澤田瞳子
(とうこ)作品のページ No.2



11.師走の扶持-京都鷹ヶ峰御薬園日録-

12.秋萩の散る

13.腐れ梅

14.火定

15.龍華記

16.落花

17.月人壮士

18.名残の花

19.稚児桜

20.駆け入りの寺

【作家歴】、京都はんなり暮し、孤鷹の天、満つる月の如し、日輪の賦、ふたり女房、夢も定かに、関越えの夜、泣くな道真、若冲、与楽の飯

 → 澤田瞳子作品のページ No.1


星落ちてなお、輝山、漆花ひとつ、恋ふらむ鳥は、吼えろ道真、天神さんが晴れなら、月ぞ流るる、のち更に咲く

 → 澤田瞳子作品のページ No.3

 


              

11.

「師走の扶持-京都鷹ヶ峰御薬園日録- ★★


師走の扶持

2015年11月
徳間書店刊

(1600円+税)

2018年05月
徳間文庫化



2015/12/05



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御薬園預と禁裏御殿医を兼ねる藤林家へ3歳の時に預けられ、京の洛北にある御薬園で育った女薬師=元岡真葛(まくず)を主人公とする京都鷹ヶ峰御薬園日録シリーズ第2弾。

まだ若い女性ながら、その育った環境と養父の
藤林信太夫の配慮から、薬師といっても医術にも造詣の深いというのが、元岡真葛の主人公像。
そんな真葛は現在、御薬園で信太夫を継いだ義兄の
藤林匡初音夫婦と共に暮らしています。
ワーキング・ウーマンなど殆どいなかった時代、周囲の思惑から一時気持ちを揺れ動かすことはあるものの、長い目で見れば自分の進むべき道をはっきり見据えて揺るぐことがない。そんな真葛の凛とした佇まいが、本シリーズの魅力といって過言ではありません。
また、そんな真葛だからこそ本書に登場する、病気等に苦しむ人たちに寄り添おうという心も優しく温かい。
本シリーズ、これからも続きそうです。ファンとしては嬉しい限り。

「糸瓜の水」小野蘭山の共をして常房総三州での採草行を終えた真葛、小石川御薬園を訪ねて行ったところ、対立する岡田家と芥川家の争いに巻き込まれ・・・。
「瘡守」:京への帰途、熱田に至った真葛は瘡毒に苦しむ女房と出会いますが、女房が苦しんでいるのは別のこと・・・。
「終の小庭」:京への帰途の共となった喜太郎、小野蘭山の元を辞して娘夫婦と同居する予定になっているのですが・・・。
「撫子ひともと」:義姉の初音が勝手に真葛の縁談を進めていると判り、真葛は初音と諍いするのですが・・・。
「ふたおもて」:御薬園出入りの薬種屋である亀甲屋の主人=宗平に不審な行動、その裏に年配の女性の陰が・・・。
「師走の扶持」:藤林家と疎遠な関係にある真葛の母の実家である棚倉家の老家令が突然、大殿に内緒で若殿の病気を診察して欲しいと藤林家に現れ・・・。

糸瓜(へちま)の水/瘡守(かさもり)/終(つい)の小庭/撫子ひともと/ふたおもて/師走の扶持

      

12.
「秋萩の散る」 ★★


秋萩の散る

2016年10月
徳間書店刊

(1500円+税)

2019年10月
徳間文庫



2016/10/29



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久し振りに奈良時代、首帝(聖武天皇)~阿倍帝(孝謙天皇)の頃を舞台に取った、古代歴史もの短編集。
元々この時代を描いて作家デビューした澤田瞳子さん、久しぶりにこの時代に戻ったという気がして嬉しい。

「凱風の島」「南海の桃李」は、遣唐使を題材とした篇。
選ばれた人材たちとはいえ、その内に秘める切ない想いをそれぞれに描いていて秀逸。
「夏芒の庭」は、長編孤鷹の天以来となる、当時の大学寮(国立官吏養成校)を舞台にした篇。
政変に学生たちが巻き込まれる悲哀と、それに負けずに力強く進もうとする学生の姿が描かれていて、清新にして心強い。
「秋萩の散る」は、自分を寵愛した阿倍帝の死後、薬師寺別当に配流された道鏡を主人公とした篇。
道鏡をして呪詛に向かわせようとする老僧=
行信の怪しさと、ある意味で純真な道鏡との対峙は、短編を超えた読み応えがあります。

「梅一枝」は上記4篇と異なり、少々ドタバタ劇風の一篇。
よもや澤田さんがそれをモデルにしたとは思いませんが、石上朝臣宅嗣の苦境を助ける秀才青年の豊年、
P・G・ウッドハウスジーヴズさながらの活躍ぶりで、面白かったです。

※最近、どこかで阿倍帝絡みの作品を読んだ筈だなぁと思ったものの、中々それを思い出せませんでしたが、
玉岡かおる「天平の女帝 孝謙称徳でした。

凱風の島/南海の桃李/夏芒(かぼう)の庭/梅一枝/秋萩の散る

                  

13.

「腐れ梅」 ★★


腐れ梅

2017年07月
集英社

(1700円+税)

2020年10月
集英社文庫



2017/07/26



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本書の題名をみて腰が引けそうになったのですが、そこは澤田瞳子作品だからということで読んだ次第です。

時は平安時代、主人公は
綾児(あやこ)という女性。
市井の巫女と自称はしているもののそれは格好付けだけ。実際はその自宅で身体を売って暮らしている。
その綾児に同じ似非巫女である
阿鳥が、40年前に死んだ菅原道真を祀る社を造って金を得ようと持ち掛けてきます。
醜女の阿鳥には無理だが綾児の美貌なら、ということで、綾児をその社の巫女に据えようというのが阿鳥の目論見。
そんな2人の計画に各々が抱えた思いから、道真の嫡孫である
菅原文明、事故で学問の道を諦め僧となった最鎮が加わり、社造りは現実のこととして実行に移されていきます。

菅原道真を祀る
北野天満宮創建にまつわる歴史フィクションにして、それぞれの欲望がむき出しになって錯綜するストーリィ。
主人公の綾児、売女だからどうこうということはありませんが、淫奔なうえに自分勝手、言葉は口汚く、振る舞いも下品となればとても歓迎できる主人公ではありません。
しかし、それは全て綾児の所為かと言えば、無論そうとは言い切れず、同情あるいは共感する部分もあります。

綾児という主人公像といい、ストーリィの顛末といい、単純に面白いと言えるような内容ではありません。
その一方、綾児や町医者の
橘康明らが代表する庶民、菅原文明や最鎮らが代表する支配層という対比構造は、鮮烈です。
そんな訳で、読了後にはいつまでも複雑な読後感が残ります。

1.巫女二人/2.志多羅神(しだらじん)/3.神託/4.鹿を逐(お)う者/5.天神縁起/6.神輿入京/終章.腐れ梅

                 

14.

「火 定(かじょう) ★★☆


火定

2017年11月
PHP研究所刊

(1800円+税)

2020年11月
PHP文芸文庫



2017/12/25



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時は天平、遣新羅使が帰国した時期の京の都が舞台。

人々の間に突如として起こり、あっと間に広まっていった
裳瘡(天然痘)という最悪の災い。
平民のための
施薬院には病んだ人々が殺到し、唯一人の医師である綱手は大車輪で治療にあたるものの、治療方法不明なこの伝染病に対して打つ手は限られ、運び込まれた病人たちは次々と死んでいく。
一方巷では、でっち上げの偽札
「常世常虫」が病に効くと触れ回り、ボロ儲けを企む不埒な輩も現れます。

本作は、阿鼻叫喚に覆われた京の都で、懸命に治療に尽くす医師たちの姿と、世間への恨みを果たそうかとするように人々を扇動する者たちの姿を対照的に描く、凄絶な歴史長編ストーリィ。
そうした状況の中で浮かび上がってくるのは、医師とはどうあるべきか、そしてさらに、人間とはどう生きるべきか、という究極の問いかけです。

主要な登場人物は次の4人。
主人公である
蜂田名代は施薬院に配されたことを不満に思い、もっと昇進の可能性がある職場に代わりたいと考えている。
施薬院の医師である
綱手は、何の疑いもなく、病人を治療することが己の使命というように治療に邁進している。
一方、恩赦で出獄した
宇須は、扇動によって人々を操ることによって世間への復讐を果たそうとしている。
また、宇佐と行動を共にする元宮廷医の
猪名部諸男は、奸計によって獄に落とされた恨みから医師のあるべき姿を忘れている。

自分は何をすべきか、生きるとはどういうことか。最後まで迷い続ける名代の心に届いた言葉、事柄には、生半可ではない重みが籠っています。
懸命に治療に尽くしてきた何人もの登場人物の姿が、読了後も中々胸の内から消えません。
心を揺さぶる圧倒的な歴史小説の力作。お薦めです。


1.疫神/2.獄囚/3.野火/4.奔流/5.犠牲/6.慈雨

               

15.
「龍華記(りゅうかき) ★★


龍華記

2018年09月
角川書店

(1700円+税)

2021年09月
角川文庫



2018/10/21



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1181年、平清盛の命を受けた平重衡率いる平家の軍勢が、東大寺や興福寺など奈良(南都)の仏教寺院を焼き討ちにした<南都焼討>事件を題材にした歴史小説。

主人公は
興福寺の学侶である範長(はんちょう)、36歳。
太政大臣・関白・摂政を歴任した藤原忠実の孫という出自から、いずれ興福寺一乗院の院主として 9歳の時に興福寺入りしたが、その後の祖父・父親失脚により院主の座は従弟の
信円に。そのやり切れなさか、衆徒に仲間入りして薙刀を踏みまわす日々。

栄華を極めた平氏、南都も支配下に置こうとし、新たに国検非違使を差し向けてきます。範長と同じく武をもって自寺を守らんとする
“悪僧”らはその南都入りを阻止しようとしますが、軽挙により思わぬ乱戦を引き起こしてしまう。
それが口実となり、南都焼討という大虐殺を引き起こす。
範長は、自分たちの短慮な行動が人々、多くの南都寺院に大悲劇を起こしたことに呆然とするばかり。
その後、ふとしたことから高貴な身分の女性=
公子と出会い、その行動に胸打たれた範長の心に変化が生まれていきます。
しかし、源氏の攻勢、平家の滅亡と再び動乱の火種が南都にも及び・・・。

寺院とはどういう存在なのか。そこに仕える者はどうあるべきなのか。
面目、勢力維持と人々の救済、どちらが大切なことなのか。
そして、一度生じてしまったが最後、次々と連鎖していく怨念はどうしたら鎮めることができるのか。
本作は、動乱の歴史を描く一方で、仏教の教えに踏み入るストーリィ。
奈良時代に舞台を置いた澤田瞳子さんのこれまでの作品と同様、重厚な読み応えがあります。

最後、生き延びた子供たちの姿にホッとさせられ、今後への希望を抱きますが、同時に、非道な所業の犠牲になった人たちの面影がいつまでも胸の内に残る気持ちがします。
お薦め。

第1章/第2章/第3章/第4章/終章

                

16.
「落 花 ★★☆


落花

2019年03月
中央公論新社

(1700円+税)

2021年12月
中公文庫



2019/04/15



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宇多天皇の孫に生まれ、後に大僧正となった仁和寺の僧=寛朝を主人公に置き、寛朝の目から見た平将門という人物、その将門の乱を描いた歴史長編。

父親である
敦実親王から疎まれ、長子であるにもかかわらず出家させられた寛朝。自分が秀でた存在であることを示すには「至誠の声」を身に付けるしかないと思い定め、今は坂東にいると聞く楽人=豊原是緒に教えを請おうと、従僕=千歳を連れて寛朝は坂東へと赴きます。
その坂東で寛朝がさっそく出会ったのは、都への謀反を疑われる坂東武士の頭領の一人=平将門。
その坂東は、京の都とはまるで異なり、秩序を欠き、力が支配する世界。

その地で寛朝は、互いにいがみ合う官人と坂東武士たちの姿、船で移動し商売する
傀儡女たちと、様々な人物との出会いを重ねます。そして自ら直接、または彼らを通じて平将門という人物を知り、ついには将門の乱を目撃することになります。
寛朝が見た平将門という人物は、ひどく不器用で、人が好過ぎる人物。そのため私怨私欲に利用され、ついには謀反人という立場に陥りますが、それでも自分の理を尽くしただけと語る。

京の都とは別天地である坂東の世界で生きる様々な人間たちの姿、その筆頭である平将門を描いた本作は、これまで知らなかった世界を初めて知るような読み応えがあります。

そしてそれと同時に感じさせられるのは、この世界の無常観。
悪しき人間もいれば善き人間もいる。しかし、一旦武士同士の争いに巻き込まれてしまうと、善人であっても犠牲となり、むしろ悪しき人間が逃げ延びたりする。
だからこそ、どう生きれば良いのか、どうすれば人々に安らかさを与えることが出来るのか、という問いに至ります。
寛朝がその答えを見出すのは、おそらく本ストーリィの後になってのことなのでしょう。

歴史小説の力作。読了後、生きることの重さがじわっと胸の内に伝わって来る気がします。


1.行旅/2.管弦/3.交友/4.無常/5.将軍/終章.白

           

17.
「月人壮士(つきひとおとこ) ★★


月人壮士

2019年06月
中央公論新社

(1700円+税)

2022年12月
中公文庫



2019/06/30



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“螺旋プロジェクト”古代編。
東大寺の毘盧遮那仏を建立した
首(おびと)太上天皇(聖武天皇)が崩御。
首帝は、娘である
阿倍(孝謙天皇)道祖王を皇太子とするよう遺詔を残していたが、本心を語る遺詔が最後にあったのではないか。前左大臣=橘諸兄に命じられ、中臣家の三男坊である継麻呂と禅師の道鏡は、最後の遺詔有無を確かめる為、首帝の近くにあった者たちを訪ね歩きます。
それら各人の語りにより、首帝の真の姿を浮かび上がらせようとした歴史長編。

螺旋プロジェクトの一作であることから、海族と山族の対立が描かれますが、それがなくても成り立つストーリィ。
ですからあまり拘らず、首帝が胸のうちに秘めていた葛藤、苦悩を読み取れば十分と思います。

律令制完成した後の初の本格政権として期待された首帝、その一方で母親(
藤原宮子)も后(光明子)も権勢を誇る藤原一族の女子であるという面を持ちます。
その首帝自身は、自分自身について何を苦悩していたのか、その治世で何をしようとしたのか。
順次明らかになっていく首帝の、その帝としての人間像は衝撃的と言って過言ではありません。
それが事実であるかどうかは判りませんが、本ストーリィは古代史の根幹に迫る面白さに満ちています。

古代史に興味ある方には、是非お薦め。

序/1.橘諸兄(もろえ)/2.円方大王(まとかたおおきみ)/3.光明子/4.栄訓/5.塩焼王/6.中臣継麻呂/7.道鏡/8.佐伯今毛人(いまえみし)/9.再び、光明子/10.藤原仲麻呂/終

           

18.
「名残の花 ★★


名残の花

2019年09月
新潮社

(1650円+税)

2022年10月
新潮文庫



2019/10/23



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時代小説で悪役として描かれることの多い代表人物が田沼意次。しかし、田沼意次を賢人、名政治家として描いている作品も多くあります。
それに対し、殆どで極悪人として描かれているのが、天保改革の水野忠邦と手先となって厳しい取り締まりを行い、
“妖怪”と呼ばれた鳥居耀蔵
本作は、その鳥居耀蔵を主人公にした連作ストーリィ。

隠居して今は
鳥居胖庵(はんあん)・77歳、22年に亘る幽閉の間に幕府は崩壊して明治の世。知らない間に時代が変わったということもあり、新しい時代を得心できていない。
かつての江戸の姿を求め歩くかの如き胖庵が知り合ったのは、見習い能役者の滝井豊太郎・16歳
公儀や大名らが消え失せ、後ろ盾を失った能役者たちは、芸を守るどころか日々の暮らしで精一杯、廃業した者たちも多いというのが明治初頭の状況。
胖庵、豊太郎、そして豊太郎の師である
中村平蔵・86歳は、まさに時代に置き捨てられてしまった人物、と言うべき処。

豊太郎と出会ったおかげで胖庵は、社会の移り変わりの中で悲惨な目にあったり、悲哀を味わう人々の姿を目にします。
そうした中で遭遇した揉め事等を、豊太郎を傍らにおいて胖庵が切り拓いて見せる、というストーリィ。

市井もの連作ストーリィというと、中心となるのは善良な人物というのが一般的ですが、本作は“妖怪”と呼ばれていた胖庵だけに、常に苦みが混じります。
明治という時代への嫌悪、かつての江戸の町への懐古。そして南町奉行時代に弾圧した芝居小屋等が、猥雑な雰囲気のまま今も生き延び、江戸らしい空気を漂わせているところは、胖庵にとっては皮肉な結果と言うべきなのでしょうか。

胖庵がもつ独特の苦み、毒味が、本作へ滅多にない読み応え、味わい深さをもたらしています。
特に
「うつろ舟」胖庵が強引な脅しで相手をねじ伏せる辺り、まさに元“妖怪”の面目躍如というべき処で、クセになりそうな苦みのある面白さ。

かつては敵対関係にあったはずの胖庵と平蔵には似た者同士という共通感があり、そんな2人に挟まれるようにして豊太郎が人間的な成長を見せるという構成は、味わい豊かで読み応え十分。

名残の花/鳥は古巣に/しゃが父に似ず/清経の妻/うつろ舟/当世実盛

                

19.
「稚児桜-能楽ものがたり- ★★


稚児桜

2019年12月
淡交社

(1700円+税)

2023年03月
角川文庫



2020/01/26



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能の曲目を題材にして描かれた8篇。

各篇の副題は能の曲目のままですが、各篇ともそれらをベースにしつつ独自のストーリィとなっています。
どの篇も鍵となっているのは、人の情念や怨念等々。
とくに親に捨てられた、親に売られた子供の怨念は凄い、圧倒されます。
親が身勝手なら子供も負けずにそれを仕返す。人の恨みとは繰り返され、深くなっていくのでしょうか。まことに恐ろしい、と思わされます。
いずれも世知辛い世情がその背景にあるのは勿論ですが、平安期らしいところもあり、といって現代にも通じるところがある、という点が身に応えます。

「やま巡り-山姥」:善光寺参りに出かけた遊女と妹分が越後山中で山姥と思われる老女と遭遇。その経緯は・・・。
「稚児桜-花月」:親に売られ清水寺の稚児(夜は僧の閨の相手)となった男児2人の覚悟の違いを描く篇。
「猟師とその妻-善知鳥」:途中で結末の予想がつくだけにコミカルな篇になっていますが、同時に女とは恐ろしきもの。
「大臣の娘-雲雀山」:親子の情とは、愛もあれば逆に憎悪の念も倍増するものか。
「照日の鏡-葵上」:光源氏の正妻=葵上が登場。生霊に苦しむ葵上の真実とは。評判の巫女という照日ノ前、照日に買われた醜女の久利女の姿が鮮やかでお見事。本書を締めくくるに相応しい篇です。

やま巡り-山姥/小狐の剣-小鍛冶/稚児桜-花月/鮎-国栖(くず)/猟師とその妻-善知鳥(うとう)/大臣(おとど)の娘-雲雀山/秋の扇-班女/照日の鏡-葵上

               

20.
「駆け入りの寺 ★★        船橋聖一文学賞


駆け入りの寺

2020年04月
文芸春秋

(1750円+税)

2023年06月
文春文庫



2020/05/06



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題名から鎌倉の駆け込み寺=東慶寺にまつわる話かと思ってしまったのですが、早とちりでした。
舞台は、京の洛北にある
比丘尼御所=林丘寺を舞台にした連作ストーリィ。

“比丘尼御所”とは江戸時代、落飾した皇女らを住持とした尼寺のこと。本作の舞台である林丘寺は新しい尼寺で、後水尾帝の皇女である前住持・
元瑶が開基。霊元帝の皇女である現住持・元秀と2人(共に実在の人物)を中心に、内裏とほぼ同様の生活が営まれているという設定。
林丘寺の
青侍(雑用係)である梶江静馬は、乳呑児の時に実父母を火事で失い、林丘寺で育てられた“元瑶の養い子”。
本作は、静馬が主人公、元瑶が主役という設定のようです。
そして本作の一貫したテーマは、逃げない、こと。

何と言っても、林丘寺という舞台設定が魅力。
江戸中期における比丘尼御所のありよう、内裏を窺わせるその習俗。そして元瑶・元秀という皇女が口にする
<御所ことば>がとりわけ楽しい、艶やかなリズム感がそこにあって。

各篇、市井の話もあれば、比丘尼御所だからこその話もあります。
時代小説だからといって何も江戸ばかり舞台にする必要はなし。その意味でも、京を舞台にした本作、嬉しい限りです。

「駆け入りの寺」:町人の女房が離縁したいと駆け込み。元秀が救ってやれと言い出し、仕える者たち困惑・・・。
「不釣狐」:雑務全般を取り仕切る老尼の嶺雲に、昔すっかり騙されたと町人の老婆が怒鳴り込み。一体何が・・・。
「春告げの筆」:見習い尼=円照とその兄の苦悩に、元瑶が優しく手を差し伸べます。
「朔日氷」:出入りの菓子屋の家内問題に林丘寺の面々が巻き込まれ・・・。
「ひとつ足」:御近習の須賀沼重蔵の過去をめぐる問題に林丘寺が巻き込まれ・・・。
「三栗」:林丘寺の門前に赤子の捨て子。一体何故・・・。
「五葉の開く」:達磨忌の御本尊とする達磨菩薩図に支障。何とかしようと静馬らが懸命になるのですが・・・。

駆け入りの寺/不釣狐(つられずのきつね)/春告げの筆/朔日氷(ついたちごおり)/ひとつ足/三栗(みつぐり)/五葉の開く

    

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