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All of Me



俺は今まで2度恋に落ちた。
1度はもちろん、君に。
1度は、あの時あの人に。

あの痛みは一生忘れられない。
あの痛みがなかったら俺は君と出会うことも、
君を愛することもなかっただろう。






----------
僕はあの日恋に落ちた。
恋という深い沼に足を取られた。
そしてその時初めて自分がコントロールできないものの存在を知った。

今まで16年間というもの、僕は世界中のすべてを自分の好きにできると思っていた。いやむしろ、そのくらいできて当たり前、あの氷室夫婦の1人息子としては当たり前。そういう周りの干渉に耐えて僕は生きてきた。だがしかし、僕自身そんなプレッシャーはまったく意に介するほど価値があるとは思っていなかったし、そんなくだらないものに負ける方がカッコ悪いとしか思っていなかった。だから、父が出ていったことについても、アノ人は輝かしい人生を放棄した、アノ人は色々なことに負けたんだとしか思わなかった、深く考えもせずに。

何かに気を取られるようなことはありえない、僕の人生には僕以外何もいらない、僕以外信用できない。いつか誰かと子孫を残すという「義務」のために結婚することがあるかもしれない、でも相手に感情を動かされることは考えられない。すべては僕の支配下にあるべきなのだ、僕が支配できない世界なんて世界じゃない。そんなものは存在してはいけない。

なのに今の僕はどうだ、あなたしか見えていない。あなたしかいらない。僕自身なんてどうでもいい、僕はあなただけをこの世界に閉じ込めたい。そんなことばかり考えている。しかし、あなたは相手にしてくれない、いつも笑って相手にしてくれない。初めて僕は支配できないものがあることを……知った。そして、そんな存在を認めてしまったのだ。


僕があなたより10も年下だからなのか?
僕があなたの生徒だからなのか?
僕が……嫌いなのか?


あの人に掴まったことを自覚したのは、夜の図書館の窓辺だったと思う。確かあなたは誰もいない図書館の月に照らされた窓辺に腰掛けて、静かに本を読んでいた。何の本だったかはよく憶えていない、けれど、今まで僕が手に取ったことのない種類の本だったことは憶えている。

委員会で遅くなった僕は、珍しく近道をしようと図書館の前の芝生を横切って歩いていた。するとどこからか、かすかに鼻歌が聞こえたような気がして、ふと振り返った。そしてその先にいたのがあなただった。開け放った図書館の窓に腰かけて本を片手に歌っていた、「All of Me」を囁くように口ずさんでいた。



All of me, Why not take all of me
Can't you see, I'm no good without you
Take my lips, I want to loose them
Take my arms, I'll never use them

Your goodbye left me with eyes that cry
How can I go on dear without you
You took the part that once was my heart
So why not take all of me



---どうしてわたしの全てを奪ってくれないの?
---あなたがいないと生きていけないのに
---あなたが口付けてくれない唇なんてどこかで無くなってもかまわない
---あなたに触れられない腕だってもういらない



父の部屋でこっそり聞いたジャズのレコードに確かあった。非常に激しい恋の歌だ。僕には信じられない、そんなにも何かにのめりこむということが理解しがたい、世の中にはこんなくだらないことに全てを捧げるようなバカが多いのだろう。まだこの時の僕はそう思っていた。そんな醒めたことを考えてこの歌の世界を小バカにしていた僕の方が、今考えるとよっぽどバカだ。

通り過ぎようとしたのになぜか足を踏み出せなくなって、しばらく月明かりの下の先生をじっと見ていた。繰り返し恋の歌をくちずさむ彼女からどうしても目が離せなくて、瞳が時々きらりと光るのが切なく美しくて、僕は金縛りにあったように動けなくなった。

「あ……」
「先生、何をしてらっしゃるんですか?」
「氷室くん、いつからいたの?」
「つい30分くらい前からですが。それでは僕の質問の答えになっていませんよ」
「……帰るわ。じゃあね。今夜のことは氷室くんとお月様と私だけの秘密よ」
「……」

そういってひらひらと手を振りながら満面の笑顔を向ける先生を見ていたら、なんだかわからないが僕は胸が痛くなった。どうしてさっきまであんな顔であんな歌を歌っていたというのに、今はそうやって無理に笑うんですか?僕はその意味を知りたい。あなたの瞳を濡らすものが何か知りたい。そう思った瞬間、僕の心はあなたに囚われた……、そして縛りつけられた……。




僕はあの日恋に落ちた。
恋という深い沼に足を取られた。
そしてその時初めて自分がコントロールできないものの存在を知った。




僕は父が好きではなかった。
なぜなら、氷室の家にふさわしい人物ではないと思うからだ。

だからと言って母に対して特別な感情は抱いているわけではない。当たり前の親子としての淡々とした感情しか持っていない。ただ母は……。

ただ、母の場合はある特定の分野においてはいわゆる「天才」であるから、そういう意味では僕にも氷室の家にもまったくふさわしくないとはいえないが。


父はだめだ。
僕はあのようにはならない。
あの人は氷室の家では落伍者だ。


天才ピアニストと称された母、仁村美雪はどういうわけか氷室浩太郎と恋に落ちた。そして僕を産んだ。新進気鋭といえば聞こえはいいが、要するに売れないジャズピアニストの父と恋に落ち全てを投げ打って一緒になったらしい。その時、氷室の家からはこの大きな家を与えられたが、周りからは特別祝福されたわけではないと聞いている。


学者ぞろいの僕の家に生まれた異端者。
自分の感情に素直な優しいだけの男。
そしてプレッシャーに耐えられず破綻した情けない男。


僕は決してあのようにはならない。


「ねえ、氷室くんってやっぱり冷たい子なの?」

突然何を言い出すかと思ったらそんなことか。この先生は変わっている、まるで僕の嫌いな父のように感情表現の少ない僕を不思議な眼差しで見つめる。そんな風に僕を見ても何も出てきやしない。僕はそんな感情に揺さぶられて、感情に支配されて生きるなんてまっぴらだ。そんなものは僕の人生には何のメリットももたらさない。

「何のことでしょうか?」
「だから、君って冷たいよねって話」
「先生、申し訳ありませんがそれと今やっていることには何の関連も見出せません」
「そうよねー。でも、聞いちゃったんだ、私。君が女の子泣かせてるとこ」
「……」
「君……誰かを強烈に求めたことないでしょ。いつも、どこかで一線を引いてる。僕はおまえらとは違う、一緒にするなって空気が見え見えだよ。もっとこう、なんていうかさぁ……」
「……帰ります」

なぜか僕はこの場の空気に堪らなくなってかばんを掴んで席を立った。クラス委員としての責務を果たさないといけないからこうやって時間を割いてやってるのに、何を言い出すのだ、この教師は。この人は僕の前でいつも本筋とは違うことばかり言う。ほとんどが僕の……心の中にずけずけと土足で入りこむような言葉ばかりだ。


僕はみんなとは違う、僕はこんな集団で騒いでばかりいるおまえらとは違う。

でも……いったい何が違う?
最近わからない。
数式のように明確な答えが出ない。
気持ち悪い、気持ち悪い。

「ほら、すぐそうやって逃げる」

放課後の教室に彼女の言葉が響く。

逃げる?
何から?
どこから?
僕が、逃げる?

「僕は逃げてなどいない!」

何が言いたいんだ、あの教師は。教師なら教師らしく生徒の感情を乱さないでくれないか。あなたはいつも僕の心をかき乱す、そうやっていつもいつも確信犯のように僕の感情を激しく揺さぶる。


あなたなんか、嫌いだ。
でも好きなんだ、大嫌いなあなたを、僕は。




「先生、僕はあなたが好きだ」
「だめよ、そんな言葉を安売りしちゃ」
「どうして信じてくれない?」
「そうね、じゃあ、毎週この本に私宛のラブレターをはさんでくれたらいつか考えるわ」
「ずるい……」
「ふふふっ」


僕はどんどんあなたに惹かれていく。そんな自分が許せない、なのにそれでも尚一層あなたを求めてやまない僕の心。

夏休み、演劇部の合宿を前に僕はあなたに自分の気持ちを告げた。だがあなたは笑って取り合おうとしない、それどころかますます僕の手から逃れようとする。そんなあなたを嫌いになろうとするのに、世間一般の常識に照らし合わせてあきらめようとするのに、あなたから僕が逃れられない。いつの間にこんなにもあなたに惹かれてしまったのだろう、いつの間にこんなにもあなたを愛してしまったのだろう。

いや愛してるなどという陳腐な言葉などいらない、そんなものはただの記号だ、僕の心を表現するにふさわしい言葉が見あたらない。

それでも僕は律儀にもあなたへの想いをつづった恋文を、この1冊の本に挟み込むためだけに週末毎に図書館に通う。言葉など何の役にも立たない、言葉など気持ちを表現するには役不足だ。あなたのことで一杯の僕の頭の中を見せることができたなら、あなたは僕の気持ちを理解してくれるだろうか?それともあなたを思って脈打つ僕の心臓を取り出して見せることができたなら、あなたは僕の気持ちに応えてくれるだろうか?


ばかばかしい。
まったくもってばかばかしい。
僕は何を考えているんだ。


毎日毎日そんなことばかり考えながら、それでも優等生であり続ける僕。
毎日毎日あなたを抱きしめることばかり考えながら、それでも冷静であり続ける僕。


いつもこの本を開く度にあなたからの紙切れを探してページの隅から隅までめくる。だが今まで一度たりとも見つけたことがない。

あなたは何を考えながら僕からの手紙を読んでいるのだろう。
あなたは僕の手紙をどんな顔で読んでいるのだろう。
少しくらいは心を動かされることはありえないのだろうか。

僕ばかりあなたの一挙手一投足に惑わされてばかりだなんて、ズルすぎる。

こんな気持ちを抱いたまま合宿に参加したところで何の成果も見出せはしない。現に益田にさえ「お前らしくもない」などと言われてしまう程なのだ。他の部員に悟られないように懸命に「氷室零一」であろうとする僕、だがそんなもの本当はもうどうでもいいんだ。周りが思うほど「氷室零一」はイイ子でもなければ、冷静な人間でもない、むしろ隙あらばこんな窮屈な場所からあなたを攫ってどこかに行きたいと願っている衝動的な人間だ。

みんな何も知らない。僕が冷静な優等生の仮面の下でこんなことしか考えていないことを。一生知らなくてもいいんだ、先生いや芙由美さん以外に知ってもらう必要などない。

合宿4日目の夜、僕は珍しく寝苦しくてそっと大部屋を抜け出した。

去年も同じ時期だったのに今年の方がやけに暑さを感じる。この同じ建物の中にあの人も居るのかと思うとそれだけで僕の心臓は脈打ち眠れなくなる。月は人を狂わせる、Lunaticという言葉もあるくらいで人間のリズムをどこかしら狂わせるものがある。今夜の僕がまさにそれだ。

「氷室……くんでしょ?何してるの、こんな時間に」

いつもいつも聞きたいと思っていた声が聞こえて振返った。煌煌と明るい月明かりの下、先生が立っていた。僕の大好きな女性。僕が大嫌いな女性。

「先生こそどうしたんですか?」
「眠れなくて……それでお水でも頂こうと台所まで行くところだったの。そうしたら人影が見えて……」
「先生」

決まり悪そうな表情を浮かべて生徒である僕にいい訳する先生。

月のせいで僕は少し壊れてしまった。そんな先生をいとおしいと思った瞬間、衝動的に抱きしめていた。そして突然のことに驚いているその唇にキスしようとしてよけられてしまい、思わずバランスを崩してしまう。

「だめよ、そんなことしちゃ。お月様のせいにしといてあげるから早く寝なさい」
「嫌だと言ったらどうする?」
「私は帰るわ。一人で頭を冷やしてなさい」
「先生、こんなところ抜け出してどこかへ行こう。僕と一緒にどこかへ行こう」

冷たく言い放たれた彼女の言葉は僕の心に突き刺さった。それでも僕はあなたがこんなにも好きなんだ、あなただけがいてくれれば他には何もいらないんだ。ため息をついてそっぽを向いたあなたの横顔は月に照らされて白く浮かび上がり、困ったような顔をしたまま動かない。


返事は?
先生、返事は?


「あのね、氷室くん。だめよ、そんなこと言うのは10年早いわよ。さ、中に入りなさい」
「先生は僕の手紙をどんな顔で読んでるんですか?笑ってるんですか?泣いてるんですか?それともあきれてるんですか?教えてください、先生の……芙由美さんの気持ちを……!」

「聞いてどうするの?」
「聞いて……聞いて確認したいだけです」

「その前に名前で呼ばないで。私とあなたは教師と生徒なのよ。境界線ははっきりすべきよ。氷室くんならわかるでしょう」
「僕はあなたを先生だと思っていません」
「氷室くん、私をじゃなくて、他の同じ年頃の女の子を好きになりなさい。わかったわね」
「嫌です」

「氷室くん、あなたはちょっと今頭に血が上ってるだけよ。すぐに他に好きな人ができるからその時までいろいろ取って置きなさい。私は氷室くんの恋愛ごっこに付き合えない。あの本に手紙をはさんでおくのももう止めなさい。わかったわね」
「ごっこ……?」
「そう、ごっこ。もしくは初恋で舞いあがってるかどちらかよ。おやすみなさい。お願いだからイイ子にしてて、氷室くん」
「けれど……!」
「確かに私はあなたの心に入りこんだかもしれないわ。でもね、それとこれとは違うの。あなたのわたしに対する感情は単なる脳内物質のいたずらに過ぎないのよ。だからすぐに忘れる。忘れなさい。忘れなきゃだめよ、お願いだから……」




------やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君
-----さはいへど君が昨日の恋がたりひだり枕の切なき夜半よ
----いさめますか道ときますかさとしますか宿世のよそに血を召しますな



先生の授業は今与謝野晶子をやっている。僕の気持ちも知らずに彼女は淡々とこの歌の解釈を続けている。昼休み前の現国の授業は、僕にとっては公然と彼女を見つめられるチャンスだというのに、最近はその声さえ耳を通り越して行ってしまう。彼女の視線も彼女の声も、全て僕の上をごく自然な振りをしてそのままどこか遠くへ行ってしまう。

あの合宿の夜、抱きしめてからの先生はことさらに僕の前を通りすぎるだけで何も言わない。何もしない。何もなかったかのように振舞っているけれど、その実1度も二人きりになることはない。先生への手紙もまだ時々書くがその薄い便箋の上で僕の感情だけが上滑りしているだけで、あなたは相変わらず何も反応してくれない。その上に必ず抜き取られていたものが抜き取られずにそのままにされている。あの本の中に僕の気持ちだけがどんどん川底の沈殿物のように溜まっていくだけ。ヘドロになって腐臭を漂わせるまで厚く溜まっていく、ただそれだけ。

状況は前より悪くなった。


僕のせいなのか?
あなたのせいなのか?
やはり僕が悪いのか?


あなたに恋をした僕が悪い、そう言ってしまえばそうかもしれない。相手が悪い。そうなのだろう。しかし……。

「零一、おーい零一くん?」
「……ん?授業中だろう?」
「もう終わってるよ」
「そう、だったか」
「どした、柄にも無くぼっとして。失恋でもしたのか?まさかな」
「帰る」
「えっ?ちょ、ちょっと待てよ。午後の授業あるんだぜ」

何時の間にか授業が終わり昼休みになっていた。僕は急速に全てに興味を失い、益田の引き止める声を無視して鞄を掴むとそのまま学校を抜け出した。

別段行きたいところがあるわけじゃない。
別段したいことがあるわけじゃない。
むしろ何もしたくない。

明後日からの修学旅行だって本当のところはどうだっていい。模範的生徒である「氷室零一」としては参加しなくてはいけないが、どうでもいい。そんなことに時間を割くくらいなら先生と一緒にいる方を選びたいのだ。だが彼女はもう僕を見ない。彼女は僕の声を聞かない。

愛情の反対は憎悪ではなく無関心だと誰かの本で読んだが、まさにそうだ。
彼女はあれ以来僕に無関心になった。
僕はあれ以来もっと愛してしまった、今すぐに全てを奪ってしまいたいくらいに。


こんなに好きになってしまったのに。


あの夏の夜、先生は僕の気持ちを「脳内物質のいたずらに過ぎない」と鮮やかに切って捨てた。そんな学説くらい僕だって知っている。脳内麻薬の分泌によって感情が昂ぶり、体調にまで影響を及ぼすということくらい知っている。以前の僕なら確かにそう言った言葉で周囲から寄せられるいわゆる「恋愛感情」と言うものを退けてきた。しかし、今の僕はどうだ、さんざん小バカにしてきた「脳内物質のいたずら」に翻弄され、乗っ取られているじゃないか。

これでは、父と同じだ。
これでは、母そっくりじゃないか。
らしくない。

芙由美さん、僕を見て……。

学校を抜け出しはしたものの、普段サボるという経験がなかった僕は行く当てがなかった。誰もいないあの広い家に今は帰る気がしない。ハウスキーパーさんは僕がこんな時間に帰宅しても、母に言いつけるような真似はしないだろう。だが、一人で部屋にこもっていたら……どうなるか自分でもわからない。

僕じゃだめなのか……。どうして……?

僕は手のひらが真っ白になるほどに両手を握り締めていた。そしてそのまま夕闇が全てを包み込むまで、児童公園のちゃちなベンチに座りこんでいた。


僕はあなたを抱きしめたいのに……。
僕はあなたの心を独占したいだけなのに……。
僕はあなたの全てが欲しいだけなのに……。


「零一、こんなとこで何たそがれてんだよ」

ふいに声がして顔を上げるともはや夕闇がそこまで迫ってきていて、目の前には少々の好奇心とそれ以上に心配顔の益田が立っていた。もう、夕方なのか。さっきまで、あんなに空がどこまでも高く晴れ渡っていたのに、今はもう見る影もないくらい真っ暗だ。

「何でもない。俺は帰る。お前も早く帰れ」
「……ふーん。そうなんだ。へぇー」
「何か言いたいことがあるならはっきり言え」
「なあ、零一。お前さぁ、小野先生とやったの?」
「な、何もない。妙なことを言うな。先生に失礼だと思わないのか」
「でもさ、お前こないだから変だよ。小野先生が好きか?そうなんだろう?やめとけよ、相手にされないよきっと」
「うるさい」

わかっている。そんなことお前に言われるまでもなく、わかっている。だけど、だけど、だめなんだ。気持ちが止まらないのだから……仕方ないじゃないか。

「ま、いっか。ぼろぼろになるまで誰かを好きになるってのもいい経験だ」
「わかったような口を利くな。不愉快だ」
「へいへい。うんじゃオレ帰るわ。また明日な」




修学旅行なんて、くだらない。
自由行動なんてつまらない。
ましてや団体でぞろぞろ歩くのなんて無駄の極致だ。


だが、クラス委員としてこのクラスの統制を取らなければならない。そしてクラス委員である限り、最低限の接触を保っていられるのだ。芙由美さんとの間のいつ切れてもおかしくないくらい細く脆弱な1本の糸でつながっていられるのだ。

今日は団体で寺社見物の日だ。観光バスの一番前に彼女は座っている。その隣には担任の男性教師が座り、僕は益田と一緒に最後尾に座っている。こうしている間も考えていることは彼女のことだけ、平安神宮も南禅寺も清水寺も興味がない。通り一遍のガイドの説明も別段感銘を受けるようなものでもない。そうやって興味も関心もない退屈なだけの1日目がやっと終わった。

どうにかしてこの旅行の間に彼女ともう一度きちんと話をしたい。
話をしたいんだ、芙由美さん。あなたと。


先ほどまであんなに晴れていた空が、突然真っ暗になったかと思うと大粒の雨が降り始めた。自由行動を一人で過ごしていた僕は、適当に目に入った家の軒先に駆け込んだ。
濡れた制服を拭こうとポケットに手を突っ込んだ時、目の端にハンカチで雨を避けるようにしながら、駈け込んで来る人影を見た。あれは……。

芙由美さん……?

彼女は僕に気付かない。
長い髪から雨を滴らせ、グレーのスーツの色も変わっている。
そして白い肌をとめどなく滑り落ちる透明な水滴。

「あ……」
「先生……」
「…………」

無言で再び雨の中に駆け出そうとする彼女の腕をとっさに掴んで、抱きとめた。
腕を突っ張り必死で逃げようとする芙由美さん。それを無理矢理抱きしめる僕。
しばらく抵抗していたが、急に大人しくなるあなた。そして一層強く抱きしめる僕。

彼女の濡れた髪はちょうど僕のあごのあたりで、少し角度を変えればそのままキスできそうな距離。ほんの数センチ動けば彼女の蒼ざめた唇に辿り着ける、微妙な距離。

「芙由美さん……僕はいつもこうしたかった……」
「わ、わたしは……したくなかった……」
「逃げないでください、僕から」
「だめよ、逃げるわ」
「嫌だ」
「だめ」

だめというその憎らしい唇を僕は自分の唇で塞いだ。今この時にそんな残酷な言葉は聞きたくない。自分でもわかってるくせにわかりたくない。これが彼女のいう「恋愛ごっこ」だったとしても、今僕はあなただけでいいんだ。

「な……にするの?」
「キスしたんです。したかったからしたんです」
「大嫌いよ、あなたみたいな子供」
「子供だから歯止めが利かないんです、芙由美さん」
「いつも大人ぶってるくせに都合が悪くなると急に子供ぶる氷室くんなんか……どうかしてる。おかしいわよ、氷室くんは……おかしい。もう、離して……お願い……離して…………!」

あまりにも必死に僕を糾弾する彼女を冷静に眺めながら、僕はどうしてしまったのだろうと思う。どこで何が狂ってしまったんだろうか?これほどに誰かを求めたのは確かに初めての経験だ、しかし、それが彼女でなかったとしても、これほどに固執したのだろうか?


わからない。
わからない。
わからない。


「芙由美さん、僕はどうしてこんなにあなたを好きになったんだろう」
「氷室……くん?」
「僕は……どうして……」
「……もう……もう離して……、人に見られるわ…………」
「わかりまし、た」

震えながら腕を掴む僕の指を一本ずつはがそうとする先生。あまりにも力を入れすぎて白っぽくなってしまった僕の指。この指は彼女の腕に跡をつけるためにあるんじゃない、あなたを傷つけるためにあるんじゃない。でも、あなたは僕が追えば追うほどに離れていく。

「さようなら」

唇を噛み締めながらただ僕の指をはがすことだけに集中している芙由美さんから、自分で手を離した。そして、まだうっすらと雨が降り続く京都の街に僕は駆け出していった。




あのまま、何もなかったかのように修学旅行は終わり、いつもの日常に戻った。彼女は以前にも増して個人的な会話を避けている。そして僕自身も自分の気持ちを持て余すあまり、彼女とはほとんど会話をしない。触れたいのに触れられない。触れてはいけない。そんなわだかまりを抱えたまま、高校2年の秋が過ぎていく。

きっとこれが本来の姿なのだ。
教師と生徒と枠組みの中ではごく自然な姿なのだ。
そうやって必死で自分を納得させても、目は自然に彼女を追ってしまう。


「零一、もうすぐ文化祭だろ。もうちっと練習とかしたら?」
「益田か……」
「んだよ、いつもより暗いぞお前」
「何でもない。何でも……ない」
「……なあ、今日お前んち行っていいか?」
「何の用だ?」
「おやじさんのコレクションから2、3枚借りたいのがあってさ。いいだろ?」
「……ああ……いいだろう。だが夕飯はないぞ」
「わぁってるって。うんじゃ部活済んだら一緒に帰るべ」
「ああ、仕方ない」


一瞬益田は何か言いた気な顔で僕を見つめたが、すぐにまたいつもの奴に戻って教室から出ていった。僕はあいつには隠し事などできないような気がする。おそらく僕が芙由美さんに対して抱いている邪な感情も何もかも奴は気付いている。
しかし直接は口にしない。

レコードを借りるというのは、見え透いた口実だ。
そんなことくらい僕だって気付く。
しかし、益田になら話していい、そうも思っている。

特に理由などないが、奴なら笑ったり茶化したりせずきちんと話を聞いてくれそうな気がするからだ。その上、この胸の痛みにすでに僕自身が耐えられなくなってきているのかもしれない。誰かにぶちまけたい、どこかでそう思っているようだ。なら、その相手は益田でいい。奴で十分だ。


「いっやー、いつ来てもすげーよな、このコレクション」
「そうか」
「お前全然興味ないの?もったいねー、名盤揃いなのにさー」
「全くではないが特別興味がない。勝手に持っていけばいい。いない人のものだ」
「じゃ、遠慮無く」

父のレコード、そして父のピアノ。
レコードのほとんどはジャズやスタンダードで、ピアノはマホガニー製のボールドウィン。

僕は父のような曲を弾きたいとも思わないし、これからも一生弾くことはないだろう。第一、僕は父が演奏する姿を見たこともなく、父がレコーディングに参加したレコードも聞いたことがない。

「なあ、かけてみてもいいか?」
「好きにしたらいい」

益田が抜き出したのは「All Of Me」と殴り書きのような字でタイトルが書かれた一枚のレコードだった。父の部屋にはCDもあるが大半は古いレコード盤で、それもコレクションの一つとしか思わなかった。


しかし、タイトルだけは知っている。
これは僕が芙由美さんを初めて意識した時に彼女が口ずさんでいた曲だ。
部屋を出ていきかけた僕の足が自然に止まる。

オーディオから流れてきたのはボーカルのないただのピアノの音色。
流れるようなそれでいて激しく鍵盤を叩くような独特の奏法。
だが、まっすぐに入りこんでくる、まるで芙由美さんのような音。
こんな演奏はかつて聞いたことがない。


「それを演奏しているのは……誰だ?」
「ん……ちょっと待て。エヴァンスじゃねーなー。あ!」
「どうした」
「こーたろーひむろって……お前のおやじさん」
「あの人……か」


父だった。
父の演奏だった。
父の激しい音だった。

「おい、これ……レコーディングしたのお前の誕生日の翌日じゃん。へぇ」
「……止めろ」
「なんでさ、いい音だぜ」
「だから……余計嫌なんだ」
「屈折してんなー、お前って奴は」
「うるさい」

父の弾くピアノを初めて聞いた。それは想像した以上に美しく、そして儚く、その上情熱的だった。こんな音を出す人だったとは今まで気付かずにいた。そして聞いた瞬間その音に惹かれてしまった自分が、とてつもなく悔しい。絶対にこんな音を出せないであろう自分が、もっと情けない。父を嫌っているのに……。

だから、益田に音を止めろと言った。

「零一、お前先生のこと……」
「好きになって何が悪い?誰にも迷惑を掛けた覚えはない」
「そりゃそうだけどさー、何かつらそうだしさ、二人とも」
「二人……とも……?」
「あ、うん、そう。零一も先生も痛々しいっつうかなんて言うかさ。見てるこっちが痛い」
「僕はともかく先生は何とも思っていないはずだ」
「そんなことねーんじゃない?」
「なぜそんなことがわかる?」
「二人とも一生懸命役者に徹しようとしてるからな。でも俺に言わせりゃどっちも同じくらい大根だ」
「……帰ってくれ……。帰れ……!帰れよっ!!」

父のレコードの音が満ちる部屋で、それ以上の大声を張り上げて益田を追い出した。なぜ怒鳴ってしまったのかは判らない。だがどうしようもなかったのだ、その時僕は。いつも冷静な顔をしている僕が、感情の一つもコントロールできなかったのだ。

益田は何も言わずに背を向けると、右手をひらひらさせて静かに部屋を出ていった。


何をやってるんだ、僕は。
何がしたいんだ、僕は。
何が欲しいんだ、僕は。


僕は馬鹿だ。
大馬鹿だ。


部屋に溢れる父のピアノの音を止めることもできず、僕はしばらく動けなかった。
そして、ただ部屋に響く父のピアノを聞いていた。




鍵を開ける音が夜の寒々しい家に響いた。僕以外にこの家の鍵を持っているのは、両親と通いのハウスキーパーさんだけだ。彼女がこんな非常識な時間に来ることなど考えられない、もちろん母もそんなことはしない。こんな非常識なことをするのは、父だけだ。

静かな暗い家に勝手に入ってくる気配がする。僕は自分の部屋から出て行く気はさらさらない。だってそうじゃないか、あの人はいつも突然やって来て突然いなくなる男なんだ、僕が家にいようがいまいが関係ないんだ。だからわざわざ父の顔を見にいく必要も無い。大体僕はあの人を好きになれないのだから。


「なんだ、零一いたのか」
「ここは僕の家ですから」
「そう、そうだったな。すまない。勉強中なのか?」
「はい。あなたは何しに帰ってきたんですか?」
「私は……私はそう……、お前の顔を見に寄っただけだ。今日は確か誕生日だっただろう、零一」
「それが何か?」

僕は自分でもわかっている、顔を見るたびこの人に冷たい言葉ばかり掛けていることを。そしていつも早くどこかに行って欲しいとさえ思っていることも。なのにこの人は少し困ったような顔をしただけで、あっさりと僕の誕生日だから会いに来たなどと言ってのける。だから好きになれないんだ、あなたが。

ベッド脇の目覚まし時計を見ると、針は11時50分を指していた。11月6日も後10分で終わる。そして僕もようやく17歳になる。明日になればまた一つだけ芙由美さんに近づける。


「なあ、零一。もう17歳なんだな」
「何かあるんですか?」
「お前、誰かを好きになったこと……あるか?」

突然何を言い出すんだ、この人は。
自分こそ本当に母のことを愛しているのか。
そして僕達のことを気に掛けたことがあったのか。


「あなたこそ誰かを本気で好きになったことがあるんですか?」

父はふと何か言い掛けて口をつぐんだ。
ほら見ろ、僕の質問に何も言い返せないじゃないか。
そんなあなたに僕のことをどうこう言われる筋合いはないんだ。

「……あるさ、人生で一度だけ、だがな」
「母さんじゃないんでしょう。どうせあなたのことだ……どこかの僕が知らない人のことでしょう」
「美雪さんだよ」
「母さん……?」
「ああ、私は彼女だけだ。最後の女はあの人しかいないと今でも思っている。彼女を愛しているとも、心の底から、な」
「じゃあ……なぜ?」
「そうだ、言い忘れるところだった。零一誕生日おめでとう」

愛している……だって。
今更笑わせるじゃないか。
それならどうして別れるんだ。


僕にはまだ理解できない。これが大人の考えることなら理解したくもない。

父と母は僕が物心ついた頃にはもう一緒に住んでいなかった、と記憶している。
二人とも業界では有名だったから子供の頃は、単純に仕事が忙しいだけだと思っていた。しかし、何度も母の涙を見、祖父母が父を罵るのを聞くうちに僕の中であなたはどんどん最低な男になっていった。

どのような過程を経て二人が出会い、どんな風に互いを求め合って結婚までしたのか、そして僕が生まれたのか、そんなことは誰も話さない。むしろそこから避けたがっているように感じられたから、あえて聞いたこともない。

「零一、話をしたい。下に……行かないか」

ようやく日付が変わる頃、父が重い口を開いた。なぜか黙って父の後について階下に下り、キッチンで湯を沸かし、ティーバッグの紅茶を淹れる。その間二人とも沈黙したままだ。

「私は……君が生まれた日のことを一生忘れないだろう。あの日の朝日ほど美しく希望に満ちたものはなかったからな。君の大きな泣き声を聞き、看護婦さんに母子ともに元気だと聞かされた時、私は柄にもなく涙が溢れてたまらなかった。実際、早朝の誰もいない待合室で嬉しさのあまり泣いていたがな」
「今更何が言いたいんですか?」
「さあ、何が言いたいんだろうな」
「……」

もう僕は知っている、この二人の関係が破綻してどうしようもないことを。
そして恐らく来年には家族がばらばらになるであろうことも、知っている。
そんな時に突然何を言い出すのかと思ったら、そんな昔話。

「零一、お前にどう思われようが今更私の知ったことではない。だがな、これだけは忘れないでくれ」
「何をですか?」
「美雪さんのこともお前のことも心から愛しているということ、をだ」
「でも、あなた方は別れる選択をしたじゃないですか。それのどこをどう解釈したら、あなたが僕達を愛しているなんて陳腐な言葉を信じられるんですか」
「そう……だな。その通りな。だがな、零一、人間ただ好きだという感情だけで生きてはいけないのだよ。年を取れば取るほどに、そういうまっすぐな感情からは遠ざかっていくのだ」
「そんなのはあなたの言い訳だ」
「お前はまだ若いから感情をコントロールできない時があるだろう。しかし、そんな汚い術を覚える必要はない。そんなことをしている内に大切なものを失ってしまうぞ」
「僕は……僕はまだ17歳になったばかりだ。確かにまだ若いかもしれない。でも好きなものを好きでいて何がいけないんですか」
「そうだな……零一の言う通りだ。いつか判ってもらおうなんてことは思ってもいないよ。むしろ、一生判らなくてもいいと思う」

僕はさっきから何でこんなに感情を昂ぶらせているんだろう。
好きなものを好きと言って何が悪い。
そんなに好きなら別れる必要なんでどこにもないじゃないか。
好きだけでは生きていけない。
哀しげな父の言葉が僕の心に突き刺さる。
そしてそこからどくどくと赤い血が流れ出す。

だから僕はあなたが嫌いなんだ。

「私は……私はもうだめなんだよ。自分の気持ちが重すぎるんだよ。だからこのままでは美雪さんをダメにしてしまうと思ったんだよ。あの人を愛しているからこそ、才能を閉じこめてはいけないと思ったのだよ。だから、私達の道は二手に分かれるしかなかったんだ」
「わからない……僕にはわからない。わかりたくもないっ!あなた達の詭弁なんかわからない!」
「……すまない……零一。もう二度と会いには来ない」

父は悲しげな声でそう言うと、冷めた紅茶を一気に飲み干し、部屋を出ていった。
僕は昂ぶった感情をなだめる術も判らないまま、ピアノの前に座った。
遠くで父が出ていったことを知らせる、鍵の掛かる音が聞こえた。

二度と会わない、そう言った父の顔。
出て行く背中。
そしてこの間から耳について離れない父の音色。

父のデスクの上にぽつんと置き去りにされた腕時計の音。
冷たい金属の塊が今の僕には重くてたまらない。

そう、僕はたった今、自分から親を締め出したのだ。




あれからもう2ケ月近く経った。
父と嫌な別れ方をしてから、ふと気付くと周りはクリスマス一色に染まっていた。
クリスマスなんて日本ではただのイベントに過ぎない。共に過ごす相手が存在していて初めてイベントとして成立するのだ、そういう意味では今の僕には何の意味も成さない。

だから学園の年中行事になっているクリスマスパーティにも僕は意味を見出せない。去年は何もわからないままただ顔を出し、適当に食欲を満たすと気付かれないようにそっと席を外し一人で帰宅した。今年も同じように食事だけ済ませたら帰る、そのつもりだった。

だが、始まってからもう1時間以上経ったというのにまだ僕は会場をうろついている。なぜか今ここで、どうしても芙由美さんに逢っておかなくてはいけないような気がしたから、自らの意思で会場を歩き回っている。もちろん彼女の姿を探してのことだ。説明なんてできない、でもどうしても最後に彼女に逢っておきたかった。この初夏以来急速に燃えあがり、激しく求めてしまった彼女に今ここで決別したかったのだ。

僕は何度となく彼女をあきらめようとした。でもできない。きっとはっきりと片がつくまで僕は彼女を思い切ることなんてできないに違いない。父の言うように世の中は『好き』という感情だけでは成立しないと心のどこかではもうわかっている。
だけど誰かを本当に好きになるということは理性ではどうにもならないものなんだってこともわかっている。理性という厚い殻の中に感情の全てを閉じこめて生きていけるなら、それはそれで素晴らしい生き方だと思う。でもそれではその人は生きていない、感情を閉じこめた瞬間からその人は死んだも同然なんだ。


僕はまだ自分を殺したくない。
まだ生きていたい。
父のように死んだ感情に支配されたくない、まだ今は。


「お、零一。あっちのごちそううまそうだぜ。あ、それからこれやるわ。飲め」
「何だこれは?」
「まあまあいいから黙って飲め。うまいぞ」
「酒……」
「しーっ!」
「やはり」
「うんじゃな」

どこからどう見てもこのグラスの中身はシャンパンに違いない。きらきらと光を浴びた細いグラスの中で小さな泡が筋になってゆらゆらと立ち上っていく。琥珀色をした喉越しの良いそれは、一見甘く軽やかな飲み物だが、それでいてアルコールとしてはかなりきつい。……芙由美さん、まるであなただ。


だが、その夜の僕は無性にアルコールを口にしたかった。
アルコールの力を借りたかった。
だから、益田に渡されたグラスに入ったシャンパンを一気に飲み干したのだ。
初めて口にしたその高級なアルコールの味は、甘く苦い感情を伴って僕の喉を滑り落ちていく。その甘美な香りはそれだけで僕を酔わせるのに十分だったはず。なのに1杯では酔えない。どこまでも理性が残っているようで、気持ちが悪くて仕方がない。
もう飲んではいけない、そんなことはよくわかっている。だが後1杯飲みたいんだ。

優等生を気取ってたんじゃないのか。
してはいけない……飲んではいけない……そんなこと。知っている。
知っていて望んでいる。

教師の目を盗んでカクテルグラスに手を伸ばし、もう1杯だけアルコールを摂取した。飲み慣れないものを立て続けに2杯も飲んだら、さすがに少し暑くなった。僕はワイシャツのネクタイに手を伸ばし、ボタンを一つだけ外して結び目を緩めた。会場を見まわしても目的の人は見つからない。来ていないのかもしれない。これだけあなたを探しても見つからないのなら、バルコニーで少し涼んで帰るしかないだろう。


あなたはそれほどに僕が嫌いか。
そんなに僕の気持ちが重いのか。
ならもっとはっきり言ってほしい。
ずたずたに切り裂くほどの拒絶の言葉を。
立ち直れないくらいの言葉を。
僕に力いっぱい投げつけてほしい。

そうしたら僕もあきらめてこの感情を捨てよう。



そっとバルコニーへ通じる扉に手を掛けたところで、熱気に曇ったガラス戸の向こう側に人影を見つけた。先客がいるようだ。やめよう、でも。

芙由美さん……?


「小野先生」
「えっ?」

振り返った人はやはり芙由美さん。薄いブルーのパーティドレスを身にまとって、肩にはショールを掛けたままこの寒いバルコニーに寄りかかっていた。僕はとっさにその白い首筋が寒々しく思えて、自分の上着を脱いで無理矢理着せかけた。

「何するの?氷室くん」
「何って、風邪を引きますよ。いつからこんなところにいたんですか?」
「わたしより氷室くんが風邪を引くわ」
「質問に答えてください。いつからここに?」
「そうね30分くらい前からかしら。帰るわ。だからこれは返します」
「僕も帰ります」
「だめ、君はもう少しいなさい」
「送っていきます。送らせてください。これで最後にしますから」
「……」

とても困った顔をする芙由美さん。でもこれで最後、この言葉は決して完全な嘘ではない。こんな夜だからこそあなたを送っていくという行為を許してほしい。そして年が明けたらできるだけあなたを困らせないようにします。だから今夜だけ。

「……わかったわ」

小さくつぶやくように彼女は返答した。そして僕はバルコニーから出ていく彼女を追って、右手に上着を引っ掛けたまま歩き出した。




外に出ると……そこは雪だった。
粉雪がさらさらと舞い、路面も心なしかうっすらとグレーに染まっている。


中はあんなに暑く感じたのに、外はコートの前をどれほどかき合わせても寒くてたまらない。街灯の下、芙由美さんはドレスの上から真っ白なロングコートを羽織り、僕は真っ黒なコートを着て理事長宅の門の前に立っている。時刻はまだ8時30分を回ったところで、少し大通りに出ればタクシーの一台くらいすぐに拾えるだろう。
彼女の家がどこにあるのか、僕は知らない。少しくらい遠い方がその分1分1秒でも長く一緒にいられる。大通りに出てもタクシーが捕まらなければ、その分長く一緒にいられる。

「氷室くん。ここまででいいわ。もうお帰りなさい」
「どうしてですか?僕はあなたを送っていくと言いましたし、あなたもオーケーしてくれました」
「いらないの。彼を呼ぶから」
「彼?」
「そう、彼。『he』じゃないことくらいわかるわよね、氷室くんだって。ここでいう『彼』の意味」
「恋人……ってことですよね」
「ええそう、よくできました。でも少しだけ言葉が足りないわ」
「それは……どういう意味ですか?」
「わたしね、その人と春になったら結婚するの。そして望むと望まざるとにかかわらず、わたしは3月までしかここにはいないから。終業式が終わったらさようなら、よ」
「本当に?」
「あら、言わなかったかしら」
「知らなかった……」
「ごめん、君に言うタイミングが合わなかったのね、きっと。だからもう二度とわたしを求めないで。後少しで他人のものになるんだから、もういい加減にして。何の憂いもなく彼のもとに行きたいの、お願いだからこれ以上困らせないで」


困らせないでと言ってから、肩をすくめて小さく笑う彼女。
どんどん激しくなる雪の中、僕は立ち止まったまま動くことができない。
そんな僕の横で彼女は小さなバッグからテレホンカードを取り出し、道端の公衆電話から恋人に掛けようとしている。

まさに話し始めようとしたところで僕の手は無意識に受話器を取り上げて切っていた。
何をしているんだ、一体。
あっけに取られて僕を見上げる彼女の手を強く掴んで大通りまで歩き出した。



僕の前で恋人を呼び出したりしないでくれ。
例え3ケ月後にはその人のものになるとしても、今この瞬間は嫌なんだ。


嫌なんだ、あなたが他の男のものだって認めさせられるのが。
嫌なんだ、あなたが目の前で僕の手の中から消えていってしまうことが。


そんなことならいっそ力づくでも一度は自分のものにしてから捨てられたい。
なんというエゴイズムだ、なんというワガママだ。
僕にこんな感情があるなんて。
嘘のようだ。
でも本気なんだ。


最後に一度でいい、たった一度でいいから僕のことを名前で呼ばせてみたい。
僕も誰はばかることなくあなたの名前を呼びたい。
そして……愛したい。


わかってる、これがワガママだってことくらい。


大通りに出て最初に通りかかったタクシーを止めて、強引に彼女を押しこみ僕は自宅の住所を告げた。偉そうなことを言ったって、たかが高校生の僕には今更ホテルに行くような理性も現金も持ち合わせがなかったから。今から行ける場所といったら自宅しか思いつかなかったのだ。

タクシーに押しこんでからの彼女はもう何も言葉を発しない。
状況がわかってきたのか、それとも可哀相な僕への哀れみからなのか。
だから僕も一言も発しない。
何も告げるべき言葉を持たないから。


誰もいない大きな家に彼女を連れこむと、玄関を閉めるのももどかしく唇を奪った。
かすかな抵抗にあい、唇の端に少し噛みつかれ、血がにじんだがそんなことは構わない。
不慣れな動作で彼女の唇に不器用なキスを重ね、コートのままの芙由美さんを抱き上げて僕の部屋まで強引に運ぶ。噛みつかれた唇からは血と口紅の混ざり合った不思議な味がする。彼女の口紅はもうぐちゃぐちゃで、きっと僕の口の回りもその赤い色で彩られているのだろう。だけど今日だけはもう止めない。止められない。心を僕のものにできないなら、せめてその身体に記憶させたい。僕の心にあなたを刻み込み奥深くまで沈めてしまうためにも、この身体の記憶が必要なんだ、だから……。

不器用な手付きで彼女のドレスに手を掛け肌をはだけさせたところで、やっとあなたは言葉を発してくれた。それも今まで一番優しい声で。

「氷室くんの……ばか」
「芙由美さん……、今だけ、今だけでいいんだ僕を名前で呼んでほしい」
「それだけは嫌」
「どうして?」
「どうしても」
「こんなにあなたを愛してるのに。全てを奪ってめちゃめちゃにしたいくらいあなたを愛してるのに。あなた以外には何もいらないのに。今の僕はただあなたに名前で呼んで欲しいだけなのに。こんな状況でどうしてあなたはそんなに冷静なのか」
「それはね……わたしが大人だからよ」

そう言って彼女は今からあなたを襲おうとしているこんなダメな男の髪を優しく撫でながら、初めて自分から僕の唇に唇を重ねた。そして自らその薄いドレスを脱ぎ始めた。



薄暗い部屋の中に浮かび上がるあなたの白い背中に、僕の理性は今完全に崩れ去った。
最初で最後の恋のために……今僕はぼろぼろに壊れてしまった。




年が明けるとすぐに両親は離婚を発表した。
もっとも周りも時間の問題だと思っていた様子だったので、さほど大きな驚きの声は上がらず、むしろ遅いくらいだと身勝手な大人達は囁きあっていた。

クリスマスの夜、生まれて初めて僕は女性をこの腕に抱いた。それも年上の教師を自分の腕の中に閉じ込めたままで、夜を明かしたのだ。そうすることで僕は当面の心の均衡を保ち、すっきりと彼女を思いきれるに違いないと思っていた。しかし、結果はむしろ逆方向に向かい、ますます彼女のことが頭を離れず、冬休みの間中僕は家にこもりきりだった。そんな最中、両親の離婚発表が行われたのだ。


その前夜、珍しく二人揃って僕の前に座っていた彼ら。
もうどうしようもないところまで来ていることは、息子である僕が一番よく感じていたのだと思う。
だから二人が並んで座っていても、その間には微妙な距離がありありと見えて、すごく嫌な感じだった。

「零一、こんなことになってごめんなさい。もうどうにもならないの」
「すまないな、零一。で、どうする?」
「何をですか?」
「つまり、お前の親権だとか住むところだとか、まあそういった諸々の現実的な問題だ。お前は……お前はこれからどうしたい?まだ未成年だから、どちらかを選んでもらうことになるが」
「そうよ、零一の意志を尊重するわ。名前の問題もあるし学校のことも、もちろんこれからの将来のことだって決めなくちゃいけない。だけどもう17歳だからあなたの意志を尊重したいのよ、わたし達」
「そう、ですか。今すぐここで決めないといけませんか?」
「そんなことはないわ。大切な問題なのだからゆっくり考えた方がいいと思う」
「わかりました」
「ではそうだな。今月中には結論を出してくれるとありがたい」
「はい」


冷静な口を聞く僕とは対照的に、母の顔はやや蒼ざめていて父の顔は反対に少し上気していた。きっと彼らは僕を手間のかからないしっかりとした子供でよかったとでも思ったのだろう。そして憎らしいくらいに冷静な息子だ、とも感じているのだろう。
そうだ、確かに今僕は必死で冷静な顔を装っている。

それきり何も言わない僕をしばらく眺めていたが、やがて二人は静かに別々の場所へと帰っていった。


自室に引き取ってもなお冷静な顔をしたままだ。
だが、僕はあなた方が思う程大人ではない。
かと言って泣いて喚くほどの子供でもない。

もうどうしようもない……んだろう?
僕ではどうにもできやしない……んだろう?
なら平気な顔をするしかないじゃないか。
どんな顔をして欲しいんだ、あなた達は。
泣いてすがって欲しいのか?
それとも……あなた達を罵って欲しいのか?
一体僕に何を期待しているんだ。



無性に芙由美さんの声を聞きたくて。
無性に芙由美さんの顔を見たくて。
無性に芙由美さんにキスしたくて。

学校の名簿を見れば電話番号くらい調べられる。
そこに書かれている住所くらいすぐに辿り着ける。
でも、あの日で僕達は最後だった。


だけど、会いたいんだ。
今僕はあなただけを求めている。
だけど、会えないんだ。


でも、逢いたい。

普段の僕は小憎らしいくらい落ちついた子供だと自負している。だけど、ことあなたのこととなるととたんに衝動的になってしまう。どうしても逢いたくて、逢えなくても構わないからあなたの住むマンションまで行ってみたくなった。だから何も持たないままコートだけを羽織って彼女の家まで出掛けてしまった。


ああ、僕はどうしてこんなことばかりしているんだろう。
叶わないと判っているくせに。



時計すら持ってこなかったから、時間の経過なんて判らない。あなたの部屋とおぼしき窓に灯りが灯っているのをただ見ているだけ……なんて何をしているのだろう。
このまま朝までここにいてもいい。学校なんて1度くらいサボったところで、何の問題もない。優等生である『氷室零一』という信用があるから、誰も確信犯だとは思わないだろう。

どのくらいそうやって眺めていたのかわからない。
見上げた先の窓の灯りが消えた。



その時、なぜか突然僕の冷え切った頬が生暖かくなった。
どうしたのだろう、ああ、そうか、これは僕の涙か。

物心ついてから泣いた記憶のない僕が今、どうしようもなく淋しくて泣いている。
ぼろぼろと涙が零れて止まない。
ひどく僕は孤独だ。

この広い世界にたった一人、だ。
何もかも無くなってしまった。
僕は……一人だ。



こんなにも涙は暖かいのに、僕は寒い。
どうしようもなく寒い。

誰か助けてくれ。
助けてくれ。



僕はもう生きていけない。
死んでしまいそうだ。

助けて。
この心も感情も何もかもなくしてしまいたい。
そうでもしないと、とてもじゃないが僕は一人で生きては行けない。
淋しいと感じる心を封じてしまわなければ……僕は。

きっといつか……僕は自分を無くしてしまう。




あの夜、芙由美さんの部屋を見上げていた僕は、どうしようもないほどの孤独を感じていた。
そしてどのくらいの時間だかわからなくなるくらい長い間、闇の中に浮かび上がる彼女のマンションを見上げたままただ涙を流すしかなかった。
なぜそれほどに涙を流したのか、今でもよくわからない。
ただ一つだけ言えることは部屋の灯りが消えたという……たったそれだけの現象に僕の胸は急速に締めつけられ、自分の存在を否定するしかなくなったということだ。

そして、恐らくは両親の離婚というもう一つの現実に耐えられなくなっていたのだ、と思う。
両親のぬくもりも失い、心の底から求めた女性も手に入れられず、そんな現実の積み重ねが知らず知らずのうちに僕に大きなストレスをもたらしていたのだろう。

もう……終わりだ。
すべて終わった。
The End。





やがて春が来ると、彼女は約束とおり僕の元から静かに去っていくだろう。
あのクリスマスの夜から僕は個人的に逢うことは一切しなかった。もしまた二人で逢ったりしたら、まあなたを抱いてしまいそうで、そうしたいと思っている自分が怖いから逢えない。あなたを抱かなかったとしても、あなたを傷つけてしまうかもしれない、そんなことを想像する自分が恐ろしいから逢えない。

あの日小さな子供のようにぼろぼろと涙を流しながら、どうやって帰りついたのかよく覚えていない。

しかしそれでも僕は毎日学校に通う。
そして何もなかったかのように部活動にも出席する。
もちろん授業をサボるようなこともしない。

絵に描いたような模範的生徒を演じ続けている。


僕の中の孤独で醜い感情はあの夜、あの場所に置き去りにしてきた。
もう二度と僕は己の感情に突き動かされることはないだろう。
これから先の僕は感情を失った人形のように、優等生を演じ続けるだろう。


「氷室くん、放課後頼みたいことがあるから残っててくれるかしら」
「はい。どこに行けばよろしいですか?小野先生」
「そうね、図書館まで来てくれる。あ、部活が終わってからでいいわよ」
「わかりました」

ここに偽善者が二人。
そして眺めている奴が一人。


どうだ、益田。
僕はちゃんと『彼女の生徒』を演じているだろう。
なのに、どうしてお前はそんな目で僕を見る。
お前には見られたくないんだ、こんな自分を。
どうせ、お前は見抜いている。
だけど何も言わない。
それが嫌なんだ。


6時前に部活が終わり、僕は図書館へと急ぐ。
彼女と初めて出会ったのも図書館、最後に会うのも図書館、か。


夜の図書館で、僕達は最後の時間を過ごした。
明後日には彼女はもう僕の手が届かない場所に行ってしまう。

「芙由美さん。一瞬でも僕を好きだと思ったことはありましたか?」
「さあ、どうでしょう」
「僕はまだもう少しだけ好きでいてもいいでしょうか」
「好きになさい」
「はい、好きにします」
「そうだ」
「何ですか?」
「とうとう氷室くんのピアノを聞きそびれちゃった。それだけが心残りかな」
「芙由美さん、最後に一つ聞いておきたい」
「何?」
「その人を愛してるんですか?」
「当然でしょ」
「なら、どうして僕と……」
「はい、そこまで。5分経ったら生徒と教師に戻りましょ。5分だけ私の好きにさせて」

そう言って彼女は月明かりだけが射しこむ夜の図書館で、自らの腕で僕を力一杯抱きしめた。
少し背伸びして僕から眼鏡を取り上げると、まるで存在を確かめるかのようにそっと顔をなぞる。
そんな彼女の手を払うでもなく、掴むでもなくただされるがまま突っ立って動けない僕。
心臓だけが飛び出してしまいそうなくらい、どくどくと脈打っている。

だめだ、まだ好きだ。

やがて、彼女は僕の頭をそっと引き寄せたかと思うと、ふいに唇に暖かいものが触れた。
ほんの一瞬のできごと。
だけど僕は忘れられないだろう。
あなたのキスの優しさとふんわりと漂う香水の匂いを。

「さようなら、氷室くん」
「……」
「じゃあね」

微かに微笑むと彼女は僕の背中をそっと押した。
出ていけと……いうことか。
振り返るなということか。


なら、僕はもう振り返らない。
この気持ちを含む全ての感情を今ここで、捨ててしまうことにするから。


さようなら、芙由美さん。
さようなら、小野先生。
さようなら、僕の……。



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あの苦い恋から10年を経て、俺は再びある女性に囚われた。あろうことか、あの時とは立場が逆転し俺が教師で彼女が生徒。もちろん最初は当然のように君をただの生徒として扱おうとしていた。

だが、だめだった。
どうしても君は俺の心の中に入りこんでくる。
振り払っても振り払っても君の姿は俺の心を捕らえて離さない。

そんな時だった。
ふと思い立って通りかかった夜の図書館の窓辺で北川を見かけ、そのまま共に時間を過ごした。その時彼女が持ち出してきた本、それは紛れもなくあの頃の俺が芙由美さんへの手紙を挟みこんでいた本だったのだ。

とっさに手を伸ばしたその時。
1通の封書がひらひらと舞った。

宛名のないその色褪せた薄いブルーの封筒からは、芙由美さんの香りがした。
不思議そうな顔をする北川の前で、俺は乱暴にその封を開け中にあるものに目を奪われたまま動けなくなった。なぜなら、その手紙の中ではかつて1度も呼んではくれなかった俺の名前が何度も何度も繰り返し綴られていたから。そして、彼女の気持ちが溢れていたから…。


ああ、彼女とのあの恋は俺の独り善がりではなかったのか。
だとしても決して叶うことのない始まりからもう未来の見えた恋だった。


ああ、俺は何をしているのだろう。
あれほどに誰かを求めたことを、あれほどの情熱をただ押しこめるしかできない弱い男だ。
あの痛みに耐えきれず自らの心を封じて生きていた。
だがそんなことをしても結局は同じ。
何も変わらない。

好きなものは好きで何が悪い。
そんな蒼い言葉をあの頃まっすぐに父にぶつけたくせに。
全身で相手の全てを望んだこともあったというのに。


俺は……北川のことを恐らく……愛し始めているのだろう……。


芙由美さん、俺は自分の感情を認めるべきなのでしょうね、きっと。あなたにはできなかったことですが、俺にはできると思いますか?

求めることをためらわずに、感情を殺すこともなく、全てを投げ打ってでも手にいれたいものができたようです。もう……いいですよね、あなたを過去にしてしまっても。
いや、もうとっくに過去になっていたのでしょう、北川に出会った時にはもうすでに。
認めたくなかっただけだったのでしょう。





「北川」
「はい?」
「こっちへ来なさい」


今はまだ……君は俺の生徒だ。
だがいつかきっとこの気持ちが変わらなければ、その時はきっと君に……伝えよう。

その時まで……。



lylics from "All Of Me" words by Seymour Simons musics by Gerald Marks



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