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花火よりもなによりも



「零一くん、今週の日曜日花火大会だよね」
「そういえばそうだな」
「……行かない?」
「どこに?」
「花火大会」
「……」
「あ、ごめん。忙しいよね。聞かなかったことにして、独り言独り言」
「あ、ああ」
「じゃあまた明日電話するね」
「ああ、おやすみ」




3年生の夏休みはあってないようなもの。はばたき学園は大学の付属ではないため、どこかを受験しなくてはならない。昔から言われるように夏休みはその大学受験の天王山、らしい。紗和も俺もなんとなく追いたてられるように予備校の夏季講習を受けてみたり、模試を受けてみたりでろくにデートもできやしない。

なので最近は毎日近況報告も兼ねて、就寝前に携帯で会話をすることの方が多くなった。
予備校で会うことはできるし、もちろん受験の合間には生徒会の仕事だってある。だから、物理的に会う時間が無い訳じゃない。むしろ、それなりに顔を合わせている方だと思う。

だけど何かが足りないんだ。



さっき切れたばかりの携帯をベッドに寝転んだまま頭上にかざしながら、紗和は今頃何をしているのかと考える。俺のことを考えていてくれるのだろうか、それとも受験勉強で頭が一杯とか、友達のことを思い浮かべているんだろうか。
俺は今この瞬間、紗和のことだけを考えているんだけど。
君はどうなんだろうな。


はばたき市の花火大会は毎年年を追うごとに派手になり、子供の頃に比べると各段に人が集まるようになった。人ごみを歩くのが好きではないので、このところめっきり行かなくなったが遠くからでも綺麗なものだ。それを自宅の窓から垣間見るよりも、もっと近くで見たらやっぱりずいぶんと違うのだろう。
紗和はああいうの好きそうだ。どっちつかずな返事をしてしまったが、もう一度こちらから誘ったらきっと喜ぶんだろうな。ひとごみはごめんだと思うけれど、それよりも紗和が喜んでくれるなら少しくらい我慢しよう。



「紗和?」
「えっ?あれ、どうしたの?まだ何かあったの?」
「花火…………見に行くか?来週の」
「いいの?すっごい人ごみらしいよ。そう言うの嫌いなんじゃなかったっけ?」
「紗和が見たいなら俺も見たいと思っただけだ。どうする?行くのか?」
「行くっ!絶対浴衣着てくから楽しみにしてて」
「そうか、よかった。では5時に駅前広場の噴水の前で待ってる」
「うん!楽しみにしてる」
「おやすみ」
「おやすみなさい」



紗和の笑顔が見えるようだ。
携帯からでも伝わってくる君の気持ち。
たったこれだけで俺まで嬉しくなってくる。



紗和と約束してからの1週間はあっという間だった。
花火大会に行ったことがなかった訳ではない。昨年も一昨年もいつも4人ではばたき山の遊園地から眺めていた。多少離れているため、恐ろしく人ごみに揉まれることもない代りに、今一つ迫力には欠けていた。それよりも何よりも『4人』だから、今回のような二人だけの花火デートではない。

もしも車を運転できるなら、はばたき山の展望台が中々いいらしいのだが、如何せんまだ免許がない。いつか免許を取ったら毎年そこまでドライブして、二人でゆっくり見てみたいと思う。
だが、とりあえず今年の花火だ。



日曜日、まだ4時半を回ったばかりだというのに駅前広場はやけに人が多い。皆これから待ち合わせて海まで行くのだろうか。早く来すぎたと思うが、それでも紗和を待つ時間はとても楽しい。今日は浴衣を着て来ると言っていたが、途中で転んだりはしていないだろうか。
ああ見えてかなりそそっかしいと言うか、おっちょこちょいと言うか、どことなく危なっかしいから。


「零一くん」
「あ、紗和」
「ちょっと早いと思ったけど、待たせちゃったね」
「いや、いいんだ。浴衣……か」
「どう?」
「いいんじゃないか」
「えへへっ、今年買ったばっかで今日初めて着てみたの」
「じゃあ行こうか」
「うん」

素足に下駄ばきの彼女の指先がほんのり赤い。
アップにした首筋は日焼けしてなくてまぶしい。
隣を歩く彼女からほんのり漂ってくる甘い匂い。



「やっぱり人多いね」
「ああ、そうだな。手を離すなよ、迷子になる」
「うん。あ、そうだ」
「どうした?何か食べたいのか?」
「ちがーうっ!来年も…………」


何か言い掛けた紗和の声を遮るように、大きな花火が上がった。そしてしばらく止まらない。彼女の手をぎゅっと握ったまま、きらきらした瞳で花火を見上げる紗和の横顔をそっと盗み見る。
一々小さな歓声を上げながら、花火を楽しむ君がいとおしくて、思わず浴衣の肩に手を伸ばした。

「来年も一緒に花火を見よう、紗和」
「えっ?何?聞こえない?」
「大好きだ、紗和」

今君は大輪の花火に夢中でこっちの話が耳に入らないらしい。
ばかばかしいと思うけれど、そんなに花火ばかり見ていられたら花火にまで妬きそうだ。



でも、いいんだ。
今年の花火よりも何よりも俺は君が好き。

人ごみにも関わらず、届かない声の代りに少し紅潮したほっぺたに小さくキスをした。



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