五十嵐貴久作品のページ No.1


1961年東京都生、成蹊大学文学部卒。出版社勤務を経て、2001年「黒髪の沼」にて第2回ホラーサスペンス大賞を受賞し作家デビュー。


1.交渉人(文庫改題:交渉人・遠野麻衣子)

2.1985年の奇跡

3.TVJ(ティーヴィージェー)

4.2005年のロケットボーイズ

5.パパとムスメの7日間

6.交渉人遠野麻衣子・最後の事件

7.年下の男の子

8.パパママムスメの10日間

9.ウエディング・ベル−「年下の男の子」 Part2−

10.サウンド・オブ・サイレンス


ぼくたちのアリウープ、編集ガール!、こちら弁天通りラッキーロード商店街、キャリア警部・道定聡の苦悩、可愛いベイビー、学園天国、炎の塔、SCS、あの子が結婚するなんて、波濤の城

→ 五十嵐貴久作品のページ No.2


セブンズ!、スタンドアップ! 、ウェディングプランナー、命の砦、奇跡を蒔くひと、鋼の絆

→ 五十嵐貴久作品のページ No.3

  


    

1.

●「交渉人」● ★☆
 (文庫改題:交渉人・遠野麻衣子)


交渉人画像

2003年01月
新潮社

(1700円+税)

2006年04月
幻冬舎文庫

2023年06月
河出文庫



2003/03/11

本作品の主役はネゴシエーター
つまり、人質を取って立て篭もった犯人たちと交渉を行い、人質を安全に救出すると共に犯人逮捕を果たすという、重要な役割を担った人間のことです。アメリカなどでは各個とした専門部署が確立されていますが、日本ではまだ不十分とのこと。本作品で登場するネゴシエーターは、警視庁“特殊捜査班”に所属する石田警視正という、日本での第一人者。
事件は、コンビニ強盗3人組が私立総合病院に逃げ込み、患者・医師・看護婦等を人質に立て篭もったというもの。
本作品の主人公となるのは、2年前養成研修で抜群の成績を残したものの石田との不倫を中傷され、経理課に左遷されたキャリア組・遠野麻衣子警部、29歳。事件突発を受け、石田到着までの間の現場指揮に急遽駆り出されます。

前半の興味は、ネゴシエーターの交渉ぶりにあります。石田の交渉テクニックを、主人公が地元警察署の警官に説明する形で読者に解説、その引出役となるのが、素人発言を繰り返す金本参事官という設定です。
石田警視正の予想した範囲内で犯人たちとの交渉は進んでいきますが、後半、一転して事件は驚くべき展開を見せます。
ネゴシエーターへの興味、緊迫感にと、期待が募りましたが、その割にありきたりな展開に終わってしまった、というのが実感。この題材あってこそのストーリィではあるのですが、期待に比して物足りない、という印象はぬぐえません。
また、主人公をはじめ、登場人物の魅力という点でも、もうひとつ物足りなさあり。

  

2.

●「1985年の奇跡」● 


1985年の奇跡画像

2003年07月
双葉社刊

(1700円+税)

2006年06月
双葉文庫化


2003/09/04

新設後まもない都立小金井公園高校、その野球部が本ストーリィの舞台。
野球部と言っても、ヘタながら熱心というのならまだ救われますが、本書野球部の面々はヘタなうえに練習嫌い、かつ熱心さには程遠い。部活動よりTV“夕やけニャンニャン”を見る方が余っ程大事という風ですし、激昂して言い争うのは“夕ニャン”でどの女の子が一番可愛いか、という具合。キャプテンである主人公にしろ、ジャンケンに負けてのキャプテン指名というのですから、何をか言わんや。
そんな野球部に突如として、超高校級のピッチャーが転校してくるわ、名門女子高校の美少女がマネージャーに立候補してくるわと、野球部の状況は一変します。その後、甲子園を目指す高校野球地方大会では、トントン拍子、突然の転落、そして初めて全員が全力を尽くすことを知る、というストーリィ展開。

感想を一口で言えば、本書ストーリィはかなり漫画的です。
しかし、最後の一戦にかける、野球部員と偏執的校長との対峙、全校あげての応援光景は、流石に心躍るものがあります。
平凡な高校生活の中、一度くらいこんなことが起こっても良いよな、と思わせるストーリィ。それなりに楽しめます。

   

3.

●「TVJ(ティーヴィージェー)」● ★★


TVJ画像

2005年01月
文芸春秋刊

(1800円+税)

2008年02月
文春文庫化


2005/03/13


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民放TV局・テレビジャッパンの経理部に勤める高井由紀子29歳は、大台を目前に焦り始めていたところ、やっと恋人・岡本圭からプロポーズされ、思わず涙ぐみます。
その翌日、今日は圭の実家へ挨拶に行く約束と念入りにメイクしてきた由紀子でしたが、なんとお台場に完成したばかりのテレビジャパン、ゴールドタワービルが押し入ってきたテロリストに占拠されてしまう。
ビルの窓から放り出されたものの九死に一生を得た由紀子でしたが、人質にはされなかったというものの、やはりビルに閉じ込められた状態。プロポーズの返事もきちんとしないまま引き下る訳にはいかないと、恋人・圭を救うため、か弱い女性の身ながら敢然とテロリストたちに挑んでいく、というストーリィ。
テロリストたちの目的は何か? 由紀子とテロリストたちの攻防の行方は如何に? というのが本書の見所。

表紙裏には「ヒロインの「ダイ・ハード」ばりの活躍」とありますが、私としては女性版ホワイトアウトと思えます。
しかし、そこは主人公が女性とあって、「ホワイトアウト」のように敵を次々と打ち倒していく、という訳にはいきません。それよりも、最初はごく普通のOLらしく打ち震えていた彼女が、次第に逞しさを発揮し、最後には断じて逃すまいと相手を追い詰めてしまう、その展開が楽しめます。
結果的には、テロという割には軽い味わいのアクション・ストーリィになっていますが、結婚にかけるベテランOLの執念をベースにしたその着想が卓抜。

 

4.

●「2005年のロケットボーイズ」● ★☆


2005年のロケットボーイズ画像

2005年08月
双葉社刊

(1600円+税)

2008年11月
双葉文庫化



2005/08/25

都立高校に進学して文系に進むつもりだった梶屋信介は、交通事故に巻き込まれ受験できず、私立の理工系高校に進学。しかし、愚痴ばかりこぼす信介は学校のボスからシカトされ、孤立。
そんな信介がひょんなことから、キューブサット(小型の人口衛星)のコンテストに参加させられる羽目になります。
力を借りるため急遽集めた仲間たちは、落ちこぼれや引きこもりばかり。それでも予想外の結果を勝ち得たと思ったら、次の挑戦では一転して笑いものになってしまう始末。
このままでは終われないと一念発起した彼らは、自分達の手で作ったキューブサットをロケットに載せて宇宙へ飛ばそうと、壮大な挑戦を始めます。
本書は、倒産寸前の町工場を舞台にしたそんな理工系青春小説。

宇宙というロマン、落ちこぼれ達が各々の持ち味を生かして力を合わせるという爽快さが、本作品の魅力。
夏休みの理系課題にのめり込み過ぎてしまったような雰囲気、高校生のノリの良さが感じられて、いかにも夏休みの読書にふさわしい作品です。
ストーリィの殆どは、キューブサットを作り上げる過程で主人公たちが奮闘する姿を描いたもの。私も文系なので具体的な部分は疎いのですが、それでも楽しく読めます。何と言っても、宇宙というロマンが良いじゃないですか。
紅一点の彩子、職人気質のジジイ(主人公の祖父)が好いアクセントになっています。

  

5.

●「パパとムスメの7日間」● ★☆


パパとムスメの7日間画像

2006年10月
朝日新聞社刊

(1700円+税)

2009年10月
幻冬舎文庫化



2006/10/28



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高校2年、16歳のムスメ・小梅と、34歳の(小梅曰く)中年オヤジであるパパ・川原恭一郎の身体が、列車事故に巻き込まれたのを境に入れ替わってしまう、というストーリィ。

同級生の男子と女子の入れ替わり、ありましたねぇ、尾道を舞台にした「転校生」という映画(原作は山中恒「おれがあいつであいつがおれで)。再婚間近の母親と思春期のムスメが入れ替わる映画はフォーチュン・クッキー
ただでさえ不潔と嫌っていた父親の身体になったら、ムスメがパニックになるのは当然でしょう。一方、父親は女子高生世界に入って一瞬くらいは好奇心に捉われるかもしれませんが、すぐ途方に暮れること間違いナシでしょう。
本作品における小梅と恭一郎、まさにそんな感じなのですが、この父親、なんと娘に素直に素直なことか。下着姿も裸を見るな、触るなと言われ、着替え・入浴の際目隠しされても唯々諾々と小梅に言われるまま従っているのですから。出世街道に乗れるサラリーマンではないけれど、娘への愛情の深さ、とても感じられます。
さて、こうした設定で結果が悲劇となるか、喜劇となるか。後者であればこういう展開は当然だろうというストーリィ。
ちょうど小梅は憧れの先輩とのチャンスがめぐってきたところ、父親は社内挙げてのプロジェクトが捻じ曲げられたところ、というのが本ストーリィのミソです。
私が注目したのは、サラリーマン生活の大変さを女子高生の小梅の目を通して描いた部分。マーケットの目標を達成するより頭の古い役員の顔を立てることの方が余っ程大事、とばかりの不可思議なサラリーマン社会像。ツボを押さえていて笑っちゃいます。
女子高生から蔑視されようが、サラリーマンなるものそれはそれでタイヘンなんです。

  

6.

●「交渉人遠野麻衣子・最後の事件」● ★☆


交渉人遠野麻衣子最後の事件画像

2007年09月
幻冬舎刊

(1700円+税)



2007/11/06



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交渉人遠野麻衣子警部が再登場しての長篇サスペンス。

冒頭は「交渉人」事件の裁判傍聴シーンから始まります。2年前の事件を解決した結果麻衣子は警視庁内で白眼視され、広報課に左遷されたままという状況。
その麻衣子が一本の電話によって新たな事件の矢面に立たされます。「シヴァ」と名乗るその人物は、大都会での爆弾テロを脅しに2千人もの犠牲者を出した地下鉄爆破事件の首謀者である宗教団体<宇宙真理の会>の大善師=御厨徹を釈放せよと要求、しかもその連絡相手に麻衣子を指名してくる。
まず銀座の交番、続いて銀座の路線バスで時限爆弾が爆発する。そのほか、どこにどれだけの時限爆弾が仕掛けられているのか見当もつかない。警視庁内に捜査本部が設けられ、全署をあげて時間との戦いとなる懸命な捜査が開始される、というストーリィ。

本ストーリィで注目に値するところは、犯人からの連絡が電子メールで行なわれたという点。そしてネット、携帯電話によってパニックは瞬く間に広がり、都市機能どころか捜査活動まで麻痺させてしまった点でしょう。そのうえさらに恐ろしいのは、それらの状況を見越してもっと大きなパニックを引き起こそうと犯人が冷静に計画しているところです。
都会における爆弾テロ、その結果引き起こされるパニックの恐ろしさを題材にとった迫真のドラマですが、何故かもうひとつ緊迫感が盛り上がらない。それは都内各所での惨状がニュースのように語られているのみであり、また主要な登場人物が麻衣子の周囲にいる数人に限られている所為でしょう。
それでも、最後に麻衣子が犯人と直接対決する場面はやはりスリリング。それは、プロの交渉人である麻衣子がようやくその真価を発揮する場面でもあるからです。

事件がド派手な割りに、麻衣子一人の奮闘であっさりと事件が終幕を見てしまった観あり。TVJの読後感に似ている気がします。

爆破/捜査/殺害/混乱/決着/終章

    

7.

●「年下の男の子」● ★★


年下の男の子画像

2008年05月
実業之日本社

(1600円+税)

2011年04月
実業之日本社
文庫化



2008/06/06



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マンションを購入したばかりという37歳の独身OLと、23歳の新米会社員とのラブ・ストーリィ。果たして2人は14歳という年齢差を超えて結ばれるのか。

女性が相当に年上というラブ・ストーリィの傑作に、サヴァン「ぼくの美しい人だからがありますけれど、同じ年齢差14歳といっても、同作では年齢より社会的な立場の違いという障害の方が大きな問題でした。
その点、本書の2人は話も気も合うといった風で、年齢差だけが問題。だからこそ生じるユーモア感が、本作品の魅力です。

若さ故か一途に想いをぶつけてくる彼=児島達郎に、主人公=川村晶子はタジタジとさせられるばかり。
「あれ?」「ん? ちょっと待って、今のはおかしくないか」と戸惑い、年齢差を思い出して自制しようとしたり、笑われたくないと用心したりと、そんな晶子の反応が楽しい。
特別に美人という訳ではない。特別にルックスが良いという訳ではない。これまで男性からモテテモテテ仕方なかった、ということがあった訳ではない。それなのに何故。

23歳の新米会社員だというのに出来過ぎの観が児島達郎にはありますが、それはそれとして、戸惑い、迷い、自ら決断しようとするベテランOL・川村晶子の感情の機微が見事に描かれていて、お見事。
最後の最後までどうなるか判らない、まさに鯛焼きのシッポまでという、息をつかせない面白さ。
ラブ・コメディがお好きな方には是非お薦めの一冊です。

  

8.

●「パパママムスメの10日間」● ★☆


パパママムスメの10日間画像

2009年02月
朝日新聞出版

(1500円+税)

2012年10月
幻冬舎文庫化



2009/04/16



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パパとムスメの7日間の続編。
前作は列車事故が引き金となって、高校生の娘と会社員の父親という間で人格が入替わってしまうというストーリィでしたが、今回はその2年後。
娘の小梅が高校を卒業して大学入学、というところで、親子3人の近くに落ちた雷のショックで、3人の間で人格が入替わってしまうというストーリィ。
即ち、娘=小梅は再びパパへ、パパ=川原恭一郎は自分の妻へ、そして初体験のママ=理恵子は花の女子大生である娘へと。

2人が3人になった分複雑さは増していますが、人格が入れ替わて生じるドタバタ劇の面白さは、既に前作で堪能済みであるために、面白さという点では前作に及ばないという印象です。

親子3人がそれぞれに入れ替わることによって、娘は父親の会社勤めでの苦労を知り、父親は主婦も結構大変だと悟り、母親は娘もそれなりに大変なんだと理解する、その結果親子3人の絆が深まるというのが、本ストーリィのミソ。

なお、私としては、本書でもうひとつ注目したい処があります。副産物というべきストーリィ部分ですが、「金よりももっと重要なものがある」という、パパの同期社員の主張。
それは、利益さえ上げればいいんだと考える出世頭の役員と、誇りをもてる会社であって欲しいと願う一般社員の対立。
この部分、決して他人事ではありません。米国流のビジネスを真似していかに利益優先の考えがまかり通り、その一方で会社への忠誠心がいかに足蹴にされてきたか、と思うので。
ともかくも、気軽に楽しめる家族コメディ小説です。

        

9.

●「ウエディング・ベル−「年下の男の子」 Part2−」● ★☆


ウエディング・ベル画像

2011年05月
実業之日本社

(1600円+税)

2014年04月
実業之日本社
文庫化


2011/06/06


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女性が年上、しかも年齢差14歳というカップルのラブストーリィをユーモラスに描いた年下の男の子の続編。
大手メーカーで宣伝課長という職にある
川村晶子(38歳)と、中小企業でしかも契約社員という児島達郎(24歳)のカップル、ようやく2人の気持ちは固まったものの、さあ次なるステップ=結婚に進もうと思っていたところ、難題続出。
そのうえに晶子、仕事上で宣伝部と販売部の対立に巻き込まれ、公私共にヘトヘト、という年の差カップルのラブストーリィ第2幕。

達郎の友人たち、晶子の友人たちの反応、そして肝心の達郎の家族(両親・祖母・姉・妹)、晶子の家族(両親、弟)の反応と、それぞれの違いは面白く読めるものの、もう一つ突っ込み不足か。
また、仕事上の難事といってもそう格別のことではありません。
一方、晶子の父親の断固反対という頭の固さぶり、その挙句の自分勝手な脱線ぶりには、もう呆れるばかりです。

基本的には私好みの作品ですし、最初から最後まで面白く読めることは読めるのですが、その面白さは前作の延長線上にあるんだよなぁ、という印象。
もうひとつストーリィに捻りがあっても良かったのではないかと思うのですが、2人とも、真っ正直に正攻法なんですよねぇ。
  ※ひょっとして続々編、あるのかな?

           

10.

●「サウンド・オブ・サイレンス Sound of Silence」● ★★


サウンド・オブ・サイレンス画像

2011年10月
文芸春秋刊

(1600円+税)

2014年05月
文春文庫化



2011/11/13



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 "Sound of Silence"と言えば、私にとっては青春の始まりを告げた証のようなもの。サイモン&ガーファンクルの名曲であり、映画「卒業」の主題歌ともなった曲。ですから本書の題名だけですぐ惹きつけられてしまいます。
しかし、本書ストーリィは、私の感慨とは全く別のもの。

本書主人公は高校1年生の
綾瀬夏子。中学の時にイジメに遭っていたことから高校での再燃を恐れ、つい自分の代わりに犠牲となってくれる子を探してしまいます。
その相手が、極めて無愛想で、クラスの中でも浮きかかっている同級生の
小野春香。しかし、ある日夏子は春香が隠していた事実、無愛想なその理由を知ってしまいます。それは彼女が聴覚障害者であるということ。
さらに思いがけないことに夏子、中学生の時春香とろう学校で一緒だったという
大森美沙から、春香とダンスを一緒にやりたい、けれど春香が拒んでいるので仲介して欲しいという強引な依頼を受けることになってしまいます。

音を聞くことが出来ない障害者が、アップテンポな音楽にのってダンスを踊ることができるのか?
いや、できる。聴覚に障害があるからといって、人間として劣る訳でも、可能性が閉ざされている訳でも、決してない。
美沙、澪、春香、同じ聴覚障害者といっても経緯・状況は様々、読唇や手話ができる、できないといった違いもあります。
でも、その気になれば手振り、表情、携帯を駆使してコミュニケーションはバッチリ取れる。
女子4人の熱いハートに興奮する、スピートに溢れた爽快な青春ストーリィ。淀んだ気分を吹き飛ばすのには格好の一冊です。

   

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