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11.手のひらの京 12.私をくいとめて 13.意識のリボン 14.生のみ生のままで 15.オーラの発表会 16.あのころなにしてた? 17.嫌いなら呼ぶなよ 18.パッキパキ北京 |
【作家歴】、インストール、蹴りたい背中、夢を与える、勝手にふるえてろ、かわいそうだね?、ひらいて、しょうがの味は熱い、憤死、大地のゲーム、ウォーク・イン・クローゼット |
「手のひらの京(みやこ)」 ★★ | |
2019年04月
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京都に生まれ、京都に暮らす奥沢家3姉妹のそれぞれを描く、長編。 当然にして連想するのは谷崎潤一郎の大作「細雪」。本書はさしづめ現在版あるいは綿矢版「細雪」というところでしょう。 「細雪」の蒔岡家が4姉妹であったのに対し、本作は3姉妹。 長女の綾香はおっとりした性格ですが、31歳になって突然出産年齢が気になり出し、密かに焦りを感じています。 次女の羽依(うい)は恋多き性格で、入社したばかりの会社で女子社員から人気の高い前原と付き合い始めたところでウキウキですが、やがてトラブル多発。 三女の凛は大学院生。ずっと京都の暮らし故に、京都の外へ出てみたいと思うのですが、これが意外に多難・・・。 年頃の女性3人が揃えば、それなりにゴタゴタは生じるもの、という点は「細雪」と同様です。 本作でもっとも印象的なことは、京都に住む居心地良さが全篇に満ちていることです。これが実に心地良い。 何年か続けて京都に通う内、何となくそんな雰囲気が判るようになってきました。 鴨川、貴船、大文字焼、宵山、正月等々、風情も豊か。その一方で、閉じ込められている気がする、という三女・凛の思いも判る気がします。 普段着の京都に触れられたような感覚が嬉しい。午後遅くになってからの鴨川散策、私は好きでした。 僅か3ヶ月半という短い大阪への単身赴任生活でしたが、今にして思うと、大阪に捉われず、もっと京都に足を運んでいれば単身赴任生活も楽しめたのではないかと、ちょっと後悔。 |
「私をくいとめて」 ★★☆ |
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2020年02月
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本当に等身大のストーリィだなぁ、という印象。 主人公は黒田みつ子、小さな会社のOLで独身、もうすぐ32歳。カレシおらず、親友も今は近くにいない。 そんな“おひとりさま”であるみつ子が話し相手にしているのは「A」。彼女の脳内に作り上げた相手、つまりは自分自身。 みつ子が迷ったりする時、Aが相談に乗ってくれ、いろいろと励ましてくれます。みつ子の性格や状況を「A」はよく知っているのでとても貴重な存在。当たり前ですよね、もう一人の自分自身なのですから。 一人でいることが苦にならない人ならともかく、誰だって話し相手は欲しいはず。 だからみつ子が自分の中に話し相手を求めたことも、そうオカシイこととは思いません。むしろそのことでみつ子が毎日を健全に過ごすことができているなら結構なこと、と思います。 そういった存在の所為か、イタリア人と結婚してローマに住む親友の元へ出かけたり、会社の先輩女性の行動にお付き合いしたりするとき、「A」は姿を見せません。 どこにでもいる、ごく普通の独身女性が毎日繰り返している日常を、これ以上ないというくらい等身大に描いた作品。 自分を大切にしながら地道に生きている主人公、みつ子への好感度は極めて大。 自分にそっくり、と思う女性読者はさぞ多いのではないでしょうか。 特別なドラマがある訳ではありませんが、ず〜んと胸の内が温かくなってくるような気がします。 お薦め! |
「意識のリボン」 ★★ |
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2020年02月
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2004年から2007年まで、4年間にわたり複数の文芸誌に発表された短篇を集めた短篇集とのことです。 綿矢さんの短篇集としては「憤死」に続く2冊目。 本書に収録された短篇を読んでいると、綿矢さんが形式や内容に捉われず、自由自在、好きなように、楽しく書いているように感じます。 ただ他人を観察するだけだったり、妄想が主体となったストーリィだったりと。 中でも「怒りの漂白剤」などは、エッセイなのでは?とつい思ってしまうような短編になっています。 どれもきちんとしたストーリィになっているとは言えず、だから楽しい、綿矢さんの語りを楽しめる、という風です。 表題作「意識のリボン」は、本書中では一番ストーリィらしさのある作品で、好きです。 交通事故にあった瞬間、ふわりと浮き上がり、気づくとずっと下に自分の身体を見下ろしていた・・・・というもの。 吉村昭「少女架刑」のようになるのかと心配したのですが、そうはならずホッ。それも楽しさに繋がったという思い。 自在に楽しめる短篇集。楽しく、味わい豊かです。 岩盤浴にて/こたつのUFO/ベッドの上の手紙/履歴の無い女/履歴の無い妹/怒りの漂白剤/声の無い誰か/意識のリボン |
「生のみ生のままで」 ★★☆ 島清恋愛文学賞 | |
2022年06月
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女性同士の純真でひたむきな恋愛を、2部(上下巻)構成で描いた長編。 主人公の南里逢衣(なんりあい)が同棲中の恋人=丸山颯と出かけた人気の失せたリゾートホテル、そこで2人が出会ったのは颯の昔馴染みである中西琢磨とその恋人、芸能活動中である荘田彩夏(しょうださいか)。 最初こそ、自分を見定めるような彩夏の視線に不快感を抱いた逢衣でしたが、滞在期間が終わる頃には、彩夏と打ち解けた仲になっていた。 その後、メールで連絡を取り合い、彩夏と毎週のように会う親しい仲となっていた逢衣ですが、会った時から一目で好きになっていたと彩夏から告白されたときから、2人の離れ難い関係が始まる・・・。 <ビアン小説>、中山可穂作品でたっぷり読んだという思いがありましたので、今更?という思いもありましたが、綿矢さんが何故こうした物語を描いたのか、どう描いたのかという興味から読んでみた次第。 実際に読んでみと、<ビアン小説>という印象はとくに感じません。恋焦がれるように想い合った2人の恋愛ストーリィ、それがただ女性同士だったというだけのことで、男女という意識はそこにはありません(時代の変化や考え方の多様化という影響もあるかもしれません)。 むしろ、妻になりたいから好い女を装う、夫になろうとして頼りがいのある男を演じるという媚びがない分、清々しい恋愛関係を感じます。 しかし、彩夏が女優として人気上昇していくが故に、やがて2人の前に困難が立ち塞がります。 恋愛とは、夢中になっているその渦中より、時間を経て2人が遠く隔たっても変わらずにいられるものなのかどうか、そこで初めて真価が問われるものではないのか。 逢衣と彩夏の、長い時間に亘る純粋な恋愛小説、まさに圧巻。読んでいる間、とても幸せな気持ちでした。 抵抗感のある方もいるかもしれませんが、是非お薦め。 ※装丁も素敵です。 |
「オーラの発表会」 ★★☆ | |
2024年06月
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主人公は、女子大生の片井海松子(みるこ)。 子供の頃から他人の気持ちに鈍感な女子。さもシカトされたり、イジメられたりしそうな処ですが、そうした感覚が無い所為かケロッとしているところが面白い。 姫野カオルコさんの作品によく登場するような人物像ですが、姫野さんの場合は自ら他人との間に線を引っ張ってしまう処があるのに対し、本作の海松子は、自分は人と普通に付き合っていると思っている処が大きく異なります。 人の気持ちをあれこれ気にしないで済んだら、さぞ楽だろうなぁと思います。ただし、孤立とかシカトにも鈍感であることが必要でしょうけど。 とにかくこの海松子のキャラクターがユニークで面白い。 凧揚げが好きだったり、頭の中で身近な人に仇名(まね師、あぶらとり神、七光殿、サワクリ兄)をつけていたりと。 綿矢さん、この海松子というキャラクターを書きたかったとのことで、この海松子が本作の全て、と言って間違いありません。 実家から大学に十分通えるというのに、突然アパートでの一人暮らしを海松子に命じた両親も中々個性的で、何故そうしたのか、その理由も是非知りたいところです。 海松子の言動に同級生たちが戸惑うところがあるものの、大学の同級生と海松子の関係は決して悪いものではありませんし、誘われれば積極的に応じていく海松子は、自然体で人とうまくやっていく本能を備えているようで、単なる付き合い嫌いの人間からは羨ましいばかりです。 そんな海松子が、何故かモテて、2人の男性から告白されるとなるのですから、本作の展開は色々と面白い。 幼馴染のまね師こと祝井萌音との関係、七光殿こと森田奏樹との関係、同級生との会話・・・・綿矢さん、実に上手い。 そして“オーラの発表会”って、こりゃもう・・・。 この面白さ、愉快さ。是非本作を読んで味わってください。 |
「あのころなにしてた?」 ★☆ | |
2024年02月
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新型コロナ感染が広がった、2020年の日記。 新型コロナ感染について言えば、はじめはまだよくわからなかった、あっという間にマスク不足が広がり、ついで感染を極度に恐れるようになった日々。 誰が日記を書いたとしても新型コロナ感染のことに触れざるを得ないでしょうし、現に綿矢さんの日記でも大きな比重を占めています。 小説執筆についても新型コロナ感染を無視できないなぁ、というのは当然のことと思います。 他の小説でも、ストーリィ中で新型コロナ感染に触れている作品は幾つも見受けるようになりましたし。 ただ、キスシーンとかが描きにくくなった、というのはそうだよなぁと思う処。まず体温を測定して手を洗浄し、感染者等との接触有無を確認してからマスクを外し・・・なんて、ムード台無しですものねぇ。 柔らかく綴られているところが印象的。 日常生活のこまごましたこともあり、普段着の綿矢さんにちょっと触れた気がします。 1月〜3月:すぐには家を見せられない 4月〜6月:外に出る勇気 7月〜9月:値引きがちょっと切ない 10月〜12月:風に揺れるウレタンマスク あとがき |
「嫌いなら呼ぶなよ」 ★★ | |
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これまでの綿矢作品からすると異色、そして痛快な面白さ! 他人からどう思われようと我が道を往く、風の4篇。 クラシック映画の題名にもなっていて良いイメージのある言葉ですが、そこは現代風の<我が道を往く>ですから、自分勝手なところが多分にあり。 その分、人から気に入らないと思われ、あるいは人に嫌な思いをさせることもある訳ですが、そんなことは気にならないと平然としていられるのであれば、さぞ楽なことかとも思います。 ・「眼帯のミニーマウス」:若い女性社員の山ア、子どもの頃はロリータに嵌り、今はプチ整形に。ところがふとプチ整形のことを洩らしてしまうと、イジられることイジられること。嫌味な先輩女子の言葉に発奮して山アがしたことは・・・・爆笑。 ・「神田タ」:ぼやんちゃんこと石ノ鉢紗永恵、売れない芸人=神田のSNSに嵌り、自分に気付いてほしいと熱心にコメントを付けていたのですが・・・。 ※本題名、芥川龍之介「蜘蛛の糸」のカンダタのもじりらしい。 ・「嫌いなら呼ぶなよ」:妻の友人宅のパーティに呼ばれて同行したら、自分の不倫を追求するための計画だったとは。 その主人公=霜月の心の内が面白い。つい謝罪会見をする企業役員の胸の内はこんなものなのかも、と思ってしまいます。 ・「老は害で若は輩」:若手男性編集者の内田、作家のインタビューを担当した処、その後原稿起こしした女性ライター(42歳)と、その原稿を全面的に書き換えた芥川賞最年少受賞者だと自慢する女性作家の綿矢(37歳)が、バトルを展開。 何とか2人を取り持とうとした内田、何時の間にか2人から自分が攻撃される羽目になろうとは。 綿矢さん、ご自身を自虐しているようで、愉快です。 きっと綿矢さんも楽しんで書かれたのでしょうね。 眼帯のミニーマウス/神田タ/嫌いなら呼ぶなよ/老は害で若も輩(やから) |
「パッキパキ北京」 ★★ | |
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元ホステスという菖蒲(あやめ)、コロナ禍の北京に単身赴任中である夫(20歳上の56歳)から請われて、中国へ。 その菖蒲のバイタリティが凄い。 コロナには既に2回罹患済とコロナを恐れずに北京市内を歩き回り、歴史的観光場所などは目もくれずに、ショッピングセンターで買い物、中国サイトを利用してネットショッピング、SNSで中国人大学院生カップルと知り合いになり、さらにあれもこれもといった具合に中国の様々な料理を食い倒す、といった案配。 挙句、夫婦共々コロナに罹患してその症状に苦しむのですが、何のその、少しもバイタリティは衰えません。 赴任して滞在期間3年になるも未だに中国に馴染めないでいる夫と対照的。 でも、私だったら多分この夫さんと同じパターンだったろうなぁと思います。 この二人、余り夫婦間はなく、何かのパートナーではあるのだろうという感じです。 とにかく、ボジティブな主人公なのです。 最後の最後まで自分を貫く、自分の気持ちを曲げたりしない、自分らしさを何より大事にしている、というところが痛快。 なお、小説版<北京生活ガイドブック>としても楽しめること、請け合いです。 |