首夏 しゅか The beginning of summer

鎌倉 夏

立春・立秋の歌の多さに比べ、立夏・立冬を主題とする和歌は寥々たるものだ。復活の季節である春、収穫の季節である秋とは異なり、夏・冬は諸手を挙げて歓迎するような季節ではなかったのであろう。もとより夏の到来を詠む和歌は無数にあるけれども、題に「立夏」を用いることはごく稀で、普通「首夏」(初夏、あるいは陰暦四月の異称)を用いた。

『玉葉集』  首夏の心をよみ侍りける  西園寺実兼

花鳥のあかぬわかれに春くれてけさよりむかふ夏山の色

玉葉集夏の巻頭を飾る歌である。夏の始まりの朝、山の色に着目した趣向は異色と言える。一般に勅撰和歌集の夏部の初めには、更衣(ころもがえ)の歌や時鳥(ほととぎす)を待つ歌を並べたものであった。

『後拾遺集』  四月ついたちの日よめる  和泉式部

桜色に染めし衣をぬぎかへて山ほととぎす今日よりぞ待つ

『新続古今集』  更衣の心を  後花園院御製

今朝よりは袂も薄くたちかへて花の香遠き夏衣かな

惜春の情をなお引きずりながらも、きりりと心引き締めて夏を迎えるような歌々だ。初夏はまことに爽やかな快い季節であるが、田植えを迎える時期にあたり、皇族・貴族もまた緊張感のうちに身心を浄めて夏の到来に相対したことが偲ばれる。
万葉集の名高い持統天皇御製、

春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天の香具山

にしても、初夏の景を鮮明に歌い上げる中に、施政者かつ祭祀者としての天皇の覚悟と深慮が籠められているに違いない。

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   『万葉集』 (四月一日掾久米朝臣広縄之館宴歌) 大伴家持
卯の花の咲く月立ちぬほととぎず来鳴きとよめよふふみたりとも

   『貫之集』 (天慶五年亭子院御屏風の料に歌) 紀貫之
花鳥もみなゆきかひてむばたまの夜のまに今日の夏はきにけり

   『拾遺愚草』 (首夏) 藤原定家
あはれをもあまたにやらぬ花の香の山もほのかにのこる三日月

   『続古今集』 (首夏の心を) 宗尊親王
花ぞめの袖さへ今日はたちかへてさらに恋しき山桜かな

   『風雅集』 (首夏を) 後伏見院
春くれし昨日もおなじ浅緑けふやはかはる夏山の色

   『草根集』 (首夏) 正徹
見しやいつ開きちる花の春の夢覚むるともなく夏はきにけり

  『後水尾院御集』 (首夏) 
夏来てはひとつ緑もうすくこき梢におのが色は分かれて

  『晩花集』 (首夏) 下河辺長流
花の色にまだ染めざりし白妙のはじめにかへす夏衣かな

  『別離』 若山牧水
音もなく人等死にゆく音もなく大あめつちに夏は来にけり

  『酒ほがひ』 吉井勇
夏は来ぬ相模の海の南風(なんぷう)にわが瞳燃ゆわがこころ燃ゆ


公開日:平成18年1月26日
最終更新日:平成18年3月8日

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