干支の鼠 特集

01. 唐茄子鼠(埼玉県)
02. 張子の鼠(各地)
03. 米食い鼠(石川県)
04. 回り鼠(愛知県)
05. 鼠大黒(秋田県)


06. 三春の鼠(福島県)
07. 江戸張り子の鼠(東京都)
08. 唐辛子鼠と俵鼠(各地)
09. 鼠と猫(東京都


01. 唐茄子鼠(埼玉県)



そもそも選ばれ方からして不明朗であるのに、ちっぽけな鼠が十二支の第一位であるのは大いに役不足といえる(干支になれなかった動物01)。しかし、人類との戦いにもしぶとく生き残っている鼠は、ほかの大きな獣よりずっと知恵者である。たとえば敵に会ったとき、鼠は大げさに飛び上がり相手の攻撃の方向を狂わせ、次にジグザグ走りで目をくらませたと思うと、急にピタッと動かなくなって再発見されるのを防ぐ(実験では十数分間も動かないことがある)。また、好奇心も旺盛である。未知の環境に出会うと慎重に探索行動をとり、いろいろなことを学習する。だだし、すでに知っているものとわずかでも違いを発見するやいなや危険と判断し、飛ぶように巣に入ってしまい出てこない。ネズミ捕りにもなかなかからず、アニメ映画では猫をキリキリ舞いさせる。ほかを出し抜いて十二支の一番になったのも故なきことではないのかもしれない。船渡張子の唐茄子鼠(高さ15cm)。唐茄子とは南瓜(かぼちゃ)のこと。(H19.11.18

02. 張子の鼠(各地)



鼠算をご存知だろうか。元々は江戸時代初期に出版された和算の教科書「塵劫記」(じんごうき)にあって、「2匹の鼠が正月に12匹の仔を生んだとする。次の2月にその仔がまた12匹の仔を生む。このようにして1年たったら幾匹になるか」という算術の問題である。答はというと、正月には親と仔で合計7組のペアが存在しているので、12ヶ月後には2x71227,682,574,402(二百七十六億八千二百五十七万四千四百二匹!)となる。このように大変な繁殖力と、猫をも欺く知恵をもってすれば、次代は鼠の天国に違いない。実際、「ネズミ繁栄論」が学会で真面目に論じられたこともあったらしい()。外界への適応性がだんだんと無くなってゆく人類はいつの日か自滅するだろうが、そのあとの地球の王者は鼠だというのである。写真は各地の張子(中央は江戸張子で高さ6p)。(H19.11.25)

03. 米食い鼠(石川県)




さて、鼠算にはいくつか前提条件がある。例えば、生まれてくる仔の雌雄はちょうど半分ずつであること、この12ヶ月間は食物が十分にあり、病気もせず、1匹も死なないこと、最初の2匹も12回続けて出産すること、などである。しかし、自然界ではこれらの仮定が成り立たない。また、ほかの動物に捕食される鼠にとって、旺盛な繁殖力は種を維持するために必要であるが、逆に大量に殖えれば餌が足りなくなって繁殖も抑制されるし、天敵にも見つかりやすくなるから個体数も急激に減る。つまり、自然界でうまく調節が行われるので、鼠算のような膨大な数にはならないのである。写真は金沢のからくり玩具。脇に付いた竹のバネを押さえると糸が緩み、鼠の首と尾が下がって米を食べる格好になる仕掛け。昭和35年の年賀切手に採用された。高さ9cm(H19.11.25)

04. 回り鼠(愛知県)




食べ物を盗み、作物を荒らし、家屋をかじり、伝染病を媒介する鼠に人間はホトホト手を焼いているが、実験動物として人間のために大いに貢献している鼠もいる。小型のマウス(ハツカネズミ)はミッキーマウスでお馴染み、耳の大きなかわいい鼠。一方、大型のラット(ドブネズミ)は体長20cmほどにもなり、凶暴で噛み付く。いずれも人間の身代わりになって実験材料にされるほか、交配(かけ合わせ)によって創られた“糖尿病マウス”、“高血圧ラット”、“ヌードマウス”(免疫力が欠けているマウスで体に毛が無い)などの特殊な鼠もいて、病気の解明や治療法の開発に役立っている。ただし、鼠から得られたデータがそのまま人間に当てはまるとは限らない。なぜなら、実験に使う鼠は近親交配を繰り返して遺伝的な形質(体質)を均一にしたものなのに対し、人間は体質がマチマチ、すなわち雑種だからである。写真は名古屋のからくり玩具。手元の柄を動かすと糸で鼠がクルクル回る仕掛け。長さ26cm。(H19.12.2)

05. 鼠大黒(秋田県)




身近にいる動物なだけに、鼠にまつわる風習は多い()。福島県南会津地方や神奈川県伊豆地方では“鼠送り”といって、捕らえた鼠を桟俵(さんだわら、米俵の丸い蓋)に乗せて川や海に流して鼠害防止のまじないにする。これは各地に残る“虫送り”(青森県の玩具20)の行事にも通じるものであろう。害獣として嫌われる鼠だが、大黒天のお使いとしてシロネズミを大切にしたり、“鼠の餅、鼠の年玉”などと呼んで正月に鼠に餅を供えたりする風習も各地にみられる。また、東京都西多摩地方には“鼠ふたぎ”という風習がある。これは、田畑の鼠の穴に餅を入れてやる儀式で、鼠の穴に団子を落とした老爺が鼠から宝物をもらう昔話「鼠の浄土」を思い起こさせる。写真は八橋人形の鼠大黒(高さ20cm)。大黒天と鼠との結びつきは、大国主命(オオクニヌシノミコト。我が国では大黒天と混同されている)が鼠に命を救われたという「古事記」の説話からである。(H19.12.2)

06.三春の鼠(福島県)




張子のふるさと・デコ屋敷では、いずれも橋本姓を名乗る5軒の人形師一家が、歌舞伎舞台から抜け出たかのような優雅な人形を作りつづけている(福島県の玩具04)。また、毎年、農作業が一段落する秋には正月用のだるま作りと十二支の人形作りが始まり、年末ともなると近所の人々の手伝いが必要になる忙しさである。十二支の張子は、有名な玉兎や腰高虎を除けば戦後新しく木型を起したものが多いが、それでも既に4〜5めぐり目となるわけだから、伝統の型と呼んでもよいだろう。ただし、評判によっては二度と使わない型もあって、そのような場合は12年目に新たな型を工夫するという。左より親子鼠(恵比寿屋製、高さ7cm)、俵乗り鼠(大黒屋本家製)、小槌抱き鼠(本家恵比寿屋製)。鼠と俵や小槌との組み合わせも大黒さまが仲立ちである。米俵に乗って打出の小槌を持った大黒さまはよく見かける姿だが、ここ三春には太鼓に乗った大黒さまの小槌の上に、ご丁寧にも鼠まで乗っているという欲張りな張子もある(福島県の玩具08)。(H19.12.2)

07.江戸張り子の鼠(東京都)




「ふるさとの玩具」も二度目の子歳である。令和に入り初めての干支がネズミなのも区切りが良い。ネズミの語源には諸説ある。夜に出ては盗み、昼は穴に隠れているから「寝盗み」、昼も夜も人の隙を窺っているから「不寝見」、分かりやすいところでは、穴に住むから「穴住み」。地下(根)の国に住むから「根住」というのもある。これなどは古事記に編まれた大国主命(おおくにぬしのみこと)の神話が基になった。野原で火を掛けられた主命がいよいよ身体窮したとき、ネズミが現れ「内はホラホラ(洞々)、外はスブスブ」と告げたので、地面を踏むと大きな穴が開き、そこに身を隠して難を逃れたというお話である。大国主命の大恩人であるネズミは、大国主命と大黒天が習合した後では大黒天の眷属(お使い)となった05。また、ネズミは地下に別の世界を持ち、たくさんの財宝を蓄えているという“鼠浄土”の話もこれに由来している。写真手前のネズミは胴体に球が付いていて、クルクル動かせる(高さ6p)。そう言えば、むかし使っていたボール式マウス、久しく見かけませんね。(R1.12.1

08.唐辛子鼠と俵鼠(各地)



日本では繁殖力の旺盛なネズミは子孫繁栄、五穀豊穣の象徴とされ、郷土玩具でも種子の多い唐辛子岩手16千葉04やカボチャ01とネズミの組み合わせをよく見かける。ネズミを吉兆と見る日本人は、ネズミに親しみも持つようである。語源の「寝盗み」よろしく夜盗を働いた“鼠小僧”にも庶民は喝采を贈った。江戸後期に実在し、大名屋敷だけを狙って盗みに入り、盗んだ金品は自分の懐に収めずに貧しい人々に分け与えたという鼠小僧次郎吉。義賊と称えられて墓もてられ、今もお参りする人が絶えない。前列は堤(宮城県)、後列左から下川原(青森県)、花巻(岩手県)、垂水(鹿児島県)の各土人形。下川原人形は土笛になっており、高さ8p。R1.12.1

09.鼠と猫(東京都)



しかし、食べ物を盗み、作物を荒らし、家屋をかじり、伝染病を媒介するネズミはやはり嫌われものである。美濃地方の養蚕農家では蚕鈴を蚕棚のある部屋に吊し、ネズミ除けのまじないとした岐阜01猫がネズミを捕食する行動はむかしから知られている。飛鳥時代、奈良時代の遣唐使一行は、帰りの船に積み込んだ貴重な書籍をネズミの食害から守るために、それまで日本に居なかった猫を必ず同船させたという。いまや空前の猫ブームであるが、身の回りからネズミも姿を消した現在、ペットの猫などネズミに遭遇したら、逆に驚いて逃げ出すかもしれない。写真は江戸時代の絵本「江都二色」に描かれた玩具(復元品)。木箱の蓋を引くと中からネズミがヒョッコリ出てくる仕掛けである。高さ5cm。(R1.12.1

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