柴崎友香
(ともか)作品のページ No.1


1973年大阪府生、大阪在住。2000年「きょうのできごと」にて作家デビュー。同作品が映画化され話題となる。07年「その街の今は」にて第57回芸術選奨文部科学大臣新人賞・第23回織田作之助賞大賞・06年度咲くやこの花賞、「主題歌」にて 第137回芥川賞候補。10年「寝ても覚めても」にて第32回野間文芸新人賞、14年「春の庭」にて 第151回芥川賞、24年「続きと始まり」にて第60回谷崎潤一郎賞を受賞。


1.きょうのできごと

2.青空感傷ツアー

3.ショートカット

4.フルタイムライフ

5.いつか、僕らの途中で

6.その街の今は

7.また会う日まで

8.主題歌

9.星のしるし

10.ドリーマーズ


寝ても覚めても、よそ見津々、ビリジアン、虹色と幸運、わたしがいなかった街で、週末カミング、よう知らんけど日記、星よりひそかに、春の庭、きょうのできごと十年後

 → 柴崎友香作品のページ No.2


パノララ、かわうそ堀怪談見習い、千の扉、公園へ行かないか?火曜日に、つかのまのこと、待ち遠しい、百年と一日、大阪、続きと始まり、あらゆることは今起こる

 → 柴崎友香作品のページ No.3

 


      

1.

●「きょうのできごと」● 


きょうのできごと画像

2000年01月
河出書房新社

2004年03月
河出文庫

(450円+税)

2018年07月
河出文庫
【増補版】

2004/08/31

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京都が舞台。正道の大学院入学と引越しを祝って、友人たち=数人の男女が彼の家に集まります。
集まった日の夜を境にして、集まる前の昼間、日付を越えた明け方まで、時間を前後して展開するストーリィ。
女の子2人+男3人の計5人が、各章それぞれで主人公となり、ごくありふれた日常生活が第一人称で語られていきます。

さて、この作品をどう評価すべきか。
解説にて、保坂和志さんは「2003年の私の収穫は、柴崎友香という小説家を知ったことだった」と言い、本作品において「小説が運動している」と絶賛していますが、私にはそこまでは感じ取れるものはなかった。
学生生活における、ごくありふれたヒトコマ。無目的な行動の繰り返しで時間が過ぎていく。これ程学生らしい生活はないかもしれません。
一方、自分で振舞っている姿と、他から見ている姿のギャップ。最初に語り手となる女の子のけいと正道の2人は、とくにそう感じられます。
時間と人物が交互に入れ替わって今日が構成されていく。そんな日常生活の断片を描いた作品と思うのですが、どうでしょう。

きょうのできごと/きょうのできごとのつづきのできごと

     

2.

●「青空感傷ツアー」● 

青空感傷ツアー画像

2004年03月
河出書房新社

(1300円+税)

2005年11月
河出文庫化

2004/06/21

「美人でゴーマンな女友だちと、彼女に言いなりな私。女二人の感傷旅行の行方は?」というのが本書の帯文句。
主人公は26歳の葉山芽衣、会社を辞職したばかり。その美人で我儘な5歳年下の友人は音生(ねお)

我儘な音生に芽衣が一方的に振り回される珍道中と思いますが、それはちと違う。芽衣は芽衣で、行動は思慮足りず、いつも後で愚痴ばかり、そのくせ超面食い、と今ひとつ大人になりきれていない。
2人の旅行は、中途半端な自分達の在り様をただ引きずっているだけ、と言える。でも、作者はそんな2人の逃避的な旅行を肯定的に捉えています。そこが心地良い。
なお、2人の使う大阪弁によりストーリィは淀みなく進みます。その点も新鮮かつ印象的。

 

3.

●「ショートカット」● 


ショートカット画像

2004年04月
河出書房新社

(1300円+税)



2004/07/12

遠く離れた人を想う切なさを描く4つのストーリィ。
恋人同士であっても長い間遠く離れていると、何時の間にか日々の生活を共有できなくなっている。その所為で別れることになったのかどうか明らかではありませんが、各篇の主人公たちがその距離感故に抱いていた切ない気持ちが切々と伝わってきます。
その哀しさを直截的に訴えているのは、狂言回しのように登場するなかちゃんという人物。彼の登場により、4篇のストーリィがその想いを次々と受け渡していくように感じられます。
過去の恋に対して何時までも感傷的に過ぎる、と言うこともできますが、青春期故のこととむしろ愛しく受け留めたい、そんな短篇集です。
とくに印象深いのは表題作である「ショートカット」。高校生の頃少し言葉を交わしただけの森川にもう一度会いたいという気持ちが募り、大阪から東京の表参道へワープする南津という女の子の話。SFという印象は少しもなく、主人公のひたむきな心情がただ愛しい。
なお、遠く離れているというその設定が、いつも大阪−東京である点に興味を惹かれます。3時間弱で行き来できる距離ですが、大阪と東京の距離感は時間とはまた別のものがあると思います。
柴崎さんがそこまで意識してのことかは判りませんが、確かに大阪−東京間は遠いと、私は思わざるを得ません。

ショートカット/やさしさ/パーティー/ポラロイド

  

4.

●「フルタイムライフ」● ★★


フルタイムライフ画像

2005年04月
マガジンハウス刊
(1400円+税)

2008年11月
河出文庫化


2008/04/14


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会社勤めをすることになった23歳の女の子、喜多川春子
その春子の会社に入って1年間、5月から翌年の2月までのOL生活を淡々と描いた長篇小説。

特に社内でトラブルや争いが起きる訳ではなく、熱烈な恋愛が生まれる訳でもなく、ドラマチックな展開は一切ありません。
朝出社して定時に退社する、時々学生時代の友人と会って遊びに行く、そんな日々を繰り返していくうちに何時の間にか年月が過ぎていく。
ごく普通のOL生活がここには描かれています。でも、それがつまらない、嫌になるということではない。その中にも居心地の良さはあるし、些細なことを知るという中に面白味もある、といったストーリィ。
クレジットカードが利用できる、会社勤めだからこその恩典もある、在籍していればボーナスも貰える。当たり前のことが、主人公の春子の目を通して新鮮に語られていきます。大阪で語られる口調の柔らかさもあって、その瑞々しさが本書の魅力です。
また、春子の会社がある大阪・心斎橋の街並みがOL生活の舞台として生き生きと語られているところも、気持ち好い。

平凡な繰返しの中に味わいを見い出す、というところが柴崎作品の良さでしょう。
何冊もの柴崎作品を読んできてようやくその味わいを楽しめるようになりましたが、最初の頃に読んだきょうのできごとも今読んだらきっと、随分異なる感想になるだろうと思います。

  

5.

●「いつか、僕らの途中で」●(共著:田雜芳一) ★★


いつか、僕らの途中で画像

2006年02月
ポプラ社刊
(1200円+税)


2007/02/11


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春・夏・秋・冬とめぐって、京都に住んで大学院に通っている女性と山梨で教職についている男性との間で交わされるあっさりとした手紙+スケッチ風の絵、という構成の本。
こうした本、大人向けの絵本と言ったらよいのでしょうか。
「文/柴崎友香、イラスト・文/田雜芳一」とありますので、手紙のやりとり部分は柴崎さん、手紙の背景にある2人の今を描いて少し会話も書き込んでいる絵が田雜さんの担当なのでしょう。

手紙が届いたかどうか電話で確認するような現在、それでも手紙の便りが2人の間で続く、その雰囲気がとても快い。

片方の京都は柴崎さんのいつもの空間ですけれど、大阪単身赴任当時京都に時々遊びに行っていたので、一時の生活空間として懐かしい気持ちがします。
ありふれた日々のやり取り、日々の生活のスケッチにしか過ぎません。それでも気持ち良く伝わってくるもののあることが何よりの価値と思います。

田雜芳一(たぞ・よしかず)
1979年静岡県生、大阪芸術大学芸術学部映像科卒。2003年絵本作品「フォトグラフィア」にて第1回大阪芸術大学新人賞「小池賞」、大賞を受賞。

  

6.

●「その街の今は」● ★★★      芸術選奨文部科学大臣新人賞等


その街の今は画像

2006年09月
新潮社刊
(1200円+税)

2009年05月
新潮文庫化



2006/11/11



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割と短めのあっさりとした作品ですが、陽だまりにいるような心地良さがあります。

主人公のは大阪に住む28歳の独身女性。勤めていた会社が倒産して現在は馴染みの喫茶店でバイト中。昔の大阪を写した写真を見るのが好きと、その点はちょっと風変わりなところあり。
友人の智佐と合コンに度々参加しているようですが、合コン相手にいつもろくな男はいない様子。
そんな中で知り合った良太郎は25歳のバイト青年で、骨董品を漁る楽しみをもっているという点で歌と波長が合う。でも恋愛関係という雰囲気は起きず、とりあえずは気の合う友だちといった関係。
とくに何かが起きるという訳でもなく、詳細を語られないままにさっと1年間を描いてしまうという風ですけれど、雰囲気は良い作品。
主人公は、古い大阪を知ることによって今暮らしている大阪との繋がりを確かめているようです。それはまた、人間関係にも通じることのように感じられます。
合コン相手の男たちとはちっとも繋がりがもてない、再び現れた元恋人には未だ微妙な気持ちが残る。一方、良太郎とは気の合った同士と言う繋がりが生じているが恋愛というにはまだ遠い。

舞台となるのは大阪のキタとミナミの真ん中、心斎橋を中心に本町、長堀、四ツ橋という地区。私が先年大阪に毎週の如く出張していた頃、盛んに歩き回っていた場所ばかりです。ですから主人公が歩き回る街の様子がとても懐かしく、楽しい。こうして読んでいると大阪もいいな、と思えてきます。
また、柴崎さんの大阪を愛する気持ちが伝わってくる作品でもあります。

  

7.

●「また会う日まで」● ★★


また会う日まで画像

2007年01月
河出書房新社
(1200円+税)

2010年10月
河出文庫化



2007/01/23



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柴崎さんにしては珍しく東京が舞台だと思ったら、一週間の休みをとって大阪から東京にやってきた女性の話。
友達の部屋を泊まり歩き、東京のあちこちを歩き回って写真も撮る。
その点ではその街の今はの延長線上にある作品ではないかと思えます。
そんな主人公のもうひとつの目的は、高校時代の同級生に再会すること。彼は恋人でも好きだった男の子でもないのですが、修学旅行の夜、心理テストの遊びで彼の口にした一言が忘れられず胸に残っているため。
その時の彼の気持ち、自分の気持ちがどのようなものだったのかを確かめたいと、主人公は思っている。

本作品も柴崎さんらしい、淡々とした語り口の作品です。
とくに何かが起きる訳でも感動的なシーンがある訳でもなく、さらに言えば何らかの決着がある訳でもない。日常生活からほんの数日を切り出したという風のストーリィなのですが、それがとても快い。
この味わいは柴崎さん独特のもので、最初こそ何なんだろうこのストーリィはと戸惑うのですが、慣れてくるとその居心地良さが判ってきます。
主人公は東京で友人の家を泊まり歩く。そのうち女性は1人だけで2人は男性。でもそこにセックスは介入しません。男女が出てくると必ずセックスが付き物となる小説が多い中、ホッとするのです。
本作品でストーリィの鍵となるのは、主人公が忘れられないでいる修学旅行での一言。些細なことですが、そんな一言、そんな思い出を今も忘れず胸に抱えている主人公と、そんな彼女にごく自然に接する友人たちの姿に、本作品の良さを感じます。

   

8.

●「主題歌」● ★★☆


主題歌画像

2008年03月
講談社刊
(1300円+税)

2011年03月
講談社文庫化



2008/03/23



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いいなぁ、好きだナァ、この作品。
柴崎さんの小説作品、ホントに私は好きだなァ、と思う。
さらり、さらりと空気が流れている感じ。そして人と人との繋がりもまた、さざ波が穏やかに伝わって広がっていくような感じ。それが何とも私には好ましい。

中篇「主題歌」のストーリィがどんなものかというと、これといって特別な出来事がある訳ではありません。
主人公はごく普通のOL。その友人たちもごく普通の若い女性たち。
ただ彼女たちに共通するのは、かわいい女の子たち、綺麗な女優たちを見るのが好き。また、そのことについて語り合うことが好き、ということ。それだけで幸せな気持ちになれるらしい。
だからといって彼女たちがビアンという訳ではありません。ちゃんと恋人もいれば、結婚予定もある。いたって自分に正直な、気持ちの好い女性たちばかり。
セックスも、どろどろした愛憎劇も、ドラマチックな出来事もない。好いじゃないですか、これって。
三人称で描かれ、中篇だというのに次々に幾人もの女の子たちが登場します。
そんな中に時折、第一人称、あるいは第二人称で傍観者的に、登場人物の気持ちが、あるいは相手の人となりが描かれる箇所があるのに気づき、はっとさせられるのも気持ち好い。
舞台はいつものように大阪。といっても大阪という土地を強調することなく、普段住んでいる場所だからというだけのこと。今この時を愛しんでいる気持ちがさりげなく伝わってくるところもまた好い。

こうした“空気”を描ける作家、今は柴崎さんを除いてそういないのではないでしょうか。
ここ3作ほど読んでいるうちに柴崎さんの作品を好きになっていましたが、本作品ですっかり柴崎さんファンになったことを自覚しました。

「六十の半分」は、陽だまりの中にいるような気持ち良さを味わえる、暮らしのあるひと時を切り取ったスケッチ風な短篇。
また「ブルー、イエロー、オレンジ、オレンジ、レッド」は、動的な人生の中のある時間を、静的に切り取ったような感覚を覚える短篇。
本書は、柴崎作品の魅力を気持ち好く味わえる、素敵な一冊。

主題歌/六十の半分/ブルー、イエロー、オレンジ、オレンジ、レッド

       

9.

●「星のしるし」● ★★


星のしるし画像

2008年10月
文芸春秋刊
(1238円+税)



2008/10/26



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大阪で暮らす29歳のOL、果絵(かえ)のある時期を描いたストーリィ。
特に何が起きるということでもない、静かで落ちついた日々が描かれるのは柴崎作品の特徴ですが、本作品はこれまで以上にそうした気配が濃厚です。

恋人である朝陽の家に集まるいろいろな人たち。その中に自然と入り込んでいることの居心地の良さ。
その間に父方の祖父の話、会社の同僚から勧められて行ったヒーリング、UFOの話、占い・・・。
どれもありきたりといえばありきたり。それでも静かにそれを受け留め、無理することなくそれらと寄り添うといった感じのする果絵、本ストーリィ、決して私の嫌いなものではありません。
ただこれまでの作品以上にストーリィらしいストーリィがないところに、戸惑うところもあります。
そして最後、静かにそっと佇んでいた観のある果絵が、徐々に明日に向けた一歩を踏み出すという風。

周囲の動きに焦らず、戸惑わず、そっと自分らしい道を選ぶ、そのためにはどんなに時間をかけてもいいのだというメッセージを私は聞いた気がします。
出版社紹介文に「集大成的な傑作」とありますが、柴崎さんが描こうとする中で、これまで以上に柴崎さんらしい作品であることは間違いないでしょう。

 

10.

●「ドリーマーズ」● ★☆


ドリーマーズ画像

2009年08月
講談社刊

(1300円+税)

2012年08月
講談社文庫化



2009/09/09



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ふと見た夢、夢のような出来事、今が現実ではなく夢のように感じられる、一口に“夢”といってもそれらは様々です。
ゆるやかな日常の中で、現実と夢が交錯する、そんな印象の短篇集。
最近、殆ど夢は見ません。いつも平日は、慢性的に睡眠不足の生活を送っている所為でしょう。その代わり、ふと今が現実ではなく夢の中での出来事のように感じることが度々あります。
そうした思いがあると、すんなり本ストーリィの中に入り込んでいけるのではないかと思います。

「ハイポジション」は、今朝見た夢のこと。
「クラップ・ユア・ハンズ!」は、夢か現か、という出来事。
「夢見がち」は、今は現実ではなく夢なのかもしれないという、男の子の打ち明け話。
「束の間」は、新宿での年越しと京都での年越しの記憶が交じり合い、今がいつか不確かに思えてくる面白さ。
「寝ても覚めても」は、高い場所、暗闇の場所、台風の部屋の中と、普通の場所から離れた処での思い。
「ドリーマーズ」は、現実と現実であるかのような夢が交互に繰り返されていくという篇。

いつも通り友人たちと、気さくな関西弁でのおしゃべり。
大した意味はないのかもしれませんが、この今を慈しむような雰囲気が柴崎作品の素敵なところ。その楽しさ、居心地の良さは、本短篇集でも変わるところはありません。

ハイポジション/クラップ・ユア・ハンズ!/夢見がち/束の間/寝ても覚めても/ドリーマーズ

    

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