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中くらいの幸せ



お正月の朝10時。
零一くんから昨日電話があって初詣に行く約束をした。家族と一緒に行かないのって初めてかも、それも『彼氏』と行くなんて嬉しすぎ。だからがんばって朝8時に起きてお雑煮を食べて、お母さんに手伝ってもらってお振袖を着てみました。零一くん、どんな顔するかなー、誉めてくれるかなー。

ドキドキしながら待ってたら時間ぴったりに玄関のチャイムが鳴った。
あ、零一くんだ。

「はーい」

ドアを開けると……あれ?
零一くんは?


「やっ!おめでとう」
「よう、おめっとさん!」
「なんであなた達なの?わたし約束してないよ」
「れーいちなら、あそこで拗ねてるけど」
「え……零一くんが?」

益田くんが指さす方を見たら、玄関先の門柱に寄りかかって不機嫌そうな零一くんがいた。うわー、なんでスーツ。あ、お正月だからちゃんとした格好してみたのか、へえ、でもカッコいいからいいや。

「零一くん、明けましておめでとう。今年も……!」
「危ないっ!」
「ご、ごめん」

着物着てるのをうかり忘れていつもみたいに歩いたら、転びそうになっちゃった。でもちゃんと零一くんが手を差し伸べてくれたから助かっちゃった、朝からちょっと得したかも。

「あー、明けましておめでとう紗和。……着物似合ってるな」
「ありがとう、スーツカッコいいよ」
「ありがとう」

「おいおい、お二人さん。邪魔して悪いけどそろそろ初詣行こうぜ」
「あんた達は熱いかもしんないけど、わたしら寒いよ〜」
「勝手にしろ」


あらら、なんだかすごーく不機嫌だわ。
どうやら強引について来られたって感じなのかな。

「ねえ、あの二人は?」
「家の前にいたんだ。そして勝手についてきた。はなはだ迷惑だ」
「そおなんだぁ、じゃあ4人で行こっ!」
「いいのか?」
「うん、大勢だと楽しいでしょ」
「……紗和が構わないなら、俺は従う」

本当はわたしだって二人で行きたかったけど、もうついて来てるんだし仕方がないじゃない。だから今回はこのまま行こうって言ってみた。零一くんも二人で行きたかったみたいだけど、わたしがいいならってことで大幅に妥協してくれたみたい。
でもね、彼がわたしに小さな声で言ったの、「隙を見てあいつらをまこう」って。だから、わたしも「うん、がんばろうね」って答えてあげたの。そうしたら、零一くんは今日初めてにっこり笑ってくれた。

「行くぞ、お前らも」
「「「はーい」」」
「紗和、手を貸しなさい。転ぶと危ない」
「うん」

開き直ったのか零一くんは自分から手をつないでくれて、お正月の澄んだ空気の中を近所の神社まで歩いていく。後ろに二人いるんだけど、そんなことどうでもいいや。だってわたしには不器用だけど優しい零一くんがいるんだもんね。


「ねえ、零一くんは何てお願いしたの?」
「秘密だ」
「ずるーい!」
「はははっ、なら紗和はどうなんだ?」
「じゃあわたしも秘密にする」
「ずるいぞ」
「おあいこだよ〜っだ」

思ったより人が多くて大変だけど、着物を着てるせいなのかずーっと零一くんが手をぎゅっと握ってくれてるから、安心して歩ける。たぶん一人だったら5回くらいなんでもないところでつまづいたんだろーなー、きっと。大きくてごつごつして骨ばった手、少しだけひんやりした長い指。

おみくじを引いたところで零一くんの顔が近づいてきちゃった。ちょ、ちょっと待って、こんなに人がいるのに、だめよ、だめだってばっ!
「紗和、逃げるぞ」
「はへっ?」
「行こう」
「ひゃい」


ぐいっと手を握られてそのままわたしは零一くんの方によろめいてしまった。でも平然とした顔でそのままずんずん人ごみを掻き分けて進んでいく。ちょ、早いよ〜、足がもつれちゃうっ。あ、だめ。転ぶ。

と、思ったらわたしはふわりと浮いていた。

「落ちついてくれ、紗和」
「だめだよ、下ろして」
「嫌だ。このまま走ってもいいか?」
「えーっ!!」

人ごみが途切れたところでさっとわたしを抱き上げると、平然とした顔ですごいことを言う。このまま走るなんて、無理無理絶対無理。だって今日は着物着てるからいつもよりかなり重いんだし、だいたい体育だけ3でしょー!


あー、だめだ。
気失いそう。
しばらくこの辺に近寄れない。


誰もいない公園に辿り着いたところでやっと零一くんから解放されたけど、やっぱりすごい汗かいちゃってるし。肩で息してるし。絶対、明日体が痛いよ。

「もう、無茶なんだからっ!」
「仕方ないだろ、君はあのままだったら確実に転ぶ。それにこの方が早い」

ようやく息を整えた彼は一気にそこまで言うと、ささやかなベンチに文字通りへたりこんでしまった。
そんな零一くんのためにわたしは自動販売機でホットのウーロン茶を買って差し出した。
「零一くん、はい」
「ありがとう。紗和が先に飲むといい」
「零一くん先に飲んだ方がいいって。喉乾いてるでしょ。あ、でも熱いから気を付けて」
「ああ、では失礼して」

せっかくのスーツも台無しになっちゃったね。
ネクタイを片手で緩めてワイシャツの第一ボタンをこれまた器用に外して、熱いウーロン茶をごくごくと飲んでいる。あー、なんだか男の人なんだなーって今日初めて意識しちゃった。

「楽しかったよ、今日」
「えっ?」
「だから、さっきの。すっごいドキドキしたけど楽しかった」
「ごめん、あんなことしてせっかくの着物が台無しだな」
「そっちこそ、せっかくのスーツが台無しね」
「お互い様、か」
「そうね、おあいこね」


こんなにドキドキしたお正月なんて初めて。
そしてこんなに楽しかった初詣も初めて。

「零一くん」
「ん?」

唐突に彼にキスしたくなって、わたしの方を向いた彼の唇に自分からキスしちゃった。
ちょっとだけウーロン茶の味がした。

「あのね、わたしの願い事はね、零一くんとずっと一緒にいることよ」



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