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Happy Happy Birthday!(後編)



彼女が無防備なのかそれとも全くもって無知なのか、俺は時々考えてしまうことがある。もちろん、いつもいつも彼女とキスしたことばかり考えているわけじゃない。むしろ、考えないようにしているのだ、本当は。

修学旅行で思いがけず彼女にキスしたが、それ以来一度もしていない。チャンスがなかった訳ではない、作ろうと思えばいくらでも口実くらい見つけられた。だが、できなかった。

彼女の方もなんとなくそういう雰囲気になりかけると、ごまかすように違う話をしたり、どこかに行ってしまったりして、うまく避けられているような気がする。もうさすがに手をつなぐくらいは日常的にできるようになったが、キスはあれ以来していない。2度目のきスのきっかけがつかめない。

そんな状態で紗和は誕生日だからと言って俺の家に行きたいと言ってきた。それも、たった一人で。
君はわかってるのか、俺だって一応年頃の高校生男子だと言うことを。
きっとわかっていないのだろう、俺がどんなに君を抱きしめてまたその唇にキスしたいと思っているかを。
だが、無理矢理キスをして嫌われたくなくて、手を出せないでいることも。

「零一くん今日一人なんだ。誕生日なのに」
「ああ、今までに両親が誕生日に揃っていたことは2回しか記憶にない」
「わたしだったら淋しくて泣いちゃうよ、きっと」
「そういうものなのか?」
「うん、わたしはね。だからさ、これからは毎年わたしが一緒にお祝いしてあげるよ」
「……ありがとう」
「どういたしまして!」


彼女は満面の笑みでにっこり笑い、制服の上から持参したエプロンを掛けてキッチンに入って行く。そして俺に断ってから冷蔵庫や食品庫を開けて中を確認していく。今はまったくの一人暮らしに近いから何もないだろう。そういえば最近この家で食事をしたのはいつだっただろう?1ケ月程前に母が帰国した時に、早過ぎる誕生日祝いとして共に食事をしたが、内容までは覚えていない。

「うーん、みごとに何もないねー。買い物行こっか」
「ところで、君は何を作ろうとしているんだ?」
「うんっとね、カレーライス!」
「カレー?」
「うん、やっぱり誕生日にはカレーでしょ。うちいつもそうだよ。だから買い物行こう。ね?」
「俺も?」
「もちろん。ケーキは作ってきたけど、こんなに何もないと思わなかったから、買いに行こうか」


カレー……か。

そう言えば、母は家で料理など作ったことがあっただろうか?
ましてや、カレーライスなんて作ってくれたことがあっただろうか?
中学まではハウスキーパーさんが来ていたから、食べたことはある。しかし、何かあったらカレーというのではなく、決まったルーティンの献立の一つだった。

彼女は楽しそうに何かの歌を口ずさみながら、かばんから財布だけを取り出してもう玄関で靴を履いて待っている。楽しそうな紗和。そんな風に他人に一生懸命に関わろうとする君が、俺はやっぱりすごく好きだ。こうやって誕生日にカレーを作ってくれる君が、とても好きだ。
待てよ、ということはこれから毎年誕生日はカレーライスなのか?まあ、それもいいか。君の誕生日には俺が作ってあげることもできるだろう、カレーなら。

「紗和、こっちを向いてくれないか?」
「なーに?」
「ありがとう……」

さっきまでどうやって君に2度目のキスをしようかと悩んでいたのに、ふいに玄関先で強く抱きしめてキスをしまった。
ああ、なんて衝動的なんだろう。君といると俺はどうしようもなく衝動的になる。全部君のせいだ。


「……零一くん……!」
「ごめん」
「嬉しい…………」
「えっ?」
「キスしたかったの、わたしも」
「そう、か」

そう言って笑う君があまりにも嬉しそうだったから、もう一度君の唇にキスをした。
あれから3回目だ。

そして、俺たちは夕暮れの街にカレーの材料を買出しに出かけた。
こんな誕生日も悪くない。
むしろ上等だ。

これからもずっと君に祝ってもらえるのなら、11月6日は俺の2番目に好きな日になるだろう。1番目に好きな日は紗和の誕生日だから、その場所は譲れない。

ふいに彼女が立ち止まり、俺の方を向いた。
「零一くん、お誕生日おめでとう!これからも一緒にお祝いしようね!」

ああ、ここが路上でなかったならすぐさま抱きしめたいところだ。かわりに君のかわいい手のひらを、離れないように強く強く握り締めた。



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