A.はじめに
社会保障制度は社会秩序を維持するための大きな制度であるが故に、私たちは普段はあまり気にすることなく働き、生活を営んでいる。しかし、これまでのレポート研究を通して、社会保障の仕組みや歴史的過程を考察していき、制度の成立要件、意味合いの変化、または、内在する問題点を知ることができた。
そもそも、社会保障は、戦後、救貧的な意味合いが強く、最低生活の水準を維持する目的として創設されたが、現在は、国民皆保険・皆年金の確立から国民の様々なリスクに対応することを目的にし、従前生活保障をめざす普遍的な給付へ変化していった。このことは、対象の拡大、ライフスタイルの多様化、ニーズの多重構造などを巻き込み、全てに対応することの難しさに直面している。また、財政上の問題も大きく、社会保障制度の中の例えば、公的年金制度を支えている現役世代の人口減少、不況による保険料の減少と給付される世代の増大によって破綻を来すおそれが大きいことを考察した。
こうした、諸問題に対して、現代の社会保障制度は、構造的な転換を要するとされている。なぜ、構造的転換が必要なのか、そしてどの様な展望をもってあたろうとしているのかを概観し、私は社会保障制度をどの様に捉えるのかを考察する。

B.社会保障制度構造改革の方向性について
これまでのレポート研究において、社会保障の構造改革の必要性について、少子化・高齢化社会の構造的な社会変化が急激であることや近年の経済状況の悪化による税収の減少などを背景にあるのではないかと考察した。社会保障を論じる場合、主に財政上の問題として捉えられる向きがあるし、事実、特に近年においては、経済・財政の構造改革が国政の焦点となっている。
なお、社会保障に関する構造改革には、二つの大きな流れがあり、一つは「小さな政府」を目指して公的関与を最小限にする方向性であり、もう一つが社会の安定と安心を確保する社会保障の役割を重視し、現行の社会保険方式を中心にした制度を維持しつつ、制度内の効率性を高めていく方向性である。
前者については、例えば経済財政諮問会議による「今後の経済運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針」(2001年)*1に見られる自助と自立の精神を基本として、民間部門で実現可能な機能はそこに委ね、公的制度と補完性、競合性を併せ持った総合的な保障システムによって国民生活の安定を実現していくことを提唱している。つまり、市場原理や規制緩和を重視し、公的関与を減らして行くことにある。その流れの中にある「規制改革推進3カ年計画(改定)」(2002年)*2では、IT化による情報の透明性、または効率化、多様性などを重視し、より市場の重視と消費者本位の経済システムの構築を目指している。
後者については、例えば、社会保障構造のあり方について考える有識者会議が出した「21世紀に向けての社会保障」(2000年)*3が挙げられる。その中において、将来に向けてある程度の負担は避けられないものの、できるだけ現役世代の負担の上昇を抑えるために「支え手を増やす」、「高齢者も能力に応じて負担を分かち合う」、「給付の見直しと効率化」という方策を実施していくこととして、社会保険を重視すべきであるというスタンスである。その上で、「国民の選択は、民主主義国家においては、政治システムを通じて行われることとなるが、社会保障は長期的な視点で検討されるべきであり、党派を超えた国民的合意が必要な問題である。なぜならば、国民の生活設計は、長期的的な視点で約束されなければならないからである」としている。
そもそも社会保障の形成過程を見ると、制度自体が市場原理の修正という形で行ってきたものであり、貧富の格差の是正、所得再分配、社会の安定を国民の連携で達成しようとするものである。制度内部に不効率な部分や支えきれない給付があるのであれば、見直して持続可能な安心できる制度へと作り替えていけばよいのではないかと考える。そういった意味でも、今後はどちらかといえば、後者のスタンスで見直し、具体化を図ることが重要ではないだろうか。
以下、昨今の構造改革の流れの中にある、医療、年金、社会福祉、雇用について概観し、できるだけ後者の観点から考察を加えたい。

C.具体的にどのように構造的転換がなされようとしているのか
1.医療制度改革について
医療費は年々増加し、今後も増え続けるとされる。そして、「増加する国民医療のうち老人医療費が38%を占め、とりわけ老人医療費の伸びが著しいもの」*4となっている。こうした中での医療制度改革では、どれだけ医療費の増大を抑制あるいは財源の確保をもって維持するかがその焦点となっている。最も大きな点は、「健康保険法などの一部を改正する法律案」(2002年)*5に見られるように、医療費負担が2002年よりサラリーマンなどが3割負担となり70歳以上から1割負担(一部2割負担)が実施されたことであろう。この他、薬価制度、診療報酬体系の見直しなど抜本的な見直しも含まれている。この背景には、「医療制度改革大綱」(2001年)などがあるが、この流れは、上記のような規制改革の中にもみられ、総合規制改革会議における「重点6分野に関する中間とりまとめ」*6などにも具体的な施策として挙げられている。
これまで医療制度は聖域とされてきたが、例えば、老人保健制度と老人医療制度には重複された施策などがあり、このことが社会保障の財政を圧迫している一面があることも考えると、今後は、こうした重複した制度を見直し、既得権益化された諸施策そのものを見直していきながらスリム化が図られるべきではないだろうか。
そもそも、医療制度は、戦後の病床や診療所の少ない状態から、量を確保しようとする諸施策により、誰しもが安い費用負担で公平で自由に医療機関を選択できることとして発展してきた。今後は、量よりも質が重視され、患者のニーズに即したサービスとして医療関係者などが努力することが求められている。こうしたことを背景にして、インフォームドコンセプト、病床区分の見直し、大病院と診療所の連携、保健・福祉との連携など機能分化を果たしてきている。この方向性は質を重視したものとして評価されるが、その一方で、例えば2002年12月における「厚生労働省試案」*7では、国保、政管健保については、それぞれ都道府県単位に再編するなどの試案が提出されているが、国の財源の逼迫した状況を解消するため、地方公共団体に委譲する−地方分権化という名目で短絡的に捉えることはあってはいけないと考える。
医療保険は医療を財政的に支えるものであり、かかった医療費は誰かが払わないといけない。医療費総額をどの様に割り振るのかを問題にするよりもむしろ、効率的にいかに良質的な医療を提供できるか、そのために果たすべき保険の役割を論じる方がよいと考える。

2.公的年金制度改革について
公的年金制度改革については、研究レポートの課題として考察を行ったが、講評をもとに若干の考察を加える。
公的年金制度の改革については、「給付と負担の均衡を図りながら、持続可能な制度」*8を維持するには、現状の財政ではとうてい成り立たないといった危機感を強調し、税制をどのくらい投入し、保険料の引き上げや給付の引き下げの案配でもって基盤を強化ないし補充するかということが焦点となっている。
しかしながら、現代の社会構造は、例えば、遺族年金の本来の意味からすれば、女性の賃金が高く、働いた期間が長ければ人並みの年金がもらえるため必要がないとされるが、現実は、女性の社会進出がめざましいと言っても給与が男性よりも低く抑えられている。そして、雇用形態は終身雇用が崩れ、フリーターや不定期就労者の増加など就労形態の流動化や多様化によって厚生年金を巡る適正化も正職員との格差を含め、コンセンサスを得られていない。もはや、制度のあり方を考える際に、財政上の基盤確保のために保険料率と給付の案配だけによって定点を捉えるのは無理である。むしろ、年金制度の理念に立ち返り、社会保障に関わるライフスタイルのモデルを具体的に構築し、そのためにこのくらいの保険料が必要で、このような給付やサービスがあるといった説明が必要ではないだろうか。

3.社会福祉基礎構造改革について
社会福祉基礎構造改革において、介護保険をはじめとして社会保険方式や市場の導入や規制緩和、社会福祉法などに見られる地方分権化、選択と契約を重視した利用者本位の福祉サービスへと転換している。こうした転換は、理念的にはノーマライゼーションとインテグレーションの推進にある。
こうした一連の取り組みはこれまで述べてきたように、社会福祉に限らず、様々な社会保障制度の領域における、小さな政府を目指し、財源上の抑制をも内包していると見るべきである。そもそも規制緩和の本来の意味は、「新自由主義と呼ばれるもののキーワード」*9であって、経済・社会での資本活動の自由を最大限保障する政策のキーワードである。このことは資本の自由な活動による競争と淘汰で勝利する強者に社会の管理を任せようとするものである。社会福祉では、そこまで行き着くかどうかは別にして、社会福祉基礎構造改革は、規制緩和によって社会福祉「市場」に新たな資本活動に編入するためにはこれまで形成されてきた措置制度を見直し、あるいは廃止を進め、新たな枠組みをいかに作るのかと言うことを目指しているといえる。
確かに、措置制度は行政処分であり、「措置の対象者(利用者)が事業者を選択できず、事業者と措置の対象者の間の権利・義務関係が不明確である」*10と言われていた。そのため、社会福祉基礎構造改革では、主に社会福祉事業範囲の見直し、社会福祉法人のあり方、措置制度の見直し、権利擁護、サービスの質と効率性の確保を主な論点としており、、福祉需要が変化することに対応するための供給側の見直しを図ろうとしていると言える。
しかし、この基礎構造改革は多数の問題が内包されていることも指摘されており、例えば、「利用者本位」が支援費制度において本来の意味で運用されるならば、利用者自身が供給事業者を選択し、支援費の現金給付をうけて事業者に利用料全額を支払い、自主的で対等な契約当事者としてサービス利用をするはずである。しかし、実情は、供給事業者が支援費支払い(代理受給)請求を行い、市町村が供給事業者に支援費の支払いを行う形で第三者支払いが堅持されている。*11この一例だけではなく、現状は、理念が先行し、実状は未整備な部分が多いと考える。

4.雇用保険の改革について
そもそも、雇用保険制度は長い間失業保険制度であった。戦後の引き揚げ者を含み大量の失業者への対応から高度成長期を経て、低成長期における慢性的な失業者や社会構造の変化により雇用そのものを抜本的に見直すことが必要となり1974年に雇用保険制度として成立した。
こうした背景により、雇用保険制度は、失業したときの所得保障のみならず、在職中からの能力開発などを含む広範な事業を行っている。しかし、バブル崩壊後、失業率が上昇し、長期化、慢性化しており、雇用保険の財源も危機に瀕している。また、公的年金制度との関係で高齢者の雇用に対する取り組み、女性の社会進出、就労の形態の流動化などを含み、社会構造と制度との関係性の再構築が急務となっている。。
2001年の改正においては、パートや登録型の派遣社員に対しても雇用保険を適用させたり、離職理由によって失業手当の格差をつけるなどが行われている。その他にも、再就職のための各種の施策や財源上の措置を行っている。
しかし現実には、「再就職の多くが労働条件の低下となっている」*12ことが明らかになっており、失業者の非正職員化、労働力の安売り、すなわち労働力の「窮迫販売」を迫るものとなっている。正規労働者も雇用の不安定な労働者と紙一重の状況にあり、不安定雇用労働者もいつでも失業者になる可能性があり失業に限りなく近い状態である。失業、不安定労働、正規労働の区別が曖昧になれば、正規労働者は劣悪な条件でも働こうとする失業者との競争関係の中におかれ、その労働条件は常により劣悪な方向へ引きずられていく危険性がある。
いずれにしろ、現代の雇用対策は、実質制度的に安定しているのは、失業給付がほとんど唯一であり、生活保護法も現実には失業対策としてはほとんど機能していないと考える。社会的な基盤として、あるいは政策的により豊かな雇用の創設と枠組みが求められている。

D.おわりに
社会保障制度は確かに、社会保険形式による限界があるし、セーフティネットが制度の役割として捉えられている以上、そこから自己実現を目指すのは個人の努力であり、自己責任が求められている。しかし、現実には、例えば高齢者、障害者に対して雇用などが保障される受け皿は脆弱であり、多くの矛盾点などを内包し、社会基盤がしっかりしているとは言えず、むしろ社会的な不安が強い。
社会保障制度の構造改革に関していえば、これまで論じてきたように、主に財政基盤が危機に瀕しているということが主な視点で進められているが、まず財源ありきというよりもむしろ、社会成員が支え合うという理念のもと、長期的な展望にたった「人々のライフスタイルのデザイン」を優先させて考えるべきではないだろうか。
例えば、自分の子どもが安心して豊かに過ごせる環境の整備、安心して働ける環境、自分が障害を持ったとき、あるいは高齢になったときに今のサービスや施策では不安と考えていることが少しでも解消され、社会的に肯定的に生きることが出来ると思えるビジョンが提示され、制度の再構築をするならば、保険料や自己負担などは重荷として捉えず、むしろ積極的に捉えることができるのではないだろうか。制度の効率化、スリム化、規制緩和、分権化、財政上のバランスなどはそうしたビジョンを支える様々な方法にすぎないと考える。

・注釈・引用文献
*1)「社会福祉関係施策資料集20」(全国社会福祉協議会,2001)pp.12-23
*2)「社会福祉関係施策資料集21」(全国社会福祉協議会,2002)pp.5-19
*3)「社会福祉関係施策資料集19」(全国社会福祉協議会,2000)pp.21-33
*4)『構造的転換期の社会保障−その理論と実際−』(森健一・阿部裕二,中央法規,2002)p.166
*5)「厚生労働白書 平成14年度版」pp.115-116
*6)*1)同掲書pp.24-25
*7)「小泉医療「改革」の到達点と今後の展開」(中重治,「総合社会福祉研究第22号」,総合社会福祉研究所)pp.86-88
*8)*2)同掲書「構造改革と経済財政の中期的展望」p.3,「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」pp.17-18
*9)「社会福祉「構造改革」はどこまで来たか」(真田是,*7)同掲書)p.3
*10)『社会保障入門』(竹本善次,講談社現代新書,2001)p.168
*11) 「社会福祉政策研究の「失われた10年」」(星野信也,「社会福祉研究80号」,鉄道弘済会)p.25参照
*12)「失業と生活保障のはざまで」(大須眞治,*7)同掲書)p.74

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