洛西:宇治

 

実は洛中から遠く離れている

源氏物語にも登場した景勝地、藤原一族の夢を託した平等院鳳凰堂の建立、さらに高尾〜栂尾高山寺で始まった茶の樹(栄西禅師が中国より持ち帰った種を、明恵上人が根づかせることに成功し、それを株分けした)はここで大きく広がって、一大産業と茶道や喫茶の文化を生み出し・・・京都観光として必ず折り込まれる宇治。その宇治は、実は京都市内からかなり遠いのです。

九条の東寺から下っていって、おおまかに見れば東福寺、伏見稲荷、桃山や伏見、黄檗などを経て、やっと宇治。JRに乗ればだいたいこんな順序ですが、京阪なら細かい駅が多いので、快速・急行系を利用します。列車の接続などにもよりますが、京阪電車で三条からは40分程度かかるとみましょう。それくらい、距離はあるのです。なお、JR、京阪電車のいずれでも行けますが、並走しているJRと京阪は、終点で宇治川を挟んでそれぞれ反対側に別れるのでご注意を(宇治橋に近いのは京阪宇治の方)。

宇治という場について

宇治は、宇治川を中心とする景勝地です。この川は、洛中を東西から囲む鴨川、桂川とはまた別の川です。西の桂川に寄っていった鴨川は、洛中よりだいぶ南に下った桃山の西で合流します。宇治川が合流するのはさらに南、石清水八幡宮あたり。ここで淀川となって、遠く大阪まで流れてゆきます。

その宇治川の場所を確認。洛中から南下を始めて、東福寺からほぼまっすぐに下ってゆくと、桃山のあたり(観光地的には伏見の酒造のあるあたり、中書島駅)で到達します。洛中に向かってゆったり弧を描く川。その弧の背中に、観月橋がかかります。弧にそって東方向へ川沿いに廻ってゆくと、宇治橋に至ります。中書島付近の平明で開放的な空間とは異なり、東の山並みに川が向かっていく風情。

東山の山並みは清水寺のあたりで一度落ち着きます。その少し東南にある山科から下ると、醍醐寺を経て黄檗に至ります。また三十三間堂や東福寺から下って伏見稲荷・桃山・中書島に至ります。のんびりと開放的に広がっていく洛南の風景。京都市の南側は、山から離れて南へ広がっていくのが特徴です。だからこそ、美しい観月もできる。その空間は東西に渡って弧を描く宇治川で一度区切られます。川のラインに沿って東南へ進めば、再び東の山並みに向かって狭まっていく。同時に忽然と、山に沿った川とたなびく雲とが再び、洛中のような景色を作りだす。そこが宇治です。平安京に住まう王朝人に愛された最大の理由は、この風情にあるように思われてなりません。

嵐山同様、平安的な美の景色をすべて満たしています。ただし、嵐山よりも空間が広く、川も水量が豊か、その割に視野がそう広くないように感じるのは、平野の終端に至ったためでしょう。そして、宇治川は、山の合間へとラインが伸びています。その姿には、明るい日の光とともになんとも言えぬ哀感もあります。洛南に伝ってきた都の気はついに拡散し、別の世界に入るという感じを抱いてしまいます。

雅な印象とともに、数ある古い神社はいずれも濃厚な空気を伝えるこの地を、見てみましょう。

平等院から始めましょう

宇治を天下に知らしめているのは、宇治茶と平等院。平等院からスタートです。

京阪宇治駅から宇治橋を渡れば、平等院への参道はすぐです。以前、京阪宇治駅の改札を出て、横断歩道を渡ればすぐに茶屋の通圓でしたが、駅前をロータリー化したために、出てすぐの印象は薄れています。そうはいっても、宮本武蔵のお通ゆかりの茶店となれば、訪れる方はいまでも多いはず。

駅を出て右手に進めば宇治橋。眼下には水量滔々と流れる宇治川、流れも意外に早いのに驚くかもしれません。橋も長く、特に夏はひどく暑い上に日よけがまったくないので、直射日光に自信のない方は日傘や帽子などを準備したほうがいいくらいです。

渡り終えて、そのまま太い道を進めばJR宇治駅前へ。一つ左のあがた通を進めば県神社へ。そして、いちばん左の細い道が平等院への参道です。宇治茶や和菓子の店が並ぶ中を進めばすぐに、表門にたどり着きます。

中へ入って少し進むと受付。入れば藤棚の脇を通ってすぐに、広がる阿字池と鳳凰堂に対面します。以前は鳳凰堂の外側までそのまま進むことが出来ましたが、中には入れませんでした。21世紀に入ってから、別料金を払うと案内付きで鳳凰堂の中に入れます。中の彩色が微かに残る堂内は、見る価値があります。なお、この拝観形態に伴って、宝物を鳳翔館という展示館で見るようになりました(これは21世紀より新設)。デジタル技術を駆使した新しい試みの善し悪しはさておき、ここでしか見られない国宝が多数展示されています、必見。もちろん、阿字池の対岸から鳳凰堂を見ることも忘れずに。本尊の阿弥陀如来像をが丸窓から拝める有名スポットなので人は多いですが、立ってみればその美に納得します。午前の柔らかい光、夕暮れの紅、時間帯を問いません。

時間は少し長めにみておくといいです。自然にゆったりした足取りになる方々が多く、やはり時間をかけてまわりたいところです。

再び宇治川を渡る

平等院南門から出ると、右(東)に進めば県神社。左に進めば宇治川、浮島(中洲)を経て、対岸へ渡ることになります。平等院鎮守にして奇祭県祭(梵天神輿渡御で夜通しになる)で有名な県神社を見るなら、ここで見ておくといいでしょう。また、宇治川沿いには宇治市観光センターがあります。様々な流派の茶道師範がデモンストレーションを行うことなどもありますので、興味のある向きはチェックしてもいいでしょう。

浮島へ渡り、短い橋を経て橘島(ちょっとした公園になっています)、そこから朝霧橋を渡ると陸にたどり着きます。すぐに宇治神社への参道。その前に、右へ曲がって、朝日焼窯芸資料館の先にある琴坂まで行きます。ここは紅葉山公園の入り口でもあり、道元禅師が帰国後最初の禅道場とした興聖寺への参道でもあります。美しい紅葉のアーチを気持ち良く上ると、興聖寺境内に至ります。少し中国らしさを持つ門、静かな佇まい。ここは雅よりも人を避けて木々の間に寺を結ぶ意志を感じます。こういう宇治もあります。

道を戻って、今度は宇治神社へ。その奥には宇治上神社が控えています。宇治の産土の神として信仰を集め、特に宇治上神社は現存する最古の神社建築として名高いものです。この付近は木々も多く、ゆったり歩くこと自体を楽しめます。また、宇治市源氏物語ミュージアムへも近いです。かなりモダンな建築ですが、源氏物語宇治十帖を中心に初心者にも楽しめる配慮を重ねています。源氏物語ミュージアムにあまり関心がないようでしたら、宇治川沿いの道まで再び降りて、京阪宇治駅方面への散歩も出来ますが、自動車もよく通る道です。車がうるさいようなら末多武利神社の前を通る、一つ上の細い道を歩く手もあります。その道も、やがて車道に合流していきます。

宇治川沿いの道を進んだら、駅に至る手間でそれて、石段を上りましょう。源氏物語ミュージアムを見たなら、京阪駅前の通圓を通り過ぎ、宇治川まで戻ってからになります。石段を上り終えれば、放生院(橋寺)。宇治橋の管理のために建立された、聖徳太子ゆかりのお寺。見晴らしよく、落ち着いた境内です。宇治橋の由来を記した石碑の他に、大きな地蔵菩薩も有名。ここを降りて下界に至れば、始点となった通圓と京阪宇治駅はすぐです。

なお、JR宇治駅方面にも有名な宇治茶の店(かんばやし辻利中村藤吉本店など)が並びます。たとえば、橋寺から始めて宇治神社・宇治上神社を見、中洲を渡って平等院と県神社を拝観して、JR宇治駅近辺の商店街を最後に散策する手もあります。中村藤吉本店でお茶を味わい、落ち着いたところで帰るのも楽しいですね。

宇治という場の力

平地と丘をうまく利用して雅を極めた平等院に対して、川を挟んだ反対側、少し高くなり木々も繁る中に産土の神を祀る宇治神社・宇治上神社。素朴で古拙かつ力強い生命力が漲っている神社と、その地の力を集めて永い栄華を願う寺の驚くべき対照(平等院の総鎮守社、県神社の持つ力強さは、実に平等院を守っていて、池とともに鳳凰堂は創建以来の姿をとどめている!)。

いずれにせよ、このあたりを歩くと、命の力が活性化していくような印象が強いのです。東山三十六峰のエナジーはやはりここまで続いているのでしょうか。そして、生命力があることを感じ取ってなのか、宇治茶が盛んになり、その茶を飲む人がさらに宇治の名を讚えていく、これはとても面白い構図です。栄西禅師から明恵上人に渡ったわずかな茶の種が、高山寺から宇治へと連なる流れには、命の力の脈を感じるとさえ言いたくなります。そう思えば、この街ののどかさ(あえていえば田舎臭さ)に宿る力を、歴史上の多くの人が見抜いてきており、自分もその末席にいるような気分のまま、夕暮れの宇治を後に洛中へと戻っていく。そういう見方も楽しいのではないでしょうか。