人たちが、どうにかこうにか理由付けをして相手を悪辣かつ狡知に長けた人間だと見せかけたいと、親派を代弁者に仕立ててテレビに送り込んで喋らせる。でもそのあまりのベッタリぶりに、世間もこれはやっぱり無理なんじゃないかと思い始めている。その意味で籠池夫妻が自分たちにとって不利になることでも、洗いざらいさらけ出した意味はあった。彼らは信じる正義のために真っ直ぐで、そして回りは信じる正義などないその場しのぎの言説に溺れているといった構図を、追究すればもう大変だけれど誰もがああそうだったのかと信じるフリをしていたりするからさらに厄介。このまま潰されるかそれとも。今週が山だろうあな。

江波光則さんにとって「我もまたアルカディアにあり」に続くハヤカワ文庫JAからの観光となる「屈折する星屑」(早川書房、740円)はタイトルの英訳がZIGGY STARDUSTでつまりはデビッド・ボウイで、中身の方でも地球に落ちてきた男ならぬコロニーに落ちてきた女ってのが登場する。その女、別のコロニーが戦乱に巻き込まれたため亡命してきたレディ・スターダストことジャクリーン・サイラスの登場に際して、ヘイウッドというまだ少年が巻き混まれる形になり、そしてパートナーの少女も失ってしまう。ヘイウッドはホバーバイク乗りとしてコロニーの中を飛んで競争し、時には命も張ってきたけれどもその一件を機に空を飛ばなくなる。

 もう立ち直れなくなったのか。そんなヘイウッドに兄の敵と因縁をふっかけるオーグルビーという男がいて、ヘイウッドとはライバルだったヴィスコンティを撃墜して大怪我を負わせ、ほかに何人ものホバーバイク乗りたちを葬り去る。そんな中でだんだんと自分を取り戻していくヘイウッド。コロニーの外に出て事故に遭ったきっかけとなった照準器に秘密があって、それがきっかけをもたらし空に舞い戻ったヘイウッドはオーグルビーと対峙する。一方でコロニーの外では資源を巡って宗主国間の争いもあったりする。遠い世界の壮大な紛争と近い世間の些末な諍い。その隔絶がやがて近づき重なっていって……。置き換えれば廃墟化と過疎化が進む街で不良たちが狭く自分を主張し、世間がそれを潰そうとし、それでも矜持は貫く青春物語を、遠い宇宙に漂うコロニーを舞台に描いたSFって言えそう。表紙絵の少女はけれども。そしてやがて。そんな含みもなかなかに染みる。とりあえずレディ・スターダスト最高。踏みにじられたい。

 せっかくだからと横浜まで出向いて赤レンガ倉庫で開催中のラーメン女子博をのぞいたらチケットを買うのにも長蛇の列だったんで諦めて、歩いて石川町まで行ってギャラリー元町で開かれているkamaty moonさんの個展を再訪。いろいろと売れていたりしてタペストリーはもう売り切れてはいたけれど、大きめのものもまだいくつか残っていたから好きな人は行って手に入れるのが良いかもしれない。いつかあの独特のキャラクターをフル3DCGでもってモデリングして動かして欲しいなあという気持ちがあるし、フィギュアそのものをストップモーションアニメーションで動かしたら格好いいなあとも思うけれど、後者はそれ用に作るのも手間暇がかかるんで個人では無理か。キャラクターを起用したフィギュアアニメーションのスタジオが作るとかってのが良いかなあ、ライカスタジオとか。いやそれはさすがに。会期は26日まで。クリエイティブとキャラクターに関心があるなら行って損無し。サーバルちゃん作ってくれないかなあ。

 帰りは横浜中華街を散策、関帝廟にしても媽祖廟にしても入り口で供える線香を買わないと参拝すらできないあたりがしっかりしているというか、あるいは日本の寺院と違って賽銭といったシステムがないから入場料代わりの収益源としているのか、不明だけれども中国で大昔に幾つかお寺を観た時に、別に線香なんて買わなかったから横浜中華街独自のシステムなのかもしれない。違うかも知れない。まあ京都とか奈良のお寺だって入場料をとっているところはあるから、関帝廟も媽祖廟も来て入ってくれる人がいるならとそういったシステムにしたのかも。そこまでして見なきゃいけないかっていうあたりはちょっと迷うけれど。中華街を通り抜けながら結局中華料理は食べず。横浜ラーメン女子博もパスしていったい何しにいったんだ。まあ見ているだけでお腹いっぱいになれたから良いってことで。ダイエットダイエット。


【3月19日】  200メートルってことはだいたい「トップを狙え!」のガンバスターと同じくらいのサイズ。それが屹立しては迫ってくるんだから並の軍隊ではかなわない。ってことで帝国を率いる王はその巨人の塔を回避して皇国を討ち滅ぼして10年くらい。あぶれてしまった巨人塔はけれども破棄されるにはしのびないというか、とある理由があってそのまま残されホテルとして再利用されることになる。そんな設定を持っているのがSOWさんによる「ホテルギガントキャッスルへようこそ」(ダッシュエックス文庫)。そうとは知らずとある騎士に救われた思い出を胸に農民からどうにか頑張って騎士見習いまでなったコロナという少女が、軍隊のリストラにあって兵舎を追い出されて行く当てもなく、草でも食べようかとしていたおころに通りがかった男から、紹介状をもらって巨人塔へと出向く。

 千人の騎士がこもって戦ったそこなら騎士として自分を立たせる仕事もあるとたどり着いた場所でコロナが見たのは、巨大なホテルとして大勢の宿泊客を集め賑わっているギガントキャッスル。そこでレイアという名のチーフコンシェルジュに紹介状を見られ雇われ働くことになったけれどもホテルの仕事なんて経験もなく、サービスが何かも分かっていない。それでも騎士になると決めて学んだ騎士道の多くに込められた、誰かのために自分を犠牲にしてでも正義を貫く気持ちが、お客さまのためなら何でもやるといったホテルマンのモットーとも重なって、起こる困難を失敗しながらもどうにかこうにか乗り越えていく。呪われた鎧に人嫌いの竜に暴れる鉄の兵士たち。もちろん最後はレイアが出張ってきたけれど、その過程でコロナの必死な努力が効いてくる。たとえ目標は違っても誰かのために頑張る尊さ、大切さを教えてくれる物語。4人の主要なホテル運営の責任者で、まだ出てきてないっぽいのは誰だろう。先も気になる。

 声優アワードの主演男優賞に神木隆之介さん、そして主演女優賞に上白石萌音さんと、新海誠監督の長編アニメーション映画「君の名は。」のコンビが選ばれたことはそれでとってもめでたいことで、最もヒットした映画をしっかりと声の面から支えてともに、中身が瀧くんであるところの三葉なり、逆に中が三葉であるところの瀧くんをそれぞれがしっかり感じ取って演じたことが、入れ替わりという状況に説得力を持たせていた。方言になったり標準語になったりと大変だったはずだけれど、それも軽々とこなした演技力はやっぱり賞に相応しいと断言できる。

 もちろん異論もあって、「映画 聲の形」で西宮硝子の声にならない声を発してみせた早見沙織さんこそが主演女優賞に相応しいといった思いも一方には浮かぶ。そして「この世界の片隅に」ののんさんも。広島であり呉の言葉をしっかりと演じきってあの時代のあの場所に生きた女性のふわふわとしながらもしっかりと自分を見つけようとしている女性を現出させた。誰が受賞しも当然という中で、ひとりしかとれない場所にひとりだけ選ばれたことを、残念ではあっても間違いとは思わない。声優ではなく俳優? いつからそんな身分制度が生まれたんだ。アニメーションに登場する声を演じて評価されたなら、それは声優アワードを受けるに相応しい。それだけのことだろう。

 ここで俳優もやっている2人が受賞したからといって、声優が蔑ろにされたってことはなく、むしろ同列に比べられたってことで、来年はいわゆる声優をメーンとする人がとれば、それは俳優が演じても声優という人たちが演じても、良ければ共に評価されるフラットでイーブンで権威もある賞だってことになる。受賞を目指したいという動機も生まれる。だから頑張って欲しいと表向きには思いつつ、これが声優さんという存在をハンドリングする手間ってのを考えて、選ぶ側に何か思いめいたものが働いたのだとしたら、それはそれで面倒な話でもあるなあと妄想なんかを膨らませる。

 神木隆之介さんと上白石萌音さんなら登壇してもアップでドカンとスポーツ新聞は掲載できる。特別賞ののんさんも同様。でも……。当日のレギュレーションがどうだったかは分からないけれど、イベントに登壇する声優さんを報じる際に浮かぶモヤモヤが、報道というものと少しぶつかる場合なんかが取り沙汰されている中で、万事オッケーな俳優さん女優さんが登場して、ただでさえ知名度もある上に露出も多いとなったらそっちに気持ちも傾く、なんてことがあるのかないのか。そこは不明。ただの邪推で当たってないことを願おう。まるでウエブに顔が映らなくても、彼らが絡んでいるというだけで報じられファンも食いつく集団もあるしなあ。画像は不要で行けば良いだけのことなのかも。とりあえずこれが何か過渡期だとして、下降線へと向かう過渡期じゃないことを祈りたい。

 大洗で行われている海楽フェスタで「ガールズ&パンツァー」の最終章について発表があったそうで、年末の12月9日を皮切りにして全6話を劇場で公開していくってことになったらしい。「宇宙戦艦ヤマト2199」や現行の「宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち」なんかでもとられている手法。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」のルウム編もたしか何話かで公開されるんだっけ。どれもバンダイビジュアルの手掛ける作品ってことで、そうやって何話かを劇場で順次公開していく作品が増え過ぎた結果として、「宇宙戦艦ヤマト2201 愛の戦士たち」と「ガールズ&パンツァー 最終章」が最終話あたりでごっちゃになって、迫る白色彗星帝国をみぽりんたち大洗女子学園の戦車道部とそして黒森峰ほか仲間たちが戦車並べて迎え撃つという展開にならないかと妄想している。そういやあ最近、ヤマトとガルパン、いっしょに上映してたしなあとも。さてはて。

 明日でいったんん、上映が終わるってんでイオンシネマ幕張新都心まで行って「ガールズ&パンツァー劇場版」のULTIRAでセンシャラウンドな上映を見に行ったら、ちょうど「ガールズ&パンツァー最終章」の上映が12月9日の封切りと同時にスタートできるってTwitterの中の人が登場して喜んで報告してくれた。おめでとう。最初の上映こそ遅れたけれどもその後、最良の環境を用意して観客に提供してきたことが認められたか、そうした努力の甲斐あって観客が動員できると運営側を説得できたか、分からないけれどもいずれにしても劇場の努力が顧客も喜ぶプログラム編成に繋がるといった実例を、ここで見せられたって感じ。

 家でテレビで映画を見たり配信で見たりできる時代、映画館もチェーンによる画一的な配給では行き残れない、それぞれが独自のマーケティングで企画し展開していくことで打破できるんだってこと。ライブエンターテインメントの時代ならではの事例でもある。こういう現場の活動に、あとは配給側がどれだけ機動的に柔軟性を持って応えていけるかが大事なんだろうなあ。決まりだからと映画を出さないとかでは稼げないよってことで。そして久々に見た「ガールズ&パンツァー劇場版」はやっぱり面白かった。ULTIRAで前目で見ると湯船につかった大洗女子や聖グロリアーナやプラウダや知波単の洗車乗りたちの、湯面から下もうっすらだけど見える感じ。丸みの下の部分とか。先っぽは……描かれてないからそれは無理か。いずれにしてもやっぱり見て感動、そして感慨の作品。いつかまた上映されると信じてその時を待とう。


【3月18日】 日本武道館での公演を前にした早稲田での学園祭あたらりから割と見て来た方だけれどもきゃりーぱみゅぱみゅさん、ライブに行っても別に普通に並んで入ってグッズを買ってライブを観て帰ってくるだけなんで、ファンクラブの長的な人間に会ったこともなければ誰かも知らず、当然に何かを頼ることもない。というか、ファンクラブのベテランだからといって事務所と何か親しいわけでもないし、事務所から便宜を図ってもらっている訳でもない。チケットを買うのにファンクラブの長を通さなくてはいけないなんてこともなく、無視すれば平気で無視できる存在。そんな気もするんだれどなぜかファンクラブの重鎮として中年男(って言える歳でも僕はないけれど)が暗躍しては、淫行以下の最低な行為で逮捕されていた。

 いったい何を言って誘ったのか。あるいは何がその中年助平男を権力者めいた存在に見せていたのか。その男に嫌われたらファン活動ができなくなる、なんて話も回っていたけれど、ファン活動なんて自分が好きでライブに行って、プレゼントだって箱にでも入れて渡すくらい。あとはバスツアーめいたものに参加する? そこでも参加者の関係は他のファンとイーブンであって古株だからって運営側に優遇されるものでもないだろう。それともそういう優遇があってまとめ役でも依頼していたというなら話は別だけれど、そういった声は聞こえてこないから中年男の活動はある程度の集団で何かする時のまとめ役。そんな程度だろう。

 ただそんな程度でも自分よりはるかに上の歳だとそれこそ中高生は仰ぎ見て、そのまとめ役としての力に頼ってしまうこともある。逆にいうならそのまとめ役を通さなければ何もできないと思い混んでしまう可能性もある。だから事務所はそういう動きを察知して、勝手な代紋を振りかざす輩を排除すべきだったけれども外で勝手にやられていては気づかないよなあ。その辺り、どうだったの調査をちょっと待ちたいところ。ツアーはまだ続くし東京地区でもNHKホールなんかのライブが残っているんでそこで、健全な運営がなされることを願おう。ファンクラブの仕切り直しもあって良いかもなあ。

 うーがおー。それを幕張メッセで叫ぶためだけに1万円近いチケットを買うのもどうかなあ、って思ったけれども第10話「ろっじ」でサーバルちゃんがぼろぼろと涙を流した顔を見て、これはもう応援しにいかなくてはいけないとチケットを買って朝も早くに起き出して、幕張メッセに到着してはサブにあたるROARステージのあたりをぶらぶら。でもまだしばらく始まりそうもないんでDJビクターロック(a.k.a片平実)のプレイをながめつつロッカーに荷物を預けつつ、サーバルちゃんのおめんを取り出しふところに忍ばせステージ前まで行ってまずはワン!チャン!!ステージってのを見物。何かコンテストめいたものから出てきたグループが演奏していて最初はAUSTINESていう細身のボーカルでメロディアスにロックを歌うグループが出てきてこれはなかなか良かった。キーボード女子の声も混じって耳に心地良い。

 そしてヒップホップだけれどビートを聴かせるじゃなくシャカシャカとハイハットが響く上で流れるように歌うSILYUSって個人が歌唱してこれは不思議な雰囲気だった。海外の新しいヒップホップの潮流だそうでビートに乗せるんでもパワーで引きずるんでもないリズムとリリックでどう乗れば良い? って観客が戸惑う音楽。J−POPはそれを取り入れ歌にしてしまっているけれど、ストレートにやっているのは珍しいそうでこれからの注目株って言えそう。そして登場のkoboreは活動が東京なんでファンも結構鋳たみたい。もうギターが響く直球のロックでパワーがあって勢いがあって歌もメロディアスで人気が出そう。来年はROARかメーンのステージに現れる? そんな予感。

 そして登場のどうぶつビスケッツ+PPP。リハーサルの段階ではまだ観客も少なくどうしたものかと焦ったけれど、本番ともなるとコーナーいっぱいに来場者があってそれなりに盛り上がりを見せてくれた。フェスに来てくれる人はやさしい。歌ったのは弐曲で「大空ドリーマー」をまずはPPPが歌い、それからどうぶつビスケッツの3人を呼び入れ「ようこそジャパリパークへ」。ちゃんといっしょに「うー、がおー」も言えたしコールもあって盛り上がった。サイリウムを持ち込んでいた人もいたかなあ。ちょうと真裏あたりで「ばってん少女隊」が大きなステージで演じていて、その盛り上がりにはまだ及ばなかったけれど来年はあのステージに立って万人を前に「うー、がおー」をやって欲しい。というかやるだろう。信じてる。そのまえにテレビシリーズの結末を見届けないと。

 CDを買ったお渡し会でジェンツーペンギンのジェーンこと岡村響華さんのサイン入りポスターを受け取ってからCoccoさんのライブステージへ。ファーストアルバムを持ってるくらいに好きだったアーティストだけれど、それこそ10数年、気にしていなかったら休養を経てまた活躍し始めているようで、昨日もテレビ番組に出てTHE BOOMの「島唄」が好きって話をしていた。でもライブではそこで着ていた沖縄の衣装ではなく体にまとわりつくブーケのようなロングドレスで登場しては、あの大ヒット曲「強く儚い者たち」をまず歌って気持ちを一気に20年前へと引き戻す。その後も映画「式日」に使われた「raining」のように、1990年代にタイアップとかで歌って耳になじみのある曲を何曲か。MCを入れず歌の間は体をほぐすように腕を回し腰を捻ってまた向き直り、歌い始めるといった感じ。シンプルでそしてパワフル。改めてすごいシンガーってことを実感させられた。良いものを見た。

 その後にまたDJビクターロック(a.k.a片平実)のプレイを聞きつつ時間も時間だからと退散、ドラゴンアッシュもあればサカナクションもあってとビクターのロックの本流を聞かずにどうしてといえば山下達郎さんがあるからで、なければ最後まで聞いていたかった。ビクターってサザンオールスターズでSMAPな印象があってロックってイメージがなかなか出てこなかったけれども、音楽業界のこれからを考え若い人たちをどんどんと取り入れ出していこうって活動をしばらく続けてサカナクションを始めいろいろ出てきたって感じ。だからこそこうしてロック祭りと銘打ったイベントを開催できて観客も集められる。作り上げる音楽。引っ張り上げる音楽。それが成されているうちはレーベルとしてまだまだ存在感を発揮していけるだろうと思いたい。どうぶつビスケッツ+PPPもいるし。ロックだし。

 そして市川市文化会館へと回って山下達郎さんのツアー初日。自分も歳だしお客さんも歳なんで時間を短くするって言ってたったの3時間10分くらいしかやらなかった。でも中身はギッシリで僕が好きな1980年代とかの曲をいっぱいやってくれるからとっても嬉しいし聴き応えがある。あとは……それは言わない、言って聞いて驚いて欲しいから。とにかく面白いツアーになっていた。また行きたいし1回くらいなら行けるけれどもそれ以上となるとチケットが。まあ頑張ろう。グッズはパンフレットととり・みきさんによるタツロー君がいっぱい描かれた缶入りクッキーを所望。パンフレットをひらいたらとり・みきさんとヤマザキマリさんの「プリニウス」コンビがコメントを寄せていた。とり・みきさんは長いけれどヤマザキマリさんもファン歴長かったとは。いつかその歌声で達郎さん、やって欲しいなあ。


  【3月17日】 16日の夜にテレビの放送で紹介されて混み始める前にと、16日午前に出かけた国立新美術館でのミュシャ展では、大作にして門外不出とも言える「スラヴ叙事詩」が20点、はるばる海を越えてプラハ市立美術館からやって来ていてもう圧倒的な迫力に呑まれそうになったけれど、個人的にはミュシャといったら「ジスモンダ」から始まるサラ・ベルナールの公演ポスターであって、そこに描かれたミューズ、サラ・ベルナールの美しさや凜々しさと、それらを取り巻くデザインとの融合から感じられる先進性であり革新性を堪能できたのがまずは嬉しかった。

 あらゆるポスターが来ている訳ではないけれど、主要なものはあってそこにミュシャがデザインの世界で繰り出したアール・ヌーヴォーの神髄を感じられた。次はポスター主体の展覧会も見てみたいところ。それともカメラのドイの創業者が寄贈した堺市の美術館に見に行く方が速いのかな。ただやっぱり迫力の「スラヴ叙事詩」は、描かれているストーリーなり背景を知ればさらに楽しめるかもしれない。買ったカタログを読み込めばそのあたりも分かるだろうから、次にいくまでの勉強をしたいところだけれどテレビでの紹介なんかもあったから、これから毎日が大混雑になってしまうんだろう。

 だったらいっそ戻ってからプラハ市美術館へと出向くか。それが出来ないからこその日本での公開大歓な訳で悩ましい。そんな「スラヴ叙事詩」を見て思ったのは、生ョ範義さんだなあ、ってことでミケランジェロ張りの肉体を持った人物像が広大な空間い配置され、ひとつの構図を醸し出しているのは小松左京さんあたりの小説で、生ョさんが描いた表紙絵を感じさせる。表情とかも生ョさん。というかミュシャが培ってきた技術なり伝統を、生ョさんも取り入れて描いたってことなんだろう。加藤直之さんぽさもあったり佐藤道明さんっぽさもあったりして、ある種の源流めいたものも感じられた展覧会。やっぱりまた行くか。

 島根県の松江市に行ったのはもう15年も前のことで、玉造温泉で日本SF大会が開かれるってんで飛行機で松江空港まで飛んで、そこから松江市内に入ってしばらく市中を散策して、小泉八雲さんの暮らした記念館を見たり松江城の近くまで行ったりしたらとてつもない豪雨に見舞われて、背負っていたリュックに入っていたノートPCが雨にやられて使えなくなってしまったという苦い記憶。それでも風光明媚でお城の周りにある壕の美しさなんかもあって街としては気に入ったし、温泉も楽しかった。いつかまた行ければと思いながらも15年。なかなか行けないでいる。

 いつ行こうか、ってもしかしたらこれがきっかけになるかもしれないイベントが「怪談のふるさと松江」とも絡んで現地であの茶風林さんが怪談を朗読してくれるってもので、過去にも行われて東京あたりから大勢が飛んでは松江を観光したそう。なんで「サザエさん」の2代目磯野波平を演じている茶風林さんがってそれは怪談が好きだからで、もうずっと「怪し会」ってのを開いて松江でも怪談の朗読を行っているとか。怪異蒐集家の木原浩勝さんとも昵懇で、その流れで木原さんとそして「秘密結社鷹の爪」のFROGMANさんが繰り広げている「平成松江怪談」のアニメーションに、茶風林さんが参加して新しい作品が作られた。

 その発表会があって見物に行って見た怪談は、絵がFROGMANさんだから見て恐怖を誘うようなものではないけれど、ストーリーからジワッと怖さがにじみ出るところがあって面白かった。うわっと驚かせるようなものならそれこそ稲川淳二さんが繰り出している怪談なんかがあるけれど、木原さんのは実話として集めたものだけあって生活の中にふわっと開く裂け目みたいなものからのぞく、闇のようなものが感じられてジワッと怖くなる。出歩かなくても家にいるだけで迫ってくる怖さっていうか。それだけに聞けば今を考え直して怖さを振り払うために何をすれば良いかを考えて観たくなる。公開された「指の輪」ってのも粋すぎた怪異への接近を諫めるような話。木原怪談が持つ魅力に溢れてた。

 そんな木原さんが、できたてホヤホヤというか昨日経験したこととして話してくれた怪談がまたジワッとくるというか、家で仕事をしていると怖いからもっぱらファミレスで仕事をしているんだけれど、座った席が磨りガラス越しに対面の席があって、そこにどうやら3人くらい人が来たみたいだと感じ、そして見ていたウェートレスもやっぱり3人だろうとコップを3つ、持ってきたら座った人から2人ですよと言われてコップを1つ持ち帰った。それはなにだと木原さんがのぞくと2人しかいない。自分だけが間違えた訳ではないのはウエートレスさんの行動からも分かる。だったらいったい誰だったんだ。ジワッ。そのファミレスがどこかは言わないけれど、行くならちょっと注意しよう。自分ですらそこに存在しているか、分からなくなってしまうかもしれないし。

 「しのぶふる」になってたなあ、って印象の末次由紀さん「ちはやふる34」。3年生になって高校選手権も終わって3年生は引退となって綾瀬千早はいったい進路をどうするかって迷ってる。そりゃあクイーン戦に挑戦したいけれども成績は悲惨で年末に向けて繰り広げられるクイーン戦に向けてかるたなんかとっている余裕はない。けれども出たいといった気持ちの中、強くなりたいと周防名人が出向いている東大のかるた部に出入りもしてたりする千早。その一方でクイーンこと若宮詩暢は周防名人と出たテレビが評判いなって、タレントめいたことを始めたもののそこで行われる台本通りの扱いに心がだんだんとしおれていく。

 誰かとかるかととることがなく孤高を気取っていたけれど、そこにしのびよる不安の陰。そして出かけた先生の教室でも今ひとつ自分を発揮できずに悩んだ果て、周防名人に電話をかけるところまで追い詰められる。でも出なかった周防名人。すれ違ってしまったのを見た綾瀬千早が、わざわざ詩暢ちゃんが電話をかけてくるくらいのことがあると訴え周防名人を京都へと向かわせる。そして訪ねた詩暢の家。連れ出された場所で詩暢はかつての自分、孤高に向かう前の自分のような少女を見つけてひとつ、新しいフェーズへと踏み出す。そんな成長の物語を後半の軸に、かるたというものが学業とも、そして職業とも両立しない難しさってものを描き、それでもかるたに勤しむ者たちの決意って奴を浮かび上がらせる。人生に無駄なことなんてない。そんな強いメッセージを放つ巻。ここから先、いよいよ頂上を目指す話が繰り広げられていくんだろうなあ。どこへ行く千早。どこに向かう詩暢。そして太一と新。待とう続刊。瑞沢高校かるた部が文化祭で始めた野球拳の行方とともに。

 放逐された漂泊の民が居場所を求めようとして果たされた歴史が過去に決して多くはないのと同様に、泥クジラの民たちが安住の地を得るのはやっぱり難しいようで、アモンロギアの地へとたどり着いた泥クジラは、そこの王とあって居場所を得ようとしたものの印しつきの異能をあてにされ、帝国を相手に戦う尖兵として使われようとして、拒絶しようにも先乗りをしたスオウら無印の者たちが人質にとられて身動きがとれない。アモンロギアの事情も分かるけれど、それで民をバラバラにするのはやはりできない。かといって逃げ出すのも難しい状況で、チャクロが決意しオウニが立ちあがった先、アモンロギアと泥クジラの関係はどうなるか、そして帝国の魔手はどこまで迫ってくるのか。アニメーション化にも期待がかかるけれど物語としての先はまだ見えず、混沌の中に足掻く者たちの苦闘が続く。漂泊の民が得るカナンの沃野は果たして何処に。追い続けようその旅路を。


【3月16日】 そして情報が出始めた梅田阿比さんの漫画「クジラの子らは砂上に歌う」のアニメーション化情報。監督が「四月は君の嘘」を手掛けて評判をとったイシグロキョウヘイさんで、「たまゆら」の飯塚晴子さんがキャラクターデザインを務めてJ.C.STAFFがアニメーション制作ということはまずもって万全安心の夫人。その世界観を大きく損なうことなくしっかりとアインメーション化してくれることだろう。脚本も横手美智子さんだし。音楽の堤博明さんは「クロムクロ」だからこれも聞いた感じに合ってた印象。個人的には舞台版の主題歌が強烈だったんでどこかで流れて欲しい気がするけれど,それは別物と思い今はアニメがどこまで描かれるかを想像しながら放送を待とう。あとは声、誰になるかだなあ。

 アニメーション部門は「この世界の片隅に」が受賞、ってな感じに予定校を書いて臨んだ第20回文化庁メディア芸術祭だったけれども、期間外だったのか優秀賞とか審査委員会推薦作品とかにも入ってなくって、だったら何が大賞かと見たら新海誠監督の「君の名は。」だった。興行的にも内容的にも順当で、講評に当たった審査委員の高橋良輔監督「映画館の前に私と遜色のない大人たちがいて何人もチケットを買っている。この作品には力があるんだ」と感じたとか。そして「ここまで日本のアニメーションが来たんだな」という感想を抱いたそうな。

 そこから高橋監督、「私のアニメーションの出発は『鉄腕アトム』で、テレビアニメで21分くらいの内容なんですが、200枚を目指していたものが少ないと900枚くらいになった」と過去話。「このくらいでテレビシリーズを着くていったのが出発ですから、私の中にはどこかアニメーションは絵をていねいに描けば良いものではないだろう、内容をやっぱり面白くしろよと」いった思いがあったとか。「アトムは4年間で200本の作品があるが、内容が実にバラエティに富んでいる。今のアニメ状況を作ったアトムの中に、こんあモチーフを持ち込んで良いんだというのがあって、アニメーションの広がりを作った作品でした」とアトムにひとしきり敬意を示す。

 それが「君の名は。」とどう関係があるかというと、「アニメーションは中身であって、丁寧に作れば良いんじゃない。面白く作ってくれよという思いが強かった」。見た目の良さで人気になっているだけなんだろう。そんな思いも見る前にはあったのかもしれない高橋良輔監督だったけれど、「君の名は。」については「内容に伴うクオリティがあり、堂々たるメディア芸術祭の大賞作品だと思っています」というから見て気にいったってことだろう。そんな大先輩の言葉を新海誠監督が、直接聞けば嬉しかったかもしれないけれど、お昼の「SUGOI JAPAN」には登壇してもこちらには来ず、コミックス・ウェーブの代表の人が来て受け取っていった。ちょっと残念。まあ良い、当人に会っても聞くこともないんで次に出来る作品を応援していこう。

 講評では高橋良輔監督、優秀賞の「映画 聲の形」について触れて、「例えば山田尚子さんがつくられた『映画 聲の形』は京都アニメーションでつ作られました。京都アニメーションはおよそ日本のアニメーションの経済的なことを言えば20年間を支えてくれた。可愛い女の子たちが出てきて、その何気ない日常をエンターテインメントに仕上げた。それが日本のアニメーションを取り巻く環境を助け、出版も助けてくれた」と褒めそやした。1つのアニメーションスタジオについて高橋監督が、ここまで踏み込んで言うのってちょっと珍しい。というかスタジオと作品とアニメーションの状況をしっかり結びつけて語れるってところが面白い。富野由悠季監督にはここまでの状況認識、ないだろうから。する必要を感じていないっていうか。

 なおかつ高橋良輔監督、「映画 聲の形」については「今までの京都アニメーションの作品から1歩も2歩も出たのではないか。作り手というのは同じ地平にいつまでもいられない。1年経てば1年進歩する。日本のアニメーション界は少し停滞気味で絵のクオリティが上がっているが、内容はどうなんだという声があった。2016年はないようも充実していた」と絶賛した。きっとお気に入りだったんだなあ。だったらどうして大賞に……とも思ったけれどもやっぱりそこは興行収入も含め多くの評価軸があっての結果かなんだろう。ともあれこの2作がが入って良かった。

 優秀賞にはブラジル映画の「父を探して」も入っているしなんか結構なまとまりぶり。審査員推薦作品には京都アニメーションによる女の子たちの日常劇の「劇場版響け! ユーフォニアム〜北宇治高校吹奏楽部へようこそ〜」も入ってた。あと商業だと「甲鉄城のカバネリ」とか「終物語」とか「モブサイコ100」とか「僕だけがいない街」あたり。「この世界の片隅に」は来年回しって感じかなあ。エントリーしてないってことはないだろうから。審査委員会推薦作品でインディペンデントだと円香さん「愛のかかと」とか岡崎恵理さん「FEED」、そして先生の山村浩二さん「サティの『パラード』」が入った。 個人的には山田裕城監督の「風の又三郎」が入ったのが嬉しい。これを機会に上映されて欲しいと思うのだった。あにめたまご2016の1本で3DCGなのに優しい映像が素晴らしいのだ。

 意外だったのがエンターテインメント部門で、普通はゲームだとかデジタルを活用したイベントめいたものが入るんだけれど今年は映画「シン・ゴジラ」。特撮怪獣映画だけれど映画として日本アカデミー賞最優秀作品賞なんかも獲得していて、何を今さら感も漂うもののそこは文化庁メディア芸術祭、メディア芸術といった意味合いを「シン・ゴジラ」に当てはめモーションキャプチャーでもって人の動きを読み取りデジタル化して3DCGで描いていったって部分、そしてiPhoneなんかも駆使して撮影を行い今までにあい映像に仕立て上げた部分なんかも評価したんだろう。それは1本の映像インスタレーションでもあるってことで。あとは内容か、政府をおちょくるようなストーリーは批評的で風刺的。つまりは芸術的だものなあ。

 でもエンターテインメント部門は新人賞の岡崎体育さん、寿司くんさんに持って行かれたって感じ。当人たちが登場しては喜びつつ次に東京五輪に出たいとか行ったりしてユニークな立ち位置を見せていた。あのミュージックビデオの「MUSIC VIDEO」は何と制作費が6万円でうち3万円が交通費だったとか。最少人数でってつまりは岡崎体育さんと寿司くんさんにマネージャも加えた3人で作ってそしてあれだけの完成度。だったらとてつもない金額をかけたら何ができるのか、OK Goだって腰を抜かすような作品ができるかっていうと、そこはアイデアがあって作品として歌って聞かせつつ映像を見せたらどれだけインパクトがあるかを考えるチーム。大金ありきってよりは結果としての大金をかけてユニークなビジョンを見せてくれると信じたい。9月の展覧会には来てパフォーマンス、見せて欲しいなあ。

 言われた話をそのまま書いたら名誉毀損の幇助にだって捉えられかねないと考えるなら、時の為政者がちょっと露見したら拙い筋へかつてお金を寄付していたって話が出てきたとして、それをそのまま相手の言い分だからと載せることを少なくとも一般紙と呼ばれる面々はしないだろう。なおかつ為政者の側はそんなことはないと否定していたりするにもかかわらず、一般紙と呼ばれるメディアがこぞって金額までも含めて記事として掲載してきたのは、表だっては否定があっても背後ではそれを確たるものとして認めるに足る情報が出回っている、ってことになるんだろうかそれとも誰かが言ってることだからと無責任にも載せてしまっているんだろうか。そのあたりが少し気になる。時の為政者は真っ向否定でも、こうまで包囲網が狭まってくると次はどんな言い訳を考えるか、その猶予期間が今ってことになるのかな。一両日中に動きがあるかな。


【3月15日】 壁にボスから映し出されたミライさんにはまだグッとは来なかった。ああそうか、こんな顔をしているのかと、スマートフォン向けのゲームをやっていなかった身として確認をして、ジャパリパークのガイドとして頑張っていたんだなあと改めて思った。でも、そんなミライさんがボスか何かに向かって話しかけている後に、ひょこっとサーバルちゃんが顔を出した瞬間にグッと来た。ああ、やっぱりいたんだ、ミライさんにもサーバルちゃんが。でもきっと今ごろは……。手前にかばんちゃんと旅をするサーバルちゃんがいる以上は、そこは過去の世界であって記録として残っただけ。そのサーバルちゃんが今もいるとは思えない。ミライさんも。そんな過ぎ去った時間を思って泣けてきた。

 そこに乗ってきた、過去のサーバルちゃんとミライさんの会話で、大きなセルリアンをぱっかーんしたようって話が出て来ているのを見聞きして、かばんちゃんと旅をしているサーバルちゃんが涙を流し始めたのを見、て釣られてじんわりと涙が出てきた。その瞬間によぎった思い。過去の世界でサーバルちゃんとミライさんはいろいろと頑張ったんだろう。けれども現状のジャパリパークはあちこちが荒れて施設は廃墟となり、ミライさんのような人間はどこにも存在していない。流れた時間。過ぎ去った命。そんな状況を背景にしつつ、過去のサーバルちゃんが経験しただろうことを、今のサーバルちゃんがもしかしたら引き継いでいるかもしれないといった可能性が浮かんで、悲しみを乗り越え今に到って振り返る過去を思って泣けてきた。

 説明がある訳ではない。というか、ゲームに関しての説明はテレビシリーズでは一切されていない。ふわっとは知っていてもゲームの内容についてはまるで知らないといっても過言ではない。けれども、ジャパリパークには過去があったことは分かっていて、それが今は廃墟となるくらいに時間が経っていることも分かっていて、そんな世界でフレンズたちはサンドスターが当たって現れ、セルリアンもそんなサンドスターによって生み出される世界だと分かっている。そこでどうかなって今のサーバルちゃんが存在し、かばんちゃもいたりすることを知っているから、そんな文脈の中に描かれた瞬間のシチュエーションが涙をもたらす。連続テレビアニメーションの強さであり、しっかりと描いてきた脚本の勝利、なんだろう。「けものフレンズ」。最高だ。そして最強だ。このまま突っ走って行ってくれると信じて来週も、その次も見よう。その前にビクターロック祭りで「うー、がおー」をやって来よう。あのサーバルちゃんの涙を見たら、以下にゃいかんだろう。なあおい。

 そんな「けものフレンズ」のブースが「ニコニコ超会議2017」に登場するとかで、いったい何を再現しているのかに今から関心。「さばんなちほー」がモデルになるらしいから、あるいは草むらの中を走り回りながらサーバルちゃんに追いかけられたり、サーバルちゃんとなって追いかけたりする狩りごっこを楽しむのかもしれない。それともバオバブの樹を爪を立ててよじ登るとか。水の中から「だーれー」と現れるカバに驚くとか。いろいろ考えられるなあ。派手なアトラクションにはなりそうもないけれど、あの世界が体験できるならそれはそれで行ってみたい見てみたい。きっとどったんばったん大騒ぎになるだろうけれど、それでものぞいてみたいなあ。

 安里アサトさんの「86 −エイティシックス−」もSFだったけれどもこれもまたSFであるいは電撃文庫はSFライトノベルの復権を狙っているのかとも思った電撃小説大賞選考委員奨励賞受賞の藻野多摩夫さんによる「オリンポスの郵便ポスト」(電撃文庫)は、地球からの移植者によってテラフォーミングされながらも謎の隕石群によって破損し、内乱も起こって地球との連絡が絶えて200年とかってスパンが過ぎた火星を舞台に、滅びへの道を避けられない人類が精一杯に生きている中、そに投函すればどんな願いもかなうという、それこそ標高2万7000メートルはあろうかというオリンポス山のどこかにあるポストへと、手紙を投函に行くことになったエリスという少女の郵便配達員と、自身を捨てに行きたいというくろという名のサイボーグというかもはや人造人間となってしまった男との道中記。舞台設定だけでとっても強いSF感が漂ってくる。

 途中にH・G・ウェルズの「宇宙戦争」の場面だとかが挟まれたり、軌道エレベーターの逸話が挿入されたりと作者のSFへの関心もとっても高そう。テラフォーミングされながらも重力の問題があって大気が地表に根付かない状況が続き、あと100年もすれば大気がなくなってしまって滅ぶだろう世界のビジョンにもSFならではの寂寥感って奴が感じられる。少女だけれど訳があって体の一部が機械になっている上に、長い時間を眠っていたという過去があったりするエリス、地球でちょっとした犯罪を犯し、火星へと放り込まれて体を機械に交換しながらテラフォーミングに従事したクロといったキャラクターの造形も結構深い。

 そんなエリスがが純真というより真正直な性格で、サイボーグ相手に苦言めいたことを言ったりするのも面白い。そんな2人が旅をしながらオリンポス山に思いを馳せる少年と語ったり、火星を混乱に陥れたテロ組織のリーダーと邂逅して戦ったりした果て、エリスの両親が何をしていたかといったエピソードが挟まれ、地球はいったいどうなっているのか、そもそも火星を急襲した石群はいったい何だったのかといった展開もあって、火星が早々に回復する可能性への諦観めいたものも浮かんで来る。それでも諦めることなく生きていく気持ちを抱き、可能性を信じる思いも浮かんで、今すぐにではなくても遠い将来に火星が再び復活する日を夢見たくなる。そうなっていくプロセスを描くストーリーがあっても良いけれど、今はひとつの思いが叶えられ、そしてわずかでも可能性が芽生えたことを喜び、夢の中に繁栄の赤い大地を思いたい。傑作。

 ポリゴン・ピクチュアズが長編アニメーション化した「BLAME!」が弐瓶勉さんの原作を当人の監修の元で再構成して、1本の作品として楽しめるようになっていることは分かったけれど、そうやってまとまった作品を観て思ったのが神風動画によるこれもフル3DCGアニメーション作品「COCOLORS」との世界観に類似性。「BLAME!」の方は機械が暴走をしてそれをネットへのアクセス権限を持たなくなってしまった人類では止められない、って状況の中、どんどんと追い詰められていく人類が危険を承知で冒険い出ては数を減らして衰退の一途を辿っている。そして「COCOLORS」でも人類は衰退に向かう中、地下に暮らす者たちの一部が地上で有為なものを探して生き延びているけれど、それも枯渇しかかって後はジリ貧といった状況に追い込まれている。

 どう足掻いても滅びるしかない文明の果ての人類に、「BLAME!」では一種の救世主めいた存在が現れ希望をもたせる。とりあえず安全圏に身を置いた人類もいてジリ貧ではあっても一挙の崩壊はなくなった。「COCOLORS」は危険こそないものの資源が乏しくもはや滅びは避けられそうもない。果たして今の人類にとって訪れる未来はどちらの姿なのか。救世主を用意しておけばあるいは未来、大変な目にあっても生き延びられるかもしれないけれど、取り尽くしていくだけの現状は「COCOLORS」の未来を想起させる。知恵を持って道具も使いながら滅びを呼び込みその運命に従う人類は本当に霊長の存在なのか、それとも。2つの滅びから考えたい。どっちに向かうかも含め。


【3月14日】 デザインフェスタで見かけたのが2008年くらいだからもう見知って9年くらいになるKamaty Moonというディーラー名の造形作家が横浜の元町にあるギャラリー元町で展覧会を始めたってんでとりあえず見物に。造形作家として活躍しているというよりは趣味の延長のように作ってはイベントで販売をしていて、あとはキャラクターのデザインを少しとそしてちょっと前にバルト9で生アフレコに生音楽で上映された神風動画のアニメーション「COCOLORS」の中でデザインを手掛けた程度。でもイベントに出せばしっかりとした造形物が売れていくからちゃんと暮らしは成り立っている。

 そんなクリエイターが作る作品は動物をモチーフにしていて少しだけ擬人化されていて、そしてスチームパンクのファッションをまとっていてとってもクールでスタイリッシュ。だんだんとファンも増えてイベントに出展すれば朝からいっぱい詰めかけ高いけれども売れていく状態になっている。腕前はもともとあったけれども発想がとにかく素晴らしくって、意外なモチーフを組み合わせたりして背中に飛行装置を背負ったオオカミだとか、芋虫に乗ったハムスターだとかってのが今回の個展にも登場してはさっそく赤札売約済みになっていた。格好いいからなあ。芋虫であっても。男系も良いけどフェネック夫人とかスタイリッシュで妖艶で、欲しくなったけれどもちょっと手持ちが。いつか買ってあげたいと思いながらも今回もながめるだけに。でももしかしたら……。連休にまた寄ってみよう。

 それはいったい誰ですか? といった反応でスルーしようとしたら前から会っていたでしょうと言われ、そういえば10年くらい前に会った程度で最近は全然と言ったら、2年くらい前にも会ったと言われてとりあえずスルー。そして顧問弁護士になっているでしょうと言われてなっていません知りませんと逃げようとしたら、夫が代表の弁護士事務所が顧問めいたことになっていて、そして裁判絡みの書面には自身も連名で名前が書かれてあって、これはもう言い逃れは出来ないと思ったら、自分は確認していないと言って逃れようとした。でもそれは名義貸しになってしまうから弁護士としていかがなものかと問われてしまう。

 あまつさえ弁護士として出廷した記録まで出てきて、これでももう逃れられないと覚悟をしたと思ったら、10年ほど前にいやなことがあってと言い出す始末。それで世間が同情すると思ったのかどうなのか。でもそうやってクライアントについて悪し様に言うのもやっぱり弁護士という職業にとっての倫理にもとる。そもそもが過去に会って仕事をしたこともある人を、知らない存じないと言って退けようとする弁護士が、果たして弁護士として仕事していけるのか。専門化ではあっても客商売。そういった理解を及ぼす前に否定して守りたいものがあったってことなんだろう。

 それは防衛大臣という立場においても同様で、明確に虚偽の答弁を国会という場でしておいきながら記憶になかったのだから虚偽ではないだなんって言い訳を通そうとする。それで通るならトンデモな命令を下して戦地に人を送り込んで大勢の命が奪われて、その責任を問われていやいや覚えてないから関係ないと言って通ってしまう。もちろんそれは無理そんな防衛大臣なんて怖くて仰げない以上はやっぱり嘘を言って平気な顔で忘れていただけなんですと言う防衛大臣を据えておくのは拙いだろう。当人だって拙いと思っているのかどうか。普通は思うんだけれどそうやって言い逃れをしてまで守りたい何かがあった。それはプライド? それとも自分が退くことによって迷惑を被る誰か? 分からないけれども少し前なら内閣だって飛んでいた事態がまあまあよしなにで丸く収まる。こんな日本になってしまった。誰がした? 参ったなあ。

 そんな風にメディアの側から下人間の言がまたトンデモなくて腰が砕ける。曰く「教育勅語のどこが悪いというのか 毎日新聞よ、無知と偏見の他者攻撃はみっともない」。でもねえ、教育勅語で引っかかっているのは「一旦緩??急??アレハ義勇??公??ニ奉シ以テ天壤無窮??ノ皇運??ヲ扶翼??スヘシ」とう文言であって、これを素直に読めば「もしも緊急事態になったら正義の心でおおやけのために奉仕することで、永遠に続く皇室の運命を支えなさい」ってことであってすなわち皇民として戦って死になさいってことでもあって、だから第2次世界大戦後の日本国憲法下で、国民主権が確かめられている状況においてまるでそぐわないものだといって、教育勅語が否定されるのもなるほど当然といった流れだろう。

 もちろん戦後の国会でも教育勅語をそのまま使うことは衆参両院で否定されている。そんなに道徳を歌いたいなら別に教育勅語に頼らなくても自分たちが自分たちの言葉で作って伝え諭せば良い。それだけのことだ。なのに教育勅語をありがたがる人は、そういった批難がされることに何故か腹を立てて罵倒を交えて反論を繰り出す。毎日新聞が教育勅語を今さら持ち出す人たちへの真っ当な指摘を繰り出した途端、「無知と偏見の他者攻撃はみっともない」っていった文章を書いてきたとある新聞の論説委員兼編集委員もいたりしたけれど、これがまったくもってブーメラン気味に自分へと跳ね返ってくる言葉だったりしたからどうしたものかといった感じ。

 持ち出してきた現代語訳にはなぜか皇室のために命を捨てろといった訳がない。そして道徳的な部分だけを持ってきてこれは良いものだから良いんだと言い放つ。どこが問題になっているかを知らずスルーして思いだけをぶち上げ、印象操作でマウントを取ろうとする。いつものことだけれど、それを繰り返して平静としてる心理がどうにも面倒くさい。戦後の国会で否定されているといった意見には、そのころの国会なんてGHQに支配されていた訳だから無効といったような解釈を振りかざす。だったらそんな時代に検討されたサンフランシスコ講和条約も無効なのかって言うともちろん無効だ敗戦なんて認めないって言い出しそうだから困ったもの。

 まあ案外にそれは本音で日本は戦争には負けておらず国体という名目を借りた己が自尊心はしっかりと守りたいといった心理がそこにあって、反対するような意見が出てくれば反射的に牙を剥いてしまう。そんなところだろう。でもだったら今上陛下が教育勅語を臨み皇室のために命を捨てることを臨んでいるのか、というとううん、分からないけれどもちょっと反対のような気はする。讃えるべき筆頭の天皇陛下の御心に棹さしてでも守りたい皇室より出た教育勅語、っていった矛盾を平気で内包してしまえる人たちが、保守を名乗り国のためとか言う滑稽。誰もが気づいているのに当人とその周辺だけが気づかない。参ったなあ。

 アニメーション音響革命、って言葉がまさしく当てはまりそうだと思った「BLAME!」ってアニメーション映画のドルビーATMOSによる上映会。場所がイオンシネマ幕張新都心でいつも「ガールズ&パンツァー劇場版」の9.1ch上映とか、「この世界の片隅に」のULTIRA上映とかを見に行っている劇場だけれど、ATMOSを駆使して音の空間まで作り込んだアニメーションを観るのは初めてっていうか、作られたのがそもそも初めてなんだからそれも当然。つまりは日本初お目見えの場所に居合わせて体験したそれは凄まじかった。そして素晴らしかった。まるでその場にいるかのごとくに四方発表から音が現れ包み込む。むしろその場にいる感が強く出て、映画館にいることを忘れてしまってそれが当たり前と感じてしまって驚くより先に馴染んでしまう。

 そして気がついて自分が映画館にいるということを思い出す。スクリーンは前しかないから見えるビジョンは前だけ。けれども見えない場所にあるだろう何かを音がしっかりと表現できている。よくも作ったものだけれど、それはもともとが3DCGのアニメーションで空間を設計して人物なんかの配置も決めて映像を作っていくからで、そうした場面をまず教え、脚本を渡して音響監督の岩浪美和さんらに音を作ってもらっていくから、画面として描かれていない場所も含めて音が作られそして切り取られた画面に会わせて音が響く方向なんかも決められていく。そして前後左右に上も含めて音の発生源を設定できるドルビーATMOSに載せられる。完成した映画を観ればだから見えていない横とか後にも音が回って空間全体が作られる。その場にいるように思うって寸法。3DCGのアニメーションとATMOSは実はとっても相性が良いってことになる。

 そんな音響の設計でもって作られた映画は、原作をおそらくは相当につまんでひとつのシーンを作りだしたって感じ。人間を助けるはずだった機械が人間の管理下を外れ暴走し始め、そして管理権限を持った人間がいなくなった状況で機械は管理権限を持たない人間を侵入者として排除するようになる。そして街をどんどんと拡げていく機械に圧迫され、排除する機械にも虐殺された人間たちはかろうじて居場所を見つけて細々とくらしているという、そんなある集落から食糧を探して狩りに出た一行が管理者のマシンに見つかり襲われた際に、旅人らしい男と出会う。何かを探しているらしい男を招きそして彼が探し当てたものから分かったひとつの事実と浮かんだ可能性。ジリ貧の中で起死回生を狙った冒険が行われるもののそれは悲劇を招き寄せる。けれども……。

 2コンパクトにまとめられた中に人類の未来と暴走する機械の恐怖、それでも生き延びる可能性が示される。観終わって得られる感動もあり、そして先へと繋がる期待も。どうなるかは分からないけれど、単体でも十分に見て感動できる作品。それがドルビーATMOSで作られている。アニメーションの音響に起こる革命は、同時にSFアニメーション映画のステップも1段上げる。見るのは必然。それもドルビーATMOSで見てこそ。通おう5月に公開された映画館へ。2週間の期間限定は厳しいけれどもしっかりとスケジュールを頭に入れて、上映する映画館をチェックしておこう。


【3月13日】 昼に片渕須直監督が「この世界の片隅に」の上映後に登壇をしてあのほんわかとしつつシリアスでもある映画の解説をしていた夜に、ネットで「BLACK LAGOON」の第2シーズンが上映されて、6話にわたって繰り広げられた日本編での途中から見ていたらついつい見入ってしまった。それは鷲峰雪緒がボウリング場で脱がされて下着だけになるって場面だったからでもあるけれど、そこから先、ロッカールームに非難した雪緒とロックが対話している場面で、薄暮の中からどっちつかずの立場にいるロックに対して雪緒がすでに闇へと足を踏み入れたことを明かして批難する、そんな部分からだんだんとロックが自分というのを見つめ直す心境が感じられて引きずり込まれた。

 あそこでひとつ、問いかけをされたからこそビルのガレージでロックがバラライカにひとつつっかかり、けれどもひとつの逃げ道を用意して生き延びてそしてバラライカが香砂会へと乗り込んでそこで気が変わったかのように会長らを射殺してのけるきっかけを作った。薄暮の中で人を闇へと誘う悪党へと進化を遂げたロックは、だからロベルタ逆襲編でまだ真っ当なファビオラから空砲をぶち込まれるくらいの悪事を平気でやれるようになてしまった。銃は撃たず人も殺めない。けれども人を誘い落としてしまう。その手でのみ戦い命を張るレヴィの方がよっぽど純粋に見えてくる。そういう意味でも重要なエピソードだったんだろうなあ、日本編は。

 見ていてなるほどと思ったのは、そんな香砂会での騒動から抜けだしたロックがレヴィを伴い雪緒や銀次との決着をつけに行く場面で、ある種の任侠的な様式美があった漫画の原作に比べてロックたちは決着とかはお構いなしに早々とロシア船に逃げ込もうとしていたところを銀次と雪緒に邪魔されて、ロックだけが拉致されたところをレヴィが追いかけ追いついたことで否応なしに戦わざるを得なくなった点。抗争の場面にいた男性と逃げた女性が何時間も外を歩いて一方の当事者でもあるヤクザの娘と舎弟に出会って勝負する、なんてことが法治国家では起こりえない。それでも描かなくてはいけないシチュエーションを法と常識の範囲内で可能にする改変だってこれは言えそう。非合理を改め合理の中に治める片渕マジック。見ればほかにもそうした場面がいっぱいありそう。見返すかなあ、DVDも単品のBDもBDボックスもあるんだよ。

 70本近くは入っていたけどそこに東映動画がなかったりしてちょっと謎めいた東京アニメアワードフェスティバル2017の特別上映「アニメーション大国の誕生〜アニメーションが“アニメ”になった時代 」。1917年に国産アニメーションが登場してからちょうど100周年を記念して、日本のアニメーション史を振り返った映像で、とりわけテレビにアニメがいっぱい出てきた1970年代の作品をずらっと並べて振り返ってみたけれど、そこには「マジンガーZ」も「銀河鉄道999」も「宇宙海賊キャプテンハーロック」も「魔女っ子メグちゃん」も入ってなくて、「宇宙戦艦ヤマト」も取り上げられていなくって日本動画協会であっても触れない、触りづらい部分があるんだろうなあ、なんてことをちょっと考えた。

 もっとも、そうしたある意味で重要なピースが欠けていても70本近く並んだ作品はどれもがしっかりと僕たちの心に残っている作品ばかり。とりわけタツノコプロが作ってきた作品は「科学忍者隊ガッチャマン」のようにスタイリッシュなSFもあれば「昆虫物語みなしごハッチ」のように人情ものもあれば「タイムボカン」のようにギャグっぽいものもあったりして実に多彩。それもだいたいがオリジナルといったところであの時代、企画して通して放送されて、それが見られてスポンサーもついてといった好循環がしっかり出てきていたことが分かる。今だってもしかしたらオリジナルを見てこれはと思われる可能性だってあるはずなんだけれど、インタビューに登場していた黒田昌郎さんはプロデューサー陣が原作付きでないと数字がとれないと思い挑戦しようとしてないってことを指摘していた。

 なおかつ黒田さんは動かさずに喋りばかりといったことも。これにはちょっとエッと思って今のアニメって無茶苦茶動いているとも思ったけれど、想像するならそれはただ動かさざるを得ないから動かしているだけであって、アニメーターがこれを動かしたいんだといった必然の気持ちからどう動かすかを吟味しこう動かそうと描いているものではないって意味なのかもしれない。魂がこもっていないというか。何もない真っ白なところにおいたものが動いて人に感動を伝える。そんな原点を忘れてしまっていることへの警鐘。同じ映像では「タイムボカン」シリーズの笹川ひろしさんが、初めてアニメを作って自分たちの描いた絵が動いた感動を強調していた。そんな純粋な気持ちを思い起こさせ、オリジナルの企画を作り通す気概を求めてもいた映像。多くに見てもらいたいけれど、これだけの作品を集めたからには簡単には上映はできないんだろうなあ。ちょっと勿体ない。それだけに何が語られていたかを伝える意義はあるだろう。ってことで記事にはしたけど、読まれるかなあ。

 第22回AMDアワードの発表会を見に行く。22回のうちの20回くらいは取材しているけれども1回目からずっとヒラのライターってのも何というか甲斐性の無さが炸裂しているというか。20年も経てば当時のヒラの編集部員も編集長から編集担当役員になってたって不思議はなく、そんな人たちが選考委員とかもやっていたりしてプレゼンターとして登壇しているだろー。その一方で、未だ現場で書き物に勤しんでいるというのも我ながら格差社会だと感じるけれども偉くなって何も書けなくなりどこにも行けなくなるのもつまらない。なので現場に張り付き出かけていくのを趣味にしていると、言い訳にでもすれば心もちょっとは安まるかな。それで給料が上がっていれば良いんだけれど、逆に下がり気味ってのが……。景気回復まだかなあ。

 いやいやコンテンツ業界的には回復基調にあるのかどうか、今年のAMDアワードは優秀賞が12作品もあって去年の8作品から5割増し。10作品まで選べるのになぜか8作品止まりだった去年がちょっと不思議だけれど、10作品を上回って選ばざるを得なかったのが今年とも言える訳で、それだけ拮抗する作品が多かったし、実際に受賞したものはどれも素晴らしくどれも凄くどれも重要でどれも面白い。「ガリガリ君」の値上げのCMなんてよくもまあ作ったなあってもの。それが3回くらいしかオンエアされていないにもかかわらず、ネットで拡散されて大人気となった。アイデアの1つがあってそれを広めるプラットフォームがある現在を、象徴した作品って言えるかも。

 それは優秀賞に入った「この世界の片隅に」も同様で、加工の部分は別にしていわゆる3DCGは使っていないアナログな映画だけれど、初期の段階で資金を集めるためにクラウドファンディングというデジタルネットワーク上のコミュニケーションツールを使い、しそて映画の評判を広げるためにSNSという口コミのツールも多用した。そういう意味ではデジタルのネットワークがあって成り立った作品とも言え、デジタルコンテンツオブジイヤーとも言うAMDアワードを受賞して当然なのかもしれない。世界がネットでの配信を見た「PPAP」ともども。そんなAMDアワードのの1位はこれもデジタルがアナログとゆうごうした「超歌舞伎 今昔饗宴千本桜」。ニコニコ超会議2016で見て大感動しただけに受賞は当然だけれど、それをしっかりと審査員もくみ取って260億円のアニメーション映画でも、80億円の特撮でもないこの作品に与えた。その意味ではしっかりと賞が機能しているとも言えそう。江並直美賞がなくなって寂しさもあるけれど、これからも意義のある作品を選び賞を与えて世に広めていって欲しいとお願い。きっと見に行くから、やっぱりヒラで。


【3月12日】 どうしてあんなにエロいのか、ってことがよく取り沙汰される神山健治監督による「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」の草薙素子だけれど、東京アニメアワードフェスティバル2017で開かれた「神山祭 in TAAF 2017」って上映会の中でこの「攻殻機動隊S.A.C」とそして「精霊の守り人」「東のエデン」の第1話が上映されてそれを神山監督とプロダクションI.Gの石川光久社長といっしょに観るというイベントが行われて、そこで神山監督の口からいろいろと明らかにされた。つまりは視線誘導。あるいはウケ狙いであってそれでグッと引きつける必要性が勝負の上であったというのが理由らしい。

 頃合いとしては押井守監督による「攻殻機動隊/GHOST IN THE SHEL」の続編「イノセンス」が作られていた時で、スタッフなんかもそっちにとられて大変な状況にあったという。神山さんにとっては盟友の西尾鉄也さんからも監督を引き受けるのはやめておけと言われたほどのプロジェクトを、それでも話が書きたいと受けて自身、52本の映画を作った気分だと言ったくらいにのめりこんだ作品を、是が非でも成功させるにはやっぱり草薙素子にハイレグになってもらう必要があったというか。そんなところ。

 でもって試写がスタジオジブリであって鈴木敏夫さんに観てもらったら「尻が出ている」とかいったコメントが帰ってきて、神山監督は「しめたと思った」という。ああいった年齢の人が観てもグッと来るキャラクターがいるなら視線誘導は成功したようなもの。ただでさえ女性が1人くらいしか出ない作品ばかりを作っていることもあって、物語性に定評はあってもキャッチィではなかったりするところに、とてつもない爆弾を落としてひきつけることに成功した。観てもらえさえすればあとは物語で引きつけられる。作画は途中、ガタついたところもあったように記憶しているけれど、通して観れば社会を描き政治を描き外交を描いて今を描いた。傑作になった。その為の尻であり股間。英断だったなあ。

 そんなエロティックな話ばかりではなくって、もっとクリティカルに実は草薙素子の声は田中敦子さんではない人に決まりかけていたのを石川光久社長がやっぱり田中さんで行こうと良い、そして結果として神山監督も呑んで田中さんに戻したといった話は逆に言うならいったい誰が演じることになっていたのか、ってあたりに興味が及ぶ。2002年のころにああいった声を出せる人って誰がいたっけ。三石琴乃さんってことは絶対無いだろうし。山口由里子さんならそれっぽいけど違うだろうし。私気になります。

 声でいうなら「東のエデン」で早見沙織さんと木村良平さんはともに丸が3つついた男性女性で唯一の声優さんで、そんな2人が2009年の放送から8年が経った今ではトップ声優として大活躍をしている。観る目があったんだなあ。「東のエデン」は上映だれた第1話の「王子様を拾ったよ」を久しぶりに観てやっぱり面白いというか、このあとどういう風になっていったんだと改めて思ってまた見返したくなった。映画の後篇が会話劇に終始して結論も見えずううんと唸った記憶はるけれど、でもやっぱり1本のストーリーとしてあの時代から未来をとらえ、そしてまさに今をとらえていた。先見の明をもって描く神山健治監督が、だから「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」で何を描いているかも興味が浮かぶところ、ってすでに試写では観ているけれど、公開されたら改めて考えて観たい。自動運転、っていつごろ普通になるんだろうかとか。

 プレスで入るのも面倒なんで普通にチケットを買って東京アニメアワードフェスティバル2017の特別招待作品「この世界の片隅に」の上映を観る。12回目くらいなんでほぼほぼストーリーも分かっているんで細かい映像を観るのを主にして、江波へと渡る海岸の岸壁にニワトリが2羽いて地面を突いているのを発見したり、リンさんの首に赤い紐が掛かっているのを今さらながらに発見する。あれは何かを吊しているんだろうか。はずしたたすきを首に懸けているだけなんだろうか。ちょっと気になった。そして上映後は叶精二さんと片渕須直監督のトークがあって、「アルプスの少女ハイジ」なんかのキャラクターデザインで知られるアニメーターの小田部部洋一さんが、3コマ打ちでちゃんと人が歩けているのが凄いと叶さんに言っていた話が紹介された。

 普通だったらどうしても、重さが感じられない部分が出てしまって人が歩いているようにはならないらしい3コマ打ちでのアニメーション。でも「この世界の片隅に」では着物が多くて、あとすずさん自身がせかせかしていないこともあって、あまり高く脚を上げさせないでゆったりとした動きにしたことが3コマ打ちながらもちゃんとそこに重さが出て、人が歩いているように見えたらしい。ある程度は狙っていたんだなあ。だから小田部さんという大先輩に褒められ片渕監督嬉しそう。富野由悠季監督からは着物の柄がCGではなく手描きだってことに驚かれてもいて、あらゆる作画をそこにぶっ込み動かす力も添えて世に出した、まさに日本ならではの2Dアニメーションの極北って言えるのかも。

 そんな意識がどこから出ていたか、っていうとあるいは片渕監督が講師として参加しているアニメーションブートキャンプってワークショップで目指した、アニメーションをどう動かすかって検討からそれを実践しようとしたものだって言えるのかも。この特別上映会が行われた東京アニメアワードフェスティバル2017のフェスティバルディレクターを務めている竹内孝次さんは、テレコム・アニメーションフィルムの人片渕監督が「名探偵ホームズ」に参加した時のラインプロデューサー。そしてアニメーションブートキャンプもやってる関係で、ずっと付き合いがあったらしい。

 そんなアニメーションブートキャンプは、大学なんかでの講義とは違いより実践的で軽い球普通の球重い球を動きで描き分けるとかするらしい。ボウリングの球を絵で描いてそれだと感じさせるってどう描けば良い? とか。背景にボウリングを入れればそう錯覚はさせらるけれど、動きだけで重さは表現できるのか、ってなるとこれがなかなか難しい。「この世界の片隅に」ではそんな、描くことによって重さや動きを表現することを突きつめたとか。でもそうした、アニメーションとしての動きの表現の凄みについては、時代考証とか物語とかキャラ萌えとかミリタリーといった方面からでは分からないので、どこか動きの表現とその見え方について映像付きで1本、ドキュメンタリーにでも仕立てて欲しいもの。そういうムックを編集する人、いないかなあ。テレビ局でも良いんだけれど。

 とりあえず読み始めた電撃小説大賞銀賞の岩沢藍さんによる「キラプリおじさんとようじょせんぱい」(電撃文庫)はいわゆる筐体型ガードゲーム機でもって着せ替えアクションゲームをする小学生の少女と高校生の少年との熾烈なバトルといった風情。モデルとなっているゲーム機はあるけれどもそれについてはどこまでゲーム性に取り入れているのか、プレーしていないからまるで不明。ただ見かけによらずなかなか複雑な戦略を求められ、そして体力なんかも必要になるゲーム機だってことは伺える。版権元のおもちゃメーカーがどこまで認めたか、あるいはフィクションだからとスルーしているかは分からないけれど、もちろん認識はしているからそれで刊行された以上はちゃんと相互に理解があると思いたい。さていったいどこに決着するか。読んで行こう。


【3月11日】 昨日通りがかりに今朝から「Nintendo Switch」の購入できる人を決める抽選券を配るっていうのを見たんで朝早く起きて池袋まで行ってビックカメラで行列に並ぶ。ただ券を配るだけなのにどうして長蛇の列と思ったら何と券を何枚ももらったりする人、それを転売する人を防ぐためか1人1人の左腕に番号が書かれたテープを巻き付ける仕組みを導入していた。これなら切り取ってだれかに売るわけにもいかないし、1人が何枚ももらう訳にはいかない。腕に巻かれた状態でレジまでいかないと品物が出てこないから組織的な転売目的の購入は避けられる。

 まあでも実際に購入してから後に札束で買いたたかれる可能性はあるから、それはそれで購入者の自由ってことで。とりあえず順番が来たんで派手好きならではのネオンブルー&ネオンレッドのバージョンを購入希望として伝え、腕に抽選券を巻いてもらってから松屋で朝定食を食らい、そしてヒューマックス池袋に入って東京アニメアワードフェスティバル2017で「あにめたまご2017」を見る。プレスでも入れたかもしれないけれど、前に募集しているのを見て応募したら当たったんでそっちの席を空ける野も申し訳ないんで普通に一般として鑑賞。これでとりあえず1回目から全部劇場で観たことになる。

 とりわけ去年はそれまでTジョイだとかバルト9だとか角川シネマとかで開かれていた上映がなくなって、ネットとそして一部テレビでしか見られなかったんで東京アニメアワードフェスティバルでの上映が、劇場で観られた最初で最後の機会だったって記憶。一部その後に上映も行われた作品もあったけれど全部ではなかった。今回ももしかしたらって可能性があって応募をしていたら、4月にテアトル新宿で上映があるみたいでまずは一安心。あとはそこに見に行くべき作品があるかってことだったけど、4作品ともまた見たいと思わせる出来で安心。そして歓喜。これはぜったいに行かなくちゃ。

 まずスタジオコメットによる「ちゃらんぽ島(ランド)の冒険」は火山もあるけど普通にのびりとしている島には巨大なバオバブの木が生えていて、そこから何でも入った卵で出てきて人は働かずに楽して生きられるようになっている、って人といより動物をモチーフとしたキャラクターたちだけど。そんな島である日、大風が起こって何やら転がり落ちた後、現れる卵がすべて空っぽになってしまい島民たちは大騒ぎ。なおかつ大人達の一部うに怪しい動きがあって巻き起こる騒動の中、子供たちが島を守ろうと頑張って走り回るといったストーリー。大人の欲深さがちょっと目立つ。

 日常の風景があって自然のたっぷりな世界観があって、そんな舞台で起こるアクションがあってキャラの動きも表情もしっかり描けててなかなかのもの。落書きのような瞳をちゃんと動かし視線を合わせてどこを向いているかを分からせる、表情の芝居もちゃんとできていた。そういう部分での気付きが得られるからこそ若手アニメーター育成事業には意味があるんだろう。結局キツネとタヌキが悪者になっていたけど、でもそれは動物に似た何かなんでキツネもタヌキも拗ねないで。声は坂本千夏さんの少年系キャラの声がハマって楽しい。落合福嗣さんもそれらしさ発揮。子供たちに持て欲しいなあ。でも大人みたいに卵に頼りっきりになられても困るかなあ。

 続いてSTUDOO 4℃が送り込んで来た3DCG作品の「RedAsh −GEARWORLD」。といってもピクサーやディズニーライクの3DCGって訳ではなく、かといって「蒼き鋼のアルペジオ アルス・ノヴァ」とか「けものフレンズ」みたいに」塗りが2Dアニメっぽくもない。例えるならNintendo Switchのゼルダ的というか。プレイステーションポータブルの「GRAVITY DAZE」的に水彩絵の具でベタっと塗った淡い感じの色使い。そしてストーリーはといえばナノマシンによって異能を得る人が居て、まったくナノマシンが入っておらずピュア種と呼ばれる人たちが暮らしている。

 特に階級とかがあって差別されている感じではないけれど、異能の持ち主はナノマシンが暴走するリスクもあって生きる上での不安がある。だからナノ種としての力を生かしてパラレルワールドに行って何か捕まえ金に換える仕事をしているけれど、そんなある日、ナノ種として仕事に行こうとした2人組の車にひとるの少女が飛びこんでくる。そして起こった大騒動。ナノマシンがあり異世界があってと設定が深いのは脚本が大河内一楼さんだから? 何より不思議な肌触りを持ったビジュアルと、これからまだまだ続きそうなストーリーが良い。というかこれ、やっぱりシリーズ化して欲しいよなあ。「デスビリヤード」が「デスパレード」になったみたいな可能性、あるかなあ。

 老舗の日本アニメーションが出して来た「げんばのじょう −玄蕃之丞−」はアニメっぽさが抜群。蒸気機関者がまだ走っていた時代、田舎に来た旅芸人の一座が実は……って展開に日本の習俗やら風景が感じられて楽しかった。韓国から日本に来ていて参加した人が自分は20代をずっと日本で過ごしたけれども、まだまだ知らない日本があたっと話していた。日本人だってなかなか分からない明治大正の日本の風景を描いたこと、とりわけ日常を描いたことでアニメーターたちに何かが溜まったと思いたい。「おぢいさんのランプ」もそういう作品だったものなあ、日常芝居と過去の日本を描く大変さ。それが面々を受け継がれていく。意味ある作品。

 ストーリーは長野県の塩尻にある桔梗ヶ原に伝わる伝承を現代に蘇らせたって感じ。アニメーションとしてはとても本当によく動く。そして踊りのシーンでの足踏みに力がある。フル3DCGで描かれるダンスなんかが話題にはなるけれど、見てどこか脚を踏みつける時の力強さが足りていなくて、どこか軽くて浮かびすべっているような感じを受ける。この「げんばのじょう−玄蕃之丞−」はドンと踏んだ感じに力が籠もる。プロデューサーに踊ってもらってそれを作画が見て、絵にしていったからかなあ。観察大事。信州塩尻の郷土資料館とかで上映していって欲しいかも。

 そしてSSS、スタジオ・ライブ、ワオ・コーポレーションによる「ずんだホライずん」はご当地キャラとしてしばらく前から話題になってて、確か阿佐ヶ谷アニメストリートにも来ていた東北ずん子をメインヒロインとしてフィーチャーしたアニメーション。ご当地を模した美少女たちが勢ぞろいして手を取り合い、戦いそして和解もしていくストーリーの上でずんだ餅やら納豆やらあんころ餅が作られる食われる。豆って大事だ。あと味噌もぶちまけられていた。キャラでは最後に餅神さまが全部持っていった。あのもちもち、ちょっと触れてみたいかも。ああ楽しかった。

 そんなあにめたまご2017を観終わって、会場を出て池袋のビックカメラに行ったら朝方もらった抽選番号が当たっていたので、せっかくだからとNintendo Switchを購入してそして戻ってサンシャイン通り手前にある宮城県のアンテナショップで震災の追悼のための記帳を行う。だいたい午後2時46分。すこしグッと来る。振り返れば2011年3月11日は最初の文化庁若手アニメーター育成事業を受けた「PROJETC A」が作られ劇場でかかって、それの上映最終日となっていた日で、「たんすわらし」が見たいなあと思いチケットをとっていたけど上映中止になった。

 理由はもちろん震災で、そこで起こった悲しいたくさんのできごとを6年という月日がどれだけ埋めたかは分からないけれど、こうして東北の復興を目指して作られたキャラクターがアニメーションとなって同じプロジェクトで上映される。巡り合わせと思う。だからこそ忘れず覚えて祈り支えて行ければとも思う。なのにどこかの総理は6年経ったんでもういいんじゃと記者会見を中止にした。出たければ何年経とうと続ければ良い。次になる総理が復活させても良いけれど、今の総理は今日という日に記者会見をやりたくなかった。どうして? それは……。想像はつくけどそれを行っても虚しいだけ。僕たちはだから祈り続ける。今日も。来年も。思いの続く限り。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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