Last Updated 2019/1/21
日刊リウイチ
TUNAGATTEIRUNOYO
「1998-1999年lain日記」

リウイチとは誰だ?
リウイチとは奴だ!

薄い髪に伸びた髭
趣味はアニメと女子サッカー

日刊リウイチとは
そんな胡乱な野郎の日々を
無限に綴ったページなのだ

ワーニングワーニング

(ホントはただの日記です)

◎積み上げた本の数が這々の体で1800冊に達した『積ん読パラダイス』だけど記念事業もなく、これからも地味に静かに増量方針。ライブドアブログの方で『積ん読パラダイスinBlog』なんてのも作ってみたけど誰が見ているのやら。
落ち行く世界で孤独な少女がロボットと出逢い、つかの間の交流を経てそれぞれの道を選ぶ。切なくも哀しく、そして愛おしい狩野典洋の短編アニメーション『ノアのハコ庭』に全人類よ、涙せよ。
杉井ギサブロー監督の『グスコーブドリの伝記』でキャラクターデザインやアニメーション演出を手がけた江口摩吏介が劇場初監督を目指す『文学少年と書を喰う少女』のパイロットフィルムを作るクラウドファンディングが開催中。残り日数が迫る中で未達状態は悲しいのでどうにかしたい。どうにかするぞ。
【1月21日】 鍾馗と隼で向かった先に現れたのが飛燕というのは何だろう、日本帝国陸軍が採用していた戦闘機ばかりで海軍が採用していた戦闘機は除外されるのだろうか。第1回では零戦が出てきたみたいだから、今は単純に陸軍系のが多いだけなのかもしれないテレビアニメーションの「荒野のコトブキ飛行隊」。少し操縦を誤ったり油断をしたりすればすぐ撃墜される空にあって、味方どうしてどちらがエースかなんて言い争いをして自分勝手に飛んでいたりする描写は、戦場を幾つも渡り歩いてきただろうキリエやチカといったパイロットたちにしては不用意で、展開を面白くするためとはいってもちょっと舐めてないかと思ったりもした。

 そこは長くいっしょに飛んできただけあって、どちらかが撃墜をされてしまうようなヘマはしないで味方どうしてうまく連携して敵機を撃ち落としていたけれど、それでもやっぱり気になる自我の強さを戦車道的なエキシビションではなくスポーツでもない、リアルに死が待ち受けている展開の中でどう組み込んでいくのかが今はとても気になっている。キャラクターでは評議会議院のユーリアの性格が美人だけれどねじくれていって最高だし、ユーリアと幼稚園時代からしのぎを削り合ってきたマダム・ルゥルゥも強欲で我が強そう。そんな2人を仰ぎつつ多士済々なコトブキ飛行隊の活躍に男性諸氏はやっぱり陰に隠れてしまうのかな。敵に「スカイ・クロラ」のティーチャーみたいな凄腕がいたりするのかな。そろっと滑り出した話に描かれる世界がどう見えて来るかを気にしよう。それにしてもマダム・ルゥルゥ、矢島晶子さんが「クレヨンしんちゃん」を続けていたら聞けなかった声かもしれない。こっちが本物とはいえ大人の女性という矢島晶子の新鮮な声を聞いていこう。

 マンガ大賞2019にゆうきまさみさんの「新九郎、奔る!」だとか杉谷庄吾[人間プラモ]さん「映画大好きポンポさん2」を推したものの最終ノミネートには入らなかった模様。それでも入江亜季さん「北北西に雲と往け」が入ったのは僥倖で、1巻のちょっとしたサスペンスが2巻ではアイスランド観光になってちょっとフラワーになっていたから忌避感もでるか心配していたけれど、これで第3巻に入って一気にふくらんできたサスペンスとしての面白さを、多くの人に読んでもらえそうな状況になって来た。さすがに大賞となると4回目のノミネートとなった「ダンジョン飯」が強そうだけれど、そこは同じエンターブレイン勢として頑張って欲しいもの。「ハクメイとミコチ」も同様かあ、「テルマエロマエ」や「乙嫁語り」に続くか。

 そんなマンガ大賞2019にノミネートされた作品の印象でいうなら、女性の大人に向けて生き方を考えさせるような話が多いかなあ、たとえば渡辺ペコさん「1122」は30歳過ぎでセックスレスの夫婦がそれぞれに愛人を探すとかいった展開だし、去年に続いてのノミネートとなったコナリミサトさん「凪のお暇」も、会社を辞めた女性が自分を探してあれやこれやするといったストーリー。ヤマシタトモコさん「違国日記」は35歳の女性作家の家に両親が死んでしまった姪っこが転がり込んできて、年の差のある2人が繰り広げる日常が描かれるといった感じ。そういう話は嫌いじゃないけどだったらどうして西炯子さんが入らないかというと、やっぱり上手すぎるんだろうなあ、絵も展開も。もっとベタな展開が好まれるというか、そんな感じか。

 SFだったら篠原健太さん「彼方のアストラ」がいよいよ入って話題沸騰となるかというと、少年ジャンプ+の出身であって週刊少年ジャンプじゃないところに知名度としての広がりがまだ及ばなさそう。とはいえアニメ化でもされれば「ワンパンマン」みたいに広がる可能性もあるから今後の展開次第か。そしてやっぱり話題になりそうな赤瀬由里子さん「サザンと彗星の少女」。リイド社から上下巻のそれもフルカラーで出たコミックはオールアナログという手法もそうだしすとーりーも80年代SFコミックといった雰囲気。真鍋讓治さんとか大野安之さんとか読んでいた人なら楽しめるって感じなのかな、本が出ていたのは知っていたけど見過ごしていたらちょっと入手困難になっていた。ノミネートを聞いて最初に探したのがこれで、ジュンク堂池袋本店にあると分かってかけつけた。でも数冊か。これから読まなくちゃいけないんで買ったけれど、需要に間に合うのかな。今はネット版も普通に出ているから良いけれど、書店員さんが参加のマンガを盛り上げようって賞だけにやっぱり書店で買いたいんだよなあ。そこが悩み。毎年数十冊が積み上がるんだよ。

 テーマ性があって話題になりそうなのは鶴谷香央理さんの「メタモルフォーゼの縁側」か。BLを挟んで女子高生と老婦人とが仲良くなっていく、といった話らしくていろいろなところで話題になっていた。これもある意味で女性の生き方に関するストーリーか。そうした中にあって堀尾省太さん「ゴールデンゴールド」がどうして3年連続で入って来る分からないけど、読めば読むほどに粘る面白さがあるのかもしれない。今年は「ランウェイで笑って」とか入らなかったし、いろいろと話題になった「さよならミニスカート」も来なかったから、今年は新書サイズの漫画が全体的に不利だった感じ。でもちゃんと面白い漫画もあるはずだから探してしっかり読んでいこう。媒体で記事にするのは今年が最後になりそうだなあ。

 竹島を独島として李承晩ラインの時代からずっと持ち続けている韓国に対して文句を言わないレフティな輩が、北方領土で起ころうとしている歯舞諸島色丹諸島の2島を先にとりあえず返還してもらおうとする政府の態度に憤るのはおかしいじゃないかって、ライティな層が混ぜっ返し始めている安倍政権のロシアに対して2島返還からお願いしそうな外交姿勢。でも、勘違いがあるのはレフティ層は別にきっと帰って来ないだろうと感づいている国後島やら択捉島に対する主張をするのは現実的ではないと感じていたりすることで、だから2島返還がかなうならそれもありかもしれないと思っているんじゃなかろうか。

 一方で政権側でありライティな層は、現実の施策として竹島を占拠していると言って韓国を批判し誹謗すらしている訳で、そこまで領土に固執しているのならどうして、安倍政権が国後島と択捉島の奪還を諦めようとしているとしか見えない施策に、真っ向から反対しないのかってところを指摘している。事実として存在するダブルスタンダードへの指摘をだったらレフティはと混ぜっ返したところで意味は無い。はいそうですね、だったらあなたたちはどうなんですかと聞かれてどう応えるかだけが肝心。そこで安倍さんは頑張っていると言おうものならロシアを擁護し韓国を批判する土台も崩れる、とは思うんだけれどそっちはこっちでこっちはこっちでいずれにしても安倍さん万歳という心理だけは守りたいから矛盾が出る。でも当人たちは安倍さん万歳として矛盾はないと思っている。この奇妙さが割と流通してしまうから今の日本は怖いのだ。考えることをやめてしまって従うだけのロボット国民。そんな風にされてしまったんだなあ、WGIPじゃなくABEによって。やれやれ。


【1月20日】 こちらはファンタジア大賞の金賞らしい駿河ゲンゾウさんの「食べないお嬢と魔術学園の料理番」(ファンタジア文庫、600円)は魔術バトルに「食戟のソーマ」でも乗っかった設定とでも言うんだろうか。その国でもトップクラスの王立クライエス魔術学園なんだけれども、最近は学術面でアピールするんじゃなくって食堂のメニューが豊富で目新しく美味しいことが学園のウリになっている。何しろカツ丼だとかラーメンだとか、なかなかその国にはない(っていうかこの世界にはあるんだ)メニューを出して生徒たちを喜ばせているカイルという料理番。ちょっとした強化の魔術で包丁を研ぎ食材にも凝って美味しい料理を出し続けている。

 もっとも、そのことに腹を立てているのが生徒会長のレクティアで、どうして魔術で鳴る学園が食堂で人気になっているのかと憤って食堂に乗り込むと、そこで料理番をやっていたカイルは朝方、訓練していた自分に話しかけてきて、お腹を空かせて鳴らした腹の音を聞かれてしまった相手だった。その時に料理を出そうかと言われて拒絶していたレクティアは、腹の虫の恨みもあってかカイルに勝負を挑んだけれど、ごくごく普通の強化魔法しか使えないはずのカイルに押さえつけられ魔術服も破壊されて敗北する。学園きっての魔術師のレクティアがどうして? それは偶然? 実はカイルには秘密があった。

 とるに足らない才能でも極めればとてつもないことになるという一例がそこにあり、過去に結構ヤバい仕事もしていながらも心に痛みを負って抜け出し今は料理番をしているという秘められた過去もあって、それらが明らかになってカイルの正体が浮かび上がってきた時にはやっぱり俺TUEEEなカタルシスを感じる。自分だってどこかしら良いところがあると思いたい青少年いはこういう展開、熱く響くんだよなあ。そしてレクティア。親がとてつもない魔術師だったけれど、それ故に殺し屋組織に狙われ出奔したものの、娘に居所を聞き出そうとちょっかいが重なっていたという。それをかわし続けていただけでも結構な腕前ってことになる。

 でもその日はちょっとだけ油断もあったから捕まってしまって、拷問を受けていたところに乗り込んで来たカイルが暴れて一件落着、とはならずより強力な敵が現れ激しバトルになった先、浮かんできた最大の敵の正体にどうしてそうなってしまったんだと驚くことしきり。情愛とかないのかそれともまださらに上がいるのか。カイル自身の過去とも絡んで強敵たちとのバトルも始まりそうだけれど、一方でやっぱり食堂でもって斬新なメニューを出して学生たちを驚かせるところが読んでいてやっぱり楽しい。誰だって美味いものを食べたいのだ。それを紙上でも食べさせてくれるところが嬉しいのだ。とはいえ学園はめちゃくちゃになって食堂とかどうなるんだろう。そういった展開も含めて読んでいきたい。

 朝の9時半に到着したらすでに5人くらい行列が出来ていたミュージカル『刀剣乱舞』 〜三百年の子守唄〜のゲネプロ取材。そのうちテレビ局も来始めて、さすがはNHK紅白歌合戦にも出て話題が一段階上がったコンテンツだけのことはある。そして「クジラのコラは砂上に歌う」でスオウという無印のリーダーを演じていた崎山つばささんが、こちらでは刀剣男士にあてひときわ上品な上に大太刀を振るえば強い石切丸として登場していて、演じる役によって雰囲気もがらりと変えると心はさすが役者だと感嘆する。なよっとしたスオウからキリッとした石切丸だもん、まるで別人だよなあ。でも同じ人。役者ってすごい。

 すごいといえば蜻蛉切を演じたspiさんって役者が体格も良ければ唄も浪々として剣舞も圧巻。すさまじいばかりの存在感って奴を醸し出していた。舞台映えする役者だけれどテレビに出たらやっぱり小さくまとまってしまうものなのかなあ、それは千子村正を演じた太田基裕さんにも言えるか。妖艶でなおかつすらりとした体型から繰り出されるボーカルは美しく、見ているだけで引き込まれる。この太田基裕さんとspiさんが並んで登場するシーンとか、舞台だからこそのインパクトって奴を感じさせられる。共に上手いし格好いいけど、メインはやっぱり可愛い崎山つばささんが引っ張っていく。まあでも6振りの刀剣男士が全員見せ場を持った主役と思えばあとは好き好きに推しを選んで見ていけばいいのか。次に見る機会があったらspiさんの蜻蛉切を見続けるかなあ。

 ストーリーは一種の歴史改変に挑むといったSF風味。天文11年12月、仕事に派遣されていた三河・岡崎城付近で刀剣に宿る付喪神、刀剣男士のにっかり青江と大倶利伽羅は、松平軍と時間遡行軍が乱戦を繰り広げて松平軍の重臣たちが次々に討ち死にしていく場面に居合わせる。瀕死の状態にあった松平広忠からひとりの赤子を引き取ったが、それが竹千代、後の徳川家康だった。重臣たちを失った家康だけでは松平家は保ちそうもなく、それでは徳川幕府は開かれない。どうするか、ってところで審神者の命によって刀剣男士が集められ、石切丸を筆頭に蜻蛉切、物吉貞宗、千子村正が遠征中のにっかり青江、大倶利伽羅と合流し、徳川家の家臣に成り代わって家康を守り立てていくことになった。

 服部半蔵に本田忠勝井伊直政酒井田忠次鳥居元忠榊原康政と徳川四天王とかに成り代わった刀剣男子という設定がちょっと面白い。家康はどんどんと年をとっていっては息子の信康を切るぞ切るまいぞといった展開を経ても、刀剣男士たちはやっぱり若いままだったのだとしたら家康も吃驚しただろうなあ。そこはきっと展開の中でそれぞれがいなくなっていたんだろう。駿府城で最後を迎える家康がかつての重臣たち、実は刀剣男子が寄り添ってくれたことを夢だと思ったみたいだし。そうした一代記的なストーリーがあり、歴史に従って幼少から見守った信康を切るべきかを悩む史実との対峙があってと結構奥も深い上に、唄があってダンスがあって殺陣も楽しめるミュージカル「刀剣乱舞」〜三百年の子守唄〜。再演だけあって中身もパワーアップしているそうなんで、前からのファンも観に行くし紅白で知った人も見に行って、新しい発見が生まれていくことになるんだろー。またまだ続きそう。次も過去作の再演かそれとも新作か。行きはしないまでも関心は向けていこう。

 ミュージカル『刀剣乱舞』 〜三百年の子守唄〜のゲネプロを取材して記事をぶっこんでから「映画刀剣乱舞」へ。そうかキャストは刀ミュからではなく舞台「刀剣乱舞」こと刀ステから持ってきているのか。だから歌って踊りはしないけれども芝居はしっかり。とりわけ三日月宗近役の鈴木拡樹さんは年齢こそ若いけれども自分をじじい呼ばわりする三日月宗近の泰然自若とした役どころをどっしりを演じていたし、鶯丸の廣瀬智紀も山姥切国広の荒牧慶彦も日本号の岩永洋昭も誰も彼も演技はちゃんとしていて殺陣もばっちり。そりゃあ舞台で立ち回りだけは見せなくちゃいけないからしっかり身には入れているだろう。

 そうした刀ステからのファンには嬉しい映画化で、ミュージカル組がNHK紅白歌合戦に出場をして脚光を浴びる一方で舞台は舞台で静かに潜行していては当人たちも立つ瀬が無い。こうして劇場で大きなスクリーンにしっかり映し出されて全国でそれこそ興行ランキングのトップくらいに並ぶ集客を得れば、知名度も紅白までとはいかないまでもちょっとしたものになるだろう。なおかつ映画自体が単なる刀ステファン向けのサービスではなく、歴史改変をテーマにしたSF的な着想に溢れていて面白いから素晴らしい。本能寺の変で死ぬはずだった織田信長を救えば歴史が変わるだろうという時間遡行軍の策をまずはしっかり止めようとして遠征隊が組織され、三日月宗近を隊長にして送り込まれた本能寺だったけれどもそこでなぜか信長が生きのびてしまったからさあ大変。やっぱり始末に行くかどうかという話になったんだけれど、そこでなぜか三日月宗近が信長を守って安土城へと導くような役割を果たしてしまう。

 裏切ったのか。別に何かがあるのか。といったあたりで結果として知る歴史の過程にあったさまざまな事情が浮かび上がって来る。同時にそうした事情を含んでもなお歴史は歴史として守り通すべきもなのかといった課題もつきつけられる。変わったのならそこからが本当の歴史ではないのかという主体者の主張。けれども大勢の人たちがすでに正しい歴史の上で生きていったからこそそちらにこそ正しい歴史があるのだという解釈。どちらとも言えない問題を突きつけられて誰もが悩む、信長でさえも。

 そんな主題を得つつ一方で主の代替わりもあったりして大変な本丸。そこに現れた謎の存在の正体は? ってところで刀剣男士たちがそれぞれに刀の実体化であるという出自に関して経てきた歴史が絡み持ち主への感情も乗って刀剣には刀剣の歴史があるのだってことを思い出させる。いろいろな歴史を経てある今の刀をポータルにして考える刀の由来であり持ち主の生涯でありこの国の流れ。そんな大きな楽しみも持った映画だ。本能寺の変が起きることを知っている現代人が信長にそのことを教えるべきかどかといったストーリーが描かれた「本能寺ホテル」って映画があったけれど、それよりも100倍複雑で面白いかもしれない。そして「本能寺ホテル」から綾瀬はるか成分を抜いたら「映画刀剣乱舞」は「本能寺ホテル」より1万倍面白いような気がしないでもない。偉大だな綾瀬はるか。ってことは『映画刀剣乱舞』に綾瀬はるかが出たらアカデミー賞だって夢ではない? なんてね。


【1月19日】 今日からオープンとなった原宿はプリズムストア原宿店の上にある「プリティーオールフレンズ バレンタインカフェ」は入れば描き下ろしのプリティーオールフレンズのイラストによるパネルがあってグッズも買える上に、メニューがそれぞれのキャラクターなんかにちなみつつ捻りもあってと奥深さを感じられるコラボカフェになっている。真中らぁらをテーマにしたピザなんて、バレンタインメニューってことで会期中の1週間しか提供されないんだけれど、見た目はカリカリッと焼き上がったピザに見て食べれば甘いチョコレートづくし。とてもじゃないけど1人で1枚は食べられそうもないし、3人でも結構大変そう。そうした捻りと新年にあふれたメニューを含めて「プリティーオールフレンズ」の世界に浸れるカフェ。平日とかなら予約なくても入れるかな。取材じゃなく普通に行ってみたいな。

 第2話を見た「魔法少女特殊戦あすか」はそうか視覚をいじってあそこに助けに現れた魔法少女があすかだとは気付かないようになっているのか。でもいちおうはマジカル・ファイブのラプチャーだとは知られている様子。それだけ魔族との戦いにおいて魔法少女が活躍をして世間的にも話題になっていたってことなんだろうなあ。そんな彼女たちがいたからこそ、人間なんかよりもはるかに残酷で残虐な魔族を撃退して地球を救うことができた訳で、そのことを世間の人も認識しているしテロのような人間が起こす事件に対して魔法少女が出張らないことへの非難も抑えられているって感じ。とはいえそんな魔族の技術をさらに増幅して世界を混乱に陥れる魔法少女が出てきてさあ大変、ってところが今後の展開になるのかな。原作読んでないからここはゆっくり展開を追っていこう。

 それは今もインドで広く浸透して実装されている身分制度めいたものであって、それによって虐げられ時に焼き殺されるようなことだって起こっていて、どうにかしようとしてもなかなか改められない厄介なものだったりする状況を現すとある言葉を、どうして日本人がさくっとある種の階層的な状況にあてはめ使ってしまえるのかが分からない。言い換えるならそれは江戸時代にあったとされていた身分制度にも重なる言葉で、もしもそれを何かの階層化を表す言葉として繋げて使ったら世間的に大問題になるだろう。にも関わらずインドの現在進行形で人が焼き殺されてもしている身分にまつわる言葉を、自虐的なり他罰的に使っていたりする言説的空間が僕はどうにも悲しい。学校内での階層を現す言葉としてスクールにつなげて使うことだってしたくないのに、それはどこか一般用語化してたいりする。本当に困った事態。そう言い続けているんだけれど届かないなあ。どうしたら良いんだろう。

 船橋市に住んで29年になるけれども千葉県立船橋高校って実はあまり立ち寄ったことがなくて、東船橋から船橋へと移動する途中に前を通るかどうかといったところで、せぜいが1度か2度、その存在を目視した程度だったりするので上山道郎さんの「エイズ87」(少年画報社)が舞台にしていると言われて読んで、そうだそうだと一緒にわいわいできるレベルにはない。ただやっぱり船橋市にある学校だし、上山さんだけでなく「この世界の片隅に」の片渕須直監督も出た学校ということで非常に興味はあったりして、そこがどういった学生生活を送っていたのかを知るという意味で、「エイジ87」からは色々と教えられるところがある。演劇部ってのがあって頑張っていたとか。

 大人になって漫画家になって割と成功している須黒野エイジが、担当編集者と打ち合わせをしてその編集者がかつての高校で仲が良かった男の娘だと知って感慨に耽りつつ、その彼から娘を通じて壊れた腕時計を受け取り、そして送り出した編集者が事故に遭いそうになったところを飛び込んで助けた瞬間、エイジは1987年の高校生に戻ってしまったことに気付く。そこにはすっかり忘れていたエイジが気にしていた少女がいた。どうして大人になって忘れてしまったかは、途中で少女が死んでしまったからなんでれどそれがどういうシチュエーションで起こったか覚えておらず、過去に戻ってもピンポイントで助けるといったことはできない。だったらとやり直しの人生でポイントポイントで知識と経験を生かしたアドバイスなんかをしていく。

 演劇部だった同級生が先輩から批判されて落ち込んでいたのを諭して先輩にどうしてなのかを正して先輩の謝罪を受け入れ、もやもやとした気分を引きずることなく高校時代を過ごすことになった。その時の同級生が後に小説家として有名になったことを未来の自分は知っていたけど同級生だとは気付かなかったのは、過去では親友だった少女を失ったことで学校にも来なくなって卒業後は没交渉になってしまったから。そういった事態がエイジの1987年へのタイムリープで違ってくる。それが果たして未来にどういった影響を与えているのか、不安だけれど演劇部だった同級生が目を覚まして未来に戻っていたエイジの側に現れたところを考えるなら、過去の改変が影響を与えている感じ。だったら最愛の少女の無事はどうなんだ、ってところで第1巻ではおしまい。続きを読むといろいろ描かれているんだろう。楽しみにして追っていこう。

 転生ではなくリアルに戦場で少年少女が戦いに巻き込まれていく話が増えてきたのは安里アサトさんの「86−エイティシックス−」シリーズの人気も影響しているのかな。上川景さんんという人にファンタジア大賞の大賞受賞作「撃ち抜かれた戦場は、そこで消えていろ ―弾丸魔法とゴースト・プログラム―」(富士見書房)は東の国と西の国とで長井争いが続く中、まだ学生ながらも戦場にかり出された主人公の少年が追い詰められ御アートナーも失い瀕死の状況で、拾った不思議な弾丸を使い敵の司令官を売ったら歴史が変わっていた。戦場にいたはずなのに平和な学園にいて、そして射殺した敵司令官の存在を誰も覚えていなかった。

 存在を消す弾丸。それを拾ったらしい少年の行為によって将軍は存在が抹消されてその勢力下で行われた侵攻もなかったことにされていたという。以後、少年はもともとそうした不思議な弾丸の持ち主だった少女と知り合い、パンツを見せる見せないで一悶着あったあとでその支配下に入っては、手にした弾丸で戦争を導くような存在を消していく。そんな果てに敵国が滅びたかというと相手にも同様に異能を持った存在があって、いろいろと画策もあって敵のリーダーを消したら別のシナリオが立ち上がって少年たちを窮地に陥れる。誰を消すか自分がちが消えるかといった丁々発止のやりとりと、誰を消すとどうなるといった展開の楽しさを味わいつつ、理不尽な戦場で戦う少年と死ねない運命を背負わされ、異能を操り敵と対峙する少女の、今後もいろいろと繰り出されるだろう制約を乗りこえて大団円へと向かう展開を読んでいきたい。いつ出るかなあ、続き。


【1月18日】 ようやくやっとディズニーアニメの最新作「シュガー・ラッシュ:オンライン」を日本語吹替版で見て、思ったことが「ラルフうぜえええええ」。親友という言葉でヴァネロペを傍らに縛って離そうとせず、それでもやりたいことを見つけたヴァネロペが自分のところから離れようとすると、周囲に被害が及ぶことも気にせず暴れ回って滅茶苦茶にしてしまう。そもそもラルフとヴァネロペがインターネットの中に入って、アーケードゲーム「シュガーラッシュ」のハンドルを探さなくちゃいけなくなったのも、ヴァネロペのちょっとした願望を無理に叶えようとした挙句にゲームのハンドル破損といった事態を引き起こしたからだったりする。

 そこにはヴァネロペ自身の行き過ぎた願望もあったけど、無茶をたしなめるのが大人で親友なのに増幅して事態を悪化させた。。それでお前のためだったって言われて、素直には喜べないよなあ。まあ、作り手もそういった過剰な押し付けであり監督という美名に隠れた依存といったものを暴いてお互いがそれぞれに尊重し合うようにしようぜって言いたかったんだろう。そういう結末にたどり着くまでに相当ラルフにイラついた。そういう気持ちを抱かせてしまうディズニー映画ってちょっと珍しいかもしれない。

 結末に近い場所でのヴァネロペの選択はわがままかといえばそうではないし分不相応でもない。子供はいつか親元を離れて飛び出していくもの。それを止める権利なんて誰にもないのだ、親友にだって。そういう自立と覚悟を感じさせる映画ってことなのかな、そうあって欲しいけど人によってはラルフの愛情を裏切る非道と見ることもあるみたい。それもまた一面で真実だけれど、とりあえずいったん置かれた冷却期間の中で二人の友情がより強まり、傍でなくても心で一緒にいると感じられるようになればそれで本望。新しい道へとそれぞれが踏み出した姿を讃えたい。ラルフはまだちょっと寂しそうだけれど、我慢しなきゃ、大人なんだから。そんなウザいラルフが最後に見せたウザさは逆に大好き。だってぼくたちの世代はリック・アストリーが大好きなんだから。

 お台場のガンダムが色々とザワついていたんで調べたら、ダイバーシティお台場の前に実物大のRX−78−2ことガンダムの立像があった時代、イベントなんかでキラキラとした照明を行った際に費用を水増し請求しては1000万円とか抜いて遊興費にあてていた人間が2人ばかり逮捕されたということだった。総額で2億円くらい抜いたっていうからなかなか剛毅だけれど、あのガンダムを建てる費用からだったのならともかく、イベントの費用からどうやってそんな金額を抜けるのかがちょっと分からない。というかそれが抜けるくらいの費用を総額でかけていたってことなのか。普通は工事費を施工業者に割増請求した上でキックバックしてもらいつつ業者は仕事をもらえて自分たちはウハウハのWIN−WINになるものだけれどこの件は業者も騙してたってことなのかな、そこがちょっと分からないのだった。

 いずれにしてもお台場のガンダムというひとつのランドマークに傷がつく話ではあるけれど、そうしたニュースを取り上げる際に今立っているユニコーンガンダムの画像なり映像を使われるのはとばっちりがさらに及んでちょっと厄介。水増し請求があったのは最初の潮風公園に立った時のガンダムではなく、その後に静岡市は東静岡駅前に立っていた時でもなく、戻ってきてダイバーシティお台場の前に立った時のもの。そして今はガンダムではなくユニコーンガンダムに変わっているから潮風公園も静岡もユニコーンガンダムも事件とは関係なかったりする。

 そういう誤解を避けてあくまでも、あの時期のガンダムと言いたいのなら写真や映像は選んだ方が良い。その点で読売新聞はしっかりダイバーシティ前の写真を引っ張ってきたけど朝日はユニコーンガンダムだった。そういうところに拘りが出るなあ。それともダイバーシティ前のガンダムの画像がなかった? オタクな記者がいれば撮って保存してあいるものなんだけれど。お高い新聞にそういう人はいなかったってことなのかな。ちなみに僕は全部持ってるし、松戸にあったころのバンダイミュージアムにあった半身像の実物大ガンダムの画像もある。言われれば出せるけどでもオタクな記者はいらないしいて欲しくないって方針が広がり始めている感じなんで、そういう声はかからないだろうなあ。もったいないけど仕方がないね。

 どうしてまた文豪だけがぞろぞろと転生するのかは謎だけれども、そういう世界だという理解のもとに読めば大橋崇行さん「浅草文豪あやかし草紙」(一迅社メゾン文庫)は明治大正昭和の文豪が死んだ後に転生しては、やはり小説家として活動をしはじめているという状況下、樋口一葉の転生した樋口奈津もやはり作家をしつつ商売にも手を出し浅草で和物の雑貨を扱う店を営んでいるところに、泉鏡花も出入りしたりしながら起こる怪事件を解決していくといったストーリー。お客さんとして来た女子高生が笊を買って帰ったりした一件は、プールで水泳部のメンバーが溺れたりする事件が起こっていったい何が原因かを探って正体を突き止める。母親への贈り物をあつらえに来たついでに風車を買って帰った女性のその風車が雑司ヶ谷の鬼子母神に刺さっていた一件では女性の過去への思いが浮かび上がって来る。

 ともに妖怪の類が絡んでいて、それに泉鏡花が知識を生かし経験も使って正体を明かして解決するといったストーリー。主役が実在していた作家の転生者というあたりが違うけれども、京極夏彦さんのシリーズに似ている部分もあったりする。ただし人間の心が妖怪を生み出していた京極堂とは違ってこちらは本当に妖怪変化が現れたりするのだけれど。世代は樋口一葉とは随分と違うけれども父親の森鴎外の子になりたいからと転生してやっぱり転生していた森鴎外の娘として生まれ育った森茉莉とか出て、嘆美の元祖ならではのBL作家として活躍しているとか発想もユニーク。個々の作家の特質がいかされ、そして明治大正昭和の文壇模様が現代を舞台に描かれて過去の作家と文壇を知る窓口にもなっている。そういう意味でも勉強になる作品。小泉八雲の妙な暗躍はいったい何をもたらすか。太宰治の転生はいるのか。それは佐藤友哉さんの方から渡ってくるのか等々、興味はつきないだけに続きが刊行されて欲しい。押川春浪の転生とか出して来ないかな。

 気になっていた「アストラル・アブノーマル鈴木さん」のシネマカリテでの最終上映に舞台挨拶がつくと聞いてかけつけて見た映画は凄まじくて素晴らしかった。っていか主演の松本穂香さんってドラマ版「この世界の片隅に」ですずさんを演じた女優さんじゃないか、清純そうでまじめそうな雰囲気が演じる役から感じられたんだけれどこれがどうして、「アストラル・アブノーマル鈴木さん」で演じたグレートユーチューバー、は×印がつくらしい鈴木ララはどこかおかしくてネジがはずれててぶっとんでいてそれでいて芯がびしっと通り過ぎているといった凄まじい役。女優なりアイドルになりたい思いを妹に越されたもののそれを自分のせいだと認めず回りにふっては自分は凄いと思いたがっているようでどこかで違うとも感じてていながら認められない意固地な女子を、徹頭徹尾演じてのけた。それも2役で。

 一方はまだ社交性があって外交的かと思いきや、こちらもなかなかのタマだったりするという多彩な性格がのった2人を演じてのけるその演技力。それでいて圧倒的な美貌はしっかり感じさせるという女優を思うとしたら松岡茉優さんがひとつ浮かぶかなあ、その人気沸騰ぶりからするに松本穂香さんもすぐにそれくらいの女優街道を駆け上がっていきそう。ドラマ版「この世界の片隅に」でブレイクするはずだったんだけれど、いろいろ言われてしまった関係でドラマを宣伝しづらいなか、その演技も忘れ去られようとしている。でもその前に撮っていたこの映画とそしてYouTube版のドラマによって松本穂香はスターダムを駆け上がっていくだろう。田舎のどうしようもなさに自分自身のやるせなさ、未来の見えなさに潰されそうになってもしっかり自分を保って生きていく鈴木ララの生きざま、見習いたいなあ、まさに今、自分自身の器を試されている状態にあるだけに。


【1月17日】 すでにファミ通えんため大賞から出た桜庭一樹さんが直木賞を受賞しているので、ライトノベル出身の直木賞作家という意味合いでは真藤順丈さんはちょっと薄いし、もともとがポプラ社小説大賞や日本ホラー小説大賞といったライトノベルじゃないエンターテインメントでも受賞していた人だから、自分の得意分野にそこから寄せていったと考えるならライトノベルがそのまま進化したといった感じでもない。幾つかあった筆の先っぽがライトノベルにも届いていたといった感じだろうか。今ならメディアワークス文庫もあるからそちらでハードでアダルティなエンターテインメントを書いて評判になるって道もあったかもしれないけれど、レーベルが立ち上がるのはその2年後でちょっと出番がなかった感じ。だからエンターテインメントで磨いて今に至る、と。ちょっと勿体なかったかな、でも電撃で囲っていても「宝島」は生まれないから仕方が無いか。

 電撃出身でこれまでに、直木賞に手が届いたかもしれない作家というと橋本紡さんが挙がるかなあ、デビューは「猫目狩り」で「リバーズ・エンド」のようなSFからだんだんと「毛布お化けと金曜日の階段」のような現代物へと移行して「半分の月がのぼる空」でブレイク。そこから一般小説へと向かっていろいろと出して「流れ星が消えないうちに」は割とヒットしそして「九つの、物語」とか「いつかのきみへ、いつかのぼくへ 橋をめぐる」のような日常の機微を描いた作品で上手さを感じさせてくれた。「もうすぐ」という妊婦さんの話を書いて山本周五郎賞にノミネートされて、このあたりから一気に一般文芸の世界で名前が知られるかなあと思っていたんだけれど、気疲れしたのかペースが落ちて2012年に発表した「ふれられるよ今は、君のことを」以降、著作が途絶えてしまっている。どこで何をしているか、気になるけれどもいつか帰ってきてまた紡いで欲しいもの、その物語を僕はとても好きなんだ。

 そしてたつき監督の「ケムリクサ」第2話は、相変わらずわちゃわちゃとして鬱陶しいけど純粋で、おう盛な好奇心を見せながらも潔かったりもするかばんくん……じゃなかったわかばがいろいろと見せる言動が、まだまるで見えない物語の世界をちょっとずつ動かそうとしている感じ。「けものフレンズ」のように決して停滞していた訳ではなく、りんやりつやりなたちは旅をしてその過程で仲間をきっと大勢失って来たんだろう。外に出れば確実に誰かが死ぬとりんが言っていたのはそういうこと。だからひとつ島に止まって生存のための道を探っていたけれど、それではジリ貧と分かっていた気持ちにわかばが火を付けた。

 「何も知らないってことは、新しいことをたくさん覚えられるので、最高に楽しい」。そんなわかばの飽くなき好奇心に刺激され、このままではダメだという心がりんに芽生えて再び島の外へと向かわせた。向かうのは死かそれとも。セルリアンに襲われても動物に戻るだけだった「けものフレンズ」と違って状況的には不可逆の「死」が待ち受けている展開は、見ていて心もヒリつくだろうけれど自分で選んで自分で進む道なら、座して待つ死よりもきっと味わい深いだろう。だから進む。その勇気に誘われて僕も進むか、リストラの波を推進力に変えて。そして溺れるんだ。ぶくぶくぶくぶく。


 そんな電撃の新文芸からポッと出の新人じゃなく「とある魔術の禁書目録」シリーズとか大ヒット作品を連発している鎌池和馬さんが登場したのは意外というか、カクヨムで連載してたんだあなというか。その「マギステルス・バッドトリップ」というのはあらゆる非合法行為を是とする仮想空間が舞台というから異世界転移・転生とは違うのかな。でも形態としては異世界でそして俺TUEEEフォーマットもいかされているのかも。チートまがいの銃撃スキルと、奇抜な戦略眼をもつ蘇芳カナメは、サキュバス型パートナー・ツェリカとともに「終の魔法」と呼ばれる武器回収ミッションに挑むが……ってストーリー。イラストは電撃イラスト大賞から出て、鎌池さんの「インテリビレッジの座敷童」なんかを手がけている真早さんが描いている。結構良さげな表紙。中のイラストは付くんだろうか。読んでみないと。SFっぽいし。

 ほかは小説家になろうで人気らしい羽田遼亮さんによる「リアリスト魔王による聖域なき異世界改革1」とか、電撃文庫で「監獄学校にて門番を」とかいっぱい出しつつ小説家になろうで藤村由紀名義でも書いている古宮九時さんの「Unnamed Memory 1 青き月の魔女と呪われし王」とか、カクヨムで連載中の仁木克人さん「竜魔神姫(トンデモナイゼ)ヴァルアリスの敗北 .魔界最強の姫が人類のグルメに負けるはずがない〜」なんかが登場。なろうが2作品でカクヨムが2作品はKADOKAWA系としての配慮か作品の威力か。次はカクヨムで行われたコンテストから出た人が登場するからプラットフォームとしても囲い込んでいくのかもしれない。昔のケータイ小説に似ているなあ。そのまま盛り上がるか競争の激しい中で撤退も出てくるか。講談社が一足早く始めたレジェンドノベルスが割と読み出のある作品を集めているんで、こっちも楽しませて欲しいもの。まずは読むことから始めたいけど、お金保たないよ、無職候補生には。

 なろう発といえば「JKハルは異世界で娼婦になった」とか「異世界からの企業進出 転職からの成り上がり録」なんかを出している早川書房がまた新しくもちだもちこさん「ゲームでNPCの中の人やってます!」を刊行。ニートだった森野一樹にようやく回ってきた仕事は、フルダイブ型のVRMMOにダイブしてはそこにいるNPC(NONプレイヤーキャラクター)の本来はいないはずの中の人になって、ゲームの展開を見守るという訳で、まずはエルフのトップにさせられたもののニートだけれど鍛えておいたマッチョがそのまま反映されてエルフっぽさがないと驚嘆。それでもNPC然として振る舞っていたところに、前にモンスターに襲われていたところを助けたプレイヤーの少女が今度はなぜか人間のプレイヤーに襲われている場面に行き会い助けつつ、奇妙なことが起こり始めていることに気付く。

 以後、黒スーツにサングラスでもって乗り込んでいっては事態を回想するNPCとか、赤毛のギルドマスターとかいろいろな役も兼ねるようになって大変。ゲーム会社には他にも大勢の社員がいたけど独身で若いってこともあって家に帰らず泊まり込みであれやこれや役をこなす。そうした中で同じNPCのこちらは本当にAIが操作しているキャラクターから関心を持たれたり、ゲーム内を荒らす謎の勢力が現れたりして話はどんどんと膨らんでいく。そうした膨らみに一気通貫したストーリーを保たせつつ起承転結をつけていったんの結末をつけてあれば読んでカタルシスも得られたけれど、ネットで連載されている作品ということもあって短いエピソードを重ねていくといった手法が続いていて発見があり展開がありそうだけれど以下次巻といった感じで終わっている。まあそこは読み続ければ明らかになるんだろうけれど、物語の山場と帰結はやっぱり本として欲しいかな。そういうのを気にしない人たちが今や本も読者になっているのかな。


【1月16日】 「あまのがわ」という映画があって、中に1体のロボットが登場する。都会で悲しい出来事があって母親との関係がぎくしゃくした少女が、屋久島にいる親類のところにしばらく世話になることになって向かう途中、取り違えた紙袋の中に入っていたもので、起動させるとしゃべり出しては少女とさまざまなコミュニケーションを取り始める。もしかしてAI? といった関心の先、登場するロボットが現実にあるオリイ研究所が開発した「OriHime」とだと知っている人には、なるほどやっぱりといった展開が繰り広げられ、そして少女はコミュニケーションを通して痛めていた心を癒し、頑なだった態度を解きほぐす。

 伊藤計劃の「屍者の帝国」を長編アニメーション映画化した牧原亮太郎という監督がいて、その彼が以前に作った「ハル」というアニメーション映画にもまた、大きく傷ついた人間の心を癒す人間そっくりのロボットが登場する。物語としては、飛行機事故で恋人だったハルという青年を失ったくるみという少女のところに、ハルそっくりに作られたロボットが赴いて、閉じこもっていたくるみの心を解かしていくといった内容。これにも驚きの展開が挟まれては、結果として人間がロボットによって癒される可能性を示される。

 そんな2つの作品を見知った目にも、青谷真未さんの「アンドロイドの恋なんて、おとぎばなしみたいだねってあなたは笑う?」(ポプラ文庫ピュアフル)に描かれる仕掛けと、そして示されるテーマは意外で且つ暖かい。人間とロボットの交流の可能性、ロボットが人間に与える多くの豊穣といったものについて考えさせてくる。佐藤真白という女性は義肢のリハビリを専門に行う病院で事務スタッフとして働いている。実は彼女はアンドロイドで、夜になれば記憶をバックアップして飲食も行わなかったけれど、ある日、病院で出会った響という両手と右足が義肢の大学生に感心を抱き、だんだんと恋心めいたものを募らせていく。

 アンドロイドが恋なんて、おとぎばなしどころかSFではないかと驚かされる展開。真白自身もそんなことがあり得るのだろうかと自問自答するものの、はっきとしないまま恋心ばかりが募っていく。このままではメンテナンスをされてしまって響さんのこともすっかり忘れてしまうことになる。それは寂しいけれども仕方がないと諦めかけた中、とある事故が発生して、被害が及びそうになった響を助けようとして真白はアンドロイドのボディが壊れ、自分が“死ぬ”ことも厭わずに飛び込んでいく。そして目覚めた真白は自分の“正体”に気付くのだった。

 そこでまず浮かぶOriHimeというロボットの目的と「あまのがわ」という映画に描かれた展開で、たとえ肉体は厳しい状況にあったとしても、人は遠隔操作によってロボットのボディを通して外に出て、いろいろなものを見てコミュニケーションも取っていけるという可能性。すでにALSの患者たちの人生に光明を与える存在としてOriHimeは大きく注目を集めていて、少し前にはそうしたOriHimeたちを介して離れた場所にいる肢体が不自由な人たちが、カフェでの給仕といった外部との交流を行い心を満たされた。そんな可能性が技術の進化によってより高度なものになった未来を「アンドロイドの恋なんて、おとぎ話みたいってあなたは笑う?」は示してくれた。

 だったらそれは、もはやアンドロイドの恋ではないのといった疑問も浮かぶけれど、物語はクライマックスにもう一段の驚きを投げつけてくる。それが映画「ハル」とも重なる部分。もしも「アンドロイドの恋なんて、おとぎ話みたいってあなたは笑う?」を読んで映画の方も気になったら、Blu−rayやDVDといったパッケージで見て見るとなるほどと思うだろう。なおかつ「ハル」ではアンドロイドやロボットの感情にまでは踏み込まれていなかったけれど、人と多く接することで人に近づいていったアンドロイドの“心”に生まれる“恋”について、想像してみたくなるだろう。おとぎ話かSFか、それとももはやノンフィクションか。そんな問を抱きつつ佐藤真白が歩むこれからを想像しよう。どんな状態になってももう、死にたいとは思わず消えたいとも思わないで外に出て行く勇気を得ただろう佐藤真白が。

 まさに気絶、怪絶、また壮絶とでも言うんだろうか。そんな終わりの文句を並べたハチャハチャSFでいっせいを風靡しつつ、だんだんと古典SFを経て明治期の文学研究へと進んでいった横田順彌さん。NHK大河ドラマ「いだてん」に登場してこいつら何だと覆わせた天狗倶楽部を小説で取り上げたり、その中心にいた押川春浪に関する本とかたくさん出していただけに、大河ドラマの進捗とともに評価が一般化してご本人がテレビとかで引っ張りだこになるんじゃないかと思っていたところに、1月6日というから「いだてん」の第1話が放送される以前、死去していたことが伝えられた。

ヨコジュンにアトラスXに林石驍フ「超革命的中学生集団」そろい踏みだなんてもう見られないんだ  どうしてなんだ、どうしてこの時期にといった思いは強く浮かぶし、どうして付せられていたんだろうという謎も浮かぶけれども現実としてその不在が確定してしまった以上、紡がれたさまざまな著作や残された膨大な研究をいかしていくしかないんだろう。「いだてん」では現代へと視点を移してそこに横田順彌なる研究家を登場させ、過去の天狗倶楽部や押川春浪を語らせるような演出があったら、日本中にその名前も広まって研究への関心も高まって、復刊なり増刷となってくれるんだけれどなあ。ついでに絶版多々なSF小説の方も。ハチャハチャなSFって今、いったいどれだけ読めるんだろう。まあそれは無理でも、平井和正さんの「超革命的中学生集団」が古書店に出回り続けている状況なら、主人公としてのヨコジュンにはいつでも会えるんだけれど。

 というか自分自身、ハチャハチャSF作家としての横田順彌さんと、「超革命的中学生集団」の登場人物としてのヨコジュンのどちらに先にあったのか、実はあまり覚えてなかったりする。SFマガジンを買い始めたのは16歳くらいで、ハチャハチャSFが詰まった「銀河パトロール報告」が出たのも同じくらい。そして平井和正さんの本を浴びるように読んでいたのは15歳とか14歳あたりだからやっぱり「超革中」のヨコジュンの方が先なのかもしれない。アトラスXこと鏡明さんも。そんな2人とそして林石驍アと林芳隆さんが、最初に「超革中」の表紙絵などを描かれた永井豪さんと登壇したのが2018年2月2日に開かれた「平井和正氏を偲ぶ会」。あの「超革中」メンバーと会えるなんてと感動してから1年経たずにお別れというのもやっぱり寂しい。直前に日本SF作家クラブに入会が認められ、その場に居合わせられた幸運を喜ぶしかない。一度くらいお話したかったなあ。合掌。

 居合わせたといえば「宝島」で直木賞を受賞した真藤順丈さんは、第3回ポプラ社小説大賞を受賞した際に下読みなんかを多分していた関係もあって授賞式へと行き、そこで帽子を被ったダンディーな真藤さんを見て話した記憶がある。同じ年に実は電撃小説大賞も受賞していて、こちらもずっと通っていた授賞式で帽子を被ったダンディなたたずまいで佐藤竜雄監督から賞を受け取っていた姿を目撃している。未だ知られない未来の直木賞作家をしっかりチェックできていた、ってことになるけどそうした先読みの知識なり行動が、メジャーなものしか扱わない大メディアの大文化部ではまったく理解されないのも相変わらずといったところ。それだからどんどんと衰退していくんだけれど、気付いて改める感じでもないし。乗り続けて沈むのもツマラナイんでいろいろと考えよう。というか考えざるを得ないんだけれど。遠からず。どうしたものか。


【1月15日】 2017年の1月に味わったあの表面的には明るく楽しい動物少女たちのサバンナ行に見えながらも、その世界設定に何かありそうなワクワク感と、そして物語として紡がれた人間という種族ならではの叡智が知らず解放される瞬間のドキドキ感を、すでに知ってしまっている状態で2年後の今にまた味わうのは不可能だと分かってはいたから、そうした設定をおよそ引き継ぎ新たな冒険がスタートする中で、ちょっとずつ世界の様相を見せていくという設定はありと言えばありだし、それでしか描けないちった考えも成り立ちそう。

 その意味で「けものフレンズ2」について第1期のような驚きだとかドキドキなんかがちょっと足りないというのは違ってて、およそ分かった状態で新しく紡がれる関係性であるとか、新しく登場してくるフレンズの可愛らしさを楽しんでいくのが正解な気がしないでもない。ただ、それだとやっぱりどこか二次創作ともリメイクとも続編とも言えて言い切れない、宙ぶらりんな印象をぬぐえない。キュルルという新しく登場した少女がいったいどんな存在で、何を目指して旅をしていくのかが分かって来るまでしばらく様子を見る必要がありそう。

 そりゃあかばんちゃんとサーバルチャンとアライさんとフェネックが、ごこくちほーへとたどり着いてから起こる冒険を描いてくれた方が嬉しかったし、絵柄も前の方が見慣れていて安心感もあった。それが出来ないという制約の中、どういった要素を残すべきかといった要望もあっただろう中で似て非なるもののなぞるような展開を選ぶことを是とせざるを得なかった木村隆一監督は、流石だとここは思って良さそう。「アイカツ!」シリーズで長く子供が見て楽しい作品を作ってきた監督ならではの、分かりやすさを狙った展開とも言えそう。

 キャラクターのモデリングについてはどうして前作に寄せようとしなかったのか、不思議と言うしかないけれど、前作に寄せて比べられるより異なる存在を印象付けるためにズラしたと思えばそれはそれで納得の範囲。だったらなんで原案に寄せないのと思うけど、マンガ感が強まるのから避けたのかな。動きとか視線とかスタイルとか、irodoriにはirodoriの主張があったしトマソンにはトマソンのやり方がある。どっちがどっちかはどっちもと今は了解。音楽が一緒なのは光明で、目を閉じればほら広がるサバンナでジャパリパーク。オープニングに慣れるのはちょっと先になるかな。エンディングは絵が可愛いなあ。

 それを真っ当な国士なら国辱と断じて問い詰めるだろう振る舞いが、イマドキのライティな人たちだから見れば攻撃する者はすべてサヨクであって取り合う必要がないといった感じになるのだろうか。JOCの竹田恒和会長が東京オリンピック/パラリンピックの招致委員会で会長をやっていた時代に、シンガポールの会社を通じて2億数千万円だかのお金が票固めの賄賂として回ったんじゃないあとった疑惑について、フランスの検察当局が訴追に向けて動き出したという話を受けて竹田会長が会見、したもののそれは会見と呼べるものではなく自分の見解を等々と述べただけで一切の質問を受け付けずに退場。朗読とでも呼ぶべき光景が現出したという。

 フランスの検察が取り調べている最中の案件なのでしゃべれないという。でも自分は潔白だとも良い当局にそう説明したという。ならば自分は潔白であり一切の疚しいところはないと、来る質問に対して答え続ければ良いだけのこと。そこで質問を拒絶するに当たらない。海外のメディアも大勢関心を持ってきていただろう会見ならなおのこと、日本男児の覚悟というものを言葉に載せて聞かせれば、海外のメディアも納得して矛先を収めたかもしれない。いやどうだろう。いずれにしてもあれでは身に疚しいところがあるから応えられず、メディアから逃げ出したと捉えられても不思議はなく、そうした敵前逃亡を兵器で行う人間が、JOCというそれなりの組織のトップにいることが全世界に知れ渡ってしまった。これが国辱でなくて何を言うか。だからこそライティな人たちは愛国心を燃やして糾弾すべきなのに動きが鈍い。お友達だからか。誰のってそりゃあ。そういうことが噂されて不思議がない社会になってしまったんだ、この国は。やれやれだ。

 ジェフユナイテッド市原・千葉から日本代表にもなって2006年のワールドカップドイツ大会に日本代表として出場もしたロアッソ熊本の巻誠一郎選手が引退を表明。振り返ればオシムチルドレンでは唯一、ワールドカップに行った口か。あるいは倒れなければ2010年の南アフリカ大会にもう何人か連れて行ったかな。いずれにしてもオシムもジーコも認めた日本を代表するフォワードだった。可能なら今一度、ジェフ千葉に戻ってきて佐藤勇人と寿人が揃った中でその頑健な肉体と飽くなき闘争心を発揮して、ジェフ千葉をJ1に引っ張り上げて欲しかった。出て行った経緯があるからそれは難しかったにしても、偉大な選手だけに引退試合があるなら是非、熊本だけでなく千葉でもやって欲しいなあ。今季のJ2でロアッソとジェフ千葉がぶつかる最初の試合なら。熊本だろうか千葉だろうか。

 新宿ピカデリーで始まっているマクロス映画の爆音上映で「劇場版マクロスΔ 激情のワルキューレ」。音がデカい。なるほど最近は普通の映画館でも極音上映とかやってくれたりするし、音響監督さんが出向いて調整したりもするけれども「劇場版マクロスΔ 激情のワルキューレ」に関してはそうした展開があまりなく、TOHOシネマズでもドルビーアトモスとかTHXといった音響の優れたシアターで見せてくれた記憶がなかったんで、応援上映のように一緒に頼んだりMX4Dのようにアクションを体感したりといった楽しみ方はできても、ライブのような爆音での鑑賞はこれまでしてこなかった。何しろ歌が命のマクロスシリーズの、とりわけ5人組戦略音楽ユニットワルキューレが沢山歌いまくる映画は、ライブに負けない爆音でやっぱり観たかった。

 でもって感想は音がデカい。スクリーン下に置かれたスピーカーからガンガンと響いてきては、ワルキューレが歌うあらゆる楽曲が隅々にまで響いて脳天を揺らしてくれる。これを聞かされればバール化したってすぐに戻るよなあ。「AXIA」とか聞かされればメッサーだって起きるよなあ。可能ならこのサウンドでもって応援上映もやって欲しいけれど、爆音に声援が重なっては映画館が吹き飛ぶから仕方が無い。極音だけでも今は楽しむことにしよう。しばらくやっているんで期間中にもう1回か2回は見ておきたいかな。可能ならあと「超時空要塞マクロス 愛、おぼえていますか」も。こちらはこちらで映画としての完成度を改めてスクリーンで見たいのと、エンドロールの「天使の絵の具」を極音で聞きたいってのがあるから。時間割を確かめておこう。

 第42回日本アカデミー賞の優秀アニメーション作品賞に高坂希太郎監督の「若おかみは小学生!」が入ってちょっと嬉しい。他は「ドラゴンボール超ブロリー」に石田佑康監督の「ペンギン・ハイウェイ」に細田守監督「未来のミライ」と2018年のヒット作「『名探偵コナン ゼロの執行人」。順当と言えば順当だけれど名作として後世に伝えたい「リズと青い鳥」とか初監督作品にして傑作だった「さよならの朝に約束の花をかざろう」が落ちてしまったのが残念だった。「若おかみ」の怒濤の追い込みがなかったらどちらかが入っていたかなあ。受賞はでも「未来のミライ」になるのかな。

 驚きは普通の映画の優秀作品賞に「カメラを止めるな!」が入ったこと。スポーツ新聞とか映画雑誌が主宰する賞なら入っても普通だったけれど、ザ・映画業界とも言える賞にインディーズも末端の作品が入ってくるのはやっぱり快挙。これで受賞したら凄まじいけどでもそれはないか。とはいえ上田慎一郎監督は優秀監督賞、優秀脚本賞にもノミネートされていて、もしかしたらどちかは録るかも知れないし、主演の濱津隆之さんは優秀主演男優賞でこれも受賞はなくても大快挙。ほか優秀音楽賞、優秀撮影賞、優秀録音賞、優秀編集賞にもノミネートされていて、あの凄まじい撮影を成し遂げた映画として最優秀撮影賞を受賞しても不思議はないかも。3月1日の発表に注目。


【1月14日】 意識したのはやっぱり「まんが日本昔ばなし」での常田富士男さんとの掛け合いになるんだろうか。「太陽の王子 ホルスの大冒険」を見たのは宮崎駿監督が「ルパン三世カリオストロの城」とかを作ってそこで登場したクラリスとの関係めいたことが語られたのを見て、振り返った時だから随分と後になる。「家政婦が見た」はドラマだからまったく見ていなかった。だからやっぱり僕にとって市原悦子さんは声優でそれもとても上手い人で、どんな役でも自分に引きつけつつ役になりきって見せる凄さをそこから覚えた。最新の仕事は「君の名は。」の宮水一葉というおばあちゃん。その優しく達観して見通した言葉があったから、滝くんは三葉の中で頑張って自分に戻っても頑張って、そして世界は救われたんだと思いたい。有り難うございました。

 もしもスオムス義勇独立飛行隊ことスオムスいらん子中隊と荒野のコトブキ飛行隊が戦ったらどっちが勝つんだろう。いらん子中隊の方は構成が九七式戦闘機だったり零戦だったりメッサーシュミットだったりハインケルHe112だったりと多国籍だけれども登場は戦闘脚であって飛ぶのは人間でかまえた銃や刀で切り結ぶといったところ。そしてコトブキ飛行隊は隼一型を使っていて腕前も抜群だけれどやっぱり戦闘脚の方が小回りがきくし的も小さくなるからスオムスいらん子中隊の方が空戦になれば勝つかなあ。って作品も条件も違いすぎるって。

 そうしたレシプロ戦闘機の擬人化的な動きが過去にあって戦艦の擬人化や戦車の武道化なんかも行われた果て、正面からレシプロ戦闘機によるバトルを描いてのける作品が「終末のイゼッタ」以来の登場。その名も「荒野のコトブキ飛行隊」では隼一型を駆った少女たちが飛行船から空へと出ては敵戦闘機と雲もたなびく空で激しいドッグファイトを演じてみせる。その挙動はもうリアルというか、コンピューターグラフィックスで描かれ軌道計算も空力計算も受領計算もすべてされていることもあって、見ていて優れたゲームの空戦シーンを見ているようだった。あるいはリアルな戦闘機によるドッグファイトを。

 それがアニメーションにとって必要かといえば謎で、敵につかれた隼一型がふわっと浮かんではくるりと切り返して追い抜いた敵機の真後ろにつき、機銃を発射するものの相手も予想して左へ曲がって機銃掃射を避けたりする。丁々発止の空戦をよくも美少女が登場するアニメーションで描いたと関心はするけれど、そればっかりでは飽きるのも実際で、まずはここまで出来るんだぞということを示した上で、来週辺りからは少女たちのキャラクター紹介を行いつつ、置かれた状況と敵の紹介、そしてこれからどこへと向かっていくかが示されるんだろう。こちらもフル3DCGによるキャラクターはやっぱり首がくねっと動く3DCG的な挙動。でも表情とかしぐさに違和感はなく、普通に見ていられる。こういう時代になったんだなあ。見続けよう。それにしても水島努監督、これを3月まで手がけた上で6月公開という「ガールズ&パンツァー最終章第2話」をいつ作るんだ? そこが最大の謎だ。

 歴史書だ教科書だといった主張とともに刊行されたものの、ネット上とか他の本から引き写した部分が多々あったりして製品としていろいろ言われている某書のだったら他のさまざまな主張において、教科書的歴史書的であるかといった問についても、そこに何らエビデンスのない想像だけの主張ではやはり学問として取り上げるのは難しい。ただ、歴史についていろいろと想像をめぐらすきっかけにはなって、そこから合理性を求めて研究に励むなり否定のための材料を集める糧にするなら良いんじゃないのかな、そうでなければ梅原猛さんの「隠された十字架」という本も、法隆寺は聖徳太子の怨霊を祀るための作られた寺院だといった、ある意味で魅力的な主張にあふれた本も真っ向否定しなくてはならなくなるから。

 実際のところ、そうした意図はないようだけれど法隆寺という世界最古の木造建築であり伽藍に独特なところがあって釈迦三尊像や百済観音や夢殿の救世観世音菩薩といった世界屈指の仏像たちがそこにいる、特別な場所に対する畏敬をもっと持つために、「隠された十字架」のような独特の視点から描かれ、散りばめられた謎を推理によって埋めていく作業にあふれた本はやっぱり面白い。だからベストセラーになったんだろう。そんな梅原猛さんが死去。小学校の時に読んで修学旅行で行った法隆寺に感動し、歴史を好きになる一助には確実になっている。今でも時間があるならゆっくりと法隆寺を回ってきたいもの、って時間なら腐るほど出来そうだけれど。問題はお金かあ。まそれも何とかなるさ、何くるないさ。

 瘤久保慎司さんのシリーズで「このライトノベルがすごい!」でトータルと新人のW1位を獲得した「錆喰いビスコ」の最新刊「錆喰いビスコ3」(電撃文庫)が登場。世界が錆にまみれてしまった理由がいよいよ明らかになって、東京辺りで暴れたテツジンなる兵器がどうして暴れたか、そこで何が起こったかも分かったけれどもなるほどその中心にいたのが……ってのがひとつの驚きどころか。そこから300年くらいだっけ、いろいろとあったけれども血を引く2人の存在が、再び出会ってしこっていた問題を解決するってあたりにドラマティックな展開を感じる。

 できすぎじゃないのとか、子孫ったって結婚もしてなければ小作りだってしてないだろといった疑問もあるけどそこはまあ、データとして受け継がれたものが何かの拍子にわき出たとでも思っておくか。ともあれひとまず錆について決着がついて、今度は胞子であふれた世界をめぐる大冒険ってことになるけどそれって「錆喰い」なの? それとも違うの? 今度の敵めいたものはいったい何? そこにロボットビスコがどう絡むの? なんて興味が湧いてくる。無理に伸ばして本来の設定から逸脱しては散漫になってしまう懸念もないでもないけれど、キャラクターが協力だしパウーはグラマーだしチロルは可愛いから別に良いのか。ビスコ×ミロ派はどうするか。ミロ×ビスコ派? いずれにしてもそこを掘っていく人たちにも続きは必要だろう。パウーとくっついて終わりじゃ納得しないよね。よね?

 自分の父親に何か国際的な疑いがかかって、息子として父親は潔白だと語るのは自由だし、そこに本当はまるで無関係と目されている事件に対する報復だといった主張を混ぜるのも自由。それをネットの上で主に展開される番組でどれだけ言おうとも、個人の親孝行の範囲だからと誰もが眺めて理解する。納得するかどうかは別にして。問題はそうした極々個人的な主張に過ぎないネット上での発言を、わざわざ引っ張りだしては何の検証も加えることなくいちおうは全国紙と目されているメディアが報じることで、それによって個人の主張が満天下に伝わり信じる人を生み出してしまう。ちょっと拙い気がしないでもない。

 そうじゃないという証拠もないけどそうだという証拠もないなら、中立を守って双方の主張を載せるかどちらも載せないかが行動としての正しさ。でもまるで擁護するかのようにそうした主張を載せては、報復とされた大元の件について非難がましい印象を与えていく。まったくもってやれやれだけれど、そうやって仲間内の過激な発言を拾って載せればアクセスは稼げるといった判断でも働いているんだろうなあ。そういうスタンスがノイジーではあっても世間的にはマイナーなカテゴリーの人たちを引き寄せ一時のアクセスを確保しつつ真っ当なアクセスを失って、印象もライトな方面へと傾けさせて真っ当なスポンサーを逃して来たことに、気付いていながら改めないところに未来へのなかなかな不透明感が濃さを増す。どうなるんだろうなあ3年後。いやもはや1年後か。


【1月13日】 20歳あたりだから1985年から5年間ほど、1975年(昭和50年)型のスカイライン2000GT、すなわりケンメリの4ドアに乗っていたこともあって旧車に対する思いは割と強く、今も機会があるなら何か乗ってみたいと思っている。別にハコスカのGT−RとかフェアレディZ432といった希少車でなくても良い。というか今だとフェアレディZのS30型ですら500万円くらいしてとてもじゃないけど手が出ない。昔乗ってたケンメリの2000GTをそのままレストアして乗り継いでいたらと思わないでもないけれど、手元にないのだから仕方が無い。返す返すも勿体ない。

 旧車の良さがあるとしたら、それは現代の車が空力が重んじられ、CADの上で無限にいじくり回されながら微調整され、そして合理性から他の車種との共通化も図られるようになった設計の上で生まれてくる関係でどれも似通っていて、デザイン的に圧倒的な存在感を見せて乗り手を誘うことが少なくなっているから、だろう。対して1960年代から70年代にかけての車には、格好良さを狙ったデザインから多少の引き算をされた姿で量産化されても、そこにどこか手作りの跡が感じられる。まあ、単純に子供の頃に憧れた格好良さを、大人になって得た金で再確認しているだけかもしれないけれど。

 そうした大人のノスタルジーを、若い女子高生が感じて入るかは分からない。ただせきはんという人が書いた「ぜっしゃか! −私立四ツ輪女子学院絶滅危惧車学科−」(KADOKAWA)に入学した女子高生たちには、旧車に対する何か思いがあるみたい。登場人物のひとり、百瀬莉子が道ばたでパンクして止まっていたマツダR360クーペに乗っていた老女に話した、「古いクルマって、なんかどうぶつみたいだなって 今のクルマよりちっちゃくて個性的な顔しているし おばあちゃんのクルマもカエルみたいですっごくかわいいですよ」という言葉から感じるに、今の車にはない味がやはり旧車にはあるように思える。

 あと、莉子が続けた「ちゃんと散歩連れて行かないとすぐ調子悪くなっちゃうんだよ おもしろいよね」という言葉にも、、取扱の面倒さが逆に動物と、あるいは人間といっしょにいるような感じを抱かせて、ずっと寄り添っていたいと旧車に対して思わせる理由が含まれている。それが作者のせきはんあんの思いではないととは限らないけれど、長く乗っていろいろな場所に行った車に思い出を感じる、大好きな身内が大事に乗っていたことでいっしょに愛着を覚えるといったことは、女子高生でも誰でもある。そんな気がする。そうした車への思い出を、廃車によって消さずレストアによって蘇らせ、明日へとつなげていくことを目的にした女子高生たちの物語が、この「ぜっしゃか! −私立四ツ輪女子学院絶滅危惧車学科−」ということになる。

 読めばスズキフロンテクーペでありスバルサンバーであり、ハコスカと呼ばれるスカイライン2000GTの4ドアセダンでありスバル360であり、マツダコスモスポーツであり後期型いすゞベレットGT TyepRといった大人が聞けば懐かしい車がずらずらと登場していて、可愛らしい女子高生たちのキャラクターとは対照的に、どこまでも正確なディテールで絵にされていて、そこからも莉子がいうような個性を感じ取れる。そして、物語の中で故障が起こり、チョークを引っ張らなければエンジンがかからないような描写を通して、取扱の厄介さと、それとは裏腹の一手間かける愛着を覚えさせる。読んだら町を走る旧車に目が向かうようになるだろう。乗ってみたいとすら思えるかもしれない。そして乗って思うのだ。取扱づれーと。チョーク引かないと冬とか止まったものなあ、ケンメリは。

 セイバー背負って劇場版「Fate/stay night [Heaven’s Feel]U.lost butterflyをTOHOシネマズ日本橋で。割と大きめのスクリーンでもいっぱい埋まって人気のほどを伺わせる。とは言え原作的なゲームが出たのは随分と前だしアニメーションだって最初のスタジオディーンの無印「Fate/stay night」から随分と経っているしufortableに移って『Fate/Zero』がテレビアニメ化されて「Fate/stay night [Unlimited Blade Works]もテレビアニメになってからだって割と経ってて、そこまでファンが大勢いるようには見えないんだけれどやっぱり「Fate/Grand Order」が流行って世にFate好きがはびこって、その名が付けば何だって見るようになっているのだろうか。昔から追いかけているファンが大勢いるんだろうか。そのあたりちょっと気になる。衛宮さん家の今日のご飯が劇場アニメになった時にどれだけの観客で埋まるかがひとつの試金石になるのかもしれない。<BR>
>  劇場版「Fate/stay night [Heaven’s Feel]」U.lost butterfly」は第1部にあたる[presage flower]がどんなだったかちょっと忘れていて、セイバーが黒い影めいたものに引きずり込まれて衛宮士郎がサーバントを失い聖杯戦争から後退していたことを冒頭の展開から思い出しつつ、そんな黒い影が間桐臓硯の放ったものかどうかってあたりから起こっていることを類推し、どう立ち向かうかってことでアーチャーを使役する遠坂凛は言うに及ばずバーサーカーのサーバントを操るイリヤスフィールを仲間に引きずり込もうとしたらやっぱり黒い霧が現れバーサーカーを引きずり込み、そしてアーチャーも大爆発の中で腕だけ残して消えてしまった。

 いやあもうサーバント削りの連続で、黒い影に取り込まれてから復活した黒いセイバーがバーサーカー相手に闘っていたシーンとか爆発が行き過ぎてバンカーバスターでも爆発したんじゃないかといった破壊が起こって、その中で人間が生きのびられるはずもないなあと思ったら遠坂はかろうじて無事だったものの衛宮なんかは腕を吹き飛ばされていた。そりゃそうだ。そこにアーチャーの腕をくっつけ生きのびさせて、さあ黒い影から間桐桜を守るんだと意気込んでいたところに相次いだ黒い影が関わっていそうな連続殺人事件から大規模失踪事件へと至って間桐桜の”正体“めいたものが浮かび上がる。

 なるほど間桐桜ルートの[Hevens Feel]ってことだけれど、何か幸せになるってことでもなさそうで過去から営々と重ねられた罪が爆発をしては止めようとしたすべてのものをぶちこわしていく展開になりそう。どこかで誰かが止めることはできなかったのか、って思わないでもないけれど、誘って同情を得つつもすねて飛び出し襲われて暴走するメンヘラ美少女が相手ではどうしようもないってことなのかも。かくして覚醒した最凶にして最悪の魔術師を相手にいったいどんな戦いが繰り広げられるのか、ってのが2020年春公開の最終章となりそう。まあだいたい分かってはいるんだけれど、全滅エンドからの転生めいた展開の中、頑張ってもどうしょうもなかった悲しい少女の長くはない生涯を確かめ、生きることの困難さを味わいたい。とりあえず下着だけになった間桐桜を愛前列から巨大なスクリーンを見上げるようにして眺められたのは良かった。あの場面だけまた見たいから見に行くか。

 もう見ているけれども出演声優の生オーディオコメンタリーで第1話を見返すという貴重な機会ということで、TOHOシネマズ新宿で開かれた「ケムリクサ」の上映イベントを見物する。りん役の小松未可子さんにりつ役の清都ありささん、そしてりな約の鷲見友美ジェさんがそろって登壇したなかでは、鷲見さんが実はアニメーションの声優は初めてで、そうと聞いて第1話を見返すと冒頭から明るくて健気なりなって声の上手さが改めて感じられた。というか寂しい思いをした直後、ぶわっと出てくるりなたちの声を鷲見さんは、分けることなくその場で合わせて続けて喋っているそうで、アニメは初でそういう大役を背負ってなお崩さない上手さはきっと、大物になっていく現れだろう。追いかけたい。

 アニメーション自体だとりなたちが発見した水をりつがホースとなって組み上げて溜めている水槽が、実は電話ボックスを横倒しにしたものだと教えられてそうだったんだと発見。確かに緑色の天井がついたガラスの電話ボックスだった。そういう細かな設定が隅々にまで活かされつつ見えない物語を紡ぎ上げる。irodoriメンバーの頭はいったいどうなっているんだろう、ってことでいつもの鳥頭でたつき監督がサプライズ登場。もごもごと喋りつつも自分でも最後は知らないと言って笑わせてくれた。知らないはずないでしょう。でもそうした監督自身の先を探りながら作っていくスタンスが、見る側にはもっと先を読めない気持にさせてこれからを追わせてくれそう。残る11話分を楽しみにして追っていこう。周辺事態はますます有事と化して身を苛みそうだけれど、「ケムリクサ」の謎と展開がそうした憂さを晴らしてくれるに違いない。きっと。多分。絶対に。


【1月12日】 JOCの竹田恒和会長が2020年の東京五輪招致に関連してシンガポールの会社を通して賄賂を送って票集めを行ったんじゃないかといった疑惑が、ここに来てようやく吟味されたかフランスの検察当局が訴追に踏み切るっていった話が出てきた。普通だったらそれこそ悪の権化と叩かれるところだろうけれど、護送船団ニッポンの上に乗っているからか、これまでの釈明でも賄賂じゃないコンサル料だといった話に落として逃げ切ろうとしていた感じ。それは今も変わらずお金が渡った思われるセネガルのパパマッサタ・ディアクという人が、なるほど竹田恒和会長には2度会あったけれど、五輪の招致については話をしてないといった言い訳をしているらしい。

 国際陸連の会長の息子でしかない人間が、JOCの会長であり東京五輪の招致委員会委員長でもあった人間と会って五輪招致の話をしていないって言うなら、いったい何のために2度も会ったのか。友だちって訳でもないし知り合いとしても近いと言えない。でもそう言って通ってしまう風潮があったりするからなかなか厄介。だって時の総理大臣が友人の学校法人理事長と会っても特区の話なんてまったくしなかったとどちらも言ってそれが普通に通ってしまう世の中なんだから。蓋然性とか必然性とかがまったく通用しない世界。一方でそうした会合における忖度なり追従は働いてあうんの呼吸で物事が進んでいく。誰も責任を持たず責任をとらないで汚職的収賄的便宜供与的状況が生まれてしまうこの国を、世界はどう見るかが今回の一件で改めて指弾されるかな。されて欲しいな。そうでないと未来はないから。すでにないけど。やれやれだ。

 タツノコプロのオリジナルアニメーション「エガオノダイカ」をやっと見る。1つの星にソレイユ王国とグランディーガ帝国があって王国ではある鉱石を元にしたエネルギーを使ってそれなりの反映を謳歌している様子。鉱石を取り扱っていた最中の事故(なのかどうなのか)で王と王妃が死んで、残された王女のユウキ・ソレオユが12歳になって政治の表舞台に立つことになったけれど、根が優しいユウキは帝国との関係でも聞いているようにこれまでどおりの友好関係を維持しようとする。自分が12歳の誕生日でもらったさまざまな貢ぎ物を帝国に贈ってとも言い出す。

 そんなユウキのかたわらに立ち続けた幼なじみの騎士、ヨシュア・イングラムに騎士たちとともにグランディーガ帝国との国境へと向かう任務が降りてくる。ロボットを動かして闘うことにはそれなりの実力を持っているヨシュアが向かった国境では、なぜか激しい戦闘が起こっていたという、そんな第1話の終わりあたりから創造するに世界は12歳のユウキが考えているほど平和ではなく平穏でもなく、資源なり権力なりをめぐった争いがずっと起こっている感じだった。知らぬはお姫さまばかりなり? そうした騒乱の中にもしかしたら王と王妃も消されたのかもしれない。

 そうした世界の苛烈さにずっと気付かずに生きてきたユウキと、想像するならグランディーガ帝国の軍事として厳しい国に生まれ育って戦いの中を生き抜いてきた少女、ステラ・シャイニングとの対比なり対立なり邂逅を通して、現実には苛烈な世界を空想の平穏を尊びそうであって欲しいと願うユウキ、現実を見極め突破したいと動くステラの関係がえがかれていくんだろう。どちらかが圧倒的な力を持って蹂躙する感じでもない世界がまとまるのは容易ではなく、過酷な戦いも描かれることになりそうだけれど、そうした対立が平穏へと向かう答えが示されれば、同様に苛烈で争いがなくならない現実の世界に応用して、平和をもたらしたいとも思えてくる。そうした示唆を得られるか。得られなくても感じ取れるか。展開を見極めたい。王国側の騎士ユニ・ヴァンキッシュの声は小市眞琴さんかあ、舞台版「クジラの子らは砂上に歌う」のギンシュ姉さん。声優も巧いなあ。

 漫画は読んでないけど存在は知ってた「魔法少女特殊戦あすか」をアニメイズム枠で。異世界からの侵略を別の異世界から導入した魔法の力で食い止めた地球が舞台。その戦いで活躍をして生き残った5人の魔法少女たちは、とりあえず異世界からの侵略は止まって平穏になった世界でそれぞれに生きていた。たいてはい軍事や警察などの組織に所属して力を使って起こる犯罪やテロの対応にあたっていたけれど、マジカル・ファイブと呼ばれた5人の生き残りの魔法少女でリーダーだった大鳥居あすかだけはトラウマからかPTSDか、一線に戻らず普通に高校生として生きていた。

 魔法の力は使ってないけどスポーツは万能で同級生から陸上部に誘われたり、別の同級生からは本が好きだと思われ文芸部に誘われてもいた、そんなある日。護送中のところを逃げ出したテロリストが仲間を得て乱射を始めたげ現場に、同級生の文芸少女が居合わせ襲われそうになったのをみたあすかは魔法少女に変身し、テロリストを倒して切り伏せ殲滅する。さすがは魔法少女、軍隊でもかなわなかった怪物を屠ったあけのことはある。そんな血しぶきが吹き上がって手足がバラバラになるあすかの活躍を見たら、普通の少女だったら驚き恐ろしさを感じて悲鳴を上げ、見てあすかは自分には居場所がなかったと気付いて最前線に戻るちう展開かというと、どうも学園ものは続いていくらしい。そこがちょっと面白い。

 とはいえテロは頻発し、魔法や魔術を使った犯罪も多発する中で魔法少女が出なければ大勢の人が死ぬ、近いところでは友だちが死んでしまうかもしれないという思いであすかは陸上自衛隊陸の上総隊司令部特殊作戦群本部に出来た魔法少女特殊戦開発部隊に復帰することになるみたい。そこでかつての仲間と再会するのか、敵はどういったものなのか、異世界の怪物たちによる進行は本当に止まったのかといった疑問に応えが得られる展開が、繰り広げられていくんだろう。テロリストを相手に闘うあすかを見ていた人たちは何者なんだろう。気になるところ。原作読めば展開もすぐ分かるけど、こちらは毎話を追っていこう。しかし深見真さん、「revisions リヴィジョンズ」があって「PSYCHO−PASS サイコパス」もあってと仕事しすぎだなあ。どこからアイデアが出てくるんだろう。聞いてみたい。

 平成ネット史(仮)展がいきなりウィンドウズ95の発売から始まっていて、それ以前にマッキントッシュとかウインドウズ3.1にインターネットマガジンの付録のCD−ROMからソフトをインストールしてネット接続していた文化、個人ホームページを作っていた文化がまるっと削られていたのを見てお呼びじゃないと感じてそそくさと退散。そして葛飾へと回り青砥から歩いてかつしかシンフォニーヒルズのモーツァルトホールで開かれた「けものフレンズLIVE〜どうぶつビスケッツLIVE〜」を見る。過去、生身のどうぶつビスケッツが出てくる場といえばリリースイベントとか舞台とか大勢がそろってのライブが大半で、どうぶつビスケッツの尾崎由佳、小野早稀、本宮佳奈の3人だけがメインで進めるライブってなく、どんな歌を披露しどんなライブになるか気になったけれどもそこはしっかり、新譜旧譜から3人のとソロを織り交ぜ聞かせてくれた。

 間にはPPPから佐々木未来さんだけ抜けた4人がイワビーもマーゲイの変装ではなく相羽あいなさんが来場して場を繋ぎ、オイナリサマも混ぜカラカルも入れて戻ってきたどうぶつビスケッツといっしょに「ようこそジャパリパークへ」を見せてやっぱりこれがあってのけものフレンズLIVEって気にさせてくれた。そこではまだ泣かなかったけれど、どうぶつビスケッツの3人で「けものフレンズ」のエンディングでみゆはんが歌っていた「ぼくのフレンド」を歌ってくれたところでなんか泣けた。あの楽しかった時間がまだ残っていて懐かしく、そこから今へとちゃんと繋がっているのが感じられて嬉しく、そして先に向かおうと覚悟を感じて安堵したのかもしれない。その挨拶で本宮佳奈さん小野早稀さん尾崎由香さんが泣いていろいろあって今があることを喜んでいた。消えず埋もれず今に至ってそして……。こういう作品もちょっと珍しい。あの涙を見るとやっぱり支えてあげたくなってくる。「けものフレンズ2」がどうなるか、まだ分からないけれどもライブや舞台があるならずっと追いかけていこう。


【1月11日】 喉が痛くて咳が出て鼻水も止まらないけど風邪じゃないと信じてトウキョウオートサロン2019へ。例年だったらワンダーフェスティバルで行われるグッドスマイルレーシングの初音ミク痛レーシングマシンのお披露目が、今回はオートサロンに出店していてグッドスマイルレーシングのスポンサーにもなった埼玉自動車大学校のブースで行われることになったもの。まあレースとはまったく関係がないフィギュアの祭典よりはカスタムカーの祭典でレーシングマシンもいいぱい並ぶしチューンナップパーツもわんさかの東京オートサロンがむしろホームって感じがする。ブースは大きくなかったけれど、集まったメディアもワンフェスほど多くはなかったから取材もしやすかったし。

 そんな2019年シーズンの初音ミク痛レーシングマシンは「アイドルマスター シンデレラガーズル」でキャラクターデザインを担当した杏仁豆腐さんがイラストを手がけていて、ここんところシュッとして格好良くてスタイリッシュだった絵柄がぐっとポップで可愛らしいものになった。見ほれるくらい。ただマシン全体は屋根が黒くなってて引き締まったような印象もあって不思議なバランスの上に成り立っていた。フロントグリルも真っ黒でスパルタンな感じ。ただしそこにフラッシュを焚いて撮影すると色彩が浮かび上がるから不思議というか、夏場の昼間しかレースをしない時なんてまったく分からないところに仕掛けをするところに、妙なこだわりを感じる。夜のレーシングマシンを撮影する機会なんてそもそもあるのかなあ。

 過去に2度ほど優勝しながら連覇できず、2017年に3度目の優勝を果たして初の連覇だいや3連覇だと意気込んでいたけど2018年は4位に沈んで連覇はならず。だから今度こそ連覇を狙うための最初の年となるだけに、買っていきたいところだろうけれども今回のデザインだったらフィギュアも売れそうだし、マシンのレプリカミニチュアなんかがあったらちょっと欲しくなりそう。クールよりもやっぱり可愛い初音ミクがみんな好きなんだ。いつかダヨーさんが前面にあしらわれた初音ミク痛レーシングマシンなんかが出来たら勝てるかなあ、速さとは縁遠いけどパワーだけはありそう。ところでワンフェスでの決起集会は今年やるんだろうか。そっちはそっちでコンパニオンとか出てくるから見逃せない気はするけれど。追って案内を待とう。

 東京オートサロン2019では常連となっている「グランツーリスモ」のブースもあったけれど、いつもだったら試遊のコックピットが幾つも並んでいるところが、今回は2台だけでタイムアタックを中心としたeスポーツの体験会を行っていた。今年の秋に茨城国体の文化プログラムとしてeスポーツの大会が行われることになっていて、そこに「グランスーリスモSPORTS」がタイトルとして参戦するらしい。すでにFIA(国際自動車連盟)と組んでチャンピオンシップなんかも行っていたりするから、eスポーツのタイトルとして国際的になってはいるんだろうけれど、「FIFAサッカー」とか「ウイニングイレブン」とかと比べればeスポーツの分野ではまだ知名度がないんで、こうやって存在をアピールしておこうって考えなのかも。ゲームを売って儲けるっていう商売に加え、見て楽しんでもらってそこから儲けるといった商売もこれから増えていく。そのための布石を打っているってことかな。

 「来月のバレンタインデーに向けてチョコの販売が本格化するのを前に、農森氷産省は、売れ残ったチョコが大量に廃棄される問題解決に向け、チョコがもらえなかった男子に配布するようコンビニエンスストアやチョコレート製造の業界団体に文書で通知することになりました。同時にホワイトデーには誰かにお返しするよう求めていきます」なんてニュースが出るかというと、チョコレートは値引きして売れば売れるからたぶん問題にはならないんだろう。でも恵方巻きはナマモノだからその日に売れなければ明日値引きして売れば良いってものではない。だから夜には大量に余って値引きして売ってそれでも売れ残ったら廃棄処分にするしかない。具材もナマモノだから加工なんて不可能だし。

 だからそうした余らせて廃棄となることを農林水産省が指導する形で防ごうという話になったんだけれど、わざわざ民間のやることにお役所が出てくることにちょっと違和感。言われなくたって業界が自分たちで気付いてセーブすれば良いだけのことで、土用にウナギを売らないと決めたチェーンもあったりするんだから、うちは恵方巻きにのらないなんて決めるチェーンが出ても良い。元が関西の風習なんだから東日本はのらなってことでも良いのに、余所がやるならうちもやらなくちゃって意識が自分ところは止めるっていう足抜けを許さないんだろう。だから国に言ってと根回ししたのかなあ。どっちにしても今年は棚いっぱいにはならないかな。それはそれで買う機会が減って寂しい気も。海苔巻きで我慢するかな。

 Netflixで一気配信が始まっていたので谷口悟朗監督の「revisions リヴィジョンズ」を全話見てしまう。毎週の展開を楽しみにして見ることも考えたけれど、すでに先行で4話まで見ているから今さら4週間も後追いしながら2月入りを待つのもちょっとかったるい。時間もあるうちに一気に見るのがここは良いって判断。でもってどうなったかはまだ言わないけれど、いろいろと大変なことになって悲しいことも起こって、そしてとりあえずの大団円は迎えるもののその過程でいろいろとズレた時間の問題なんかも浮上してきた。いったい幾つの時間線を行き来して解決の時間にたどり着いたんだろうなあ。そんな多時間設定なんかも噛みしめつつ、とりあえず選ばれた時間線のその先に、何が待っているかを考えてみるのも一興。というか続き、あるよねって終わり方だったんでメンバーが再帰し、心を入れ替え成長したかもしれない堂嶋大介らがミロと出会い、世界の危機に立ち向かうなんて話を期待しよう。Netflixでのシーズン2が有力かなあ。映画でも良いけれど。

 これはいったいどうなるかなあ。JOCの竹田恒和会長が東京オリンピックの招致に際して賄賂を贈ったんじゃないかって疑いでフランスの検察当局によって刑事訴訟の対象にされる可能性が浮上。カルロス・ゴーン日産自動車元会長が長く拘留されているんで、その復讐じゃないかなんって話も広がってはいるけれど、ゴーン元会長の話なんか出るよりずっと前、もう3年とかそれくらい前から竹田会長による贈収賄は取り沙汰されていた。シンガポールの会社を通じて2億3000万円がどこかに流れたとかどうとか。日本の第三者委員会とかは問題なしって判断を下したそうだけれど、でも具体的に金がどうなったかは確か言ってなかったっけ。フランスの検察当局はそのあたりもきっちり調べて、これはヤバいんじゃねって判断を下したのかも。もしも逮捕とかされたらどうなるのかなあ、東京オリンピック。金で買ったってイメージはつくよなあ。でも止めないし今さら止められない。招いた以上は精いっぱいにおもてなしってことを言うんだろう、反省より先に。それが今の政治であり社会なのだから。企業もか。自分たちが赤字まみれにした経営の再建するために自分たちが頑張る、それが経営責任だって言うんだから。やれやれだ。



(ACCESS COUNTER '96.07.20)


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