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KOI-GOKORO (side S)



---どうしよう うまくいかない恋 こんなとき もっと大人になりたい
---だれもが悩んだことなのか まったく 先生
---きびしいね 人生というのは なかなか 先生、とても





入学式に初めて氷室君を見てからわたしは少しおかしい。
中学の時だって好きだなーと思う男の子くらいいたけど、氷室君を好きな気持ちは……うまく言えないけど、ちょっと今までの恋心とは違うと思う。ほんと、うまく言えないんだけど、でもそう思うの。
あの日新入生代表で壇上に上がった彼を見て、まさに射ち抜かれちゃった。その背筋をピンと伸ばして歩く長身に、その声に、そのまなざしに……やられちゃった。もともと、どちらかというと優等生タイプが好きだったけど、氷室君は本当になんでもできて格好良くて、わたしなんて同じクラスになれただけで舞いあがってしまって……。たまに目が合ったりしたらもう、嬉しくて眠れないくらい。でも、あんまり見てたら嫌われそう。それは、嫌だな。せめて嫌われたくはないなー。


「ねえ、紗和。あんたまた、氷室のこと見てたでしょ」
「えっ、いや、あの、その……見てないよー、やだなー恵美ちゃんてばっ。やだもう。見てないったら」
「嘘下手だよねー、紗和って。顔真っ赤だよ」
「はははっ……」

まっかっかなのは自分でもわかるよ、だってまだ夏でもないのに顔が熱いんだから。それにしても氷室君はいつ見ても涼しげだなー、顔立ちのせいなのかなー、あのさらさらした髪のせいかなー、いつも格好いいなー。

「好きなんでしょ?あいつのこと」
「いやー、そんなこと……ある
「いいんじゃない、当たってくれば」
「また、そんなこと言う。きっと彼女いるよ、氷室君だったら。いいの、嫌われなければいいの」
「そお?」

恵美ちゃんはなんでもお見通し。入学前の説明会で会ってから、ずっと仲良くしてる。まだ2ケ月くらいの付き合いなのにもう大親友みたいな関係で、それはそれでわたしは嬉しい。でもねー、鋭いから、この人。自分だって好きな人くらいいるでしょ?絶対いるよ、なんとなくだけどね。

いつも氷室君の横には益田君がいる。恵美ちゃん情報によると、小学校の時からの付き合いらしい。性格も見た目も正反対なのに、いつも仲良しでわたしなんか割りこむスキもない、声を掛けるタイミングも掴めない。こんなに好きなのになー。
この間なぜか、尽が氷室君のことを教えてくれた。なんでもご両親がピアニストで、彼も弾くのだとか、身長が今179センチだとか、黒が好きだとか、誕生日が11月6日だとか、いろいろ教えてくれた。でも肝心の彼の好きな人までは教えてくれない。聞いたところでどうしようもないのは、判ってる。でもね、せめてどんな女の子が好きなのかくらい調べといてよね、尽。

「ねえ、紗和。今日寄ってかない?例の喫茶店。最近元気ないからケーキおごってあげるし」
「うーん、そんな気分じゃ……」
「氷室君、来るかもよ」
「行くっ!」
「じゃ、行こっか」


最近やたらと氷室君という単語に過剰反応しすぎかな。教室の座席はわたしの方が前だから、授業中は見つめなくてすむからいいけれど、でも、後ろの氷室君が気になる。せめて背中にカメラでもついてたら、こっそり見ていられるのに、なんて思ってしまう。バカみたい。

でも……好きなんだもん。

氷室君がいるなんて保証は全然ないのに、恵美ちゃんと最近お気に入りになった喫茶店へ向かう。来れば来たで嬉しいけど、でも、話せないよわたし。好きすぎて緊張するもの、緊張して少女まんがのお約束みたいに氷室君に向かって転んじゃうとか、水掛けちゃうとか、わけのわかんないことしそう。で、冷静に注意されるんだ、きっと。それが最初で最後の二人の会話……。ああ、淋しい。

「はぁ……」
「紗和、好きなら言っちゃえばいいのに」
「だめー、だめだめだめ。嫌われたら嫌だもん」
「そうかなー」
「うん、そうなの」

心なしか恵美ちゃんは笑ってるように見える。笑われたってかまわない、でもね、好きですって言って好きじゃないって言われたら哀しいじゃない。それなら、黙って見てた方が……。恵美ちゃんみたいに勇気がないから、わたしは言えないよ。しばらく立ち直れないよ。

いつもの喫茶店のウィンドウの前で恵美ちゃんがわたしのブラウスの袖を引っ張る。指差す方向を見ると、うそ、氷室君と益田君が、いる。うそみたい。で、窓際の席に二人で座って別々に雑誌を見ている。うわー、氷室君だ。どうしよう。思わず逃げ腰になったわたしの腕を恵美ちゃんがぎゅっとつかんで、そのまま喫茶店に連行されてしまった。こんなんじゃ、ケーキの味なんてわかんないよ、ここのケーキおいしいのに。

「帰ろうよ……恵美ちゃん」
「まあまあそう言わずに、ね。あ、益田君じゃない」
「……」

もう、なんでそこで声掛けるかな。

とりあえず、わたしはいつものアイスミルクティーとイチゴのショートケーキを頼む。もういいや、どうにでもなれ、だ。最初で最後のチャンスかもしれないんだから、しっかり氷室君を見ていよう。

もう、開き直ろう、それしかない。

「ねえねえ、俺達も一緒していい?」
「いいわよ、あ、でも、氷室君は紗和の隣ね。益田君はここ」
「お前ねー、なんでそう仕切るかなー」
「いいでしょ、そういう性格なんだからさ」
「へいへい。ま、零一もお掛けなさいな」


うわー、氷室君が隣だ。シャンプーの匂いかな、それともコロンでもつけてるのかな、いい匂いがするんだな、この人って。

なんか、恵美ちゃんと益田君はいつのまに意気投合したのか、仲良くしゃべってる。それに引き換えわたしと氷室君は会話がない。何をしゃべっていいのか、見当もつかないし、彼も話題が見つからないのかしゃべらない。あー、やだ、緊張してきた。ミルクティーでも飲むしかない。

「氷室くんって……」
「俺がどうした?」
「いつも冷静そうだよね。わたしなんて緊張しちゃって……」
「俺もだ」
「えっ?」
「俺も今かつてないほど緊張している。君が横にいるから」
「…………わたしも」

そのまま二人してうつむいてしまった。氷室君が変なことを言うから余計意識して、緊張してしまう。遠くで益田君と恵美ちゃんが笑いあっている声が聞こえるけど、わたしは自分の心臓がどくんどくんと言っている音しか耳に入らない。

「好きだ……」
「……えっ、ほんと?」


ぱちぱちぱち。



今の……なに?ちょっとちょっと……!

「すげー、よく言った、零一!」
「おめでとう、紗和よかったじゃない」

「……」
「……」


「と、いうわけで、今週の日曜日はばたき山に新しくできた遊園地に行くぜー!」
「そうこなくっちゃ、みんなでデートしよっ!」

ちょっと待ってよ。でも……ま、いっか。

「氷室くん、わたしも好き」
「……ああ、ありがとう。しかし、君はこんなことでいいのか?」
「うん」



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