2001.1
21世紀の社会保障のトータルビジョン

八代尚宏「セーフティネットの視点から見た社会保障のあり方」
簡単に言うと、どのような社会保障なら少子高齢化社会では、接続可能な制度になりうるのかという論点である。
これまでの安定的な人口構造と高い経済成長に支えられた社会保障は転換を余儀なくされる。人口構造ではこれまで支えてきた団塊の世代が扶養される立場になること。低成長のなか労働力供給制約が強まっていることである。それは、厚生年金の給付金額が初任給を上回っていると給付のバランスが崩れている。その他、働き方の多様化が進み、今や共稼ぎの方が多く、標準化している。それは、妻子を養う正規社員を前提としたこれまでの社会保険の仕組みとの矛盾が拡大している。今後は、民間の社会保険と組み合わせ、社会保障は国民生活のセーフティネットを保証する程度と縮小させる方向にある。ここでカギになるのは、憲法に定められた最低生活水準の保障機能を果たす社会福祉の役割である。
社会福祉における応能負担は、誰が個々の負担能力と必要性を判断するのかという社会主義特有の問題を回避できなくなっている。その一方で所得の再分配による制度は、低成長の時代にあって、予算の枠次第で福祉サービスの限界をもたらすことになる。
今後団塊世代が高齢者になった場合、一層豊かな高齢者を生み出す一方、多様性の中で一層の所得格差を生み出す。こうした中で、高齢者を一律に弱者と捉えることは困難である一方、弱者である高齢者の存在も生み出していくことになる。しかし、現在の厚生年金の仕組みは一括しており、報酬比例年金制度でもあり、高賃金であった人は多く受け取ることもできるし、少ない負担で済む。つまり、高賃金者はより多くもらえ、その逆は少ないままに負担額も多くなると言う逆進性がある。
社会保障におけるセーフティネット機能は、垂直的な所得再分配の手段としての福祉と、水平的な所得再分配の手段としての社会保険との二重構造がある。社会保険とは、介護保険、医療保険によるフリーアクセスを確保。労災保険や雇用保険などリスクの軽減を保障している。他方、こうした水平的な所得再分配ではもともと保険料を負担できない低所得者層が排除されるため、垂直的なものとして、生活保護がある。しかし、生活保護の不備、補足性の原理〜家族に扶養を任せるということや、生保の受給者は医療保険ではなく、医療扶助に切り替わり、むしろ医療保障の制度を煩雑にしている。また、働いて賃金を得た場合、自助努力によって得た所得に100%所得税が働くように保護費が削減されている。せめて50%にするとかで自助努力を維持させることが重要である。
介護保険について付言するなら、介護保険は、平均的な所得水準の国民を前提として要介護リスクの分散を図る社会保険であり、本来垂直的な所得再分配を目的とした公的福祉の役割を全面的に代替するものではない。よって、低所得者層への対策を十分に行う必要なあるが、減免措置はあっても自己負担分への配慮がなされていないこと。身よりのない軽度の要介護者が退去を命じられるなど、高齢者に対する介護のみならず、住宅保障も福祉の問題として捉える必要がある。
結論として、水平的な所得の再分配〜同一世代内部での分配〜を強化することで、豊かな高齢者が貧しい高齢者を扶養する仕組みを充実することが必要である。それによって世代間の所得移転の規模を減らすことが可能になる。

西村周三「保険医療の全体像と将来ビジョン」
端的に言って、増える老人医療費の財源をどうするのかということである。今後増大する老人人口の割合から考えると、今のままでは抑制など出来るはずはなく、自己負担を強化し、税を投入するなどの作が必要となる。八代が展開した、高賃金者への負担増について、西村は、将来的にそうした高賃金者の負担増に対する若者への警戒感やそもそも高賃金者は少ないためにその人にばかり負担を求めるのは難しいだろうと言うことを述べている。したがって、結局は多数を占める中程度の所得の人々にどのような負担増を迫るかが課題となる。しかし、何が中程度なのか。資産、世代、構成家族などによって同じ所得であってもその意味合いは違う。年収1000万の人々にもっと負担を!というスローガンすら、単身者なのか妻帯者なのか、三世代での稼ぎなのか、高齢者なのか若者なのかによってその所得に意味合いは違ってくる。
また、医療費の無駄使いについても、技術の進歩は昨年の技術を容易に陳腐化させていく。これを無駄と決めつけることは出来ない。最先端の医療技術はいずれ陳腐化するから無駄であるというのは違う。さらに、介護に関しても社会的な文脈で例えば寝たきりを防止したり、ケアの技術が発展してきている。科学技術万能社会において、こうした社会の工夫によって寝たきりが防止されるなどケア技術の進歩は評価されるべきであるし、介護保険と医療保障のバランスの取れた適用を目指すことが重要である。介護産業は、単純に労働生産性の観点から見えも経済を活性化させるし、家族内労働を介護から解放し、その労働力を外部化させることは、GDPの引き上げにも大きく寄与する。

高山憲之「公的年金制度」
5年に一回年金制度を見直すことをファインチューニングというそうな。
受給年齢を60才から65才に引き上げたものの、60才から64才まで有効求人倍率は0.06であり、定年65才案もあるが、新陳代謝の観点から若者の雇用の抑制になるという見方もあり一様にはいかない。
社会保険料を引き上げると国民の手取りが減る。その結果、消費支出は減退する。他方、社会保険料を引き上げると企業の人件費負担が増える。賃上げはその分だけ難しくなり、雇用面のリストラが一層厳しくなる。双方相まって日本経済は足を引っ張られ、不況色が一段と強まる。
論者の論点は、消費税を上げることによってかなりの部分で改善され、負担感が少なくなること。事業者にも圧力をかける必要がないと説く。現役世代だけに負担を押しつけがちな所得税や年金保険料とはこの点で異なる。消費税による年金財源の確保については、負担の逆進性が生じるが、しかし、基礎年金給付を賄うための年金目的消費税として使途を特定すればよいのである。
消費税による財源の確保によって、第1号・2号・3号の区別の無くなり、シングルもカップルも、専業主婦が得だとかそういった言い争いもなくなる。
夫婦間の所得分割を認めることで、少なくても年金の世界では所得格差が緩和される。そして、就業形態も夫婦間で意志決定すればよいのである。年金の一身専属規定は時代遅れである。などなど

この他、
木村陽子「女性と社会保障」
池本美香「少子高齢化と社会保障制度のバランス」(児童手当から考える)
玄田有史・高橋陽子「社会保障の中の雇用問題」(障害者雇用をめぐって)
広井良典「社会保障改革の全体ビジョン」
充実した内容となっている。

社会保障に関しては以下の大学院でのレポートを参照のこと
社会保障研究
レポート社会保障の本質についてどのように理解しているか各自の見解を述べてください。
レポート公的年金の仕組みや機能を吟味した上で、人口の少子化・高齢化がもたらす影響について述べてください。
レポートわが国の社会保障制度は、構造的転換期にあるといわれているが、その理由を説明し、さらにこれからの社会保障改革の方向性について、医療・年金・雇用そして福祉サービスなど各分野ごとに具体的に論述せよ。

また、森健一・阿部裕二『構造的転換期の社会保障(その理論と現実)』中央法規,2002など参照

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