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ホーチミン市内
Ho Chi Minh City

 戦争証跡博物館にて。こういうアングルに戦車があると、クーデターかって思います

 東南アジアの町は、なかなか難しいものです。大体は植民地時代に中心部の骨格が出来上がり、結構彼らは都市をしっかり造っていたけれど、やったのは中心部だけ。その周辺は市街地のスプロールが見られ、またもはや中心部はモータリゼーションの嵐に見舞われ、は車の洪水に窒息しそうな状況になっている。これを打開しようと、現在クアラルンプールやバンコクでは、そしてジャカルタでも新交通システムを導入し、少しでも車を少なくしようとしている。でもその点ここホーチミンは、そんな動きにまだ到達していないのが現状です。町はバイクの洪水に溢れ、これが車に替わったらもうどうしょうもない気がしますが、現段階では余り対策は見えていません。バイクがここまで多くなければ、結構快適な町なのです。本当緑が一杯、街路も東西南北にしっかり造られ、街路樹もこれに合わせ整備されている。結構ピクチャレスクな町です。今後バイクの洪水を今後どうしようとしていくのか、見守っていきたいと思います。そこに日本の責任もあるかもしれません。
 
 さて、市内観光がツアーには付いていますが、まあ通り一遍なもので、植民地時代の名残の中央郵便局(それが町の中心にあるというその時代の良さ・・・東京もそうなのですよ)、隣にはキリスト教の正解を顕示する教会というのが中心部。そこから統一会堂に行って上から結構しっかり見ることが出来ました。その後にはちょっと川を渡り、障害者も作業しているクラフトセンターに行って買い物を勧められ、また中心部に戻り、充実したお昼を食べておしまい。まあ効率よく市内は見られました。
 
 そこからが自由行動です。やはり戦争証跡記念館に行かねば。この国に来た以上、ここがどんな目にあってきたかを直視する必要があります。タクシーを飛ばして訪ね、結局閉館近くまでいました。狭い敷地でしたが内容は重いものがあります。単にアメリカの残虐性だけでなく、南政府の弾圧に触れていたのにびっくりしました。敵は何処にでもいたのですね。ここを多くの人が訪れていたのですが、欧米人(殆どはアメリカ人か)が多かったのにはびっくり。戦争をやった側、やられた側双方からしっかり検証することの必要性を、この戦争程知らしめたものもありません。双方が双方(片方か?)の痛みを理解し合うことが、未来のためには必要なのです。

中央郵便局。ここもウィーンの郵便貯金局ではないですが、アーチが美しかった。その先にはホーおじさんがしっかりと飾られている。
聖マリア教会。フランスと言うよりはポルトガルを感じました。ここが南のせいかもしれません。
中央郵便局の内部脇に描かれていた古地図。結構気にりました。
戦争証跡博物館にて。内部展示は悲惨なものが多くありますが、外部は正に戦闘機、ヘリ、戦車などの実物が、敵味方関係なく展示してあります。一時代前にはこれら兵器が日常的に空を飛び、地上を走り、という世界があったと思うと、月並みですが平和の有り難さを感じます。兵器は美しいと感じることもありますが、それが襲ってくる恐怖を知らないからそんなことが言える訳で、体験した人にとっては恐ろしくてしょうがなかったに違いありません。
ホーチミン市内

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