バックウォーター・クルージングで南国気分に浸りたい!
そう思ってはるばる南までやってきたのだが、その気分を満喫できたのは、乗船してわずか30分ばかりの話であった。
椰子の葉が枯れかかったバッド・シーズンだったということもあるのかもしれないが、それにしても河の水が汚すぎる。それに川幅が広すぎて、生い茂った密林という雰囲気がまるでありゃしない。これじゃドブ川みたいな印旛沼でボート釣りしてるのとたいして変わらないじゃないか!
結局僕は、クルージングの大半の時間(約8時間)を船の中で寝るか読書するかして過ごした。それでもあまりに退屈なので、同じ船に乗っていたインド人大家族の中の女の子(4人姉弟の3番目で10歳くらい)の一人に着目。その子の写真を如何にして盗み撮りするかという偏執的なゲームにひとり熱中し、時間を潰す。
結果としては、1枚のみシャッターを切ることができたわけだが、この盗撮のターゲットとなった子というのが、僕のお好みのいわゆる猫系の女というやつで、挙動不審で悪戯好きな反面、妙にこまっしゃくれた側面も持ち合わせている。僕はあくまで彼女を鑑賞の対象に留めておきたかったので、近くにいるのに話しかけることもせず、ひたすらシャッターチャンスだけをひそかに待ち受けていたわけだが、そんな僕の思惑を知ってか知らずか、彼女は彼女であくまでも僕に対してはそっけなく、決して子供特有の愛嬌のある素振りをこちらに向けたりしようとはしない(他の西洋人乗客などには如何にもな愛想を振りまいているというのに)。
ところがである。僕が何の気なしにデッキの方に出て、チャイニーズ・フィッシング・ネットなどに目を向けていると、どういうわけか彼女が僕の横に並んで、同じ方を見やりながら、僕の手を握っている。不意を打たれた僕は、驚きを隠しえずも無理に覆い隠そうとし、あくまで仕方なしにという趣で(といっても、内心ほくそ笑みながら)、彼女に然り気なく話しかけようとした。すると彼女はくるりと背を向けて、両親たちのいる方へと戻ってしまったのだ。
僕は呆気に取られ、すごすごと船室に戻り、再び読書にいそしもうとするのだが、なかなか身に入らない。それでも頭に入らぬ活字を目で追っていると、悪魔のような小娘が再び僕の側に寄ってきて、今度は僕の足元に頭を擦り付けたり、本当に猫みたいな身体的接触をはかってくる。僕はこのチョッカイというか誘惑に素直に答えてはまたアホをみると思い、素知らぬ振りをして頭に入らぬページをめくり続ける。もはやイッパシの駆け引きである。この結末は、クイロン着30分前に彼女の家族が船室に戻ってくることで、何事もなくあっけない終わりを告げたわけだが、彼女が両親に手を引かれて船を下りるときにこちらを向いてニヤッと笑ったのには正直言って参ってしまった。
バック・ウォーターの終点、クイロンに着いたのは夕方6時半。クイロンは何もない小さな町なので、そこからトリヴァンドラムまで一気に行ってしまわねばならない。休む間もなく満員のバスに乗り込んだ僕は、2時間立ちっぱなしの行程であったにもかかわらず、あまり疲れを感じることもなく、漠然とさきほどの自分の行状について御浚をし、何とも情けない気分に陥っていた。
トリヴァンドラムに着いてうろうろしていると、バック・ウォーターのツアーで昼食時に言葉を交わした日本人男性(大阪府の公務員)と再会。夜も夜なので、空きホテルを見つけるのはなかなか難しかろうということもあり、一緒にホテルを探し、4軒目でようやく見つかったホテルのツイン・ルームに一緒に泊まることにする。荷物を降ろしてから、近くのバーでビールで乾杯。ここまで疲れを持ち越していたせいか、一杯目がとても美味しく感じられる。それにしても、この旅行中、アラーキーの話をすることが多い。 |