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case of Kei Hazuki 3周年記念企画



今から行くっていつもあいつの家に迎えに行く前にはメールする。
別に玄関先でインターフォン鳴らすのが嫌なわけじゃない。面倒くさいわけでもない。だけど、何となく俺はお前が家の外で、塀にもたれて待ってる姿を見るのが好きなんだと思う。

あ、だけど、雨の日はそんなことしなくてもいい。
もちろん、寒い日だって暑い日だってそんなことする必要ない。

今日みたいな日、だけでいい。


「桃花、いい天気でよかったな」
「うん、珪ちゃんも嬉しい?」
「ああ、お前が楽しそうだから俺もたぶん嬉しい」
「何それ」
「怒ったのか?」
「怒んないわよ、それくらいで。どこ行くんだったっけ?」
「水族館」
「そうだった、早く行こ!」
「ああ、行こう」

今日も車にするかって言ったけど、お前は昨日から今日は絶対晴れるから歩こうって言い張った。確かに車で行くより歩く方が風が気持ちいいし、何より五月になったばかりで緑のいい匂いがする。

それに、車じゃできないけど、今ならお前の手を握れるし。


「桃花、手」
「あ、ああ、そうね。でも、いいの?」
「何が?」
「だって、今日サングラスも何もないんだよ、大丈夫?」
「大丈夫、そっくりさんのふりをする」
「やだ、そんなのすぐバレるって」
「そう、か」
「うん」


とか言いながら、お前は自分の手のひらで俺の手のひらをそっと包み込んだ。


「なあ、水族館って何回目だ」
「うーん、初めて一緒に行ったのが……」
「高校2年の3月20日」
「えーそうだっけ?」
「ああ、そうだ」


初めて俺の方から誘ったんだ、だから忘れない。
入学式でお前に会って、少しずつまたお前を好きになって、裏庭で見つけた白い子猫に名前をつけてしまったんだ、その頃。結局あの子猫は俺んちじゃ飼えなくて、叔母さんの知り合いにあげてしまったけれど、あいつ元気かな。


5月の連休にぽつんと空いた休みの今日、お前にどこへ行きたいって聞いたら、即座に水族館って言ってきた。確かに静かだし、魚がただ泳いでるだけなのに結構面白い。

まあ、俺はお前と一緒だったら、どこでも楽しいと思う。
ぎゅっとその小さな手のひらを握りかえして、桃花を見つめる。

「もっと一緒にいたい……」
「珪ちゃん……?」
「本当は、もっと、もっと、一緒にいたい」
「そうね、わたしも」
「そうなのか」
「うん」

でも、こうやってたまの休みを独占することくらいしかできない。
俺は24時間365日、1分1秒でも長く長く一緒にいたい。高校の頃からお前のことをずっと好きで、この好きな気持ちが消えるどころか、毎年毎年増えていく。

不思議だな、と思う。
誰かをこんなに強く思うなんて、ありえないと思っていた。
だけど、きっとそれはお前だからだ。

「歩くと結構遠かったんだね、ごめん」
「いや、いい。お前こそ疲れないか?」
「大丈夫だよ、珪ちゃんこそ日焼けしない?今日ちょっといい天気過ぎたかもね」
「このくらい大丈夫だ」

日に焼けると肌がうっすら赤くなる、だけどそれはお前の方がひどい。俺はあまり色が変わらない、ちょっとそばかすになることがあってもそんなもの、撮影の時にはメイクされるんだ、わからない。
それに大学を卒業したら辞めるんだし。

途中のコンビニで、お茶を買う。意外に暑くて喉が渇いた。

「桃花、飲め。暑いだろ」
「うん、ありがと」

何年か前、お前は何にも考えずに自分が噛み付いたパンを半分くれたっけ。あの時は無邪気に笑うお前を前に、ちょっとだけ固まった。だって反対側だったけど、お前が食べたものだろう。間接……だって思った。

それが今は何気なく1本の飲み物を分け合うようになった。

公園のベンチで少し休んだら、また歩き出す。
ゆっくり歩いても水族館は逃げやしない。

「人、多いかなー、やっぱり」
「かもな」
「別のとこにしようか?」
「いい、俺も魚みたいし」
「一緒に泳ぎたいとかまだ思ってる?」
「そうだな、でも、お前も一緒だぞ」
「じゃあ、一緒にスキューバの免許取りにいこうね、お金貯めて」
「ああ」

それで綺麗な南の海にでも潜りに行こう。




結局、水族館までに色んなところに寄り道をして、着いたのは昼前で。ご飯にしようにもどこも混んでるだろうから、先に魚を見に行くことにした。

久しぶりに見た水槽は、相変わらず色とりどりで、自然ってすごいなと素直に思ってしまう。ちょうど昼時のせいなのか、あまり人気もなく、前に来た時よりもずっと静かだ。ちょっと角を曲がると、何となくこの水槽の中に魚を俺達二人きりみたいで、なんかちょっと嬉しい。

ぎゅっと手を握り締めて、そのまま桃花を人の少ない場所へと誘う。
普段ならさすがにこんなことはしない。もちろん、桃花だってのこのこついてこない。俺を一人の葉月珪だって思ってくれてるけど、それ以上に仕事に迷惑をかけないことを第一に考えてくれているから。そんなお前の気遣いを無駄にしたくないから、卒業して付き合うようになってからは、あまり派手なことはしなくなった。

「どうしたの?」
「どうもしない、キスしたくなった」
「ちょ、ちょっと珪、外だよ」
「黙って……」
「ん……」

何でだろう、急に抱きしめてキスしたくなった。

見えないように少ない人の波に背を向けて、お前を腕の中にぎゅっと折れるほどに抱きしめて、ほんの少しの隙間から、その薄く色づいた唇にキスをする。

キスをするのはお前が大好きだから。
抱きしめるのはお前がここにいるって感じるため。
手をつなぐのはお前の気持ちを確かめるため。


「もう、見つかったらどうするつもり?」
「そうだな」
「知らないわよ」
「その時は記者会見開いて引退する」
「はぁ!?」
「しっ……!」
「あ、ごめん」


俺は今の芸能界なんて何の未練もない。もちろん、昔からそうだった。むしろきっかけさえあれば今すぐにでも辞めたい。実際そろそろいいかなって本気で思ってる。
なのに、今年に入ってから、ファッション誌の専属にされたり、結構大きな会社のイメージモデルにされたりして、大変だ。桃花のことを知ってる事務所からも、気をつけろって言われる。でも、好きなものは好きなんだから、いいじゃないか。俺は桃花以外に何もいらないとさえ思っているんだから。


「珪ちゃん、もうちょっと見ていこうよ」
「あ、ああ、そうだった」

なぜだかわからないけど、お前といると俺はひどくぼんやりしてしまう。
たぶんこれが本当の俺なんだと思う。カメラの前で無理に笑う俺も、雑誌のエディター相手に無愛想にしてるのも全部俺には違いない。だけど、今のこの妙に衝動的で独り占めしたくてじたばたしてるのも、やっぱり俺自身。

「珪ちゃん、いつか一緒に海、潜ろうね」
「ああ、そうだな。でも、お前もうちょっと泳げた方がよくないか」
「あはははっ、それもそうか。50メートルくらいは泳げないとまずいかな」
「いや、いい。俺が助けてやる」

いつもいつもお前に助けてもらってるから、たまには俺が助けてやる。
だから、来年、再来年、いやこの夏でもいいや。

一緒に泳ぎに行こう。
ずっと手を握っててやるから。



いつか本物の熱帯魚を見に行こう、な。



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