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KOI-GOKORO (side R)



---益田に相談しようか、でもたぶんひやかされるからやめとこう
---話をしたいけれど ヤボな性格がばれちゃまずい
---どうしよう 授業の内容は こんなとき ぜんぜん使えません





「お前またぼーっとしてたろ、聞いてたのか人の話」
「ああ……ああ、もちろんだ、こないだの……何だった?」
「あーあ、零一、お前どうしたよここんとこさー」

最近ぼーっとしていることが多くなった……らしい。柄にもない。高等部に上がってから初めての夏休みを前にして、ため息の数ばかり増えていく。以前の俺なら夏休みと言ってもいつも通りに家で勉強していたり、益田に連れられて街をぶらついたり、ホラー映画を見に行ったりするだけだ。特別部活動をしていたわけではないから、練習に時間を費やすこともない、平凡な夏休みだった。特に楽しみにすることもないが、かといって嫌でもない夏……。なのに、今、俺は夏休みになるのが少し憂鬱だったのだ、だから終業式が近づくにつれため息が多くなっていたんだろう。

入学式に壇上から彼女を見つけた。そこだけ暖かい太陽の光に囲まれて、際立って明るくそこだけぽっかりと輝いて見えた。彼女だけが…くっきりと。その瞬間、たぶんこれが一目ボレと言う奴なのだろう、目が離せなくなり(もっとも慌てて冷静を装ったが、心臓はかつてないほどの鼓動を刻んでいた)、今もそう。目が離せない。気付いたら彼女ばかり見ている。彼女の声のする方向が気になる。幸か不幸か同じクラスになり、彼女が外部入学生であることを知った。

君の声を聞くたび、君の笑顔を見るたび、君の優しい香りを感じるたび動悸が止まらず、目がくぎ付けになってしまう。恐らく、益田にはもうばれているだろう。奴は知ってか知らずか、彼女といつも一緒にいる隣のクラスの篠崎さんのことばかり話しているから。もちろんついでに彼女、山口さんのことも俺に教えてくれる。しかし、こいつに相談してもからかわれるだけだろう、だから、言えない。絶対に俺からは言わない。


「なあ、今からちょっと寄ってかないか?いい喫茶店見つけたんだ」
「益田、寄り道などせずまっすぐに帰るべきだ。俺はやめておく。1人で行け」
「そっかー?もしかしたら紗和ちゃん来るかもよー?」


な、に?


「……仕方ない、今日だけだ。今日だけ付き合ってやろう」
「素直じゃないなー、零一君は」
「うるさい!」

それよりも何よりもどうしてお前は彼女のことを「紗和ちゃん」などと呼ぶのだ。俺なんて山口さんと呼びかけるのさえやっとだというのに……その軽い調子で彼女達と親しく話しているのか?


……うらやましい…………。


やっぱり気付いている。益田は俺が、その、山口さんのことを、彼女に心惹かれていることを知っている。知っていて何も言わない。何かよからぬことをたくらんでいるのではないだろうか?今まで数々こいつには……いや、そんなことはどうでもいい。本当に山口さんもその喫茶店に来るかどうかの方が問題だ。もし、本当に逢えたなら、こいつにコーヒーの一杯くらいおごってやっても安いもんだ。

静かな音楽の流れる窓際の席に男二人向かい合って、何を話すでもない。俺は適当に相槌を打っていたが、益田の話なんてほとんど耳に入らない、上の空だ。それでも奴はお構いなしに自分のクラスのことや、テレビのこと、音楽のことを延々喋り続けている。しかし心なしか益田もそわそわしているように見える、気のせいかもしれないが。

「こねーなー、二人とも。よく寄ってるって聞いたのになー、おっかしーなー」

時計を見るともう6時だ。

「帰るぞ」
「まあまあ、もうちょっとだけ。いいじゃん、後30分」
「……」

はぁ、仕方ない、後30分だけだぞ。それで来なければ俺は帰る。

入った時に頼んだアイスコーヒーは、もうすっかり汗をかいて紙のコースターに大きな染みを作り、水っぽくなってしまった。俺は半分ほど残っていたそれを一気に飲み干すと、益田には悪いが文庫本を取り出して読むふりをしてみた。だめだ、これも頭に入らない。益田もかばんから雑誌を取り出し二人とも黙ってしまった。互いの紙を繰る音だけがやけに大きく聞こえる。……なんか気まずい。

Yシャツの袖をちょっと引っ張られて顔を上げると、益田の満面の笑顔にぶつかった。なんなんだ。ちょいちょいと首を向こう側に向けるから、その方向に目を向ける。

「……彼女ら、来たぜ。よかったな零一」
「……るさい」
「嬉しいくせに……、な、あっち行かねーか?」
「なぜだ?」
「いいじゃんお話しようぜ、お前だって話したいだろ。うまくいったらデートできるかも、だぜ」
「……わかった」

先に益田が二人に声を掛け、俺はいつもの無表情で薦められた席に座る。山口さんの隣だ。

こんな時の益田を俺は正直尊敬する。よくもそんな風に自然に女の子と話ができるものだ、俺は緊張してだめだ、特に好きな女の子ならなおさらだ。今、俺は隣の山口さんをかつてないほど意識している。もしかしたら今顔が赤いのではないだろうか。もしかしたら緊張のあまり仏頂面なのではないだろうか。もう少し、ほんの少し笑った方がいいのだろうか。

「氷室くんって……」
「俺がどうした?」
「いつも冷静そうだよね。わたしなんて緊張しちゃって……」
「俺もだ」
「えっ?」
「俺も今かつてないほど緊張している。君が横にいるから」
「…………わたしも」

そのまま二人してうつむいてしまった。彼女がそんなことを言うから余計意識して、緊張してしまう。遠くで益田と篠崎さんが笑いあっている声が聞こえるが、俺にはどうでもよかった。

「好きだ……」
「……えっ、ほんと?」


ぱちぱちぱち。



なん、だ?今のは、なんだ?

「すげー、よく言った、零一!」
「おめでとう、紗和、よかったわー」

「……」
「……」


「と、いうわけで、今週の日曜日はばたき山に新しくできた遊園地に行くぜー!」
「そうこなくっちゃ、みんなでデートしよっ!」

これは、つまり……?

「氷室くん、わたしも好き」
「……ああ、ありがとう。しかし、君はこんなことでいいのか?」
「うん」



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