四条河原物語は、歌詞や台詞に頼らない、音楽と踊りと所作(しぐさ)だけで成立した、 劇的な「舞踊による物語」と言えるものになった。 これは、天才的な振付家である、飛鳥流家元飛鳥峯王師、 感性鋭く音楽的に構成した、家元代理飛鳥左近師(当時。現家元)、 多様な人々を取りまとめる素晴らしいプロデューサー、飛鳥珠王師 との出逢いとお三人のご尽力による。 四条河原物語は、前半の緩やかな小謡の世界と風流(フリュウ)の世界を表現しつつ、 後半には、徐々に群舞の振りと考えられるあらゆる手を尽くして、 1拍1アクションという、驚異的なスピードで踊りが展開する。 序破急を現代的に具体化したら、こうもなるのか、というお手本のような作品となった。 そこにまた、緩急をつけて、深みのある表現を現出している。 もう数十年になるか、歌詞に頼るか台詞にのせるか、このような、踊りそのものの創作が激減した。 昨今の創作舞踊は、優れた歌詞を所作で表現し直すだけの当て振りが多く、 創作舞踊として求められた身体表現によるメッセージ性は、等閑にされている。 日本舞踊独特の「しぐさ・所作」によるメッセージ性は、歌詞と出会うことで、 よりメッセージの明瞭性を獲得しているが、却って舞踊によるメッセージ力の低下を招いていないだろうか。 踊り・所作だけを見るだけで、なにをしているのか、なにを言いたいのか、 情景や抒情、肌理細やかな情報を明瞭に発信できる、舞踊の表現力が低下していないだろうか。 加えるに、先達が発見し創造した振りや型・所作は、そのうまれた時代時代の風をもって、 時代を超える表現力のあるものだけが、今日に生き残っていると言える。 先達の振りや型・所作に匹敵するものを、創造できるものなのかどうか、 その課題への挑戦も、創作への大きな試練である。 昨今、創作も玉石混淆で、なぜ創作舞踊を生み出さなければならないのか、 その答を持たずに、創作に関わる人々が増えていることも事実だろう。 先達は、歌舞伎舞踊の技術は技術として(ローカルスタンダードとして)、 日本舞踊の日本をはずして、舞踊として世界に互角に渡り合えるものを創ろうとしていた。 今日、世界の舞踊界もモダンダンスやコンテンポラリーダンスなどと、 様々な括り分けをしなおされていることから分かるように、逆に、 ジャンルやカテゴリーやテクニックで分類仕分けできない混沌の中に突入したといえる。 その中で、時代を具現する身体表現としての日本舞踊の未来は、どこにあるのだろうか。 |
四条河原物 (阿国歌舞伎誕生秘話) 1994年4月22日 近鉄小劇場 出演者 阿国 飛鳥 左近 |
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京の男 飛鳥 峯治 飛鳥 峯弘 飛鳥 峯隆 飛鳥 峯彦 飛鳥 峯英 |
京の女 飛鳥 双葉 飛鳥 妙 飛鳥 弥生 飛鳥 紅梅 |
手代 黒田 正浩 水汲み女 飛鳥 珠王 座元 飛鳥 峯王 |
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