…おまけ
…これは、とある雑誌の「思い出に残ったホテル・旅館」というテーマに沿って募集されていたものに、応募した時の文章なんです。
「北海道
旅日記」を最後まで呼んでいただいた方にだけ、読んでもらいたかったんだ…。
「サブリナ」は、目的地まで約三十一時間かかる。彼女は長距離フェリーの釧路〜東京便の船名でもあるのだ。
この船は、旅行者にとって交通手段でありながら、宿泊施設でもある。
ファーストツインという四畳半ほどの部屋。
旅行の間中に放ったらかしておいた仕事をやっつけ始める。
ノートパソコンのキーを叩きながら窓の外を見ると、空と海の境目が目に飛び込んでくる。何年もそこに置き去りにされている絵の様に、壁にしっくりと馴染んでいる。
「ただいま前方にイルカの群が見えております。」…アナウンスが入る。続いて、かすかに聞こえてくる子供たちがはしゃぐ声。
日常と、非日常の交錯。
船が東京に近づくにつれ、普段の自分が降りてくる。スイッチが入りつつある自分がいる。オフからオンへ。
進んでいるのに留まっている、そんな時間の流れ方が私には丁度良いのかもしれない。精神的リハビリ。
食事をしに、部屋を抜け出す。現実逃避の小さな抵抗。海風を肺に送り込む。デッキには、残り少ない余暇を愛おしむようにはしゃいでいる親子の姿。海は、北で見た冷たさを含んだ悲しい色が消え、暖かさを湛えていた。
最後の食事を食べ終わった辺りで、船は難所と言われる東京湾に入っていく。海堡がその無骨な姿を晒し、海も空も白と黒の絵の具をでたらめに混ぜられ、力無くそこにある。
あぁ帰って来たのだな、という安堵感と、穴ぐらに入っていくような閉塞感…。
そして、大事なことは、後になって見えてきた。一九九九年十一月にこの路線は休航になると新聞に載ったのだ。
船を降りた時、この空間にもう二度と自分が含まれることはないのだ、と知る由もなかった。やれやれ。
おやすみなさい、思い出とともに…。