北 重人作品のページ


1948年山形県酒田市生、千葉大学工学部卒。本名:渡辺重人。99年「超高層に懸かる月と、骨と」にて第38回オール読物推理小説新人賞を受賞。2004年「夏の椿」にて作家デビュー。07年「蒼火」にて第9回大藪春彦賞を受賞。09年08月胃がんにより逝去。


1.
白疾風

2.汐のなごり

3.鳥かごの詩

4.火の闇

夜明けの橋

6.花晒し

  


   

1.

●「白疾風(しろはやち)」● 


白疾風画像

2007年01月
文芸春秋刊

(1695円+税)

2010年01月
文春文庫化

  
2010/03/26

 
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信長勢の伊賀攻めによって郷里を追われた忍び、疾風(はやち)の三郎
その後の幾年間を忍び働きで過ごした後、三郎はと共に武蔵野で畑を開き、その後そこに元武田の武士たちが加わって、やがて村が興される。
平穏な暮らしが20年も続いた後、何故か得体のしれない者たちが三郎らの村を窺います。
武田の隠し金の噂が広がり、そしてついに村を襲う一味の気配を三郎は感じ取る。
忍びを捨て土を耕す民となった三郎が、村を守るため再び忍びとして篠らと共に立つ、という時代ストーリィ。

かつての名作映画「七人の侍」や下川博「を連想、さぞかし面白いのではないかと期待したのですが、エンターテイメントとしてのインパクトは弱い、です。
忍びとしての闘いより、むしろ三郎が武蔵野に土着し、忍びを捨てて生きる様を描くことの方が、本作品の主眼なのだろうと思います。

それは夜明けの橋と比較してみることによって、強く感じること。
戦国の時代を終えた今、どう生きるのか。忍びを捨てて土と共に生きることを選んだ三郎の姿もまた、その一つなのでしょう。
ただし、忍びというキャラクター故に、それを徹底できなかったのか。そこが初期作品らしいところかな、と感じます。

  

2.

●「汐のなごり」● ★★★


汐のなごり画像

2008年09月
徳間書店刊
(1700円+税)

2010年02月
徳間文庫化

 

2010/03/28

 

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北前船が着く出羽の湊町、水潟。
その地を舞台にした味わい深い時代小説6篇を収録した短編集。
北重人作品の中でも、一番の傑作であることに間違いなし。

まず、冒頭の「海上神火」に胸打たれました。
湊を見下ろす見晴らし台に立ってただ一人の男を待つ女は、かつて遊女、今は小料理屋の女将に納まった志津、48歳。
彼女が待ち望む吉蔵は、12歳の時から3度出会い、3度別れている相手。でも今なお、2人の気持ちは固く結びついている。
シェイクスピア「ロミオとジュリエット」の激情に駆られて突っ走ったような愛と、どんなに対照的なことか。
本作品の2人の場合、30年以上という長い期間を、いささかの揺るぎもなく相手を信じ、互いを想い合っている。それが凄い、素晴らしい。
男が女への約束を果たせなかった時、面目ないと男は姿を消してしまうのが通例パターンでしょう。しかし、本書の吉蔵は違います。済まないと言いながら悪びれず志津の前に姿を現わします。
吉蔵を待って佇む志津の姿もですが、吉蔵登場のシーンが圧巻。

「海羽山」は、津軽の飢饉で両親、妹を失い、兄とも逸れて苦難の道を歩み、今は古着問屋の主人に納まった主人公が、奇跡的に兄と再開するというストーリィ。何故か母親の顔だけは思い出せなかったという主人公が、兄と再開して初めてその理由を悟るという最後のシーンは、余りの想いに言葉を失うばかり。

町人、武士、男、女と主人公像は様々ですが、各ストーリィは、主人公たちが現在直面している問題を描くだけでなく、彼らが過ごしてきた長い年月をも描いているところが、本短編集の素晴らしさです。北重人さん、独自の作品世界と言って良いのではないか。
最後の「合百の藤次」は、富樫倫太郎「堂島物語を思わせる米相場会所に関わるストーリィ。スリリングさと共にエンディングの爽快さは、他の5篇には見られない、本篇だけの魅力。

時代小説ファンには是非お薦めしたい、時代物連作短編集の逸品です。

海上神火(かいじょうしんか)/海羽山/木洩陽の雪/歳月の舟/塞道(さいど)の神/合百(ごうびゃく)の藤次

    

3.

●「鳥かごの詩(うた)」● ★☆


鳥かごの詩画像

2009年02月
小学館刊

(1600円+税)

   

2009/03/20

 

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設計事務所を閉じざるを得なくなった主人公、人生に向かって駆け出そうとしていた頃を振り返ろうとする。それは40年前、新聞配達店に住み込みながら過ごした予備校生時代のこと。

東京の予備校に通うため山形の酒田から上京した主人公。バイトの口として選んだのは、住み込みの新聞配達員。
その日から衣食住が保障されるという点がその理由。個室有というのが求人広告の売り文句で、確かに個室ではあったが、大部屋を段ボールで仕切っての僅か二畳程度の個室。
そんな状況ではあっても、主人公の東京生活、新聞配達員兼予備校生生活が、ともかくもスタートした。
予備校生にとって有り難い職場は、人生に躓いた人間にとっても最後の拠り所となる職場である。そのため、仕事仲間には浪人生や大学生だけでなく、奇妙な大人たちもいる。
そのうえ近くには、ヤクザな身内に振り回されている、高校生のサキちゃん、小学生のトシもいた。

昔の東京にはそういう時代が確かにあった。住み込みの新聞配達員という境遇だからこそ知る社会の裏面、懐かしさと、ほろ苦さを伴った青春の記憶。
その心象に、ヘッセ「春の嵐を思い出させられます。とくに本ストーリィの末尾で語られる一言は、「春の嵐」の最後を締める名文に通じる味わいがあります。
青春のほろ苦さを懐かしく蘇らせてくれるところが、本作品の魅力。
物足りなさをもし感じるところがあるとすれば、そうした物語において主人公は、一方において傍観者であるからでしょう。

     

4.

●「火の闇−飴売り三左事件帖−」● ★★


火の闇画像

2009年12月
徳間書店刊
(1700円+税)

2011年09月
徳間文庫化

 

2010/02/01

 

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元は土屋三左衛門という名の武士、家中の権力闘争に嫌気が差して脱藩し、今は飴売りの元締めをしている三左を主人公とした、事件もの時代小説短篇集。

飴売り稼業に身を転じた後、度胸と腕の良さで喧嘩の仲裁役を買うことが多くあり、おかげで他人から信頼されること多く、顔も広まったというのが、三左の人物像。
そしてその恋女房の小紋とは、結ばれるに際して、何か藩の騒動に巻き込まれるという事情があったらしい。
そんな三左だからこそ、他人から頼まれ、また三左自身も人助けしようとする意思がある。
そこから生まれるストーリィが、本書副題の示す「飴売り三左事件帖」という次第。

袖触れ合うも縁。事件は必ずしも円満解決という訳にはなりませんが、そこには縁を大切にしてこその展開もあります。
そんな人と人との繋がりを描くところに、何とも言えない熟達の味わいがあります。そこが本短篇集の魅力。

「観音のお辰」「仏のお円」は、お辰お円という2人の女性がいい味を出しています。「唐辛子売り宗次」は悲劇ですが、最後に何故かほっとさせられるところがお見事。
表題作の「火の闇」は、三左と小紋が今に至る理由を明かす、三左が家中だったさる藩の権力闘争劇とその悲劇を描いた篇。

観音のお辰/唐辛子売り宗次/鳥笛の了五/仏のお円/火の闇

   

5.

●「夜明けの橋」● ★★☆


夜明けの橋画像

2009年12月
新潮社刊
(1500円+税)

2012年05月
新潮文庫化

 

2010/01/12

 

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江戸草創期の様子を、武士を続ける者、武士を捨てて商人に転身した者等、様々な角度から描いた短篇集。

徳川の江戸転入の様子を描いた作品としてかつて半村良「江戸打入りを読みましたが、同作品は一兵卒の立場から描き、そして転入は最後の方の一部分に過ぎませんでした。
それに対して本書は、徳川転入後急速に拡張を遂げている江戸を描いており、首都建設の槌音が高く響いてくるように感じられます。
それを象徴する篇が「日本橋」。故郷を追われ一人で江戸に辿りついた武家の子=吉之助が、日本橋普請現場に拾われ、普請工事の様子に胸を躍らせるというストーリィです。

江戸の繁栄は、一方で武士の時代に変革が訪れたことでもあった。それを象徴するように、武士から商人に転身した人物が幾人も登場します。
しかし、商人になったからといって、武士の気概を捨てた訳ではない。「梅花の下で」の主人公=澤井屋与右衛門にそれを感じられますし、冒頭「日照雨」の主人公=宗五郎は、武士の心根を捨てきれなかったからこそ悲劇に見舞われた、と言えます。
不幸な運命の転がりから、妻と娘の姿を思い浮かべながら宗五郎が倒れ伏す場面は、余りに切ない。「日本橋」の吉之助とは、対照的な人物像です。
「梅花の下で」もそうですが、新しい世に適応して生きていく人間と、それまでの生き方を変えられない人間の姿が、変革期に相応しく対照的に描かれていきます。

なお、本書中一番魅力ある人物は、「与力」に登場するおあん。元女郎で、年季奉公の明けた3年前、吉原に用心棒として抱えられている三五郎の女房となった女性です。
明るい気性の女ですが、特別に火付け盗賊を憎む裏にはどんな経緯があったのか。そのおあん、火付け盗賊捕縛の手伝いをすることになった三五郎を助け、聞き込みに駆け回り大きな成果を上げるのですから、面白い。

北重人さんの時代小説を読むのは本書が初めてですが、メリハリが効いていてしかも力強い。読んでいて手応え十分、とにかく楽しい。
昨年急逝されましたが、惜しい時代小説作家を失くしたものだとつくづく思います。

日照雨(そばえ)/日本橋/梅花の下で/与力/伊勢町三浦屋

      

6.

●「花晒し−北重人遺稿集−」● ★★


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2012年04月
文芸春秋刊
(1500円+税)

2014年11月
文春文庫化

 


2012/05/07

 


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2009年に急逝された北重人さんの最後の作品集、とのこと。
女ながら
日本橋広小路を束ねる元締=翁稲荷の右京を主人公とするシリーズ3篇+2短篇=計5篇という内容です。

本書を読んで、改めて北重人さんの急逝が惜しまれます。
硬質にして簡潔、凛々しいと表現したい文章。そしてストーリィの内容はといえば、善良なる登場人物たちに対しても決して甘いところがありません。
本シリーズはの主人公は一応右京ですが、右京が束ねる日本橋広小路の住民たちを交えた群像劇と言って良いでしょう。
本シリーズでは右京も過去において、また
お清という若い娘も過酷な目に遭います。しかし、その辛い出来事を乗り越えて強く生きる姿が、本書の見処という気がします。
その分、ひんやりと冷たい印象も受けますが、その冷たさに心が引き締められて、という快さがあります。 

冒頭3篇は、女元締である右京を主人公とした連作短篇。
その右京、出自は武家の娘ですが、父親の没落で芸者となり、
甚五郎に引かれ、その甚五郎の急死を受けて元締の跡を継いだという経歴。
地域内の住人が抱え込んだ難題を、手下の
歳三、今は想い合う関係の江戸留守居役=小日向弥十郎らの助けを借りて解決するというストーリィパターン。さしづめ、チーム“右京”といったところです。
そして各篇における事件は、女を獲物にする悪性の男、若い娘の拐わかし、地上げと、十分現代に通じるものです。僅か3篇で終わったことが本当に惜しまれます。

残る2篇も、主人公は異なるとはいえ、右京シリーズと相通じるものがあります。
故人とはいえ、時代小説ファンにはお薦めしたい作家です。

秋の蝶/花晒し/二つの鉢花/稲荷繁盛記/恋の柳

    


  

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