ヘルマン・ヘッセ作品のページ


Hermann Hesse 1877〜1962 ドイツ生まれの小説家・詩人。処女作は「ペーター・カーメンチント」。第2次大戦後、自我を求めて苦しむ若者、芸術家の姿を描いた多くの作品が若い世代の共感を呼び、人気を博す。1946年ノーベル文学賞受賞。


1.郷愁(あるいは青春彷徨)

2.青春は美わし・ラテン語学校生・干草の月

3.車輪の下

4.春の嵐

5.デミアン

 


 

1.

●「郷 愁」●  ★★★
 原題:“Peter Camenzind”

 

1904年発表


1982年4月
新潮社刊
ヘッセ全集
第1巻


新潮文庫
岩波文庫

 

1980/09/21
1988/10/15

アルプスの小村に生まれたペーター・カーメンチントが、都会へ出て青春時代を過ごし、最後は生まれ故郷に戻るという、青春遍歴を描いたヘッセの処女作。
中学生の頃から何度も読み直してきた作品です。その理由は、この作品が“青春”のほろ苦さと、故郷への思い、自然への讃美を含む、抒情あふれる作品だからです。

レジー・ギルタナーエリーザベトへの恋、美青年リヒャルトアギー、ボギーとの交流。恋、友情、人生の痛みを知ること、誰でもが辿るであろう成長過程を、主人公ペーターは故郷を離れた旅人の如くに経験していきます。
そのペーターを特色付けるのは、高地育ちの百姓という自分の本性を捨て去ることがなかったこと、それ故に故郷への想いを常に抱えていたこと。だからこそ、彼は都会人になり得なかったと同時に、都会に染まることもなかったといえます。その点で、ぺーターは作家として成功することはできませんでしたが、自然児としての詩人であり続けたとも言えます。アシジの聖フランシスへの信仰心は、そうしたペーターにとっては当然の帰結だったといえます。

詩人の心を持ち続けたペーターの青春遍歴を描く、本作品につけられた「郷愁」という邦題は、まさにぴったりのものです。それ故、ストーリィだけでなくこの題名からも、私は本書に惹きつけられて止まないのです。
生活に疲れたとき、青春への懐旧の念にとらわれたとき、これからも本書を繰返し読み返すことでしょう。

 

2.

●「青春は美わし・ラテン語学校生・干草の月」●  ★★★

 

1982年4月
新潮社刊
ヘッセ全集
第1巻

 

新潮文庫

 

 

1988/10/22

「青春は美わし」 原題:“Schon ist die Jugend”1916
故郷と家族の温かみをまず感じる作品です。主人公ヘルマンが久しぶりに故郷の我が家へ帰ってくるところから始まります。
流浪を続ける主人公にとってみれば、両親、弟、妹と家族が揃っている場所は、快いものです。しかし、また彼は旅立っていかなければなりません。故郷、
アンナ・アンベルクという妹の友達への束の間の愛。旅人にとってそれは、貴重ではあっても一時の憩いでしかないのでしょう、弟フリッツが打ち上げた花火のように。
冒頭の故郷に帰ってきた時の明るさと、楽しさと、また再び列車に乗った一抹の寂しさは、対照的です。
青春、恋、過ぎ去ってしまえば、それらは一瞬のことであって、人は誰しも、列車に乗るようにそれらから遠ざかって行くほかない、という感傷を象徴するような作品です。アンナの思いやりに充ちた優しさが印象的で、忘れられません

「ラテン語学校生」 原題:Der Lateinschuler”1905
ラテン語学校の生徒カール・バウアが、若い女中ティーネへの憧れを通じて、大人の世界を学ぶストーリィ。
彼女の大怪我をした恋人への愛、彼女を受け入れる若者の愛。2人の厳粛な愛の姿から、カールは大人の愛を教えられます。神聖な愛をいつか自分も知ることを願う姿は、まさに青春期の恋愛からの卒業を物語っています。

「干草の月」 原題:“Heumond”1905
パウル・アプデレックの初恋物語。
ツルゲーネフ「初恋」ではなく、ドストエフスキイ「初恋」を何故か思い出しました。少年の初恋に対する、両親・伯母の理解と温かい思いやりが印象的です。

 

3.

●「車輪の下」●  ★★☆
 原題:Unterm Rad”

 

1906年発表


1982年5月
新潮社刊
ヘッセ全集
第2巻


新潮文庫
岩波文庫

 

1982/05/30

通俗的な教育による重圧の犠牲となった少年、ハンス・ギーベンラートの悲劇を描いた、ヘッセを代表する作品です。
しかし、私はこの作品を2度しか読んでいません。というのも、読むと辛く、暗澹たる気持ちに襲われるからです。ヘッセというと、まず
「車輪の下」と言われがちですけれども、私としては勧めません。この作品を読んでしまうと、ヘッセの他作品に進まずに終わってしまうのではないかと思うからです。初めて読むのなら、やはり郷愁が望ましいでしょう。

本作品は、ヘッセ自身の神学校時代の辛い経験を、そのまま書き記しているようです。ハンスは勿論ヘッセの分身ですけれど、同時に叙情的なヘルマン・ハイルナーもまたヘッセの分身でしょう。
自然に親しむ心、美しさに感動する心を、形式的な学問世界に押し込めようとする世間の圧力、それに対するヘッセの憤りの激しさを強く感じます。
ヘッセには、彼を愛する母親がいました。しかし、ハンスにはそれが欠けていました。母親もなく、友人もなく、彼を導く人も、何も与えられていませんでした。それが、ハンスを悲劇に至らしめたと言えます。
と言っても、
「郷愁」ペーターと本作品のハンスは、同じ人間の表面と裏面というだけの違いであると、私には思えます。

 

4.

●「春の嵐」●  ★★★
 原題:“Gertrud”

 

1910年発表


1982年6月
新潮社刊
ヘッセ全集
第3巻

 

新潮文庫

 

 

1977/09/19

この作品においてヘッセは、愛とは何か、愛することの辛さ、苦しさを描いています。
主人公である作曲家
クーンは、少年時代に戯れによって自分の身を傷つけ、肉体的損傷を負った青年です。しかし、自分の肉体的欠陥を冷静に見つめた結果、かえって美しいものを見分ける力を備えるようになります。その一方で、彼は、もはや女性を一方的に愛する幸福しか持つことが出来ない、という定めを負うことに なります。
そんなクーンに対し、友人のオペラ歌手
ムオトは、女性から愛されることを求めながら、他人ばかりか自分自身をも愛せない人間です。そのために、ムオトは自分の魂を転落させていくことになります。
ムオトを愛し、クーンから愛される女性
ゲルトルートは、美しく気高い、理想の女性像として描かれています。しかし、ゲルトルートの気高さは、女性の愛を必要とするムオトに向けられます。しかし、彼女の美しい魂は、加虐的なムオトの魂によって引き裂かれ、傷つけられずには済みません。
魂の美しさという面では、むしろクーンとゲルトルートの方が近しい存在です。しかし、2人の魂は近しい余り、逆に友情に留まり、恋愛という感情には至りません。恋愛というものは、異質の魂こそが引き合うものなのかもしれません。

上記のように書くと、本作品は恋愛の辛さのみ描いている作品のように感じられるかもしれませんが、この作品にもやはりヘッセらしい青春時代への讃美があります。
それは、次の文中の言葉により象徴されています。
人は年をとると、青春時代より満足している。だが、それだからといって、私は青春時代をとがめようとは思わない。なぜなら、青春はすべての夢の中で輝かしい歌のようにひびいて来、青春が現実であったときよりも、いまは一段と清純な調子で響くのだから
そしてこれは、私の胸の中でいつまでも響いている言葉です。

 

5.

●「デミアン エーミール・シンクレールの青春の物語 」●  ★★★
 原題:“Demian.Die geschichte von Emil Sinclairs”

 

1919年発表


1982年9月
新潮社刊
ヘッセ全集
第6巻

 

新潮文庫
岩波文庫

 

1982/09/23
1990/09/24

第一次世界大戦後、ヘッセがエーミール・シンクレールという匿名で発表し、大きな反響を呼んだ作品です。
主人公
エミール・シンクレールが、デミアンという友人を得、その指導を受け、苦しみながら真の自己を見出そうとする姿を描いた、青春期における自己成長の物語。

デミアンは、シンクレールという青年の導き手となる存在ですが、本書の主役はデミアンではなく、あくまで真の自分を見つけるため苦悩するシンクレール自身であり、その歩んだ過程にあります。
シンクレールは、少年時代に、デミアンから既存社会の常識に対する疑念の可能性を教えられます。それからの彼は、学校生活の中で他の生徒と馴染めず、孤独の中にあって苦悩を続けます。その結果彼が得たものは、既存の社会概念を打ち破り、新たな社会を目指す必要性があるという認識です。
キリスト教信仰にも拘らず戦争を肯定するという、道理にはずれた現実社会の姿。その矛盾への反抗は、善と悪の両性を備えた神への思慕という形で表現されます。そうした人間における矛盾を踏まえ、かつ戦争という事実を時間的に乗り越え、新たな社会建設の必要性を説くことが、本作品の主眼でなかったかと思います。
本作品は“新生”の物語です。ヘッセ自身もまた、この作品により新しい道を辿ろうとした、それが故にシンクレールという匿名で発表したのだと思いますし、その故かこの物語はかなり抽象的なものとなっています。
既成の価値観に縛られず、自身の中から真実を見出し、自分一人であろうと真実の道を歩まんとする、意思の強い青年の姿がそこにはあります。第一次大戦の時代に孤独な立場に置かれたヘッセという作家の、強い決意を感じられます。郷愁に次いでお薦めしたい作品です。

 

読書りすと(ヘッセ作品)

 


 

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