Last Updated 2020/3/4
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
【3月4日】 今でこそテレビカメラにテープをセットして取材先に行っては回して録画して、持ち帰って編集して番組に仕立て上げもすれば、スタジオでカメラで撮影してはサブへと送ってテープに録画するようは方式で、テレビ番組は作られているからそうやって映像が録画されたテープはしばらく残されて、保存もされているだろう。これが少し前だとテープも高かったから、何度も使い回されて上から別のが録画されて、前のを見られなくなったってこともよく起こった。大河ドラマでも全編が存在していない番組があるらしいし、「プリンプリン物語」なんかも全部は残っておらず誰かが録画していたのを探して集めて再現しているという。

 それ以前となるとテレビ番組はきほんてきには生放送で、テレビカメラで撮影したものをそのまま送出していたし、そうでない番組はテレビ映画としてフィルムで撮影され、現像され編集されたものが放送という形で上映されていた。当然にそこにはテープなんてものは存在しないし、編集前のテープなんてものも残っていない。そりゃそうだ。当時の映画だって編集前のフィルムが残っていたら奇跡に近いというか、編集して切られてしまった部分が残っていたら歴史になるだろう。そんな時代、1955年に放送されたNHKの番組に対して、元NHKという国会議員がテープを出せと要求するのは事情を知らないあんぽんたんだからなのか、それともただの嫌がらせなのか。ちょっと頭が痛くなった。

 国会議員もそうならそうした話を報道するメディアもメディアで、何の異論も挟まずVTRが発明されて使われるようになったのはアメリカで1956年頃だといった説明もしないのは、正確な情報を伝えることで信頼性を確保してきたメディアにとって自殺行為に等しいだろう。それを分かっているのか本当に分かっていなかったのか、テープを出さないNHKはおかしいといった主張をそのまま垂れ流す。少し前は美容整形外科医の人が愛知県の大村秀章愛知県知事のリコールを求めて署名を集めた際に、100万筆だって届くと煽りリコール成立には確実に届くと嘯いた。結果は10万にすら届かず大半が偽造だったという体たらく。それについて誤報や虚報を発信しまくった自省は未だにない。大丈夫かというと大丈夫じゃないだろうけれど、今はそうやって煽って食いつく人でも買ってくれないと死んでしまう瀬戸際にあるんだろう。やれやれだ。

 アメリカ合衆国でジョー・バイデン大統領が就任した式典で、自作の詩を朗読したアマンダ・ゴーマンさんの作品がオランダで翻訳されることになって、30歳くらいのオランダの作家で詩人のマリエル・ルーカス・ライネベルトさんが出版社によって抜擢されたけれど、そのライネベルトさんが白人だからという理由で、黒人の機会を奪ったという意見が活動家などから出てライネベルトさんが辞退したらしい。黒人の役を白人が演じるとか性的マイノリティーの訳をヘテロな人が演じるとかいった話で異論が出たりするケースが起こっていて、同じ属性の人でなければ成り代わってはいけないのかといった疑問が浮かぶ一方で、黒人にもアジア人にも性的マイノリティーにも役者がいるなら、まずは検討するのが筋だといった話は分からないでもない。

 これが翻訳という一種の技能になると、黒人だからといってぴったりの翻訳が出来るとは限らない訳でそこはブッカー賞の国際部門を受賞したライネベルトさんが務めて悪い気はあまりしない。なるほど若くてビジュアル面でも注目を集めていたりするから、話題先行で選ばれたかもなんて勘ぐりもうかんがけれど、詩人としても活動はしていたしブッカー賞は人気だけではとれない賞だから実力も充分。それでいて世代も近いならピッタリじゃないかといった主張で押し切れないくらい、世界では機会を奪われている人が多いってことになるのかもしれない。オランダはとくに植民地の問題もあって差別の歴史があったりするから。とはいえあまりに属性を重ねすぎると、20代の人の翻訳は20代がしなければ機会損失だなんて話も出て来かねないなあ。どうなってしまうのかなあ。

 「呪術廻戦15」が出たのでAmazonから落として読んでなかなか話が進まないのは「BLEACH」的だなあと思ったけれど、「BLEACH」なら同じ相手との戦いで2巻は使うからまだ大人しい方かもと思いつつ、それでもやっぱり渋谷事変は長すぎるので、これをラストエピソードにしないのならそろそろまとめつつ、より大きな相手との戦いへとシフトしていって欲しいし、何より釘崎野薔薇を退場したままにしておかないで欲しいもの。あるいは禪院真希なり真衣をもっと出せと言いたいけれど、そこに果たして向かってくれるのか。しばらくは虎杖悠仁が暴れてそこに乙骨憂太が絡む感じで進んでいきそうだし。まあしばらくは追いかけていこう。「チェーンソーマン」もそろそろ読んでみるかな。


【3月3日】 これは難しい話だけれども選択的夫婦別姓に反対していることと、自身が旧姓を名乗ることとは少し分けて考えた方が良いんじゃないかとも思えた丸川珠代・男女共同参画担当相と社民党の福島瑞穂投手との国会でのやりとり。10回の質問に対して答弁をしないで通そうとしたものの、最後には少し答えて公務などの場において、旧姓の丸川をずっと使っていてそして大臣としての署名をする時に、そこは今の大塚という姓を使わなくちゃいけないとなって、違和感があったので旧姓でも良いようにしてもらったらしい。

 それはすなわち公式の書類であっても通称の使用が認められたという一例であって、そこを深掘りして広げていくことによって結婚等によって姓が変わったとしても、違和感なく旧姓を試用し続けられる環境を、全体的に整えていけばひとつ解消する問題でもあって、けれども戸籍の上ではやはりひとつの家として、同姓にしていくべきだといった意見はひとつ、意見として聞くべきものなのかもしれない。問題は、そうやって戸籍の上で変わった姓を通称としては使わず、公式の書類でも旧姓を使いまくって整合性に齟齬が出ないかといったところだろう。

 となるともはや産まれた瞬間に与えられた姓こそが名とともにその人固有のIDとなってマイナンバーとも紐付けられて一生使い続けることになって、すべての書類はそれを元に発行されるけれども家庭というプライベートな場においてば、同姓であるべきであってそこに生まれた子供も同姓をもらってIDに刻まれる、なんてことになるのかもしれない。家という制度において同姓によって一体感を保ちたいなら家という制度を特殊化する方向で臨み、それ以外の場では旧姓というか生まれた瞬間の固有の姓がつきまとう。それで良いのかは別として。それは“選択的”とはいわないか。でも実質は“選択的”。そんな落としどころになるのかな。どうだろう。

 2カ月ぶりくらいに薄毛専門の美容院へと出かけていって頭を刈ってもらおうとすると、新宿タイガーさんがやってきて自転車を置こうとしていた。前も確か見かけたからこれはなかなか運が良い。好きなのかなスターバックス。中に入らずともテラスでお茶できるから新宿タイガーさん的には使いやすいのかもしれない。美容院では伸びてきたところを刈ってもらってさっぱりしたので、そのまま映画でもと思ったものの原稿が控えていたので部屋へととって返す途中、地元の駅でTBSが取材に来ていて非常事態宣言の解除について聞かれたので、中途半端はよくないから徹底して根絶する覚悟を示した方が良いんじゃないかと答えておいた。

 パイナップルが本土中国に禁輸をくらったとかで行き場に困っているらしい台湾が、新型コロナウイルス感染症に関して徹底的な封じ込めを行ったことで、早い段階で非常事態宣言的なものから脱することができたように、日本も去年の春の段階で徹底的な封じ込めとそして外からの進入防止をやっておけば、今のような事態にはならず正月には普通に帰省とかできるようになっていたかもしれない。それをせず中途半端に解除しては一気に燃え広がった結果が今なら、ここで改めて潰す覚悟を示さないといつまでもズルズルと解除しては引き締めるような状況が続くような気がする。

 続けてもここまで広がったのなら無駄という気もするし、それならいっそ自然に免疫が広がるような状況にしてしまえばって話にもなりそうだけれど、それには高齢者やら既往症の持ち主の犠牲を覚悟しなくちゃならない。それでは政権も持たないというなら逆に徹底した封じ込めを行いつつ、休業補償をしっかり行い根絶を目指す方が将来に禍根を残さないという意味で良策なんじゃなかろーか。もちろん東京オリンピックは難しくなるけれど仕方が無い。とりあえず2週間ほど延長するみたいだけれど、果たしてどうなる「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開は。オリンピックは海外からの観客無しでやるみたいだけれど。日本の観客はオッケーなら見たかった競技が見られるようになるのかな。そもそも選手、来てくれるのかな。

 愛知県の大村秀章愛知県知事のリコールを求める署名活動で、大量の署名が偽造された問題で、関わったことが疑われている常滑市議がインタビューに答えていたけれども基本的には全く何も言ってなかった感じ。そりゃあ捜査中の案件だし答えられないだろうなあ。逆にそれだけ疑いも濃いってことだけど。気になったのは「2月27日の土曜日に受けて捜査に協力している。皆さまにご迷惑をおかけしていて、おわび申し上げます。同日以降、高須克弥会長、田中孝博事務局長、河村たかし名古屋市長の事務所などとの連絡を遮断している」という部分。口裏を合わせられないようにってことならつまり口裏を合わせるくらいに全員が事情に通じていたってことになるけど、上の人たちは誰も知らないって言っているし。それで尻尾切りされてはたまらないと、市議さんも全部ぶちまけたらどうなるか。来週ああり動くかな。


【3月2日】 そして始まった事情聴取はまだ任意の段階だけれど、愛知県の大村秀章愛知県知事のリコールを求める署名活動で、偽造が行われてそれの依頼をしてお金も払ったんじゃないかと言われているリコールの会事務局の幹部が、愛知県警に行っていろいろと話したらしい。厳しい刑事の追求に完全黙秘を通すなり自分がすべての泥を被るなりして、それでおつとめを果たした後に幹部にとりたてられるのはヤクザの世界での話。政治の世界に身を置く人間にとって犯罪者の烙印は一緒に関わる問題だけに、自分だけがワルモノになるより本当のワルモノを挙げて罪一等を減じられたいところだろう。

 だとしたらいったい誰が本当のワルモノなのか。事務局長なのかそれともさらにトップの人なのか。身びいきが過ぎる人たちは事務局が勝手にやったことで会長の美容整形外科医の人も、名古屋市の河村たかし市長も知らなかったって話すけれども市長はともかく美容整形外科医の人はバレそうになったら即座に撤収を訴えたりしてどこか動きが妙すぎる。というか事務局の人が自分たちの政治生命をかけてまでリコールの票を偽造して、会長にいい顔をしたところでバレたら終わりな訳で、そこまでリスクを背負っているとも思えないし忠誠心があるとも思えない。

 やれと言われればやるだろうアイヒマン的な立場だとしたらやらせた誰かがいる筈で、それが会長なのか別の誰かなのかってところが、捜査の胆になってくるだろう。あまりに深い闇の向こうにいる誰かがやらせたのだとしたら、そこまで届かせないためにもフロントに立った美容整形外科医の人がやっぱり割を食うことになるんだろうなあ。お金はあって世間的に顔は知られていても政治的な力がある訳ではないし、国を動かすだけのお金を持っている訳ではないから。そういう脇の甘さなり人の良さは捨てがたいんだけれど、老いて陰謀論にハマって国士とおだてられて良い思いをしたのなら、その分を体で支払うことになっても仕方が無いと諦めよう。いざ、壁の向こうへ.

 スマートフォンが出て来たり、iMacが導入されたりLINEで会話したりといった2000年代にはなかったガジェットやツールが登場する「よつばと!」の最近のエピソードについて、時代を固定せず背景は漫画が描かれた瞬間を切り取って読む人にその瞬間の気持ちにどっぷりと浸って欲しいといった作者の意図があるからといった考え方をしてみた一方で、あるいはここに来て一気に物語を進めていこうといった意図もあるのかとちょっと考えた。第14巻から3年ぶりの刊行で、iMacが板についてスマートフォンはテレビ電話的な使い方がされminiのオープンカーは海へと行ってそしてランドセルが与えられた。そこに見える小学校進学という大イベントが、永遠の子供という状況からの逸脱を示す。たゆたう時の流れに浸らせ続けた物語もいよいよクライマックスと意識させるべく、時代性を敢えて織り込み一気にケリを付けようとしたのかどうか。それは今の掲載ペースにかかってくるなあ。どんな感じなんだろう。調べてみよう。

 いろいろ話題のラム・ザ・イヤーって「うる星やつら」の作画監督の中から遠藤麻未さんか土器手司さんが森山ゆうじさんか西島克彦さんか高田明美さんか遠藤裕一さんか山崎和男さんか誰がその年で1番のラムちゃんを描いたかって称号のことだろうか。違うみたい。うん知ってる。ハーバード大学の教授で従軍慰安婦についての論文がライト方面から大絶賛を浴びる一方で、真っ当な研究者たちが恣意的すぎる史料なり資料の選択で論文以下だと批判する状況の中、本人が撤回したといった話しが伝わってきたけど当人に連絡をとって違うと言っていたという話がライト方面から出たりして、いったいどういうことなんだろうと興味を誘う。いわゆる「歴史戦」化しているけれど真っ当じゃなければハーバード大学も流石に何かするだろうから、スタップ細胞の教授と同様にしばらく表舞台から退くのかどうなのか。見守りたい。

 「バック・アロウ」の最新話でユーフェミアみあいな姿をしたお姫さまが登場。いわゆる6人の指導者のうちの1人らしく愛が大好きだと言って優しげな表情を見せつつも、お風呂で自分の体だけ洗わせてエッジャ村から来た2人の体は洗わず出て行ったりする尊大ぶりを見せて何かあると思ったら、やっぱり裏があったというかそっちが表かもしれない豹変ぶり。二重人格なのかそれとも取り繕っているだけなのか。分からないけどギアスにかからなくても虐殺くらい平気で命じそう。そんな裏があることを同じ六大卿のプラークコントロール、じゃなかったプラーク・コンラートは知っているのかいないのか。知ってて溺愛しているなら相当なタマだなあ。そんな奴らじゃないと上に上がれない国ならいつか滅びるぞ。

 一方で壁に突きをいれても一向に埒が明かないバック・アロウはやってきたプラークの飛行能力を使って壁を越えようとしたら上にもぎっしりと防空網。そこまでして壁の中に人間たちを閉じ込めていった世界は何をしたいのか。観察なのか保護なのか。観察だとしたらそれは神なのか異星人なのかイノセントなのか。いろいろと想像も浮かぶけれど「約束のネバーランド」なんかとはケタ違いのスケールがあるだけに、理由も惑星レベルのものになっているんじゃなかろーか。だとしたらやっぱり人類というものの保護か。それなら群雄割拠させる意味はないしなあ。だとしたら人類の本性を探る実験か。いずれにしてもそうした理由、そしてバック・アロウの正体なんかを気にして壁を超える時が繰るのを待とう。


【3月1日】 気がついたら2021年も2カ月が過ぎて6分の1が終わっていた。ここからすぐに3分の1が終わって半分が過ぎて3分の2も過ぎ気がつくと2022年になっていたりするんだろう。その間に果たして東京オリンピックは開かれるのか。北京での冬季オリンピックは迫っているのか。まだまだ見えないことだらけ。それでもとりあえず「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開は決まったし「シン・ウルトラマン」もきっと公開されるだろう。細田守監督の新作だとかも順調に公開されていって飽きには「鬼滅の刃」のテレビアニメの新シリーズもキットスタート。そんな状況を眺めながら1日1日を過ごしていきながら歳をとっていくのだ。それが人生。それも人生。

 1年365日の1日を切り取って浮かび上がらせているのかと思ったこともあったあずまきよひこさんの漫画「よつばと」だけれど、最新のだい15巻を買ったらよつばのばーちゃんとの会話がスマートフォンになっていて、そしてとーちゃんが使うPCもiMacか何かになっていたりして確実に、描かれた時点の時間を切り取っていることが伺えた。とはいえ「よつばと」が始まったのは2003年の3月でスタートから実に17年が経っている。当時はスマートフォンなんてなかったしPCでもまだまだCRTが普通で液晶モニターが暫時普及し始めたといったところ。一方でよつばの暮らしは春から夏を経て秋に至ってだんだと冬が近づき、ようやくこたつを出して冬に備えた。

 まだ1年も経っていない物語の中での時間なのにテクノロジーは17年分がしっかり経っている。気がついていないのか。違う。たぶん分かってそういったズレをそのまま描いている。だったらおかしいか。読んで違和感はない。それはまさに今というこの時期にそのエピソードを読んでいるからであって、lineのようなメッセンジャーを使って会話しスマホでゲームをして遊んでいるこの時代の1日を切り取って、その中によつばやとーちゃんや風花やジャンボやほかいろいろな人たちの暮らしを置いているだけのことなのだ。

 まさに今ならスマートフォンが普通に使われていて不思議はない。だから使っている。けれども10年が経ってちょっとだけ冬が進んだ時間が舞台となった時、よつばやとーちゃんが床暖房で暖まりフードプリンタで料理を作って食べていたとしても、それを不思議と思うことはないだろう。その時のまさに今という1日を過ごしているだけのことなのだから。スライドする時間とモーフィングする背景の中で登場人物たちだけが自分自身を生きているとでも言うのだろうか。

 それによって読む人は、常に今と接することができるから、「よつばと」はノスタルジーの中に埋もれて感慨をもよおすような漫画にはならない。なるほど遡って1巻を読めばそこの生活描写に古めかしさはあるかもしれないけれど、提供される最新のエピソードではそうした感情は浮かばない。誰もが過ごしているその1日の中で一生懸命に毎日を生きているよつばの姿に心をほぐされ、見守るとーちゃんや登場人物たちの優しさに心を落ち着かされるのだ。

 そうした効果を意識して中の時間を固定化させなかったのだとしたらさすがなもの。もしかしたら電子書籍では出さずアニメにもドラマにもしないのは、そうやって個別の時間にエピソードが固定化されてしまって、多層化構造になっている背景がその瞬間に合わせて選び取られてモーフィングすることを拒絶してしまうからなのかもしれない。いや勝手な憶測だけれど。あるいは誰が演じてもマッチしないなら、漫画という表現の中で動く登場人物達に触れ、自分自身の心の中で声を聞き動きを見てもらえば良いという考えなのかもしれない。「あずまんが大王」がアニメになった時もテンポのズレに最初は引っかかったものなあ。そうした中で深夜放送のアニメオリジナルエピソードだけはストレートに響いた。ゆったりと進む何気ない時間を描くようになったのも、そんな経験があってのことなのかな。ちょっと気になった。

 ラム・ザ・イヤーってその年で1番かわいいラムちゃんを選んでエピソードを表彰するイベントのことかと思ったら違ってた。当たり前だ。ハーバード大学で日本の法制史なんかを研究しているらしいJ・マーク・ラムザイヤー教授が発表した日本の太平洋戦争時の施策に関する論文が、それこそ史料にあたらず小説めいたものから引用していたりするそうで、ハーバードの同僚を含めた世界中の学者から非難を浴びていたりする。

 従軍慰安婦の問題はなるほどセンシティブではあって、その事実性を議論し出すと反発する人とか否定する人とか出て来て大変になるけれど、そうした議論以前に論文をしたためる態度として、一次資料なり証言なりといったものに当たることなく小説だとかブログ記事から引っ張っている態度が、学者的ではないし論文的ではないという非難は当然だろう。卒論を書くときにノンフィクションを参考図書に挙げたらこっぴどく怒られたし。それが論文というもの。満たしていないにも関わらずライティな方面でもてはやされるのは、書いて欲しいことが書かれているからなんだろうなあ。どこかのホテル会社が別腹でやってる論文とう名のエッセイ大賞と同じだな。やれやれ。


【2月28日】 1987年の11月21日なんてまさに、大学4年生で、就職は決まっていたけど卒論が控えていて準備をしていた時期だったから映画館に足を運ぶなんてことはできなかった。なので「私をスキーに連れてって」を劇場で見た記憶はないし、テレビでも放送されたのを1度くらい見たかどうか。それでも日本中が関心を向けてスキーに行っては騒ぎ楽しみナンパしたりされたりするライフスタイルを問い入れようとしていたことは感じていた。

 そして、映画をきっかけにして一気に盛り上がっていくスキーブームが、バブル到来という未曾有の好景気の中でよりエスカレートしていったこともリアルタイムで感じていた。ただ、自分のための映画かというと、スキーは滑りにいかないこともなかったけれど、自分から積極的に誰かを誘って行くようなことはなかったし、滑った後のアフターだ何だと騒ぐこともなかった関係で、そこに自分を当てはめて考えるようなことはあまりなかった。

 どちらかといえば当時のライフスタイルのハイエンドなところを抽出しては格好良さを煽って憧れさせようとする作為がウザくて、敬遠していた感すらある。そんな「私をスキーに連れてって」が、京橋にある国立映画アーカイブで始まっている「1980年代日本映画――試行と新生」という上映企画で上映されるというので、スクリーンで見る最初で最後のチャンスかもしれないと出かけていって最前列に構えて見上げるようにして鑑賞した感想は、実に良くできた映画でこれなら誰もがスキーを好きになるし、スキーをしない人でも会社勤めの中で何かをきかっけにして変わっていける可能性を感じられて好ましく思う映画だったんじゃないか、ってことだった。

 トレンディドラマが勤め人の恋愛模様を描くようになる少し前、割とそれなりに等身大に近い暮らしをしている人たちが、手の届く範囲で楽しくわいわいやりながらも、社会を生きている様が感じられて面白かった。絵空事感がないというか。就職をして働きながら車を持って週末にはスキーに出かけることも、仕事が終わって夕方から飲みに出て楽しむことも、当たり前に行われていたのが今はどうだろう、車は持たず飲み会にも行かず働けば何か将来に光明が見えるという感じでも無い。この35年で日本はまったく進化せず、逆に寂しくなったようにも思えた。

 振り返るなら1987年のこの映画からバブルがはじけ飛んだ1992年くらいまでの5年の間をピークにして日本は止まり、日本映画の楽しくて面白くて浮き立つような感じも流れてしまったのかもしれない。その意味ではほとんど頂点にして唯一無二の映画なのかもしれないなあ。「彼女が水着にきがえたら」とか「波の数だけ抱きしめて」は見てないのでどこまで時代に沿っていたかはちょっと分からない。

 それにしても1987年のオフィスは机にパソコンとかおかれておらずあってもワープロ系か計算機といったとこと。そして誰もがオフィスで煙草を机に灰皿が置かれている。そんな環境が1995年くらいまでは続いていたけれどいつを境に急激に変わっていったんだろう。そういう変化を知るにもオフィスが出てくる映画ってあまり思いつかないんだよなあ、1990年代から2000年代って。トレンディドラマが廃れサラリーマンが主役になり得るシチュエーションが受けない時代になったからなんだろうか。

 原田知世さんはやっぱり可愛いけれどもそれは「時をかける少女」の頃の愛らしさとは違っていたなあ。むしろ今に近い雰囲気。髪が長くてはにかんでいてそれでいて強気なところもあるk感じ。ここいらを頂点にして今に続くイメージを確立できたという意味もある映画なのかもしれない。車はセリカのGT−FOURが出て来たりカローラ2のターボが出て来たりしてわりとどんぴしゃ。ライフスタイルも含めまったく違和感がないんだけれど、2000年代に入って生まれた人にはいったいどんな世界に見えるんだろう。そもそもスキーで盛り上がっているということが想像もつかないのかもしれないなあ。

 すべてが自分本位でしかない証言を、ただ垂れ流すだけのネット番組に意味なんかないしツイートは広うスポーツ紙もこれはさすがに無理が過ぎると拾ってない感じな愛知県の大村秀章愛知県知事のリコールを求める署名活動で、大量の偽造署名が発見された件に関してリコールの会の代表を務めた美容整形外科医の人の弁。だいたいが署名に不審なものが混じっているということで、請求代表者の一部の人たちが早々と愛知県警に告発をしているにも関わらず、こうして捜査が始まったのは自分が検察に告発して捜査を依頼したからだって訴えてる。おいおい検察なんてまだ動いちゃいなくて家宅捜索に入ったのは愛知県警だぜ。

 そうした差異なんてまるでお構いなしに自分が疑念に思って訴えたからこそ警察は動いているのであって自分は正義だといった雰囲気を醸し出そうとしている。その思いがあまりに強すぎて、自分や事務局以外はボランティアも含めすべて敵でありスパイだと言わんばかりの発言も。これでは頑張って署名を集めていた人たちもたまらないだろう。そもそもがまだ署名の期限があって、そこで頑張るのが筋だったにも関わらず早々と撤退を宣言してはそれ以降に署名を集めることは裏切りだとまで言って罵ったほど。今になってすでに結果が見えていたから撤退して再びリコールを立ち上げようと思ったなんて言っているけれど、1度やって受け入れられず、それも貧弱な数しか集められなかった運動で、どうやったら2度目の成功があり得るのか。まともじゃない。

 けどそうでも言わないと撤退を正当化できないから、そういう良い訳が浮かんでそれが自分にとっての正史になってしまっているんだろう。署名をしてくれた人にプリペイドカードやらコーヒーチケットやらを配るなんてことも予定していて、それは違法じゃないからやろうとしたけど名古屋市の河村たかし市長が認めなかったとまで言っている。本当なのかどうなのか。いずれにしてもやっぱりまともじゃない発想を垂れ流して平気なあたりにヤバさが見えるけど、そのヤバさにつけ込んで暗躍した人がいるのかもなあとも思えてくる。とてもじゃないけど緻密な策謀なんてめぐらせられないよなあ。いずれにしてもこうまで白状しては挑発までしているんだから、警察としても黙って見過ごしはしないだろう。どうなるか。いよいよ動いてくれると思いたいけれど、名古屋市長選も近づいてきているし。


【2月27日】 分かってしまう探偵というのは過去を探るなら京極堂のシリーズに登場する榎津なんかがそれで、現場を見もしないで誰が犯人か、あるいは何が真相かを言い当てては中善寺だの関口だのの演繹的な推論を無駄にしていしまうけど、そんな榎津がどうして真相にたどり着くかはどちらかといえば直感というより霊感の類で、誰もプロセスを言い当てることはできない。とはいえその“忠告”から真実を絞り込んだ上で捜査なり推理をすれば無駄も省けるというもの。案外に榎津も役立っていたのかもしれない。

 同じように紙城境介さんの「僕が答える君の謎解き 明神凛音は間違えない」に登場する明神凛音も、とある女子生徒が彼氏にもらった指輪を盗られたという相談、机の上に落書きが描かれて居たという現象から盗んだ誰かも落書きした誰かも瞬時に判断してしまう。それは極めて正解なんだけれども凛音にもどうしてそういう結論に至ったのか分からない。それでも落書きをした同級生にげんこつを落としてしまったことから、同じ同級生で弁護士を目指しているという少年、伊呂波透矢は推定無罪の相手を殴ってはいけないと凛音を止め、そして凛音が保健室登校めいた状況になってしまったこともあって、凛音の姉の学校カウンセラーから推理を証明しろと命令される。

 自分のせいだということもあって始めた伊呂波の推理。それは単なる霊感に理由を付けるのではなく、落書きが書かれたシチュエーションを元にしっかり証拠を固めて凛音が何を見てどう考えて真相に瞬時にたどり着いたかを言い当てる。指輪の盗難事件も同様だけれどその過程をあぶり出すのに結構な時間を思考が必要なのに対して、凛音は瞬時にそれをやってしまうところが凄いというか驚異的というか。公式を覚えてさいえいれば数学の問題なんて途中式を書かずに解答してしまいそうだし、翻訳エンジンさえ頭に入っていれば語学だってあっという間にマスターしそう。そんな天才が瞬時にたどり着いたとある状況を、初心な伊呂波では感づけなかったのも仕方が無いのか。そういう部分の至らなさを埋めて凛音のあらゆる瞬間の推理に追いついていけるのか。彼に少し感心を向ける同級生女子の感情は。いろいろ興味を誘って物語は続刊へ。楽しみ。

 Netflixが「ターミネーター」のアニメをプロダクションI.Gで作るとか。映画の第1作の倒しても倒しても迫ってくるシュワルツェネッガー演じるターミネーターの恐ろしさがまずあって、それこそが至高だと思っていたけどシュワちゃん人気から彼を良いヤツにする「ターミネーター2」が出来てそれはそれで落ち着いたけれど、それだと最初の悪いターミネーターがやって来る歴史も変わってもらうから溶鉱炉へと親指を立てて落ちていったシュワルツェネッガーの心意気を組んで、以後を作らなければ良かったのにいろいろと出て来てしっちゃかめっちゃかになったフランチャイズを、アニメでどうやって立て直すのかがちょっと気になる。

 第1作の怖いシュワちゃんにしても第2作の良いシュワちゃんにしても一期一会のところがあったりするだけに、同じことをアニメでやっても単なるアニメ化に過ぎない。かといってまるで違うことをやって果たしてファンは呼び寄せられるのか。アンドロイドを女性にしたらそれはそれで「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」の草薙素子少佐だからなあ。いや少佐はサイボーグであってアンドロイドではないけれど。

 ともあれIGが手がけるなら監督は誰だろう、押井守さんかそれとも神山健治さんか、さらに若い誰かか。絵を描くのは後藤隆幸さんか黄瀬和哉さんか西尾鉄也さんかやっぱりもっと若い誰かか。でもってターミネーターが高いところから飛び降りるんだ、ってそれは違う。浅野恭司さんを持って来てWIT STUDIOが全力を挙げたらそれは迫力のターミネーターが出来るかもしれないなあ、身長が25メートルくらいになるのをサラ・コナーが空中を飛び回りながら倒すんだ、ってそれも違う。

 IGといえばIGの本社がある建物に入っているナポリピッツァの武蔵野カンプス入口に、東京都美術館でやっていると吉田博展のチラシがいっぱい刺さっていたのはどういう訳だろう。想像するならグループのシグナル・エムディーが手がけた映画「サイダーのように言葉が湧き上がる」の美術が鈴木英人さんとともに吉田博さのテイストも受け継いでいるって監督の人が話していたことが背景にあって、その縁でお互いに協力をした中でチラシを置こうってなったのかも。だったらと東京都美術館へと出向いて吉田博展を見て、版画なのに多彩で絵画のようでもあるけれど、それでも輪郭線がしっかりあるところがアニメに近いかもって思ったり。

 同じ版木に違う色を塗って朝とか昼とか夜の光景を描いてのけるあたり、同じ原画からトレスしたセル画の塗り分けで昼と夜を描くアニメのよう。海外で受けたのもそうしたメリハリがありつつ日本的な風景がそこにあったからかもしれないなあ。アメリカでも高い人気を誇ったそうだけれど、進駐軍がやって来たあとに、ガンガンと新作を刷るどころか1枚だけ描いてそれで終わってしまったのは、体力が尽きて描けなくなったのかそれともやっぱり日本の敗戦をいろいろ思っていたのか。気になるその生涯とそして思想。会場は不思議と若い女性が多かった。分かりやすくて美しくて情緒もある絵が好きなのかんあ、違い文脈で誘うルートがあるのかな。これも気になる。


【2月26日】 少し前に何かの話に出ていた「マンガ・アニメ学部」と学部名にアニメが付くたぶん書の大学(京都精華大学はマンガ学部の中にアニメーション学科がある)が、新潟でも有数の学校法人や専門学校を展開しているNSGグループだと知ってその手広さにちょっと驚く。コンピュータや医療なんかの学校があって、ほかに学習塾なんかも展開していたりするけれど、そうした中に日本マンガ・アニメ専門学校というのもあて水島新司さんや高橋留美子さんらを輩出したマンガ王国・新潟らしさは感じてた。プロダクションI.Gの新潟スタジオもあるし。

 とはいえそこから大学も作ってしまうとは。開志専門職大学はより実務に近いカリキュラムを組んで卒業時に側線職となる人材を輩出する学校で、2019年度から開学が認められたものらしい。医療や福祉関係、あとはファッションといったものが多い中にあって開志専門職大学は事業創造学部と情報学部というから起業家とITの人材を出すことを目指していたところが異色だったけれど、そこにマンガとアニメに関する学部とさらに異色なコースが加わった感じ。

 あの「シティハンター」を手がけた神村幸子さんが学部長というのも凄い話で、ほかに漫画家のbelneさんや脚本家の村井さだゆきさんもおられて嘆美だったりホラーだったりの絵に脚本を学べそう。そういう講座をそれぞれの志望者がとれるかどうかは分からないけれど。問題はやっぱり卒業生の研修する場所であったり、卒業後の進路だけれど、伝え聞くとNSGグループを創設した池田弘さん、Jリーグのアルビレックス新潟を立て直して会長職も務めている新潟でも屈指の事業家の人は、学校を作って卒業したら東京とかに出て行ってしまう新潟の環境を変えようと、他にいろいろと事業を始めて行ったとか。

 なら新潟にマンガやアニメで働ける場所を作ってくれるのかな。そういう事業を事業創造学部で興してもらい情報学部がテクノロジーをサポートするなんて構図もありなのか。IG新潟スタジオくらいしか今はないけれど、いろいろなスタジオが即戦力のある人材を求めて新潟にスタジオを作るなんてこともあるのかな。漫画家さんの移住も促したりして。いろいろと気になる学校です。

 アニメやマンガやゲームをファンサービスではなくビジネスなりの方向から語るIMART2021というイベントが始まっていたのでオンラインで聴講する。SNSでバズるところから始まった話はマスにいきなり広がるんじゃなく、特定のトライブに刺さって盛り上がっていくのが今のアニメなんかの傾向だといった話があって、だったら「鬼滅の刃」なんかはどうしてあそこまで“国民的”なアニメーションになったのかといったところから、幾つものトライブに刺さる要素があって、それぞれに盛り上がって言った中でだんだんと横串も出来て大きく広がったんじゃないかという話になった。

 もともとは「週刊少年ジャンプ」のマンガだけれど今時のジャンプって子供よりも大人が読むものになている中でそれなりに話題にはなっていたのが、アニメ化によって深夜にアニメを見るコアなアニメファンが、ufotableの作画に魅せられキャラクターの愛らしさに惹かれといったアクションもあればキャラ萌え(男女のファンを問わず)もあってといくつかのトライブが自分たちの興味へと引きつけ盛り上がった。評判を聞いて見た人たちもこれはこれはと、やや薄めのアクション好きやらキャラ萌え要素で引き込まれていった先に大きなうねりが来て、それで見るようになった子供たちが戦う主人公や柱と呼ばれる強者たちの憧れ好きになってったってことなのかな。

 そうなると誰もが興味を抱いてのぞいてみて、自分に関わりを感じて好きになっていった果てがあの、350億円なんていうとてつもない「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」の興行収入に結びついた、と。こうなるとそれこそアニメにもキャラにも興味がなかった人たちが、話題だからと見に行ってそのうちの何割かでも感心を抱き続けるだけで、それなりの市場になってしまう。「新世紀エヴァンゲリオン」もそんな感じに広がった果てに、今なお続くキャラクターであり物語になったから、「鬼滅の刃」も盛り上がっては消える他の作品にはならずに済むか。とはいえ「エヴァ」も「ガンダム」も「ヤマト」も続編なり新作を作り続けての今があるから、それがない「鬼滅の刃」は原作を消化しきる5年が勝負か。果たして。

 そういえば「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開がいよいよ決まったとか。3月7日の月曜日という映画の興行ではありえにあ日付での公開だけれどいちおうは、非常事態宣言がとりあえず続く3月6日までを避けたということになるんだろう。学校は休みに入っていても会社はあったりする月曜日に果たしてどれだけの観客がいくかというと、フリーな自分は大丈夫だし会社員もこの日ばかりはテレワークを自分に貸しつつ働く場所を映画館にして働き方も脳内にしつつ映画を堪能なんてことになるのかな。金曜日の公開でもわんさか人がきてたし、あんまり関係ないのかな。

 やれやれ。例の愛知県の大村秀章愛知県知事のリコールを求める署名活動で、アルバイトを募って署名の偽造をやらせていた会社が発注元から受け取った発注書を、1月になって返して欲しいと発注元が依頼していたというからやっぱり罪の意識があったんだろうなあ。すでに偽造が問題になっていた時期だから、このままいけば自分たちに司直の手が回ると思ってのことだろうけれど、その頃にはすでに一部のボランティアから告発も出ていたから、愛知県警も捜査に入って任意なりで提出をうけていたんだろう。

 しっかり調べはついているから、記名も捺印も警察の手の中。つまりは証拠はばっちりな訳だけれど、それでも言い逃れを続ける人たちはそれで逃げられると思って入るのか、そう言わざるを得ないのか。下手すると発信力のある整形外科医の人の言いたい放題で、不正な署名を見つけて訴え出たボランティアが裏切り者呼ばわりされ続けているように、真犯人扱いされてしまうから、その前に暴露するかな。来週あたりに大きな動きがあるかどうか。見守りたい。


【2月25日】 津田沼パルコが2年後に閉店との報。船橋へと越してきて近所の津田沼にも出向くようになってパルコにもその旅に入っていろいろと眺めていたっけ。当時はまだ映画館があって「マイライフアズアドッグを見た記憶。今みたいにシネマコンプレックスもなかった時代は本八幡の駅前に映画館があって、そして津田沼パルコにも映画館があってちょっと行けば映画を見られたのだった。懐かしいなあ。そういった時代も遠くなった。

 パルコといえばやっぱり渋谷と池袋で、ファッションでも書籍でも若者文化の最先端がぎっしりつまった箱として一種の憧れをもって眺めていた。名古屋にいたときも名古屋パルコができて、そこに入ったファッションやら書店やら飲食店やらを楽しんでいたっけか。そんなパルコが街の中心だけでなく、千葉にあって津田沼にあって新所沢にもあったのは、そうした若者文化が近隣へとジワジワと染みだして全国を包み込もうとする勢いを持っていた現れでもあったんだろう。それがどこかの段階で途絶えてしまった。

 千葉パルコがなくなり船橋西武が閉店となってそして津田沼と新所沢のパルコも閉店。あるいはセゾン文化といってもいいある種のハイブロウでクールな感性が、全国からどんどんと薄れていっているってことなのかもしれない。あるいはそうした文化的なものに感心を寄せるだけの余裕が奪われているというか。ファッションも書籍も映画も余裕があってこと楽しめる教養みたいなものだから。そういえば津田沼パルコにはしまむらという、ユニクロでも無印良品でもないファストファッションの極みが入っていたっけ。すでに後退は始まっていて、それすらも支えられない時代になってしまったのかもしれない。船橋から東武が消える時も近いかも。

 「リコールの首謀者は僕です」とツイッター書いて自分に全部の責任があるように訴えながらも、同じタイムラインで「リコールの会の記者発表が用意されていると聞かされ河村市長とともに出席することになりました。河村市長が代表だと思っていました」と書いて自分が首謀者ではないようなことも行ったりする支離滅裂ぶりに、どういった思考形態になっているのあ気になってしかたがない美容整形外科医の人。

 発表会にズラリと並んだライティな人たちについても、ツイッターに「河村市長の要請を受けて百田、竹田、有本先生にご協力をお願いしました。記者発表の前日に河村市長の前で百田先生にお電話しました。間違いありません」と断言して、河村市長の側に何かイニシアティブがあるように仄めかしたりしている一方で、「『リコールの首謀者は河村市長だ』と発言なさる大村知事に明確に何度もツイッターで否定しております」と言って自分こそが首謀者だと訴える。いったいどっちなんだという言葉が思わず口をついて出る。どうしてこんなことになっているんだろう。

 お歳もお歳だということで、短期記憶が衰えているのか、その時に思いついたことが真実になってしまうのか。いずれにしても端で見ていると証言に信憑性が感じられず、心証も決して良い物にはならない気がしてならないけれど、そういう配慮すらできないくらいに思考が場当たりになってしまっているんだろうなあ。そんな状況になっている、愛知県の大村秀章知事に対するリコールを求める署名で、偽造された署名がいっぱい出て来た事件について、ひしひしと迫る司直の手に感じるところがあるんだろうか。それとも何も感じていないんだろうか。これで事態が一気に進んだ時に何を言い出すか。興味津々。

 「少年ジャンプ+」がよく分からないことを始めていて、iPadで読んでいると隅っこに「Tシャツにする」というマークが出て来てこれはなんだと適当なところでボタンを押したら、そのページがそのままプリントされたTシャツが出来上がることになっていた。ってことはあのページも作れるのかと、「SPY&FAMILY」で最近読んで感嘆したページで試したら、本当に出来てしまったので迷わず注文してしまった。こういうのに弱いんだよなあ。せっかくだから他のページでも作りたい気がするけれど、安くもないしTシャツなんて売るほどもっているからさすがに1枚で遠慮しておこう。この夏はこれを着倒したい.その前にちょっと痩せないと。


【2月24日】 遂にというかようやくといった感じに愛知県警が、愛知県の大村秀章知事に対するリコールを求める署名に、大量の偽造されたものが紛れ込んでいた一件で各地の選挙管理委員会にガサ入れをして、署名を応酬していよいよ本格的に捜査が始まった感じ。これをもって選挙管理委員会が疑われているといった反応を示しているど戯けがいたりするのは微笑ましいことこの上ないけれど、県警に集められた署名から偽造の手順なんかが明らかにされたり、元となった名簿が判明したりして誰が偽造をやらせたのか、その道筋がとりあえず分かって来そう。拇印まで押しているんだから特定だってされてしまうかもしれないけれど、遠く佐賀で押印するよう頼まれた人のだとしたらちょっと可哀想かも。とりあえずはそれとは知らず押してしまった訳だから。

 ただこれで確実に明らかになるのは、署名の多くがインチキだったって程度で具体的に誰が偽造を依頼したのかまではすぐには分からないかもしれない。署名をした人をとりあえず集めては署名をさせた側の候補を何人か引っ張って面通しでもさせるか、署名の偽造を依頼した人材派遣会社なり広告代理店が誰から依頼を受けたのか、そしてお金をもらったのかを明らかにして具体的な誰かを特定して摘発でもすることが、必要になってくるだろう。まあそれもすでに見積書だとか領収書だとかが押収されているから、遠からず具体的な誰かにたどり着いて、それが誰にとっての利益になる話なのかも分かってくるだろう。まさかその直前まで自分たちを貶めるためにリコール反対派がスパイを送り込んだとか言い続けたりするのかもなあ、美容整形外科医の人は。

 というか面白すぎる美容整形外科医の人の言動。名古屋市の河村たかし市長から直々に依頼を受けて自分がリコールの会の会長になったと会見なんかでも話していたけれど、河村市長の方は自分は頼んでもいないどころか最初から美容整形外科医の人が会長になるって決まっていて、それに応援の電話を入れてと頼まれたって話したりして、証言がまったく食い違っている。どちらかが嘘をついているか、どちらも嘘をついているとしか思えないけれども嘘をついてそれがバレたらヤバい立場にあるのは河村市長の側だとするなら、やっぱり美容整形外科医の方が勘違いしているか思い込みをしているかってことになるんだろう。あるいはそういう風にされてしまうというか。だとしたら道化だよなあ。可哀想だけれどそういう立場を堂々を受けて標榜している訳だから、最後まで貫き通してもらおう。たとえ俗世から切り離された場所へと送り込まれても。

 植村伴次郎さんといえば衛星放送制作に事業者の側から深く関与していて、1980年代末から1990年代にある種のフィクサーとして動いていたところもあるだけに、付き合う政治家のクラスも自民党のそれこそ田中角栄元総理あたりを頂点とした長老クラスが中心だったんじゃなかろうか。地盤を持たず独力で上がって来た菅義偉総理なんて下っ端のペーペー扱いで、接待するよりされる側にいたんじゃないかと思えるんだけれどそこは同郷のよしみもあって、いろいろと世話を焼いて政界に売り込んでいたのかもしれない。そうした恩義を感じるついでに不詳の息子の面倒も見てもらっていたのかもしれないけれど、高齢で代替わりをする中で息子に会社を任せるようになると力関係も逆転して、総務大臣でもあった菅総理なり総務省のお役人を会社として持ち上げる必要が出て来たのかもしれないなあ。

 とう感じに進んだ東北新社と総務省との癒着は、菅総理を追い落としたい勢力あたりが案件として世に出したことで対応する必要が出て来た感じ。とはいえいきなり菅総理の首はとれないってことで総務省の官僚が詰め腹を切らされ、そして菅総理の懐刀にも鈴が着けられてとりあえず一件落着。ここから総理へとすぐに手が伸びることはないだろうけれど、フリーハンドで何もかもできる立場ではなくなっただろうなあ。かといってすぐに誰かを替わりに据えることもないだろうから、その間に巻き返しに出られるかどうか。菅総理の力量って奴が問われそう。それとも石破茂議員をすっ飛ばして河野太郎ワクチン担当相あたりを持ってくるかなあ。河野洋平元自民党総裁を総理にできなかった過去をこれでチャラにしてもらうって意味も込めて。さてはて。

 珪素さんによる「異修羅4 光陰英雄刑」は人間代表ともいえる「絶対なるロクスレイ」がいよいよ六合上覧に臨むことになるけれども、絶対に負けられない立場から負けないための策謀をいろいろ凝らす中で選んだ相手がまるで一言主のように絶対的な力を持った相手で、これは絶対に無理だろうというところをまるで池乃めだかのような強い信念でもって最後まで立ち続け、勝利をもぎとったところに人間もなかなかやるもんだと強く感じる。「通り禍のクゼ」と「魔法のツー」というこれもまた盾と矛がぶつかり合うような試合も矛盾をうまく回避する道を示してクゼが次の試合へ。そこでは同じ様な回避は使えないだろうから、やっぱり矛盾をすり抜けたロクスレイも含めてどういう抜け道を作るのか。それとも真正面からぶつけあって絶対の勝者を決めるのか。先が楽しみ。


【2月23日】 支離滅裂ぶりに拍車がかかってきたようで、それほど時間をおかないツイッターの投稿で、名古屋の河村たかし市長が愛知県の大村秀章愛知県知事のリコール運動に関して、本当は河村市長が率先していてやっていたのに会見に来なかったから、自分が会長になったと昨日の記者会見で美容整形外科医の人がいったことに、そんなことはないと否定したことに対して美容整形外科医の人は自分の発言はすべて事実だから、河村市長にちゃんと言ってと秘書に命令してそれを秘書が河村市長に伝えたということを書いたと思ったら、すぐさま河村市長は応援団長であって、力を借りただけだということを書いている。

 どっちやねん。応援団長は応援団長であって責任者ではなく美容整形外科医の人もそのつおりでリコールの会を立ち上げたんだじゃないのか。調べた人もいて会見があった2020年6月1日の全日に、記事が配信されてそこでは美容整形外科医の人が中心となってリコールの会を立ち上げることを決めたって書かれていた。最初から自分が中心でありながら、そうじゃなかったと言ったり自分が責任者だと言ったりする滅裂ぶりに、どことなく不憫さを感じてしまう。ほかにもマスメディアが監視している中でリコール署名を開封して確認して届けたのに、マスメディアの誰も不正を気がつかなかったら同罪だって吠えている。

 おいおいマスメディアに個人情報をさらしたっていうことか。見て欲しかったとでも言うのか。だいたいが今回こうしてリコール不正が発覚したのは、選管へと持っていった請求代表者の人が不正らしい署名がいっぱいあるのに気付いて避けたからで、そうした人を美容整形外科医の人はドロボウ呼ばわりして告発まで確かしている。まったく起訴も捜査もされている感じじゃ無いけれど。つまりは誰も気付かなかったどころか、誰か気付いたからこそこうして自分が釈明に追われているにも関わらず、そうと認識できていないところにどこか認知の不自由さが垣間見える。単に加齢で信じたいことしか信じられない心境に陥っているだけかもしれないけれど。いずれにしても喋れば喋るほどボロが出る状況で、取り調べになって裁判になってもやっぱり嘯き続けるんだろうなあ。やれやれ。

 「one more time」のPVはもしかしたら世界で最も見られた松本零士アニメかもしれないかというと、やっぱり「惑星ロボ ダンガードA」の方が欧州全域で放送されてはとてつもない視聴率を叩き出していたということで、再生数では「one more time」の3億じゃあきかないんだろうなあ。それがあったからこそのダフトパンクによるPV依頼も行ったんだろうし。そんなダフトパンクがいよいよもって解散を発表。銀色のスーツにピカピカのヘルメットという異色のというか出落ち気味の格好でテクノをしかける風体で、キワモノになるどころか世界中が熱中したのはきっと誰もが松本零士さん魂を心に持っていたからだろう。果たして仮面の下はどうなっていたんだろう。爆発しちゃったから永遠に分からなくなったかな。

 いやあ派手派手だった「PUI PUI モルカー」の第8話「ミッション」はレーシング回も手がけた佐藤桂さんによる絵コンテだけあってアクション満載迫力満点のアニメーションに仕上がっていた。ヘリコプターが登場するなりちゃんとローターも回っている凄さに感嘆。それがビーム攻撃を浴びて爆発した際に噴き出す爆煙も綿をふくらませることでちゃんと表現されていて、素材をうまく見せる技術にますます長けてきたことが伺えた。撮影も凝っていてスローモーション風に撮ってそして加速させ地面に激突。ここでも綿をつかった爆煙が良い感じになっている。

 別に撮りっぱなしの映画じゃないから、1コマ1コマ撮影していく中で動かす範囲を適宜変え、カメラの位置なんかも考えながら撮影していってスピードを調整しているんだろう。そうした計算をしっかり考えたコンテをつくり撮影をした人たちがやっぱり凄いかも。ただ「PUI PUI モルカー」というと中に人間を乗せているからこその共生であって、人間社会で役立ちつつも邪険にされたりもするギャップから、人間の至らなさに気付かせてくれる作風でもあっただけに、レーシングとかミッションとか、モルカーが生命体として動き活躍しているようにしか見えないのはちょっと足りないかもしれない。

 そうした雰囲気はもうひとり、絵コンテで参加している小野ハナさんが得意なのかな、猫が炎天下に置き去りにされた回とか担当していたし。そんな小野ハナさんがアーティストとして作品を寄せた「カオスモス6 沈黙の春」というグループ展を見に久々の佐倉市美術館。船橋からだと京成で30分くらいと近いのだった。展示されていた絵画やアニメーション「In A Mere Metamorphosis」は去年、横浜の個展で見たものだったけれどもアニメーションはその時は、拡大鏡ごしにiPadで見る形だったんで、スクリーンで見ると変幻するビジョンが漂い広がって意識を巻き込れた。

 印象として浮かんでは消え、溶けては流れ、死んでは生まれるような生々流転のイメージが色濃いアニメーション作品群。経歴から岩手県の盛岡出身とは知っていたけれど、大学を出てしばらく実家にいたころに東日本大震災の直撃を受けたこととか、家庭での環境なんかがそうした作品に強く影響を与えていることを改めて知った。家庭内の陰惨な出来事を描いた「澱みの騒ぎ」なんかも強い衝動がそこにあっての作品だったのかもしれないなあ。いつか聞いて見たい。展示ではあと村上早さんの銅版画作品が面白かった。版画と言ってもちまちまと削って細かく表現するんじゃなく心象のモチーフを大きく描いてシュールな画面を作る。これはすごい。こんな作品。


【2月22日】 「PUI PUI モルカー」を監督している見里朝希さんが出た東京藝術大学大学院アニメーション専攻で「かたすみの鱗」を修了作品として作った石谷恵さんが、東映アニメーションに入って「ジュラしっく!」という実験的な作品を監督しことを、「PUI PUI モルカー」に関連した記事の中で触れたけれど、その石谷さんがあの「ONE PIECE」で演出を手がけていたことを知って、盛り込んでおけばなとちょっと思った。東映アニメーションで演出とはその話数で監督を務めたということ。一人前への階段を踏み出していたんだなあ。

 そのエピソードは第957話で王下七武海が解散となって海賊として追われることになったエピソード。ルフィをはじめとした麦わらの海賊団のメンバーがまったく出て来ない回を手がけさせてひとつ試そうとしなかな。一方で王下七武海好きには嬉しい回。ボア・ハンコックも出てくるわジュラミキール・ミホークも出てくるわと久々に強そうな面々が強そうな声を聞かせてくれた。バギーもいたっけ。東映アニメーションの演出は音響監督もするのが倣いなんで、三石琴乃さんや千葉繁さんを相手に演技指導なんかしたんだろうか。緊張しただろうなあ。ここからステップアップしてシリーズディレクターになってそして映画デビューとか、してくれるのを楽しみに待とう。

 仮提出だからって今もやっぱりそういう頭でいるから中身を見られて偽造ばかりだったと判明して、どうして調べるんだといった憤りに塗れているんだろうなあ、美容整形外科医の人。すべてをぶちまけるだの真相に迫るだのと威勢の良いことを事前に言っていながら、会見で喋っていたのは自分は知らなかったということばかり。現実に偽造された署名がいっぱい出て来てそれを書いたという人たちもわんさと現れ大事件になっているのに、誰が偽造を依頼したのか自分では調べようともしないというか、調べて違うと言われたから分からないとだけ言って真相にはまるで迫らない。

 全部は聞いてないから詳細は伝聞だけれど、どうやら大村秀章愛知県知事のリコールをしようとしたのは河村たかし名古屋市長で、運動の中心になるのも河村市長だったはずがリコールの会の立ち上げの時に河村市長がやって来なくて自分が中心にならざるを得なかったとか言ったとか。自分がすべて責任を取るとか威勢の良いことをいいながら、外に責任を押しつけようとしている感じがありあり。そうした分裂ぶりが端で見ていて老朽化を感じさせて止まない。喋れば喋るほどボロがボロボロと出てくる感じもあって、誰かその口をふさごうとしないかと心配になるけれど、それも含めて自己責任だから外野が何かいうことでもないだろう。勝手に自滅して下さいとしか言い様がない。

 リコールの会の田中事務局長も同席しての会見なんだから、言われているように事務局の誰かが広告会社に依頼をしてお金を渡したのだとしたら、事務局長に今いったいお金がいくらあるのかとか、どういうお金の流れになっているのかを徹底して聞きただせばいいのに、知らないと言われたらそれで引っ込むところが甘いというか本気じゃないというか。蓋然性として田中事務局長も知らないはずがないのに、知らないふりをしているのかそれとも本当に知らないのか。口に出さないその秘密を警察にだったらやっぱり喋らざるを得ないだろうから、すべては捜査が始まって検挙されてからのお楽しみってことになるだろう。その日はいったいいつなのか。明日なのか明後日なのか。ワクワクせざるを得ない。

 前に読んだのは何だったっけ。花田一三六さんがハヤカワ文庫JAから出した「蒸気と連勤」はガジェットとして「帽子」とうのが登場するけれど、人間が手に持つといろいろと案内してくれたり記録してくれたりとうところはスマートフォン的な印象。それが蒸気機関と錬金術が併存している世界観の英国あたりで使われているというところに、スチームパンクとはまた違った面白さが感じられる。そんな時代に生きている売れない作家の「私」は、一攫千金というよりは食い扶持を稼ぐためにお金を借りて旅行記でも書こうと旅だった先が理法と恩寵の島アヴァロンだった。

 冒頭から謎のスミス氏が出て来ては「私」を相手に「帽子」を見立ててあげようと店に連れて行って選んだ安物のはずが現れたエージェントめいたアバターは幼女でなおかつぶっきらぼう。形式的な受け答えどころか意思をもった要請のように会話をして悪態をつき拗ねたり喜んだりしてみせる。そんな幻燈種がいるかといった驚きと、買った店が翌日には消えてしまった妖しさにスミス氏の謎めいた存在が浮かび、それがどうして「私」に接触しては意思をもった幻燈種をあてがったのかが気になるところ。アヴァロンへと到着した先でも現れたスミス氏に振り回されるように「私」は島の僻地へと飛ばされたりする。そこでの展開にあまり起伏がないのが気にかかるけれど、架空の往時の日々がじわっと科にじられる描写の濃密さが特徴かもしれない。ライトノベルだったらもっとポップな展開があったかなあ。再読必至。


【2月21日】 どこかの新聞が1面のコラムで東京オリンピック組織委員会の森喜朗前会長に対して女性蔑視の言葉を問題視して叩きに叩いたことについて触れ、そうした人たちは叩きやすい相手をとことん叩くけれどもだったらどうして中国がウイグルへの弾圧を行っているのを叩かないのかと、擁護にもなっていない方法で擁護しようとしているのが笑えるというか。もちろんウイグルに対する人権無視に対しては、世界が声を上げていかなくちゃいけないことだろうけれど、それについて個人として触れずとも、女性蔑視の酷かった森善朗前会長に対して声をあげていけないなんてことはない。


 単純で底の浅い論法を持ち出して守りたい人を守ろうとして、かえって守るべき日本人を守らない言論を平気で垂れ流してなにが保守だ。それだから足下を見られて見放されてどんどんと部数を落としているっていうのになあ。それを言って届く相手でもなし。グループで出しているタブロイドでは、相変わらず犯罪性が問われているリコール運動の内実を知っているかどうか分からなくても、責任者であって調べれば調べられる立場にありながらそれを放棄して知らん顔をしている美容整形外科医の人を、ずっと持ち上げているからなにをか況や。明日はやっぱりないかもなあ。

 しかし美容整形外科医の人は、自分が責任をとるといいながら自分が不正に関わったと思われるのは心外らしく、テレビのサンデーモーニングでコメンテーターの人が、誰とはいわずお金を持っている人がリコールの偽造を金で買おうとしているのは民主主義への挑戦だといった言い方で、事態を批判したのを自分のことだと思い込んで、番組に抗議するだの入れられなければ訴訟を起こすだのと叫んでいた。それを記事にするメディアもポン酢が過ぎるけれど、お金を持って遣らせているのはあるいはリコール反対派の側かもしれず、そうした可能性についてまるで考えずに自分のことだと思い込むあたりに、なにか心当たりでもあるのかと勘ぐりたくなる。いずれにしても不正のための署名偽造を頼んだアルバイトを集めた会社が、リコール事務局の人から金をうけとったことを警察にも話して書類も提出しているから、誰が何をやったかはすでに把握されているだろう。誰の手に縄がかかるか。今は待とうその時を。

 何かと話題の「PUI PUI  モルカー」に絵コンテで参加している、毎日映画コンクール大藤信郎賞受賞監督でもある小野ハナさんと、同じ東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻出身の当真一茂さんが立ち上げたUchuPeopleeについて、小野さんが一連のツイートで現状を吐露していた。請負でいろいろとお仕事はあっても予算規模が作風に対して少なく、スタジオだとか資材だとか人件費だとかいったコストを賄えなくて自転車操業になってしまうという話。奨学金もあってそれの負担ものしかかるから、部屋を小さいところに変わらざるを得ないかもしれないけれど、そうなるとスタジオを閉めなくてはならない。

 机があればどうにかなる紙に絵を描くアニメーションとは違って、UchuPeopleは当真さんの作風ともいえるストップモーションアニメーションが主流だから、スタジオは持っていたいところ。とはいえ、それを維持するためにいっぱい仕事を入れたら入れた出自分たちの創作の時間が削られてしまい、エンジンともいえるインスピレーションが枯れてしまう可能性もあって辛いところ。インディペンデントのアニメーション作家さんたちが大学という場を出てから迷う部分に、小野さんクラスのクリエイターでも直面してしまうこの国のアニメーション事情の大変さを、どうにかクリアできる仕組みがないものか。商業がアート系にも理解を見せて取り入れプロデュースするしかないかなあ、幸いに「ポプテピピック」が売れて「PUI PUI モルカー」も話題となった今、これがトレンドだと引っ張りアート性に商業性もまぶしつつうまく抜けていく道を作ってあげて欲しいなあ。

 関西将棋会館が大阪市福島区から高槻市へと移転するかもしれないという報。行ったことはないけれど、白鳥士郎さんの「りゅうおうのおしごと!」シリーズでは根城になっていて、対局の様子だとか控え室でのやりとりだとか近所の飲食店の話なんかが出てくるだけに、ある種の聖地となっていた印象もある。それよりやっぱり大阪が基盤の棋士たちにとっては、深く染みついた場所でもあってそこが移転することにどういった思いでいるのか。周辺の棋士たちを支えて来た店は何を思っているのか。週刊将棋があったら取材して教えてくれただろうけれど、それも今はないだけに反応が知りたい。とりあえずいつか大阪にいったらイレブンに寄ってランチを食べよう。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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