思い出との別れ
1999年8月28日日本経済新聞の夕刊の記事で、近海郵船の東京−釧路便が、1999年11月に運行を休止することを知った。
北海道から晴海までの航海中、この度は600人位の乗客がいた、と書いた。…これは、フェリーの乗務員に直接聞いた数字なので、ほぼ間違いはないだろう。
私たちは、夏期の繁盛期しか利用したことがないので知らなかったのだが、どうやらいつもは150人弱位の利用しかないらしい。
…これじゃ採算がとれないわけだ。
この航路は、「サブリナ」と「ブルーゼファー」という2隻の船で運行されている。(船の構造は、ほぼ同じ。ゼファーの方が、若干新しい。)
今回の旅で、2隻とも乗ることが出来たのは幸運だったな、と思った。もっとも、乗っている時は、これがこの子たちと最後の航海になるとは思わなかったけど…。
大事なことって、いつも後にならないと見えてこないんだ。
やれやれ。
東京−釧路便は、出航から到着まで31時間かかる。これだけの長距離、長時間の船になると、お風呂も付いている。
覗く人なんていないから、窓はガラス張りで大海原を眺めながらお湯に浸かれた。…でもねー、湯温が高めだから、のんびり浸かっていられないんだよねぇ…。(^_^;)
それから、PCでノブの仕事を手伝ったりもしたなぁ。電源が取れるところが殆どないから、朝早起きしてダッシュでコンセントと仕事が出来そうなスペースを取りに行ったりした(笑)。
なんだか、悲しいなぁ。
もう海堡も見れないんだぁ…。うむむ。
つまんないなぁ…。
お気に入りのおもちゃを取り上げられる子どもみたいな気持ち。
子どもの頃遊んだ空き地に、ある日「マンション建設予定地」の看板が立ってしまった…。
近所に住んでいた友だちが引っ越してしまい、その後に知らない人が引っ越してきて、表札が変わっているのを見てしまった…。
よく見知ったものが、ある日突然無くなってしまう。…なんだかものすごく不安な気持ちになる。
そういう、何とも言いがたい気持ちが、私の中でぐるぐるしている。
書きたいこと、書かなきゃいけないことはもっと他にあるに違いないと思うのだけれど、上手く出てこない。
あるのは、感情のほとばしりだけで、こんなんじゃ誰にも何も伝わらないよ、と思うのだけれど、今の私にはこれ以上は書くことが出来ない。
とにかく、同じ夏は、もう2度とくることはないのだ、ということ。その事実だけが鮮やかに目の前に現れた。
今回、みんなと一緒に旅行できてよかった。
私の記録と記憶、みんなの想像と記憶の中で、「サブリナ」と「ブルーゼファー」は残っていくんだよね?
そう思うことにした。
今年の11月、私たちの旅行は本当に一段落する。
おやすみなさい、夏の思い出と一緒に。
ばいばい。