伏見院 ふしみのいん 文永二〜文保一(1265-1317) 諱:熙仁(ひろひと)

後深草天皇の第二皇子。母は洞院実雄のむすめ玄輝門院。後伏見院花園院・寛性法親王・恵助法親王・尊円親王朔平門院章義門院・延明門院・進子内親王ほかの父。持明院統・大覚寺統略系図
建治元年(1275)、十一歳のとき大覚寺統の後宇多天皇の皇太子となり、弘安十年(1287)、二十三歳で践祚。翌年、西園寺実兼の長女(のちの永福門院)を娶り、中宮とする。正応元年(1288)三月、藤原経子の腹に胤仁親王(のちの後伏見天皇)が生まれ、中宮の養子とした。同二年四月、胤仁親王を皇太子とする。同三年二月、院政を敷いていた後深草院が出家し、以後は伏見天皇が親政をとった。翌月、内裏に武士数人が乱入する事件が起こったが、危うく難を逃れた(浅原事件)。永仁六年(1298)、子の後伏見天皇に譲位、院政を敷く。しかし二年後の正安三年(1301)、大覚寺統と鎌倉幕府の交渉により後伏見天皇は大覚寺統の後二条天皇に譲位、院政は後宇多院の手に移った。延慶元年(1308)、子の花園天皇が即位して再び治天の君となる。
少年期より和歌を好み、東宮時代、飛鳥井雅有楊梅兼行世尊寺定成ら歌人を側近とした。その後、弘安三年(1280)より出仕した京極為兼を師範とする。天皇位にあった永仁二年(1294)、勅撰集の編纂を企図し、為兼・雅有・二条為世・九条隆博に撰進を命じたが、撰者間の対立があって編集作業は進まず、しかも為兼は永仁六年に失脚して佐渡に流され、撰集は中断を余儀なくされた(この間、大覚寺統の後宇多院の院宣により、藤原為世が『新後撰集』を奏覧した)。院政を執ったのち、再び勅撰集編纂を企画し、応長元年(1311)、為兼に単独撰進を命ずる。正和元年(1312)、十四番目の勅撰集『玉葉和歌集』として奏覧。正和二年(1313)、出家して院政を後伏見院に譲る。文保元年(1317)九月三日、崩御(五十三歳)。
為兼・永福門院と並ぶ京極派歌人の代表的存在。『玉葉集』『風雅集』いずれも最多入集歌人。和歌三千余首を自ら編集した自筆の御集が存在したが、数首ずつ切り離され、「広沢切」と呼ばれる古筆切として今に伝わっている。和歌のほか琵琶・蹴鞠・書などにも秀でた。

京極為兼は執拗なまでの観察と内省から研ぎ澄まされた心象風景を描出する京極派和歌の方法論を確立したが、伏見院はそこに柔らかみ・ふくらみを与えて、さらに新たな歌境を拓いたように見える。王者としての風格はおのずから歌柄を大きくし、叙される風景は「天地の心」を「受くる」がごとく息を吹き込まれ、生動する。
  白雲はゆふべの山におり乱れなかば消えゆく峰の杉むら
  浦風は湊のあしに吹きしをり夕暮しろき波のうへの雨
  のどかにもやがてなり行くけしきかな昨日の日影けふの春雨
移ろいゆく自然の種々相は、平安を祈りつつ天を治める院の大御心に寄り添うように、明るいのどけさのうちに収まってゆくのである。

勅撰集収載歌、『伏見天皇御集』、「広沢切補遺」(次田香澄「京極派和歌の新資料とその意義」所収)より100首を選んだ。また岩佐美代子『京極派和歌の研究』『京極派歌人の研究』を参考とした。詞書等はおよそ省略した。
注釈付きテキスト(工事中)

         神祇 釈教

春 15首

春きぬと思ひなしぬる朝けより空も霞の色になりゆく(玉葉)

のどかにもやがてなり行くけしきかな昨日の日影けふの春雨(玉葉)

山の端も消えていくへの夕霞かすめるはては雨になりぬる(玉葉)

いつはとも心に時はわかなくに遠の柳の春になる色(風雅)

かすみゆく波路の舟もほのかなりまつらが沖の春の明けぼの(玉葉)

知られずも心のそこや春になる時なる頃と花の待たるる(玉葉)

花よいかに春日うららに世はなりて山の霞に鳥の声々(玉葉)

山桜この夜のまにや咲きぬらし朝けの霞色にたなびく(玉葉)

春をうくる時のこころはひとしきを柳桜のおのがいろいろ(御集)

ひととせはみな春ながら過ぎななむのどかに花の色もみるべく(玉葉)

枝もなく咲きかさなれる花の色に梢もおもき春の曙(風雅)

花のうへの暮れゆく空にひびき来て声に色ある入相の鐘(風雅)

道の辺や木の下ごとのやすらひに待つらん花の宿や暮れなん(玉葉)

飛ぶ鳥の送りのつばさしをるらし雲路雨なる春の別れに(玉葉)

弥生の末つかた、梢あをみわたりて雨ふりけるを御覧じて

春とてや山郭公なかざらん青葉の木々のむらさめの宿(玉葉)

夏 7首

鳴きぬべき夕暮ごとのあらましに聞かでなれぬる郭公かな(玉葉)

こぼれ落つる池のはちすの白露はうき葉の玉と又なりにけり(玉葉)

風はやみ雲の一むら峰こえて山見えそむる夕立の跡(玉葉)

月や出づる星の光のかはるかな涼しき風の夕やみの空(風雅)

涼みつるあまたの宿もしづまりて夜更けてしろき道の辺の月(風雅)

ほかにのみ夏をば知るや滝つ瀬のあたりは秋のむら雨のこゑ(玉葉)

あしの葉にひと夜の秋を吹きこして今日より涼し池の夕風(玉葉)

秋  15首

我もかなし草木も心いたむらし秋風ふれて露くだるころ(玉葉)

山風にもろき一葉はかつおちて梢秋なる日ぐらしのこゑ(玉葉)

秋よ今のこりのあはれ措かじとや雲と風との夕暮の時(御集)

なびきかへる花の末より露ちりて萩の葉白き庭の秋風(玉葉)

秋風は遠き草葉をわたるなり夕日の影は野辺はるかにて(風雅)

秋風のさむくしなれば朝霧の八重山こえて雁も来にけり(玉葉)

うちむれて天飛ぶ雁のつばさまで夕べにむかふ色ぞかなしき(風雅)

つれて飛ぶあまたのつばさ横切りて月の下ゆく夜半の雁がね(風雅)

更けゆくは虫の声のみ草にみちて分くる人なき秋の夜の野辺(玉葉)

にほひしらみ月の近づく山の端の光によわる稲妻のかげ(風雅)

宵の間のむら雲つたひ影見えて山の端めぐる秋のいなづま(玉葉)

まだ暮れぬ空の光と見る程にしられで月の影になりぬる(玉葉)

露をみがく浅茅が月はしづかにて虫の声のみさ夜ふかき宿(玉葉)

明けぬるか分けつる跡に露しろし月のかへさの野辺の道芝(玉葉)

山風も時雨になれる秋の日にころもやうすき遠の旅人(風雅)

冬  5首

夕暮の雲とびみだれ荒れて吹く嵐のうちに時雨をぞ聞く(玉葉)

山あらしの杉の葉はらふ明けぼのにむらむらなびく雪のしら雲(玉葉)

ふりつもる色より月のかげになりて夕暮みえぬ庭の白雪(風雅)

星きよき夜半のうす雪空晴れて吹きとほす風を梢にぞ聞く(玉葉)

年暮るる今日の雪げのうす曇あすの霞やさきだちぬらん(玉葉)

賀  2首

祝言

民やすく国をさまりて天地のうけやはらぐる心をぞ知る(御集)

寄国祝

世々たえずつきて久しく栄えなん豊芦原の国やすくして(玉葉)

旅  3首

足引の山松が根をまくらにてさ()る今宵は家し忍ばる(玉葉)

舵枕一夜ならぶる友船もあすの泊りやおのが浦々(玉葉)

立ちかへる月日やいつをまつら船行方もなみの千重に隔てて(玉葉)

恋  19首

風の音の聞こえて過ぐる夕暮にわびつつあれど問ふ人もなし(玉葉)

あればある命もさすが限りあれや又ひときはの思ひそふ頃(玉葉)

なれし世の名残もさすがありけんと忍ばれそめし頃も恋しき(玉葉)

それをだに思ひ醒まさじ恋しさのすすむままなる夕暮の空(風雅)

思ふ人こよひの月をいかに見るや常にしもあらぬ色にかなしき(風雅)

涙だに思ふが程はこぼれぬよあまりくだくる今の心に(風雅)

思ひ思ひ涙とまでになりぬるを浅くも人のなぐさむるかな(風雅)

浦がくれ入江に捨つる(われ)舟の我ぞくだけて人は恋しき(玉葉)

あくがるる(たま)の行くへよ恋しとも思はぬ夢にいりやかぬらん(玉葉)

いづくにも秋の寝覚の夜さむならば恋しき人もたれか恋しき(玉葉)

我も人も恨みたちぬる中なれば今はさこそと哀れなるかな(玉葉)

いくたびの命にむかふ嘆きして憂き果てしらぬ世を尽くすらん(玉葉)

堪へずならん身をさへかけて悲しきはつらさをかぎる今の夕暮(玉葉)

こぼれおちし人の涙をかきやりて我もしほりし夜半ぞ忘れぬ(玉葉)

そのままに添はまし見ましいたづらにをしや哀れやよその年月(玉葉)

涙こぼれ心みだれて言はれぬに恨みのそこぞいとど苦しき(玉葉)

恋しさになりたつ(うち)のながめには面影ならぬ草も木もなし(風雅)

鳥のゆく夕べの空よそのよには我もいそぎし方はさだめき(風雅)

雑  30首

あはれにもおのれうけてや霞むらん()がなす時の春ならなくに(風雅)

忘れずよみはしの花の木の間より霞みて更けし雲の上の月(玉葉)

花鳥の情はうへのすさびにて心のうちの春ぞ物うき(風雅)

夏草のことしげき世にみだされて心の末は道もとほらず(風雅)

月の入る枕の山は明けそめて軒端をわたるあかつきの雲(玉葉)

長き夜もはや明けがたや近からし寝覚の窓に月ぞめぐれる(玉葉)

山本の田の面よりたつ白鷺の行く方みれば森の一むら(風雅)

遠方の山は夕日の影はれて軒端の雲は雨おとすなり(風雅)

白雲はゆふべの山におり乱れなかば消えゆく峰の杉むら(玉葉)

さ夜更けて宿もる犬の声たかし村静かなる月の遠かた(玉葉)

響きくる松のうれより吹き落ちて草に声やむ山の下風(玉葉)

田の面より山もとさして行く鷺の近しと見ればはるかにぞ飛ぶ(玉葉)

寺深き寝覚の山は明けもせで雨夜の鐘の声ぞしめれる(風雅)

夜の雨に心はなりて思ひやる千里の寝覚ここにかなしも(風雅)

浦風はみなとのあしに吹きしをり夕暮しろき波のうへの雨(風雅)

御譲位の日、おまへの萩のわづかに咲きそめたるを折らせ給ひて、大納言三位、里に侍りけるにつかはさせ給ひける

咲きやらぬ籬の萩の露を置きて我ぞうつろふももしきの秋(玉葉)

山家鳥

山陰や竹のあなたに入日おちて林の鳥の声ぞあらそふ(風雅)

一渓雲鳥

雲鳥もかへる夕べの山風に外面の谷のかげぞ暮れぬる(玉葉)

夜路

更けぬるか過ぎゆく宿もしづまりて月の夜道に逢ふ人もなし(玉葉)

雨中灯

雨の音の聞こゆる窓はさ夜更けて濡れぬにしめる灯し火のかげ(玉葉)

夜神楽

星うたふ声や雲ゐにすみぬらん空にもやがて影のさやけき(新拾遺)

夕鐘 (二首)

鐘の音をひとつ嵐に吹きこめて夕暮しをる軒の松風(風雅)

ならびたつ松のおもては静かにて嵐のおくに鐘ひびくなり(風雅)

 

いたづらにやすき我が身ぞはづかしき苦しむ民の心おもへば(玉葉)

愁へなくたのしみもなし我が心いとなまぬ世はあるにまかせて(風雅)

何しかも思ひみだるる露ふかき野辺の小萱のただ仮の世を(玉葉)

なさけある昔の人はあはれにて見ぬ我が友と思はるるかな(玉葉)

夢はただぬる夜のうちのうつつにて覚めぬる後の名にこそありけれ(玉葉)

遊義門院かくれさせ給ひて後、後深草院の御忌日に法花堂へ御幸ありてよませ給うける

去年(こぞ)までは分けこし友も露と消えて独りしをるる深草の野辺(玉葉)

室町院かくれ給ひて後、持明院に御幸ありて紅葉を御覧じてよませ給ひける

心とめしかたみの色も哀れなり人はふりにし宿のもみじ葉(風雅)

釈教  1首

涅槃の心

けふはこれ半ばの春の夕霞きえし煙の名残とやみん(玉葉)

神祇  3首

そのかたちその草木まで全くして神の心はなほ盛りなり(御集)

神やしる世のためとてぞ身をも思ふ身のためにして世をば祈らず(新拾遺)

もとがしは神のすごもにふりそそぎ白酒(しろき)黒酒(くろき)御酒(みき)たてまつる(御集)


更新日:平成15年03月21日
最終更新日:平成15年03月21日