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みっともない恋をしよう



「お前さ、もっと紗和ちゃんに自分の気持ちをちゃんと伝えた方がいいんじゃない?」
「なんだ、突然」
「いやー、お前ってさ、ホントのトコはともかく見た目はさ、好きな女の子の前でもじたばたしないよな。まあ、格好つけてるっていうかさー。冷静っていうかさー。つまんなくない?」
「俺だって好きだとはいった……それにいつも冷静ではない」
「そっかー?でもなーそう見えるんだよ、周りからは、さ」


そんなに俺は落ち着いていない、つもりだ。年相応に彼女に、山口さんにドキドキしている、いつだって。しかし、感情を素直に表にだすのは益田の言うように少し苦手かもしれない。彼女が他の男子生徒と一緒にいるのを見るだけで胸が痛くなるし、そんな日は無性に激しい曲を弾きたくなる、実際何度弾いた事か。山口さんは俺がいつも冷静に振舞っているからそんな激しい一面を知らないはずだ。一生知らせるつもりもない、こんなみっともない自分を彼女に見せることはしたくない。こんなに好きなのに、どこまでもプライドだけが邪魔をして素直になれない、つまり、みっともないくらい彼女に惹かれている自分を見られたくないんだ。なんて嫌な奴だろう、俺は。



「山口さんって……クラス委員の氷室と付き合ってんの?」
「えっ、何いきなり」
「いや、別にそうじゃないなら、おれなんてどう?あいつより優しいよ。ま、顔とかさ成績とかさ、他は負けるけどそう悪くないと思うよ。おれと付き合ってくれない?好きなんだ」


昼休み、屋上に続く扉に手を掛けたところで聞こえてきたのは、告白の場面。相手の男はここからじゃ見えないが、あの後姿は間違いなく山口さんだ。なんて返答するのだろう。俺は山口さんの彼氏、なのだろうと思っているが、彼女は実際どう思っているんだろう。付き合っている、とはいってもいつも益田と篠崎が一緒だったし、第一彼女自身からは好きだと言われた記憶がない。そうだ、肝心な言葉は何もなかった、それに俺の方も結局うまく気持ちを伝えられないままWデートを2、3回しただけだ。もしここで山口さんが、あの男の言葉にうなづいたとしても何ら文句の言いようがないのではないか。そう思ったらその先を聞けなくなった。聞いちゃいけない、聞いたら俺はみっともないことを口走ってしまいそうだ。そのまま扉に掛けた手をそっと離してできるだけ靴音を立てないようにしてとりあえずその場を去った。

どうしたものか。みっともない、恋に溺れるようなことは。愛や恋がすべてだなんてばかばかしい。でも、山口さんのことは大切に思っている。むしろ好きだ、と、思う。

「氷室くん、今、帰り?」

今一番会いたいのに一番会いたくかった山口さんがそこにいた。にこにこといつもと同じ笑顔だ。しかし俺はどうだろう、ひどいしかめ面じゃないだろうか、今は笑えない。しかし彼女の前で俺は笑ったことがあっただろうか、優しい言葉を投げかけたことがあっただろうか。

「ああ、今日は……」
「一緒に帰ろ。話があるの」

話ってなんだ、もしかしたら昼のあれか。だとしたら俺は、意志表示をしてたった半年で振られるのか。いつも振る側だったから初めてだ、たぶん。好きな子に振られるっていうのは、想像するだけでもこんなに胸が痛くなるものなのか、初めて知った。

「ね、いいよね。あの公園にちょっと寄ろうよ」
「……ああ、いいだろう」

柄にもなくうろたえている。俺としたことがたかが「恋」じゃないか、たかが高校生の「恋」じゃないか、そこに何があるっていうんだ。俺の価値観、俺のプライド……そんなもの、もうどうでもいいくせに、まだしがみついている。バカだな。大バカだな。恋愛に試験があったなら間違いなく赤点だ。何度補習を受けたところで受からないかもしれないな。

近所の児童公園の小さなベンチに二人で腰かけて、少し間があってからようやく山口さんが口を開いた。

「あのね、氷室くん。わたし達って付き合ってるのかな?」
「たぶん……」
「そう、だよね。わたし、時々わかんなくって」


不安げな彼女の横顔を夕陽が赤く染めていく。わからないとつぶやく山口さんはそれきりうつむいてしまった。俺だってわからないよ。わかるのはただ、山口さんが好きだっていうことだけだ、なのに気の利いたせりふの一つも言えやしない。俺はいつもいつも彼女に不安そうな顔ばかりさせている。

「山口、すまない、聞くつもりはなかったが、聞こえてしまった」
「もしかして、昼休みのこと?」
「ああ、そうだ」

ますます彼女の瞳は暗くなる。俺はどうしていいのかわからない、こんなことはどんな参考書にも書いていない。誰も教えてはくれない。自分次第なんだ、と、思う。俺のこのやっかいな自尊心さえ取り払えばすぐに楽になれるのに。

「……わたし、ちゃんと……断ったよ。氷室くんが好きだからって。でも、勝手に思いこんでるだけじゃないかと不安になって、それで、ごめんね。もう帰る。さよなら……!」

山口さんは俺のことを好き……?本当に?
そのままかばんをつかむと彼女は走りだした。ちょっと待て、待ってくれ、俺はまだ何も言ってないじゃないか。普段はあまり走らないがこんな時くらい走るべきだ。身長差を考えると、少し出遅れたがたぶん追いつけるだろう、追いつかないといけない、山口さんをこの手に捕まえなくては、いけないから。そうじゃないと俺は一生分後悔する、きっと。体育の授業で走るよりも俺は真剣に彼女を追って走り出した。そして角を曲がる寸前でやっとその細い腕を捕まえた。息が上がったままとっさに山口さんを強く抱きしめた。こんなみっともないくらい何かに執着したのは恐らく初めてだ。しかし、俺は……。

「待ってくれ、俺の言葉をちゃんと聞いてほしい」

山口さんは俺の胸のあたりをぽかぽかとその華奢なこぶしで殴る、別に肉体的には痛くもなんともないが、心は、痛い、とても痛い。

「山口、君が大好きだ。だからあの場から逃げ出した。いたたまれなくなったからだ。しかし、迷うことなんてなかったんだな」
「氷室くん?」
「みっともないくらい君が好きなんだ。改めて言おう、俺の、氷室零一の彼女になってくれないか?お願いだ、頼む。今度は二人きりでデートして欲しい。紗和」


返事がない。しかし、彼女は言葉の代わりに俺の頬に口付けてくれた、くしゃくしゃの笑顔を添えて。

「よろしくお願いします、零一くん」

みっともないくらいの恋をしよう、人を好きになることに理由なんてない、格好つける必要なんてない、何もいらない。必要なのはそれを認めることだけだ。

「こちらこそよろしく、紗和」



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