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case of Kuro Yoshitsune 3周年記念企画



散歩なる習慣はあの世界にはなかったように記憶している。
あったのかも知れないが、大の男が戦でもないのにただぶらぶらすることなど、ありえない。少なくとも俺はかようなことを元服後にしたことはなかったように思う。常に戦乱のきな臭さが付き纏い、のんびりぶらぶらするなどできなかった。

まあ、そんな時代だったのだ。






望美とともにこの世界にやってきて、ようやく半年が経過した。
最初は見るもの聞くもの珍しく、さすがの俺もやっていけるのかどうか不安になった。だが、有川兄弟や、お前に支えられてなんとか今もこうやってこちらの世界の衣服をまとって、望美と出かけようとしている。


「望美、支度はできたか?」
「今行く」
「ああ、早くしろ」
「はいはい」


こちらに来てまず戸惑ったのは、望美達が学生という身分だったこと。そして、日中彼らは学校というものに通い、家にいない。当然、戦などもうこの60年以上ないらしい。つまり、恐ろしく平和だということだ。
望美を始めとして、この年頃の人間は皆、制服というものを身に纏ってかばんという入れ物を手に勉学に出かける。
その間、俺はその学生という身分ではないからどうしたらよいのかわからなかった。武士などというものは平和な世の中では何もすることがない。こちらでは年貢の検分もなく、領地の見回りもないのだから、しばらく俺は自分をもてあましていた。

結局、食客(もといこの世界では居候もしくは下宿人というらしい)を約2週間ほどもやりながら、無為に過ごしてしまった。こちらは暦も時刻も違う。ましてや、言葉遣いも文字も同じ言葉とは思えないほどに変質している。

将臣に相談したら、こちらの幼稚園児だか小学生だかが使うという読み書きの本を買ってくれた。漢字や仮名はともかく、カタカナ、あるふぁべっとというものには苦労した。

「お待たせ」
「遅い」
「遅くないでしょ、九郎さんがいつもいつも早すぎるんです。暇なんですか?」
「そんなことはないっ!」
「冗談ですって。さ、行きましょ」
「あ、ああ」

結局読み書きと堅苦しくない物言いを覚え(まだそれでもかなり堅苦しいらしい)、なんとか、譲の紹介でご近所の剣道場で教えるという職を得て、少々の金銭をいただいている。それに関しては非常に感謝している。


「望美、散歩などわざわざ休日にしなくともよいだろう」
「いいの。わたしがしたいんだから」
「そういうものか」
「うん。あ、そうだ、九郎さん、迷子になったら困るから手でもつなぎましょうか」
「嫌だっ!」
「えーっ!いいじゃないの」
「絶対に嫌だっ!男子たるもの女子(おなご)と手などつないで歩けるか。大体お前は……」

また、始まったといわんばかりだな、望美。
俺はこの半年大抵のことには慣れた。しかし、今だ慣れないのは人前でのこういった行為だ。恥ずかしいとは思わないのか?大和撫子としてのたしなみはどこへ消えたんだ。

「あ・の・ね」
「な、なんだ?はっきり言え」
「今何年?」
「はぁ!?」
「だから、今何年?平成だよ、平成。もう男女席を同じうせずじゃないの。わかってる?」
「わ、わかっている。そのくらい……」

じゃあ、とにっこり満面の笑みを湛えて望美が俺の腕に手を伸ばしてきた。

好きな女性(にょしょう)に触れたいと願うのは、健康な男子なら当たり前の感情だとは思う。しかし、べたべたするのはだめだ。第一、人目のないところならともかく、白昼堂々手をつなぐだけならいざ知らず、接吻や抱擁まで人に見せるとはどうかしている。今のところ、望美がそんなことを強要してこないだけまだマシだ。

「九郎さん」
「なんだ、望美。手ならつながんぞ」
「わたしのこと……嫌い?」
「……な、な、なぜそうなる?止めないか、望美」
「わたしはこーんなに九郎さんが好きなのになー。こんなことなら、今日も譲くんか将臣くん誘えばよかったかなー」

上目遣いに俺を見上げる。
止めてくれ、そういうのはだめなんだ。

女性にベタベタするのはもとより苦手だが、もっと苦手なことがある。
それは、女性に泣かれることだ、たとえそれが空涙であったとしても。

「……わかった。さっさと手を出せ」
「はーい!」
「…………」


指先だけをそっと握ると、望美の涙はどこへやら。
とたんに機嫌がよくなった。


仕方がない。
俺は望美に惚れてしまったのだから。

五月晴れだ。どこへなりと付いていくから、この空のようにからりと笑ってくれないか。
指先くらいは握ってやるから。



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