橋本 紡作品のページ


1967年三重県伊勢市生。1997年「猫目狩り」にて第4回電撃ゲーム小説大賞の金賞を受賞し、同作品にて作家デビュー。著書に「猫泥棒と木曜日のキッチン」「ひかりをすくう」等あり。


1.
流れ星が消えないうちに

2.空色ヒッチハイカー

3.彩乃ちゃんのお告げ

4.九つの、物語

5.葉桜

6.今日のごちそう

7.ハチミツ

8.ふれられるよ今は、君のことを

  


    

1.

●「流れ星が消えないうちに」● 


流れ星が消えないうちに画像

2006年02月
新潮社刊

(1400円+税)

2008年07月
新潮文庫化

   

2006/06/15

 

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奈緒子とその恋人の君、2人の恋人関係を描いたストーリィ。
2人の恋人関係が普通とちょっと違うのは、2人共に忘れられない亡き恋人・亡き親友の面影を抱えていること。
そしてその相手は同じ人、加地君という。1年半前、旅先の外国でバス事故死していた。

加地君が文系で根気の良いタイプ、巧君は体育系でカラッと明るいタイプ。地味で目立たない存在だったということで奈緒子と加地君はお似合いのカップルだったし、互いに補うところがある故に加地と巧は親友同士だった。
だからこそ奈緒子が加地君のことを忘れることはないし、それは巧にしても同じこと。そして、お互いに加地君のことを忘れていないことを知りながらも、2人が加地君のことを話題にのせることはなかった。
それはそうだろうなぁ、と思う。その結果お互いに気まずくなって、破局に向かうことがあっても不思議ないようなことだから。でも、奈緒子と巧の2人にそんな思いはない。結局、お互いに加治君の思い出を大事に抱えながら前進していこうと2人が心に決めるまでのストーリィ。これからは3人で手を取り合って進んでいこうという巧君の決意は清々しい、応援したくなります。
なお、2人のような恋人同士ではなく、家族の場合であっても、言葉に出さないと気持ちが通じない、すれ違って関係が難しくなるというのは十分あること。家族で赴任した転勤先の佐賀から一人奈緒子が残る東京の自宅へ家出してきたという父親のことも、サイドストーリィとして描かれています。
実はこの父親を描いている部分、かなり興味を惹かれます。

ラブストーリィとしては小品でしょう。
表題の「流れ星が消えないうちに」は流れ星に願いをかける主人公たちのことですが、それはまた高校の文化祭で加地君が初めて奈緒子に告白した際の小道具でもあり、本ストーリィの最後をきれいに決める道具立てでもあります。
そのおかげで、読後にはきれいなイメージが残ります。

   

2.

●「空色ヒッチハイカー」● ★★


空色ヒッチハイカー画像

2006年12月
新潮社刊

(1400円+税)

2009年08月
新潮文庫化

   

2007/01/19

 

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1959年製キャデラック(米国を代表する大型車)を駆り、東京から九州の唐津まではるばる走り続ける夏休み。
18歳の高校生である彰二を主人公に、途中で乗せたヒッチハイカーの若い女性・杏子ちゃんとの2人旅。本書は心地良い青春ストーリィです。

彰二はまだ高校3年生で無免許なのですが、兄・彰一の愛車、兄の免許証を借用して走り出したという次第。
途中で拾った杏子ちゃんは、美人でタンクトップにミニスカート姿、おまけに胸の谷間もバッチリ。それが契機になったのか、その後もついついヒッチハイカーを拾って乗せる羽目に。
その杏子も一体どこまで行こうというのか全く不明なのですが、彰二は杏子に気の弱さを見抜かれたようで辛辣にあしらわれるものの、2人はそのまま一緒に旅を続けます。

道中、特に大きなドラマがある訳ではありません。ずっと走っていればこの程度はあるさ、ということぐらい。それでもきれいな女の子を傍らに、遠くを目指してただ走り続けるということ自体が気持ち良い。それはちょうど読書に似ているのではないでしょうか。特に目的もなく読み続け、読み終わればまた次の本を読み続けるという、私の読書に。
ただ、それだけでは単に気持ちが良いだけのストーリィに終わってしまいます。彰二の旅の目的が明らかにされるのは最後の章になってから。そこから一気に、彰二が大きな責任を担う事態が展開してきます。
唐津で目指す相手に出会ってから後の、その僅か1章の物語が実に良い。登場人物が急に増えて賑やかになりますが、そのどのシーンをとっても爽快なのです。
この最終章にて本作品のイメージは一変。心地良いだけのストーリィが、爽快で輝くような青春ストーリィとなって完結するのです。
でも、読後に余韻として残るのはやはり、ただ走り続けるという旅の心地良さ。

   

3.

●「彩乃ちゃんのお告げ」● ★★


彩乃ちゃんのお告げ画像

2007年11月
講談社刊

(1400円+税)

2011年03月
講談社文庫化

 

2008/01/27

 

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小学5年生の彩乃ちゃん。といっても彼女は普通の女の子ではない。なんと教祖である祖母の後を継ぐべき「教主」さま。
そんな彩乃ちゃんが絡む、3つのストーリィ。

さる教団の教祖さまが亡くなり、後を継ぐのはその力を受け継いでいる彩乃ちゃんしかいないらしい。しかし、教団内部で主導権争いがあり、そのため彩乃ちゃんは転々と、他所の家に預けられることに。
そんな彩乃ちゃんとふとしたことから触れ合い、そのおかげでささやかな幸せをつかむに至るという、3つのストーリィ。
「夜散歩」では、友人に無理やり押し付けられて彩乃ちゃんを預かることになった、一人暮らしの女性、智佳子
「石階段」はボランティア活動で土に埋もれた石階段を掘り出そうとしている高校生、辻村徹平
「夏花火」は、彩乃ちゃんを預かることになった家の娘で、同じ五年生の佳奈

けっして綾乃ちゃんが奇跡を起こす訳ではありません。ホンのちょっと後押しするだけ。
そして各篇の主人公が手に入れたものも、ホンのささやかな幸せに過ぎません。
それでも、そのささやかな幸せが、各人にとってどれだけ大切なものであることか。
その一方、皆を幸せにした彩乃ちゃんが得られるものは何なのでしょう。果たして綾乃ちゃん自身は幸せなのか。
それも大丈夫な筈。綾乃ちゃんもまた、各々の出会いからホンのささやかなものながら、彼女にとっては大切な思い出となるプレゼントを手にしているのです。

人に対するちょっとした心配り、後押し。そして、ささやかな幸せ。そのささやかさが何とも素敵です。
そこに大きな満ち足りたものを見出すのは、きっと私だけではないでしょう。
そうした喜び、幸せが少しずつ積もっていけば、世界は幸せになれるのかもしれない。
そんな余韻を与える彩乃ちゃんの後姿が、いつまでも胸の中に留まっている気がします。

夜散歩/石階段/夏花火

  

4.

●「九つの、物語」● ★☆


九つの、物語画像

2008年03月
集英社刊
(1300円+税)

 

2008/04/05

 

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「九つの、物語」というからには連作短篇集だろうと思ったのですが、れっきとした長篇ストーリィ。
九つの物語とは、各章の題名ともなり、また主人公=藤村ゆきのが各章で読む、有名作家の作品のことなのです。
章の順番どおりに挙げると、泉鏡花、太宰治、田山花袋、永井荷風、内田百閨A井伏鱒二、樋口一葉、サリンジャー

各章で、上記作品のさわりを紹介しつつ各章の内容を語る意味で象徴的に使われていたり、死んだ筈の主人公の兄=禎文が各章で毎度のようにレシピを紹介しつつ料理の腕をふるうといった、ストーリィの本筋ではなく付け足しの部分に面白味がある、といった連作風長篇小説。
この兄、実は2年前に事故死していて、ゆきのの前に現れたのは幽霊という次第。でもこの幽霊、料理できるばかりか、ゆきの以外の人間と酒を飲み交わすこともできると、ちゃんと実体を備えているのがミソ。
しかし、何故死んだ筈の兄がゆきのの前に現れたのか、そこに本ストーリィの本筋があります。ファンタジーな、兄妹の心温まる再会ストーリィで終わる作品ではありません。
段階を経て、ゆきのが心の奥底に忘れていた秘密が明らかにされていく。
そして最後に残ったのは、兄の妹に対する心遣いと、深い愛情。

ただ、兄の愛情というには過剰気味と感じざるを得ない。
9つの文学作品をモチーフにし、実体を備えた幽霊という構成も面白いのですが、
本筋以外の要素に本筋が喰われている観あり。 

縷紅新草/待つ/蒲団/あぢさい/ノラや/山椒魚(改変前)/山椒魚(改変後)/わかれ道/コネティカットのひょこひょこおじさん

     

5.

●「葉 桜」● ★★


葉桜画像

2011年08月
集英社刊

(1300円+税)

2014年04月
集英社文庫

  

2011/09/16

  

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初恋の純真な気持ちを描いた青春小説。
主人公の
櫻井佳奈は、小学校の時通い始めた書道教室に、高校生となった今も通い続けている。その理由は、書道教室の継野先生が好きだから。
しかし、先生には
由季子さんという奥さんがちゃんといて、佳奈はその2人の有り様を好ましく思っている。
そうした片想いの気持ちを秘めて通い続けてきた佳奈の周辺に、ちょっとしたさざ波が立ちます。
ひとつは妹の
紗英のこと。佳奈とは異なり超成績優秀で美少女。何の心配もいらない女の子のようですが、櫻井家の親族には時々こうしたとびきり優秀な子供が現れる、そして17歳の時必ずと言っていいほど不慮の死を遂げるのだという。まもなく17歳になる紗英を、佳奈は少し気遣ってみている。
もうひとつは、継野先生のライバルであり友人でもあった書道家=塚本の弟子である
津田クンが、一時的に継野教室に通ってきたこと。

佳奈がずっと抱き続けてきた淡い恋心にキリをつける時期が来たのでしょう。
相手を我が物にしたいというのではなく、ただ相手に近づきたいという気持ち。それこそ初恋故の純真な気持ちだと思います。
淡く、気持ち良く、清純に語られていく佳奈の青春時期の1ページ。かつて愛読した
ヘッセ「ラテン語学校生を偲ばせるところがあります。洗練さという点では、本作品の方が上かもしれませんが。

初恋の淡い想いを味わいたい、再び思い起こしたいという方に、お薦め。

           

6.

●「今日のごちそう」● ★☆


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2012年03月
講談社刊

(1400円+税)

 

2012/04/08

 

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出会い、幸せ、別れ等々、家庭料理を題材にした掌編集、23篇。

料理を題材にした短篇集というと清水義範「12皿の特別料理が思い浮かびます。料理方法まで細かく描かれていて、あれは楽しかった。
本書も同じ趣向、掌編故に料理方法まで詳細に描かれるまでにはいきませんが、その分数は楽しめるという次第。

食べ物、料理、常に人と人との思い出に繋がるようです。幸せあり、出会いもあれば、男女関係の破綻、別れもあるといろいろ。
人々のドラマが様々にあるように料理も様々にある、と言えるでしょうか。
その中でも私が面白く感じたのは、ちょっとスリルがあってかつその先を予想したくなる
「豆」「クロックマダム」
じっくりと幸せを味わえる雰囲気の
「アンコウ鍋」「花見弁当」「煮豆」「ポトフ」も良いですね。
「お好み焼き」は愉快、入社同期の2人をたまたま連作風に描いた「ホットコーヒー」「団子」2篇の味わいも捨てがたい。  

伊達巻/伊勢風雑煮/豆/ごまかしのカルボナーラ/アンコウ鍋/花見弁当/のり弁/うどん/トマト味の煮込み/煮豆/漬け物/ポトフ/オレキエッテ/クロックマダム/お好み焼き/素麺/味噌漬け/ラタトゥイユ/ホットコーヒー/団子/ココナッツミルクのカレー/シャンパン/ローストチキン

           

7.

●「ハチミツ」● ★★


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2012年06月
新潮社刊

(1300円+税)

  

2012/07/09

  

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ひとくちに三姉妹物語と言ってもいろいろなパターンがありますが、本作品は三姉妹というキャラクターを利用しての巧妙な話の進め方に特徴があって、その辺りが実に面白い。
37歳、27歳、17歳と10歳ずつ年の離れた姉妹。何故そんなに年齢が開いているかというと、三人とも母親が違うから。
父親が女性関係にだらしなく、様々な女たちが入ったり出たり続き、その修羅場を一番身をもって知っているのが長女の澪という次第。
三人のキャラクターが見事に異なります。
は仕事のできる総合職女性。は美人でスタイルも良いが仕事も男もひどく不器用。その挙句に妊娠、父親が誰だか判らないというのですから絶句するしかない。対照的に女子高生のは料理も上手、しっかり者というイメージなのですが、澪曰く、やはりどこか壊れているのだとか。

同じ場面を三人各々の眼から描いてみたり、「おい、吉野」という男性からの声掛けに対して三者三様、シチュエーションも違えば反応も違い、そこからの展開も異なると、その辺りの趣向も実に楽しい。
ごく普通の家庭からみたら、澪と環と杏の三人とも各々何処か壊れている、普通じゃない(父親の所為でしょうけど)ということになるのでしょうけど、それなりにバランスは取れ、三人でしっかりタッグを組んでいるという風。いつの間にか読者はこの家族のペースに引き込まれてしまうのですが、所詮小説世界の中でのことですから、それはそれで楽しき哉、と感じます。

※本ストーリィで見逃せないのは、杏の料理シーンと、3姉妹がきちんと食卓に顔をそろえる食事シーン。本作品の中で良いアクセントになっています。

1.朝食/2.小鳥たちの巣/3.壁/4.お父さん/5.嵐/6.雨あがりの夜/7.ハチミツ

            

8.

●「ふれられるよ今は、君のことを」● ★★


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2012年11月
文芸春秋刊

(1400円+税)

  

2012/11/29

  

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何とも居心地の良い、私好みの作品です。
例えていうなら、春を迎えた暖かな日、陽だまりについ微睡む、といったような感じ。

主人公の高野楓は、自らもう若くないという中学の社会科教諭。教師だからといって教育の理想に燃えたことなど一度もなく、同僚教師や生徒らともうまく付き合えない不器用な人間。だから全て諦め、たった一人、自分のペースで生きてきた。
それがここに来て変化が生まれたのは、恋人が出来たから。でもその恋人はふいに現れたかと思うと、幽霊のようにまたふっと姿を消してしまう、不思議な存在。でも彼のおかげで誰かと一緒に料理をし、食事を共にするという楽しさを知った。
一方学校では、先輩教師の
野崎から問題生徒の面倒を押し付けられてしまう。人と接することが苦手な自分に何故そんなことができると野崎は思うのだろう・・・。

不器用な女性のファンタジーなラブストーリィ。
2人が一緒にいる時はいつも彼が料理を作り、彼女がそれを美味しく食べるというパターンで、何とも温かく微笑ましい雰囲気に包まれます。
そしてもうひとつ快く感じるのは、楓の不器用な教師ぶり。
元々“熱中教師”が嫌いだったという楓、問題児を前にしても、教師として生徒を諭す前から早々と敗北宣言。でもそんな自然体が、今の時代にはむしろ適っていて好ましく感じられるのです。(私もTVドラマはともかく、熱血教師など苦手という方でしたから)

とにかく読んでいて何とも言えない快さ、居心地の良さを味わえるところが、本作品の魅力。趣向はちょっと異なりますが、乙一「失踪HOLIDAYの中の一篇「しあわせは子猫のかたち」を思い出しました。

   


  

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