その1 新たなる修行の門出

 97年春より茶道を習い始めた事は”亭主のマイブーム”で述べている。年があらたまり、仕事も変わって習い事のスケジュールも変えざるを得なかった。それまではカルチャークラブだったが、先生の所へ直に伺うことになった。月3回水曜日の晩、富ヶ谷の先生宅に通う。

 1月は仕事の関係もあり、2月から稽古再開となった。再開、とは言ったが実際にはカルチャークラブの時とは心構えを異にするものだ。先生曰く、”カルチャークラブの方針は、きちんと点前を覚えさせる事よりも多少下手でも楽しくやって欲しい”という事らしい。しかしこれからは違う。先生の弟子になる、正式に入門するという事を意味する。基本的な点前が出来るようになると家元に願い出て相伝の点前へと進むようになる。免許皆伝ということでやがては茶名をいただくことが出来る。無論、それらの手続きにはお金もかかり、そういう部分で家元制度の善し悪しを言うことも出来るが、やるからには茶名がもらえるくらいまでやりたいと思う。まあ、当分は平点前をきちんと出来るようにしたい。あまりお金に余裕もないし、あったら欲しい茶碗(次は黒織部あたり)もあるし、今年は着物も欲しい。(尾山台の着物リサイクルショップで見繕ってもらうことになっている。)

 2月4日の立春の日が稽古初回。蹲踞で手を清め掛物を拝見するところからちゃんとやる。炉の火も炭(カルチャークラブでは電気)。道具立ては時期に沿ったもので茶碗も稽古茶碗とは違いしっかりしたものである。立春から暦が始まる、という事にちなんだ花入の銘は”旅枕”。茶碗は三島手。三島茶碗とはその文様が三島大社の暦に似ていることからその名がある。ひさびさの点前だったが、心地よい緊張感に精神がリフレッシュされた気がした。正直なところ、仕事に慣れるまで茶の稽古はもうしばらく中断しようかとも思っていたのだが、行って良かった。

 自分としては高度な点前を身につける事が目的ではなく、茶の湯を通じて良き趣味人となることを念頭に置いている。かつて、茶の湯に精通した趣味人の事を数寄(すき)者と呼んだ。平成の数寄者、21世紀の茶数寄、と言われるくらいまで精進したいと思う。

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