大井川鐵道

井川線旧線跡を追う

井川線 何か目的をもって歩いてみると、たとえ既存のハイキングコースや車道であっても、歩き終えた後で、より一日の充実感 を得られるものである。近年、鉄道廃線跡の探訪もそのような対象の一つとなった。
 静岡県内でも、廃線となった鉄道は多い。シリーズの5まで刊行されている「鉄道廃線跡を歩く」でも、県内 の清水港線や静岡鉄道駿遠線などが紹介されている。探索対象となる鉄道廃線の定義は拡大し、これらの鉄道と異なり、路線自体は継続して いても、付け換え工事によって使用されなくなった部分の古い線路(旧線)も含まれるようだ。
 大井川鉄道井川線は、井川ダムの建設時に中部電力によって敷設された専用鉄道である。建設資材運搬を目的とした線路だけに、切り立っ た深い渓谷が続く川岸ぎりぎりを進む。長島ダムの建設が決まると、一部区間はダムの上流側では湖に水没することになった。もともと赤 字線ゆえに、廃線も騒がれた。
 15年ほど前、私はこの沿線の井川から奥泉まで林道を歩いた。当時、長島ダム建設に伴う工事がすでに始まっていた。完成後は水没して 二度とみれないかもしれない光景と考え、随分念入りに見て歩いたから、その時の記憶はいまだに鮮明だ。その後、井川線の事は気にもかか らなかったが、急勾配をアプト式で登る新線は平成2年に開通したとのことである。
 先日、鉄道廃線のことを調べていて、この鉄道のことを思い出すこととなった。新線が作られたのなら、使われなくなった旧線もある はずである。
 以前歩いた時に使った手元の地形図と、新たに購入した現在の2万5千分1地形図で、まず新旧線路の走っている位置を比較してみると ルートはかなり変更されたことがみてとれる。長島ダムは、まだ完成していないのだから、線路跡も水没してしまったわけではなさそうだし、 こんな山間を走る鉄道であればわざわざ撤去したとも考えにくい。旧線の跡地は残っている可能性が高いから、水没してしまう前に歩いて おく価値はあるだろう。思い立った週の週末さっそく出かけることにした。
 大井川鉄道の起点である金谷駅から各駅停車に乗った。井川線の始点千頭駅に向かうが、この日電車はさっぱり進まなかった。本線のダイ ヤは大幅に乱れ、予定していた井川線に乗り継げなかったから、探索を開始する接岨峡温泉駅に予定よりかなり遅くなって着くことになった。 帰路のことも考えると探索時間は非常に短い。やむ終えなく容易に歩けそうな接岨峡温泉駅から奥大井湖上駅の間を限定し歩くことにした。 短かったけれど、探索を終えてみれば、ひさしぶりの場所だけにそれなりに満足して家路を急いだ。 でも戻って日が経てば、歩かなかった平田駅周辺も気にかかるようになってくる。そして、再度この区間を訪れることとなった。
 この2回の探索の成果報告が本ページである。
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アプト式電車

静岡県で最も最近廃線となった区間

 ミニ列車でよく知られた大井川鉄道の井川線は、長島ダムの建設によって線路の一部区間が水没するため、 アプト市代(旧川根市代駅:駅の位置はやや北に移動している)から接岨峡温泉駅(旧川根長島駅)間に新線が 建設された。
 この付け換えによって、千頭駅から川岸を走ってきた井川線は、長島ダムのの高さ100mを一気に登ら なくてはならなくなり、鉄道としては日本一の急勾配部分となった。このため、長島ダム付近の一駅間につ いてはアプト式機関車を増結して登る、国内唯一のアプト式区間となった。新線工事は、土木技術の進歩に したがってより勾配の緩い方向に付け替えられるのが通例であるから、旧線の方が勾配が緩いというのは非 常にまれなケースであろう。

アプト区間

 アプト一代駅のすぐ手前の左側には変電所がある。電化されているアプト区 間に供給するためのものであろう。この変電所の奥に旧トンネル入口を見ることができる。新線は、ここから市代トンネ ルを越えた後、橋で対岸に渡り、日本一の勾配をもつ区間を登って長島ダム駅に向かっている。旧線では、大加島隧道 という名のトンネルを越え、大井川左岸をそのまま進んで長島ダムの直下にあった橋によって右岸に渡っていた。
 アプト区間走行中の車窓からは、対岸のはるか下方に抗口を見ることができる。これはおそらく大加島隧道に続いてあ った短い隧道のものである。大井川を渡っていた旧線の橋の痕跡は見当たらなかった。建設現場の直下にあったはずだか ら、取り壊されたのだろう。建設中のダムのすぐ脇には、旧線の18番隧道の抗口が見える。
急勾配区間
日本一の急勾配区間
市代駅変電所脇にある隧道抗口 長島駅付近から対岸に見える隧道抗口 ダム工事現場脇にある抗口
アプト市代駅脇の変電所の奥にはトンネルの入口が見える. 長島駅付近からは対岸のはるか下方に旧17番隧道の入口が見えた. ダム工事現場のすぐ脇に残っている抗口.旧線が川の間際を走っていたのかよくわかる.

長島ダム駅から奥大井湖上駅

寄倉トンネルから  この区間は、新線と平行しているが、川岸ぎりぎりのところを走っていた。かなり下方で、新線の車窓から は見えない。将来ダムが完成すると水没する場所なのでぜひ見てはおきたい区間である。長島ダム駅で井川線 を下車し、県道に沿って歩くことにした。駅の先にある大日トンネルを越えると、県道は新線の上を越えてい る。歩き続けると寄倉トンネルが現れる。このトンネルの上には、山の上を巻くようにつけられていた旧道か ら唐沢集落に下る道路がある。トンネル井川側出口の先にはこの道路が交わっているので、ここから少し戻っ てみることにした。
 舗装された道路がトンネルの真上に出ると、先ほど歩いてきた県道が眼下に見渡せた。再び引き返して、 今度は唐沢集落跡側に下ってみた。旧線の時代は、川根一代駅の次は小さな唐沢集落の住民のために設置 されていた唐沢駅があった。水没地区なので、集落の移転は終わっていて砂利を盛って整地された一角が 残るのみである。したがって今通ってきた道路も工事用に使用されているだけのようだ。
 ここから長島ダム方面を見ると19番隧道の跡が見えるから、旧線の走っていた位置もだいたい見当がつく。 道の反対側に立ってみると、こちらにはレールが残存したままの旧線跡が続いていた。唐沢駅をでると比較的長い 平田隧道と続く21番隧道を越えて犬間駅につながっていたのだから、ここを歩いていけば、平田隧道までたど り着けるかもしれない。
 いよいよ廃線跡歩きを始めることになった。草むらを歩くと、坂水橋梁と表示された橋が現れる。保線用 の木道がレールの中央にあるので、おそるおそる渡ってみた。廃線となってから経た月日によって腐っているこ とも考えられるから、当初はどうしようか迷ったが、渡ってしまえば大したことはなかった。先にはまだレールが続 き、終に平田隧道の抗口が現れた。通過して犬間に抜けるのも一案だが、長いトンネルゆえに少し勇気がいる。 それに越えたとしても、その続きがあるかどうかも不安である。唐沢跡と同様、犬間も県道から旧線に至る手だて はあるから、そちらを選べばよいとの結論にいたり、結局戻ることにした。
 県道にもどり唐沢トンネルを越えると、茶畑の間に散在する平田(ひらんたと読む)の集落がある。集落の はずれには、犬間を通り対岸に渡る歩道があった。県道の平田トンネル手前を集落に入り、この歩道を進んだ。 まもなく木々の隙間から、先ほど歩いた唐沢地区の廃線跡を見下ろすことができた。歩道は残念ながら途中で 崩壊して消失しているので、県道に引き返し平田トンネルを越えた。トンネルを出たところには、犬間集落跡に 向かって下る道がつけられていた。道の先には新線の鉄橋が見える。道を下っていき、頭上に新線を見送ると 道路脇に隧道跡が現れる。さらに歩くと家屋は取り払われ整地された犬間集落跡に出た。胡桃沢を越えて、 整地された一角の上まで登ると、草原の中にレールの残る廃線跡が続いている。
 草をかきわけ進むと、旧21番隧道の抗口が樹木の間に口を空けていた。突如現れる廃隧道はかなり気味の 悪いものである。写真を撮って歩いてきた方向に戻ることにした。草むらから集落跡には下りずに、さらにレール を追っていくと、沢の向かいに先ほど道路脇に見た22番隧道の反対側(千頭側)の抗口があった。この抗口には 鉄骨を組んだ屋根がつけられている。真上に新線が鉄橋で渡っているから、工事の時つけられたものかもしれない。
唐沢集落跡 唐沢から犬間 廃線跡 坂水橋梁
唐沢駅は手前の段々に盛り土のされたあたりの奥側にあったはずである。 唐沢駅から平田トンネルに向かう部分はレールも残存している。
写真右:坂水橋梁はそのまま残存しており、渡ることができた。
旧20番隧道 旧21番隧道 旧22番隧道
木々の間に旧20番(平田)隧道跡が現れた。 平田隧道に続く21番隧道の犬間側抗口。 22番隧道は鉄骨の枠で被われている。
新線の犬間付近の橋梁 犬間集落跡
旧22番隧道の上を、新線は橋梁で越えている。 ダム完成後の冠水に備えてか、犬間集落の跡は整地され白い合成繊維で被われていた。

奥大井湖上駅から接岨峡温泉駅区間

 この区間は新線から見える位置に旧線が走っており確認しやすい。井川線を接岨峡温泉駅でおりて、車道を歩いた。車道は線路を渡り、 旧長島集落の跡に向かって下っていく。ダム建設によって、この地域の民家はすでに移転し終えていて神社だけが残っていた。集落があったころ、 現在の接岨峡温泉駅は、このあたりに住む人々のためのものであり、駅名も川根長島駅だった。集落跡を通っている県道388号接岨峡線沿いを千頭 方面に歩き始める。20分ほどで不動橋という名の橋に着いた。この真新しい橋は、平成2年6月竣工となっているので、ダムの建設に関連した道路の 改修でかけられたのだろう。橋の上から見下ろすと、真下に井川線の線路が見えた。トンネルを抜けると急流が落下している場所が車窓から見えたが、 上部に道路が通っていることには全く気づかなかった。

この区間の案内図を作りました。略図はこちら

接岨峡温泉駅 長島集落跡地 不動橋から見下ろす
接岨峡温泉駅長島集落の跡地 。
旧長島集落を写した写真はこちら
不動橋から見下ろす。樹木の下に軌道が見える。向かって右側に24号隧道がある。
 地形図からみるかぎり、新線はこの急流の手前のトンネル(24号隧道)の千頭側から分岐している。したがって、ここの風景は旧線時代 と変わっていないのだろう。できれば下りて旧線との分岐地点を確認したかったが、次の目的地である奥大井湖上駅に行くのに必要な時間が不確かであったから 先を急いだ。地図からみれば、旧線はこの分岐地点から、比較的長いトンネルで尾根を越え、川岸に出たあと川沿いを大きく巻いて、新線では設置されなかった 大間駅に向かっていた。
 同区間を、新線では、2つの短いトンネル(22号と23号)と2つ橋梁によって、いったん対岸にわたり再び右岸に戻るという離れ技が使われている。対岸となる二 つの橋の間には、奥大井湖上駅が新設されたが、この駅はハイキング以外の目的では使われていないと思われる。この駅から乗車したければ、虹の大橋をわた らなければならないし、駅の周辺に集落は見当たらない。
Rainbow Bridge 湖上駅
レインボーブリッジ奥大井湖上駅
 不動橋を出発すると、不動トンネルが現れた。このトンネル手前左側に旧道と思われる狭い車道が分かれている。標識があり、こ ちらをいけばよさそうなので入ってみると、前方に2つの虹の大橋が遠望できた。また、足元のはるか下方には大井川の流れに沿って井川線旧 線跡が見えた。
 湖上遊歩道の入口を示す看板があるので、歩道に入った。東屋のある展望台まで歩いた。ここから橋へは下りるのは、それほ ど時間がかかりそうにないので、橋とは反対側にあるハイキングコースの駐車場に下ってみた。駐車場の脇には、井川線の軌道が走り、その両端には 22号と23号のトンネルがある。再び東屋に駆け戻り、急な階段を橋梁まで下りた。レインボーブリッジは川原から80メートルの高さがあるとのことだが、 最新の土木技術を使い、観光用に充分なお金をかけて作ってあるだけに、渡るのはまったく怖くない。
写真左:県道から、22号トンネルと23号トンネルの間を通過する列車が見えた。
写真中:23号トンネルを尾根上よりみた。このトンネルの井川側が旧線との分岐。
写真右:旧線との分岐となる23号トンネルの脇にはコンクリートでふさがれた旧26番隧道がある。
23号トンネル 26番隧道
22号トンネル
旧道沿いに遊歩道入口を示す標識がある。ここは奥大井湖上駅の入口でもある。 虹の大橋測道
遊歩道入口を示す標識 井川側のレインボーブリッジの測道が駅へのアプローチ。
駅へ行くには、この階段を下ってレインボーブリッジへ出る。
階段
 橋を渡り終えれば、そこは駅である。予想どおり乗降客は私1人だった。考えていたより、ここまで時間が かからなかったので、駅のベンチに座り、対岸の旧線跡をじっくり観察することができた。まず、目に入ってくるの はほぼ真正面に銀色に塗られた鉄橋である。その左側には石垣も見える。さらに左側に目をやれば、木々の中 にもう一か所石垣が見えた。地図から推測するにこの石垣のあたりでトンネルに入っていたはずであるが、抗口 は確認できない。
銀色のガーダー橋 ガーダー橋右側の石垣。 橋の下の廃隧道
駅の真正面には銀色の桁橋が見える。 桁橋の右に目をやると石垣があった。このあたりに隧道の入口があると思われるのだが見つからない。木々の葉の散った冬なら見えるかもしれない。 反対に左側の廃線跡を追っていくと、虹の大橋橋台の下に隧道が埋もれている。
犬間集落の跡地一角 旧24号隧道
犬間集落の跡地を湖上駅より見下ろす。 レインボーブリッジの通過中に見える旧27号隧道。
 反対の右側(下流側)には隧道跡が見えた。さらに虹の大橋の千頭側の付け根をみると下に廃隧道があった。その少し先には整地されたスペースが見える。旧犬間の集落跡である。犬間駅もこのあたり先にあった。 ひととおり観察も終わり写真も撮り終えたころ、井川線の最終列車がきたので、帰路に着いた。

奥大井湖上駅〜接岨峡温泉駅間 1998年5月散策
長島ダム駅〜奥大井湖上駅 1998年6月散策


[情報]
新旧の軌道位置は、2万5千分の1地形図で比較した。比較に使用したのは、[新] 平成10年発行 千頭、井川 [旧] 昭和54年発行 千頭、井川


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