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天体写真の撮影における追尾誤差の見積と許容限度


追尾誤差は(1)極軸設置誤差, (2)赤経軸と赤緯軸の直交誤差, (3)赤経軸と鏡筒の平行誤差, (4)ピリオディックモーション, (5)大気差, (6)機材誤差 等諸々の要素を足し合わせたもので表される。 そこで実際の撮影で追尾誤差がどの程度になるのか、思案をしてみることにした。 そのためにエクセルで計算シートを作ってみた。 これは極軸の設置誤差と大気差に、ピリオディックモーションを加味したものである。

[参考]
極軸設置誤差による追尾のズレ
大気差の試算

【検証】

ここでは実際に撮影した画像で検証を行うことにした。

STEP1

最初と最後のフレームをプレートソルビングすると、 赤経141秒角, 赤緯41秒角のズレとなる。
DeepSkyStackerのログでは、赤経131秒角, 赤緯44秒角のズレとなるが、 これは像面上のズレであるので、プレートソルビングの結果に基づくものとした。 下記の「付記1」の通り、概ね線形にズレているので、問題無いと判断した。

[撮影区間の始点と終点の恒星位置]
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[同上アニメーションGIF] https://i.imgur.com/4RPMRTA.gif

※撮影画像を検証してみると以下のようになる。

[表1] - 条件
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[表2] - 試算
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設置誤差を時角1.4h方向に4.5分角程度と推定した。

STEP2

画像ファイルから星像重心のズレを測定する。

上記の方法で処理した結果、平均4.1秒角、標準偏差2秒角となった。

STEP3

最初に計算したエクセルファイルの追尾時間を、1ショットのものに変えてみる。 ピリオディックモーションと大気差を加味し、STEP2の計測結果と比較する。

[表3] - 条件
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[表4] - 試算
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STEP2の計算値と大きな違いが無いことを確認した。
撮影には公称PE±3.5秒角(実測では3秒角)の機材を使用した。 1枚あたりの露出時間が6分間なので、PEはP-Pで6〜7秒角となる。 これに極軸設置誤差、大気差を加味すると表4のようになる。 いっぽう光学系の焦点距離と、撮像素子から計算した許容限度は、11秒角程度である。 差し引きするとSTEP2と近似するが、目視ではシーイングサイズ分はボケて目立たなくなっているはず。 撮影画像からはこれ以上判別できない。 今回は敢えてSTEP3までの作業を行ったが、通常はSTEP1のみで推定して問題無いものと思われる。

備考

【許容誤差】

「追尾に必要な精度と赤道儀 | 天体写真の世界」では 10μmという数値が示されている。 他を見てもこの辺りが基準的な値とされているようである。 推測であるが鋭像の径を20μmとするなら、誤差がその半径の10μm以下だと識別できないという理屈なのだろうか。
判断基準については、 (A)モニター等倍または強拡大で観察した際にズレを認めないのか、 (B)拡大観察時のズレに拘わらず、観賞レベルでズレを認識できなければ可とするのか、 ということになる。

観察基準の場合、デジタルでは10μmの基準だと緩いかもしれない。 使用するカメラによっては、拡大観察でズレがわかってしまう。 画素サイズやローパスフィルターの有無により、撮像素子に記録される誤差が大きく変わってしまう。 例えばニコンのローパスフィルターレス機(D7200)の場合、入射した輝度情報を素子側でも一切カットしてないようであり、 極めてシビアになってきている。
またシーイングサイズの影響も無視できない。 国内では気流が安定している瀬戸内海周辺で概ね1〜2秒角程度、東日本では少なくともその倍以上あるもよう。 実際の測定については、広島大学のレポートがネット上で確認できる。

観賞基準では適切な距離をとって閲覧することが肝要。 つまり画像が有効視野内(水平30度程度)に収まる距離をとるということである。

追尾精度は露出時間や焦点距離と二律背反の関係にある。 ノータッチで追尾するのであれば、ある程度の割り切りは必要だろう。 個人的には上記で検証した画像の誤差は、許容できるものと判断している。 もしこれが許容できないとなると(露出パラメーターを変更しない場合)オートガイドをするしかない。 極軸設置や機材の保持の点でも改善の余地があり、それらの対策をすればもう少し精度を上げることは可能だろう。

【見積】

下記の計算シートで検証を行った。 Sheet1の黄色のセルに任意の値、H7,H8にON/OFFの状態、S2とS3に赤道儀のPEとホイール歯数、S5に位相 (反転の場合に負号)を入力すると、その内容に応じて様々に見積もることが可能である。 Sheet2については入力不要である。
なお大気差算入ONの場合には、追尾時間が10分を超えると、誤差が大となり見積精度が落ちる。 (大気差は連続的に変化していくため、開始時点とX分後では時角差分の差異が生じる。 しかし10分以内くらいであればほぼ無視できる。)

Excel File

【付記1】

[図1] - X軸:撮影回数, Y軸:ピクセル
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検証に使った撮影データのDeepSkyStackerログである。
赤緯側のブレが気になる状態。 片持ちフォークで撮影を行ったのだが、極軸の座面に取り付けたアルカスイス互換のクランプで、光学系・カメラ・プレート類等を保持した。 その重量は3kgくらいのもの。 おそらくタワミやガタが発生したものと思われる。 フォーク形式だと北側に大きなモーメントがかかるためだろう。

【付記2】

画像ビューアで拡大して目視により確認する場合、拡大時にリサンプリングされると、 円または楕円で近似されたような状態で表示されてしまうので、画素の状態がわかり難くなる。 判定する場合は画素の状態がわかるよう表示されているほうがよい。

[リサンプリング無し]
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[リサンプリング有り]
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初出:2019-03-27 改訂:2020-12-17
(C) YamD