DIARY

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    1月31日 2005
      
やはり、コエンザイムQ10(CoQ10)は、
    去年11月の日記でも、触れていたけど、
とうとう、コエンザイムQ10(CoQ10)に関して警鐘が鳴らされた。
CoQ10に関しては、騒がれ方も、使われ方も異常だっただけに、
この警鐘が、早く一般に広まればいいが、
あまり期待できそうもないので、
せめてこの日記を見ている人だけでも知っておいてもらいたいと思う。

そもそも、サプリメント商品の行政側の許認可制度と
それを巧妙にかいくぐる企業側の販売戦略に、大きな問題がある。
5年ほど前から、健康食品の市場が 1 兆円を超える規模に急成長してきた。
そのなかでも売り上げを伸ばしているのは,
保健機能食品として認可された特定保健用食品と栄養機能食品である。

 このうち特定保健用食品は,
第三者機関によるヒトでのクロスオーバー試験の実施が義務付けられており,
厚生労働省の個別審査を受け,許可された特定の保健用途を表示できる。
申請・許可に多額の費用と長期間を要するが,それでも、
昨年時点での累積許可数は約420品目に達した。

 一方,栄養機能食品は,
栄養成分の 1 日の摂取量や栄養機能表示などが
国の定める規格基準を満たす食品で,
個別審査は必要ないため,続々と新商品が開発されている。

 しかし,CoQ10,コラーゲン,ローヤルゼリー,高麗人参エキスなどは,
栄養機能食品と表示されていても,
許可された含有成分はビタミン類で,
商品の前面に表示されている主要成分ではない。
つまり、ビタミン類で栄養機能食品として許認可を受けて、
売るときは、CoQ10,コラーゲン,ローヤルゼリー,高麗人参エキスなどを
前面に出して、なおかつそっちの効用をうたって売っているのである。
これはどう考えても、ルール違反である。

 さらに、こうしたサプリメントの機能性や安全性について,
消費者はおもに販売店やマスメディアから情報を得ているが,
科学的根拠に基づく信頼性には疑問のあることが多い。
しかし、販売店もマスメディアも
”副作用”や”効果がないかもしれない”ということは決して言わない。
”みのもんた”の個人攻撃をしてもはじまらないが、
それなりの社会的責任はあるのだから、
「少しは、節度を持ったらどうか。」と疑問を抱いてしまう。

  さて、とりあえずCoQ10であるが、
CoQ10は,ミトコンドリア電子伝達系に不可欠な補酵素で
ユビキノンと呼ばれる脂溶性のビタミンE様物質であり,
生体内では還元型のCoQH2(ユビキノール)として存在し,
強力な抗酸化物質である。

サプリメントとして補うことで,
老化や動脈硬化の防止が期待できるとメディアで取り上げられているが,
ヒトが経口摂取した場合の利益や有害性を判断できる臨床的証拠はない。
米国心臓協会(AHA)も,
心血管疾患の予防・治療ではCoQ10は推奨しないとしている。

 久留米大学第3内科学の松岡秀洋助教授らは,
健常集団を対象に
動脈硬化と血中CoQH2濃度との関連について検討したところ,
「血中CoQH2濃度は,メタボリックシンドロームの重症度や
血管内皮機能低下・頸動脈硬化の進展に伴いむしろ上昇する」という,
予想外の結果が得られたという。
(メタボリックシンドロームとは、高血圧・肥満・糖代謝異常・高脂血症が
 生活習慣に関わって、それぞれが様々な程度で合併した状態である。
 研究は、その人達の首の動脈で、動脈硬化が高度なヒトの方が、
 CoQ10濃度も高いという傾向があったということである。)
松岡助教授は、
「動脈硬化の進展に伴いCoQ10がむしろ過剰になる可能性が示され,
 抗酸化サプリメントの安易な使用に警鐘を鳴らすものと受け止めている。」
と主張している。
さらに、
「断面研究の結果から動脈硬化とCoQH2の因果関係を論じることはできないが,
メタボリックシンドロームにおいて,少なくともCoQH2の欠乏はなく,
サプリメントで補うことは有害無益な可能性がある。
特にCoQ10やビタミンEのような脂溶性の抗酸化物質は,
蓄積性があり,また自身が酸化されることにより
逆に酸化促進物質となる可能性があることから,
サプリメントで過剰摂取しないほうがよい」と指摘する。

  なぜCoQH2の過剰が血管内皮障害や頸動脈硬化をもたらすのか
については不明であるが,
CoQH2の誘導体であるセミキノンは
毒性の強いヒドロキシラジカルの産生に関与することが知られており,
酸化ストレスを亢進させる可能性が示唆されている。

 前に、日記に書いたことと関連するが、
近年,脂質降下薬スタチンによる心血管疾患発症予防効果が多数報告されている。
スタチン自体はメバロン酸経路阻害によりCoQH2を減少させる。
このパラドックスは,CoQH2が過剰になれば不安定なラジカルとなり,
動脈硬化性疾患の予後に悪影響を及ぼすことを示唆するということなのかもしれない。
もしそうなら、スタチンを飲んでいる人達も、
CoQ10はあえて摂取しない方がいいのかもしれない。

 いずれにしても、CoQ10を経口摂取した場合の
作用機序や代謝についてはほとんど未解明で,
その利益や有害性を判断できるだけの十分な臨床的証拠もない。
AHAのガイドラインでは,
「医師は心血管疾患のリスクを軽減するために,
閉経後ホルモン補充療法やガーリックと同様,
ビタミンC,Eのサプリメント,CoQ10を勧めるべきではない。
(クラス III :有効性が証明できず,有害な可能性もある)」
としている。(Circulation 2003; 107: 2979-2986)。

  現在、人数は1〜2人だが、
頼まれて、CoQ10を処方している人達には、
このことを説明して、中止していこうと思う。




    1月28日 2005
     
 ちょっと心配な話
     厚生労働省エイズ動向委員会が26日、速報値を発表した。
それによると、
2004年に国内で新たに報告されたエイズウイルス(HIV)感染者は748人、
エイズ患者は366人で計1114人となった。
(HIV感染者とは、HIVに感染したが、
まだ、具体的にエイズの症状(免疫不全のために発症する感染症や肉腫)が
出現していない状態で、これらが発症するとエイズと診断される。
HIV感染者は、HIVウィルスが生体内にいるので、
適切な予防処置をとらないと、
HIVをセックスで他人に感染させてしまう能力はある。)
報告制度が始まった1984年以降、初めて年間1000人を超えた。
これは、年間の感染者、患者数としても過去最多である。
感染者の約7割が20、30代で、10代も12人(男性8人、女性4人)いた。
ついに、感染者と患者の累計は9784人で1万人に迫り、
厚労省は「予防と早期発見、治療を進めたい」としている。
だが、先進国の中で日本は増加が目立つとされ、
このまま、有効な対策を講じないで放っておくと、
感染爆発(一気に感染が広まる。)が近い将来起こると心配である。
      献血時の感染検査での陽性件数は、
10万件当たり約1.7件と最も多かった。
保健所などで感染の有無を調べる検査も8万件を超え、
過去10年間で最高だった。
ただし、感染者、患者数に
血液凝固因子製剤が原因の1434人は含まれていない。


    そう言われてみたら、一時ほど、エイズのことが言われなくなった。
しかし、エイズは、深く静かに日本社会に浸透してきている。
今のところは、予防しか有効な手だてはない。
(確かに、昔ほど死ななくなった。
 これは、治療が進歩して、
 HIV感染者がエイズを発症しにくくなったためである。
 しかし、いったんHIVに感染したら、
 高いお金を払って、医者に通い続けて、
 薬を飲み続けなくてはならないし、
 やはり、天寿は全うできる訳ではない。)
どうか、しっかりとそのことを頭に入れてもらいたい。

もう、日本では、感染の可能性は、身近にあるのだ。





    1月20日 2005
      
赤身の肉は摂り過ぎないように!
      というのは、赤みの肉を食べ続けたヒトは、
大腸癌のリスクが高くなるという報告があるからだ。

       その内容は、以下のものである。
American Cancer SocietyのAnn Chao氏らが、
約15万人を対象にした追跡調査をして、報告したものである。
      
     10年以上の長期にわたって
ベーコンやソーセージ、サラミなどの肉加工製品や
牛肉・豚肉などの赤身肉を多く摂取した人は、
遠位の大腸癌リスク(直腸癌やS状結腸癌)が約1.5倍に増加した。
この報告は、
米医師会誌のJournal of American Medical Association(JAMA)誌
2005年1月12日号に掲載された。

     Chao氏らは、50〜74歳の14万8610人を対象に、
肉類の摂取に関する質問を、1982年と1992年または1993年に行い、
その後2001年8月まで追跡して大腸直腸癌の発症について調べた。
    
    その結果、1982年と1992/1993年の両調査時点で、
肉加工製品の摂取が多い方から3分の1の群の人は、
摂取が少ない方の3分の1の群の人に比べ、
遠位の大腸癌の発症するリスクが1.50(95%信頼区間:1.04〜2.17)倍と
有意に増えることがわかった。
    また、魚や家禽類の肉の摂取量に対して
牛肉や豚肉など赤身肉の摂取量の割合について見てみると、
同割合が大きい方から3分の1の群では、
同割合が小さい3分の1の群に比べ、
遠位の大腸癌を発症するリスクが1.53(95%信頼区間:1.08〜2.18)倍と
有意に増えることが明らかになった。
    一方、魚や家禽類の肉を長期間多く摂取した人は、
近位・遠位の大腸癌の発症リスクが減少する傾向が見られた。

    そのような訳で、
赤身の肉はあまり摂りすぎないように!

日頃から心がけた方がいい。










   1月「17日 2005
       
ちょっとした統計の話
       少し前に気付いたんだけど、5日の日記。
よく考えてみたら、というか気付いたヒトも何人かいると思うが。
あの結末は、作者が好きなように作って、
さもそれが教唆に富んだことのようにすることが
簡単に出来てしまう話なのだ。
(僕もうっかり、信じていた。)
例えば、
新たにチーズを探しに旅立ったこびとは、
大変な苦労の挙げ句に、わずかなチーズしか得られなかった。
あるいは、チーズに巡りあたることなく、一生を終わった。
だから、やたらに、冒険をするのは考えものだ。
身の丈を考えて行動して、
今の生活に満足することも大切なことだ!
という結末も作れる訳である。
現実の問題として、それらの選択は、ケースバイケースで、
当を得ていることもあるし、運悪く失敗することもある。
しかし、
常に的確な判断が出来る訳でもないし、
その判断材料が少ないことは、
現実では、おうおうにしてよくある話である。

    判断といえば、先日おもしろい練習問題に出会った。
内科医の試験問題なのだが、
「30才の男性が運動負荷心電図の異常で来院した。
生来健康で、特に指摘すべき病気の既往もない。
心臓病の家族歴もないし本人も心臓病にかかったことはない。
スポーツクラブ入会のための検査で異常を指摘された。
運動負荷心電図の心臓病(狭心症)に対する
感度(検査が陽性の時に本当にその病気がある確率)・
特異度(検査が陰性の時に、本当にその病気がない確率)を
それぞれ60%・90%として、
無症状の30才男性の心臓病(狭心症)の有病率を2%としたとき
この男性が心臓病(狭心症)を持つ確率は?」 という問題である。

まず、一般的な2x2表というものを紹介したい。

疾患有り  疾患無し
検査結果陽性 T+ 真陽性 TP  偽陽性 FP TP+FN
検査結果陰性 T− 偽陰性 FN  真陰性 TN FN+TN
 TP+FN  FP+TN TP+FN+FP+TN

感度  =TP/TP+FN
特異度 =TN/FP+TN
有病率 =TP+FN/TP+FN+FP+TN
となる。
その人が検査が陽性で、その病気である確率は、陽性予測値といって、
TP/TP+FNで表される。
その人が検査が陰性で、本当にその病気でない確率は、陰性予測値といって、
TN/FN+TNとなる。
判断に迷ったときには、この表を作ると、その確率がはっきりして
決断が容易になる。
これは、病気の診断の時ばかりではなく、
ある結果に対して決断しないといけないときに
この表が作れたら判断の助けになるのだ。

回答は、まず無症状の30才男性の心臓病(狭心症)の有病率を2%
とするから、100人中2人が心臓病となる。
その2人で心電図をとって調べると感度が60%なので、
1.2人が陽性として心電図異常になる。
2-1.2=0.8人が異常検出されない。
100人中98人は健常者だから、
98人中異常なしとなる確率90%をかけて88.2人が検査陰性になる。
異常なしのヒト98人中、98-88.2=9.8人が異常所見者になる。
このことを表にすると以下のような表が出来る。

心臓病(狭心症) 心臓病(狭心症)−
心電図異常+ 1.2 9.8 11
心電図異常− 0.8 88.2 89
98 100

この人が心臓病(狭心症)である確率は、
陽性予測値:TP/TP+FNで表される。
つまり、1.2/11x100=10.9%である。

同様に、77才女性で、やはり心電図に異常があるとする。
坂道を登ると10分くらい胸が締め付けられるような痛みがある。
5分くらいすると、胸の痛みは消失して、
ニトログリセリンの舌下でより速やかに痛みは消失する。
として、この患者の有病率を90.6%としたら、
この患者が狭心症である確率は?


上と同じ要領で100人中90.6人が病気がある。
90.6人中90.6x0.6=54.36人が心電図異常がある。
100人中9.4人が病気がない。
9.4人中9.4x0.9=8.46人が心電図異常もない。
そうすると以下の表が出来る。
したがって、この患者が病気である確率は、
54.36/55.3x100=98%となる。

心臓病(狭心症) 心臓病(狭心症)−
心電図異常+ 54.36 0.94 55.3
心電図異常− 36.24 8.46 44.7
90.6 9.4 100

同じ心電図異常でも、このように大きな差が出来る。
有病率の差が大きく関わってくる訳である。
我々医者は、日常的にこの計算をする訳ではないが、
無意識に頭の中で経験的に判断しているのだが、
迷ったときはこのように判断する。
繰り返しになるが、
この判断決定の過程は、日常生活でも役に立つので
知っていても損はない。





   1月13日 2005
       
おなかの風邪(ノロウィルス感染症)
       最近、新聞であれこれと書き立てられているノロウィルス感染症だけど、
そんなに、心配しなくても、みんなちゃんと治っている。
亡くなった方達は、おそらく、老人施設で、寝たきりの状態で、
(管理状態が悪くないとすれば、)腎機能やその他の臓器の機能が、
ギリギリの状態の方達だったのではないだろうか?
ノロウィルス感染症に関する詳しいことは、
厚労省のHPに書いてあるので、気になる方は見ていただいたらいいと思う。
(僕のHPのコラムにも書いているので、よければ見て下さい。)
このウィルスは、まだ未知なことが多く、
例えば、感染経路にしても、ヒトからヒトに感染があるかどうかも
まだ、はっきりとはしていない。
一応は、ウィルス粒子が口の中に入って感染するのだが、
家庭内感染は、
手に付いたウィルスが、手を介して口に入ると言われている。
しかし、よく考えてみたら、
「そんなに手で直に食べ物をつかんで食べてます?」
だいたい、箸を使うでしょ?
状況から考えて、飛沫感染
(口から目に見えないつばの粒子に乗って、ウィルスが飛んできて、
 それを吸い込んで感染る。だいたい飛沫は90cmくらい飛ぶ。)
は、あるような印象がある。
空気感染は、?
(飛沫に乗って出てきたウィルスが、乾燥して舞い上がって、
 それを吸い込んで感染る。インフルエンザなどはこのタイプ。)
というところだろう。
このウィルスが、乾燥に強く空気中で活性を一定時間失わないのなら
空気感染もありだが、近い将来はっきりすることと期待している。
いずれにしても、よく流行っているので注意が必要だけど、
必要以上におそれることはないと思う。




   1月11日 2005
       
よく理解できてない・・・。
       今年の4月から、「個人情報保護法」なるものが施行される。
もともと、医療従事者には、「守秘義務」というものがある。
たとえ警察の捜査であろうと、必要書類がそろわない限りは、
患者の許可無く、相手が何人たりとも、
患者の情報は漏らしてはいけないのだ。

 例えば、内科専門医の試験問題で、
エイズウィルス陽性と診断された患者がいて、
その結果を話して良い相手を2つ選べという問題があった。
1.患者本人
2.患者の配偶者
3.患者本人が希望する人
4.生命保険の審査担当者
5.患者の会社の上司

もちろん答えは、1.と3.である。
配偶者であっても、患者本人の同意を得てから話すべきなのである。
ただし、配偶者への感染の危険があるのに、
患者が感染予防策をとらない場合など、
他の人に危害が及ぶ危険がある場合は、その例外となる。

    「個人情報保護法」では、
事業者は個人情報を収集する際に利用目的を伝え、
第三者への提供の制限、
本人などの求めに応じた情報開示・訂正・利用停止などの責務がある。

 また、
医師、薬剤師、看護師等の守秘義務は刑法や関係資格法で決められている。
しかし、資格を必要としない職種、たとえば医療事務には、
就労規則で契約上の守秘義務があったとしても
法律的には守秘義務も罰則もなかった。
この法では、事業者はこれらの従事者や委託先の監督も行うことになっている。

      結局、今までとどう違うの?
同じとしか思えないんだけど・・・。
確かに、この先、医学が進んで、
DNA診断などが出来るようになると、
医療従事者は、従来よりもいっそう、
個人のいろんな情報を知り得るようになってくる。
よりしっかりとした規制と管理体制が求められるのかもしれない。
電子媒体の進歩に伴って、情報を得ることも簡単になったが、
流出も簡単になってしまう世の中になったのだと、
思い知らされる法律である。




    1月 5日  2005
       
今年もよろしくお願いします。
       新年おめでとうございます。  って何が目出たいんでしょうね?
まぁ、とにかく”休みがある”ということは、僕にとっては目出たいけど。
時間は、まったくこちらの都合も何も関係なく経っていきます。
こうして一年があっという間に過ぎて、また一つ年をとって、
少年は青年になり、青年は成人し、壮年となって老人になる。
考えてみれば、学生の頃と、基本的な思考回路は変わってなくて、
「50才のおじさんは、どんなに思慮深く、高遠なことを思っているのか。」
と、その頃は思ったものだが、そうなってみると、
相変わらず、他愛もないことしか考えてなくて、
自分の進歩の無さに愕然とする。
「きっと、これは、自分だけじゃなくて同輩も同じだろう。」と、
仲間に探りを入れてみると、やはりその通りなので安心する。
こういうのを「少年老いやすく・・・」ていうに違いない・・・。
      などと、とりとめのないことを考えていたが、
年末に、おもしろい話を仕入れたので、ご披露したい。
ネズミとこびとの寓話である。

 彼らは、いつも、迷路でチーズを探し回っていた。
(ここでは、チーズとは、幸福、成功などの象徴)
 
 ネズミはいつも本能のままに迷路のあちこちを走り回って
チーズがなければ引き返して、別の通路を探し、
その繰り返しの中でチーズを見つけてそれを食べる。
そのチーズが無くなれば、また同じ繰り返しをしていた。

 一方、こびとはネズミのように単純ではなく、
これまでの経験や知識、を活かして、
複雑な思考による信念の元にチーズを探した。
一人のこびとは、保守的で、生活の安定が最上と考えていた。
もう一人のこびとは、よりよい方法をあれこれと試すタイプであった。

 ある日、大量のチーズが見つかり、皆がごちそうを楽しんでいた。
ところがある朝、チーズが無くなっていることに気付いた。
ネズミは驚きもしないで、チーズが無くなっている原因も考えないで、
即座にその場所を見限って別の場所にチーズを探しに出かけた。
一方、二人のこびとにとっては、青天の霹靂で、
「いったいチーズはどこに消えたのだ?」
「こんな事があって良い訳がない!」
とチーズのあった場所に立ちつくして、 動揺するばかり。
「どうしてこんな目に遭わないといけないのか?」
「これは、我々が悪い訳ではない。」
「何かが間違っている。」と思い、思案に暮れている。

 その間にも、ネズミは、あちこちと動き回って、
程なく別のチーズを見つけた。

こびと達は、相変わらず、事態の検証を続けるが、名案は出てこない。
その結果、一人のこびとは、
「チーズが無くても、今の場所が居心地が良いし、
他のところに探しに出るのは危険。
さらに、同じ苦労をするのは嫌だし、
いずれチーズは戻ってくるはずだ。」と考えて
事態をただ見守ることに終始する。
もう一人のこびとは、
「あのチーズはもう戻ってこない。」と悟るや、
事態の打開に向けて別の通路を探しに出かける。
新たな出発を果たしたこびとは、
道中、新たなチーズが見つかるか否かの不安にさいなまれながらも
ついに新しいチーズを探し当てて、
その間のことを、教訓として学ぶ。

  『進んで素早く変わり、再びそれを楽しもう』という話である。

  おそらく、今の時代は、それが求められているのだろう。
でも、生きていけるのなら、
前者のこびとにとっては、それで幸せなんだとも思う。




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