エミリー・ブロンテ作品のページ


Emily Jane Bronte  1818〜48 英国の作家。姉のシャーロット(1816〜55)、アン(1820〜49)とともに、作家三姉妹として有名。21年に母親が死去した後の24年シャーロットとエミリーは姉のマリアとエリザベスが在学するクラージー・ドーターズ・スクールに入学。47年姉シャーロット作「ジェーン・エア」の成功を機に、妹アン作「アグネス・グレイ」と同時に「嵐が丘」を出版。48年兄ブランウェルの葬式でひいた風邪をこしらせ死去。

 ※ フィリス・ベントリー「ブロンテ姉妹とその世界」(新潮文庫)

 


 

●「嵐が丘」● ★★★
 原題:"WUTHERING HEIGHTS"        訳:鴻巣友季子




1847年発表

2003年07月
新潮文庫刊

第2刷
2005年06月
(705円+税)

 

2008/01/06

 

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40年ぶりの再読。前半はそうでもありませんでしたが、後半に入ってから、これは凄い小説だ!と思いました。
サマセット・モーム世界の十大小説のひとつに選んだことを初めて納得できた思いです。

烈風吹きすさぶヨークシャーに聳え立つ“嵐が丘”の屋敷。
本作品はその“嵐が丘”を舞台に、2世代にわたって繰り広げられる狂気の如き愛憎を描いた物語です。
ストーリィは嵐が丘の主人、アーンショウ氏が旅先で拾った出自不明の捨て子=ヒースクリフを屋敷に連れ帰ってきたところから始まります。
アーンショウ家の娘キャサリンとヒースクリフの狂気の如き愛、自分を蔑視した人間たちへのヒースクリフの執拗で底知れない復讐心。
暗く陰湿な怨念うずまくストーリィ、中一の時に読んだ印象はそれに留まり、それ故になかなか再読する気持ちにならなかったものです。
しかし、今回読んで後半に至ると、本作品はそんな表面的なストーリィを遥かに超えた世界を築いていることに気付きます。
また後半、悲劇もここに極まれりという段階に至ったときの圧倒感、リアリティは凄まじいばかりです。
そしてそれ以上に、本作品の凄さはストーリィよりも小説としての構成において発揮されているのです。

本作品においては常に、2つの事象が対照的あるいは対称的に描かれます。
アーンショウ家の“嵐が丘”の屋敷と、リントン家の“鶫の辻”の屋敷。前者は狂気に充ちた調和を失った家族世界であるのに対し、後者は健全で常識的な家族世界です。
相反するその2つの世界が関わり合ってくるのは、キャサリンがエドガー・リントンの元に嫁いでから。そこからヒースクリフの怨念に端を発する嵐が両家を吹きすさぶことになるのです。
ヒースクリフヒンドリーキャサリンの兄妹、エドガーの関係は、彼らの子供たち、リントン・ヒースクリフ、ヘアトン・アーンショウ、キャシー・リントン世代にそのまま引き継がれているかのようです。と思いきや、最後に全く対照的な展開となるところが本作品の魅力。

なお、本ストーリィはとても狭い世界の中で繰り広げられていきます。“嵐が丘”の屋敷とリントン家の“鶫の辻”の中、その間に横たわるムーアの野に限られると言ってよいでしょう。
それは余りに不自然。しかし、それを不自然にしていないのが、女中頭であるエレン・ディーンが、鶫の辻の借家人であるロックウッドに請われてこれまでの経緯を物語るという構成です。
実はこの構成が、本作品の一番凄いところではないかと思うのです。
自分の母親がヒンドリーの乳母だったという縁から、経緯の全てを知っている女性。そしてこのエレン(ネリー)・ディーンこそ、嵐が丘と鶫の辻の両方の屋敷を自在に行き来する唯一の登場人物なのです。しかも、後半の悲劇はこのエレンによってもたらされているといって過言ではありません。エドガー、キャッシーの父娘に忠実な女中であるかのようでいて、常に肝心なところでヒースクリフに付け入る隙を提供してしまうのです。
それはエレンの弱さなのか愚かさなのか、それともエレンの何らかの意図によるものなのか。しかし、それは本物語がエレンを語り手としている以上、表面に現れることはありません。その謎を未来永劫に封じ込めているところもまた、本作品の凄さだと思います。

エピローグ部分では、それまでの展開から予想もできなかった穏やかさがストーリィに充ちます。
結局ヒースクリフとは何者だったのか。彼が狂気を抱えた人間であるのは間違いないとしても、内に狂気を潜める人間がヒースクリフと呼応しなければ悲劇がもたらされることはなかったのではないか。
それ故に、健全なる心の持ち主だけが残った場所にヒースクリフの居場所はもはやなかったと思うのです。
冒頭には荒涼な風景として、最後には平穏で静かな風景として語られる点も、本作品を象徴するような対照的な有り様。

生涯に唯一つ残した本作品が余りに見事な傑作であるという点からも、一度読んだら忘れられない作品です(中一の時には判りませんでしたが)。

    


 

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