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chocolat et cafe



はぁ〜。
もう何回目だろう。
はぁ〜。
どうしよっかな。チョコレート。
やっぱりあげた方が感じいいのかな。
でも、嬉しいのかな、彼。
はぁ〜。


「ねぇ、紗和。なーにさっきからため息ついてんのさ」
「……あ、恵美ちゃん」
「どした?氷室と喧嘩でもした?それとも女でもっているわけないか、あいつに」
「喧嘩はしてない。浮気もされてない。はぁ〜」
「じゃ、なに?ゆってごらん、おねーさんに」
「はぁ〜」
「あーもううっとおしいっ!!」

わたしがろくに返事もしないままため息ばかりついてたから、気の短い恵美ちゃんにいつもの喫茶店に拉致されるはめになっちゃった。で、いろいろ聞かれちゃったんだ、わたしがうっとおしくため息をついてた訳を。


明日はバレンタインデー。
みんなが学校にチョコを持ってくる日。
で、どきどきしながら好きな子に渡す日。

去年はほんっとうにどきどきしながら初めてのチョコレートを零一くんにあげた。で、彼もちょっと顔を赤くしながら受取ってくれて、家でちゃんと食べてくれたらしい。でも、チョコレートはわたしのだけじゃなくて、紙袋にどっさり他の女の子からも押付けられてた。もちろん直接渡された分には一つ一つ丁寧に断ってたけど、机の中とか上とかロッカーとかクラスの男子に代理で渡されたものなんかは相手がわからないだけに返品できなくて、それだけでもかなりの量だったのだ。
あれどうしたんだろう。まさか全部食べたりしないだろうし、捨てるなんてこときっと彼にはできそうもないし。

そう思ったら彼女だからってわたしから1個くらいもらっても、嬉しくないのかもしれないなんて思ったの。だって一応わたしがあげた時は嬉しそうな顔をしてくれたけど、チョコレート自体は特別好きじゃないみたいだし。デートなんかでお店に入っても飲む珈琲はいつも砂糖なしのブラックだし、甘いのは苦手だって言ってたし。


で、さっきのため息。


「なーんだ、そんなことか」
「そんなことって……でも」
「生徒会長、しっかりなさい。氷室はね、あんたがくれたもんなら例え食べたら死ぬってわかってても食べるよ」
「何よそれ」
「だからさ、気にせずにあげりゃーいいじゃん。年に一度くらい甘いもん食べさせてやりな」
「いいのかなー」
「だってあんた彼女でしょ。でもって氷室はあんたの彼氏。だったらあげない方が不自然だって。わかったらチョコ買いに行こう。どうせ考えすぎて買ってないんでしょ。ほらほら。ここおごったげるから」
「……ありがとう、恵美ちゃん」
「どおいたしまして。いつも元気な会長がお悩みのご様子でしたからね」
「そだね、いつも元気だもんね、わたし」
「そうそう。そんなあんただから氷室と付き合ってる」


何だか恵美ちゃんとお茶していろいろ話てる内に、考えすぎてた自分がばかばかしくなっちゃった。だって、わたしは零一くんの彼女なんだし、零一くんはわたしの彼氏なんだもん。それになんてったってわたしは零一くんが好きなんだから、悩む前にちゃんと気持ちを伝えなきゃね。

相談したのが13日でよかった。まだデパートに買いに行く時間が残ってる。
あんまり甘くなさそうなチョコレートを選びに行こう。
そしてブラックコーヒーと一緒に食べてもらおう。

「行こうか、恵美ちゃん」
「そうこなくっちゃ」
「うん」



「零一くん、明日の放課後生徒会室で待ってるね」
「ああ、しかしいつもだろう?」
「まあそうなんだけど。明日何の日か知ってる?」
「…………あっ」
「そう、バレンタインデー。だから6時間目終わったらすぐ生徒会室に来て。わたしもすぐ行くから」
「……はぁ〜」
「どうしたの?」
「明日は休みにしてもいいだろうか」
「はぁ?」
「嫌なんだ。追いかけられるし、いちいち断るのも実は心苦しい」
「じゃぁ、じゃぁね、こうしようよ。明日一緒にさぼろう。一緒にいたいから」
「君までそれは……」
「いいの、決めたの。朝学校に電話したら10時くらいに零一くんちに行くから。待ってて」
「ああ、では待ってる」

あの優等生で皆勤賞の零一くんが登校拒否。
よほど毎年困ってるんだろうな。
わたしが知らないだけで、きっと中等部の頃からずっとなんだろう。
でもまじめだから今まで休むなんて思いもよらなかった、と。
それが今年はどうしちゃったのかな。

まあいいや。学校をサボったっていう引け目はあるけど、二人で過ごせるんだもの、これ以上はないよね。



今日で3回目の零一くんち。
いつ見ても大きくて静かな家。ウチとは大違い。中身だってウチとは全然違って立派な洋館で、中には大きなぴかぴかのピアノが一台防音室に鎮座していて、何と言うか由緒正しい家なんだよね。まあ、本人は言わないけれど、結構お坊ちゃまなのかなーって時々思う。そうしたらこんなばりばり庶民のわたしと付き合ってても大丈夫なのかなとか、ホントはどこかに赤ちゃんの頃からの許婚なんて人がいたりしてってことも思っちゃう。

「おはよ」
「ああ、おはよう。電話はしたのか?」
「うん、ごほっげほっていいながらしたよ。風邪引きましたって」
「そうか、俺は足をひねったことにした」
「じゃあどこにも行っちゃいけないね、見られたらバレバレだ」
「そうだな、君も風邪で寝てるはずだろう」
「うん」
「しかし、どう見ても元気そうだぞ。入って。コーヒーでも淹れよう」
「うん、あまーいカフェオレにしてね」
「ミルクたっぷり?」
「そうそう、ミルクたっぷりのコーヒー牛乳を一つ」
「了解」

よかった、零一くんが楽しそうで。
実はちょっと心配だったんだ。
昨日話した時、ちょっと声が淋しそうだったから。

昨日恵美ちゃんと一緒にデパートに行って、人の波をかきわけてやっとこさ買ってきた甘くないチョコレート。去年のチョコレートはちゃんと食べてくれたのかな、それとも苦手だから食べなかったのかな。まあ今更聞けるわけないか。

リビングのソファに座らされて、待つこと15分。
笑顔の零一くんがマグカップにわたしのコーヒー牛乳と自分のブラックコーヒーを淹れてきてくれた。そのうちにね、ちゃんと豆から淹れてくれる彼のコーヒーをミルク無しで飲んでみたいのだけど、苦くてまだ飲めない。でも、いつか飲むの。これはささいなわたしの野望。だってとってもおいしそうに彼は苦いコーヒーを飲むんだもん。

「紗和、今日はどうする?」
「うーん、とりあえず忘れない内に渡したいものがあるの」
「何?」
「チョコ」
「ああ、バレンタインだからな」
「でも嫌いなんでしょ?」
「嫌い……かな。でも紗和がくれるチョコだけは食べる」
「じゃあ、去年も食べた?」
「食べた。すごく甘かったけど、がんばって全部食べた。1日1つずつだけど」
「そうなんだ、ありがとう。今年のは甘くなさそうなのを選んだの」
「ありがとう、頂いてもいいだろうか?」
「うん、いいよ」


あははっ、1日1つ食べたんだ。
去年のはトリュフを確か9つ。
ってことは14日から毎日食べて9日間。

きっと少し顔をしかめながら、こうやってブラックコーヒー片手に毎日食べてくれたんだろうな。
甘過ぎるとかなんとか言いながら。

「どう?」
「ああ、去年よりは大丈夫だ、1日2個はいけるだろう」
「零一くんって……」
「何だ?」
「何でもない、秘密。食べたらピアノ弾いて。聞きたい気分なの」
「……構わないが」

釈然としないって顔に書いてあるよ。
でも『かわいい』なんて言ったらさすがに嫌がるでしょ、だからこれはわたしだけの秘密。

あんまり零一くんがかわいいから、二つ目のチョコに手を伸ばした彼の耳元で、とっておきの言葉を囁いた。
とたんに真っ赤になった彼は、慌ててコーヒーでチョコを飲みこんだ。

来年も、再来年もチョコあげるからね。
だからわたしのだけはちゃんと食べてね。
年に1回だけでいいから。
ね、大好きな零一くん。
約束よ。



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