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case of Shiki Mihara 3周年記念企画



今、君は階段を駆け下りてる。
どこかぶつけたりしてない?
ちゃんとおしゃれしてる?




大丈夫、そんなに慌てなくてもボクは君の前から消えてなくなったりしないよ。安心してゆっくり出ておいで、ボクの大切なお姫様。


「ごめん、待った?」
「ボクを待たせるなんて君くらいだよ」
「あはははっ、ごめん!」
「いいさ。さて、今日はいい天気だ。出かけようか」
「うんって、あれ、色。免許なんて持ってたっけ」
「ああ、あれ。実は去年取ったんだけど残念ながら愛車がなくて。やっと買ったんだよ。さあ、どうぞ」
「うん」

ボクは助手席側に回って、君のためだけにドアを開ける。確かに車くらい両親に頼めばすぐに手に入るし、もっといいものだって簡単に買える。だけど、君を隣に乗せて走る車はできれば自分のお金で購入したかったんだ。 だから、ボクは1年かけて新作をリクエスト通りに作って、やっと買ったんだ。 君が前にかわいいと言っていた赤い車をね。

新車の匂いってなんとなく、油絵の具の匂いに似てる。 初めてこの車に乗った時そう思った。何回か乗ってみて、ようやくボクのものになったような気がしたね。でもたぶん今日君を隣に乗せたことで、この車はようやく完成したんじゃないかな。


「いい天気ね」
「そうだね、綺麗な空の色だ」


実は人を隣に乗せて走るのが初めてだって言ったら君は怖がるかい?
あの教会で君に愛してると言った時と同じくらい、ボクが緊張してるって言ったら君は意外だと思うかい?

だけど、たぶん隣にいるのが君じゃなきゃこんなに緊張したりしないよ。


「遊園地久しぶりだね、色」
「そうだね」
「もしかして……緊張してる?」
「えっ?いや、そんなことは……」
「大丈夫、わたし色の運転信じてるもの。優しいから危ないことはできないでしょ、きっと」
「ありがとう」

ボクが優しい?
そうかな、そうじゃないよ。
優しいと思ってくれているなら、それはボクが君を好きだから。


ずっと前、初めて君と二人で出かけたのも遊園地だったね。
覚えてる?
その後、一緒に夏のナイトパレードを見たよね。

ボクは君の王子様になれてるかな?
ねえ、どう?


「まず何から行く?」
「そうだね、桃花は何がいい?」
「うーん、ジェットコースター?」
「じゃあ、それにしよう」


君の家からここまでって案外時間がかかるものだったんだね。
高校の頃は駅前で待ち合わせて、一緒にバスに乗って遊びに来てたんだものね。結局高校時代は毎年飽きもせず、ナイトパレードを見に夏になると遊園地へ出かけてたよね。

去年の夏はボクが海外にいたから一緒に行けなくて。
今年はまた夏に一緒に行きたいね。



ボクはどうしてこんなに君のことが好きなんだろう。
毎日毎日君を好きな気持ちだけで、生きていけるような気がする。きっとこの気持ちが無くなったら、ボクは抜け殻になってしまうんじゃないかと思うくらい君のことを想っている。


「色、忙しいのにありがとう」
「どうしたんだい?」

ジェットコースターで絶叫して、お化け屋敷でひやりとして、ひとしきり遊んで、最後の観覧車に乗っている時だった。

透明の箱から外を見つめながら君がぽつりと言った。
注意してなければ聞き取れないくらい小さな声で。

何を言ってるんだい、桃花。


ボクの方こそいつも勝手ばかり言って困らせてると思うけど。

「何のことかな?」
「だって、久しぶりに日本に帰ってきた色はインタビューとか取材とか展覧会とかいろいろスケジュールびっしりなんでしょ。こんな風にわたしと遊んでて大丈夫なの?」

そんな顔しないで。
ボクは君の楽しそうな顔以外見たくないんだよ。

ゴンドラの中で移動すると危ないかなって、少しだけ思った。だけど、今この瞬間ボクは君を抱きしめてキスしなくちゃいけないって思ったんだ。ごめんよ、ちょっと揺れるかもしれない。

「桃花、ボクは君に逢うために帰ってきたんだよ」
「でも……」
「君と逢う以外が全部おまけ。向こうもわかってるさ、今のボクが何を優先するのかってこと」
「いい……の?」
「いいも何もボクの意思だよ、君と一緒にいるのは」


黙りこんでしまった彼女の前髪を掻き分けて、白い額にそっとキスを落とす。頭を下げて俯いてしまった君の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を上げてその頬にもキスを一つ。


「本当は……本当はね、桃花」
「…………」
「今すぐにでも君を連れて二人でどこかに行きたいと思ってるんだ。でも、できない」
「…………」
「どうしてって聞かないの?」
「……どうして?」


理由はね、たった一つだけ。
ボクの勇気が少し足りない、それっぽっちのこと。

「君を抱えて逃げる夢を見る、何度も何度も繰り返し……。だけど、それじゃダメなんだ」
「どうして?」
「どうしてかな、わからなくなってきたよ」
「色……」



だめだ、ボクは。
どうにも君の真摯な瞳の前でボクは、ボクでなくなってしまう。
あまりにも好きだから。だから、君の全てを奪いたいと思いながら、君が不幸になりそうなものから遠ざけておきたいんだ。

「愛してるんだ。だから、君を今ここで連れていけないんだ」
「…………」
「君もボクも一人の人間としてもっと大人になったら、そうしたら、その時はどこへでも君と一緒に行く、君を連れていく」
「し……き……」


君の唇が小さくボクの名前を呼ぶ。ボクのいとしいお姫様。愛してるから、おとぎばなしの王子と姫みたいにその場だけよかったらいいなんて、そんなことは考えられない。
だって、お姫様が王子のキスで結ばれて、そこから幸せに暮らしましたって言ったって本当かどうか誰がわかるっていうの?なら、一緒に幸せにならなくっちゃ。


衝動的だって人は言う。ボクは感覚だけで生きているって人は言う。
だけど、それは芸術の世界の話。

現実の今を生きてるボクはそうでもない。
皆が想像する以上に臆病で、怖がりだ。



「ボクのお姫様は幸せでいてほしいから」
「色」
「だからね、もうちょっと待っていて。絶対に君を幸せにするから」
「それ……?」
「そう、今プロポーズの練習中。今度から逢う度に言うことにしようか、ねえ、桃花」
「うふふっ、色ったら。そんなしょっちゅう言ってたら、いざって時に信じてもらえなくなるわよ」
「あ、それもそうか」
「……ごめんね、色」
「いいんだよ、決心がついたから」

君のことをすっかりわかったつもりだった。でも、やっぱり何もわかっちゃいない。
ボクのミューズがご機嫌斜めじゃ、ボクは何もできやしない。

ああ、もうすぐ地上に降りてしまう。最後にもう一度、抱きしめてキスをさせて、愛してるから。



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