周防 柳
(すおう・やなぎ)作品のページ


1964年東京都生、早稲田大学第一文学部卒。編集者・ライター。2013年「八月の青い蝶」(「翅と虫ピン」改題)にて第26回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。また同作にて15年第5回広島本大賞「小説部門」大賞を受賞。


1.八月の青い蝶

2.逢坂の六人


3.

4.蘇我の娘の古事記

5.高天原−厩戸皇子の神話

6.とまり木

  


     

1.

「八月の青い蝶 The Butterfly and the Bomb ★★     小説すばる新人賞


八月の青い蝶画像

2014年02月
集英社刊

(1400円+税)

2016年05月
集英社文庫化



2014/03/05



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昭和20年の広島を舞台に、少年の淡い初恋と戦争悲劇を描いた長編小説。

ストーリィは、2010年と1945年という2つの時期を行き来して語られます。
2010年、主人公の
宍戸亮輔は78歳。骨髄性白血病で余命僅かとなり、病院を退院し自宅に戻ってきます。亮輔を迎える妻と娘が仏壇の奥から見つけたのは、翅が少し焼けた古い蝶の標本。それには亮輔のどんな思いが篭められているのか。
そして1945年、太平洋戦争末期。広島の中学生だった亮輔は、8歳年上の美しい女性=
希恵に出会い、淡い恋心を抱きます。しかし、その相手は出征中の父親の愛人であり、事情あって亮輔の家の離れに越してきた女性だった。
微妙な間柄の2人ですが、亡父が甲虫学者だった希恵と亮輔は、昆虫への興味という共通点により、すぐ打ち解けた間柄となります。そんな2人を、原爆という悲劇が襲う。

初恋小説ではありますが、それはモチーフで、根幹は広島の戦争悲劇を描いた長編小説、という気がします。
死んだ者と生き延びた者の対比。生き延びた者の心には切ないものがありますが、切なさという点では
井上ひさし「父と暮せばの方がずっと切実だったように思います。
ただし、それは作品の出来不出来ということではなく、死んだ者の分まで生きようという主人公の決意が、本作品では早くに明瞭に示されたからでしょう。
井伏鱒二「黒い雨」、上記「父と暮せば」と比べると、恋愛ストーリィでもある分、かなり現代的、と感じられます。
現代作家があの戦争悲劇を今の時代に描こうとすると、こうした作品になるかなぁ、と感じた次第。


1.標本 2010.8/2.動員 1945.8/3.初恋 1945.8/4.証明書 2010.8/5.脱皮 1945.8/6.飛翔 2010.8

  

2.

「逢坂の六人 The Magnificent Six ★★


逢坂の六人画像

2014年09月
集英社刊

(1700円+税)

2017年09月
集英社文庫化



2014/10/06



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古今和歌集」編纂の中心人物であった紀貫之が、その幼少の頃に関わりを持った6人の歌人との人間ドラマを連作風に語った歴史時代小説。
その6人とは、紀貫之が「古今和歌集」序文のひとつ
「仮名序」にて「名きこえたる人」として挙げた歌人、即ち“六歌仙”のこと。
在原業平、小野小町、大友黒主、文屋康秀、僧正遍照、喜撰法師というのがその顔ぶれ。

「序」「終」の章は、醍醐天皇からそれまでの“唐歌(漢詩)”ではなく“やまと歌”による勅撰和歌集の編纂を紀貫之らが命じられたこと、その完成の時期を描いていますが、六歌仙との関わりを描いた計6章は、貫之が「あこくそ(阿古久曾)」と呼ばれていた12歳の頃のこと。
逢坂の山に庵を構える尼僧(小野小町)に養女のように仕えていた実母=あおいの元に、ちょうど貫之が身を寄せていた頃。
六歌仙は、度々逢坂を訪ね来る、あるいはその近くに暮していた等々の顔ぶれで、彼等から貫之は歌や宮廷のことにつき様々なことを聞き知った、という次第。
有名な歌がどんな背景の下で詠われたのか、という点も面白いのですが、6人の歌人各々の生々しい人間ドラマ(帝の系譜も絡んでいるので尚のこと)も興味尽きません。
(帝にまつわる生臭さにはちと辟易する気分ですが)

趣向に富んだ、興味尽きない歴史ストーリィであるところが本書の堪えられない魅力。
また、紀貫之を12歳の舞台回し役として設定した点に妙あり。


序.みやこの辰巳/1.夢のやまい−あこくそ/2.Born to be wild−在原業平/3.うつろい−小野小町/4.樹下の墓守−大友黒主/5.歌いらんかへ−文屋康秀/6.待ちぶせ−僧正遍照/終.六歌仙

      

3.
「虹 The Freeway ★★


虹

2015年03月
集英社刊

(1800円+税)

2018年03月
集英社文庫化



2015/04/20



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作家デビュー1作目は戦争悲劇と初恋、2作目は古典的和歌の世界、そして3作目の本書はサスペンス?
作者の周防さん、一体どういう作家なのかと些か戸惑う気持ちもあります。

離婚し女手一つで育て、今や大学生となった愛する娘の
楓子が、溺死したという突然の知らせ。警察の検視によると不審な点もあるが、目撃者もいて自殺であることに疑いはないという。
でも何故? 誰が楓子をそこまで追い詰めたのか。
茫然自失、そして生きる意味を失った絶望。打ちひしがれたまま起き上がれなくなり、勤務先も辞職せざるを得なくなった母親の
晶子を再び立ち上がらせたのは、真相を究明するという一念。
興信所の探偵に調査を依頼するとともに、楓子と関わりがあった美青年
のアパート近くに移り住み、さらに晶子はRと同じコンビニでバイトとして働き始めるのですが・・・。

出版社の紹介文を読んだ時にはてっきりミステリあるいはサスペンス小説と思ったのですが、どうも違うようです。
本ストーリィの主眼はどこにあるのかと言えば、命を賭けて愛してきた娘に死なれて一人残された母親は、これから一体どうしたらいいのか、という一言に尽きます。
これから何を目的に生きていったらいいのか、娘は残された自分に何を望んだのだろうか、自分に何が出来るのだろうか、等々。
どう選択しようと、結局はどれも苦しい道ばかりであるに違いありません。その上で最後に主人公はどう行動したのか・・・。

言葉で到底言い表せることではないと思います。それぐらい、残された母親=晶子の胸の内を掘り下げた作品。
読了後も噛みしめる度に本ストーリィの深さを感じる思いです。


1.痕/2.矢印/3.金魚/4.チョコレート/5.ピアノ/6.虹

     

4.

「蘇我の娘の古事記(ふることぶみ) ★★☆


蘇我の娘の古事記

2017年02月
角川春樹事務所刊

(1700円+税)

2019年02月
ハルキ文庫化



2017/04/02



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中大兄皇子中臣鎌足らと謀って蘇我入鹿を討った<乙巳の変>に始まる、倭国朝廷の政変劇を描いた歴史ストーリィと、ある秘密を抱えてしまったことにより数奇な運命にさらされた百済系一族の家族ストーリィ、さらに「古事記」誕生秘話を絡ませた長編ストーリィ。

本書での中心人物は、蘇我氏から「大王記」編纂の命を受けていた史の
船恵尺(ふなのえさか)とその次男であるヤマドリ、その盲目の娘であるコダマという兄妹。実はそのコダマ、蘇我入鹿の遺児であり、知られてはならない重大な秘密という次第。
<乙巳の変>から
<壬申の乱>に至るまでの倭国朝廷を舞台にした歴史ドラマと、それに巻き込まれた船一族のドラマというのが、本書歴史ストーリィの概要。
しかし、それに留まらず、各章の末尾には語り部たちがヤマドリ・コダマの兄妹に語る神話時代の歴史語りが付け加えられているという、複層構造。

リアルタイムで進む政変劇と、神話時代の抗争がシンクロしているのがミソ。歴史とは常に繰り返されるものかもしれません。何故なら、それを演じているのは人間なのですから。

「古事記」誕生秘話というもう一つの歴史要素も、上記構成があるからこそ、生の人間的な物語として蘇ってくるように感じられます。
それに加え、“歴史”とは何なのか、というメッセージが読み手の心を打ちます。

物語の面白さ、語りの魅力たっぷりの歴史小説。お薦め。


序.乙巳の変/1.墳墓(みさんざい)の里/2.お話を聞かせて/3.女帝の首飾り/4.愛しあう妹背/5.兄と弟/6.不穏な使節/7.壬申の大乱/8.語り部の尼/附.弘仁の序文

        

5.

「高天原−厩戸皇子の神話(たかまのはら−うまやどのみこのかみばなし) ★★


高天原−厩戸皇子の神話

2018年10月
集英社刊

(1650円+税)



2018/10/30



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王位継承争いという政争を嫌い、斑鳩宮で気儘に書物や仏典を読みふける暮らしを楽しんでいた厩戸皇子が、大叔父である嶋大臣蘇我馬子の依頼を受け、倭国の国史作りに乗り出す、というストーリィ。
しかし、その実在が掴めているのはミマキイリヒコ大王(崇神)以降。それより前の歴史など、創作する他はない。
百済人の
船史龍(ふねのひとりゅう)は、厩戸皇子の命を受け、国史を創り上げるためのネタ探しという訳で、古くからの氏族が受け継ぐ伝承話を聞いて回ることになります。
そして船史龍が持ち帰って来た話から、厩戸皇子が新たな神話を組み立てる、というもの。

本作の魅力は、物語ることの面白さにあります。
伝承話を聞く楽しさ、そしてそこから新たな物語をでっち上げる楽しさ。
ましてそれが日本神話の世界とあれば、興味津々となるのは当然のこと。

しかし、本作の興味はそれだけに留まりません。
厩戸皇子、蘇我馬子、
カシキヤヒメ大王(推古)という実在の人物をストーリィの中心に据え、厩戸皇子が創り出そうとする国史に秘めた仕掛け、さらに3者の間に秘められた謎まで描き出そうとするのですから。
なお、ストーリィは決して重々しくなく、サラリと読めます。

伝承話好きの方には、是非お薦め。


アマテラスオホヒルメ/おのごろ島のいざない神/日出ずるところ磐余の天子/葛城の高木の神

          

6.

「とまり木 ★★☆


とまり木

2019年01月
小学館刊

(1850円+税)



2019/03/07



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大きな仕掛けのある作品。
でも困惑や不快と思うことは全くなく、むしろその仕掛けがあるかこそ魅せられてしまう、そんなストーリィ。

青山伊津子は幼い時に両親が事故死、その後叔父の家、祖母の家と苦労。でもその間に絵を描く才能に目覚め、美大進学、プロの画家へと歩むが・・・。
小林美羽は酷いアドピーに苦しみ、学校ではいじめ、母親からは拘束されたうえに、いつも死んだ姉と比較され・・・・。

一方、どこか判らぬ、流行っていなさそうな屋上遊園地で、
という女性は、少女Mらと共に屋台の売り子をしています。
皆、何故か長く記憶を保てないものの、ここは安らかな場所。

2つの物語に何らかの関係性があろうことは、明らかなこと。
そして、美羽と伊津子、それぞれに死を選んだ2人の運命が交わる時・・・。

不遇で孤独な境遇にある伊津子と美羽が、再び生きる希望を見出していくまでのストーリィなのですが、そこに至る過程を描く仕掛けが美しい。
2人がそこから歩み、これから目にするであるう世界の美しさを感じて、陶然となる思いです。
そこに至るまでにどんなストーリィがあったのか、是非読んでみてください。

あえて言うなら、新しい
「銀河鉄道の夜」の物語をここに見出した、という思いもあります。

0.鳥かごの妖精/1.ゴンドラ/2.住人たち/3.高台の家/4.涙ぐむ日/5.祭り囃子/6.小さな友人/7.砂の城/8.パパの恋人/9.地下鉄の闇/10.SEと清掃員/11.銀河鉄道/12.彼岸の遊園地

      


  

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