上橋菜穂子
(うえはしなほこ)作品のページ No.2



狐笛のかなた

獣の奏者1・2−闘蛇編&王獣編−

13獣の奏者3・4−探求編&完結編−

14獣の奏者・外伝−刹那−

17.物語ること、生きること

18.明日は、いずこの空の下

19.鹿の王

20.ほの暗い永久から出でて(共著:津田篤太郎)

22.鹿の王 水底の橋


【作家歴】、精霊の守り人、闇の守り人、夢の守り人、虚空の旅人、神の守り人、蒼路の旅人、天と地の守り人・第1部〜第3部、流れ行く者、「守り人」のすべて、炎路を行く者、風と行く者

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精霊の木、香君

 → 上橋菜穂子作品のページ No.3

 


                 

6.

●「狐笛のかなた」● ★★☆          野間児童文芸賞


狐笛のかなた画像

2003年11月
理論社刊

2006年12月
新潮文庫
(590円+税)



2009/08/27



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“守り人”シリーズとは異なり、日本の伝承話的ファンタジー。

犬に追いかけられている子狐を少女の小夜が自らの懐に入れて救い、さらにその小夜を森の中の屋敷に閉じ込められている少年=小春丸が救います。
それをきっかけに小夜と小春丸が親しくなり、その2人の様子を遠くから小狐=野火が見守る、という光景がプロローグ。
長じてその2人+1匹は、隣接して敵対する2国の領主同士の争いに巻き込まれることになります。
実は野火、春名ノ国の領主一族を恨む湯来ノ国の呪者に使い魔とされた霊狐
一方の小夜は、春名ノ国の領主に尽くし隣国の呪者に殺された母親の能力を受け継ぎ、人の心が聞こえる<聞き耳>の力をもつ少女。
湯来ノ国は春名ノ国に対する長年の怨念を晴らそうと悪計を凝らし、ついに小夜も小春丸も無関係ではいられなくなります。
しかし、小夜を想う野火は、切なくも2人に敵対する呪者に使われる身・・・・というストーリィ。

ファンタジー物語ですが、本作品が伝えるものはファンタジー世界に留まらず、普通の小説にも通じるものです。
人と人との間に生まれた恨み、憎しみは、どうしたら解決することができるのか。そのためにはどう行動すればいいのか、ということ。
そして互いを想う気持ちは、その姿や境遇を超えて繋がり合うことができる、ということ。

エピローグにおける小夜と野火の姿は、幻想的な美しさを纏っていて、印象的です。

     

9.

●「獣の奏者 1・2−闘蛇編&王獣編−」● ★★★


獣の奏者画像
  
2006年11月
講談社刊

(1500円+税)
(1600円+税)

2009年08月
講談社文庫化



2009/09/06



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リョザ神王国真王と、その神王国の攻防を担う大公
その神王国と大公領を象徴するのが、政治的な獣とされる、王獣闘蛇
そしてそれは、決して人に馴れず、また馴らしてもいけない獣。
本作品は、その王獣とともに苦難の道を歩む少女エリンを描く、壮大な長篇ファンタジー。

【闘蛇編】
闘蛇を死なせた罪で処刑された母親と死に別れたエリンは、大公領を脱出した後、蜂飼いジョウンに拾われて育つ。
生き物に尽きない興味と鋭い才覚をもつエリンは、やがてカザルム王獣保護場の学舎に入寮し、獣ノ医術師を目指すことになります。
その保護場で教導師長エサルが苦慮していたのが、王獣の幼獣であるリランのこと。一切の餌を食べようとしないため。
生き物に対する鋭い観察眼と熱意を併せ持ち、そのうえ野性の王獣の親子を観察したことのあるエリンに、エサルはリランの世話を任せることにします。
そしてそこから、エリンの新たな苦難の道が開かれようとする。

【王獣編】
決して人に馴れず、また馴らしてもいけない獣=王獣
その捕らえられて傷つき、不安な様子だった幼獣リランの世話を任されたエリンは、竪琴を使ってリランとの意思疎通を図ることに成功。
王獣の飼育方法を定めた王獣規範に捉われずエリンはリランを育てることによって、リランは王国に飼われている他の王獣に勝って美しく、また他にない力を発揮します。
そしてそれは、エリンに苛酷な運命を担わせることになります。
王獣は、何故馴らしてはいけない獣だったのか。また、王国に伝わる王獣規範は、何の意図から定められたものだったのか。
やがて真王と大公の争いに巻き込まれたエリンは、人間と獣の違いはどこにあるのか、何故王獣規範は定められたのか、ということを身をもって知ることになります。

壮大で奥深い、少女と王獣の成長物語。何といっても王獣という獣の存在、造形が圧巻。
本作品の最大の魅力は、人間と獣とを分かつものは何なのか、それを問う物語であるところにあります。
1章、1章、読み進むにつれ、面白さはどんどん膨らんでいきます。
本物語を児童文学の範疇に収めておくのはあまりに勿体ない、大人が読んでも底知れない面白さを感じるファンタジー作品です。

※なお、当初本作品はこの1・2巻で完結していたのだそうです。

    

13.

●「獣の奏者 3・4−探求編&完結編−」● ★★☆


獣の奏者画像

2009年08月
講談社刊

(各1600円+税)

2012年08月
講談社文庫化



2009/09/20



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獣の奏者は1・2巻で一応完結した物語だったそうです。
それなのに続編が書かれることになったのは、佐藤多佳子さんの「もっと読みたい・・・。この完璧な物語の完璧さが損なわれてもいいから」という言葉と、アニメ化の話をきっかけにその先へと続く道を「発見」したからだったそうです。

前作が人と獣の間で気持ちを通じ合うことができるか、という物語であったのに対し、本作は人は何故争うことを止めないのか、そこに未来はあるのかといった、人の群れに関わる物語。

【探求編】
前作から11年後、再び起きた闘蛇<牙>の大量死。
その原因調査の依頼を受けたエリンは、母たち<霧の民>が戒めとして伝えてきた謎を解き明かす、破る道に足を踏み入れることになります。
一方、リョザ神王国に迫る強国ラーザの影。唯一人王獣を操る術を知るエリンは、否応なく幼い息子ジェシや夫と共に大国同士の争いに巻き込まれることになります。

【結末編】
選択肢はなくなり、エリンは決意をもって王獣を訓練していく。
闘蛇と王獣にかかる多くの戒め。何故かという理由は伝えられていない。
王獣を戦闘の場に送り込んだとき時何が起きるか判らない、何が起きても自分の一身で引き受ける。そんな断固とした決意をもって、戒めの謎を解き、秘められた理由を明らかにするため、エリンは戦場へと向かう。

前作のようなビルディングス・ロマンから一線を画し、逃れられない宿命へ敢然と立ち向かっていくエリンの物語。
したがって、負わされた宿命の苛烈さ、重さ、エリンと共にそれを担うジェシの哀しさが基調となるため、傑作ファンタジーというより、辛く、重たい物語という印象。
それでも全ての謎が解き明かされた今、「獣の奏者」は完璧な物語として完結した、という思いです。
「獣の奏者」全4巻は、壮大な叙事詩。

   

14.

●「獣の奏者 外伝−刹那−」● ★★


獣の奏者画像

2010年09月
講談社刊

(1500円+税)

2013年10月
講談社文庫化



2010/10/03



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壮大なファンタジー大作「獣の奏者」のサイド・ストーリィ。

「刹那」は、エリンが「堅き槍」であったイアルと結ばれ、息子ジェシを産むまでを描いたストーリィ。
ファンなら気になっていた筈の1・2巻と3・4巻の間にある物語で、読まずにはいられません。

「秘め事」は、エリンの良き理解者でカザルム王獣保護場の最高責任者であるエサルの、苛烈な青春時代とその許されぬ恋の思い出をエサルが回想する形式で描いたストーリィ。

そして最後の「初めての」は、ある日のエリン、イサル、ジェシの幸せな家族らしいひと時を描いた10頁余りの短い篇。

エリンは否応なく、一方エサルは自ら選んで、普通ではない生き方を選び取った女性。
その2人の生き方を、本書「外伝」は凝縮して描いています。
エリンには、どんな境遇に置かれようと決して幸せを諦めない、という強い意志。
そしてエサルにおいては、貴族の総領娘に生まれながらも、平凡な女の幸せを振り棄てて自分の道をつかみ取ろうとする、やや暴走気味の性格。
一見正反対の結果に見えますが、2人には自分の歩む道を自分で決め、それを貫こうとする姿勢の点で、同志のように繋がり合うものがあります。
エサルがエリンの良き理解者、支援者となったのも、本書を読むと頷けます。

あとがきで上橋さんは「自分の人生も半ば過ぎたな、と感じる世代に向けた物語になったようです」と語っていますが、2人の人生を描くという点で本書はまさしく大人向けの一冊と感じます。

刹那/秘め事/初めての

       

17.

「物語ること、生きること」 ★★


物語ること、生きること画像

2013年10月
講談社刊

(1000円+税)

2016年03月
講談社文庫化



2013/12/28



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私が初めて上橋さんの精霊の守り人を読んだ時に感じたことは、どうしてこんな子供も大人も夢中になれるような面白い物語を書くことができたのだろう?ということでした。
本書は、担当編集者の
「上橋さんがどんな子どもだったのか、どうやって作家になったのか、そういう話を本にしたい」という言葉から生まれた一冊だそうです。
その言葉通り、本書の中に私が感じた疑問への答えが沢山詰まっています。

おばあちゃんが語ってくれたという昔話、ヒーロー好きだった幼女時代、本好きな少女時代、そして作家と文化人類学者という2足の草鞋を履くことへの選択、等々。
それらの思い出や体験のすべてが
“守り人”シリーズ等の物語に篭められ、そのおかげで読者をわくわくさせたり共感させたりするあの面白さが生まれていることがよく判る、という内容になっています。
また、上橋さんが書き綴るのではなく、瀧晴巳さんがインタビューしてその聞き取ったところをまとめるという方式で作られていますので、とても判り易いものになっているのも本書の良さ。
ですから本書は、ファン待望の一冊と言って過言ではないでしょう。

本書を読み終えた後には“守り人”シリーズをもう一度読み直したくなってくる、きっとそうなることでしょう。

はじめに/生きとし生けるものたちと/遠きものへの憧れ/自分の地図を描くこと/作家になりたい子どもたちへ(文・構成:瀧晴巳)

  

18.

「明日は、いずこの空の下」 ★☆


明日は、いずこの空の下画像

2014年09月
講談社刊

(1300円+税)



2014/09/28



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「小説現代」に2013年01月から約2年間に亘り連載されたエッセイの単行本化とのこと。

本書では、高校生時代に通っていた香蘭女学校の英国研修旅行でスコットランドを訪ね、「グリーン・ノウの子どもたち」の作者であるボストン夫人のマナーハウスにもお邪魔したことから始まり、フィールドワークでのオーストラリア滞在経験、アボリジニの人たちとの交流、母上と一緒した海外旅行等々での出来事が主な内容になっています。
そして、そうした忘れられない出来事から感じ取った事々、それらが
守り人」シリーズ等に篭められていることが上橋さん自身の言葉で語られています。

ちょうど新長編「鹿の王」の刊行時期と合わせての刊行とあって、上記新作への期待が高まってくるような気がします。

本書の末尾には、今年 3月24日に国際アンデルセン賞作家賞の受賞連絡を受けた時のコメント掲載あり。

※本書の表紙絵は、洋画家であり現在83歳になる上橋さんのお父上が描かれたものだそうです。

※エッセイストの林望さんがボストン夫人のマナーハウスで暮らした思い出を語ったのがイギリスは愉快だ、ご参考までに。

  

19.

「鹿の王−上巻:生き残った者、下巻:還って行く者− ★★☆  
                          本屋大賞・医療小説大賞


鹿の王画像

2014年09月
KADOKAWA刊

上下
(各1600円+税)

2017年06月
2017年07月
角川文庫化
1〜4



2014/10/20



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壮大なファンタジー物語。
強大な
東乎瑠帝国に抵抗して戦った“独角”の頭ヴァンは、捕われ奴隷として岩塩鉱で過酷な労働に追われていましたが、そこを襲った獰猛な黒犬たち。噛まれた者は病に倒れて死しますが、何故かただ一人ヴァンは生き残ります。
岩塩鉱を脱出したヴァンは、やはり黒犬に襲われた村で生き残った幼子を拾い、オキの村に行き着いて飛鹿の育て方を教えながら
ユナと名付けた女子を育てます。ヴァンにも平穏な日々が訪れますが、状況はそれを許さず、再びヴァンはアカファ王国、少数氏族、東乎瑠帝国をめぐる陰謀に巻き込まれていきます。
そしてもう一方の主人公=
古オタワル王国の貴人にして若いながら天才的な医術師ホッサルは、黒狼病の蔓延に危惧を抱き、その治療方法を見つけ出そうと懸命な努力を続ける・・・。

上巻では単なるファンタジー冒険物語、という様相でしたが、下巻に至るとストーリィのスケールはどんどん膨らみ、その壮大なスケール観には圧倒されるばかりです。この点が、まさに上橋ファンタジー叙事詩の魅力です。
ガンサ氏族のヴァン、<沼地の民>のユナ、オキの青年トマら少数氏族が生きる道を重ねる一方で、ついにはオタワル人であるホッサルやミラルと出会い、人々を疫病から救うため手を取り合います。

支配する側、支配される側の思惑、故郷を追われた民の悲哀、そして諦観。そして家族とは何なのか、政(まつりごと)とはどうあるべきなのか。そのうえで、生きるとはどういうことなのか。本ストーリィに篭められた思いは、とても深く、とても大きなものがあります。
本書題名の
「鹿の王」の意味は、下巻にて明らかにされますが、決してそれが全てという訳でもありません。
考えの多様性という点もまた、上橋ファンタジーの秀逸なところだと思います。
ヴァン、ユナ、サエ、ホッサル、ミラルら多くの登場人物も魅力いっぱい。特にサエは
守り人バルサを連想させます。
ファンタジーを超えた、壮大なファンタジー叙事詩、お薦め!

1.生き残った者/2.恐ろしき伝説の病/3.トナカイの郷で/4.黒狼熱/5.<裏返し>/6.黒狼病を追って/7.<犬の王>/8.辺境の民たち/9.イキミの光/10.人の中の森/11.<取り落とし>/12.<鹿の王>

             

20.

「ほの暗い永久(とわ)から出でて−生と死を巡る対話−(共著:津田篤太郎) ★★


ほの暗い永久から出でて

2017年10月
文芸春秋刊

(1300円+税)



2017/11/17



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上橋さんのお母上ががん治療のため聖路加国際病院に入院したことから、漢方医である津田先生と縁が出来、人間の生について往復書簡という形式にて語り合うことになったそうです。

上橋さんが実体験や自作
「精霊の守り人」の世界観から“生”について語れば、津田先生は昆虫から始まり“生”について科学的視野から語っていくというやり取り。
一歩高い次元から“生”を眺め、考察している辺りが本書の魅力です。

余計な域まで成長してしまった故に人間は“不幸”を知ることになったのか。でも、“不幸”を感じるからこそ“幸せ”も感じることができるのか。
いくら“生”について語っても、人間が“死”を免れることはないのですから、何とも悩ましい問題です。
しかしいずれ人間は、AI(人工知能)との違い、共存可否、という問題にぶつかるのでしょう。単なるSF上の問題ではなく。

はじめに−思いがけぬ角度から飛んでくる球−(上橋)/蓑虫と夕暮れの風(上橋)/陽の光、燦々と降りそそぐ海で(津田)/見えるもの、見えないもの(上橋)/切り口を変えると、見方が変わる(津田)/母の贈り物(上橋)/私たちの輪郭を形作るもの(津田)/流れの中で、バタバタと(上橋)/日常を再発見する(津田)/春の日の黄昏に(上橋)/死と再生、人生の物語化(津田)/おわりに−奇縁に導かれる「最高の選択」−

津田篤太郎:1976年京都府生、京都大学医学部卒、医学博士。聖路加国際病院リウマチ膠原病センター副医長、日本医科大学付属病院東洋医学科非常勤講師、北里大学東洋医学総合研究所客員研究員。西洋医学と東洋医学の両方を取り入れた診療を実践。

                 

22.
「鹿の王 水底の橋(みなそこのはし) ★★


鹿の王 水底の橋

2019年03月
角川書店

(1600円+税)



2019/04/30



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鹿の王の続編、舞台は同じ東乎瑠帝国内に設定されていますが、前作の如き壮大なファンタジー物語からは一転して、医術のあるべき姿を問うストーリィ。

主人公となるのは、前作にも登場した古オタワル王国の貴人にして若いながら天才的な医術師ホッサル、その助手でもあり恋人でもある
ミラル。2人が夫婦になっていないのは、平民であるミラルとの身分差ゆえ。
そのホッサルとミラル、従者の
マコウカンは、安房那候の末息子で<祭司医>でもある真那に誘われ、安房那領へ赴きます。
真那の幼い姪が苦しんでいる病状を診る、という目的もあってのこと。

しかし、そこでホッサルたちは、東乎瑠帝国の皇位継承争いに巻き込まれます。
そしてその結果は、清新教の次期宮廷祭司医長の後継人事にも影響、ひいてはオタワル医術を異教徒の穢れた技だと決めつける新派の宮廷祭司たちから、オタワル医術師たちが迫害を受けることにも繋がりかねないという危機。

皇位継承争いに絡む権謀術数、ホッサルたちが陥った危機、ホッサルとミラルの行く末は・・・、ストーリィは十分にドラマチック。
しかし、本作の主題は、医術はどうあるべきか、という点にあります。技術に優れるオタワル医術、穢れを嫌い身を清らかに保つことを第一とする清新教医術が、対照的に描かれます。
この点は、現代社会にも通じる問題でもあります。お薦め。


序章.リムエッルの異変/第一章.真那の故郷/第二章.秘境 花部(かべ)/第三章.鳴き合わせ、詩(うた)合わせ/終章.春

     

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